2018年7月20日
ガンではDNAのメチル化やヒストンによるエピジェネティック機構が大きく変化しており、これを標的にガンを制圧しようと様々な薬剤が開発されている。ただ、ガンに特異的な薬剤というわけではなく、治療の切り札というには程遠い。そんな中、最近DNAメチル化阻害剤がガンの免疫誘導性を高めることで、ガンに効くのかもしれないという論文が現れて来た。
今日紹介するハーバード大学からの論文も同じ系統の話で、ヒストンの脱メチル化に関わるリジン特異的ヒストン脱メチル化酵素LSD1がガン免疫のアジュバント効果があるという話で8月9日掲載予定のCellに発表された。タイトルは「LSD1 Ablation Stimulates Anti-tumor Immunity and Enables Checkpoint Blockade(LSD1除去により抗ガン免疫が刺激され、チェックポイント治療が有効になる)」だ。
この研究では、ガン細胞の免疫原性を高めるようなエピジェネティック制御に関わる阻害剤をメラノーマ細胞でスクリーニングし、LSD1阻害剤やLSD1ノックダウンにより内因性のウイルスの発現が高まり、インターフェロンの産生が高まることを見出している。結局これがこの研究のハイライトで、あとはLSD1を阻害することでなぜガンのインターフェロン産生が高まるのかを調べ、実際に生体内でのガン免疫反応にも効果があるかを粛々と調べた結果が並ぶ。
メカニズムについてまとめると次のようになる。LSD1が内在性のウイルスの発現を抑制することはよく知られているが、この機能が阻害される事で内在性ウイルスの転写が始まり、ウイルスの二重鎖RNAが細胞内に蓄積する。二重鎖RNAは当然ウイルス感染が起こっているとして細胞内自然免疫系に察知され、インターフェロン産生など自然免疫系が刺激されるが、まさにこのウイルス感染と同じ状況がLSD1阻害により起こる二重鎖RNAの蓄積で誘導されているというシナリオだ。これに加えて、LSD1は二重鎖RNAを分解するRISCシステムのDicerの脱メチル化を高め、二重鎖RNAを分解するが、これが抑制されることでRNAの蓄積がさらに高まり、自然免疫を強く刺激することも示している。
要するに細胞内で働くCpGアジュバントと同じ効果があるという話なので、次に本当にガン免疫を誘導できるか調べている。使ったメラノーマは転移性が高く、免疫原性が低い細胞株だが、LSD1をノックアウトした細胞は免疫にキャッチされ、増殖が抑制される。さらに、抗PD1抗体によるチェックポイント治療とLSD1のノックアウトを組み合わせると、さらに延命効果が上がるという結果だ。
LSD1抑制により、内在性ウイルスの転写が活性化され、それがアジュバントの作用をすると言う話は面白く、今後利用する可能性はあると感じる。ただ、生体内での実験が全て遺伝子ノックアウトで行われているのは気になる。臨床のことを考えると、当然化合物を使うはずで、これに対する化合物は数多く存在する。なのに使わないというのは、副作用が強すぎるのか、免疫に影響があるのか、研究としては中途半端だ。さらに、PD1抗体を使っているわりには、根治が全くないのも気になる。
今後は、臨床側でもっと細工をしたほうが良さそうだ。LSD1に変異のあるガンでは確かに予後がいいことも示していることから、ヒトでも使えるはずだ。とすると、CpGアジュバントと組み合わせてガン内に徐放マトリックスとともに投与して見たら面白そうだ。RISCをブロックするなら、余計にCpGの効果が上がる可能性もある。是非トライして欲しい。
2018年7月19日
この3年ほどは、原則として我が国の研究施設から発表された論文は紹介を控えている。と言うのも、我が国からの仕事はメディアが紹介する。逆に、メディアの報道は我が国の研究にほとんど限られているため、世界を見渡すと言うことがないので、あえて世界が見えるように論文紹介するよう心掛けている。現在騒がれている研究力の低下も、論文を毎日読んでおれば当然のように感じるが、情報をメディアの論文紹介に頼る限りまず感じることはできないと思う。おそらく役所はいまでも新聞などメディアで報道されたことを研究助成申請書に添付するよう求めていると思うが、百害あって一利なしだ。
