4月26日 新型コロナウイルスへの感受性についての研究が少しずつ始まっている(4月17日号 J.Virology オンライン掲載論文)
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4月26日 新型コロナウイルスへの感受性についての研究が少しずつ始まっている(4月17日号 J.Virology オンライン掲載論文)

2020年4月26日
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今日の日本経済新聞では新型コロナウイルスの感染感受性や、病気の重症度と相関する遺伝子を特定するためのゲノム研究コンソーシアムが始まったことが報道されていた(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58510850V20C20A4EA1000/)。ただ、この様なコンソーシアムはさらに精度の高い研究を目指す話で、感染者が300万人に達しようかという新型コロナではおそらく早い時期からゲノム研究は行われてきたと想像する。そう思って毎日、PubMed検索サイトで、Covid-19 and SNPとかGWASとかを検索しているが、今のところは明確なhitはない。少し範囲を広げて、covid-19 and genetic susceptibilityで検索すると、いくつかヒットするが、結局ヒトゲノムとの関わりがあるのはまだ3報しか発表されていない。

ゲノム研究とは全くいえないが、最も印象に残った論文はAmerical Journal of Tropical Medicine and Hygieneにオンライン掲載されたイランからの論文で、何と血を分けたそれまで全く健康だった兄弟三人が新型コロナに感染し、同じ様なコースで重症化し死亡したという症例報告だ。

残念ながらこれ以上のことは全くわからないが、家族性の存在はゲノム研究の重要性を示唆している。

もう一報はイタリアミラノからの論文で、ゲノム研究と言えば言えるが、まだ実際の患者さんとの相関は全く調べていない。今後ゲノム解析は重要になるのは間違い無いので、ともかく今わかっていることをゲノム研究の目で見てみようという論文で、イタリア国民についてのデータベースを用いて新型コロナウイルスが細胞に侵入する時に利用するACE2とTMPRSS2の肺での発現に相関する遺伝子多型を探索し、TMPRSS2の発現に関係するかもしれない多型が存在することを示している。この点については、大規模ゲノム研究が進むことで間違いなく、病気との関係で明らかになるはずだ。不完全なデータで、一種の火事場泥棒と非難する人もいるかもしれないが、それでも何でもやってみようとするミラノ在住の科学者の切実さを感じる論文だった。

最後の一報はオレゴン健康科学大学からの論文で、前の2報より重要性は高く、ウイルス抗原に対するキラーT細胞活性を決めている組織適合抗原(MHC)と、ウイルス抗原との結合係数をデータベースを用いて計算し、ウイルス感受性をMHCから説明できないか調べた研究だ。おそらく世界中で同じ試みが行われていると思うが、このグループが先陣を切った。新型コロナウイルスに対する抵抗力についていくつかのヒントが示されていたので紹介する。タイトルは「Human leukocyte antigen susceptibility map for SARS-CoV-2(SARS-CoV-2に対するヒト白血球抗原感受性マップ)」で、4月7日号のJournal of Virologyに発表された。

以前に紹介した新しいインフルエンザワクチンについての論文では、ウイルスに対する免疫にはキラーT細胞の役割が大きいことが示されていた(https://aasj.jp/news/watch/12433)。実際、抗体を誘導するワクチンより、T細胞を誘導するウイルスペプチドで免疫するワクチンすら開発されようとしている。

この研究では、新型コロナウイルスがコードする10種類のタンパク質からできると想定される48,395種類のペプチドから、HLA-A,B,CそれぞれのMHCと結合して提示される可能性があるペプチドを32,257種類選び出し、現在得られる145種類のHLAそれぞれとの結合性を計算している。

結果は、多種類のペプチドと結合できるHLAから、ほとんどコロナ由来ペプチドとは結合できないHLAまで極めて多様であることが明らかになった。もう少しわかりやすくいうと、H+Aによって、ウイルス抗原を捕まえてT細胞を刺激する力が大きく違っていることを示している。もしウイルスペプチドと反応できないHLAタイプを持っていると、T細胞免疫が成立しないので大変だ。

ただ多くの人では6種類のHLA分子が存在しているので、それぞれが互いにカバーしてくれてあまり心配はないと思うが、今後実際の病状とHLAの関係がわかってきた時このデータは重要だ。

一方、少し安心できるデータもある。この研究では新型コロナウイルスから生じるペプチドと、一般的な風邪などで私たちが感染するコロナウイルスから生じるペプチドを比較して、564種類のペプチドが4種類の一般的コロナウイルス由来のペプチドと完全に一致するこをと示している。

この結果は、もし風邪などのコロナ感染ですでにT細胞免疫ができておれば、その一部は新型コロナの抵抗力として働くことを示している。この新型、旧型コロナ共通のペプチドと結合するHLAを計算すると、最も結合力の強いHLAの分布は嬉しいことにアフリカに多い。一方、ほとんどコロナのペプチドに結合できないHLAはヨーロッパ、中国 オーストラリアなどで頻度が高い。

