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3月31日 進むAsgardアーキアの進化研究(3月21日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月31日
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環境中に存在するDNA配列から存在する生物を予想するメタゲノム解析で、真核細胞と古細菌の中間に存在するAsgardアーキアの発見をこのブログで紹介したのは2017年1月だったが(https://aasj.jp/news/watch/6362)、その後我が国産総研のチームにより、なんと12年もかけて生きたAsgardアーキアの分離方法が確立され、2019年サイエンスが選んだブレークスルーに選ばれた(https://aasj.jp/news/watch/12204)。  その後2023年にスイスのグループにより培養細胞の解析が行われ、細胞骨格など様々な性質がまさに真核生物への進化をたどる重要な情報を提供していることがわかった(https://aasj.jp/news/watch/21164)。

今日紹介するのは同じスイス・チューリッヒ工科大学からの論文で、真核生物の細胞骨格や細胞分裂に関わる微小管のプロトタイプを探索した研究。3月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Microtubules in Asgard archaea(Asgard archeaの微小管)」と、極めてシンプルなタイトルだ。

この研究ではまず培養されている Candidatus Lokiarcheum osssiferum を電子顕微鏡で調べ、細胞骨格用の構造が細胞内に検出でき、これまで真核細胞以外で発見されていない微小管様の構造が確かに存在することを確認している。

次に、この細胞から微小管コンポーネントであるチュブリン遺伝子を分離、その進化を調べている。真核細胞ではα、β のチュブリンコンポーネントが結合した2量体が構造の基本となるが、Asgardアーキアでは、AtubAとAubB、そしてその相同遺伝子AtubB2を特定している。この分子の系統関係を調べると、真核生物のチュブリンの系統に収まることから、まさに真核生物進化の中間に存在していることがわかる。さらに驚きは、これまで例外的に発見されていたバクテリアの BtubA/BtubB も同じ系統樹に乗っており、AtubA/AtubB と極めてよく似ていたことで、おそらくこれはAsgardアーキアから水平遺伝子伝搬したと考えられる。

残る問題は、AtubA/AtubB が微小管を形成するかになる。様々な条件を試した結果、グルタミン酸カリウム存在下で、GTP依存的に AtubA/AtubB の2量体が重合した微小管が形成されることを確認している。

すでに述べたようにAsgardアーキアにはAtubB2相同分子が存在するが、これが存在すると AtubB は競合的に AtubA から追い出され、AtubA/AtubB2 の2量体が形成される。これも重合して微小管を形成するが、構造的には異なる微小管が形成されることも示している。

こうしてできる微小管を真核生物の微小管と比べると、シャペロンなどがなくても試験管内で重合できてしまう点で大きく異なる。GTP 分解能力もないことから、調節性は少ない様に思える。一方、低温で分解する点は真核生物と共通だが、温度は4度まで下げる必要があり、もっと高い温度で分解する真核生物の微小管とは異なる。

最後に、細胞内でどのように存在しているのかを実際の細胞内で調べ、増殖期に強く発現すること、そのときに重合した微小管が形成されているが、それ以外のステージでは消失することを明らかにしている。

以上が結果で、Asgardアーキアが真核生物進化を理解する鍵になることが、微小管形成という真核生物特有の性質のプロトタイプが存在することでまたまた明らかになった。極めてゆっくりしか増殖しないこと、他の Asgardアーキア系統が分離できていないことなど様々なハードルはあるが、徐々に真核生物進化過程が明らかになっていく実感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月30日 空を飛ぶ馬ペガサスを構想させる馬の能力の生化学的基盤(3月28日 Science 掲載論文)

2025年3月30日
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GPT-4に人間が空飛ぶ馬を構想した歴史について尋ねてみると、ペガサスの起原はギリシャの叙事詩で紀元前7世紀からだが、インドの有翼の馬や中国の天馬など、紀元前1500-700年にかけて多くの文明でイメージが共有されていると答えが返ってくる。すなわち、我々は古くから馬を見て空駆ける姿を想像していた。

実際、空を飛ぶということは有酸素運動を高いレベルで行い、結果として生まれる活性酸素を除去する能力が必要だ。この有酸素運動を可能にする様々な分子の発現を調節している転写因子が NRF2 で、さらに NRF2 は活性酸素を検知する KEAP1 により調節されている。すなわち、活性酸素が上昇するとKEAP1 の機能が低下し、NRF2 の分解が起こらず安定化する。このセンサー活性を高める突然変異が鳥類の進化で起こった結果、鳥類で高いレベルの有酸素運動が可能な飛行が可能になったことが2020年に報告された。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、鳥の KEAP1 の論文を発表した同じグループが、今度は速く走る能力を持つ馬も同じような KEAP1 の変化があるのではと着想して行った研究で、3月26日 Science に掲載された。タイトルは「Running a genetic stop sign accelerates oxygen metabolism and energy production in horses(遺伝的ストップサインを走り飛ばすことで馬では酸素代謝とエネルギー生産が促進される)」という、洒落のきいたタイトルになっている。

