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3月1日 Single cell 解析の整理の仕方(2月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月1日
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RNA sequencing を中心とする single cell レベルの解析法の医学・生物学への貢献は計り知れない。特に、サンプル採取が難しい人間の研究のハードルが下がり、病気についての理解が急速に進展したことはこのブログで何度も紹介してきた。しかし、single cell 解析ではどうしても細胞をより詳細に分類することに目が奪われて、本質を見失うことも多い。

これに対し今日紹介するハーバード大学、エピジェネティック研究の大御所 Bradley Bernstein 研究室からの論文はグリオーマ組織に存在する骨髄球(ミクログリア、マクロファージ、単球、樹状細胞、顆粒球など)の single cell RNA sequencing データを細胞レベルで細分化するのではなく、カテゴリーに分けて整理しようとした研究で、2月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Programs, origins and immunomodulatory functions of myeloid cells in glioma(グリオーマ組織の骨髄球のプログラム、起原、そして免疫機能)」だ。

簡単にいってしまうと、この研究は抽象的な single cell RNA sequencing の結果を、これまでの血液学で行われてきた解析、すなわちそれぞれの血液系統(プログラム)の反応解析に近づけようとした研究と言える。どうしてこれまで、この方向での整理が進まなかったのか不思議だが、何度も行われてきただろうガンの微小環境の single cell 解析の中では、わかりやすさで特筆すべき研究と言える。

まず骨髄球の系列を決めているプログラムを定義するための遺伝子発現セットを特定し、先に挙げた5種類の細胞系列に分けている。脳なので、ミクログリアとマクロファージは分けられているが、あとは一般的な分類だ。

その上で、それぞれの系統での反応性を定義するための遺伝子セットを決めている。例えば、低酸素状態に晒されると全ての細胞で同じような転写プログラムがオンになる。これにより、骨髄球は系列を問わず、全身性炎症、局所性炎症、補完免疫抑制、貪食免疫抑制プログラムに分けている。さらに、組織レベルの転写解析法を用いて、それぞれのプログラムがガン組織のどこに発現しているのかも調べている。これにより、それぞれの機能プログラムが誘導される要因を整理できる。

まず、それぞれの系統はいずれの機能プログラムを発現できるが、ガン以外の組織では局所炎症性、あるいは貪食免疫抑制性プログラムは殆ど発現されない。すなわち、両者はガン組織特有の機能プログラムであるのがわかる。

脳組織の場合、脳内に限定されるとミクログリアと循環を通して移動してきたマクロファージを分ける必要があるが、通常のマーカーを使うのではなく、ミトコンドリアゲノム変異を single cell レベルで調べることでクローン標識として用いて区別している。これにより、ミクログリアには一部だがマクロファージが血液を通して移動し、ミクログリアに変化するものも含まれることがわかる。

このようにカテゴリー分けを行って丹念に見てみると、例えば全身性炎症プログラムを発現している細胞は、循環しているマクロファージがこのプログラムを発現したあとガン組織に浸潤しているのがわかる。また、ガン組織で強い低酸素状態が誘導されると、その結果として貪食型免疫抑制プログラムが誘導されることもわかる。そして、このプログラムが誘導されるガンの予後は悪い。

このようにガンと白血球の相互作用が詳しく解析されているが、詳細を省いて面白い結果を2つ紹介しよう。

一つは補完的免疫抑制プログラムで、これは脳内に限らず全身の細胞でも認められ、実際にはグリオーマ治療で使われるデキサメ鎖損により誘導されることがわかる。これも免疫抑制的なので、免疫治療を行うときにはデキサメサゾンの注視する必要があるのだが、残念ながらデキサメサゾンの効果が長く続くので、今後免疫治療のための重要な課題になる。

もう一つはこれらのプログラムがエピジェネティックな調節の結果として誘導されている点で、ガンの予後に悪影響のある貪食型免疫抑制プログラムは、p300/CBP を標的とする阻害剤で強く抑制できることを発見している。さらにこの阻害実験を基盤として、このプログラムが腫瘍組織の IL-1β により誘導され、AP-1 により支配される分子の発現により自恃されていることを示している。

当たり前とは言え、それぞれの系統プログラムと、反応プログラムを整理することで、single cell 解析がわかりやすく理解できることを示した、さすがにプロの目を感じさせる研究だと思う。

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