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2月18日 ウミガメは間違いなく地磁気を使って場所と泳ぐ方向性を検知できる(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月18日
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我々の脳の中に形成される場所細胞に関しては、マウスやラットの実験のような小さな領域だけでなく、コウモリを用いたもっと広い範囲の場所記憶にも適用できることがわかっている。しかし、ウミガメや渡り鳥のような頭の中に形成されていると思われる地球規模のマップに関しては、地磁気を感知することで行われることが磁気検出機構の研究から徐々に明らかにされてきた。しかし本当にそれが地球規模のマップ形成に関わるのか調べられたことはなかった。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、研究室の水槽に例えばフロリダ沖、あるいはハイチといった場所の異なる地磁気を再現し、そこで条件付けたウミガメがその地磁気パターンを覚えているかを調べる実験を行い、ウミガメの地磁気検出について確認した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Learned magnetic map cues and two mechanisms of magnetoreception in turtles(ウミガメが学習した地磁気マップが行動を指示するときの磁気を検知する2種類のメカニズム)」だ。

ウミガメが地球規模の移動を敢行するとき、地域の磁気の違いを感じていることについては異論はないが、そのメカニズムには諸説存在している。まず各地域での地磁気の違いを感じるには、脳の執念に存在する磁気を帯びた鉄分がセンサーとして機能すると考えられている。また、水中を移動するとき体液との磁気の違いにより誘導電流が生じ、これを移動するためのコンパスとして用いていると考えられている。他にも、網膜にある特殊な色素に光が当たったときにできる不安定な電子状態が方向性を決めるコンパスの働きをしているという考えもある。

この研究では地球上の異なる地域の地磁気を再現し、例えばフロリダで餌付けをした記憶が維持されているかを地磁気を変化させて調べる実験を行い、間違いなくウミガメが地磁気の違いを感じて、それを脳内の地図として形成できることを示している。このマップはかなり正確で、それほど離れていない領域の地磁気でも検出できる。

最初は餌付けした領域と餌がないという経験をした領域間で比べ、地磁気によるマップ形成が存在することを示したが、移動途中のような経験とは異なる地磁気の場所も餌付け場所とは正確に区別していることを示している。

そして、餌付けの記憶領域を目指すときの方向性も、おそらく誘導電位を用いた検出システムで検知していることを、卵からかえったウミガメの泳いでいく方向性から調べている。

この研究では、脳を調べる実験は全く行っていないが、様々な条件で電磁波に晒す実験を行い、地磁気マップは予想通り電磁波には全く影響されないが、誘導電位を感知するコンパス機能は、電磁波照射により影響されることを示している。また、光を吸収する色素による電子の乱れを検知する種ステムについては、ウミガメでは利用していないことも確かめている。

以上が結果で、地球規模の磁気変化を直接感じ、また方向性を決めるコンパスとしても利用していることに改めて感心するが、この結果脳内にどのような場所細胞が形成されているのかさらに興味がそそる。人間の興味は尽きないが、野生動物の研究がどこまで許されるのか難しい判断が迫られる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日 リンパ球が母乳の合成を助ける(2月14日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月17日
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イントロダクションではなぜ論文で紹介する研究を行うに至ったのかを紹介するのだが、いくら読んでも全く着想の根拠がわからないケースがある。今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、読んだ後はなるほど面白いと思えるのだが、なぜこの研究を始めたのかがイントロダクションからはわからなかった典型だった。

2月14日 Cell にオンライン掲載された論文で、通常とは異なる特殊な機能を持っているT細胞が母乳の生産に重要な働きをしていることを示した研究で、タイトルは「Mammary intraepithelial lymphocytes promote lactogenesis and offspring fitness(乳腺に存在する上皮内T細胞は母乳産生を介して子供の成長を促す)」だ。