この研究では、鳥の研究の続きで最初から KEAP1 に焦点を当てて馬の進化を調べている。最初は機能変化に関わる馬特異的変異を発見するつもりだったのだろうが、なんと馬やロバで15番目のアミノ酸がストップコドンに変わってしまっていた。もちろん KEAP1 がないと NRF2 の機能は上昇するが、ノックアウトは致死的であることがわかっているので、おそらく変異でできた UAGストップコドンが翻訳時にアミノ酸として読み直されるコードの見直しが起こっていると考えた。

ある意味では回り道を余儀なくされるのだが、その結果馬で特異的にリボゾーム上で特定の RNA を検出して UAG をシスティンに読み直すメカニズムが存在することを特定する。このこと自体は大変面白い発見で、しかも生化学的に詳しく解析されているが、割愛する。

結果、馬では15番目のアルギニンがシステインに変わったKEAP1が作られていることがわかる。また、線維芽細胞や筋肉細胞を用いた生化学的解析から、馬の細胞ではNRF2の分解速度が低下して安定化し、核に持続しおり、これが馬型のKEAP1の活性を反映していることがわかる。

すなわち、KEAP1の15番目のシステインへの変化で、活性酸素を検出する領域の活性が高まり、NRF2 の分解が抑えられ、その結果ミトコンドリアの ATP 産生の安全な増加が可能になることが明らかになった。

実際、馬細胞では活性酸素を加える実験で、対応能力が高く、細胞死がほとんど起こらないことが明らかになった。

その結果、馬の筋肉細胞では人間の倍にものぼる酸素消費能力が生まれており、これが変異型の KEAP1 の機能によることを明らかにしている。

以上が結果で、馬の運動能力の高さを支える変異を KEAP1 だけでなく、リボゾーム状での UAGコードの読み直しに必要な変異まで特定し、生化学的に検証した優れた研究で、読み応えがあった。しかし、馬の運動能力も鳥の運動能力も、同じ分子の機能によって支えられているとは、ペガサスを構想した先人が聞けば驚くだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月29日 自閉症に接しているプロの言葉の言語モデル(3月26日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月29日
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「自閉症の科学」コーナーを最後に書いたのはもう3年前になる。結局このコーナーを続けられなかった理由は、この領域の新しい展開を示唆する論文を感じられなくなったからだ。当時を振り返ると、特にゲノム研究が進み、さらに脳画像や、新しい IT ツールなどが利用された活発な時期だったと思う。ただ、ゲノム研究も画像研究も続いてはいるが、紹介したいと思える論文が減った。

そんな時、カナダ・McGill 大学から大規模言語モデルを用いた自閉症児の診断についての論文が3月26日 Cell にオンライン発表され、自閉症研究に新しい可能性の誕生を感じさせたので紹介する。タイトルは「Large language models deconstruct the clinical intuition behind diagnosing autism(大規模言語モデルは自閉症診断の背景にある臨床的直感を解読できる)」だ。

これまで自閉症診断に AI を用いる試みは数多く存在した。これまで紹介してきたように、ゲノム研究から、自閉症は、病気の発症を強く促すレアな遺伝子変異と患者さんの性格などを反映するコモン変異が合体していることがわかっており、この遺伝的複雑性の解析に AI が用いられる例は多いが、成功には至っていない。

この研究は、もう一度自閉症診断の原点に帰って、直接自閉症児と接している医師やプラクティショナーといったプロフェッショナルが自閉症児の状態について書いたレポートの中に、プロが診療で感じている直感が埋め込まれているはずで、これを見つけ出せば自閉症診断が可能になるのではと考えた。

当然大規模言語モデルの登場になるが、ただレポートを読み込ませた新しいモデルを使うのではなく、いわゆる transfer learning が用いられている。もう少し具体的に説明すると以下のようになる。

まず、1000人の自閉症児について書かれた4000にのぼる臨床レポート(フランス語)を、フランス語の RoBERTa と呼ばれる Google の大規模言語モデルに学習させる。大規模言語モデルといっても1.5億パラメーターで GPT-2 に近い。おそらくこの小さいということが重要で、どこでも誰でも使えるだけでなく、後で学習させたセンテンスの分析が可能になる。この学習過程で、自閉症児に関するテキストを一般言語空間にベクトル化 (embedding) できればよい。

