2026年6月4日
パーキンソン病を始め、レビー小体認知症そして多系統萎縮とシヌクレインの凝集による神経変性疾患の表現は複雑だが、今日紹介する上海復旦大学、上海交通大学、そして中国アカデミーの有機化学研究所からの論文を読むまで、もう一つの分子オリゴデンドロサイトにより合成されるTPPP/p25と呼ばれる微小管結合タンパク質が、シヌクレイン症で問題になっていたことは全く知らなかった。この分子は、レビー小体、多系統萎縮ではグリア細胞封入体にシヌクレインと共凝縮していることが知られている。論文は5月26日 Cell にオンライン掲載され、タイトルは「TPPP/p25 amyloid seeding activity as a specific biomarker for multiple system atrophy(TPPP/p25アミロイドのシード活性は多系統萎縮特異的マーカーになる)」だ。
TPPP/p25はそれ自体で繊維状に凝集することが知られている。研究では、まずどの部分が凝集に関わるか、ドメン除去などの実験を繰り返して、最終的に中央部のコア部分が凝集に関わることを特定する。即ち、他の部分はコア部分の凝集を抑える役割がある事を示唆しており、構造解析などの結果からN末端やC末端の構造が凝集を防ぐ役割を持っていることを明らかにする。
次にパーキンソン病の患者さんで特定された119番目のアラニンがバリンに変わった変異タンパク質を比べると、このコア部分の変異により、プロテクトする領域があるにもかかわらず凝集能力が高まる。変異タンパク質も加えたクライオ電顕構造解析から、コアタンパク質が凝集するのに必要な複雑な構造変化を明らかにしている。
これらの知見に基づいて、凝集しやすいコア部分をシードとするTPPP/p25の凝集を誘導するアッセイシステムを開発し、これを用いてコホート研究で蓄積された脊髄液の凝集されやすさを測定している。すると驚いたことに、多系統萎縮の脳脊髄液だけが、コントロールと比べシードに反応して凝集しやすい。同じシヌクレイン症でしかもレビー小体にはTPPP/p25も共沈殿しているのに、パーキンソン病やレビー小体認知症では、他のコントロールと同じで凝集誘導されるのに時間がかかる。
結果は以上で、地道にTPPP/p25の繊維状凝集過程を探る中で、シヌクレインと別に多系統萎縮と、他のシヌクレイン症との違いを決めている新しいメカニズムにたどり着いたことになる。残念ながら、何故このような現象が起こったのかについては全く不明だ。しかし、おもしろい手がかりが見つかったことは間違いない。
2026年6月3日
(今日は私の78歳の誕生日ですが、これを機会に一つご報告があるので続く記事もお読みください)。
Covid感染後に続く様々な慢性症状を示す一群の疾患をLong Covid (LC) として研究が続いている。ウイルスの持続、自己免疫疾患誘導、微小血栓など様々な仮説が示されているが、どれも因果性を明確に示すまでには至っていない。そんなとき、4月にアムステルダム大学のグループから、LC患者さんの血清をマウスに移入すると、痛みの感受性が高まるLCと同じ症状を誘導出来ることを示す研究が Cell Reports Medicine に発表され、自己免疫説の可能性が示唆された(Cell Reports Medicine 7, 102693, April 21, 2026)。
今日紹介するイェール大学 岩崎さんの研究室からの論文は、同じ方向性の研究だが、より大規模に因果性を探索する方向で研究が行われている力作で、5月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A causal link between autoantibodies and neurological symptoms in long COVID(Long Covidの神経症状と自己抗体の因果的連鎖)」だ。
臨床研究は複雑に決まっているが、これを理解した上で複雑性をどう説きほどけばいいのか、岩崎さんの研究を見ると一つの手本が示されているといつも思う。この研究では、自己抗体が LC神経症状発症に関わるという仮説に絞って研究を行っている。そこで、LCと健常人だけを比べるのではなく、コロナ回復期の血清の3種類のグループの血清について、神経組織の染色を行い、LCの患者さんで様々な神経組織に対する自己抗体が上昇してること、中でもマウスの髄膜に対する抗体は他のグループとの差が大きいことを発見する。おもしろいのは、頭痛とマウス髄膜組織への反応性とが明確に相関することだ。