様々な免疫不全マウスが作られ、次の世代を繁殖させられることから、母乳を作るのにリンパ球が関与する必要はないことが明らかだ。すなわち、乳腺はプロラクチンなどのホルモンの作用で発達できることは間違いない。ただ、腸管にはいくつかの特殊な上皮内T細胞が存在して上皮を守っていることが知られていることから、同じようなリンパ球が乳腺にも存在しているのではという疑問がこの研究の動機だと思う。

従って、最初から上皮内T細胞に焦点を当て、T細胞受容体 (TcR) α、あるいは γ をノックアウトしたマウスの乳腺の発達を調べ、TcRα をノックアウトしたときだけ、乳腺上皮の発育が遅れ、それで育てられている子供の体重増加が遅れることを突き止めた。そして、ノックアウト実験から、乳腺上皮内T細胞の分化には Tbet と呼ばれる転写因子が必須であることを確認する。

この Tbet転写因子は通常の αβT細胞を CD8 ααT と呼ばれる特殊な上皮内細胞へ分化させるのに必須であることが知られており、この結果から腸管上皮細胞と同じで、乳腺上皮でも、妊娠とともに CD8ααT 細胞が上皮内にリクルートされることが上皮の維持を助けていることが明らかになった。

CD8 ααT 細胞の由来は胸腺で、前駆細胞は妊娠後期に正常の2-3倍増加し、乳腺へとリクルートする体制ができる。面白いのは、前駆細胞を移植する実験によって、正常では前駆細胞は腸管に移動する一方、妊娠時には腸管には行かず、乳腺に移動することを明らかにしている。すなわち、妊娠時には乳腺上皮への選択的移動を誘導するメカニズムが備わっている。

上皮内T細胞の分化には IL-15 が必要であることが知られているが、乳腺上皮も同じで、妊娠により乳腺周囲のマクロファージや乳腺上皮自体の IL-15 が誘導され、上皮内T細胞の分化増殖を助けていることを示している。

次に、上皮内T細胞の作用について、妊娠免疫不全マウスに上皮内T細胞を移植し、移植の有無で起こる細胞レベルの変化を single cell RNA sequencing で調べ、T細胞は乳腺上皮に直接働き、ミルクを分泌細胞と収縮性のある筋肉性上皮への分化を誘導することを明らかにしている

結果は以上で、ストーリーとしては腸管上皮内T細胞での話とほぼ同じで、最終的には納得の結論だが、とはいえ妊娠時に特殊なリンパ球が手を貸しているのは面白い。というのも、以前亡くなった横田君が Peter Gruss の研究室で作成した Id2 ノックアウトマウスを持ち帰って解析した結果、乳腺組織とともにリンパ組織や NK細胞が欠損することを発見し、報告した。詳細は省くが、このとき実感したのだが、哺乳動物から発達した乳腺やリンパ節は、炎症メカニズムを使い回して形成されていることだ。とすると、リンパ球との相互作用など全く驚くことはないのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日 ガンの変化は代謝のリプログラムを伴う(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月16日
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先日紹介したように、2月21日「ガンと代謝」というタイトルで Zoom ジャーナルクラブを開催し、その後Youtubeで配信しようと計画している。ただ、ガンと代謝というテーマはあまりに大きすぎるテーマで、しかもガンごとに代謝プログラムは異なっているので、まとまるかどうか心配している。このガンの代謝の複雑さを理解いただくための論文を探しているが、うってつけの論文が2月12日英国フランシス・クリック研究所から Nature にオンライン掲載されたので、これもジャーナルクラブで取り上げようと思うが、予告編として個々に紹介する。タイトルは「Intrinsic electrical activity drives small-cell lung cancer progression(小細胞性肺ガンの進展に必須の電気活動の多用性)」だ。

タイトルにある小細胞性肺ガンは肺ガンの中でも最もたちが悪く、発見されたときには転移している。40年前に臨床にいた頃私も経験したが、悪い思い出しかない。当時から、小細胞肺ガンはホルモンを産生したり、神経内分泌細胞に似た性格を持っていることが知られていた。

