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3月31日:「I」と「We」:個人主義と集団主義(3月6日号Nature Human Behaviour掲載論文)

2017年3月31日
昨日はYouの持つ2面性の背景に、「個別と普遍」という唯名論に関する論争のルーツがあることを示した心理学研究を紹介した。
   しかし、これを読みながら私たち日本の文化がこのYouの普遍化にどれほど馴染みがあるのか気になった。というのも、「貴殿」から「お前、きさま」まで、Youの表現が多様な日本は、なかなか「あなた方」という一般化に馴染みがないような気がする。実際、英語の論文や講演で一般的Youが自然に出てくるようになるまで、どうしても時間がかかった。この一般化したYouに変わって私の頭の中にあったのが、Weで、学生運動で語りかけを一般化する時の決まり言葉は「あなた方は」ではなく「我々は」だった。すなわち、私たちの文化は集団的Weの文化かもしれない。
   なんとこのことをよく示すドイツ・エルフト大学の論文が3月6日号のNature Human Behaviourに掲載されていた。タイトルは「One the benefits of explaining herd immunity in vaccine advocacy(ワクチン接種の宣伝のために集団内の免疫性を高める効果について説明するメリット)」だ。
   我が国では一般の人にとどまらず、専門家でさえワクチンの効果を個人に対する効果としてだけ捉えている人がいる。実際、メディアに登場する専門家が堂々とインフルエンザワクチンは効果がないと語っているのをみると、天然痘撲滅に生涯を捧げた蟻田功先生が泣いておられるのではと暗い気持ちになる。ワクチンにより抗体ができることが示されないと販売は許可されない。しかし、抗体がどこまで感染を防げるかは人それぞれだ。しかし、多くの人が免疫を持つことで、集団としての免疫性が高まり、その結果活動するウイルスの総量が減り、またキャリアーの数が減ると感染は終焉する。従って、乳児や免疫のできにくい人たちを感染から守りたい場合は、集団内の免疫を上げるしかない。
    すなわち、最も望ましいのは、自分に対する効果はまちまちと知った上で、他の人のためにワクチン接種を受けるという利他的決断が行われることだ
   実際、インフルエンザなどではワクチンは受けなくてもいいなどとうそぶいている個人への効果だけを語る専門家ほど、致死率の高い新興感染症になると、ワクチンはまだかと叫ぶことになる。
   前置きが長くなったが、今日紹介する論文では、ワクチンに個人を守るだけでなく、集団内の免疫性を高め、免疫ができない多くの弱者を結果として助けることになることを知ってもらうことで、ワクチンの接種率が高まるかどうかを調べている。
    実際には、ベトナム、香港、韓国、インド、米国、ドイツ、オランダで同じ調査を行い、各国ごとに統計を出した後、アジアと欧米で結果が異なること確かめ、最終的にはアジアと欧米に分けて結果を提示している。
   結果をまとめると以下のようになる。
1) 致死率の高い感染症を想定してもらって調査すると、集団内の免疫の説明の有無にかかわらず多くの人がワクチン接種を望み、またアジア、欧米といった地域差はない。
2) インフルエンザなどの比較的弱い部類の感染症を想定してもらうと、アジアの方が接種を受けるという人が多い。
3) 欧米人は、集団免疫により、弱者が救われることを知ることでワクチン接種を受け入れる確率が高まるが、アジアではこの知識の効果はほとんどない。
   集団内免疫について教える前、アジアでは欧米よりワクチン接種率が高いことを、アジア特有の集団主義(この論文では稲作に必要な集産主義と断じている)の現れ、集団内免疫を知った後の欧米での接種受け入れ率の上昇を、個人主義的利他主義の現れと結論している。私も読んでいて同じ印象を持った。
   この論文では、残念ながら日本人は対象になっていない。弱者への寄付に関する統計から見ると、我が国は韓国と比べて著しく低い。その意味で、ぜひ同じ調査が我が国でも行われることを期待する。いずれにせよ、街にマスクで顔を隠した人が溢れるという異様な光景がなくなるためには、集団免疫を受け入れる文化を根付かせる必要がある。
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3月30日;唯名論についての歴史的論争を思い出させる論文(3月24日号Science掲載論文)

2017年3月30日