しかし今日は、久しぶりに我が国からの論文を紹介したい。私の全く専門外の植物学分野で、調べたところまだメディアでは取り上げられていない。東北大学と名古屋大学が共同で行ったイネの冠水抵抗性についての研究で7月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ethylene-gibberellin signaling underlies adaptation of rice to periodic flooding (エチレンジベレリンシグナルがイネの冠水への適応の背景に有る)」だ。
この研究では、イネの中には水に沈むと、すぐにそれ以上に成長して水上に顔を出す種類があることに着目し、この遺伝的背景を特定しようとしている。
すこし脱線するが、今週号のCellに金沢大学と神戸大学が共同で、シジャクモのゲノム解析の論文を発表している。こちらは、水中植物が陸上へ進出する過程を探るゲノム研究で、植物の成長ホルモンの話など大変勉強させてもらったが、膨大なので紹介をためらった。しかし、ほぼ同時に2編の植物と水に関する論文を眼にすると、植物分野では我が国も独自の着眼点で頑張っている人たちがいると心強く感じた。
本題に戻ろう。この研究では様々な種類のイネを水に沈めた後、一週間で茎が伸びることが出来たかどうかを指標に、SNP解析を行いこの形質に関わる遺伝子の特定を試み、まず第一染色体上の領域を決定、そこから連鎖解析で絞り込んでジベレリン合成に関わるSD1遺伝子に到達している。そしてSD1遺伝子が欠損したイネに遺伝子を導入する実験から、たしかにこの遺伝子が水に沈んだ刺激で茎を伸ばす遺伝子であることを確認している。
次に、SD1の様々なタイプを比較し、この形質に関わる他の遺伝子SK1/SK2が存在する条件でC9285と名付けた系統が最も強い反応を示し、これが水につかった刺激でSD1の発現が高まることによることを発見する。
そして水でなく、植物に様々な影響を持つエチレンによりこの反応が誘導できることを明らかにし(なぜエチレンにすぐ行くのかは門外漢には分からない)、冠水の影響がエチレン受容体を介することを示したうえで、SD1のプロモーターの内の13bpがこの反応に関わることを特定している。その上で冠水によるジベレリンの合成経路を調べ、冠水により普通は働きの少ないGA4経路が活性化し、ジベレリン合成が高まることを明らかにしている。冠水から成長刺激までのシナリオが完成した。
そして最後に、このSD1発現調節のC9285の冠水抵抗性変異のルーツを調べ、洪水の多いバングラデッシュの冠水に強い野生種から選択され栽培されるようになった事を明らかにしている。
冠水抵抗性に着眼し、ゲノムと機能についてオーソドックスに迫った良い研究だと思う。金沢、神戸大学のCellの論文も合わせ、植物分野の活躍が印象づけられた。
2018年7月18日
ダーウィン進化の原動力を超単純化して説明するなら、集団内の多様性の出現と、環境への適応による自然選択で新しい種が生まれると言っていいだろう。ダーウィンの頃最も説明が難しかった、集団内での多様化の出現は、ゲノムを解読できる今、全く当たり前のことになっている。しかし、何が自然選択の圧力になっているのかを決めるためには、その種の生態を深く理解することが必要で、そのような研究に対しては我々のような素人はただただ感心するだけだ。
今日紹介するヤママユガの後羽根から突き出た長い尾羽根の進化に関わると考えられる自然選択圧についてのBoise州立大学の研究はそのような典型で、生物学の原点が観察にあることを教えてくれる研究だ。タイトルは「The evolution of anti-bat sensory illusions in moths (ガのコウモリの感覚を欺くための進化)」だ。
ヤママユガには数多くの種類が存在するが、中に後羽根から長く突き出た美しい尾羽根を持つガが存在する。これらのガはゲノムに基づいて幾つかの族に分類できるが、長い尾羽根は決まった族に存在するのではなく、ほぼ全ての族で現れていることから、それぞれの族の中で独自に現れると考えられる。