すなわちこの学習は診断ではなく、文章のコンテクストを形成させ、これを新しいモデルにトランスファーして自閉症児に接する時に最も顕著に使われるセンテンスを抜き出すことが目的で、この研究では次に、通常の multi-head attention とは異なる single head attention を用いて、どのセンテンスが自閉症児の診断に最も注目すべきかを調べている。

大きいモデルから小さいモデルへの transfer learning なのだが、わざわざ single head attention を用いることで診断根拠をわかりやすくしている。

これまで同じような目的で開発されていた文章解析方法と比べると、今回のモデルは圧倒的にパーフォーマンスがいい。そして、embedding を次元圧縮して、自閉症児についてのレポートに使われるセンテンスが、他の性質のレポートと明らかに異なる言語空間に存在することを示すのに成功している。

この研究では pre-learning に小さなモデルを使っているので、12層のニューラルネットを経過するときに、センテンスからのコンテクスト抽出が進化していく様子も解析しているが割愛する。

こうして解析された自閉症児についてのセンテンスの解析から、使われる単語の特徴も抽出でき、letter、number といった言葉を押さえてレポートに最も使われたのが、flapping という発声に関わる記述であるのも驚く。

そしてこの研究のハイライトは、症状に基づいて自閉症の診断に用いられる診断法で使われる基準を同じ空間に embedding すると、社会性診断に関わる診断基準の embedding は自閉症児を表すセンテンスとは全く離れた位置に分布することを明らかにしたことだ。この結果は、これまで自閉症児の診断のために Theory of Mind といった社会性を重視することが本当に正しいのかと疑問を投げかけている。一方、一つのことへのこだわり、反復行動、興味の対象の限定などについての診断項目は、見事に自閉症児に関わるセンテンスとオーバーラップする。

結果は以上で、自閉症児に接している専門家が直感的に診断に最も則した言葉を選んで使っていることがよくわかるとともに、将来言語モデルを超えてコンセプトモデルへと発展することで、ゲノム、そして脳画像などが統合されたモデルができるのではと予感する。

もう一つ重要なメッセージは、言語モデルもただ大規模にするのではなく、分析可能な規模で、しかも自分の目的に合わせて transfer learning を行えるほうが、日常の診療には役立つという点だ。その時、当然日本語の言語モデルは重要になる。このような利用を臨床現場で重ねることで、新しい発見があることを念頭に、我が国の AI 研究助成を進めてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月28日 新しい抗コロナウイルス薬(3月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月28日
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昨年の重要な科学ブレークスルーとして Science 誌が挙げたのが、HIVウイルスのカプシドを標的としてホストタンパク質との相互作用を阻害し、またカプシドのフレキシビリティーを阻害する薬剤 Lenacapavir の開発だった。ギリアドサイエンス社はウイルス征圧にまた大きな一歩を記したことになるが、エイズや肝炎ウイルスに対する薬剤の研究からわかるのは、ウイルス感染の様々な過程を標的にする薬剤開発の重要性で、これにより薬剤耐性ウイルスの出現にも対応できる治療が可能になる。

今日紹介するのはともにベルギーからの論文で、一つはルーベンカソリック大学、そしてもう一つはヤンセンファーマ研究所から独立に発表されたコロナウイルスのMタンパク質を標的とした薬剤の開発だ。同じ時期に、しかも同じベルギーでよく似た薬剤が開発されているのに驚いたが、コロナパンデミックが収束しても地道に創薬研究が行われていることは心強い。ルーベンカソリック大学からの論文のタイトルは「A coronavirus assembly inhibitor that targets the viral membrane protein(ウイルスの膜タンパクを標的としてコロナウイルスの組み立て阻害する薬剤)」、ヤンセンファーマからの論文は「A small-molecule SARS-CoV-2 inhibitor targeting the membrane protein(膜タンパクを標的とした SARS-CoV2 を抑える小分子化合物)」で、ともに3月26日 Nature にオンライン掲載された。

どちらもほぼ同じ内容なのでルーベンカトリック大学からの論文を紹介する。要するに今でも感染細胞を用いて薬剤の探索が続けられているということだが、その中でウイルス制御効果が高く、マウスレベルで副作用も少ない、しかも経口摂取可能な薬剤 CIM-834 が分離されている。この特徴は、SARS-CoV2 の様々な系統にほぼ同様の活性を持っている。