    私たちが経験する個別の事項と、それを超えた普遍的概念のどちらが先かについて、実在論か唯名論かを激しく争ったのは中世のスコラ哲学だ。
   この時まず私たち個別の経験が先にあって、これが私たちの脳で普遍的な概念へと高められ、言葉になると明快に唯名論の立場をとったのがオッカムだ。おそらく彼を、その後に続く、ロック、バークレイ、ヒュームといったイギリス経験論の先駆けと言ってもいいだろう。
    いずれにせよ、唯名論と実在論は欧米の知識人の議論に今も顔を出すほど馴染みのあるもので、なぜ私たちが個別的事項を普遍化したがるのか、脳科学や心理学の重要な問題として考えられているように思う。
   このことを典型的に示すミシガン大学からの論文が3月24日号のサイエンスに掲載された。「何々?」と誰もを惹きつけるタイトル「How “You” makes meaning(「You」はどのようにして意味づけられるか?)」だ。
   タイトルにあるmake meaningは心理学用語で、親しい人を失った時、自分の経験をどう意味付けて処理するかを指すのだと思うが、この問題が特定の個人を指す場合もあるし、普遍的に人間一般を指すこともある「You」という単語の使い方の背景にある心理とオーバーラップすると着想したのがこの仕事のハイライトだ。
   最初に例文としてトランプがCBSで彼の税制について語った文章「I fight like hell to pay as little as possible….I am a businessman. And that is the way you are supposed to do it」が引かれている。訳すのはやめるが、要するに彼はYouを二人称で使うことで支持を得た。これを聞いた人たちは、まさに「私(I)」が税を払わないで済むと思う。一方、例えば宗教の経典や、普遍的な話の場合「You」は、人間全てを指している。すなわち、このYouの使い方の転換の背景に、個人の経験を普遍化する力学が働いていることを証明しようとしている。
   このため行った実験は簡単で、例えば「あなたはハンマーで何をすべきか?」と聞いた人が、Iで答えるか、Youで答えるかを調べる。この問いに対する答えはほとんどYouが使われるが、「あなたはハンマーで何がしたいですか?」と聞くとIで答える人がほとんどになる。同じような問いを使って、Shouldのように、規範的内容を文章に感じた時、人間はYouを人間一般として普遍化していることがわかる。
   この実験に加えて、「何をしてはいけないか」について文章をYouを使って書かせた時、文章が自分の問題からどれほど離れて感じられているかを調べ、規範化された経験が、自分の体験から離れて受け取られることを示している。
   いくつかの実験を組み合わせて上に述べた解釈が正しいことを確かめているが、結果はこれだけで、おそらく読者の多くはこれでScienceに通るのかと拍子抜けするかもしれない。
   しかし、中世の唯名論に関する論争はは、よく考えてみると言語が生まれた脳科学と深く関わる。言語が生まれるためには、Theory of Mind、すなわち他の人間が自分と同じように考えているという脳回路が必要だ。そして「他の人間=You」を前にいる「あなた」から、普遍化した「あなた方、人間一般」に転換できる回路も必要になる。その意味で、Youという言葉に着目した点は高く評価できる。
   しかし、Youを表現する単語が驚くほど多い日本語では、普遍化に多くの価値づけが行われる。その意味では、本当の普遍化が難しいが、仲間内意識が強い日本人をよく表している気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月29日:多発性硬化症と分泌型IL7R(3月23日号Cell掲載論文)

2017年3月29日
    多発性硬化症(MS)は最も典型的な自己反応性T細胞による自己免疫疾患で、抗原は脳のミエリン鞘であることがわかっているが、様々な要因で引き金が引かれると考えられている。この要因を知るため、MSと相関する一塩基多型(SNP)が詳しく調べられているが、病気の発症メカニズム解明にはまだ遠い。
   その中で比較的解析が進んだのが、IL7受容体遺伝子上に存在するSNPで、このSNPを持つIL7R遺伝子は6番目のエクソンが欠如しやすく、結果分泌型のIL7Rが作られることが知られている。