形態学的解析から、この長い尾羽根は飛行のために進化したと考えるより、ガの天敵であるコウモリをだますために、一種のおとりとして使われているのではないかと着想した。まさに、観察に基づいた着想が自然選択圧力を特定するためには必須であることがよくわかる。
そこで、コウモリにガをアタックさせ超感度高速カメラで追跡する実験を行い、長い尾を持つ方がコウモリのアタックから逃げる確率が上がることを確認している。しかしコウモリは超音波でガを認識しているはずで、どんなに長い美しい尾羽根を持っていても、視覚的にだまされるはずはない。しかし、アタックを分析すると長い尾羽根を持つガに対してはコウモリは確かに尾羽根を狙ってアタックしている。
次に今度は尾羽根を完全に切ってしまったり、短くしたりした後、コウモリがガの前か後かどちらにアタックをかけるか調べ、尾がなくなっても飛行にはあまり影響ないのに、コウモリのアタックは前の方に集中するようになることを示している。すなわち囮として機能している。
尾を長くしてきた選択圧は、コウモリの攻撃になる。コウモリが超音波を使って標的を決めると考えると、長い尾は動かすことで超音波を乱して、そちらの方にアタックを誘導すると結論している。アタックで後の尾が切れても命に別状はないので、コウモリの攻撃にさらされる種では、ゲノム進化とは全く別に、独立して尾羽根が長くなったという話しだ。この独立して生まれた長い尾羽根の背景にどんな遺伝的変異があるのか、興味は尽きない。
2018年7月17日
ガンに対して様々な新しい治療方法が開発されているが、あまり一般には紹介されていないのが、腫瘍溶解性ウイルスを用いる癌治療だ。ヒトの細胞に感染して細胞を殺すことができるウイルスは、腫瘍溶解性ウイルスとして発展する可能性を持っている。すなわち、何らかの方法で腫瘍細胞だけに効果を示すように改変することが出来れば原理的に腫瘍細胞をすべて消滅させられる。ただ、ウイルス自体にそこまでの効果がなくとも、一部のガン細胞を融解させる事で、免疫反応を誘導してガンを免疫的に消滅させることも出来る。
そんなウイルスの一つとして期待されているのが、ポリオウイルスで、セービンらによって開発されたポリオの生ワクチンをベースに使う腫瘍溶解性ウイルスだ。このポリオ生ワクチンのリボゾーム侵入サイト(IRES)をライノウイルスに置き換えたのが、今回使われたウイルスで、神経細胞の障害性が抑えられ、グリオーマで増殖して溶解できるようになっている。また、もともとポリオウイルスはCD155を細胞内への侵入に使うことから、CD155の発現の高いグリオーマへの特異性はさらに高まっている。これに加えて、ウイルス増殖によりインターフェロンの産生を高め、炎症が高まり、免疫反応を誘導できると考えられている。
まあ講釈は別として、大事なのは実際に効果があるかだ。今日紹介するデューク大学からの論文はこのポリオウイルスを用いたグリオブラストーマ治療の第1相の臨床試験で、7月12日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Recurrent Glioblastoma Treated with Recombinant Poliovirus(再発グリオブラストーマを組み換えポリオウイルスで治療する)」だ。
この第1相治験の第一の目的は、ウイルス投与の安全性だが、もちろんその効果を知るのも重要な目的になっている。61人のステージ4の患者さんが選ばれ、様々な力価のウイルスを腫瘍内に投与して感染させている。実際には腫瘍にカテーテルを挿入し、なんと6.5時間かけて少しずつウイルスを投与している。
結果だが、確かに頭痛、目眩などの副作用は見られ、また投与後に脳出血をきたしたケースも存在するが、ウイルスが神経細胞へと感染したり、ウイルス性の神経病変誘導される心配はないようで、極めて悪性のガンに対する治療としては許容範囲の副作用と判断しているように思う。
結果だが、コントロールに選んだ無処置の患者さん104人と比べ、50%の患者さんが亡くなる時間で見ると、コントロールが11.3月に対してポリオウイルス投与群が12.5月と、一ヶ月の延命効果に見える。しかし、死亡曲線を見ると、確かに80%の治療群は、コントロール群と殆ど同じ死亡曲線を示して亡くなっていくが、なんと残りの20%は5年まで全く再発なく経過していることがわかった。すなわち、生存率が20%になる18ヶ月目を超えた患者さんは、再発が起こらないという驚くべき結果だ。例えば4年目で見たとき、コントロール群は生存率が2%なのに、ポリオウイルス投与群では21%、そしてこの21%は5年目も維持されているという結果だ。これに対し、コントロール群で5年目まで生きた人は0だった。