この指標だけで見ると、日本は全て中庸で、これはアメリカも同じだ。ただ、このランキングは、多くのペプチドと結合できるトップ3、およびペプチド結合能のないトップ3のHLAの分布を示しているだけで、本当の抵抗力の分布は6種類のHLA能力の総和から計算できる能力がどう分布しているのか示す必要がある。

結果はこれだけで、実際の抗原提示実験は全く行われておらず、今後実際の免疫誘導実験系で、この結果は検証されていくと思う。その上で改めて、HLA感受性マップができることだろう。

多くの病気でそうだが、MHCはヒトゲノム多様性研究の原点で、しかも免疫に関しては最も重要な分子の一つだ。その意味で、この論文に続いて今後多くのMHC とコロナ感染の論文が発表されるだろう。この様な地道なデータをしっかり提供していくことが科学の使命で、その上でより精密な将来予測が可能になる。今は抗体検査だけが話題になっているが、この様な多因子を加えた推計学手法も磨いてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

物心つく前の乳幼児がテレビを見る行動から何がわかるか(自閉症の科学 第43回)

2020年4月25日
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私たちの子供の頃と違って、ほとんどの家庭にテレビやビデオがあり、乳児がいても、かなりの時間試聴されていると思う。とすると、私たちの世代と、テレビ以降の世代で、物心つく前の乳児期の経験はかなり違っている様に思える。

もしテレビがただの風景と同じなら、何の差も生まれないが、テレビやビデオ画面上での映像が物心つかない乳児にとって、風景とは全く違う内容を持つとすれば、その影響を知りたいと思う。

今日紹介するフィラデルフィアにあるDrexel大学からの論文は、米国で生活環境の幼児の発達への影響を調べる目的で追跡されている子供たちの中から2152人を選んで、乳児期にテレビやビデオ画面に興味を持つことが、性格にどのような影響を持つかを調べた研究で、4月20日JAMA Pediatricsオンライン版に掲載された。

研究は極めて単純で、12ヶ月時点で、保護者(92%は実の親で、他祖父母など)に、「お子さんはテレビを見ますか?」「お子さんと一緒に絵本を見ますか?」と聞いた後、18ヶ月時点でもう一度「この1ヶ月を振り返って、1日何時間ぐらいテレビをみていますか?」と聞く。

そして2歳児になった時、M-CHAT(日本語版:https://www.ncnp.go.jp/nimh/jidou/aboutus/mchat-j.pdf)で自閉症スペクトラム(ASD)様症状を示すか、あるいは将来のASDリスクを調べ、乳児期でのテレビの試聴や、保護者との遊びの時間と、M-CHATによる性格診断との相関を見ている。

結果は明瞭で、12ヶ月時点で、保護者がテレビやビデオを見ていると答えた子供は、より多くのASD様症状を示すが、ASDになるリスクスコアは変わらない。しかし、18ヶ月時でテレビを見ている時間とASD症状やリスクはほとんど相関がなかった。これに対し、12ヶ月時点で保護者と一緒に絵本を見たりする時間が長いと、ASD様症状は低下することもわかった。

以上をまとめると、

  • 物心つく前にテレビを見る様になる子供は、ASDリスクが高まるわけではないが、ASD様の症状が現れる、すなわASD様の性格が現れる。
  • 一方、保護者と一緒に遊ぶ時間が長いほど、この様な症状の出現を防ぐことができる。
  • 18ヶ月を越すと、テレビを見ることとASD症状とは関係がなくなる。

くれぐれも間違わないでほしいが、1歳までにテレビを見る子供は、ASDのリスクがあるという話ではない。今の所言えるのは、私たち世代の経験したことのない乳児期のテレビという風景が、ASD様症状の出現と何らかの関係ありそうだという観察結果だけだ。もちろん、テレビが原因でASD様症状が出るとも、ASD様傾向を持つのでテレビに興味を示すとも結論できない。しかし、できる限りテレビという人工的風景を避け、子供との時間を持つことはASD症状の出現を防げる可能性を示していると思う。簡単な観察研究だが、典型児、ASD児を問わず、乳児期のあり方の一つのヒントを示している様に感じたので、自閉症の科学として紹介することにした。