そして、マウスやハムスターの感染実験で現在用いられているファイザーのプロテアーゼ阻害剤とほぼ同等の活性を持っている。

次に薬剤の標的を調べるために、CIM-834への耐性を試験管内で誘導、耐性ウイルスの配列からこの分子がウイルスのMタンパク質を標的にしていることを明らかにしている。なかなか合理的な標的特定手法で、薬剤耐性ウイルスの出現を覚悟する必要があるが、逆に早期のモニタリングも可能にしている。

コロナウイルスはエンベロップタイプで我々の細胞膜を利用するが、Mタンパクはエンベロップウイルスが作られるときの基質となっていることが知られている。試験管内感染実験でこの薬剤を加えると、予想通りウイルス粒子が形成される最後の段階が阻害され、ウイルスの放出ができない。Mタンパクに抗体の Fc を結合させ安定化させたタンパク質を標的として CIM-834 を作用させると、Mタンパク質のショートフォームと結合して、これがロングフォームへとスイッチするのを阻害することがわかった。M-プロテインはショートフォームと、ロングフォームが対になって機能するので、これが阻害されるとウイルス粒子が形成できない。

後はタンパク質の構造解析から CIM-834 結合部位を特定している。面白いことに、この研究ではヤンセンファーマが開発した JNJ-9676 についても検討しており、変異株に対する効果や構造解析から、少し異なるサイトにそれぞれが結合していることも示している。従って、両方の薬剤はそれぞれを補完し合う可能性がある。

以上、他のコロナウイルスに関しても、Mタンパク質が標的になり得ることが明らかになり、今後のパンデミックに備える意味でも重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月27日 オウムは発声する前にその構造を脳内で構想している(3月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月27日
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人間とチンパンジーを比べた時、言葉を話すかどうかが最も顕著な違いだが、これは文章を理解したり構想したりする高次構造の違いだけでなく、発声の脳神経支配の違いも重要な要因であると考えられている。特に声帯を動かす喉頭の筋肉支配は人間では運動やからシナプスを介さず直接筋肉に投射することで複雑な音声を可能にしている。しかし、チンパンジーではこの回路が存在しない。

この回路は言葉の発生に必須で、なぜこのような回路が進化したのかを考えてみると、勝手な想像に過ぎないが動物や鳥の鳴き声のモノマネをするために発達したのではないかと思っている。例えば狩で動物の声を真似ることで警戒心を解くといった具合だ。これが次の段階でオノマトベといった擬音へと体系化し、このイコン型の言葉が、どこかの時点でシンボル型の音と対照に全く関係がない言葉が生まれたと考えられる。と考えると、モノマネの上手いオウムは当然人間と同じような発生の仕組みを持っていることになり、実際前運動中枢から直接鳴管への神経支配が存在する。オウムも人間も真似るためには、学習した音の配列を構想し、それを直接筋肉に伝えて発生する必要があり、人間では発声前に文章の構想が音の構想として表象されることがわかっている。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、インコの発生学習経路にあたる前弓状核 (AAC) で、我々と同じように発生センテンスが構成されていることを示した研究で、3月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Convergent vocal representations in parrot and human forebrain motor networks(人間とオウムの前脳運動回路では発声構文の表象が収束している)」だ。

この研究ではまず、人間、インコ、そしてフィンチでの発生時の前脳運動野の興奮を調べ、発生の前に前脳運動野で複雑な神経興奮のパターンが見られることを確認する。

そこで、より複雑な発生が可能なインコについて、シラブルを聞いた時の AAC の神経興奮を調べ、神経がどのような音の要素に対応しているのかを特定している。

そしてオウムが発生する時、AAC での各要素に対応する神経細胞がセンテンスに対応して興奮し、センテンスを表象していることを明らかにしている。また、音の要素としての最も重要なピッチについても、おなじ AAC の神経興奮が各ピッチを表彰していることを示している。

最後にこれらがセンテンスを本当に表象しているかどうか、オオム発声時の AAC 興奮を学習させたデコーダーを作成し、このデコーダーで実際の AAC の神経活動と発声されたセンテンスの解読ができているかを確認し、AAC でピッチも含む発声センテンスの表象が形成されていることを証明している。