この研究は最初から、神経内分泌性を持つ (NE) ガンは名前の通り神経興奮性が存在し、この興奮性が小細胞性肺ガンを悪性にしている大きな要因であるという仮説で実験を行っている。

まず、培養細胞のパッチクランプで電位依存性の興奮が起こること、さらに一つの細胞から次の細胞へ興奮を伝搬できることを明らかにする。同じような伝搬はグリオーマでも見られ細胞間のギャップ接合によることがわかっているが、小細胞性肺ガンの場合シナプスとよく似て、膜から小胞が放出され、アセチルコリンをメディエーターにして次の細胞のカルシウム流入を誘導することを突き止めている。

さらに、光遺伝学的手法を用いてマウス肺に発生させた小細胞性ガンが、交感神経と神経接合を形成しており、また NE細胞間での興奮伝達がカルシウムの波として観察できることを示している。

ここまでは代謝とは関係ない話だが、ガン細胞が興奮しているとすると、当然エネルギー、この場合は ATP の合成が必要になる。実際、この細胞ではグルコース分解経路はあまり活性化されておらず、もっぱらミトコンドリアの電子伝達系を介して ATP が合成されていることがわかる、この点で他の肺ガンとは代謝システムが全くことなっている。一方、小細胞性肺ガンでも NE 以外の細胞はグルコース分解と乳酸産生が上昇している。また、遺伝子発現でもこのプログラムの違いを確認できる。

さらに面白いのは、NE と NE以外 (NNE) を比べると、NNE では合成した乳酸を外へ排出するトランスポーターが発現している一方、NE では逆に乳酸を取り込むトランスポーターが発現していることで、このおかげで NE は NNE からでた乳酸を利用して、ATP合成を高めることができている。実際、この取り込みに必要なトランスポーターをブロックすると、NE型肺ガンの興奮活性は低下する。

そして最後に、この興奮性がガンの悪性化と関わるかを調べている。アセチルコリン受容体を刺激するテトラドトキシンで NE型細胞を処理すると、残念ながら細胞の増殖は抑えられ、場合によっては細胞死が見られる。しかし、テトラ度トキシンで24時間処理したあと、よく洗ってその細胞を脾臓に移植すると、前処理した細胞の肝臓転活性が2倍程度上昇する。すなわち、興奮によるカルシウム流入により、cAMP を介する刺激経路が活性化し、転移性が上昇している。

以上の結果から、神経興奮性を獲得することで、それに答えるため代謝システムをリプログラムする必要はあるが、この結果周りの神経からの刺激を利用してガンがさらにホストにフィットできるように変化することが示された。このようにガンの性質変化に代謝変化が必須であることが示されていると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

西川伸一のジャーナルクラブ「ガンと代謝」のお知らせ(2月21日午後7時開催)

2025年2月15日
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来週2月21日夜7時から恒例のジャーナルクラブを開催します。今回はいつも参加いただいている堀尾先生とのメールのやり取りから、「癌と代謝」を取り上げることにしました。実際には重要ですが極めて大きなテーマで、まとめるのは並大抵ではないと思います。そこで、2年前Cellに掲載されたFinleyさんの優れた総説を柱に据えて、最近の面白い論文をいくつか選びます。直接参加したいみなさんはzoomアカウントを送りますのでリクエストしてください。

カテゴリ:セミナー情報

2月15日 安全な筋肉増強剤を求めて(1月29日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月15日
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運動能力を高めるために行われるドーピング薬に赤血球を増加させるエリスロポイエチンまで含まれるが、最も広く使われているのがアナボリックステロイドだと思う。恥ずかしいことに、この作用は全てアンドロゲンに反応する核内受容体を介するとこれまで思っていた。しかし、精子がプロゲステロンに反応して Caチャンネルが活性化されるという発見以降、核内受容体だけでなく、G共役型の受容体がステロイドホルモンに反応することが知られていたようだ。

