2020年10月3日
アルツハイマー病(AD)リスクの最大要因は老化だが、このメカニズムを明らかにすることは簡単ではない。その代わりに、様々な遺伝的リスクファクターを明らかにし、それぞれの関与のメカニズムを明らかにし、老化との相関を丹念に調べて、脳細胞の老化について理解するしかない。その意味で、Aβ、Tau、ApoEなどがADにどう関わるのか、また老化とどう創刊するのかメカニズムのさらなる解明が待たれている。
そんな中、今日紹介するテキサスノースウェスタン大学からの論文は、血圧維持に関わる最も重要な因子で、高血圧治療の標的でもあるアンジオテンシン転換酵素(ACE)が、脳細胞の細胞死を促進してアルツハイマー病リスクになりうることを明らかにした研究で9月30日号のScience Translational Meicineに掲載された。タイトルは「Aβ-accelerated neurodegeneration caused by Alzheimer’s-associated ACE variant R1279Q is rescued by angiotensin system inhibition in mice(アルツハイマー病リスクの一つアンギオテンシン転換酵素の変異R127Qにより誘導される神経変性はAβにより促進され、アンジオテンシン系の阻害により治療できる)」だ。
最近の疾患ゲノム研究でADリスク遺伝子の一つとしてACE遺伝子が特定されてきたことに注目し、ADの発生率の高い446家族について全ゲノム解析を行い、ACEのコーデイング領域の変異の中にアルツハイマー病リスクになる変異がないか探索している。その結果、ACEの1279番目のアルギニンがグルタミンに変換した変異(R 1279Q)を持つ家族ではADが頻発することを確認し、この変異がADにつながるメカニズムを、ACEに同じ変異(マウスではR1284Qが相当する)を導入したマウスを用いて検討している。多くの実験が行われているが次のように要約できるだろう。
エクソンのミスセンス変異なので、ACE酵素活性が変化した可能性が考えられるが、この変異は酵素活性については中立的であることがわかる。しかし、脳でのタンパク質の発現を見ると、脳特異的に変異体分子の発現が高まっている。これは、変異によってACEが細胞膜から遊離しにくくなり、その結果分子の発現が高まる結果であることを確認している。すなわちこの変異は、ACEの質的な変異ではなく、脳内でACE 量が上昇させる変異であることがわかった。この結果、アンジオテンシン1から変換されるアンジオテンシン2の量が上昇し、ACE 受容体の活性化が高まる。
この慢性的なアンジオテンシンシグナルの上昇は、神経細胞の慢性的RAS経路の活性化を誘導し、神経細胞の細胞死を誘導するカスパーゼ活性を慢性的に高める。重要なことは、この変異が導入されたモデルマウスでは血圧は正常で、この過程に血管性の神経変性は関わっていないと結論できる。
このように、このACE変異では慢性的に神経細胞死の閾値が低下していることは、このマウスをAβを過剰発現させたマウスを掛け合わせるとADの発症が促進されることからも確認できる。また、ACE阻害剤や、ACE受容体阻害剤を投与することで、この慢性効果を正常化して、ADの進行を止めることも明らかにされた。
以上が、モデルマウスを用いた結果だが、同じプロセスが人間のADでもみられないか調べ、人間のADでもACEを発現する海馬神経が脱落していること、またRAS経路の異常も神経細胞で認められることを示し、ACEシグナル経路が、神経細胞紙の閾値を下げる老化に関わる要因の一つではないかと結論している。
同じ過程が老化とともに一般的なADでも起こっているとすると、脳内でACE受容体シグナルを抑えることは、アルツハイマー病の重要な治療法になる可能性を示唆しており、面白い研究だと思う。
2020年10月2日
美術の学生さんと話していて感じるのは、半分は生まれつき、半分は訓練で獲得されてきたイメージを把握し、脳内で処理するときの厳密さだ。要するに、私たちが見えても認識できていないものが認識できている。同じ印象は、優れた形態学者と話していても感じる。例えば亡くなった友人、月田さんのセミナーを初めて聞いた時から、この人の脳内でのイメージの処理は全く違っていると感じた。この様な人たちは、頭の中に厳密なイメージが形成されるまで見たとは思はない様で、それが獲得されるまで最大限の努力を傾ける。