   今日紹介するテューク大学からの論文は、MSを誘導する分泌型IL7R(sIL7R)合成に関わるスプライシング分子をDDX39Bを特定し、この分子の発現低下がMSを悪化させることを示した論文で3月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Human epistatic interaction controls IL7R splicing and increasees multiple sclerosis risk (IL-7Rスプライシングの調節に関わる分子相互作用により多発性硬化症リスクが高まる)」だ。
   この研究ではまずIL7R遺伝子の6番目のエクソンのスプライシングに関わる分子を探索しリストされた89種類の分子の中から、DDX39Bと呼ばれるRNAヘリカーゼが第6エクソンのスプライシングをオーガナイズしていることを発見する。そして予想通り、DDX39Bが欠失するとsIL7Rの発現が上昇し、この研究のスタートラインになったIL7R遺伝子自体のSNPと同じ結果が起こる。
   この結果はDDX39B遺伝子多型の中にはMSの発症リスクと関わるものが存在することを強く示唆する。ところがそのようなSNPはこれまで記載されていない。この原因は、この分子がやはりMSの発症と強く相関するMHC遺伝子内に存在するためではないかと考え、MHC分子自体のSNPを除外して相関を調べ、ついに15種類のDDX39B遺伝子のSNPを特定している。
   リストされた15種類のSNPは全てエクソンの外にあり、遺伝子発現やスプライシングに関わることが想定される。そこでこれらの中からDDX39B遺伝子発現が低下するSNPを、様々な遺伝子型の人から作成したリンパ球細胞株で調べ、rs2523506と呼ばれる場所がアデニンを持っている人で、DDX39B発現が低下することを明らかにしている。
   最後にこの多型が実際sIL7R産生とMSリスクにつながるかだが、この多型だけではエクソンスキップをはっきり誘導することは難しかった。しかし、MSと関連するIL7R遺伝子の多型を持った細胞内はDDX39B遺伝子多型が導入されるとよりスキップが高まり、結果sIL7Rの分泌が高まることが明らかになった。また、細胞株だけではなく、正常CD4T細胞でも同じことが観察できることを示している。
   話はこれだけで、Cellによく通ったなという感じは受けるが、様々な遺伝子多型の人を揃え、丹念に可能性を追求したという点では力作だと思う。とはいえ、ではなぜsIL7Rで MSが誘導されるのか、肝心なところはわからずじまいで残った。
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3月28日:「数を感じる」vs 「数字を理解する」違い(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年3月28日
   多くの読者には馴染みがないと思うが、アメリカのプラグマチズムの創始者の一人チャールズ・サンダース・パースの記号論は、コドンとアミノ酸や神経回路と言語といった物理化学的には無関係の者同士を対応させる情報の誕生を理解しようとするとき、議論の整理のために随分役にたつ(JT生命誌研究館の拙文参照:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2016/post_000012.html)。
   イコンはものとしての関係が明確な記号同士の関係で、インデックスは例えば温度と温度計のメモリのような指標関係だ。どちらも物理学的に関係付けることができるが、コドンとアミノ酸のようにそのままでは物理関係が成立しない場合はシンボル関係が誕生したことになる。
   このシンボル関係が最もわかりやすいのが数字だろう。目の前にある石の数が数字で表されると物理的関係は切れる。今日紹介するピッツバーグ・カーネギー・メロン大学からの論文はまさに数字(シンボル関係)とイコンの関係を処理するための脳領域について調べた研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Numerosity representation is encoded in human subcortex(数の多さの表象は人間の皮質下部にコードされる)」だ。
   数字を理解するということは、ものの大きさや多さをシンボルとして表象できる高次の機能で、脳画像を用いた研究から頭頂間溝の皮質が関わっていることがわかっている。ただこれができなくとも多さを感じることは生命にとって重要な機能だ。例えば蜘蛛でさえもどちらが多いかを「感じる」能力を持っているという論文があるようだ。
   このことから、著者らはものの多さを感じる場所は、数を処理する皮質より原始的な領域である皮質下部が関わるのではないかとあたりをつけ、この問題を極めて単純な方法で調べている。