今日紹介する中国山東大学からの論文はアナボリックステロイドとして筋肉増強にも使われた5αジヒドロテストステロン (DHT) に反応する Gタンパク共役受容体 (GPCR) を特定し、その構造解析を元になんと筋肉だけに作用を持つ薬剤を開発した研究で、1月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification, structure, and agonist design of an androgen membrane receptor(アンドロゲンに反応する膜型受容体の特定、構造、そしてアゴニストデザイン)」だ。

この研究では取り出した長肢伸筋が DHT に反応して筋力を増大することを確認したあと、筋肉が発現する GPCR のリストを作成、それぞれの遺伝子を細胞に導入して反応性を調べる方法で、GPR133 を特定する。

DHT やアナボリックステロイドとして用いられるメテノロンと GPR133 との結合を生化学的に確かめたあと、クライオ電顕を用いた構造解析を行っている。DHT と GPR133 の結合が、縦に突き刺さる形と、横に入り込む形の2種類検出されたという結果から、メテノロンも含めて極めて入念に構造解析を行い、メテノロンと DHT の機能的違いの構造基盤などを明らかにしている。さらには、このような構造の基礎がわかったおかげで、様々な GPCR とステロイドホルモンとの共通結合様式も明らかになった。ただ、この部分はかなり専門的なので、詳細は省く。

この研究のハイライトは、GPR133 と DHT との結合解析に基づいて、小分子化合物を設計し、GPR133 に結合・刺激可能だが、核内受容体に影響が殆どない化合物AP503 を特定したことだ。

分離してきた筋肉に AP503 を作用させると30分で cAMP のレベルが上昇し、筋肉収縮力が上昇する。そしてマウス筋肉に注射すると、直後から筋肉増強作用が観察できる。またオスメス関係なくこの作用は現れる。そして、DHT 投与による核内受容体の活性化で見られる前立腺の変化などは全く見られない。この作用機序についてもマウスで確かめており、GPCR活性化、cAMP上昇、PKA活性化を介することを確認している。

結果は以上で、この研究の本来の目的が新しい筋肉増強剤の開発だったかどうかはわからないが、少なくとも投与後すぐ効果があり、核内受容体活性化による副作用のない増強剤が開発できたと結論できる。もしこの薬剤に副作用が全くないとしたら、アスリートに使用は許可されるのか、気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月14日 造血幹細胞を増やす化合物 UM171 の作用メカニズム(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月14日
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2014年、カナダの Sauvageau は試験管内で人造血幹細胞の増殖を誘導できる化合物 UM171 を発見した。すでに10年経ってはいるがまだ臍帯血増幅の臨床試験段階のようで、FDA などの認可には至っていないようだ。これは作用メカニズムが完全に詰め切れていないこともあるが、これまでの研究でヒストンデメチレース LSD1 と CoREST分子の複合体に E3ユビキチンリガーゼをリクルートして分解する分子糊として作用している可能性が示唆されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、UM171 の分子糊としての機能を詳細に解析した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「 UM171 glues asymmetric CRL3–HDAC1/2 assembly to degrade CoREST corepressors(UM171 は CRL3−HDAC1/2 非対称的複合体を CoREST レプレッサー分子に糊付けして分解する)」だ。

分子糊として働き標的分子を分解するためには、ユビキチンリガーゼを標的分子に連れてくる必要がある。この研究では、UM171 を作用させた細胞で分解される分子のなかから、直接 UM171 と結合する分子をリストして、最終的に分解される CoREST分子を含む複合体の構成を調べている。というのも、分子糊は分子同士を接着させるというより、分子のポケットに入り込んでタンパク質自体の構造を変化させ、新しい構造にユビキチンリガーゼをリクルートするからだ。すなわち、分解される個々の分子とUM171 との関係を見ていたのでは実像が見えてこない。

まず UM171 により分解されるのはこれまで提唱されていた LSD1 と CoREST だけではなく、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1/2 も含むこと、そして分解の引き金を引くユビキチンリガーゼは KBTBD4分子を有する E3ユビキチンリガーゼがであることを特定する。