今日紹介するジョンズホプキンス大学Watanabe研究室からの論文はプロセスを厳密に見たいという形態学者の執念が感じられる研究で9月28日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Synaptic vesicles transiently dock to refill release sites(シナプス小胞がトランスミッターを遊離するためのドッキングは一過性)」だ。
私の頭の中のシナプスでの神経伝達過程はかなり以前からアップデートしていない。もちろん、SNAREをはじめとする分子過程についてはある程度アップデートできていても、シナプスに輸送されてきたシナプス小胞が膜直下で神経シグナルが来るのを待って、刺激が来ると膜と融合してトランスミッターを遊離するという形態的イメージはなんら変わっていない。
しかしプロの間では、いくつのシナプス小胞がトランスミッターを遊離するのか、刺激が来るまでの間、ドッキングはどの様に調節されているのか、次の刺激に対してどう小胞が準備されるのかなど、議論が続いていた様だ、
この研究では、Zap-and-freeze法と名付けたシナプスを刺激した後ms単位で組織を高圧急冷して電子顕微鏡で観察する方法を開発し、シナプスで小胞がドッキングし、膜融合する過程を時間を追って追いかけている。すなわち、この研究のハイライトは、シナプスでのプロセスを厳密に見ることを可能にする方法の開発といっていい。実際、シナプスに小胞が集まり、その中のいくつかがアクティブゾーンの膜上にドッキングし、刺激でいくつかが膜と融合する過程を示されると、何が起こっているのか素人の私にもよくわかる。
あとは、ここ技術を使ってプロの間で議論が続く課題に答えている。
これは素人の私も習ったことがあるが、刺激に反応して起こる小胞の膜融合とトランスミッターの放出は、一個づつと制限されているのか、それとも複数の小胞が同じ刺激に反応して融合するのかという問題については、複数の小胞が一度に反応できることを示している。さらに、細胞外のカルシウム濃度を上昇させると、なんと一つのアクティブゾーンに10個以上の小胞が融合する像まで見せている。 また、おそらくドッキングなどの過程に関わる分子を共有するためか、カルシウムの低い状態ではシナプス内で近接する小胞体同士がセットになってドッキングから融合を行なっている。 ドッキングした小胞の融合は5ms程度の早い過程で、11ms以降に見られる融合は刺激とは無関係。驚くことに、それぞれの融合過程が起こりやすい場所も違っており、刺激により膜上で進むプロセスの局在をさらに明らかにすることの重要性を物語っている。 個人的に最も面白かったのは、アクティブゾーンへの小胞のドッキングが一方向の過程でない点だ。これまで、ドッキング、融合は不可逆的に起こると思ってきた。しかし、ドッキングした小胞の一部は融合し消失するが、残りは膜から離れて次の待機ゾーンへと後退し、次の刺激を待つというダイナミックな過程が示された。 刺激後14ms以内に新しい小胞のドッキングが準備され次の刺激に備えられる。しかし、そのまま刺激がないとドッキングした小胞は減少し、回復には10秒近くかかる。
以上、シナプス小胞が伝達のアクティブゾーンと、レザバーとを動的に行ったり来たりして、持続的な伝達能力を維持していることを見ることができた。しかし、生化学的プロセスだとあまり気にならないが、これを書いている間に私の脳内の数え切れないシナプスで、こんなことが起こっているのかと考えると、本当に驚いてしまう。
2020年10月1日
今日の論文ウォッチをアップロードした後(こちらも臨床的には重要な論文なのでぜひ目を通して下さい:https://aasj.jp/news/watch/1399 0)、新しいNatureを読み始めたら、ゲノム人類学の父とも呼べるSvante Pääboさんの研究室から驚くべき論文が目に飛び込んできた。
論文を要約すると、新型コロナウイルス重症化の遺伝的リスク探索から特定されてきた3番染色体の領域の人類学的由来を調べると、Vinjaで発見されたネアンデルタール人ゲノムにほぼそのまま残っており、このネアンデルタール人グループとの交雑を通して、我々ホモサピエンスに流入した領域であるというのだ。