4月25日 すい臓ガンとオートファジー(4月22日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月25日
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オートファジーは様々なガンで自分を守るために活性が高まっていることが知られており(https://aasj.jp/news/watch/1218)、今話題のハイドロオキシクロロキンをガン治療と組み合わせる治験が進んでいる。たとえば米国の治験登録サイトをcancerとhydroxychroloquineで検索すると、75の治験が上がってくるが、最初のページの10治験では、すい臓ガンが2件、前立腺ガンが5件、乳ガンが2件、肝臓ガンが1件で、確かに多くのガンが対象になっていることがわかる。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文はオートファジーがガンが免疫システムから逃れる機構として使っていることを示した論文で4月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Autophagy promotes immune evasion of pancreatic cancer by degrading MHC-I(オートファジーはMHC-Iを分解してすい臓ガンの免疫回避を促進する)」だ。筆頭著者はYamamotoなので日本からの留学生かもしれないが、今のニューヨークだと生活は大変なのではと心配する。

この研究は、すい臓ガン細胞を観察するとキラー免疫の抗原を提示するMHC-Iが表面から消失して、リソゾームに蓄積、分解されている像が見られるという気づきを発端としている。これまで多くの人が観察してきたはずだが、この注意深さがこの研究のすべてのように思える。

あとは、リソゾームに移行して分解されるいくつかのメカニズムの可能性を検討し、最終的にオートファジーを抑制すると、リソゾームへの移行がなくなり、細胞表面での発現が維持されることを示している。また、MHC-Iはオートファジーのカーゴ受容体の一つNBR1と直接結合することを明らかにしている。

以上がMHC-Iを処理するオートファジーメカニズムについての研究で、あとはMHC-Iが表面から消えることで予想される免疫回避を、オートファジー抑制で抑えることができるのか、試験管内やガン移植モデルで調べている。詳細は省くが、キラーT細胞への感受性はオートファジーを阻害することで高まり、移植ガンの実験系で、クロロキンとチェックポイント治療を組み合わせると、ガンへのCD8細胞の浸潤が高まり、その結果ガンの増殖を抑制できることを示している。

以上が結果で、古典的手法を用いた堅実な研究という印象だが、臨床への道は近いと思う。事実、先の治験サイトの検索にチェックポイント治療を加えると、これからリクルートする2種類の治験と現在リクルート中の1治験が上がっており、今後すい臓ガンでも治験が進むのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

新型コロナウイルス肺炎:最近気になった論文をもとに頭の整理をしてみた。

2020年4月24日
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多くの国で新型コロナウイルス感染の勢いが少し落ちてきたようだが、今日の時点でcovid-19でPubMedを検索すると、この病気(以後covid-19)に関する論文は6500で、最初の論文が今年の1月だったことを思うと、指数関数的に増殖中といっていいだろう。隠居していても論文を追うだけで、世界の医学者が一つの目標を共有しているのを感じられる。

特に最近感じられるのは、臨床や病理についての論文が増えて、徐々に症状からメカニズムまで頭の整理ができてきた点だ。整理がつくと新しい課題もわかってくる。そこで自分の頭を整理する意味で、時間軸に沿ってcovid-19感染症についてまとめてみることにした。

三密とか、social distancingなどはすっ飛ばして、感染してからを考えてみる。

最も重要なのは、感染がどこから始まるか?だが、よほどの濃厚感染でない限り、おそらく鼻粘膜が最初の入り口になるのだろう。以前紹介したように、SARS-CoV-2(V2)が感染するためにはホストの細胞にACE2とTMPRSS2が発現していることが条件になる。

4月23日にオンライン出版されたNature Medicine(上図)によると、この条件を満たす臓器は、鼻粘膜、肺、大腸、胆嚢で、例えば飛沫を吸い込んだとすると、ほとんどは上気道でトラップされることを考えると、鼻粘膜の分泌細胞や繊毛細胞が最初のウイルス増殖の場になると考えられる。

この可能性は、最近ドイツ・シャリテ病院がNatureに発表した、covid-19に罹患した9症例の詳しい検討からも裏付けられている。

この研究によれば、症状が現れてから5日程度は鼻粘膜のシュワブに最もウイルスが検出されており、その後10日にかけて減っていく。おそらく初期に嗅覚や味覚が失われるのは、この時期を反映しているのだろう。

少ない症例ではあるが、この研究で最も驚くのは、半分の患者さんがIgM,IgG抗体を7日までに作るようになり、14日までにはほぼ全員が抗体を作っている点だ。すなわち本来なら、ここで感染は収束してもいいことになる。ほぼ8割の人が、症状が出ても軽症で終わるというのはこれを反映している。

この研究でも2例が軽症の肺炎まで進んでいるが、残りはこの第一段階で回復している。重要なのは、抗体の量だけで第二段階の肺炎まで進むかどうかは予測できない点だ。何れにせよ、肺の感染が起こると、さらに長期間感染性のウイルスRNAが痰の中に検出され続ける。

一方肺炎期も含めて、便にもPCRでウイルスRNAが検出されるが、感染性のウイルスが全く検出できないことから、大腸や胆嚢に感染条件が揃っていても、ウイルスは上部消化管(おそらく胃で)不活化されるのだろう。

