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3月4日 ビタミンCの全く新しい作用の発見(2月28日号 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月4日
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ビタミンC が欠乏すると壊血病になるが、これを予防できる物質としてビタミンC を単離したのがハンガリーの生化学者セント・ジョルジで、このとき壊血病にちなんでア・スコルビン(壊血病がない)と名付けている。すでに忘れ去られているかもしれないがビタミンC の歴史に登場するもう一人のノーベル賞研究者は、量子化学のライナスポーリングで、学生時代教科書でも有名だったが、ビタミンC の大量摂取で風邪を予防したり、ガンの増殖を抑えたりできることを提唱していた。ただ、その後の治験などで、科学的根拠が乏しいとされ、ビタミンC 治療は下火になったが、それでもビタミンC が必須栄養素と言うだけでなく、免疫強化、コラーゲン活性化を通して皮膚の若返りが期待できるとして一般の人には人気の高いサプリメントになっている。

論文を読んでいると、医療現場からは消えたかに見えたビタミンC 療法は、特にガン治療の分野で新しく研究され始めていることがわかる。このブログでもすでに4回紹介したが、最初は点滴で一日60gという、ポーリングも驚く大量を投与する治療で、通常抗酸化剤として知られるビタミンC に活性酸素を発生させてガンを傷害させる治療だった(https://aasj.jp/news/watch/6679)。その後さらに、ビタミンC が補助因子として TET2 活性を高め、ガンで狂った DNA メチル化を元に戻して治療を助けるという論文も発表された(https://aasj.jp/news/watch/7291)。大量点滴療法に関しては、免疫機能が高まることが抗ガン効果に作用しており、チェックポイント治療と組み合わせると高い効果が得られることを示した治験研究も発表されている(https://aasj.jp/news/watch/12465)。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまでとは全く異なるメカニズムで、ビタミンC がガン細胞特異的にガン免疫への感受性を高めることを示した重要な研究で、2月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Lysine vitcylation is a vitamin C-derived protein modification that enhances STAT1-mediated immune response(リジンのビタミンC 化はビタミンC のタンパク質修飾で STAT1 が媒介する免疫反応を高める)」だ。

この研究は有機化学者の目から始まっている。リジンのサクシニル化反応に必要な反応性ラクトン構造をビタミンC も持っていることに気づき、様々な条件でリジンを含むペプチドにビタミンC を加えてみてリジンと結合するか調べた。すると期待通り、加えたビタミンC の濃度依存的にペプチドのリジン残基だけがビタミンC 化された。

そこで、生きた細胞内でもビタミンC 化が起こっているのか、2種類の細胞株をビタミンC を加えて培養し、細胞内のタンパク質を解析すると、500−1400種類のタンパク質がビタミンC 化されることを明らかにしている。ビタミンC 化されるタンパク質の種類に一定の傾向があること、さらに細胞抽出液を使った実験から、ビタミンC 化が酵素反応に基づくとしているが、酵素特定に関しては今後の課題として残している。

マウスのガン細胞株でビタミンC 添加により発現が高まる遺伝子の多くが免疫システムに関わっており、特にインターフェロン下流の分子の発現が高まっていることから、あとはインターフェロンシグナル下流に位置する STAT1 に対象を絞り、ビタミンC 化により SATA1 の機能がどう変化するのか、生化学的に調べている。

長い話を簡単にまとめると、STAT1 は298番目のリジンがビタミンC と結合する。この結果、STAT1 二量体の構造が大きく変化し、脱リン酸化酵素との結合が阻害され、リン酸化 STAT1 の寿命が延びる。この結果、インターフェロンシグナルでリン酸化された STAT1 の機能が長続きし、ガン細胞のインターフェロン感受性が上昇する。

特に注目すべきは、ガン免疫の標的になる MHC 及びガン抗原提示に関わる様々な分子の発現が上昇することで、その結果ガン免疫に対する感受性が高まる。

マウスにガンを移植し、ガンに対するキラー細胞及びビタミンC を投与すると、ガンを抑制する効果が見られるが、ガン細胞の STAT1 がビタミンC 化できない変異型にかえるとビタミンC の効果が全くなくなる。しかしこれまでビタミンC 効果の分子経路に関わるとされてきた TET2 や HIF1 をノックアウトしても、ビタミンC の影響は低下せず、この研究で使われた濃度では、ビタミンC と TET2 や HIF1 は関係がないことも示している。

以上が結果の概要で、タンパク質に対する直接修飾としてのビタミンC 化を発見し、一部のタンパク質ではビタミンC 化により、機能が改変されることを示し、ビタミンC 研究の歴史に新たな道を開いたと思う。また、STAT1 ビタミンC 化の結果は、これまでのガン免疫とビタミンC との結果をメカニズムの点からバックアップする重要な発見で、ガンの免疫療法でのビタミンC 投与の可能性を改めてクローズアップしたと思う。今後の鍵は、この反応を媒介する酵素の特定だと思うが、他のビタミンC 化されるタンパク質についての機能も面白そうだ。

セントジョルジがアスコルビン酸を抽出したのが1930年で、ほぼ100年が経過したが、こんな展開が待っていようとは全く想像できなかった。

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