そして、このリスク遺伝子が最も保持されているのが南アジア、特にインド、バングラデッシュの人たちで、次がヨーロッパ、米国ときて、我々東アジア人にほとんど存在していないことを示している。もちろんネアンデルタール人との交雑が見られないアフリカの人たちには全く存在しない。
以上が結果で、最初に特定された新型コロナウイルス重症化のリスク遺伝子がネアンデルタール人由来であるという話は話題を呼ぶと思う。ただ、私は偉大なゲノム人類学者Pääboさんの論文を読んで、新型コロナウイルスとの戦いが、全ての生命科学分野を動員する戦いとして行われていることを実感した。
最後に強調しておきたいのは、ネアンデルタール人由来領域は新型コロナウイルス感染重症化に関わる一つの要因でしかなく、全てをネアンデルタール人の呪いのせいにしない様お願いしたい。
しかしPääboさんに脱帽。
2020年10月1日
このブログでも何度も紹介したがガン細胞上の抗原に対する抗体をT細胞受容体と合体させたキメラ抗原受容体T細胞治療の効果は目を見張るもので、半数近くが長期間完全寛解をはたす。そして白血病細胞だけでなく、同じCD19抗原を発現しているB細胞も完全に除去されるのをみると、免疫システムの威力を改めて感じさせる。
ただ、抗原刺激によるサイトカインストームは最初の段階から副作用として指摘されており、CD19を標的とするCAR-Tの場合、全身にB細胞も存在することから、神経への障害も含めてほとんどの副作用はサイトカインストームによるとされてきた。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はCD19を標的とするCAR-T治療に起因する神経障害がなんと脳血管の周囲細胞がCD19を発現していたために障害された可能性を示す、臨床的には重要な論文で10月1日号Cellに掲載された。タイトルは「Single-Cell Analyses Identify Brain Mural Cells Expressing CD19 as Potential Off-Tumor Targets for CAR-T Immunotherapies(脳のsingle cell解析により血管周囲細胞がCD19を発現してCAR-T免疫治療のオフターゲット標的になることが明らかになった)」だ。
CAR-Tによる神経障害がB細胞以外の細胞がCD19を発現しているのではないかと睨んだ著者らは2500人近くの脳のsingle cell RNA発現解析データを解析し、脳全体では0.2%程度の細胞が血管周囲細胞遺伝子とともにCD19を発現していることを発見する。極めて少ない集団なので、本当かどうか慎重に確かめる実験を行い、平滑筋も含む多くの周囲細胞が脳ではCD19を発現していると結論し、人間の脳の免疫染色でもこれを確認している。発現量だが、幼児期に高く年齢とともに低下する。また、ほぼ脳の周囲細胞だけで発現が認められる。
以上の結果をもとに、マウスモデルでCD19に対するCAR-Tを注射して脳の変化を調べている。人間と比べてマウスの周囲細胞はCD19の発現が高くはないが、周囲細胞が脱落し脳血管関門の機能が低下し、アルブミンが浸出することを発見している。
以上が結果で、臨床的には重要な指摘だと思う。もちろん、生存期間など患者さんへのベネフィットは大きく、副作用の可能性としてあらかじめ理解していただくしかないが、脳以外の組織では発現がないことから、脳血管周囲細胞の発現する他の抗原を用いて、CAR-Tの作用を抑えるといった治療法も考えられる。ただ、費用の面から現実的かどうかはよくわからない。
読んでいて、脳血管周囲細胞の障害性をモニターする目的で、脳血管の窓口とも言える網膜血管を調べるのも面白いのではと思った。現在クリニックを開業している植村君は、網膜周囲細胞のsingle cell 解析を行なっていた様に記憶しているので、脳と同じ様に発現がみられるなら、障害性を早期発見するために役立つかもしれない。
2020年9月30日
