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2月2日 痒いところを掻くという行為の深い意味(1月31日 Science 掲載論文)

2025年2月2日
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様々な原因で起こる皮膚の炎症性疾患で最もやっかいな症状は痒みで、わかっていてもどうしても幹部に手を伸ばして掻いてしまう。その結果、皮膚に新たな刺激が加わって炎症が悪化したり感染が広がるとわかっていても、痒みに抵抗できない。我慢が難しい幼児ではなおさらだ。もちろん本能的に行動してしまうマウスではなおさらで、熊本時代の大学院生だった吉田君が理研時代に発見した皮膚バリア分子欠損マウスのビデオを見せてくれたことがあるが、止まることなく体中をかきむしっている哀れなマウスを見て、痒みのインパクトの大きさを思い知った。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、古典的実験モデルを用いて痒みにより掻いてしまうことが炎症を悪化させるメカニスムであることを調べ、しかしこの痒みに対する反応が皮膚のブドウ球菌の繁殖を抑えるポジティブな効果もあることを示した面白い研究で、1月31日号 Science に掲載された。タイトルは「Scratching promotes allergic inflammation and host defense via neurogenic mast cell activation(掻くことでアレルギー性炎症が増強するだけでなく神経によるマスト細胞活性化を通してホストの抵抗力を上げる)」だ。

この研究では免疫性炎症モデルとして化学化合物に対する接触性過敏症を用いている。これは化合物を皮膚に塗って感作し、耳にチャレンジすると耳が腫れる反応を用いて炎症を評価する系で、私が研究を始めた頃から存在する古典的な方法だ。

感作後数日でチャレンジしたとき、ネズミは痒がって引っ掻き、その結果強い炎症が起こるが、化合物の刺激による痒みを感じる感覚神経を光遺伝学的に抑制する(すなわち痒みを感じなくなる)と炎症は抑えられる。また、痒みを感じても引っ掻かないように皮膚を守ると、やはり炎症は起こらない。遅延型過敏症なのでT細胞の浸潤は存在するが、それ以上の炎症の広がり(=顆粒球の浸潤などの炎症像)、には痒みにより誘導される引っ掻くというプロセスが必要であることがわかる。

皮膚を引っ掻いたときに活性化される神経細胞を調べると、これは予想通り TRPV-1(すなわち唐辛子成分カプサイシン反応性)の痛みを感じる神経細胞が重要であることがわかる。これまでの研究で TRPV-1 は刺激を受けると Substance P を分泌し、マスト細胞の刺激が起こることが知られているが、TRVP-1 発現神経細胞を光遺伝学的に抑制すると、予想通り接触性過敏症による炎症進行が低下する。

さらに、痒みを感じる神経を抑制したマウスでも、TRBV-1 神経をカプサイシンで単独刺激すると摂食過敏症による炎症が進行する。すなわち、痒みを感じて皮膚を掻きむしることで TRPV-1 神経を刺激し、その結果 substance P が神経から分泌され、マスト細胞刺激し、ここから様々な因子が放出されることで、免疫反応以上に炎症反応が誘導されることがわかった。

最終段階ではマスト細胞が主役に躍り出るので、掻くという行為に注目したのはユニークだが、あとは神経刺激により分泌される substance P などのメディエータが炎症を誘導するという、これまでも指摘されていたメカニズムに落ち着いてしまっている。そこで著者らは、引っ掻く行動を誘導する痒み回路にはネガティブな役割だけでなく、ポジティブな役割があるはずだと考えた。

ここで着目したのが皮膚常在性の黄色ブドウ球菌増殖抑制の可能性だ。痒みを感じて掻きむしる行動を起こしているマウスと、この反応サイクルが遺伝子操作で停止したマウスについて細菌叢の比較を行い、掻くという行為が抑制される個体では、細菌叢の多様性が低下するとともに黄色ブドウ球菌も皮膚から存在が消失することを発見する。すなわち掻くという行為が TRPV-1 神経を介してマスト細胞を活性化することで、細菌叢を変化させ、黄色ブドウ球菌の増殖を抑制することが明らかになった。

この作用はもっぱらマスト細胞により担われているので、マスト細胞を IgE で刺激して活性化すことでも誘導できる。実際には、TRPV-1 神経刺激と、IgE による刺激が協調することでより強くマスト細胞刺激を活性化して黄色ブドウ球菌の増殖を止めているよ結論している。