話はこれだけだが、結果としては勇気づけられる。今後効果がなかった患者さんの詳しい検討を行って、もっと多くの人に効果を示すプロトコルの開発が必要になる。今のところ誰に効果があるのか予測は難しそうだが、それでも2割が5年生存するとなると、期待出来る方法が現れたと言っていいいだろう。
2018年7月16日
ヘルペスウイルスは感染後発病に至らなくてもホストの細胞の中で、ウイルスエピゾームとしてほぼ一生残存する。ホストのゲノムの中に組み込まれる場合も報告され研究されているが、基本はウイルスゲノムは独立して潜在する。最も有名なのが帯状疱疹で、神経根に住み着いたウイルスが、ホストディフェンスの低下により急に現れ、特に高齢者では大きな問題になる。このヘルペスウイルスの仲間の一つがサイトメガロウイルスで、我が国の成人の8割程度に潜在的に感染しているのではないだろうか。高齢者や医療により免疫機能が低下した場合、様々な病気を引き起こす。
2015年1月、このブログで人間で200項目もの免疫指標を網羅的に調べたスタンフォード大学からの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2743)。この論文で最も驚いたのが、サイトメガロウイルスの遷延感染の有無によって私たちの免疫機能が大きく変化することを示すデータだった。その時は、あまりポジティブには取らず、ウイルスの遷延感染により免疫能力がそちらに向けられてしまうのかなどと勝手に解釈していた。
ところが今日紹介するアリゾナ大学からの論文はサイトメガロウイルス(CMV)が老化による免疫能力の低下を抑える良い働きをしている可能性を示唆する研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Lifelong CMV infection improves immune defense in old mice by broadening the mobilized TCR repertoire against third-party infection(一生涯続くCMV感染は他の病原体の感染に対して誘導できるT細胞レパートリーを拡大して老化マウスの免疫抵抗力を高める)」だ。
断っておくが、この研究はマウスの、極めて特異的な感染モデルを用いており、本当にヒトでも当てはまるのかはわからない。しかし、現象自体は面白い。
このグループはおそらくCMVの感染の影響について長年研究してきたのだと思う。20週目のマウスにCMVを感染させて20ヶ月齢になるまで待ち、老化マウスの免疫機能がCMVの遷延感染によりどう変化するか見ている。
免疫機能については、一つの抗原に対するCD8T細胞の反応に絞って見ている。
病原体としてはマクロファージに寄生するリステリアを使っているが、リステリア自体の抗原に対する反応を見るわけではなく、リステリアにニワトリ卵白アルブミンの一部のペプチドを発現させ、それに対するT細胞反応だけを見るという系を用いている。
実験では、それぞれのマウスからこのペプチドと結合したクラスI抗原に反応するT細胞をセルソーターで集め、その細胞が発現しているT細胞受容体の遺伝子配列を比べ、反応するレパートリーの違いを調べている。
詳細を省いて、結論をまとめると次のようになる。
1) マウスでは、老化とともに抗原に反応するT細胞受容体のレパートリーが限られて来る。この系統のマウスでは、TRBV12-1遺伝子を持った少数の細胞クローンに絞られる。ところが、CMV遷延感染動物では、正常の若いマウスと比べても、様々なレパートリーのT細胞が反応している。
2) このペプチド抗原に反応するレパートリー全体の多様性を調べると、老化により低下するのをCMV感染が防ぎ、やはり正常の若いマウス以上のレパートリーが反応してくる。
3) このレパートリーが老化しても維持される一因は、老化に伴うT細胞レパートリーの減少がCMVで防がれることにある。