南アフリカを旅行したとき、否応なしに考えさされたのが、なぜ民主主義が経済格差を是正できないかという問題だった。マンデラさんが大統領になり、アパルトヘイトを含む政治的地位に関する格差は無くなった。事実、現在まで大多数の黒人が大統領や議会の多数を占めている。しかし、南アフリカの富の格差は凄まじく、1%の金持ちが70%の富を独り占めしいる。民主主義が機能している場合、例えば所得に対する税と、相続税を高めて、富の分配を図る政策が考えられるが、うまく機能していないことは旅行すればすぐわかる。なぜ大多数を占める貧困層が政策を変えられないのか、我が国戦後民主主義が財閥解体や農地改革とセットになって進んだことを比較しながら、旅行中考えつづけていた。
今日紹介するカリフォルニア大学マーセッド校からの論文はこの問題の一因を知るための一種の実験的研究で9月23日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Local exposure to inequality raises support of people of low wealth for taxing the wealthy(局所的に格差を目にすることで富裕層への税により貧困層を助ける政策への支持が上がる)」だ。
おそらく著者らには最初から答えがあった様に思う。事実この様な政治に関する実験研究は仮説に基づき行われることが多い。この研究では、貧困層は実際には格差に気付いていないため、格差是正政策支持につながらないという仮説に基づいて研究を計画している。
この仮説の検証のために行った実験が面白い。ソエト(ヨハネスブルグ近郊にある南アフリカ最大の黒人居住地区)でも貧困層の多い地域で通行人を呼び止め、「格差是正のための富裕層への税を強化しよう」という嘆願書、あるいは「原発から自然エネルギーに変えよう」という嘆願書をみせてサインを求める。この様なサインの呼びかけは我が国でもよく見かけるのと同じだ。ただ、サインを求める場所に、無作為的に格差の象徴としての高級車(BMW)を駐車しておくという設定を作っている。貧困地域にはまずBMWの様な車が駐車することはないので、それを目にすることで、格差をより強く認識するのではという設定だ。
まず、格差の象徴BMWがあると、サインをする人が減る。おそらく、格差が認識されると、嘆願書など意味がないと思うのだろう。この条件で、しかしBMWが駐車している横で署名を求めると、富裕層への税をかけて格差をなくすという政策に署名する人が11%増える。一方、原発を自然エネルギーへという嘆願書への署名はBMWによっては影響されない。
BMWが駐車しているだけでこれほどの差が出るのかと驚く。この結果をさらに確かめるため、同じ嘆願書への署名を、貧困地区(ジニ係数から決めている)から異なる距離の3地区で行い、日常に貧困が感じられる場所に近いほど富裕層への課税への支持が得られることを示している。
南アフリカの様に富裕層と貧困層が完全に分離して暮らす場合、貧困者ですら格差を感じる機会が少ないため、経済格差是正のための民主主義が機能しないという結論になる。
一見簡単な結論に見えるが、よく考えていくと示唆に富む内容の深い研究だと思う。
2020年9月29日
引退してから少しは頭が進化し、新しい論文を読んでもなんとかついていける様になった分野の一つがAbiogenesis、すなわち無生物から生物が誕生するまでの過程に関する研究だ。世間ではあまり大きく取り上げられることはないが、この分野の進展は著しく、実験や計算の詳細が理解できないままでも、この進歩を楽しめるところまできた。そして、Abiogenesis の条件については十分理解できたという興奮を、今やいくつかの大学院で講義させていただいている(阪大での講義はAASJチャンネルで公開中:https://www.youtube.com/watch?v=fN9PZtj_UGk&t=209s )。専門外が無謀といえば無謀だが、この分野は広い範囲にわたっており、概論ならなんとかなる。また、ほとんどの生物系学部では体系的な講義ができない。こんな事情で、ここには年寄の出る幕も残されている。
Abiogenesis分野で最も研究が進んでいるのが無機物から生命活動の材料、有機物合成過程についての研究だが、今日紹介するポーランド科学院からの論文はコンピュータの導入によりこの分野がさらに広がる可能性を示した面白い研究で9月25日号のScienceに掲載された。タイトルは「Synthetic connectivity, emergence, and self-regeneration in the network of prebiotic chemistry(生物以前の化学反応ネットワークで発生する合成ネットワーク、創発、そして自己再生)」だ。