ここで最も知りたいのは、上部気道から肺への感染が広がる経路だが、おそらく気道を通ってと考えるのが一番自然だろう。この場合、血清中の抗体がまだ役に立たないことも十分考えられる。また、前の論文に戻ると、肺で感染条件を備えている細胞の比率は上気道と比べると極めて低いことがわかる。とすると、上気道を伝わってウイルスが伝播しようとしても、確率は高くないはずで、この時運悪く肺の分泌細胞に感染した人が2段階へと進むことになる。

鼻の細胞もそうだが、肺で感染条件が揃った細胞は、自然免疫にかかわる分子を発現していることから、ウイルスの刺激によりサイトカインやケモカインを分泌する。当然これが、重い肺の症状につながっているのだろう。悪いことに、V2はSARSと同じで、STAT1を抑制することで1型インターフェロンの転写を抑える仕組みを持っている。これはエボラウイルスも同じだ。このため、ウイルスを叩こうと自然免疫がより強い反応を起こして、重度のサイトカインストームを伴うARDSへと発展するのだと思う。

以前紹介したが、ARDS段階でもウイルスに対する抗体治療はかなり効果を示す(https://aasj.jp/news/watch/12765)。従って、肺で新しい細胞へ感染が続くことがARDS維持の大きな要因になっていると考えられる。さらに、抗体治療後かなり短期間でサイトカインストームも抑えられていることを見ると、ウイルス粒子自体が細胞表面状のTLRを介してサイトカインストームに寄与しているかもしれない。

肺炎段階は多様性が高く、重症ではあるがそれでも多くの患者さんは回復できる。問題はその中の一部の患者さんが、ショック状態を来して亡くなられることだ。これについては、重症の患者さんで、d-ダイマーと呼ばれるフィブリンの分解産物が高く、DICと呼ばれる血管内凝固が起こっていることがヒントになるだろう。そのため、マサチューセッツ総合病院では、抗凝固剤治療を入院時のルーチンとして行うべしというマニュアルを作っている。

これに加えて、個人的に気になるのが、最近続いているACE2の発現が見られない細胞へのコロナウイルスの感染だ。例えば、4月17日にチューリッヒ大学のグループがThe Lancetに発表した3例の剖検例では、全員で血管内皮へのV2の感染を確認している。この論文では低いレベルでもACE2が血管内皮に発現しているからだと結論している。

しかし、同じ4月17日The Lancetに中国のグループが発表した仮説は、他にも感染経路があることを教えてくれた。

この論文では、一部の人で病状が急速に悪化し、全身性ショックに至るメカニズムについて考察している。考察自体は断片的で、ウイルス敗血症という概念だけを強調した仮説だが、この中でウイルスが全身に広がるメカニズムとして、ACE2を発現しないT細胞やマクロファージにウイルスが感染していることを示した論文が引用されており、本当なら面白いと思った。

というのも、抗体によってウイルス感染が急速に悪化するケースが知られているが、一つの可能性はウイルスに結合した抗体が、マクロファージやリンパ球のFc受容体を結合して、これがウイルス感染を助ける可能性だ(これは想像しているだけで、エビデンスに基づいて言っているわけではない)。もちろん、直接貪食によって取り込まれることもあるかもしれない。しかし、一旦マクロファージやリンパ球にウイルスが取り込まれると、全身性の感染症へと発展してもいい。この経路ができてしまうと、肺炎と同時に着々と全身性感染の準備が整っていく。これはウイルスが血中に出てくるという単純なものではなく、ウイルス感染の拡大と、その結果としてのサイトカインストームが全身で起こるようになり、その結果としてDICによるショックが予想以上のスピードで起こるのかもしれない。

最後の段階は本当かどうかはわからない。今後、血球も含めたウイルス検査や、DIC予防などのデータが集まることで、可能性は確かめられるだろう。何れにせよ、これがcovid-19についての私の頭の整理だ。

4月24日 CRISPR/Casにもっと自由を(4月17日号 Science 掲載論文)

2020年4月24日
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なんども紹介しているようにCRISPR/Casを使った遺伝子操作技術の開発によって、それまでの遺伝子改変技術の限界を大きく超えることができるようになった。細胞を培養しなくても、高い効率で遺伝子操作が可能になったし、ゲノム上のあらゆる遺伝子が改変の対象になった。我々凡人は、この新しい可能性ばかりに目を奪われてしまうのだが、常に先を見る人たちは存在する。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこれほど自由な遺伝子操作を可能にしてくれたCRISPR/Casが内在的に持っている不自由さを取り払おうとCas9タンパク質の改変を試みた研究で、4月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「Unconstrained genome targeting with near-PAMless engineered CRISPR-Cas9 variants(ほぼPAM依存性のないcRISPR/Cas9変異体によるゲノムへの制限のないアクセス)」だ。