このように、LSD1、HDAC、そして CoREST の複合体に UM171 が潜り込んで、タンパク複合体の構造を変化させることで KBTBD4/E3ユビキチンリガーゼがそれを認識するという奇跡のようなことが誘導されていることがわかる。そして、分解の時間経過などから HDAC が KBTBD4 と直接結合していることを明らかにする。

さらに驚くことに、UM171 により誘導される構造変化は細胞内に存在するイノシトール6リン酸をもう一つの分子糊として使って HDAC と KBTBD4 の結合を高めることを示している。この結果、KBTBD4/E3リガーゼは LSD1/CoREST/HDAC複合体にリクルートされ、全ての分子を分解することができる。

あとは、分子構造から得られたデータを元に、アミノ酸を改変して、それぞれの分子が結合している領域を確認している。

結果は以上で、UM171 の分子機能が構造的に明らかになったことは、なぜ造血幹細胞の増殖が誘導できるのかの分子メカニズムを知る上で重要だ。これまでの研究でも、エピジェネティックな変化が細胞を増殖させていることはわかっていたが、今回の研究で、ヒストンメチル化だけでなく、アセチル化も合わさったエピジェネティック変化が起こることが明らかになり、研究の進展が期待できる。

しかし、イノシトール6リン酸も含むこれだけ多くの分子が関わる分子糊が発見されたこと自体が私にとっては驚きで、人間の努力が奇跡を可能にしていることがわかる。次は、このような分子糊を構造予測により設計できるか、新しい課題が生まれた。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月13日 ハンチントン病の発病メカニズムを統合的に理解する(2月11日 Cell オンライン掲載論文)

2025年2月13日
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ハンチントン病はハンチンティン (Htt) 遺伝子のコーディング領域の CAG 繰り返し配列が増加して、その結果異常タンパク質(ポリグルタミン)や RNA が形成され、細胞ストレスを誘導するだけでなく、特に線条体の神経細胞で大きな転写プログラムの変化が起こり、細胞死に陥るため、踊るときの様な動きが不随意に出てしまう病気で、症状から以前は舞踏病と呼ばれていた。

年齢とともに CAG 繰り返し配列が増大するプロセスについては、CAG リピートがヘアピン構造をとりやすく、これが複製されている方の DNA鎖におこる結果リピート数の複製間違いが起こること、そしてこの不安定化に DNA 上のストレスを感知するミスマッチ修復機構が関わることが知られている。おそらく専門でないと理解できない複雑なメカニズムが関わっている。

ただ、この説明だけではなぜハンチントン病は脳の中でも線条体の特定の神経細胞だけで異常が起こるのかはよくわかっていない。

今日紹介する UCLA からの論文は、CAG リピートとミスマッチ修復機構、そして転写異常を統合的に捉えようとした面白い論文で、2月11日 Cell にオンライン掲載された。まだまだ詳細を詰める必要はあるが、ハンチントン病を理解するための新しい視点を与えてくれる。タイトルは「Distinct mismatch-repair complex genes set neuronal CAG-repeat expansion rate to drive selective pathogenesis in HD mice(特定のミスマッチ修復機構が神経細胞の CAG リピートの拡大率を決めてハンチントン病も出るマウスの細胞選択的な異常を決める)」だ。

この研究ではゲノム解析からハンチントン病発症に影響があるとされているミスマッチ修復酵素がノックアウトされたマウスを作成し、これと CAG リピートが発症を誘導するだけの140個を持ったモデルマウスと掛け合わせ、CAGリピートが存在することで起こる線条体の転写異常を調べるところから始めている。