この研究は現在知られているprebioticな化学反応と、様々な化学反応の基本ルールを学習したソフトを作成し、スタートラインの化合物が与えられると、閉じられたシステムの中で、自動的に合成される複雑な化合物を特定(全て計算で)、さらに合成物が生まれる経路を特定できる様にしている。すなわち、Abioticに可能な化学反応のシミュレーションを可能にした(ソフト自体は公開されている:https://life.allchemy.net )。
実際にはメタン、アンモニア、水、シアン化水素、窒素、硫化水素の自然に存在する化合物をスタートラインにして、閉鎖系で反応を勧めたとき合成されてくる複雑な有機物を特定し、それが生まれるまでの経路を逆算で追いかける(これはコンピュータでしかできない)ことで、有機物合成の様々な経路を探索し、もし面白い経路が見つかれば、実際に試験管内で確かめるという操作を行なっている。
詳細を省いて結論をまとめると、
数サイクル反応を回していくと、有機物が多く合成されるが、それでもほとんどは無機化合物が多い。ただ、無機化合物と異なり、合成された有機化合物は親水性で、熱力学的に安定しており、有機物同士の水素結合が起こりやすい構成が出来上がる。 この反応から発生した有機化合物の中には、他の反応の触媒として働きうる化合物が多く特定できる。実際の触媒活性については、試験管内で再現できる。 一方向の合成だけでなく、閉じられたサイクル回路も形成される。この結果、最初のスタートラインの化合物の増産が可能で、これも試験管内で確認できる。 反応をさらにコンパートメントかするための閉鎖粒子を構成するための、いわば細胞膜構成要素となりうる有機化合物合成経路が明らかになり、試験管内で再現できる。
以上、詳細はわからないが、実際には見ることができないAbiogenesis過程を再現するための理論的枠組みとコンピュータの重要性がよくわかる論文だった。
ポーランドの現状を考えると、研究室はそう豊かではないだろう。その意味で、計算機の可能性を見事に示した研究で、研究資金に恵まれない研究者にとってはお手本になる様に感じる。実際、論文の出だしはきわめて高揚感に満ちており、著者らの鼓動が直接伝わる論文だった。
2020年9月28日
慢性リンパ性白血病(CLL)の最後の治療法としてB細胞抗原を標的にするCAR-T治療が我が国でも行われるようになっているが、CLL治療の最初の切り札と言えるアロの骨髄移植は、ガン治療で低下した造血機能を補うだけでなく、組織適合性のないドナーのリンパ球に白血病細胞を壊滅させるという期待も込めて行われている。
このgraft vs host 反応(GvH)がCLLに重要な役割を演じていることがわかってくると、骨髄移植をGvHによるCLL細胞除去を主目的に使おうとする方法が考案された。Reduced intensity conditioning (RIC)と呼ばれる方法で、普通の骨髄移植と比べると骨髄障害の少ないプロトコルで全処置を行い、アロ骨髄を投与する。患者さんの体への負担が少ないことから、年齢が高い人でも可能だが、問題はどうしても再発率が高いことだ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、RIC後の骨髄移植で治療され、再発を経験した患者さんの、治療前と再発後の白血病細胞を徹底的に調べ、再発のメカニズムを探ろうとした研究で9月16日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Distinct evolutionary paths in chronic lymphocytic leukemia during resistance to the graft-versus-leukemia effect(慢性リンパ性白血病細胞がGvH反応への抵抗性を獲得するまでの経路は多様だ)」。
この研究では10例の患者さんで、治療前と再発後の白血病細胞を分離し、ゲノム解析、遺伝子発言解析、single cell RNA seq、そしてメチローム解析を行なって、GvH反応を逃れるプロセスを探っている。詳細を省いて結果を箇条書きにまとめる。
