様々な原因で起こる皮膚の炎症性疾患で最もやっかいな症状は痒みで、わかっていてもどうしても幹部に手を伸ばして掻いてしまう。その結果、皮膚に新たな刺激が加わって炎症が悪化したり感染が広がるとわかっていても、痒みに抵抗できない。我慢が難しい幼児ではなおさらだ。もちろん本能的に行動してしまうマウスではなおさらで、熊本時代の大学院生だった吉田君が理研時代に発見した皮膚バリア分子欠損マウスのビデオを見せてくれたことがあるが、止まることなく体中をかきむしっている哀れなマウスを見て、痒みのインパクトの大きさを思い知った。
今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、古典的実験モデルを用いて痒みにより掻いてしまうことが炎症を悪化させるメカニスムであることを調べ、しかしこの痒みに対する反応が皮膚のブドウ球菌の繁殖を抑えるポジティブな効果もあることを示した面白い研究で、1月31日号 Science に掲載された。タイトルは「Scratching promotes allergic inflammation and host defense via neurogenic mast cell activation(掻くことでアレルギー性炎症が増強するだけでなく神経によるマスト細胞活性化を通してホストの抵抗力を上げる)」だ。
この研究では免疫性炎症モデルとして化学化合物に対する接触性過敏症を用いている。これは化合物を皮膚に塗って感作し、耳にチャレンジすると耳が腫れる反応を用いて炎症を評価する系で、私が研究を始めた頃から存在する古典的な方法だ。
感作後数日でチャレンジしたとき、ネズミは痒がって引っ掻き、その結果強い炎症が起こるが、化合物の刺激による痒みを感じる感覚神経を光遺伝学的に抑制する(すなわち痒みを感じなくなる)と炎症は抑えられる。また、痒みを感じても引っ掻かないように皮膚を守ると、やはり炎症は起こらない。遅延型過敏症なのでT細胞の浸潤は存在するが、それ以上の炎症の広がり(=顆粒球の浸潤などの炎症像)、には痒みにより誘導される引っ掻くというプロセスが必要であることがわかる。
皮膚を引っ掻いたときに活性化される神経細胞を調べると、これは予想通り TRPV-1(すなわち唐辛子成分カプサイシン反応性)の痛みを感じる神経細胞が重要であることがわかる。これまでの研究で TRPV-1 は刺激を受けると Substance P を分泌し、マスト細胞の刺激が起こることが知られているが、TRVP-1 発現神経細胞を光遺伝学的に抑制すると、予想通り接触性過敏症による炎症進行が低下する。
さらに、痒みを感じる神経を抑制したマウスでも、TRBV-1 神経をカプサイシンで単独刺激すると摂食過敏症による炎症が進行する。すなわち、痒みを感じて皮膚を掻きむしることで TRPV-1 神経を刺激し、その結果 substance P が神経から分泌され、マスト細胞刺激し、ここから様々な因子が放出されることで、免疫反応以上に炎症反応が誘導されることがわかった。
最終段階ではマスト細胞が主役に躍り出るので、掻くという行為に注目したのはユニークだが、あとは神経刺激により分泌される substance P などのメディエータが炎症を誘導するという、これまでも指摘されていたメカニズムに落ち着いてしまっている。そこで著者らは、引っ掻く行動を誘導する痒み回路にはネガティブな役割だけでなく、ポジティブな役割があるはずだと考えた。
ここで着目したのが皮膚常在性の黄色ブドウ球菌増殖抑制の可能性だ。痒みを感じて掻きむしる行動を起こしているマウスと、この反応サイクルが遺伝子操作で停止したマウスについて細菌叢の比較を行い、掻くという行為が抑制される個体では、細菌叢の多様性が低下するとともに黄色ブドウ球菌も皮膚から存在が消失することを発見する。すなわち掻くという行為が TRPV-1 神経を介してマスト細胞を活性化することで、細菌叢を変化させ、黄色ブドウ球菌の増殖を抑制することが明らかになった。
この作用はもっぱらマスト細胞により担われているので、マスト細胞を IgE で刺激して活性化すことでも誘導できる。実際には、TRPV-1 神経刺激と、IgE による刺激が協調することでより強くマスト細胞刺激を活性化して黄色ブドウ球菌の増殖を止めているよ結論している。
以上、痒みを感じて引っ掻くことにも細菌増殖防御というポジティブな側面もあるという結論だが、マスト細胞活性化により細菌どころか、皮膚にうごめくダニを予防できることを示した阪大病理の北村先生の仕事を思い出した。すなわち、ダニに刺されて痒くなって掻いているうちに、ダニを退治することができるという話で、もし本当ならうまくできている。しかし実際そんなうまい話があるのだろうか。