結果、140リピートがあると5000近くの遺伝子発現に影響があり、年齢とともに増加するが、ミスマッチ修復酵素の中でも Msh3 や Prm1 をノックアウトするとこの異常が解消することを発見する。また、この転写異常はクロマチン構造が開いてしまう変化に起因すること、そしてこの変化はこれまでハンチントン病で犯される神経として特定されていた中型有棘神経細胞だけに起こることを示している。すなわち、CAG リピートが存在してミスマッチ修復機構が働くと、メカニズムはまだわからないが、かなり大きなクロマチン変化が起こり、転写異常が起こることが示された。ミスマッチ修復機構はどの細胞にもあるのに、線条体中型有棘細胞だけでこれが起こるのもメカニズムはわからないが、今後重要なポイントになる。

さらに驚くのは、これらの細胞だけでリピートの数がさらに増大することで、140リピートから260リピートまで時間とともに上昇を続ける。そして、この結果としてリピートを持つ RNA の凝集が細胞上で認められるようになる。重要なのはこの凝集は140リピートでは足りないことで、これが中型有棘細胞で見られるようになるということは、この細胞だけでリピートの増大が起こることがわかる。このことはわざわざ中型有棘細胞を精製してリピート数を数える実験で確認している。そして、この拡大は Msh3 がノックアウトされると起こらない。

すなわち、有棘細胞特異的な転写異常は140リピートで十分だが、この転写異常を背景に、Msh3 依存的に CAG リピートの数が増大し始めると、新しい細胞変化を誘導し、細胞特異的変性が起こるとしている。実際、新たなリピート増大により起こる転写の変化には神経機能を担う分子が多く含まれている。

結果は以上で、まだまだ詳細なメカニズムについてはわからないままだが、今後の研究方向と、さらには治療開発のための新しい道を指し示した素晴らしい研究ではないかと思う。少なくとも私の頭の整理には大きく役立った。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月12日 アルツハイマー病を予防する糸口を症例に探す(2月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年2月12日
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アルツハイマー病 (AD) の殆どは遺伝性が認められないが、明確な遺伝的変異で起こる AD も明らかになっており、その一つがアミロイドを細胞膜から切り出すプレセニリン遺伝子の変異で、これにより βアミロイド(Aβ)の蓄積が早まり、いわゆる若年性AD が生じる。この遺伝性AD の発見により、アルツハイマー病には Aβ の蓄積が必要であるとする Aβ仮説が認められるようになった。

しかし、このブログでも紹介したが、同じプレセニリンの変異を持っていて Aβ が蓄積しているにもかかわらず、AD を発症しないケースが発見されている。一つは ApoE3 に生じた変異 (Christchurch変異) 、あるいは Reelin遺伝子の変異を合併している場合で、この変異により通常のADで見られる異常Tauタンパク質の脳内への伝搬が防がれて、Aβ蓄積にもかかわらず症状が出ない。この結果から、AD の症状は Aβ蓄積により異常Tau が脳全体に広がることが必要であるとする AD の Tau異常症仮説が示唆される。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、プレセニリン遺伝子変異を持つ家族の研究から発見された遺伝子変異にもかかわらず発症が防がれている1例についての研究で、2月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Longitudinal analysis of a dominantly inherited Alzheimer disease mutation carrier protected from dementia(アルツハイマー病の優性遺伝要因を持つにもかかわらず認知症が防がれた症例の長期の解析)」だ。

この研究はプレセニリン2の変異が発見された家族を追跡する DIAN と名付けられたコホート研究で、すでに4世代まで追跡が続いているが、これまで13例の発症が確認され、発症は45歳から50歳(平均49.3歳)だ。現在も発症前のキャリアーが9人存在し、これらはまだ発症年齢に達していないが、この研究で紹介された1例だけは変異を持っているにもかかわらず71歳まで発症が見られず、通常の生活を送っている。

ゲノムも含めてこの家族のデータが存在するため、このケースが発症しない原因についてより詳しい追求が可能と考えられ、発症年齢を遙かに超えた2011年(61歳)から2021年(71歳)まで、長期的な追跡が行われている。

ApoE や Reelin遺伝子変異が合併した例と同じで、この例でも Aβ の脳内の蓄積は強く認められるものの、異常Tau は側頭葉に限られ、脳全体に伝搬しておらず、Aβ から Taunopathy への転換が防がれていると結論できる。