エクソーム解析:早期に再発した患者さんでは突然変異の蓄積はほとんど見られない。一方、再発までに時間がかかると、遺伝子レベルの変異が蓄積している。おそらく、早期再発例ではGvHの効果が得られなかったが、後期再発例ではGvHが効果を表し、白血病細胞もそれから逃れるための進化を遂げたことを示唆している。事実、後期再発例では、ネオ抗原として働く変異が選択を逃れる中で減少していることも示している。 白血病細胞の遺伝子発現でも、早期再発例では平均66遺伝子で発現の違いが見られたのに対し、後期再発例では1000近くの遺伝子発現で違いが見られている。すなわち、GvHから逃れるため進化していることがわかる。面白いことに、発現の違いが見られる遺伝子は様々な幹細胞維持に関わる遺伝子や、抗原受容体シグナルに関わる遺伝子が多く見られる。 実際に白血病細胞が選択されてきたことはsingle cell RNAseqによる細胞レベルの発現解析で明確になる。早期再発例では治療前と細胞集団に大きな差が見られないが、後期再発例では各患者さんごとに異なる細胞集団が選択されている。これらの集団は、細胞死や細胞増殖シグナルに関わる遺伝子、さらに癌抑制遺伝子などの発現の差が関与している。 これまで考えられてきた、HLA抗原発現の抑制は白血病細胞の選択にほとんど関わらない。 遺伝子発現の差を誘導するメカニズムとしてDNAメチル化は重要で、後期再発例ではメチル化の程度が強く更新している。
以上が結果だが、短期再発例ではGvH反応自体が働かなかったこと、後期再発例ではGvHの効果が見られたが、遺伝子変異とエピジェネティックな変化が統合され、白血病細胞が耐性を獲得する。そして、この経路は症例ごとに異なり、HLAのような決まった原因で起こるわけではないことが示された。
とすると今のところsingle cell RNA seqが臨床で行える最も有効な診断方法になるが、普及するにはまだまだ時間がかかるだろう。
2020年9月27日
4月10日最初に指摘して以来(https://aasj.jp/news/watch/12765 )何度も繰り返す様に、新型コロナウイルス(CoV2)特異的な薬剤として最初に登場するのはモノクローナル抗体薬になる。感染者のB細胞のsingle cell解析を行い、抗体遺伝子を取り出して、そのままモノクローナル抗体として使う技術は既に完成しているし、抗体薬を考えるのは当然のことだ。事実既にいくつかの抗体薬の第3相の治験は終わりつつあることは、この技術の完成度を物語る。大量生産については受託生産するファウンダリーも多く存在し、一定の量であれば臨床用の生産はすぐできると思う。FDAも迅速審査を行うだろう。もちろん治療薬開発を支えるCoV2に対する抗体反応についての論文の数は多く、もはや新しい発見があるとは思えないほど飽和している様に見える。
この様な現状をみると、今更CoV2に対するモノクローナル抗体の論文に新規性は全くない様に思うが、今日紹介したい2篇の論文は、CoV2に対する抗体利用についてまだまだ調べることがあり、たとえ現在治験が進んでいる抗体薬が市場に出回っても、まだまだ改良の余地があることを示した研究で、先週CellとScienceに相次いでオンライン掲載された。
それぞれ感染経験者のB細胞から抗体遺伝子を分離、それを発現させた抗体の反応を調べるという点では、これまでの研究と同じで、示されたデータの多くは、これまで発表された論文の再確認なので、新しいと思った点について列挙する。
まずCellに掲載されたベルリン神経変性疾患研究センターからの論文では、10人の患者さんから集めた500近いモノクローナル抗体について解析し、
抗原特異性を問わず、メモリーB細胞のみを純化してCoV2スパイクに反応するクローンの頻度を調べ、平均7%ものクローンがCoV2反応性であることを示している。すなわちかなり高い頻度で抗体反応が細胞レベルで誘導されている。またその多くがウイルス感染に対する中和活性を持つ。 これまで示された結果通り、生まれつき持っている抗体遺伝子を用いている抗体が多く、突然変異の蓄積は少ない。その中で選んだ最も中和活性が高い18種類の抗体のうち、なんと4種類がマウスの組織に反応する。残念ながら、人間の組織で調べていないので不満は残るが、自己組織反応性の抗体がワクチンなどで誘導される確率は高いので、注意が必要。