2020年5月8日
世の中は新型コロナウイルスの憂鬱なニュースであふれているが、一つだけ溜飲が下がるニュースが「ワクチンに再選の望みをかけるトランプ」だ(https://mainichi.jp/articles/20200227/k00/00m/030/224000c )。というのも、トランプは、はしかワクチンが自閉症を誘導するとする世紀の大捏造論文の主導者ウェークフィールドをいただく反ワクチン運動の支持を受け、ウェークフィールド自身と選挙前に会っているほどの反ワクチン論者で(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20161210-00065338/ )、コロナ騒ぎの前にはCDCやNIHの感染症予算削減の号令をかけていた(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20161204-00065124/ )。そのトランプが、今やワクチン開発の成否に自らの再選をかけざるを得ない。これは痛快という以外表現のしようが無い。
もちろんトランプだけでなく、コロナの完全終息を諦め、第2波、3波に身構える各国政府は、新型コロナワクチンを、我々を感染の恐怖から解放し、人と人とが距離を保つことが強いられる異常な状況を解消する切り札として大きな期待を寄せている。そしてこれが実現した暁には、イエローカードならぬ、Covid-19ワクチン証明書が出され、海外への渡航にこれが要求されるかもしれないと議論が進行中だ(The Lancetのコメンタリー参照)。
では、新型コロナウイルスに対するワクチンは可能か?
答えは単純明快、「新型コロナワクチンは可能に決まっている」だ。というのも、以前紹介した様に回復患者さんの多くが試験管内でウイルス感染を中和し、また重症の肺炎の患者さんを回復させる力がある抗体を持っていることが報告されている(https://aasj.jp/news/watch/12765 )。すなわち、ウイルス増殖を止める抗体を人間は作ることが出来ることが証明されている。当然ワクチンでも同じような免疫を誘導することは可能なはずだ。実際、covid-19とvaccine developmentでPubMedをサーチすると、驚くなかれ328編の論文(87編のreviewを含む)が発表されており、心強い限りだ。
感染防御能力を持った抗体が多くの人で誘導できているなら、つまるところ問題は、感染防御に有効な免疫システムを、必要な時に、できれば長期間誘導するための方法の開発と、安全性の問題に尽きる。この目標に向けて現在では、抗原タンパク質+アジュバント、RNAワクチン、DNAワクチン、ベクターによる遺伝子導入、不活化ウイルス、生ワクチンなど、多くのプラットフォームを用いたワクチン開発が進んでいる。現状については多くの総説が発表されているのでわざわざ紹介する気はない(例えばImmunityに発表された総説を示しておく)。
長期間続く免疫獲得は難しくとも、インフルエンザのように必要な時に抗体価を高めることが出来れば、それで十分だ。次のパンデミックに有効なワクチンが開発され、私たちの手に入る可能性は十分ある。
では手放しで安心できるのか?確実に抗体価を上昇させるワクチンができたとして、個人的に懸念することを2点あげておく。
最初の懸念は、ワクチンの治験の進め方だ。今各国は感染を鎮めようと経済を犠牲にして対策を打ってきた。すなわち、感染者数は減少に転じてきた。このため、ほとんどのワクチンは、第1相や、健常人の抗体誘導ぐらいまでは到達できても、次の流行時までに本当の効果が確かめられていない可能性が高い。結局、次の流行がきて初めて治験が可能になる。もちろん効果が検証されていなかったとしても、一般の人はワクチンを求めて殺到する。この時まで、何十種類ものワクチン候補が残っていたとすると、どれを選ぶかおそらく混乱は避けられないと思う。
この問題を解決するためには、あらかじめ人間で感染実験を行い、ワクチンの効果を確かめる必要がある。ただ、現在までに得られた知識だけで、絶対重症化しないと予想できない以上、これは許されない実験だ。とすると、弱毒化されてはいるが、身体の中で増殖できるような、例えば黄熱病ワクチンのような弱毒ウイルスを用いた感染実験が必要になる。そう考えると、結局ワクチンにも使える弱毒化ウイルスを手にした研究者が、一番成功に近いところにいるのかもしれない。
もう一つの懸念は、ADE(抗体依存性増強)と呼ばれる現象だ。抗体と結合したウイルスが、抗体の一部Fc部分と結合する受容体を介して、本来感染できない白血球に侵入し、感染白血球を通して予想外の場所に感染が広がる現象を指す。この現象が起こると、どれほどウイルスの標的細胞への感染が防げたとしても、抗体自体がFc受容体を持つ白血球への感染を誘導し、感染が全身に広がることになる(例えば以下の総説参照)。
以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12972 )、新型コロナウイルスによる感染症の重症化に白血球の特別な細胞死、Neutorophil Extracellular trapsによる血栓症が強く関わっているとすると、本来コロナウイルスに感染しない白血球に、わざわざ感染のチャンスを与えるADEの可能性は慎重に考えておく必要がある。
考えてみるとADEの関与は、現在も新型コロナウイルスの重症化のきっかけになっている可能性すらある。例えば、私たちは様々な旧型コロナウイルスに感染しており、それに対する抗体の中に、新型コロナウイルスと交叉反応する抗体があると、白血球への感染が起こって様々な場所で血栓症の引き金を引く可能性は否定できない。また感染後、せっかく抗体が誘導されたのに、それがADEの引き金になる可能性すらある。その意味で重症化をADEが決めている可能性はまだ否定できず、重症化例の免疫動態を、経過に沿って詳しく解析することは、重症化の原因を理解し、ワクチンの効果や副作用を予想するためには重要だ。
この意味で注目すべきは、最近重慶医科大学からNature Medicineに発表された、感染者の抗体反応についての論文だ。この研究ではエンベロップ外のスパイクタンパクと、内部の核タンパク質を抗原として抗体を検出している。この方法では、早い時期からほとんどの患者さんで抗体反応が誘導されるのだが、不思議なことにIgMもIgGもほぼ同じ時間経過で誘導されてくる。IgG反応が早い人すら存在する。そして最も驚いたのは、重症化した人ほど初期のIgG反応が高い点だ。IgMではこのような差は見られない。
症例数を重ね、症状が全くでなかった人も含めた詳しい検討が必要だが、この結果が一般化できるなら、新型コロナウイルスに対する反応は、ナイーブな免疫系が初めて抗原に出会った結果誘導されるという単純なものではなく、感染以前に出会った他の抗原に対する反応にも影響されている可能性がある。