ただ、ApoE や Reelin には変異がなく、他の要因で発症が防がれていると考えられる。そこでこのケースに特異的な変異の存在が探索され、3種類の特有の変異が見つかった。ただ、これらが明確に AD発症を防いだのかどうかについてはわからない。面白いのは Tauタンパク質の44番目のチロシンがヒスチジンに変わる変異が確認されており、これが異常Tau の発生を抑える可能性は存在する。

次に環境因子だが、最も特徴的なのはこのケースがディーゼルエンジンの技師で、仕事で何年も高温環境に晒されていた点で、暑さのためホースから水を浴びて冷やさざるを得ないほどの職場環境が特定された。もちろん推察でしかないが、この環境により神経でヒートショックタンパク質が誘導されたことが異常Tauの伝搬を抑えた可能性がある。

他には殆ど明確な要因は認められていない。従って、今後はこれらの要因を動物実験や、ゲノム研究から確かめていく作業が待っている。しかし、このような希なケースを発見するという意味で、ゲノムのわかった集団のコホート研究は重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日 肺線維症と骨形成の類似性(2月5日 Nature オンライン掲載論文)

2025年2月11日
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論文を読んでいて、著者の視点とは違ったところに目が向いてしまうことはしばしばだ。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、肺の繊維化のメカニズムを追求した論文だが、読んでいて肺線維症と骨形成の類似性に驚いた。タイトルは「RUNX2 promotes fibrosis via an alveolar-to pathological fibroblast transition(RUNX2は肺胞線維芽細胞から病的線維芽細胞への転換を促進して繊維化を誘導する)」で、2月5日 Nature にオンライン掲載された。

論文自体は、様々な分子マーカーラベリングを用いて、マウス肺線維症モデルで異常増殖する線維芽細胞の系譜を特定し、その細胞が異常増殖を始めるシグナルを、single cell 解析とノックアウトを駆使して調べるオーソドックスな研究だ。ただ、その過程で肺線維症を促進している分子が骨形成に関わる分子とオーバーラップするのに驚いた。

まず胎児期肺の増殖線維芽細胞のマーカーとしてレプチン受容体 (LEPR) を使っているが、LEPR は成熟後の骨形成と脂肪細胞への分化経路で骨形成を促進している。このマーカーは肺の様々な線維芽細胞に発現しているが、LEPR に加えて様々な分子マーカーを用いた研究から、肺線維症で異常細胞へと転換するのは肺胞の線維芽細胞であることを確定する。

この細胞がマウスではブレオマイシン刺激やシリカ刺激により、異常増殖と分化が誘導されるが、この異常化を標識する分子が骨芽細胞特異因子として知られるペリオスチン (POSTIN) と骨芽細胞分化を誘導するカプリング因子として知られる CTHRC1 で、私の勝手な印象だが肺の異常線維芽細胞とはまさに骨芽細胞に近いことになる。実際、ペリオスチンを線維芽細胞でノックアウトすると、肺線維症の発生を抑えることができる。

そして極めつけは RUNX2 だ。この分子は異常線維芽細胞と正常を比べることで特定されたが、Runx2 遺伝子ノックアウトマウスでは骨形成が完全に阻害されることが知られている。肺線維症でも、Runx2 を肺の線維芽細胞でノックアウトしておくと肺線維症の進行を抑えることができる。

これはマウスだけではなく、人間の突発性肺線維症のデータベースを調べると、RUNX2、ペリオスチン、CTHRC1 全て発現が見られる。

結果は以上で、もちろんこの研究では肺線維症に関わる他の遺伝子についても調べているが、論文で強調しているのはこの3種類の分子と言っていい。ここからは私の勝手な印象になるが、まさに骨形成に関わる遺伝子プログラムのスイッチが入ることが肺線維症を誘導していることになる。