この技術で可能になったことから考えれば贅沢を言うまいと誰でも思っているが、CRISPR/Cas9を使っても、操作できないゲノムの部位は多く存在する。というのも、ガイドRNAを設計する時、標的にする遺伝子配列直下にPAMと呼ばれる配列が必要で、例えばこの研究で改変されたCas9の場合、NGG配列を認識してその場所にカットを入れる。自分の遺伝子と、ホストの遺伝子を区別する巧妙な仕組みだが、これが邪魔になるというわけだ。

この研究ではまずCas9の構造解析からPAM配列に直接接するアミノ酸を特定した後、7種類のアミノ酸を他のアミノ酸に置き換えて(もちろん闇雲ではなく構造に基づいてだろうが、ここはプロに任せばいい)、どんなPAM配列でも狙った場所にリクルートできるCas9の開発を目指している。

もちろん著者だけではなくこれまで不自由から解放されようと同じような試みたグループは存在するが、この研究ではHT-PAMDAと名付けた様々な配列のレンチウイルスライブラリー(バーコード化されている)と、編集により発現する遺伝子をFACSで定量化する方法を組み合わせたところが売りになっている。

この迅速方法を用いて、PAMの配列に関わらず活性を持つCas9変異体としてまずSpGと呼ぶ変異体を開発し、次にこれをベースにほぼ全てのPAM配列で活性化されるSpRYを開発している。論文ではこの過程を詳しくデータとともに示しているが、読む方にとっては、最終産物SpRYのスペックがどうかが重要になる。

実際にはこの研究を通して、DNA切断活性を持つCas9ではなく,シトシン残基をチミンに転換CBEと名付けた編集酵素を用いているが、最後にこれまでPAMの制限でCからTへの変換ができなかった様々な遺伝子疾患を対象にSpGやSpRY がピンポイントでCtoTへの編集を可能にするか調べ、SpRYはPAM配列にかかわらずそれぞれの変異を細胞レベルで正常化できることを明らかにしている。

データを見る限り、ピンポイントで塩基を変換するような編集には、利用される可能性は高いと思う。CRISPR研究は全く止まらない。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月23日 新生児の腸内ウイルス(4月22日 Nature 掲載論文)

2020年4月23日
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胎児期は原則として無菌環境にあるが、生まれる時産道で最初の細菌やウイルスに出会う。この出会いをはじめに、その後急速に様々な外来因子と出会い、しかも皮膚から腸まで、外界と直接繋がっている部分では、これらの因子との共存が行われ、多くの細菌は私たちの健康になくてはならない役割を果たしてくれている。この、外来因子と私たちの身体との関係については、細菌叢研究として21世紀急速に進んでおり、このブログでも多くの論文を紹介してきた。しかし、これらの研究は細菌が中心で、今私たちを苦しめているウイルスと私たちの最初の出会いの過程については論文を見かけたことはほとんどなかった。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は胎児期に飲み込んだ最初の胎便から4ヶ月齢まで、胎児大便中にあるウイルスの種類と量を調べたもので、4月22日号 Nature に掲載された。タイトルは「The stepwise assembly of the neonatal virome is modulated by breastfeeding (新生児のウイルス集団の形成は母乳により変化する)」だ。

研究は単純で、胎便、1ヶ月、4ヶ月の便中のウイルスの種類と量を、物理的な方法でウイルス粒子を分離した後、サンプリングした全DNA、RNA配列を決定して調べているだけだ。そして同じ解析を、米国の黒人と、アフリカ・ボツワナの黒人で行い、比べている。

ウイルス粒子をザクッとカウントして、ほとんどの胎便にはウイルス粒子が存在しないが、1ヶ月、4ヶ月と存在するウイルスの種類と数は高まることをまず確認している。

これら粒子のDNA,RNA配列解析を行うと、

  • 大便中のウイルスの多くは、細菌に感染しているファージウイルスが占める。
  • ファージウイルスのほとんどは、バクテリアゲノムにプロファージとして組み込まれていたものが、何らかの刺激による誘導で細菌外へ分泌されたもの。後期には、外界から腸内細菌に感染したファージも見つかる。
  • プロファージの種類は、形成された細菌叢の種類と比例する。
  • 人の細胞に感染するウイルスは胎便にはほとんど存在しないが、1ヶ月、4ヶ月と数と種類が増える。
  • アフリカの子供の方が人の細胞に感染できるウイルスの種類や量が多い。
  • 人工栄養の子供と母乳で育てた子供を比較すると、母乳により、ヒトに感染するウイルスの上昇は強く抑制されている。

以上が結果で、論文ではウイルスが存在することを強調して書いているが、個人的には1gの鞭虫に10億個レベルの粒子しかないということで、腸内はウイルスが多い場所とは言えないなという印象を持った。