そして何よりも、抗体価が高いことは単純に喜べることではなく、重症化につながる可能性があることが示された。 これはADEの危険が抗体誘導と隣り合わせである可能性を示唆している。
以上のことを考えると、ワクチンに過度の期待を寄せる前に、まず新型コロナに対する免疫反応を理解する必要がある。幸いワクチン開発時に、様々な抗原を用いて、抗体反応が調べられるだろうが、このような免疫実験の結果は、コントロールされた条件での反応を調べるためには極めて貴重だ。ワクチン開発には莫大な公費が投じられている。ぜひ公費を受けた開発では、抗原刺激実験結果の公開を義務づけるようにしてほしいと思う。今メディアでは、ワクチン競争でどこが先陣を切っているかばかりを話題にするが、ポストコロナこそ、これまでとは全く異なる協調による開発が進むことを期待する。
感染後のIgM vs IgG反応が典型的でない一つの理由は、私たちの免疫システム、特にT細胞システムが、すでに新型コロナウイルスと共通の様々な抗原と出会っている可能性を示唆している。以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12923 )、新型コロナウイルスと旧型コロナウイルスは、500以上の抗原ペプチドを共有している。この結果、旧型コロナウイルス感染の歴史は、新型コロナの免疫反応に大きな影響を及ぼす可能性がある。日本人で重症者が少ない理由の一つは、日本人のHLAの分布と、旧型コロナに対する免疫記憶の結果かもしれない。
残念ながら、まだ新型コロナ感染過程で見られるT 細胞免疫反応を調べた論文は少ない。最近Immunityにプレプリントが北京清華大学から発表されたが、細胞免疫についてはお粗末な解析に止まっている。しかし2月に紹介したように、インフルエンザに関して言えば、完璧なワクチンはT細胞免疫をしっかり誘導できるワクチンであることが動物実験で示されている(https://aasj.jp/news/watch/12433 )。
最近メディアはT細胞免疫というとすぐにサイトカインストームによる免疫反応の暴走が話題なるが、ウイルスに対するT細胞反応は感染細胞を除去するのに重要で、長期間有効なワクチンには、必ずT細胞免疫を誘導できる方法の確立が必要だ(例えば以下のNature Review Immunology総説)。
そこで提案だが、ワクチンが完成した時点で必ず行われる接種実験では、必ず感染細胞に対するT細胞反応もモニターし、公開し、新しいポストコロナの知の財産にしてほしい。ただ、T細胞免疫は、各個人独特のHLAのタイプに依存しており、個人個人で反応が違うと予想される。すなわち、必ず一つの答えがあるという幻想は捨てる必要があるが、それでも反応のばらつきは、ワクチンの効果の多様性を教えてくれる。
色々述べたが心配しすぎで、これらの懸念が全て杞憂に終わることを願う。ただ、ワクチンだけは蓋を開けてみるまでわからない。政策を預かる人たちは、全ての人に有効で安全なワクチンが実現できない可能性も常に念頭に置いて、ポストコロナの世界を示してほしい。個人的には、早期発見、早期治療に基づく治療法の開発が感染の恐怖から解放された社会の必須条件だと思っている。
ただ、もしユニバーサルなワクチンが難しいとわかっても、ワクチンという概念は重要だ。そこでポストコロナでは全く発想を変えて各個人のHLAなどを考慮したテーラーメイドワクチンを考える機会にするといい。先進国の贅沢と言われそうだが、ポストコロナを考える時、このぐらい思い切った発想の転換が必要に思う。実際、ガン・ワクチンでテーラーメイドの重要性は誰も疑わない。もちろん究極は、開発途上国の人たちにも行き渡るワクチンの開発だが、感染症のワクチンもこれまでとは全く異なる発想から考えるいい機会になる。
2020年5月8日
昨日、ポストコロナを支える治療について書いた記事の中で、パンデミックでは原理の解った薬剤のコンパッショネート使用を行いながらも、科学性を確保するための新しい理論的枠組みが欲しいと述べた。実際、今でも通常の治験プロセスを踏めない対象もある。
そんな例の一つが毒蛇に噛まれた時に使う薬剤ではないだろうか。現在ヘビ毒に対しては抗血清が用意されており、おそらく現地の診療所では用意できているのだろう。ただ抗血清でも、開発段階で無作為化試験を行っているのだろうか。もちろん動物実験は徹底的に行っていると思うが、おそらくヘビに噛まれた人を前にインフォームドコンセントもあるまい。おそらくコンパッショネート仕様の中から現在の状況があるように思う(これは勝手な想像)。
私の経験から言えば、常にヘビ毒の抗血清を携行しているガイドがいるようには思えない。おそらく病院やロッジまで担ぎ込まれて治療になるのだろう。抗体は高価で、熱帯で携行できるといった類いのものではない。とすると、抗体にたどり着くまで噛まれた場所で処置可能な方法の開発が望まれる。映画の定番は、傷口を噛んで血を吸い出すことだが、どの程度効果があるのか、これも検証されているのだろうか。
今日紹介する英国リバプール熱帯研究所からの論文は、抗血清ではないヘビ毒の効果を軽減する薬剤の開発の話で5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Preclinical validation of a repurposed metal chelator as an early-intervention therapeutic for hemotoxic snakebite (血液毒性を示すヘビ毒に対する初期治療に金属キレート剤を使用する可能性の前臨床検証)だ。
通常ヘビ毒は複数の生理活性物質からできているが、ハブ毒で言えば出血を誘導する金属プロテアーゼ、溶血や細胞のネクローシスを誘導するフォスフォリパーゼ、凝固を抑えるレクチン、補体活性化のセリンプロテアーゼなど、それぞれ特異的酵素活性を持つ。
この研究では、この中の金属プロテアーゼの活性を、必要な金属を除去することで抑制することで、噛まれた時に直ぐに処置して究明する薬剤の開発を目的としている。
対象としてはアフリカ、インドに生息するノコギリヘビ属の金属プロテアーゼだが、ハブにも通用する結果かもしれない。いずれにせよ、酵素活性阻害なのでスクリーニングは簡単だ。この結果、2種類の金属キレーターを選び出しているが、最終的にはすでに水銀中毒などを対象に認可されているDMPSが選び出された。
あとはマウスを使って、ヘビ毒の注射と同時に投与した時の効果、一定時間後の効果、そして緊急処置として行ったあと、抗血清療法を合わせた時の効果など、様々な状況で効果を確かめ、最終的に、ヘビに噛まれたらすぐに経口投与でDMPSを服用、その後1時間ぐらいで抗血清を投与すると、多くのヘビ毒に対して救命できることを示している。
すでにセリンプロテアーゼの薬剤は開発されているが、おそらくDMPSは極めて安価で開発途上国の人にもすぐに提供できるだろう。アフリカやインドの人たちの命が救われる可能性を示した重要な研究だと思うが、次の段階はやはりコンパッショネート使用になると思う。
2020年5月7日