現在、突発性肺線維症の薬物療法としては、それぞれ標的がはっきりしないニンテナニブとビルフェニドンが用いられるが、特にニンテナニブは骨代謝の影響が示されている。全て線維芽細胞のバリエーションだと考えればそれでいいのだが、肺線維症と骨形成のつながりは、将来の薬物治療の可能性を広げる気がする。

さらに妄想を広げると、骨は硬骨魚類から存在するが、成熟後も骨形成を活発に維持する必要が生まれたのは、脊椎動物が陸上に上がって骨髄ができてからだ。もちろん、陸上に上がるには肺の形成が必要になる。そう考えていくと、肺線維症と骨形成は大きな進化の枠で捕らえることができる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月10日 脂肪移植を用いて腫瘍増殖を抑制する(2月4日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2025年2月10日
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今月のジャーナルクラブは、2月21日19時から、いつも参加いただいている堀尾先生のリクエストに応えて、ガンと代謝について最近の研究を概観してみたいと思っている。ガンは正常細胞と競争して高い増殖力を維持するために、代謝レベルのリプログラミングが起こっている。逆に言うと、この過程でアキレス腱が生じて、そこを標的にすると治療が可能になる。そのため、世界中でガンの代謝リプログラムについての研究が進んでおり、正直どうまとめればいいのか現在苦慮しているところだ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、新しい発見というわけではないが、ともかく代謝を変化させることでガンの増殖を抑えることができることを素朴な発想で示した研究で、2月4日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Implantation of engineered adipocytes suppresses tumor progression in cancer models(人為的操作を加えた脂肪組織を移植することでガンの増殖を抑えることができる)」だ。

脂肪組織の移植というのは少しセンセーショナルだが、結論的には代謝の活発な褐色脂肪組織はガンと競合することで増殖を抑えられるというのが結論になる。

実際、2年前カロリンスカ大学のグループが、担ガンマウスを耐えられるギリギリの摂氏4度で維持すると、熱を発生するために褐色脂肪組織が活性化され、ガンの増殖が抑えられることを発表しているが(Nature 608, 421,2022)、寒さに耐えさせる代わりに褐色脂肪組織を人工的に誘導して移植してガンを抑える可能性を追求した。

この研究の最も重要なメッセージは、転写を活性化する CRISPRa を用いて、体内から取り出した脂肪細胞で3種類の遺伝子を活性化すると、褐色脂肪組織に対応する脂肪組織を誘導できるというエンジニアの方法だろう。

こうしてできた脂肪組織をガンを移植した場所に移植すると、ガンの増殖を抑えることができる。大事なのは、これが移植した脂肪組織によって全身の代謝が変化するからで、脂肪組織でグルコースの取り込みが高まり、脂肪の分解が進む結果、ガンのグルコースや脂肪酸の利用率が低下し、さらに代謝状態が変化するためインシュリン感受性が高まり、インシュリンレベルが低下することもガンには痛手になる。

従って、脂肪組織はガンの近くに移植する必要はなく、離れた場所でも効果が見られる。逆に、せっかく脂肪組織を移植しても、高脂肪食やグルコースの取り込みを高めるとガンの増殖を抑えることはできない。

結果は以上だが、これを示すため様々なガンのモデルを用いている。また、人間の脂肪組織の移植も行って、人間でもこの治療が可能であることを示唆している。

脂肪組織を取り出して、培養細胞株を樹立、それに遺伝子導入して褐色脂肪組織のオルガノイドを形成するなど、Biotechnology としては面白いが、翻って考えるといくら移植しても我々が持っている脂肪組織の量にはかなわない。従って、もし脂肪組織の一部でも褐色細胞へリプログラムできれば、ガンを抑える可能性はあり、実際寒さに晒してガンを抑える研究はそれを示している。また、ガンの末期悪液質が始まると急速に脂肪組織が減少し、ガンの抑制が効かなくなるのは誰もが認識している。このように、ガンの代謝は難しくもあるが、わかりやすい側面もある。さて、21日どうまとめるか。

カテゴリ:論文ウォッチ
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