論文としては珍しい研究である以上には評価しにくいが、一番重要だと思ったのはやはり母乳の力で、抗体を始め、オリゴ糖、ラクトフェリン、抗ウイルスタンパク質などが存在する。もし母乳の力をコロナ予防にも生かすことも考えられるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 ロックダウンの後に備える技術(Nature Biotechnology 掲載論文)

2020年4月22日
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ヨーロッパ各国で感染係数が1を切り始めて、オーストリアを皮切りに、ドイツやイギリスでロックダウンを徐々に解除する動きが始まっている。ただ、ワクチンや、絶対と言われる治療法が開発途上の段階で、パンデミックが再発しないという保証はない。実際、抗体を用いて感染の広がりを調べたカリフォルニア大学の結果では、抗体保有者が4.1%に拡大しているという結果が出て、大変な数の人が非顕在感染していたと大騒ぎになっているが、もし感染者が5%程度しかいないなら、必ず2回目のパンデミックは起こるだろう。パンデミックを防いだ社会には6割の人が感染している必要があるとされている。

いずれにせよ、繰り返す流行を覚悟つつ、それを最も低いダメージで抑える政策を進めるのが重要で、政治家がダメなら、いまこそ優秀と言われる役人の構想力の新しい出番が回ってきたのかもしれない。当然科学の方も、目の前の対策のための研究だけでなく、感染症に対する一歩先の技術を構想する必要がある。

例えばワクチンも、非常時ならどんな方法でも安全に抗原を作って注射することになるが、この時自然免疫も同時に誘導する技術が必要になる。ただ、コロナも、インフルエンザも、抗体を誘導できるワクチンだけで正常な社会を保証できるかわからない。感染細胞が減少した時にウイルス感染細胞を除去してくれるのはT細胞免疫だ。実際、エイズウイルス感染細胞を完全に消滅させるためにエイズ感染細胞を殺すCAR-Tの開発が進んでいる。さすがに、CAR-Tがコロナに対する次の技術にはならないと思うが、T細胞を誘導できるワクチンはパンデミックの再発を防ぐために必須になるだろう。例えば肺のサーファクタントに馴染むリポソームを用いた吸入ワクチンは、抗体誘導能はそれほどでもないのに、これまで考えられなかったインフルエンザ免疫能を与えることができるという最近の研究はヒントになる(https://aasj.jp/news/watch/12433)。非常時のワクチンと、その次を睨んだワクチンは必ず違うので、そこまで視野に入れた研究が必要だろう。

治療でもそうだ。SARSでわかったようにウイルス由来のRNAすら治療標的になる(https://aasj.jp/news/watch/12590)。幸い肺の場合、線維性嚢胞症の治療なので吸入遺伝子治療も進んでいる。事実、オルベスコが効果を上げたとすると、吸入療法だったからだろう。

将来型の検査開発も重要だ。PCR検査を増やす、増やさない(フェーズが変わって現在はもはや必要ないという意見は少数になったように思うが)という議論が延々続けられているが、この延長に検査拡充によるキャパシティーの拡大だけを見ているようでは次に備えることはできない。極論すると自宅隔離の時代には、自宅でもできる検査を目指してもいいはずで、インフルエンザのようイムノクロマトを開発して、例えばAIアプリと組み合わせて自宅トリアージができるようにすることすら可能になる。

もちろん感受性などの問題で、もう少し専門的に検査することも大事だが、それでも現在のように検査がボトルネックになるのは最悪だ。とすると、簡単な機械で検査ができる必要がある。すなわちワンステップで検査ができる必要がある。理研の林崎さんたちのワンステップ法の開発がメディアで報道されていたが、もともとこの分野は日本のプレゼンスは高く、例えばMERSの診断でRT-LAMP法が開発されている。

個人的にもう一つ注目しているのが、CRISPR/CASを用いる方法、特に活性化されると周りの一本鎖RNAやDNAを切ってしまうCas13やCas12を使う方法だ。ずいぶん昔にCas13aを使った検査法を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/6731)。この方法はすでにSherlockという名前でキット化されており、新型コロナウイルスを検出するキットがすでに発売されている。

最後になるが、同じように今日紹介したいと思ったのがカリフォルニア大学からNature Biotechnologyに発表されていたCas12を使った方法だが、原理はSHERLOCKと同じなので、タイトルだけを紹介しておく。

SHERLOCKも、この論文も、Cas13,Cas12の差はあるが、ラベルされた一本鎖RNA or DNAを、ウイルスRNAで活性化されたCasで切断させ、切断された断片をクロマト法で検出する方法で、現在のところ最初の段階で、定温の遺伝子増幅を用いている。

