分野を問わず毎日論文を読んでいると、大概の論文はタイトルを見ておおよその筋を読むことができる。しかし生命科学は多様で、タイトルを見ても「ちんぷんかんぷん」、全く筋が見えない論文も多い。
今日紹介する米国サンディエゴの aTyr Pharma とスクリプス研究所からの論文は、タイトルを見て余計に謎が深まり、論文を読んでこんなことがあるのかと驚いた研究で、3月12日 Science Translational Medicine に掲載された。そのタイトルとは「A human histidyl-tRNA synthetase splice variant therapeutic targets NRP2 to resolve lung inflammation and fibrosis(ヒトのヒスチジンtRNA 合成酵素のスプライスバリアントは NRP2 と結合して肺の炎症と繊維化を改善する)」だ。
さてタイトルだが、生物学を全く知らないと不思議を感じないと思うが、教科書レベルの知識があると、ヒスチジンを tRNA に添加する酵素 (HARS) のスプライスバリアントがニューロピリン2と反応して肺の炎症を抑えるなどと書かれていると、混乱してしまう。 tRNA 合成酵素は、核酸のコードとアミノ酸を結びつける38億年の歴史を持つ生命の基本システムだ。それが、血管増殖因子や神経伸張因子と結合するニューロピリン2 (NRP2) と結合するなどと書かれていると何かの間違いかと思ってしまう。
しかし読み進むと、驚くべき話が広がっていた。すなわち、 HARS に限らず様々な tRNA 合成酵素は、進化の過程で、スプライシングにより他の機能タンパク質に生まれ変わる新しいドメインが獲得されているという話だ。この研究ではヒスチジンを添加する HARS に限っているが、実際には他の tRNA 合成酵素にも新しい機能が付与されているという。私も全く知らなかった世界で、特殊だが是非ジャーナルクラブで取り上げてみたいと思う。
この研究グループが HARS に注目したのは、HARS に対する自己抗体によって肺や筋肉の炎症がおこる anti-Jo-1 症候群の存在による。この症候群が認識している本来の遺伝子がスプライシングで短い部分だけになった HARS-WHEP が、炎症により肺の上皮細胞から分泌され、血中にも流れることを確認し、この分子の機能を調べるために、HARS-WHEP に免疫グロブリン Fc 部分を結合させて安定化した分子を開発している。
まず HARS-WHEP の結合する分子を探索して、NRP2 に特異的に結合することを明らかにしている。NPR2 は炎症が起こるとマクロファージで発現する。このとき HARS-WHEP-Fc で処理すると、マクロファージからの炎症性サイトカインやケモカインの発現が抑制される。
そしてマウスの様々な肺の炎症モデルに投与すると、例えばブレオマイシンによる肺線維症モデルでは、組織病理像を正常化させ、また炎症性サイトカインの分泌も強く抑える。一方、特殊な細菌を用いたサルコイドーシスモデルでは、病理組織は改善しないが、炎症性サイトカインの分泌を抑えることができる。
さらに人間の肺の炎症性症例のバイオプシーで、サルコイドーシスなどの炎症の進展とともに NRP2 発現マクロファージの数が上昇しており、HARS-WHEP-Fc を試験管内で加えることで、マクロファージの炎症性サイトカインの分泌を止められることを示している。
実際には2023年に HARS-WHEP-Fc をサルコイドーシスによる肺線維症の患者さんに投与する第1/2相の治験も行われて期待できる結果が得られているようで、新しい治療法としてもすでに走り出している。従って、この論文はこれまでの研究を基礎的にバックアップするための論文と言える。
以上が結果で、私にとっては臨床時代なじみのあるサルコイドーシスの治療と言うだけでなく、tRNA 合成酵素の変身に驚いた。少しマイナーな話題になると思うが、是非 tRNA の変身について調べてジャーナルクラブとしてまとめてみたい