おそらく将来は、人間で行われたように AAC を刺激することで発声をコントロールするという実験に進むと思うが、音をまねることが言葉の発声のスタートラインだと考えると面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月26日 Healthy Aging を実現する食事(3月24日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年3月26日
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どんなコホート研究も20年以上の追跡されると、老化についての情報を得ることができるようになる。例えば、このブログで2月に紹介した死亡リスクを正確に反映する血液検査の開発などはその典型的な例といえる(https://aasj.jp/news/watch/26229)。多くの研究から分かるように Healthy aging に関わる最も重要な要因は生活習慣で、特に食事に関しては最も重要な調査項目になる。とはいえ、コホート参加者の食事を正確に評価することは簡単ではない。

今日紹介するモントリオール大学、ハーバード大学、そしてコペンハーゲン大学からなる国際チームからの論文は、1986年から始まった米国の前向きコホート参加者10万人について Healthy Aging に関わる食事のパターンを調査した研究で、3月24日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Optimal dietary patterns for healthy aging(healthy agingのための至適な食事パターン)」だ。

これまでも食事と健康についての論文は読んできたが、多くの場合、たとえば地中海食の効果といったような特定の食事パターンかあるいは特定の食品について調べた研究だった。たとえば我国の久山コホートで牛乳の摂取は認知を防ぐといった研究になる。

これに対しこの研究では、4年ごとに行った詳しい食事についての質問調査から食事のパターンを一つの指標で評価するのではなく、国際的に用いられている8種類の評価法でそれぞれ調べ、そのスコアと様々な Aging の指標を比べている。このおかげで、同じ集団を用いてさまざまな食事のパターンを評価できている。

利用された指標は、1)健康的食事を評価する AHEI 、2)地中海食の度合いを評価する aMED 、3)高血圧を防ぐ食事の指標(DASH)、4)認知症防止を目指す食事指標 MIND 、5)ビーガンに近い度合いの指標 hPDI 、6)持続可能な地球を目指す指標 PHDI 、7)炎症を引き起こす食事指標 EDHP 、そして8)インシュリンを誘導する食事指標 EDHI になる。お分かりの通り、最後の2指標は悪い食事の指標になる。

それぞれの指標で5段階に分けて、healthy aging に関わる項目ごとに、高いスコアと低いスコアのの間でオッズ比を算定し、その食事の healthy aging への寄与度を調べている。全般的にこれまで用いられてきた健康食指標 AHEI は認知を含むさまざまな heathy aging を可能にしている。これに匹敵するのが果物や野菜を多く摂る食事の指標ともいえる、持続可能な地球のための食事指標 PHDI になる。

面白いのは、同じように植物を多く摂ることを心がける hPDI 指標は、healthy aging にそれほど寄与していない。すなわち、hPDI ではビーガンとの比較指標なので、魚や肉を取らないことが重要になっている。したがって、healthy aging には動物と植物をバランスよく食べることのほうが、植物だけにこだわるより良いことがわかる。

このように、この結果が示す食事のあり方は参考になる。栄養に関わる人は必見の論文だと思う。個人的には、LANCET が主催した EAT-LANCET で持続可能な食のシステムとしてまとめられた食事のあり方が、個人の健康にも一番合っていることがわかったことだ。すなわち、自分の健康を考えることが地球の健康を考えることになるというメッセージは、ぜひ心に留めたい。EAT-LANCETの日本語サマリーについては以下のURLから得ることができるのでぜひダウンロードしてほしい。(https://eatforum.org/content/uploads/2024/02/EAT-Lancet_Commission_Summary_Report_Japanese.pdf

カテゴリ:論文ウォッチ

3月25日妊娠中におこる腸管のリモデリング(3月19日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月25日
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妊娠に伴い脳を含む様々な組織がリプログラムされ、繁殖という動物にとっての大イベントを無事に終えるための準備が行われる。妊娠中に必要なだけ食べるということは最も重要なことなので、当然腸管もリモデリングされると考えられる。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、妊娠中から授乳期の腸管のリモデリングについて調べた研究で、なるほど大きな変化が起こることを納得する論文だが、メカニズムの追求という点では少し不満が残る研究だった。タイトルは「Growth of the maternal intestine during reproduction(生殖に伴う母親の腸管の増殖)」だ。

この研究ではマウスの最初の妊娠前後の腸管の長さをまず比較して、、全長が妊娠前に33cmだったのが、妊娠18日目で40.5cm、そして授乳開始7日目には43cmに達すること、そしてこの変化は子育てが終わっても完全に戻らず39cm程度で落ち着くことを示している。比率で言うと2−3割伸びるのを見ると、ともかく驚く。

これに合わせて、絨毛組織のクリプトや絨毛のはがさも増加する。これは絨毛上皮の増殖が促進され、さらには上皮細胞の移動が早まることで進むことから、リモデリングは幹細胞の増殖の促進および分化した細胞の細胞骨格活性化が誘導する何らかのシグナルが妊娠期に上昇すると考えられる。