   網膜で結像した視覚イメージは視交差を通って外則膝状体に入り、後頭部の視覚中枢に投射する。このとき皮質の第4層までは片眼の信号だけが投射しているが、それ以上になると両眼の信号が混じり合う。この視覚と特徴を利用すると、皮質下部で処理されているか、それより上部で処理されているかを調べることができる。具体的には、片方の眼だけに情報を入れて多さを判断させる場合と、両方の目に代わる情報を入れて判断させる課題を行うと、皮質下部で処理される場合、片眼のみに情報を入れたほうが処理力が早まることになる。
   このとき、小さな玉の数、すなわちイコンを見せて多いか少ないかを判断させる課題と、数字、すなわちシンボルを見せて判断させる課題を行わせると、イコンの数を判断するときは片眼だけに情報を入れたほうが処理が早い。一方シンボルの場合は皮質上部が必要なため、片眼に情報を入れても、両眼に情報を入れても成績は同じになる。
   この研究では皮質下部でのイコンの量の区別の精度を調べている。結果は、イコンの数が4倍以上のときのみ皮質下部は区別できるという結果だ。
   この研究も着想だけで、大げさな機械を全く使っていない研究だが、言語やシンボルについてちょうど準備をしている最中なので、とても新鮮に感じた。いずれにせよ、この論文が扱った問題は、言語をはじめとする人間特有の能力を考える上で鍵になるような予感がした。
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3月27日:胚発生期の突然変異(Natureオンライン版掲載論文)

2017年3月27日
    一つの細胞が分裂してできた2個の細胞が同じであることはまずないと言っていい。異なる突然変異がそれぞれの娘細胞の子孫に伝わっていく。このことは、私たちの体が実際にはゲノムが少しづつ異なる細胞のキメラになっていることを示している。個人のゲノム配列として読まれるのは、このすべての平均値になる。ただ、卵割直後に発生する突然変異は原理的に50%の細胞に存在することになるため、どの配列を取ればいいのか困るはずだが、実際には問題にならない。
   いずれにせよ、発生過程で積み重なった壮大な突然変異は、私たちの細胞が発生過程でどう作られてきたか、あるいは正常細胞ががん化する過程でどんな選択が行われるのかを知るための重要な記録になっている。この可能性を様々な組織細胞とがん細胞がサンプルとして得られる乳がん患者さんで調べたのがこの英国・サンガーセンターからの論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Somatic mutations reveal asymmetric cellular dynamics in the early human embryo (体細胞突然変異の解析によりヒト初期胚細胞動態の非対称性が明らかになる)」だ。
   研究自体は単純なもので、乳がん患者さんの血液細胞のゲノムをまず通常のカバレージで解読する。これにより、発生のごく初期に起こった突然変異とその比率を決めることができる。実際には10%以上の細胞で見られる突然変異を600種類同定しているが、原理的には最初の1−3回ぐらいの分裂時に入った突然変異だけを相手にしている。
   乳がん患者さんは手術を受けるので、その時、乳がん細胞、周りの正常細胞、リンパ節を採取する。血液で得られた突然変異が、最初の卵割で起こったものなら、他の正常組織でも同じように突然変異が分布しているはずだ。実際、この研究はほとんどの突然変異が血液だけでなく、他の組織にも同じように分布していることを示している。
   一方、乳がん細胞では発生初期の突然変異が「有るorなし」がシャープに分かれ、ガンが成長後に起こったクローンであることを示している。
   この研究のハイライトは、これら初期段階に起こった突然変異の分布から、1回の分裂あたり2.8突然変異が入ること、また突然変異の原因は一つでなく、様々な要因が存在すること、そして何よりも初期段階での突然変異は決して50−50で分布するのではなく、片方の細胞が2倍多くの体細胞に分布することを発見している。この原因としては、発生初期では2個の娘細胞の増殖能が違うこと、あるいは内部細胞塊への分布が違うなど、様々な原因が考えられるが、結論を出すのは難しいだろう。普通に考えれば、初期の細胞ほど分裂後の微小環境は異なっているはずだ。その意味では納得の結果だと言える。