4) ただ、それ以上にCMV感染により多くのT細胞レパートリーが満遍なく誘導でき、偏りが生じないことが大きく寄与している。
5) とはいえ、刺激前のレパートリーはすべてのマウスで同じで、この差はCMV感染を持っていると、誘導されるT細胞レパートリーの偏りを抑える抗原刺激が可能になる。その結果、普通なら反応の弱い変異抗原に対する反応性も維持される。
以上が結果で、なぜこうなるかは分からないが、CMV感染が一つの抗原に対して多くのT細胞クローンを誘導する事に寄与し、クローンが制限されるため、感染源側の変化に対応できないという状態を防いでいるという結論になる。
もしこれが全ての抗原でも当てはまり、またヒトでも当てはまるなら、極めて重要な現象になる。特に、ガンのネオ抗原に対する免疫を考えると、多くのクローンが反応できる方が望ましい。ぜひ、CMVに感染しているガンの患者さんと、感染していない患者さんで、免疫チェックポイント治療の効き方を調べる調査をしてほしいと思う。
2018年7月15日
社会が健全であるためには、常に新陳代謝が必要で、若い人が活躍するには、年寄りが引退する仕組みが必要だ。これは身体も同じようで、2015年3月、老化した細胞を除去することで、身体機能を上げることができることを報告した論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/3057)。
今日紹介するメーヨークリニックからの論文は、この研究の続きで、前の論文で開発した薬剤が、身体の機能を若返らせるだけでなく、寿命を延ばす効果まで証明した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Senolytics improve physical function and increase lifespan in old age (老化細胞融解剤は老化マウスの身体機能を改善し、寿命を延ばす)」だ。
以前の研究を思い出すと、老化した細胞が生存するメカニズムを追求し、多くのキナーゼに阻害効果があるダサニティブと、抗炎症効果があると一般薬として普及しているクエルセチンの組み合わせが、老化細胞を除去する効果があることを発見し、この薬剤投与により実際老化マウスの心臓機能が改善することを示した論文だった。
今回の論文では、老化細胞が全身に及ぼす効果、そしてダサニティブ+クエルセチン(D+Q)の寿命延長効果を明らかにすることが目的になっている。
まず老化細胞の身体に及ぼす影響を調べる実験系として、体外に取り出した前脂肪細胞に放射線照射により老化を誘導し、この細胞を若いマウスの腹腔内に移植して老化が起こるか調べている。ちょっと驚くべき実験系だが、なんとたった100万個の放射線照射した細胞を移植するだけで、歩く速度が低下し、バーにぶら下がるグリップ力が低下する。さらに、老化が始まったマウスに同じ細胞を移植した場合でも、身体機能がさらに低下するだけでなく、驚くなかれ死亡時期が早まる。
移植により、炎症状態が誘導され、また様々な代謝ストレスへの抵抗性が失われるが、これは移植した脂肪細胞への免疫反応でないことは、免疫不全マウスへの移植で確認している。と言っても、自然免疫系については検討できていない。
最後に、放射線照射脂肪細胞の移植による老化を以前の研究で特定したD+Qが止めることを確認した上で、比較的寿命の長い方のB6マウスが20ヶ月齢に達してから、D+Qを2週間に一回投与を続けると、平均で寿命が60日延長(このマウスの平均寿命は930日なので、6%延長と考えていい)、様々な病気になる確率が減り、身体機能もある程度改善するという結果だ。これがマウスだけの話でないことを示すため、ヒトの腹腔内の脂肪組織を用いてD+Qが老化細胞を除去できていることを示している。
以上が結果で、中年以上になれば2週間に一回間欠的にD+Qを投与すると、元気で長生きできるかもしれないという結論だ。おそらく、かなりの高齢者を対象に治験を計画しているように思うが、ダサニティブが抗がん剤として使われており、ある程度の副作用が予想されると思うと、間欠的に投与すると言っても、二の足を踏む人が多いのでは無いだろうか。少数の老化細胞を局所に移植するだけで、全身の効果があることも含めて面白い研究だが、私自身がヒトでの効果を知るまでいきていられる可能性は低いと思う。