ポストコロナを支える技術第2弾は、治療ついて考えてみる。
わが国で自粛を訴えるための最大の根拠は、感染数でも、PCR陽性数でも、正確に把握された感染の広がりでもない。もともとこれらを正確に測定しようという努力は示されたことがない。専門家委員会から出てくる再感染を示す指標もあるが、結局は、いわゆる医療崩壊が起こっているかという、時間的には最後の結果を指標として市民に自粛を要請することになる。
このような状況が続かないよう、昨日隠居の頭でも考えられるポストコロナの診断や感染状態の把握のための技術の可能性を示しておいたが、この状況が迅速に改善されるという保証はない。これから迎えるポスト・コロナでも、結局感染を恐れよという呼びかけ以外、何も分かりやすい指示が政府から出ない可能性は十分ある。
もしこの状況が続くとすると、医療崩壊しか指標がないわが国のポスト・コロナで最も重要なのは、感染症を重症化させない医療技術を準備することになる。例えば東京などで医療崩壊がなぜ起こるのかを考えると、一定の割合で重症者が発生し、それがICUやベンチレータを占拠することが、崩壊の最大の原因になっているようだ。しかし肺炎に限れば年間10万人近くの人(月に1万人以上の人が重症化していることになる)が亡くなっていると思うが、それでも医療崩壊が問題にならないのは、亡くなるにしてもICUやベンチレーターが最終地点ではないからだろう。要するにARDSへと変化するときの臨床過程にこの差が生まれる原因があると思うが、ポスト・コロナに備えるためにはまずこの点を詳しく分析する必要がある。
こうしてARDSへの経過の特徴が整理できると、これに基づいて感染者にICUやベンチレーターが必要にならないよう自宅療養、入院治療など各ステージでの治療法開発が重要で、もしこれができれば、20万人という患者数になっても、医療崩壊を防ぎ、感染自体を恐れる必要はなくなる。幸い、パンデミックが、世界を顧客にできる大きなビジネスチャンスになるという確信が広がったため、新しい技術開発に火が付いた。
まず確認しておく必要があるのは、レムデシビルでもアビガンでも、今使われている薬剤は新型コロナウイルスに対して開発された訳ではない。ポスト・コロナで一番重要なのは、ウイルスの様々な活性に最もフィットした薬剤の開発を進めることだろう。このための研究プラットフォーム作りは急速に進んでいる。
例えば、分離したウイルスを、いちいち培養細胞を使って維持しなくとも、必要な変異を持ったウイルスをいつでも酵母菌から作成して利用できるようにする技術をスイス・ベルン大学のグループがNatureに発表した。もちろん、研究室から漏れ出ないよう厳密に管理する必要はあるが、ウイルスやその部分を自由自在に改変し、感染させたり、部分的に活性分子を合成したりと、創薬には欠かせないウイルスを用いた研究が加速される。
他にも、コロナウイルスゲノムがコードする全タンパク質と相互作用する人間の分子を網羅的に調べたカタログが、米国のcovid-19研究コンソーシアムから発表された。
こうして出来たマップには、これまで考えもしなかったようなヒト分子が、新型コロナウイルスタンパク質と相互作用する可能性が示され、現在治療に使用されている薬剤を含め、様々な治療薬の可能性が示されている。このような網羅的なプラットフォームがこのスピードで出来上がってくるのは、これまで誰も経験したことはない。
網羅的なプラットフォームだけではない。クライオ電顕法のおかげで創薬標的になると思われる重要なウイルス分子の立体構造は続々明らかになっている。ウイルスの感染に重要なスパイクタンパクの構造解析に始まって、例えば日米の政府が承認を急ぐレムデシビルとウイルスのポリメラーゼタンパクの構造解析が報告された。
恐らくアビガンとの結合も明らかになっているだろう。これらの解析結果は、スクリーニングを飛ばしてさらに高い活性を持つ薬剤の開発につながる。タミフルの時のように、WHOの号令のもと各国政府が備蓄に走り、再び3兆円という金が転がり込むことも夢ではないとすると、抗ウイルス薬開発競争はますます加速すると思う。
重要なのは、副作用の問題はあるが、このようにして生まれる薬剤は原理がわかっていることだ。その意味で、レムデシビルやアビガンを現在コンパッショネート使用することは問題ないと思う。オープンラベルでもいいので、これらのデータは集めて詳しく分析することが重要だ。このデータが、さらに高い活性の薬剤の開発に役立ち、ICUやベンチレーターの必要性を減らすことにつながる。
しかし、一種類の抗ウイルス薬だけでウイルスを撲滅することが難しいのは、単剤でHIV治療を行なっていた頃の経験からわかっており、現在ではメカニズムの異なる多剤併用が当たり前になった。またC型肝炎ウイルス薬ハーボニーは最初から標的の異なる二種類の合剤になっている。したがって、ポストコロナでは早期かつ短期に多剤併用を行い、ARDSの阻止が図られると思う。
多剤併用を考える時、ウイルスの細胞への侵入阻害は重要な戦略だが、このことはエボラウイルス治療からも学ぶことができる。以前紹介したがレムデシビルを含む4種類のエボラウイルス治療薬の比較では、通常の方法で作成された2種類のヒト型モノクローナル抗体が死亡率を下げる効果を発揮した(https://aasj.jp/news/watch/11936 )。
まだモノクローナル抗体を用いた治療薬が利用できる段階ではないが、すでに紹介したように新型コロナウイルス肺炎の重症者に、回復患者さんの血清が高い効果を示すことが明らかになっている(https://aasj.jp/news/watch/12765 )。この時紹介した3編の論文を合わせると20人の重症者のうち19人が退院している。しかも1回の投与で高い効果を示すことを示すようだ。
もちろん早期治療に回復患者さんの血清を用いることは現実的ではない。しかし、回復患者さんからのガンマグロブリンを治療薬とする開発は武田薬品などで行われているし、何よりもすでに新型コロナウイルスの感染を防ぐモノクローナル抗体の報告が始まっている。まずオランダのグループからSARSに対するヒト型mAbが新型コロナ感染を抑えることが報告された。
さらに驚くことには、ラマから調整した一本鎖の中和抗体すら開発されている。
ラマ抗体は何度も注射するとアナフィラキシーの心配はあるが、大腸菌や酵母で大量生産できるので、極めて安価な抗体として利用価値が考えられる。
これは手始めで、今後高い抗体価を示す回復者のB細胞から直接遺伝子を取り出して合成した抗体は1ヶ月以内に報告が続くだろう。製薬会社でも例えばAmgen社は抗体薬開発が進んでいることをアナウンスしている(https://pharmaintelligence.informa.com/ja-jp/resources/product-content/amgen-adaptive-partner-in-covid-19-neutralizing-antibody-research-and-development-effort )。おそらく多くの会社が、モノクローナル抗体の開発にしのぎを削っている。