   話はこれだけだが、人間の初期卵割段階での突然変異の動態を示した点では重要な情報だと思う。今後、ここの細胞のゲノム解読の精度が上がれば、この手法を初期段階だけでなく、様々な幹細胞の動態解析に使えることが期待できる。これも着眼点の重要性を示す研究だと思う。
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3月26日:慢性骨髄性白血病の根治を目指して(Natureオンライン版掲載論文)

2017年3月26日
   これまで最も成功したガンの分子標的薬は慢性骨髄性白血病の発がんドライバーBcl-Ablキメラタンパク質の活性を抑えるイマチニブ(グリベック)だろう。3月9日号のThe New England Journal of Medicineに11年にわたるイマチニブの治療成績が発表された(Hochhaus et al, NEJM, 376, 917, 2017)。この論文によると、10年目で83%の患者さんが生存しており、長期間イマチニブを服用しても重篤な副作用は見られないという画期的な結果だ。
   とはいえ、まだ2割の人がこの治療では救われないこともわかる。イマチニブに対する耐性を持つ白血病細胞が発生するからだ。これに対し、イマチニブとは異なる部位に結合して、キナーゼ活性化に必要な構造変化を抑制するための薬剤開発が試みられている。
   今日紹介するボストンにあるノバルティス社の研究所からの論文はAble分子のミリスチン酸結合部位に結合してAblの機能を阻害する薬剤開発についての論文でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「The allosteric inhibitor ABL001 enables dual targeting of bcr-abl1(アロステリック阻害剤ABL001はBcr-Abl1のダブル標的治療を可能にする)」だ。
   この研究も最近流行りの、標的部位に結合する小さな化合物をリストし、その結合状態を構造的に調べて、結合した幾つかの化合物を合わせて一つの化合物に融合させる方法を用いている。この方法でAbl分子のミリスチン酸結合を阻害するABL001と名付けた化合物を開発する。
   あとはこの化合物が実際にBcr-Abl分子でガン化した細胞増殖を抑制するか白血病細胞株パネルを用いて調べ、Bcr-Ablがドライバーになっている全ての白血病細胞の増殖を抑制することを確認している。
   次にAbl001に対する耐性細胞の出現をニロチニブ(キナーゼ阻害剤)に対する耐性細胞と比較する実験から、それぞれの薬剤に対する耐性細胞は全く独立に出現することを明らかにしている。これが正しければ、Abl001とイマチニブを同時に投与することで、それぞれの薬剤に耐性の細胞が存在しても、どちらかで補って死滅させることができると期待される。
   そこで白血病細胞を移植したマウスに、ニロチニブとABL001を同時に投与する実験を行い、期待通り完全に抑制し、途中で薬剤投与を中止しても100日以上再発がないことを確認している。
   最後に様々なキナーゼ阻害剤に耐性を獲得した患者さんに第1相の治験としてABl001を投与しているが、何ヶ月かは白血病を抑制することが可能であることを示している。ただ、Abl001単剤ではやはり耐性が出現することも明らかになった。
   残念ながら話はここで終わっているが、今後最初からイマチニブとABL001を同時に投与する治験が行われると思う。マウスで得られた結果が確認されれば、慢性骨髄性白血病の根治に向かって第一歩になると期待している。   しかし最近、製薬会社の第1相研究がNatureによく掲載されるのにも驚いている。
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3月25日SLEの治療標的としての細胞接着(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年3月25日
    免疫学をかじった人なら、ほとんどの人が自己免疫病の一つ前進性エリテマトーデス(SLE)に興味を持つた経験があるはずだ。自己免疫病の中でも、全身の臓器が影響を受けるという点では群を抜いており、また2本鎖DNAに対する抗体の存在も特徴的だ。治療の中心がステロイドであることは、私が病院で働いていた頃から変わっていないが、投与の仕方が改善され、患者さんの予後もずいぶん改善されている。しかし予後をさらに改善するためには新しい薬剤の登場が待たれており、B細胞を除去するリツキシマブなどへの期待が高まっていたが、リュウマチに対するTNF抗体のような決定打は見つかっていない。
