どんな過程も、集団で見るのと単一で見るのでは見えるものが異なる。そのため、細胞内の単一のイベントを検出する度量が不断に続けられている。
今日紹介するオランダ・ユトレヒト大学からの論文は、単一 RNA に結合したリボゾーム上でタンパク質が翻訳される過程を追跡することで、翻訳のスピードやリボゾーム同士の相互作用について明らかにしたまさにプロの研究で、1月31日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term imaging of individual ribosomes reveals ribosome cooperativity in mRNA translation(単一のリボゾームの長期管のイメージングにより mRNA の翻訳での共同性が見えてくる)」だ。
この研究のハイライトは、なんと言っても一本の RNA に結合して翻訳している一個のリボゾーム上での翻訳過程を細胞の中で長期間追跡できるようにした技術につきる。
顕微鏡自体はニコンの倒立顕微鏡に横川の共焦点スキャンユニットを組み合わせたもので、特別なものではない。一方で翻訳過程を記録するための方法はさすがプロと思える方法だ。
まず繰り返してタッグアミノ酸配列が現れるペプチドが転写される遺伝子を設計している。この RNA はさらに ALFA-tag 配列を持っており、これに結合するナノボディーで細胞膜に結合するようにして標的 RNA を見やすくしている。リボゾームは全くラベルしないが、mRNA から転写される Sun-tag 配列はTag 特異的蛍光ナノボディーが結合するので、翻訳が進み Tag 配列の数が増えると、それに比例して蛍光強度が高まる。
さらに極めつけの工夫は、RNA が転写されリボゾームが結合し始めると、両端に結合させたリボザイムが働いて RNA は環状構造を作る。その結果、結合したリボゾームは環状 RNA を繰り返し繰り返し翻訳し続けることになる。これにより、膜上にアンカーされた RNA の翻訳をリボゾームが働いている間、常にモニターすることができる。
この方法で、一個の mRNA 上にいくつのリボゾームが結合しており、それぞれどの程度のスピードで翻訳が行われているか、そして薬剤による翻訳の停止などを観察して方法が期待通りに進むことを確認し、翻訳時のルールについて調べている。
今回設計した環状 mRNA には1-4個程度のリボゾームがロードできる。それぞれのリボゾーム上で翻訳が行われるが、その速度はリボゾーム間で差はなく、大体1秒に2.6コドンぐらいのスピードで進む。しかしこのような正確な計算ができるだけで驚いてしまう。
そしてこの研究が焦点を当てたのが一つの mRNA に結合したリボゾーム間の相互作用だ。
先日、リボゾームが衝突することで損傷が起こることが紫外線による炎症誘導を媒介すると言ったが、このような衝突による炎症誘導は普通の細胞では起こらない。従って、リボゾーム同士が衝突しないか、しても処理され刺激が起こらないはずだ。
まず観察からわかるのはリボゾームは常に衝突している。mRNA の移動が遅くなる配列を組み込んでわざと衝突を起こす実験を行うと、衝突後200秒近くたっても特にストレスが発生せず、炎症刺激にならないだけでなく、リサイクルセンサーにもかからず、一定時間後少し距離をとってまた動き出す。これまで、衝突するとすぐに mRNA から離れてリサイクルされるとされてきたが、そうではなさそうだ。
さらに、一つの RNA に複数のリボゾーム多結合している方が、一個の RNA あたりの翻訳スピードが上がる。これは、5‘端にあるリボゾームが mRNA の複雑な構造をほどくだけでなく、リボゾーム同士で引っ張り合って RNA の翻訳をしやすくしたりと、協調作用が行われるためであることを示している。そして、リボゾーム同士が衝突することがこの協調作用の核になっていることも示している。
このようにリボゾームの翻訳は一様に起こるのではなく、mRNA で停止を繰り返しながら進むが、リボゾーム同士の衝突と協調によりこの進行がスムースになるという結論だ。
以上、様々な工夫を盛り込んで普通の倒立共焦点顕微鏡でも一個の mRNA 上でのリボゾームの機能を定量できるだけで、我々専門外は圧倒される。あらゆる分野で科学の進展が進むことを実感する。