これから予想される進歩を総合すると、ポストコロナでは症状が出た後、遺伝子検査で確定診断を行い(昨日述べたように感染についてはすぐに診断可能になる)、その時利用できる最も有効な多剤併用(感染阻害のmAも期待している)を短期間行うことで、ICUの必要性を大きく減らせるように思う。ARDSへの進展がかなりの程度阻止できれば、感染自体は医療コストはかかっても、インフルエンザレベルの疾患として扱えるし、感染しても治療可能なら、社会に及ぼす感染の恐怖は大きく軽減されると思う。
とはいえ、今後開発される様々な薬剤の治験をどう進めるかという大きな問題がある。すなわち、次の流行を待って治験が行われるとすると、社会へのストレスは計り知れない。諦めて「ウイルスと共存」などと警告を発する科学者は多いが、私は諦めずに策を講じるべきだと思う。
まず既存薬の転用も含め、開発できた薬剤はできるだけ早く第1相治験を済ませておく。そして、メカニズムの異なる2−3種類の組み合わせセットをいくつか決めて、エボラ治験で行われたように、無作為にそのセットの中から選んで、完全なコントロールのない治験を行なったらどうだろう。また、短期決戦なので、1週間目でウイルス量も含めた検討を行い、効果がなかったグループは、効果があった方に組み入れていけばいい。
これは全てコンパッショネート使用になるが、パンデミックの薬剤効果判定を今まで通りの治験手法で行うかどうか、一度議論してみればと思う。例えば今報告されている治療法のほとんどは、オープンラベルで、医療統計学的に信頼できないという話がすぐ出てくる。私は、この機会にパンデミックに限って、新しい有効判定の可能性を議論してもいいのではと思っている。
以上が、ポストコロナの抗ウイルス薬だが、新型コロナの2、3波はこれで対応できても、全く新しいパンデミックについては、別の対応が必要になる。今回の経験から、ウイルス特定についてはかなり迅速にできることはわかったので、国際協調さえしっかりしておれば、効果のある薬剤候補は比較的早期に決められるかもしれない。
また、インフルエンザのように様々な動物内のウイルスをモニターして新たな感染をAIなどで予測できるようにするのも重要だろう。例えばコロナウイルスについてミャンマーに生息のコウモリを調べると7種類のコロナウイルスが見つかったという報告がある。このようなモニタリングは、国際協調で情報開示のもとで行えば、今回武漢の研究所に向けられたような疑惑も解消するだろう。
何れにせよ、新しいパンデミックに備えるためには、私たちはウイルス感染による体のダメージについて深く理解する必要がある。多くのウイルスは、細胞内で増殖すると、ホストの細胞は死ぬ。神経細胞の場合は代換えが効かないため、そのまま麻痺が残ったりするが、上皮などは再生能力を持つため、新しい細胞に置き換えられる。しかし、ウイルスに対するホストの強い反応が誘導されてしまうと、いわゆるサイトカインストームが起こり、これが重症化の原因になる。
ただ致死的なサイトカインストームを起こすウイルスは、自分自身この嵐を避ける特殊なメカニズムを持っている。このメカニズムは、エボラ感染症と、新型コロナウイルスも含めたSARSでは共通で、いずれもインポーチンの作用を阻害して、STAT1の核内移行をブロックして、インターフェロン産生を止め(https://aasj.jp/news/watch/2023 およびhttps://aasj.jp/news/watch/12749 )自身を守る仕組みが、さらにウイルスを叩こうとするサイトカインストームの原因になっている。
他にも薬剤過敏症候群のようにウイルス感染が併発するアレルギー(https://aasj.jp/news/watch/12272 )や、遺伝子欠損による悪性自己免疫でも進行性のサイトカインストームが起こることがある(https://aasj.jp/news/watch/5669 )。このように、このHPで紹介しただけでも、致死的なサイトカインストームの原因のいくつかは特定され、それぞれに対する新しい治療法も開発されてきた。新型コロナウイルスの場合、IL-6に対する抗体、アクテムラが著効を示すことが示されているが、今後は他のサイトカインストームに対する薬剤の報告も集まるだろう。このように、典型的サイトカインストームを示す病態についての知識を整理しておくことは、ウイルスを直接叩く方法がない時期でも、新しいウイルスパンデミックに対応できる。現在の可能性としては、IL-6抗体、Jak阻害剤、IL-1β阻害剤などが利用可能だが、このレパートリーを増やしておくことはポストコロナの新しいパンデミックに対応するには重要だ。この時重要なポイントは、診断基準を整備し、ウイルス名がはっきりしなくても、サイトカインストームとして治療可能にすることだろう。
同じように、強いサイトカインストームと、血栓症の関係が今回のパンデミックでも注目されているが、重症化という共通項を理解するには極めて重要なぽいんとだ。ただ今回は、長くなるので割愛する。ぜひこれまでこのHPに書いたブログをお読みいただきたい(https://aasj.jp/news/watch/12972 )。
大事なことは、治療法開発により、感染による社会的恐怖を除くということで、今回のパンデミックでこの開発に火がついたことは心強い。
今回ワクチンまでと思ったが、ワクチンは次回に回す。
2020年5月7日
高校時代ラグビー部の練習が終わりにさしかかった夕暮れ、ハイパントのボールを追いかけた時、ボールがボケていることに気づいて、以来メガネが友となった。その後50歳を越した頃、今度は食べようとするご飯粒がボケいるのに気がついて、以来遠近両用のお世話になっている。これは日本人の半分近くが経験する物語で、視力1以下となると高校生の7割近くが当てはまるらしい。
今日紹介するロンドンキングスカレッジを中心に多くの研究室が共同で発表した論文は、50万人以上のゲノムデータを集め、近眼の発生と相関する変異を持つ領域を特定しようとした研究で4月号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Meta-analysis of 542,934 subjects of European ancestry identifies new genes and mechanisms predisposing to refractive error and myopia (542,934人のヨーロッパ人のメタゲノム解析により屈折障害と近眼につながる遺伝子とメカニズムが特定される)」だ。
近眼が生存にとってよほど有利な性質でない限り、これほど多くの人が近眼になるリスク遺伝子が少ないはずはない。また、生活習慣の重要性も当然と思っていたので、どの程度の数の多型が近眼に関係するのか?興味深い研究だ。と読み始めて、様々なデータベースを全て集めたかなり正確な解析によって、なんと449の遺伝子領域の変異が近眼と相関していることに度肝を抜かれた。