このシグナルを探す目的で、妊娠前後の腸管細胞の single cell RNA sequencing を行い、変化する遺伝子を調べると、代謝経路に関わる分子を中心に転写の大きなリプログラムが進んでおり、特に回腸で変化が著しいことが確認された。また、増殖している細胞が最も未熟な Lgr5 陽性細胞ではなく、Fgfbp1 陽性の上皮細胞であることも確認している。

ただ、single cell 解析だけでは変化の核となる分子を特定できないため、さまざまな時期で上皮の変化を調べることで、ナトリウム・グルコーストランスポーターの一つ、SGLT3 が特に妊娠期に上昇してくるのに着目し研究を進めている。

まず SGLT3 が妊娠中の変化に必須かどうかを調べるためノックアウトマウスを調べると、発生、成長、体の維持には全く影響がないものの、妊娠期から授乳期の体重がコントロールと比べると低下していることに気づく。ただ、妊娠中の腸管リプログラムに関しては、SGLT3 では完全に説明できない。というのも、データが示されていないのでなんとも言えないが、おそらく SGLT3 無しでも腸の長さは妊娠中に伸びる。しかし、絨毛の長さの伸びは抑えられ、DNA合成も低下している。

以上のように、妊娠中のホルモンの変化で誘導された SGLT3 は、何らかの形で Fgfgp1 細胞の増殖を誘導し、腸での栄養吸収効率を上げている。ただ、腸のリプログラミングの調節は、ホルモンの直接作用も含めてこの研究では完全に特定できていない。

SGLT3 は、現在腎臓や糖尿病の治療で最も注目を集めている SGLT2 と同じで、ナトリウムとグルコースのトランスポーターの一つで、何故この発現上昇が絨毛上皮の増殖を誘導できるのかについても完全に解明されたわけではない。生理学的な実験から、SGLT3 はグルコースよりナトリウムの取り込みに関わっていることがわかった。したがって、腸管でナトリウムの流入が上昇した上皮細胞で何らかの代謝変化が起こり、Fgfgp1 細胞の増殖を促す分子が提供されるとともに、細胞骨格が活性化されると考えられる。

以上が結論で、これが完全に実験的に示されていないのは残念だ。しかし妊娠中の腸管の変化の大きさには驚いた。物足らない論文だが、この驚きだけでよしとしておこう。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月24日 ガンのミトコンドリアから眺めるガン免疫(3月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月24日
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ガンが様々な遺伝子変異を重ねるなかで新しい抗原を発現し、それに対するガン免疫が誘導されることを疑う人はいない。とはいえ、免疫によるガン抑制は多くの場合成功せず、これをより高い確率で成功に導くチェックポイント治療が Allison や本庶先生により開発された。それでも、ガン細胞は自分にアタックしてくる免疫から逃れようと不断のチャレンジを繰り返しており、免疫を逃れるためのガンの戦略が続々明らかになり、現在この逃避メカニズムを抑える治療法の開発が続けられている。

ただガンと免疫のバトルは基本的に細胞表面上で繰り広げられると勘違いしてしまうが、今日紹介するテキサス St. Jude 小児病院からの論文は、キラー細胞がガン細胞に働きかけて細胞内の自然炎症メカニズムを誘導することがガンを殺す重要な経路になっていることを思い起こさせてくれた。タイトルは「VDAC2 loss elicits tumour destruction and inflammation for cancer therapy(VDAC2欠失はガンの破壊と炎症を誘導してガンの治療を可能にする)」だ。

遺伝子スクリーニングを通して、ガン細胞が免疫から逃れる過程を抑える分子を探索するという点では、この研究も特に新しいことはない。ただ、この過程でリストされてきた遺伝子の中から、ミトコンドリアに発現している電位依存性の陰イオンチャンネル (VDAC2) に注目したことで、ガンとキラー細胞の相互作用をミトコンドリアの側から眺めてみている点が特徴と言える。

VDAC2 をノックアウトすると CD8 T細胞に対する感受性は格段にしかも持続的に高まる。その結果、チェックポイント治療と組み合わせると、ガンの増殖をほとんど止めることができる。すなわち、ガンが VDAC2 を強く発現することで、キラー細胞のアタックから逃れていることがわかる。