   今日紹介するシカゴ・Rush大学医療センターからの論文は、Cd11bを活性化するとSLEの症状を軽減できる可能性について示す論文で、Journal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された)。タイトルは、「Cd11b activation suppresses TLR-dependent inflammation and autoimmuneity in systemic lupus erythematosus(Cd11bの活性化はSLE患者さんのTLR依存性炎症と自己免疫を抑える)」だ。
   この研究はゲノム解析から明らかになっていた、インテグリンαM分子の変異とSLEとの相関のメカニズム追及から始まっている。インテグリンαM(IGAM)は、私が現役の頃はMac1として知られていた分子で、主にマクロファージが発現している。SLEの炎症は、自然免疫に関わるTLRの活性化に続く様々な炎症性サイトカインの上昇が基盤にあるので、SLE患者さんをIGAM変異の有無で分けて、インターフェロン濃度を調べると、IGAM変異のある患者さんの多くが高い濃度を示すことを発見する。
   この発見がこの研究のハイライトで、あとはIGAMを活性化する薬剤Leukoadherin-1(LA-1)を用いて、インテグリンの活性化から炎症性サイトカイン発現までの分子経路を丹念に調べ、ITGAM活性化、Myd88機能抑制、AKT及びPIKK下流シグナルの抑制、FoxO3を介するインターフェロン発現低下、及びNFkBを介する細胞遊走低下が起こることを示している。
   最後に、MRL自己免疫モデルマウスにLA-1を投与し、抗核抗体が低下、炎症性サイトカインのテイア低下、皮膚症状の改善、腎炎の改善が見られることを示している。また、実際の患者さんの白血球を試験管で刺激する実験を行い、LA-1からFoxO3を介する経路が確かに動いていること、またIGAMの変異にかかわらず、LA-1がFoxO3活性化を抑制できる可能性を示している。
   LA-1をそのまま患者さんに使えるかどうかは疑問だが、IGAMからの経路が明らかになることで、SLEを治療できる新しい薬剤開発への期待が膨らむ。
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3月24日:脂肪幹細胞移植による失明(3月16日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年3月24日
   神戸CDBの万代さん、高橋さん、そして神戸中央市民病院の栗本さんたちのチームはThe New England Journal of Medicine(NEJM)に、iPS由来の網膜色素細胞移植を行った一人の患者さんの経過報告を発表した。我が国のほとんどのメディアがこの論文を紹介しており、内容はここで紹介する必要は無いだろう。Yahoo Newsにも書いたように(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170318-00068846/)、このプロジェクトを最初の段階から見守り、「ゴールは結果にかかわらず正確に経過を記載し、臨床のトップジャーナルに論文を出すことだ」と檄を飛ばしてきた身としては、NEJMに論文が掲載されたことを喜びたい。
   代わりに今日紹介したいと思っている論文は、同じ号のNEJMに掲載されていた加齢黄斑変性症に対する脂肪幹細胞移植を受けた3症例の論文だ。タイトルは「Vision loss after intravitreal injection of autologous “stem ells” for AMD(加齢黄斑変性症治療の目的で行われた自己「幹細胞」硝子体内移植による視力喪失)」だ。
   この論文は同じ号のNEJMに万代論文に続いて掲載されている。しかも、タイトルに「黄斑変性症」、「幹細胞」と「視力喪失」という言葉が並ぶと興味を惹かれないはずはない。そして読んだ人全てが、アメリカで横行する「幹細胞治療」の実態に触れ愕然とすることになる。おそらく2編の論文を対比させて読者に考えさせたいという編集者の強い意図を感じる。
   もちろん、いかがわしい幹細胞移植を行ったグループが書いた論文ではなく、幹細胞移植による後遺症を治療したマイアミ大学医学部の眼科からの論文で、この治療を告発している論文だと言っていい。
   論文の内容は、おそらく同一の「幹細胞クリニック」で、5000ドルを払って加齢黄斑変性症の治療のために自己脂肪細胞を硝子体内に注射された3症例の淡々とした報告になっている。