普通疾患多型データはマンハッタンプロットのような実際のデータが示されるのだが、これほど相関領域が多いと複雑すぎてデータがわかりにくいので、染色体地図上に優位に相関した領域を書き入れている。実際に見てもらわないと実感はないと思うが、Y染色体を除く全ての染色体に相関領域はまんべんなく分布している。
通常統合失調症や自閉症などのような高次機能の異常は多くのゲノム領域の相関が見つかるが、おそらくそれ以上だ。すなわち近眼は極めて奥の深い性質であることが明らかになった。
実際相関する領域にある遺伝子を見てみると、角膜やレンズだけでなく、網膜の構造や発達に関わる遺伝子を皮切りに、シナプス伝達に関わる遺伝子まで、これまで目の遺伝病に関わることが知られている様々な遺伝子との相関が浮き上がってくる。
個人的に興味が惹かれたのは、メラニン合成など色素に関わる遺伝子との壮観で、例えば光の量の小さな変化が積もり積もって近眼を誘導することは十分考えられる。
最終学歴と相関する遺伝子が近眼にも相関することは、勉強のしすぎが近眼を作るという話を裏付けているようにも思う。
これ以上紹介はやめるが、視力が我々の感覚の大きな部分を占め、1日15時間以上目を酷使しておれば、構造や昨日の少しの変化が、近眼となって現れることは十分理解できる。しかも、今回発見されたマーカーでは高々20%の遺伝性しか説明できないとなると、近眼とは人間の生活そのもので、奥が深いことがよくわかった。
2020年5月6日
昨日年甲斐もなく頭に血が上ったせいで、隠居の身を顧みず、ポストコロナを支える技術について最新の状況を説明すると言ってしまったので、2回にわけて私が面白いと思った技術を紹介してみたい。1回目は、公衆衛生、診断についてで、2回目は治療についてだ。適当に論文のタイトルをペーストするが、他にも多くの論文があることを前もって断っておく。
さて医療で重要なのは、早期発見、リアルタイムの実態把握、治療資源の集中投入だ。当然公衆衛生でも同じだが、政策を伴うので、データをわかりやすく翻訳して政府に進言することが必要になる。全国レベルで資源の集中投入などあり得ないことを考えると、全国一律に緊急措置を出したにせよ、同じ対策を全国に強いることは間違いだ。
都市のロックダウンが馴染むかどうかは別として、もし感染が始まったら、問題のある対象地域を特定し、そこに資源や人を集中させることが重要になる。現在医療崩壊の危機が訴えられているが、集中のためのプランがなく、全国一律に同じペースでクラスター探しや、隔離政策を進めてきた結果だと思う。
いずれにせよ、ここでは収束後を考えている。今回の学習をもとに、第二波に備えて、集中的に資源を投入すべき地域を特定して(これに科学が必要だ)、そこに人や資源を投入できる体制を構築し直さなければならない。しかし第二波に備えるにしても、武漢のように1000ベッドの感染症専門病院を我が国で用意することは、大都市圏以外は難しい。すなわち、緊急時への備えをどの規模でやるか様々なアイデアが必要になるだろう。一つヒントになるかなと思うのは、以前訪問して印象に残った、レバノンからのミサイル攻撃に備えて、病院の地下駐車場がいつでも病室に変換できるようパイプを張り巡らせていたHaifaの病院だ。(http://jerusalemworldnews.com/2012/06/08/worlds-largest-underground-hospital-opens-in-haifa/ )。日本では戦争に備えることはないと期待できるので、地上の駐車場改造で十分だ。これは一例だが、これまでベットの回転率だけを重視してきた厚労省の方針は見直されるだろう。ただ、緊急時に向けた用意を最小コストで行う工夫を早急に議論して間違っても平時には使わない病院を林立させるのはやめてほしい。そして余裕のための資源の管理は、国レベルの備蓄として準備することで、資源の集中投入のための準備を整えてほしい。
いずれにせよ緊急状態は、場所と時期両方の把握が重要で、これが的確に行える備えが必要になる。私には専門外の資源の集中についての議論はこのぐらいにして、早期発見、現状把握についてみていこう。
今回初動の遅れが問題になっているが、専門委員会のメンバーの中には極めて早い時期のロックダウンの必要性を示唆していた人がいたと聞いている。すなわち、今回我が国で初動が遅れた原因は、科学でもなんでもなく、科学者と政治家の関係の未熟さに尽きる。しかしそれでも、はっきりとしたデータがあれば安倍内閣や役所でも決断できたかもしれないし、あえて決断しない場合も科学データを無視したというはっきりとした証拠が残る。
したがって、初動のための早期感染検出法の開発は必須だ。新型コロナ第二波の場合、相手がわかっているので、外国から感染が持ち込まれる場合は、国際協調による情報の収集と、検疫が重要になる。ただ、入国時に全員検査をしたり、入国後14日間隔離などと言った方法は平時には取れない。したがって、飛行機の場合は乗る前に感染していないこと、あるいはすでに感染して抗体を持っていることを迅速に検出し、個人や旅行会社に通知するシステムが必要になるだろう。このような迅速な方法については現在続々開発が進んでおり、いずれも1時間以内に診断できる。費用は飛行機のサーチャージと同じでもちろん個人持ちになる。
このような検査は常に偽陰性や感染経過による検出ミスがつきまとうが、100%を追い求めても意味がない。この時、個人の検査だけでなく、飛行機、あるいは空港といった領域にいた人たちの感染状況を、トイレの下水などを利用してより厳密な方法でモニターすることは役に立つ。飛行機ではないが、居住地区の下水でモニターする可能性については((https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12703 ))論文を紹介した(以下の論文)。
幸いコロナウイルスの断片なら便に排出されることがわかっているし、また無機物の表面中に数時間は存在している。おそらく下水だけでなく、室内の空気をエアートラップ採取してもモニターができるだろう。この場合個人の検査と違って誤診は許されないが、アラートが出ることで、市民の注意を喚起できる。
ただ我が国での流行状況を考えると、新型コロナの第二波は国内から起こる確率が高い。この場合、できるだけ早く感染流行が始まる場所と地域を特定することが重要になる。現在このモニタリングは病院を訪問した時の診断で行われる。ただ、これ自体が感染を広め医療崩壊を招くという懸念が今回よくわかった。従って、ここが工夫のしどころで、収束後も感染が疑われる患者さんの動線をできるだけ分離する発熱外来の維持と、迅速な検査体制が必要になる。しかし個別の受診から感染地域の特定まで、大きな時間のズレが生じる可能性がある。
これを補うのがウェッブ検索や、SNSでの会話に出てくる単語のモニタリングだと思う。例えばずいぶん昔になるが「疫学はWiKi学になる? 」と紹介した論文(https://aasj.jp/news/watch/1429 )では、インフルエンザ流行をほとんど1日程度のずれで察知できることが示されている。