以上、痒みを感じて引っ掻くことにも細菌増殖防御というポジティブな側面もあるという結論だが、マスト細胞活性化により細菌どころか、皮膚にうごめくダニを予防できることを示した阪大病理の北村先生の仕事を思い出した。すなわち、ダニに刺されて痒くなって掻いているうちに、ダニを退治することができるという話で、もし本当ならうまくできている。しかし実際そんなうまい話があるのだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 アルツハイマー病での Aβ と Tau の相互関係を人間の脳画像から調べる(1月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年2月1日
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アルツハイマー病のメカニズムの研究は様々な動物モデルが利用されることで急速に進んでいるように感じるが、それでもAβの蓄積によるアミロイドパチーと、異常 Tau分子によるタウノパチーの関係などは諸説存在し、我々人間ではどうなっているのか、まだまだわからないことが多い。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) を、初期段階から長期に追跡するコホート研究に参加している患者さんの様々な脳画像から Aβ が神経興奮誘導を通して Tau分子の伝搬を示唆する研究で、仮説に基づいての研究とは言え発想が面白い研究だ。1月22日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Amyloid-associated hyperconnectivity drives tau spread across connected brain regions in Alzheimer’s disease(アミロイドによる神経の結合性亢進がアルツハイマー病で Tau が脳全体に伝搬させている)」だ。

これまでも紹介してきたように Aβ や Tau が脳内で蓄積している様態を PET を用いて検出することができる。この研究では、これに加えて安静時の機能的MRI (fMRI) を同時に調べ、神経の活動性を測定している。

これらの画像から AD のメカニズムに関して何がわかるのかと思ってしまうが、この研究は最初から明確な仮説をたて、その仮説と脳画像が一致するかを議論している。これは介入や遺伝子操作などが殆ど不可能な人間の脳研究では当然のことで、最終的なメカニズム解析は、培養かあるいは動物モデルを用いて行う必要がある。

では、この研究グループが証明したいと考えている仮説とは何か?これについてはタイトルで明示されており、Aβ が神経を興奮させることで細胞間の結合性を高め、これが Tauタンパク質の伝搬を促進し、タウノパチーが脳全体に広げるドライバーになっているという仮説だ。もちろんこれは新しい仮説ではなく、Aβ が神経興奮を誘導することや、Tau が下側頭葉から神経結合に従って伝搬することはすでに示されてきた。ただ、人間でこれらを示すことは簡単でない。

この研究では Aβ を検出する PET と fMRI の脳活動状態を比べ、Aβ が蓄積している場所が fMRI で神経活動が亢進している部位とオーバーラップすることを確認している。すなわち、Aβ の蓄積が神経の加興奮を誘導している可能性は人間の脳画像検査により強く示唆される。この研究ではさらにグルコースの取り込みを調べる FDG-PET でもこれを確認している。

次に検討したのは、Aβ により過興奮が誘導されると、神経シナプス結合性が高まり、これが Tau の伝搬を促進している可能性だ。このために、まず Tau-PET を用いて患者さんの経過を観察し、Tau の震源地がこれまで示されていたように下側頭葉に存在すること、そしてこの震源地から脳各領域に時間をかけて伝搬するのが PET の経過観察で追跡できるが、この伝搬時に伝搬先の Aβ の蓄積があるほど、伝搬しやすくなっていることを発見する。

重要な結果は以上で、現象論ではあるが初期 AD で Aβ が蓄積し始めると、これが神経興奮を誘導して、シナプス結合性が自然に高まる。この結合性の促進は、異常Tau がシナプスを超えて伝搬する過程を促進し、結果タウノパチーが脳全体に広がるという結論は、少なくとも AD の画像診断結果と一致する。しかも、この一致は1例、2例の話ではなく、このコホートに参加している多くの患者さんで認められるという結果だ。

脳画像からは矛盾がないと私も思うが、気になる点もある。もし Aβ の働きが神経興奮誘導だとすると、もっとAβに対する抗体が効いても良いのではと思うし、ApoE変異(Christchurchi型)で Aβ が存在するのに Tau が全く変化しないのは、この仮説では説明できていないと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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