   全ての症例で、脂肪細胞は吸引採取・洗浄後すぐに注射されており、注射直後から様々な副作用が現れ、マイアミ大学を含む眼科で懸命の治療が行われるが、一人は完全失明、残る二人は失明こそ免れたものの、視力が大きく損なわれたことが書かれている。
   副作用は多彩で、おそらく注射液に混じっていたと思われるトリプシンによる毛様小帯の障害まで起こっている。主なものは注射による眼圧上昇、網膜血管血流ブロック、そして網膜剥離などが複合して、懸命の治療にもかかわらず、視力が低下しているが、諸般の状況からみて移植された脂肪細胞自体が異常を引き起こしたと考えざるをえない。
   驚くのは、「幹細胞クリニック」という看板を掲げた医師が、前臨床研究での効果や安全性の検討がほとんどできていない治療法を、治験を登録するClinical Trial Governmentに登録し、その登録を見た患者さんが、治験の認識なく、しかも5000ドルも払って脂肪細胞移植を受け、治療したクリニックは治療による副作用に関して知らん顔だという点だ。
   確かに長年の前臨床研究、何重もの管理、何重もの審査を経てようやくたどり着いた高橋さんたちの症例の対極に、この3症例は存在しており、編集者の意図に賛意を表したい
   トランプ政権はFDAの規制を緩和し、薬剤や治療法をもっと経済原理に従わせようとしている様だが、その結果何が起こるのかを示す目的で、NEJMの編集者がこの論文を万代論文に続けて掲載したのだろう。その意味でこの論文は、万代、高橋論文とともに一般にも紹介すべき論文だと思う。
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3月23日:染色体の核内立体地図(3月17日Nature掲載論文)

2017年3月23日
染色体の立体構造に関する研究が加速している。
    今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、ゲノム、エピゲノム、集団レベルの染色体立体構造についての詳しい情報が揃ったES細胞を用いて、単一細胞レベルの染色体構造解析(主にHi-C法を用いた)と、各染色体の核内の位置を知るためのCENP-Aヌクレオソームの位置決めなどを組み合わせて各染色体の位置を決めたという研究で3月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「3D structures of individual mammalian genomes studied by single cell Hi-C(単一細胞レベルのHi-C法で明らかにした単一の哺乳動物ゲノムの立体構造)」だ。
   各染色体の核内の位置決めについての論文がいつか出ることは間違い無いと思っていた。ゲノムの各領域同士の位置関係を調べるHi-Cなどの方法と、折りたたまれる方向を知るためのゲノム配列、及び折りたたみ方を決めるCTCFとコヒーシンの結合状態、さらには核マトリックスとの関係や染色体構造を正確に決める方法は揃っている。
   とはいえ、もう論文が出たのかと正直驚いている。というのも、3D地図を書くために克服すべき最大の問題があった。それは、上に述べたほとんどの方法が、かなりの数の細胞を必要とし、その結果得られるデータは多くの細胞の平均値でしか無いことだ。この問題を完全に解決するためには単一細胞にHi-Cなどの手法を適用する必要がある。
   この論文のハイライトは、まさに単一細胞レベルに適用できる技術を開発したことだ。これによって、Rabl構造と呼ばれる、分裂により染色体構造が完全にほどけた後、もう一度構成されたばかりのG1期の染色体にだけ焦点を当てた研究が可能になっている。
   具体的には、核内で紡錘糸が結合するCENP-Aヌクレオソームなどの位置決めをした後、観察した細胞についてHi-Cを用いて各染色体のどことどこが近接しているかを調べ、先に撮影した画像にこの結果をスーパーインポーズする方法で染色体の立体地図を完成させている。最後の折りたたみは計算機が用いられているが、美しい。
   単一細胞レベルの技術開発はさぞ大変だったと思うが、複雑性をできるだけ排するために、染色体が1本ずつしか無いハプロイドES細胞を用いるなど、ケンブリッジ大学周辺の幹細胞研究、ゲノム研究、染色体研究、そしてシステムバイオロジー研究の全てが集大成されたと言っていい。
   ただただ感心するだけだが、G1期に揃えてあると、調べたほとんどの細胞で同じ地図が描けることは想像以上にこの方法が信頼できることを示している。