なぜ細胞内の分子がキラー活性を抑えるのか調べていくと、キラー T細胞が分泌するインターフェロンγ に反応してガン細胞内で自然炎症過程と細胞死が起こるのを VDAC2 が抑えることが明らかになった。事実、インターフェロンγ が分泌できない T細胞では、VDAC2 をノックアウトしてもガンのキラー細胞への感受性は上昇しない。すなわち、キラー T細胞はガン細胞の細胞膜に穴を開けるだけでなく、インターフェロンγ を介して炎症性アポトーシスを誘導しており、これを VDAC2 が抑えていることになる。

さらにメカニズムを探ると、インターフェロンγ により誘導されるミトコンドリアの機能異常がおこり、ミトコンドリア DNA が細胞質に遊離する過程を VDAC2 が抑えていることが明らかになった。逆から見ると、VDAC2 が存在しないと、ミトコンドリアから DNA が細胞質へ遊離し、細胞内で外来 DNA を検出する GAS-STING 経路が刺激され、自然炎症を誘導する様々なサイトカインが分泌されると同時に、ガン細胞の細胞死への経路にスイッチが入る。

STING が活性化されると、ガン細胞から CCL5 ケモカインが分泌され、より多くの T細胞がガンの周りにリクルートされるとともに、カスパーゼの活性化から細胞死へと進む。このように、キラー細胞はガンのミトコンドリアに働いて、細胞の中からガン細胞を殺す仕組みを持っている。

この仕組みを VDAC2 は抑制するが、これはインターフェロンγ により活性化される BAK と結合して、BAK が Bax とともにミトコンドリアから細胞死のシグナルを出すのを抑えることを明らかにしている。

結果は以上で、キラー T細胞が細胞内のアポトーシス回路のスイッチを入れるメカニズムの一端が明らかにされた。従って、この回路を抑える VDAC2 を標的にした治療は十分可能だが、同じメカニズムは当然正常細胞にも働いているので、簡単ではないだろう。しかし、細胞の内外から細胞を壊すためのこれだけのメカニズムを見事に回避するガン側のメカニズムを目の当たりにすると、この戦いに勝利することが簡単でないことを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月23日 膵臓のインシュリン分泌 β 細胞を守る遺伝子多型(3月19日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月23日
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1型糖尿病が自己免疫疾患であることは間違いなく、免疫全体を抑制するCD3抗体や、あるいは制御性T細胞を介して免疫反応を抑える治療法が試されている。とすると、1型糖尿病を理解し、治療法開発が可能な重要な過程が、β細胞で自己抗原が発生する過程になる。このことを最も明確に示しているのが、1型糖尿病リスクとして特定されているインシュリン遺伝子の多型の存在だ。

今日紹介するオランダ・ライデン大学からの論文は、これまで1型糖尿病の発症を送らせるとして知られていた多型がインシュリン自己抗原発生を抑え、さらにβ細胞の活性も高める作用を持つこと、そしてそのメカニズムを明らかにした重要な研究で、3月19日 Cell にオンライン掲載されたタイトルは「Genetic protection from type 1 diabetes resulting from accelerated insulin mRNA decay (1型糖尿病のリスクを下げる遺伝子多型はインシュリンmRNAの減衰を早める)」だ。

これまで1型糖尿病の発症を抑える多型として知られていたのは、プロモーター領域にリピート配列を持つ多型で、胸腺内でインシュリンを転写翻訳することで、インシュリン抗原に対するトレランスを誘導するとされてきた。一方、著者らは同じ多型がインシュリン遺伝子の3‘側の翻訳されない領域 (3’UTR)の多型と強く連関しており、プロモーターの活性ではなく、mRNA の減衰速度の違いで糖尿病の発症を抑える可能性があると着想した。

というのも、β細胞では4割近い転写産物がインシュリン遺伝子からの転写で、当然細胞は強いストレスに晒される。しかも、ストレスによりリボゾームと mRNA とのマッチングが狂い、インシュリン遺伝子から自己には存在しない新しいネオ抗原が発生することも知られている。とすると、もし mRNA が3’UTR の多型で早く分解されるとすると、ストレスが低下し、ネオ抗原の合成も低下すると考える。

この研究では、3’UTR の多型に絞り、糖尿病の発症を遅らせる多型 (P) が RNA 分解を促進しているかどうかを、臓器ドナーから得られた膵臓β細胞を用いて調べている。

この結果ヘアピンループ構造をとる 3’UTR を持つ遺伝子多型は、特に小胞体ストレス存在下では分解速度が速区なることが明らかになった。そしてこの分解を小胞体ストレスで誘導されてくる IRE1α が担っていることを突き止めている。すなわち、インシュリン遺伝子の mRNA が安定だと、小胞体ストレスが上昇し、mRNA を分解するために IRE1α が誘導されるが、1型糖尿病になりやすい多型ではこの作用を受けないために、ストレスが持続することになる。一方、糖尿病を遅らせる多型は、速やかに mRNA が分解され、ストレスの発生を抑えることになる。