また最近も、嗅覚や味覚がなくなることに関わる検索数が新型コロナ感染数とリアルタイムで一致しているという報告を紹介したが、SNSのモニタリングは、特定領域で感染症が始まっていることを知るアラートとして大いに役立つ(https://aasj.jp/news/watch/12806 )。要するにビッグデータに基づくアラート体制を取ることが重要だ。
とは言え、この方法で病気の特定は不可能だ。その時は、先ほど紹介した下水や環境のモニタリングを組み合わせて、リスク評価をすることが重要だ。
さて、感染がキャッチされれば、感染状態の正確な把握は政策にとって必須になる。我が国ではいまだにPCR数についての議論が続き、4日の緊急事態延長宣言では、PCR数増加を阻む目詰まりについて問い詰められた委員会や政府が責任転嫁をしている有様だが、感染状況の把握をおろそかにしたことを反省すべきで、PCR数の増加の問題ではない。いずれにせよ、収束後同じ問題が再燃しないよう手を打つ必要がある。
今回十分学習したので、収束後は各診療単位で疑われたケースは速やかに検査を行うということに支障はないだろう。さらに、SNSのモニタリングや下水のモニタリングも組み合わせて感染の広がりを把握できるようになる。また、地域でのランダムサンプリングによるウイルスや抗体の検査による状況把握もできるだろう。
この時必要な技術が、現在議論の的になっているPCRかどうかは考えておく必要がある。第二波が新型コロナウイルスと決まっておれば、より迅速な方法が必要になるだろう。保健所のキャパシティーなどというボヤキが出ない方法を定着させることが重要で、例えばサーマルサイクラーを使わない技術など、理研林崎さんの方法も含めて目白押しだ。他にも国立感染研の開発した技術もある。
しかし、これらの技術は多くのウイルスを同時に検出したり、あるいは将来増幅が必要ではない方法への発展性に問題がある。個人的には以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12887 )、クリスパーを用いる技術に期待している。
上の論文はまだ、新型コロナウイルスの検出法としてクリスパーを使うという話だが、可能性のあるウイルス全体に網をかけて検出するという可能もすでに議論され、一つの方法がNatureに発表された。
ガイドRNAだけを増やせば病原性ウイルスを一網打尽に検出できることから、新しいウイルスが発生しても、ゲノムデータがあれば、迅速に対応できる。
このように、ポスト・コロナについて言えば、新型コロナウイルスの第二波だけではなく、新しいウイルスにも対応でき、しかも迅速診断可能な技術が必要だが、多くの技術がすでに実用可能になっている。PCRが少ないという批判がトラウマになって、ただただPCRにこだわって将来を計画するのではなく、どの技術を選ぶのか今から議論することが必要だと思う。
これまでの議論は全て、従来の公衆衛生政策の効率化、すなわちトップダウンの政策の延長として考えてきたが、ここで大きな発想の転換をして、ボトムアップの公衆衛生が可能かを考えたら面白いと思う。というのも、感染症の場合、感染者も健常人も全て「Stay Home」が原則になる。とすると、Homeで病気を判断できるようになることが究極の解決になる。
遠隔診療が解禁された今こそこの転換のチャンスだ。おそらく感度は問題だとしても、ウイルス抗原検査なら自宅でもできるようになるだろう。またどこででもできるウイルス検査法の開発競争は凄まじく、選択肢は大きい。
自宅でウイルス診断をすると最初からゴールを定めればリーズナブルなコストの検査が可能になるように思う。さらにAIも駆使して、かなりの判断が自宅で可能になり、遠隔医療で医師に相談できるとともに、そのまま公衆衛生プラットフォームにデータが蓄積できれば、ボトムアップの公衆衛生が可能になる。このような仕組みは、かかりつけ医制度の再構築という厚労省の目的にも合う。
ボトムから感染症に対応する仕組みは、我が国にゲノムサービスなどの新しいチャンスももたらす。たとえば、コロナ感染や重症化と相関する遺伝子は必ず明らかになってくる。前に紹介したように個人のHLAタイプからT細胞免疫を予測する方法も開発されている(https://aasj.jp/news/watch/12923 )。他にもコロナウイルスの感受性に関して多くのゲノムデータが集積するはずだ。このようなデータを自覚症状リストなどと統合して、個人の判断をより正確にすることは可能だ。
このような話をすると、「自宅では難しい、不正確だ、偽陽性をどうするのか、プライバシー侵害」と言った批判が専門家から湧き上がる。しかし、感染症という隔離が必要な「個人の病気」は、新しい仕組みを必要としている。
我が国でも、検診データ、服薬記録など、様々な個人医療データを統合する仕組みができつつある。まだまだ入り口とは言え、遺伝子検査サービスを受けた人たちも数十万人いるのではないだろうか。米国では2千万人に上っており、我が国でも必ず同じようになる。とすると、思い切って感染症も、社会問題としてだけでなく、個人の問題として解決する方法を模索することで、感染症でも医療に対する満足度が高まり、新しい医療システム構築すら可能になる気がする。
次回は治療とワクチンを取り上げ、感染の恐怖を医療を通して解決する方法を考えてみたい。
2020年5月6日
少し紹介が遅れたが、3月号のNature Geneticsでは、これまで積み上がったガンゲノムや様々なオミックスデータを、様々な視点から整理し直す論文が掲載されていた。タイトルを拾うと、1)ガンで見られるクロモスプリシスのゲノム配列解析、2)ガンのミトコンドリアゲノム、3)ガンに見られるクロマチンの異常、4)ガンで見られるレトロトランスポゾンの遺伝子再構成、そして5)ガン関連ウイルスのゲノム解析だ。
国際コンソーシアムでは、ガンの原因になる全ての変異とその意味をカタログ化することを目指しており、今も収集されるガンゲノムの数は増えていっているが、今回一度に公開された論文は、このカタログの索引を作るための試みと言っていいだろう。カタログを使うためには最も重要な作業になる。
今回はこの中からドイツガンセンターを中心に集まった国際コンソーシアムによるガンウイルスについての研究を紹介する。タイトルは「The landscape of viral associations in human cancers (ヒトガンに関わるウイルスのカタログ)」だ。
研究では2558人のガンサンプルと正常組織の全ゲノム解析、およびガンのトランスクリプトーム(遺伝子発現マップ)を行い、この中から発ガンと関わりそうなウイルスゲノムを、いくつかのアプリケーションを用いて拾い出し、カタログ化することが目指されている。
結論的に述べると、特に新しいことは報告されていないと思う。すなわちそれぞれのガンについて発ガンとウイルスの関係が詳しく研究されており、全ゲノム解析を導入したことで何かが急に変わるわけではない。ただ、カタログの索引を作ったという面では高く評価できると思う。