   後は、転写活性の強い遺伝子は核膜から離れたところに存在していること、CTCF/コヒーシン結合部位は細胞ごとに異なり、転写により変化していることなど、これまで想像されていたことが確認されている。最後に、多能性に必要なNanog分子やNuRD分子が調節している遺伝子の分布地図を示して、今後細胞の分化や分裂に合わせてこの地図がどう変わるかを調べることが可能になり、全く違う観点から遺伝子発現調節について研究が進んでいくことを予言している。
   この分野が、私の予想を超える速度で進んでいることを実感する。私は現役時代、ケンブリッジの幹細胞研究所のアドバイザーを勤めていたが、あの時の知識は遠い昔の話として古びてしまっている。ともかく進歩に目をみはる。
    一方、我が国では、幹細胞研究、ゲノム研究、システムバイオロジーが個別に助成され、このような共同研究の影も見られない。この差をどう埋めるのか、指導者達は真剣に考える必要があることを示す論文だと思う。
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3月22日:酵素なしのTCAサイクル(Nature Ecology & Evolutionオンライン版掲載論文)

2017年3月22日
   地球上で最初の生命が誕生するまで、地球上に存在した様々な無機物を使って有機物が合成されていたことは間違いない(だから私たちが地球に存在している)。1953年に発表された有名なユーリーとミラーの実験に端を発し、この過程を再現するための様々な研究が続いている。この結果「生命に必要なほとんどの有機物を合成することは可能」であることを、この分野の研究者は確信しており、さらに高いレベルの合成化学へのチャレンジにつながっている。この新しい課題の一つが、一続きの代謝経路を生命の関与なしにどこまで再現できるかという課題だ。中でも最も重要な目標が、生命の代謝経路の中心に鎮座しているTCAサイクルの再現だ。
TCAサイクルは糖や脂肪を酸化によって燃やし、ATPやNADHなどのエネルギー交換のための分子生成に使われるだけでなく、アミノ酸などの合成にも必須の、生命の基盤回路として酸素呼吸を行うすべての生物に存在している。しかしこのサイクルは何段階にも分かれており、その全てに特異的な酵素が必要だ。すなわち、すべての酵素が揃わないと動かないように見える。ただRNAワールドだとしても、10種類近い酵素を全て揃えるためには天文学的時間がかかる。そのため、無機物でこの回路をどの程度動かせるか研究が行われていた。
   今日紹介するケンブリッジ・システムバイオロジー研究所からの論文はほとんどのTCAサイクルを単純な硫酸鉄を含む鉱物だけで動かすことができることを示した論文でNature Ecology & amp; Evolutionオンライン版に掲載された。タイトルは「Sulfate radicals enable a non-enzymatic Krebs cycle precursor (硫酸ラジカルは酵素に頼らない前駆的クレブスサイクルを可能にする)」だ。
   研究はクエン酸、アコニット酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸の5種類のTCAサイクル中間体分子を、地球に実際存在する様々な鉱物とともに反応させ、合成される有機物を質量分析器で分析する単純なものだが、実際には4850回の実験を行い、合成されたすべての成分の絶対量を測定する大変な実験だ。
   詳細はすべて省くが、結果は硫化第一鉄と混合した時にTCAサイクルが動き始めたとまとめられるだろう。反応は双方向性で、反応で生まれるおよそ半分が現存のTCAサイクルの構成物で、他の反応はほとんど起こらないことを示している。
   基本的に酵素反応は、加えた安定な分子を活性化して、他の分子と反応できるようにすることだが、硫酸鉄の表面でほぼすべての分子を活性化できることを示している。もちろん、酵素反応と比べるとそれぞれの反応の効率は大きく異なり、収率は高くない。しかし、1−2過程を除いてすべてのTCAサイクル過程が可能になったことは大きい。このような条件に、一つのリボザイムや酵素が加わるだけで、TCAサイクルを完成させ、収率をあげることができるようになる。最後のプロセスの実験的再現もそう遠くない気がする。
   このような地球化学と、有機化学が一体化した生命以前の世界の再現実験にはロマンが溢れているが、着実に進歩していると実感している。
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