プリオンタンパク質は、一旦、神経変性につながる異常型に転換すると、正常タンパク質を異常型に変え、治療法のない狂牛病などの神経疾患を誘導する。しかも、異常型のプリオンタンパク質を食べることで異なる個体に伝搬する。このように、病気の原因としてのプリオンタンパク質はよく知られているが、正常型の機能については一般にはほとんど知られていない。ノックアウトマウスが作成され、ほとんど異常が見られないとされたこともあるが、現在ではプリオンタンパク質の様々な機能が明らかになっている。さらに、神経系だけでなく、腎臓など他の組織での発現と機能についても報告されており、欠損すると蛋白尿や薬剤による腎障害の重症化が起こることが知られている。
今日紹介する中国杭州にある南方医科大学からの論文は、正常型プリオンタンパク質が慢性腎疾患で腎臓の繊維化を促進する働きがあることを示した研究で、4月16日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Condensation of cellular prion protein promotes renal fibrosis through the TBK1-IRF3 signaling axis(細胞内でのプリオンタンパク質の相分離はTBK-IRF3シグナルを介して腎臓の繊維化を促す)」だ。
これまでプリオンタンパク質 (PrP) は腎臓を保護する分子として知られていたが、このグループは様々な腎障害のバイオプシー標本を調べ、PrPが腎臓の尿細管上皮で上昇していることを発見する。さらに、PrP発現レベルは腎臓の機能を示す eGFRと逆相関している。また、この上昇が腎臓の繊維化誘導因子として知られるTGFβによって誘導されていることを発見する。
PrPの上昇が腎臓の繊維化に寄与しているかどうかを調べる目的で、尿細管上皮特異的にPrPをノックアウトすると、尿管を閉塞させた時に起こる腎臓の繊維化を軽減することができる。すなわち、PrPの発現は腎臓の繊維化の一因になっていることを示している。
そこで、尿細管特異的にPrPを過剰発現させPrPにより誘導されるシグナルを探ると、TBK1-IRF3を中心とするインターフェロン反応性経路が特定され、この刺激により上皮から線維芽細胞刺激分子 (CXC5) などが分泌され、繊維化が促進することを明らかにする。さらにこの経路の活性化はPrPが細胞内で相分離を起こすことで誘導されることを様々な実験から確認している。
最後に、TBK1経路を阻害する化合物を用いて、腎臓の繊維化を一定程度抑えることができることを示し、この分子経路が慢性腎障害の標的になると結論している。
結果は以上で、正常型のプリオンも病気を悪化させる分子として働くのかという意外性が売りの論文だった。ただ治療標的になるかどうかは使われている腎障害モデルが限られているのでわからない。一つ気になるのは、腎臓の尿細管でも異常型のプリオンが発生しているのかだ。一つでも異常型タンパク質が発生すると正常型を異常型に転換させるが、他の細胞に伝搬させる仕組みがないので、気づかれないのかもしれない。