詳細を省いて個人的に面白いと思ったことだけ列挙しておく。
どうしても関係のないウイルスゲノムがサンプル処理の間に入り込む。これをモニターするため、サンプルが処理された日付を記載しておけば、コンタミの場合、サンプル調整日時と関連することがあるので特定できることがある(極めてハイテク研究だが、ローテクの工夫も重要ということ)。 13%のガンで23種類のガン関連ウイルスが発見できる。このなかでトップ3は、EBウイルスの仲間、B型肝炎の仲間、そしてパピローマウイルスで、これまでガンウイルスとして最も研究が進んでいる。 マウス乳がんで有名なMMTVは腎臓がんで1例だけ発見されたが、人間のガンウイルスとしての危険は少ない。他にもCMVやRoseolovirusのようにヒトガンとの関係が疑われたウイルスは多いが、今回の研究では従来指摘された可能性は否定できる。 B型肝炎ウイルスはほとんどの肝臓ガンと関連しており、CTNNB1, TP53, ARID1Aの変異が同時に見られる。このような特定の変異との共存はパピローマウイルスでも見られる。 内因性のレトロウイルスの活性化の検出は難しいが可能で、腎臓がんのように予後と強い相関が見られるケースがある。 ヒトパピローマウイルスのようにゲノムに挿入され発ガンに関わるウイルスとガン遺伝子の関わりのカタログ化ができるが、特定の遺伝子発現への影響だけでなく、例えば挿入部位前後で遺伝子変異が高まることが認められ、今後重要な課題になる。 全く新しいガンと関連しそうなウイルスがいくつか特定されたが、特定のガンに関わるものは見つからない。
繰り返すが、基本的にはこれまでわかっていることが確認された研究だ。ただ、今回集まった数種類の索引は、ガンゲノムを理解するガイドとして役立つことまちがいない。
2020年5月5日
京大皮膚科の椛島先生のおかげで、皮膚科の授業の一環として学生さんに講義させていただいている。皮膚科でもない、しかも現役引退した私なので、この機会を皮膚科疾患を進化の視点から学び直す機会にして、それを学生さんと共有することにしてきた。ところが今回のコロナ騒ぎで貴重な学生さんとの「対面」講義が禁止された。語りかけることができない問題をなんとか補おうと、今年はより時間をかけて準備し、録画として提供することにした。
そんな準備をしている中で、以前このHPで紹介したネアンデルタール人から我々に伝わったゲノム遺産の多くがRNAウイルスに対する抵抗性に関する遺伝子であるという論文が目に留まり、今年の授業でも使うことにした。
詳しい内容はすでに紹介しているので(https://aasj.jp/news/watch/9071 ),ぜひそちらを読んで欲しいと思うが、ネアンデルタール人との交雑を通して私たちのゲノムに流入し、遺産として保持されてきた遺伝子の多くは、ウイルス抵抗性に関わる遺伝子で、それもRNAウイルス(HIV、インフルエンザ、C型肝炎ウイルス)に対する抵抗性に関わる遺伝子が多いという結果だ。
何をウイルス関連遺伝子とするかなど様々な問題はあるが、この論文がレフリーを通った最大の理由は、私たち科学者が、人類はゲノムの多様性を生み出すことでウイルスと戦ってきたと確信していたからだろう。この確信にピタッとはまったおかげで、Cellに掲載された(通常このような場合は問題が起こることも多いのだが)。
この論文を読みながら今年の講義の準備をしている時、緊急事態宣言延長のニュースを聞いた。この決断については、判断材料を持たない私も文句はないが、同時にメディアで流れた専門家会議の提案する「新しい生活スタイル」には、耳を疑った 。
この提言では、私たちは感染を恐れる社会を形成すべきで、そのために彼らが示す決まった生活スタイルを出発点とした未来=new normalを築く必要があると例を挙げて示している。そしてそこで提示されたスタイルは例えばライブハウスの否定だ。要するに多様性を排して、感染に備える統一的生活スタイルだ。レストランでの過ごし方などを読むと、まさに習近平中国が行なっている統一的生活の勧めとほとんどオーバーラップする。
要するに、科学者が自らの職務を忘れ、「感染をおそれよ」という知識だけを社会にフィードバックしている有様を見て、暗澹たる気持ちになった 。安倍政権や政府が統一的生活を勧めたとしても私は驚かない。しかし、文化の多様性を排する世の中を科学者が提言することで、科学への不信がどれほど増すのか、専門委員会はわかっていない。
科学者にとって大事なことは、健康とともに文化の多様性を守るために科学ができることを提示することだ。新型コロナについての論文が1万に近づいているということは、世界中の科学者が科学研究でこのウイルスに立ち向かっていることだ。今の時点で、この1万編の論文とそれぞれの経験から何を提言できるかが問われている。
これらの論文に接しておれば専門外の私でも、コロナ以降の世界に必要な新しい技術が想像できる。3密やsocial distanceは旧来の感染症の知識から導かれる指標で、そこから一つの文化が生まれることは否定しないが、それだけでは人類文化の多様性は維持できない。専門家委員会には世界から尊敬される科学者も入っている。その人たちの意見が全く見えずに、「感染をおそれよ」というメッセージ以外出てこないのは、おそらく全てを役所が仕切ろうとしているからだろう。今こそ科学者は科学者としてもっと発言すべきだと思う。
「批判だけでは何も出ない」という声が聞こえるので、次はポストコロナを支える技術として私が期待している候補を解説することにした。乞うご期待。
2020年5月5日
当たり前のことだが妊娠は体の代謝を大きく変化させることから、女性には大きな負担を強いる。特に、インシュリン抵抗性が高まることから、妊娠を繰り返した女性は、糖尿病のリスクが高くなる。しかしうまくできたもので、授乳を続けることでこのリスクが軽減されることも知られている。
今日紹介する韓国のKAISTからの論文はこのメカニズムをマウスモデルを用いて解析した研究で4月29日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lactation improves pancreatic b cell mass and function through serotonin production (授乳は膵臓β細胞量と機能をセロトニン合成を通じて改善する)」だ。
まず出産後授乳で子供を育てた女性と、授乳しなかった女性を対象に、出産後2ヶ月、および3.6年でブドウ糖負荷試験などを行い、2ヶ月目ではほとんど差がないのに、3.6年目には大きく耐糖能が改善していること、そして様々な指標から、この改善は膵臓ベータのインシュリン分泌機能が改善したことによることを明らかにする。
ここまでが人間での研究で、あとはマウスを用いた研究を行い、
