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4月2日 ダニワクチンのための抗原探索(3月26日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年4月2日
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この2−3日専門家向けの論文紹介が続いたので、今日はわかりやすい論文を選んだ。

ダニによって媒介される感染症で最も有名なのはライム病。発疹を伴う細菌性感染症で、米国、ヨーロッパでは今も発症数が多い重要な感染症だ。もちろんライム病にとどまらず、様々な病原体がダニにより媒介される。そのため、それぞれの病原体に対する予防手段を講じるより、ダニに噛まれないようにするワクチンの開発が進められている。

今日紹介するイェール大学からの論文は、ダニを防ぐ免疫誘導に関わる抗原を同定するためのダニ抗原ライブラリーの開発研究で、3月26日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Tick feeding or vaccination with tick antigens elicits immunity to the Ixodes scapularis exoproteome in guinea pigs and humans(ダニに噛まれたりダニワクチン接種にヒトやモルモットに誘導できる免疫)」だ。

このグループはダニワクチン開発のために研究を続けており、すでに北米に多いシカダニの20種類の抗原の mRNAワクチンなどを開発している。また、経験的にダニに繰り返し噛まれることで、免疫が成立することも知られている。従って、ダニの分泌する抗原で免役することでダニへの抵抗力が獲得できることはわかっているが、ダニの唾液のなかのタンパク質は複雑で、またそれぞれの分子に対する交差反応が強いため、抵抗性獲得の標的抗原は特定できていない。

これを解決するために、シカダニの細胞外分子3000種類の分子をバーコードとともに細胞表面に発現した酵母のライブラリーを作成したのがこの研究のハイライトで、実際大変な作業だと思う。この酵母ライブラリーを抗体と反応させ、抗体が結合した酵母のバーコードを DNAシークエンサーで調べることで、どの抗原に対する免疫が成立しているかを一度に測定することができる。

すでに作成したワクチン接種を受けたモルモット抗体で反応を調べると、使った抗原20種類以上の多くのタンパク質に反応していることがわかる。また、通常の ELISA と同じ感度で検出できる。

重要なのはダニに噛まれるのを防ぐ免疫に関わる抗原を特定することで、ダニに繰り返し噛まれてライム病を発症した患者さんの抗体反応を詳しく調べると、反応はヒトによってまちまちだが多くの人で共通に反応が見られる抗原も見つけることができる。ただ、反応が複雑すぎて抵抗性を獲得する抗体の標的を特定するには至らない。

そこで、ダニを皮膚において血を吸わせる実験で抵抗力のある血清とない血清を分け、抵抗力がある血清だけが反応する抗原を探すと、抵抗力のある血清ではヒスタミン結合能力のある分子に対する抗体が存在することを突き止めている。すなわち、ダニはホストマスト細胞から分泌されるヒスタミンなどのメディエーターを忌避する性質があるため、この作用をこれらのタンパク質で抑えていると考えられる。そして、このタンパク質に対して抗体ができると、ダニの防御システムが壊れるというわけだ。

結果は以上で、今後このような抗原を選んでより強いワクチンが作れるか検討が行われるだろう。将来、アメリカ旅行でハイキングを計画するときはワクチン接種を受けて出かけるようになるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月1日 BRCA2 欠損ガン PARP 阻害剤治療の一分子生化学(3月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年4月1日
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ゲノム検査に基づくガン治療に関して我が国が大きく遅れをとっていることは明らかだが、それでも徐々にゲノムに基づいて治療を考えることが根付きつつあることは間違いない。たとえば K-Ras 阻害剤の場合、特定の変異にだけ対応するものもあるし、免疫チェックポイント治療でも染色体不安定性につながる変異を特定することで対象のガンを拡大できる。

中でも、BRCA2 変異は一般抗ガン剤を選ぶ場合でも必須の検査項目になっている。というのも BRCA2 は RAD51 と呼ばれる相同組み換え修復酵素と相互作用して修復を促進することが知られており、これが欠損すると修復が抑えられてガン細胞の DNA 切断に対する感受性が上がる。さらにこの修復欠損を確かなものにするため、除去修復にも関わる PARP1 阻害剤を組み合わせることが行われる。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、上に述べた修復課程の経過を一分子レベルで検出し、RAD51、BRCA2、 PARP 分子の相互作用を明らかにした研究で、3月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「BRCA2 prevents PARPi-mediated PARP1 retention to protect RAD51 filaments(BRAC2 は PARP 阻害剤による PAEP1 の修復部位への保持を阻害し、RAD51 によるフィラメントを守る)」だ。

おそらく医学の知識があってもなかなかタイトルは理解できないかもしれない。それほどDNA修復課程は多くの分子が関わる複雑なのだが、これをまず BRCA2 と RAD51 だけに絞ってその分子反応を一分子レベルで見る以下のような方法を開発している。

DNA が切断されると、5‘末端が削られ3’一本鎖DNAが形成されるが、RAD51 これに結合しDNAとタンパク質が結合したフィラメントを形成、その部位に相同配列を見つけてそれを結合させ相同組み換えを行うことが知られている。

そこで、この2重鎖の切断部位とそこから伸びる1本鎖にそれぞれが近いときに蛍光が発する分子を結合させ(FRET)、蛍光をモニターしている。何も加えないと FRET は安定しているが、RAD51 を加えるとフィラメント形成に伴いシグナルは低下するが、分子運動は保たれるためレベルは変化する。ところがこれに BRCA2 を加えると、フィラメントが固定され、FRET が安定して低いレベルを保つことがわかる。すなわち、BRCA2 は RAD51 のフィラメントの安定性を高めて修復を助けることがわかる。

この実験系に PARP1 を加える実験に進んでいるが、少し理解が難しいかもしれない。PARP1 は切断部位をマーキングして他の修復酵素を呼び集め一本鎖DNAを削って、RAD51 で処理できなかった部位の修復を行っている。ただ、PARP 阻害剤の研究から、RAD51、BRCA2 の機能とも密接に関わることがわかっている。そのため、PARP1 に阻害剤を加えて本来の酵素活性を阻害した状態で実験に加えている。

すると RAD51 で誘導される FRET の安定的低下が大きく変化し、RAD51 の安定なフィラメント形成を阻害していることがわかる。ところが、これに BRCA2 を加えると、PAPR1+阻害剤の効果はキャンセルされる。すなわち、切断部に保持された PARP1 の本来の機能が阻害剤で阻害された後も、切断部にとどまった PARP1 は RAD51 のフィラメント形成を不安定にしている。そして、これを安定化させているのがBRCA2 ということがわかる。まさに、ガン治療の現場で起こっていることが、分子レベルで観察できる。

この過程をさらに詳細に検討すると、PARP1 が切断部に保持されたままだと、RAD51 のフィラメント形成が不安定で相同DNAを見つけてきて一本鎖を2本差にする過程が阻害されるが、このとき BRCA2 が存在するとフィラメントが安定化するだけでなく、PARP1 を切断部から追い出して、相同DNAの会合を促進することができる。

そして最後の仕上げは、実際の細胞に放射線を照射し DNA を切断し、その部位にPAPR1、RAD51、BRCA2 それぞれが結合する様子を観察し、BRCA2 が PARP1 を切断部位から除去するのを一分子レベルの蛍光顕微鏡で確認している。

以上、多くのガンを治療する際に重要な BRCA2 の作用機序を実際に目で見ることができて感激した。

カテゴリ:論文ウォッチ
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