また、治療用のモノクローナル抗体も、自己組織反応性のチェックを厳密にする必要がある。 珍しく33箇所の変異が認められた中和抗体も分離しているが、結合サイトは、他の抗体と異なっている(ただ、これを一般化できるかはまだわからない)。 ハムスターモデルで感染実験を行なっている。鼻粘膜に感染させる前、後で最も中和活性の高い抗体を投与して、ウイルス量を各組織で調べている。いずれの方法でも、症状を抑えることに成功しているが、面白いのは予防的に投与しても、鼻粘膜でのウイルス感染は防げず、鼻粘膜でウイルスは増殖する。しかし、その後起こる肺病変は完全に抑えられる。もし鼻粘膜にも移行できる抗体が使えれば、感染自体を抑えることも可能かもしれない。 肺炎が発症した後での投与実験が行われていないので、抗体治療を行うとすると、早めに1回注射ということが最も合理的プロトコルになる様に思う。
Scienceに発表された、ワシントン大学からのもう一編の論文は、CoV2のスパイクの構造と抗体の関係を考慮して治療抗体のあり方を提案した研究だ。ここでも紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/13833 )コロナウイルススパイクタンパクは、様々な修飾を受けて、最終的にウイルス侵入を助けるため、その構造は七変化とすらいえるほど変化する。この研究では、ACE2に結合する前の構造と、結合するためのRBDがオープンになった構造に対する2種類のそれぞれ中和抗体を調べ、オープン前の構造に対する抗体は、スパイクの構造を閉鎖型で安定化させ、ACE2結合部位が表面に出るのを抑えることで中和することを示している。
この研究では、中和活性だけでなく、感染細胞を殺すためのADCC やADCP活性も調べており、両方を同時に存在させることで、多様な抗ウイルス活性を実現できることを示している。
最後に、これまでスパイク遺伝子に発見された変異を集めて、2種類の抗体を組み合わせた場合の有効性について調べ、2種類を組み合わせることで、ウイルスの変異により抗体薬が効かなくなる確率を下げられることを明らかにしている。
重箱の隅を突くといってしまえばそれでおしまいだが、本当に詳細な研究が進んでおり、少なくとも私にとって新しいことが報告され続けていることがよくわかる2篇の論文だった。しかし、ここまでしなくとも、今の抗体薬で十分だろうが、安心できるに越したことはない。
2020年9月26日
一時と比べると、ネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムについての論文を読む機会はずいぶん減った様に感じる。逆に、我々ホモサピエンスの歴史をゲノムから読み解く研究が増えてきた様に思う。しかし、なぜネアンデルタール人が4万年ぐらい前に絶滅したのか、この絶滅にホモサピエンスはどうか変わったのかなど、知りたい疑問は多い。当然この分野でも、さらに精度をあげたゲノム解析から、古代人間の関係を調べる研究は続いている。
今日紹介するこの分野のメッカライプチッヒにあるマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、これまでほとんど詳しい解析が行われてこなかった古代人のY染色体の一部を正確に解読して、関係を調べた研究で9月25日号のScienceに掲載された。タイトルは「The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes (ネアンデルタール人とデニソーワ人Y染色体の進化)」だ。
最初に古代人ゲノム解析が行われたのは当然のことながらミトコンドリアDNAだった。その結果、ネアンデルタール人は現代人と40万年ほど前に別れたことが推定されたが、その後体細胞ゲノムの解読が進んだ結果、ネアンデルタール人とデニソーワ人は、我々人類から60〜70万年前に分離した先祖から分かれた種であると推定された。両者の推定の違いを説明することはなかなか難しいが、デニソーワ人とネアンデルタール人が別れたあと、現代人の交流を通して現代人の母由来のミトコンドリアがネアンデルタール人に流入し、この系統に由来するネアンデルタール人が、デニソーワ人と共通のミトコンドリアを持つ集団を置き換えてしまったと説明されている。