このように組織レベルで自己抗体がありそうだと確認した上で、自己免疫を調べるための抗原パネル、脳組織の免疫沈降、Gタンパク受容体を抗原としたELISAの3種類の方法を用いて、患者さんの抗体が反応する抗原についての膨大なデータを集め、3種類の方法でLC患者さんの自己抗体と反応する抗原として、グルタミン酸受容体や転写のメディエーター、そして内因性レトロウイルスなどの抗原を特定している。また、それぞれに対する自己抗体がLCと相関する確率を丹念に算出し、それに基づいて、LC診断用の抗原がリストされた新しいパネルを作成している。そして、新しい患者さんのコホートで、このパネルがLC診断に役立つことを示している。あの膨大なデータが科学的なだれもが使える検査に仕上がるのはさすがと言える。
以上の結果は、何か一つの抗原に対する反応がLCを誘導するのではなく、LCでは様々な抗原に対する抗体が集まって作用していることになる。そこで、抗原にこだわらず病気を誘導するメカニズムを調べている。まず注目したのがFcクラスで、抗体依存性の細胞傷害、さらにFc依存性の貪食反応に関わるIgクラスが、神経を傷害することが細胞レベルのメカニズムではないかと結論している。
これを確認する一つの実験として、痛みの過敏性を示すLCの血清でマウスを処理したとき、末梢の皮膚に投射する感覚神経ファイバーをモニターし、数の現象が起こるとともに、痛みへの感受性が上昇する事を明らかにしている。
また、マウスにLC患者さんの血清を注射したとき、痛みだけではなく、運動脳、認知、記憶など様々な神経機能の低下を誘導出来ることを確認した上で、各患者さんの抗体が染色する脳部位とLC患者さんの症状が相関することを示している。
大分はしょったが、LCのように複雑な要因がからむ人間の病気を、現象論から因果論まで、決して一つの小さな結論に逃げずにやり遂げたという素晴らしい論文だと思う。
2026年6月2日
大型哺乳類が常に絶滅の危機に瀕していることは疑う人はいない。ただ、一つの腫が絶滅することが、哺乳動物から昆虫、そして植物まで大きな影響がある。これを丹念に調べることは時間と人手と金がかかる大変な仕事だ。おそらく、トランプの科学研究費カットで最も大きな影響を受けているのではと推察する。
今日紹介するプリンストン大学からの論文は、主にケニアを中心に、特にゾウの減少が動物の糞に依存して棲息している甲虫を絶滅に追いやるかについて調べた研究で、5月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Importance of elephants for dung beetle biodiversity and ecosystem functions(糞虫の生物多様性と環境での機能にゾウは重要な位置を占める)」だ。
糞虫の中でも有名なのは、ファーブルによって記述されたフンコロガシ (tunneler) だろう。しかし、糞虫には糞の中に卵を産んで幼虫を育てる dweller や、糞をそのまま埋めて処理する roller 等様々な種類が存在する。この研究ではこれらの糞虫がどの動物の糞の中に存在するのかを、ケニアのフィールドで詳しく調査し、最も多くの糞虫がゾウの糞をベースに棲息していることがわかる。おもしろいのは、このフィールドで次に糞虫の多いのがシマウマだが、その次が人間で、どのように人間の糞がこのフィールドで生産され、糞虫を支えているのか興味がわく。
次に、ではゾウの糞に棲息する糞虫は他の糞では棲息できないのかを調べると、かなりの腫が他の糞でもなんとか間に合わせられる。とは言え、これらの腫は基本的にゾウの糞に惹かれる。これらの生態的結果を基に、理論的シミュレーションを行い、個々の哺乳動物腫の減少と、糞虫の減少を計算すると、糞虫の生息数に最も影響するのがゾウの減少である事が確認される。
このような生態観察に基づくシミュレーション研究は数多くあるが、この研究の特徴は、この領域にそれぞれ1万平方メートルの完全に哺乳動物を除外したフィールド、ゾウを除外したフィールド、全く動物を除外しないフィールドを作って、15年後の糞虫の生息数や種類を調べるという大変な実験を行っている。結果はシミュレーション通りで、ゾウが除外されると糞虫の生息数は大きく減少する。中でも、糞の中に卵を産み付ける Dweller の影響が大きい。また、完全に動物をブロックした場合とゾウだけブロックした場合も、そう違いがないので、ゾウの糞が如何に重要かがわかる。しかし、これを調べるため15年も待ち続けたのは頭が下がる。