ただこれは検出時間短縮を目指すためで、実際には活性化されたCas13or12の活性が持続すれば切断反応は無限に続くので、将来増幅が必要のない方法にグレードアップできるかもしれない。また、カリフォルニア大学ではウイルスRNAを捕捉するガイドRNAはウイルスの3種類の場所から選んできて感度を上げている。

要するに病院すら足りなくなることが今回よくわかった。政治も大事だが、これに有効な答えをまず提供できるのは、一歩先を見据えた科学技術研究で、それが結局は様々な政策を可能にする。いまこそ科学者の力を見せる時だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月21日 アミロイドβ蓄積と軽度行動異常(Altzheimer’s Dementa 1月号掲載論文)

2020年4月21日
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アルツハイマー病では、アミロイドβの細胞外蓄積とリン酸化Tauタンパク質の細胞内蓄積が発症過程で重要な役割を演じていることは誰も疑わない。ただ、アミロイドβ蓄積が症状と相関するとする最初の考えは、アミロイドβと痴呆症状との相関があまり見られないことから、アミロイドβの蓄積が何らかの過程でリン酸化Tauの細胞内蓄積を誘導し、これが直接痴呆を誘導するという考え方に変わってきた。

私もこのブログでこの考えを紹介してきたが、カナダ・マクギル大学のグループが、アミロイドβの蓄積も脳機能に影響することを示した研究をAlzheimer’s & Dementiaに発表しているのを最近知った。1月号と少し古いが、紹介することにした。タイトルは「Mild behavioral impairment is associated with β-amyloid but not tau or neurodegeneration in cognitively intact elderly individuals(認知機能が正常な高齢者の軽度行動障害はTauや脳変性とは相関が見られないが、くアミロイドβとは相関する)」だ。

研究では96人の認知障害が見られない高齢者を集め、図に示す軽度行動障害テスト(MBI-C)で、意欲減退、不安や落ち込んだ気分、忍耐力、社会性、感覚などをスコア化して、このテストで見られる変化と、PET で検出されるアミロイドβの蓄積、Tauの蓄積、そして灰白質の萎縮などとの相関を調べている。

MBI-Cテストは本人ではなく、配偶者などの家族にお願いしてチェックリストを作成している。日本語版もあるので例を示しておく。

96人のうち、結局MRI-Cテストで軽度行動異常が存在すると診断されたのは7人だが、この7人ではアミロイドβの蓄積度と行動異常のスコアが、はっきりしたしかし緩やかな相関を示すことがわかった。また、アミロイドβ蓄積場所との相関を調べると、左の前頭皮質および前帯状皮質での蓄積と強い相関が見られた。一方、Tauの蓄積や、灰白質の変性とは全く相関が見られなかった。

以上が結果で、痴呆がない高齢者の中には、軽度行動異常が発生している場合があり、この場合アミロイドβの蓄積がその原因になっている可能性が高いという結論だ。

もちろんMBIが認めらてアミロイドが沈着している人たちがTau蓄積へと進んでアルツハイマー病まで発展するのか、あるいは全く異なる疾患群を見つけたのかはよくわからない。しかし、アミロイドβ蓄積の神経学的意義を解明する必要性を強く感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日: 急性骨髄性白血病で起こる貧血はIL-6が原因(4月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年4月20日
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新型コロナウイルスの重症化と相関するマーカーが明らかになり、新しい治療方針につながる可能性が生まれているが、例えばフィブリンの分解でできるD-ダイマーが重症例では著明に上昇しており、静脈血栓症が重症化に関わるのではと示唆されている。事実マサチューセッツ総合病院のマニュアルでは出血や腎不全がない限りヘパリンによる予防的抗血栓療法を推奨している(https://www.massgeneral.org/assets/MGH/pdf/news/coronavirus/guidance-from-mass-general-hematology.pdf)。

もう一つ直接治療につながる重症度と相関するバイオマーカーが血中IL-6の上昇で(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32301997/ )、 阪大の岸本先生たちが開発したIL-6に対する抗体で治療効果がみられた症例がわが国を含め蓄積しているようだ。ウイルス感染によるサイトカインストームが重症化の原因と考えると、この結果は納得できるが、様々なサイトカインが分泌されると考えられるのにIL-6を抑えるだけでも十分効果があることは重要だと思う。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はサイトカインストームとIL-6を理解する上でも面白いと思った研究で、急性骨髄性白血病の貧血がIL-6により誘導される可能性を示唆している。タイトルは「IL-6 blockade reverses bone marrow failure induced by human acute myeloid leukemia (IL-6阻害はヒト急性骨髄性白血病により起こる造血不全を正常化できる)」で、4月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。。

急性骨髄性白血病(AML)は、血液幹細胞の病気で、白血病細胞が増加した結果、重度の貧血が起こり、その結果起こってくる出血や感染症が直接の死因になる。このAMLによる貧血の原因については、造血に必要な場所を白血病が占拠するからだろうと単純に考えていた。