さらに、リボゾームと mRNA のマッチングがずれて発生するネオ抗原について調べると、mRNA 分解されやすい多型は小胞体ストレスが軽減されるため、発生が強く抑制されることが確認され、小胞体ストレスとリボゾーム上での翻訳のずれが自己免疫病を誘導するネオ抗原発生の原因であることも確認している。

ただ、mRNA が早く分解される結果はネオ抗原発生抑制だけにとどまらない。小胞体ストレス自体が低下するため、β細胞の活動が上昇し、グルコースに反応しておこるインシュリン分泌も高まることがわかる。

また、グルタミナーゼの発現が低下することも、ネオ抗原が修飾され、組織適合性抗原と強く結合することを抑えて、免疫原性を抑えること可能性も指摘している。

以上のように、インシュリン遺伝子のように大量に転写・翻訳される場合、単純に mRNA の量を増やすのではなく、ちょうどいい量に mRNA を調整することが重要なことがよくわかる。従って、細胞ストレスを抑える遺伝子多型を誘導した後、膵島細胞移植に利用することの重要性がわかる。おそらく、1型だけでなく、2型糖尿病にもこのような多型は関係しているのではないだろうか。

インシュリン分泌を続けるという作業がいかに細胞にとってストレスになるかよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月22日 なぜ乳幼児期の記憶が欠けているのか?(3月21日 Science 掲載論文)

2025年3月22日
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乳幼児期の脳は外界からの刺激を受けて急速に発達し学習を重ねているはずなのに、我々は乳幼児期の記憶をほとんど持っていない。これまで不思議に思ったことはなかったが、もし乳幼児期にも海馬の本来の機能があるとすると、確かに不思議だ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、4ヶ月から24ヶ月までの乳幼児を対象に、エピソード記憶の成立時と呼び起こしについて fMRI を用いて調べ、乳幼児の海馬が記憶をコードすることはできても、記憶が呼び起こせないようになっていることを示した研究だ。タイトルは「Hippocampal encoding of memories in human infants(人間の乳幼児での海馬での記憶のエンコード)」だ。

動物を用いた研究では乳幼児期でも脳では記憶痕跡(記憶のエングラム)を形成することが可能で、記憶がないように行動しても、形成されたエングラムを光遺伝学的に刺激してやると、記憶に基づく行動をとることが示されている。従って、この研究の第一の目的は、記憶課題を課した時に、幼児でも海馬の活性化が起こっていることを示すことで、次の目的がこうして形成された記憶のエングラムを海馬の興奮として呼び起こせるかを調べることになる。

この研究で最も驚いたのは、4ヶ月の乳児の fMRI 検査が行われていることだ。しかも両眼視が可能になってすぐの子供にいくつかの新しいイメージを見せて、それが思い起こせるか2枚の写真を見せて、どちらを見ているかで判断する subsequent memory テストが行われていることだ。方法のセクションを注意深く読んではみたが、この点についての特別な言及はない。もし乳幼児の MRI が可能だとすると、これは人間の脳発達研究に大きく寄与することは間違いないだろう。

さて結果だが、予想通り subsequent memory テストで、1分ほど前に見たイメージに注目するのは12ヶ月を過ぎてからで、要するに乳児では記憶が成立していない。しかし、fMRI でみると新しいイメージに出会ったとき、年齢を問わず海馬の後方が特に強い反応を示していることから、記憶のエンコーディングが行われていることが推察される。

重要なのは記憶を思い起こしているとき、2歳児では海馬の活動が高まるのに、12ヶ月以前の子供では活動が低いままで終わる。すなわち、記憶形成プロセスは動いているのに、それを思い起こすのが抑制されているのか、何らかの理由で海馬に表象することができないことがわかった。

この課題には海馬だけでなく、脳の様々な領域が関わるが、この活動も12ヶ月を過ぎないと検出できない。

以上が結果で、なぜ呼びおこしだけができないのかの脳回路メカニズムについてはわからないままだが、読んでいてフロイトを思い出した。

フロイトは幼児の性体験が呼び起こせないよう無意識下に沈められるが、折に触れて成長後の私たちの行動を陰で支配すると考えた。1歳半までは口唇期の母親への指向性の抑制だが、このようなベクトルが性的体験だけでなく、一般的体験にも存在するとしたら、説明できるかもしれない。

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