この研究では母系を代表するミトコンドリアの代わりに、男系を代表するY染色体に焦点を絞って古代人ゲノム解析を行っている。ただ、体染色体と異なり、小さなY染色体の精度の高いゲノム解析は進んでいなかった。
この研究では比較的保存状態の良いデニソーワ人2体、ネアンデルタール人3体のDNAサンプルから、6.9Mbに相当するY染色体で組み換えの心配のない幾つかの領域と結合するDNAを濃縮し、これらについて解析を行っている。5万年前のスペイン出土のネアンデルタール人については、ほんの一部の領域の解析ができただけで終わっているが、あとはほぼ狙った領域全体のゲノムの解析ができている。
こうして得られたゲノムの違いから、各個体の持つY染色体の進化を計算するのだが、研究の大部分は用いたデータや方法から正しい計算が可能かについての検証に割かれている。
これを全て認めると、体染色体とは全く異なる進化の道筋が明らかになる。デニソーワ人と現代人のY染色体の分離は体細胞ゲノムから計算される結果とほぼ一致する。しかし、ネアンデルタール人と現代人については、35万年前後と計算された。
すなわち、ミトコンドリアゲノムと同じで、Y染色体で見ると、ネアンデルタール人は現代人に近いことになる。解析できた配列の量は少ないものの、最も古いネアンデルタール人のY染色体は、他の2体よりデニソーワ人に似ていることを考慮すると、ミトコンドリアゲノムと同じで、我々現代人のY染色体がデニソーワ人から分岐した後のネアンデルタール人に交雑を通して流入し、本来のネアンデルタール人のY染色体を置き換えてしまったと考えるのが妥当ではと提案している。
古代人間の競争だけでなく、ミトコンドリアでもY染色体でも、結局ホモサピエンスがネアンデルタール人を既に駆逐する勢いにあった様だ。
2020年9月25日
母親の腸内細菌叢が胎児の発達、特に脳発達に関わるのではという可能性はこれまで何度も指摘されてきたが、ほとんどが神経機能や行動レベルの解析を用いた研究で、胎児発達期の影響か、生後の脳発達過程への影響かについては明確ではなかった。
今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は胎児期の脳発達に絞って母親の腸内細菌層の影響を調べた研究で9月23日号のNatureにオンライン出版された。タイトルは「The maternal microbiome modulates fetal neurodevelopment in mice(母親の腸内細菌叢がマウス胎児の脳発達に影響する)」だ。
この研究ではまず、無菌マウスや抗生物質で腸内細菌層を除去したマウスを妊娠させ、14.5日目の胎児脳の遺伝子発現を正常胎児と比べることから始めている。この結果、333遺伝子の発現変化がリストされるが、神経の伸長や反発に関わることが明確なNetrin-G1aに絞ってその後の実験を行なっている。ただ、333種類の遺伝子発現が何らかの変化を示したということは、腸内細菌叢の影響力の強さを物語っており、今後さらに研究が必要だろう。
さて、Netrinに戻ろう。これを指標に胎児脳を調べると、視床と皮質をつなぐNetrin陽性神経細胞が減少し、これに伴い視床のサイズも減少していることが明らかになった。
次に胎児視床組織培養で見られる軸索伸長反応を調べ、線条体や下垂体組織と培養した時に軸索伸長反応が低下することを明らかにしている。その結果、生まれてきた子供では、四肢の感覚が低下していることも確認している。
あとは、こうして見つけた指標を、細菌を母親に移植することで正常化できることを確認した上で、正常化能力のある最近の特定を試み、胞子形成を行うClostridia(Sp)を最も有効な細菌種として特定している。そして、この細菌種を導入した母体の血液や、胎児脳の代謝物を比較し、Spを移植したときに血中で上昇が見られる細菌由来の代謝物、Imidazole propionateとtrimethylamine N-oxideなどを含むカクテルを加えることで、解剖学的異常、軸索伸長異常、さらには感覚神経異常をすべて正常化できることを示している。
人間で腸内細菌叢を完全に除去することはほとんどないので、どこまで参考になるか分からないが、細菌叢がもう一つの器官として様々な分子を生産し、これが胎児発達に影響する可能性はよく理解できたと思う。その上で、では人間でどう調べていけばいいのか、すぐ答えは出てこないのでなんとなくフラストレーションが残る論文だ。