授乳によりβ細胞の量が増加し、インシュリン分泌能が上がる。 この効果は、プロラクチンによりセロトニンのβ細胞内合成誘導に起因する。 β細胞でのセロトニン合成を阻害すると、授乳の効果はなくなる。 セロトニンはインシュリン合成に伴い合成される活性酸素を直接賦活化することでβ細胞を守る。
と結論している。
拍子抜けするほど単純な話だが、これが本当だと、β細胞のセロトニン合成能力を誘導してβ細胞を守る可能性が生まれるように思う。実際実験では、アロキサンのようなβ細胞毒からセロトニンが細胞を守ることを示しているので、1型、2型ともにこのルートで病気を抑えられるか研究が進むことを期待する。
2020年5月4日
私たちの脳の多くの領域は視覚の処理に向けられている。パソコンに向かっている自分の脳を考えてみるだけでも、当然のことだと思う。いつも驚くのは、極めて大きなダイナミックレンジを持つ光の量を、的確に調節している点で、これが形の認識と同じ回路でできるわけはない。実際には、光の量を感じて瞳孔の調節を行い、視覚にとっての最適な光量を維持することが重要になる。このプロセスに、光を直接感じることができる網膜ガングリオン細胞が重要な役割を演じていることはこれまで何回かこのブログでも紹介してきた(例えば:https://aasj.jp/news/watch/7543 )。
今日紹介する米国ノースウェスタン大学からの論文は光を感じるガングリオン細胞(RGC)に関する研究で、5月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A noncanonical inhibitory circuit dampens behavioral sensitivity to light (特別な抑制回路が光に対する行動の感受性を低下させている)」だ。
メラノプシンなど光を感じる粒子を持っているRGCは、光を感じて他の神経を活性化する興奮性神経として研究されてきた。ただ、視覚には必ず抑制性の回路が必要であることが知られており、RGCにも同じように抑制機能を持つ部分が存在するのではないかと着想し、調べたのがこの研究だ。
抑制性RGCを特定するために、GABA合成に関わる酵素Gad2陽性のRGCを、遺伝子操作を用いてラベルし、抑制性RGCが存在するのか?投射する脳領域はどこか?について検討し、間違いなく光を感じるRGCが存在し、像の認識には関わらない、上視覚交叉核を始めいくつかの領域に投射していることを確認している。
あとは、遺伝子操作法で特定した抑制性RGCが、本当にGABAを分泌して抑制神経としての機能を持っているのか、光遺伝学と脳のスライス培養を組み合わせて確認している。
その上で、最後に抑制性RGCでGABA合成を止めた時に、何が起こるかマウスの行動解析で調べている。
これまでの研究で、光を感じるRGCがなくなると概日周期への調節能が失われることがわかっていたが(https://aasj.jp/news/watch/8959 )、抑制性のRGC機能が喪失しても周期自体は保たれる。また、暗い部屋での瞳孔拡大や、行動性などほとんど変化がない。
しかしよく調べると、1.5ルックスという弱い光の部屋では、行動性が低下し、また光が弱いのに瞳孔が散大しにくい。さらに、弱い光の中でも概日周期がシャープに維持されることもわかった。
以上が結果で、ネズミの話が私たちにも当てはまるかどうかはわからない。薄暗い中で必要なこの機能を私たちがどれほど維持できているのか、ぜひ知りたいと思った。
2020年5月3日
多くの医学雑誌は現在新型コロナウイルス感染論文で溢れかえっているが、もちろんこれ以外の面白い研究は今も発表し続けられている。この非常時の中にも維持される常態こそが科学の力になる。実際、研究が止まってもこの常態を維持することは可能だろう。大手メディアはコロナについての番組で埋め尽くされているし、SNSでも同じ状況だ。かく言う私も、コロナ関係の論文紹介は、SNSにもアナウンスすることにしているが、元科学者として常態の維持に協力することが重要で、自宅にこもる時期だからこそ、ゆっくり科学のトレンドを考えたいと思っている。
そんなとき、阪大の岡田真理子さんから頼まれていた講義が中止になったので、ぜひ正常な生活を維持してもらう意味で、内容を拡大して「Abiogenesis」と言うタイトルで、38億年前に地球に生命が誕生する条件についての研究紹介を3回に分けて準備し、Youtubeで配信することにした(https://www.youtube.com/channel/UC1WeyfqdOM5GYCm7QObRpjQ/featured )。本来は阪大の学生さん向けに準備したが、せっかくなのでオープンにしている。明日で最終回になるが、この機会に大学のカリキュラムとしては扱いが少なく、普通は考えないことを考えてみるきっかけにしてほしいと思う。またロックアウト中に、椛島さんに頼まれた皮膚科の講義も作ろうと思っているので、これも公開することにする。
と長い前置きになったが、今日紹介したいのは生命の誕生とは全く関係のない認知症の話で、APOE4の変異が認知症の原因になる一つの要素が脳血管関門が局所的に破壊されると言う面白い観察だ。タイトルは「APOE4 leads to blood–brain barrier dysfunction predicting cognitive decline (APOE4は脳血管関門お機能異常を誘導し認知機能の低下をきたす)」だ。
APOEには3種類のアイソフォームが存在し、それぞれのアイソフォームは様々な形でアルツハイマー病など認知症に関わっている。例えばクライストチャーチ型変異を持つAPOEによって、アミロイドがどれほど蓄積しても認知症状が出ない老人がいることを示した論文を以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/11677 )。また、 APOEのε4変異はアルツハイマー病の原因遺伝子として知られている。
この研究ではε4のバリアントを持つAPOE(APOE4)とε3バリアント(APOE3)を持つ患者さんを集めて、造影剤を用いるDCE-MRIというMRI検査を用いて脳の血管機能、特に脳血管関門が壊れていないか調べている。
結果は、APOE4を持つ人だけ、不思議なことに海馬および海馬傍回と呼ばれる場所だけで、血管関門が壊れて造影剤の漏れが見られることを発見する。結果はこれだけだが、
この漏れの程度は、海馬や海馬傍回の萎縮を伴い、認知機能と相関する。 しかし、AβやTauなど他のアルツハイマー分子の蓄積との相関は全くない。 一方、関門破壊の指標となる脳脊髄液中のPDGFRβの量と相関する。 関門の破壊は血管周囲細胞のAPOE4シゲに下流に存在するサイクロフィリンA経路を介するMMP9の発現が主要な要因になっている。
人間のMRI検査から様々な可能性を探った、現象論的研究だが、APOE4による認知症は従来のアルツハイマー病とは異なる可能性を示唆しており、重要だ。さらになぜAPOE4が海馬や海馬傍回特異的に関門を破壊するのかなど重要な問題が生まれたと思う。