しかしこのフィールドのおかげで、ゾウの糞の個々の種レベルの影響がわかる。ゾウがいる場所で当然ゾウに親和性の高い糞虫が増えているが、これがゾウの侵入を防ぐと急減する。そして、この影響をそれぞれの種でプロットできる。
最後に、これらの種が糞の処理というエコシステムにも重要な影響があることを、どの程度の糞が地上から処理されたかを実際に調べて検証している。結果は予想通りで、このような糞虫のおかげで処理が進んでいるのだが、ゾウを減らすと糞も減ると思いきや、逆にゾウを減らすと全体の糞の処理が大きく低下したことも示している。
以上が結果で、生態、シミュレーション、そして実際の大規模実験を組み合わせて大型哺乳動物と糞虫の関係、及び絶滅危機に関する重要なデータを生み出している。例えば、フンコロガシなどは糞を処理することで、Dweller の競争相手になるし、元々他の動物の糞でもなんとか間に合わせられる。なのに、このような結果が出たことは重要で、さらに生態を突き詰めたおもしろい研究が可能になるだろう。
2026年6月1日
脳内に発生した老廃物をドレーンする仕組みが存在することが示されたのはずいぶん前の話だ。その後、様々な実験を経て Glymphatics の名前で体系化されるようになった。そして、この経路を通してアミロイドなど神経変性に関わるタンパク質も除去されていると考えられている。そのため、この経路をより活性化することで、アミロイドなどの除去を促進し、認知症の進行を遅らせる様々な取り組みが始まっている。
この大きな流れに待ったをかけたのが今日紹介する米国グラッドストーン研究所からの論文で、脳細胞から発生する内因性のタンパク質は、脳室内に注射したトレーサーとは全く異なる経路を通って排出されることを示した重要な研究で、5月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Physiological brain clearance architecture revealed by neuronal protein tracing(脳の生理学的な排出構築が神経細胞由来タンパク質追跡により明らかになった)」だ。
これまでほとんどの脳内排出機構の研究はトレーサーを脳に注射して排出を追いかけるのが普通で、この場合このブログでも紹介したが、最終的に頸部リンパ管へとドレーンされることが示された。この研究では、では脳細胞が細胞外へ排出するタンパク質は同じルートで通るのかと問いかけた。
これを調べるため、脳細胞で安定な蛍光タンパク質 ZsGreen を発現させて、それが排出される過程を追いかけた。同時に脳内に注射した蛍光タンパク質も追跡し、両者が全く異なるルートをたどることを発見する。最も著明なのは、脳に注射したタンパク質はほとんどリンパ管からリンパ節へと流れていくが、内因性のタンパク質は頸部リンパ節でほとんど検出できない。
さらに、ZsGreen は排出過程でグリアやマクロファージにとどまらず、硬膜や頭蓋の様々な細胞に取り込まれることで、取り込んだ細胞を取り込んでいない細胞と比べると、例えばB細胞では ZsGreen を取り込んだ細胞は抗原プロセッシングに関わるMHCを含む様々な遺伝子発現が高まり、加えてPD-L1のように免疫を抑える分子を発現していることから、脳から流れてくるタンパク質を常にサーベイして、免疫反応が起こらないように調節している可能性を示している。
さらに、脳のそれぞれの領域は別々のコンパートメントに分かれて、内因性タンパク質放出の最も近いルートが形成されていることも、異なる領域で ZsGreen を発現させて明らかにしている。即ち、内因性タンパク質は、近くの脳を囲む硬膜から頭蓋へと運ばれ、最終的に鼻に放出される。この間に多くの細胞に取り込まれ、B細胞を中心に脳内の免疫調節機構に関わることも明らかになった。
最後に、炎症やアミロイドβの蓄積によってこのルートがどう変化するかも調べている。炎症が発生すると、ZsGreen は脳血液関門を通って血液まで運ばれることが明らかになった。一方、アミロイドβが蓄積するマウスを調べると、内因性タンパク質の輸送が極端に低下して脳内に蓄積することが明らかになった。アミロイドβも内因性のタンパク質なので、これが輸送ルートを占拠して他のタンパク質の輸送を阻害していることになる。
結果は以上で、Glymphatics が盛り上がってきたときに、このような根本的再検討が行われ、全く異なる領域を示した素晴らしい研究だと思う。