この研究ではこの常識を疑い、人間のAMLを免疫不全マウスに注射した時に起こる貧血の原因を探っていった。その結果、

  • ヒトのAMLで、骨髄中の白血病細胞の数と貧血との相関を見ると、ほとんど相関が見られない。したがって、造血の場が失われることが貧血の原因と単純に決められない。
  • AMLをマウスに移植する時、髄外造血の場である脾臓を摘出しておくと、骨髄造血を代償することができなくなる。この実験系でAMLを注射すると、骨髄正常造血が抑えられて、マウスは少数のAMLでも早期に死亡する。すなわち、AMLはマウスの骨髄造血を抑制し、それが死因で死亡する。
  • 試験管内でAMLは造血抑制を誘導する分子を分泌するが、中でもIL-6が造血抑制と強く相関する。
  • IL-6に対する抗体をAML移植マウスに注射すると生存期間が倍加する。

以上が結果で、IL-6に対する抗体だけではマウスを治癒することはできないが、骨髄抑制を正常化して貧血を直せるという結果だ。これは、AMLの病態の一部をサイトカインストームで説明できる可能性を示唆している。確かに、急速に進む白血病ではサイトカインストームと同じ症状が見られることがある。もちろん白血病では感染など他にもサイトカインストームの原因は存在すると思うが、IL-6抗体治療は納得できる選択肢ではないかと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 慢性閉塞性肺疾患は幹細胞病?(5月14日出版予定 Cell 掲載論文)

2020年4月19日
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一昨日慢性炎症の一つの典型とも言える変形性関節症の軟骨がメチル化DNAをハイドロオキシ化するTet1の発現上昇による、軟骨の一種のリプログラム病である可能性を示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12821)。このように、慢性炎症は感染や慢性刺激などが誘因になってはいても、最終的にはリプログラムされた細胞が発生してそれが炎症組織を置き換えていくという可能性が示唆されてきた。

今日紹介するテキサス・ヒューストン大学からの論文はもう一つの典型的慢性炎症である慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺に存在する幹細胞の多くがリプログラムされており、それが繰り返す炎症の原因になることを示した研究で5月14日号の Cell に掲載された。タイトルは「Regenerative Metaplastic Clones in COPD Lung Drive Inflammation and Fibrosis (COPDでメタプラジア組織を再生するクローンが炎症や繊維化を誘導する)」だ。

この研究ではCOPDの患者さんの切除肺組織の細胞を培養、クローン性増殖を起こす細胞の遺伝子発現プロフィルから4種類のクラスターに別れることをまず示している。すなわち、肺の再生に関わる増殖能力の高い細胞が4種類存在していることを意味している。もちろん、同じような4種類の細胞は正常組織にも存在しているが、遺伝子発現を比べると、COPD患者さん由来のそれぞれの細胞は、明らかに正常のグループとは異なり、メタプラジア(組織のアイデンティティーが崩れている)に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかった。

それぞれのグループのクローン(患者さん由来)を免疫不全マウスに移植すると、正常のクローンを移植した時にはほとんど見られないメタプラジアが起こり、この性質は細胞を継代しても維持される。すなわち、増殖する幹細胞レベルでのリプログラミングが起こっていることがわかった。

またそれぞれのクローンについてsingle cell trascriptome解析を行い、メタプラジアに関わる特異的遺伝子も特定し、その中からFACSで利用できる表面分子マーカーも開発している。

4種類の増殖性の幹細胞のうち最も興味を引くのがクラスター4と名付けられた幹細胞で、COPD患者さん由来のクラスター4は、炎症を誘導するサイトカインやケモカインの発現が高い。そして、COPD由来のクラスター4細胞をマウスに移植すると、白血球の浸潤を含む強い炎症が起こる。

一方、ホストの線維化を誘導するサイトカインの分泌はクラスター3(扁平上皮へ分化)とクラスター4で強く、それぞれ移植したマウスでは繊維化が誘導されることを示している。

詳細をかなり省いて紹介したが結果は以上だ。要するに、肺の細胞の新陳代謝を担っている幹細胞がタバコの刺激など慢性の刺激によりリプログラムされ、異常組織の再生産を維持しているという話で、前回紹介した変形性関節炎とともに慢性疾患で、細胞がエピジェネティックにリプログラムされていることを示唆している。

とすると、肺の幹細胞を対象に、エピジェネティックな変化を元に戻せないか、変形性関節炎と同じような治療法開発も可能だと思うし、何よりも正常の幹細胞で置き換えられないか、これまでとは全く異なる方向での治療法が可能になるかもしれない。慢性炎症は本当に奥が深い。

カテゴリ:論文ウォッチ