2018年7月14日
白血病も含めて、ガンは突然変異が積み重なってできることは、現在では専門家だけではなく、一般の人々にも広く知られた現象だと思う。しかし、私自身がこれを実感したのは、広島の放射線影響研究所のレビューに行って、さまざまな症例を見せていただいたときだ。おそらく、この研究所に集められた膨大なサンプルと、年々高齢化が進む被爆者の方々のゲノム検査が行われれば、ガン、特に白血病の発症予測に、我が国でしかできない貢献ができると思う。残念ながら、被爆者の方々のゲノム研究がどれほど進んでいるのか把握できていない。
もちろん、ガン発症予測のためのゲノムコホート研究は世界中で行われている。今日紹介するカナダ・英国を中心とする国際チームからの論文は、ゲノムコホートから白血病予測に役に立つ検査データを探し出し、白血病リスクを正確に予測しようとする研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Prediction of acute myeloid leukaemia risk in healthy individuals (急性骨髄性白血病のリスクを発症前に予測する)」だ。
私のような老人では、生きてきた時間分細胞に突然変異が蓄積しており、さまざまなガンのリスクが高まっている。中でも、毎日自己再生を繰り返している血液幹細胞の白血病と言える急性骨髄性白血病(AML)の発症率は年齢とともに上昇し、65歳以上では骨髄移植治療が難しいため、治療の難しいガンになっている。もし、もっと早い段階で診断ができればなんとか手が打てうるのではと誰もが考える。
この研究では、コホート研究中にAMLを発症した人の、コホート開始時の末梢血のDNAと、それ以外のコホート参加者の末梢血DNAの中から、これまでAMLに関わるとしてリストされている遺伝子群を濃縮した後、低い頻度で存在している変異を十分検出できる方法を用いて比べている。この結果、AMLを発症した人の実に73%の人がAMLにつながる変異を、数年も前から持っていること、また正常の人でもなんと36%が血液中に変異を持って少し増殖が高まっている血液のクローンが存在することがわかる。
初めて聞くと驚くのだが、同じ話は既に何回も報告されている。この研究では、AMLの発症に一つ一つの変異がどう関わるかを詳細に検討し、ゲノムレベルのリスクを計算できるようにした後、これらのリスクを一般的な血液検査結果と相関させられるか、患者さんの電子データを用いて調べている。しかし、誰もが思いつくような白血球数などは、AMLに関わる遺伝子のどれかに変異があって、少数のクローンの増殖が高まっていても、末梢血の白血球数にはほとんど反映されない。色々粘った結果だと思うが、最終的に赤血球の大きの分布の幅(RDW)がAML発症と相関することを発見する。この検査は貧血検査として行われており、考えてみると造血が乱れている指標として使うのはなんの不思議はない。
あとは、さらに大きな検査データのデータベースからAMLを発症した人を抽出し、その人たちのRDWを追跡すると、発症の数年前にRDWが急に増加していることを発見する。あとは、機械学習ソフトを開発して、AML発症一年前に25%の確率で予測可能なAIモデルを完成させている。
話はこれだけで、今後まだまだ診断率を上げる可能性があると思う。最初ゲノム研究かと思って読んだが、実際はゲノムの話が全くなくてもひょっとしたらできたかもしれない仕事だという印象を持った。しかしこれは結果論で、AML発症した人の、発症までの経過をゲノムを通して詳細に調べることの重要性は明らかだ。いずれにせよ、25%のハイリスク群が特定できることで、新しいコホートが行われるだろう。期待したい。
2018年7月13日
人間を精神の発達の結果として捉えた科学者の中ではフロイトが最も有名だろう。多くの著書があり、日本語にも訳されている。脳科学の発達した今、新しい脳科学の結果を頭に入れてもう一度読み直してみると、文章をそのまま読むよりはるかに納得できる。そんなわけで、フロイトを脳科学的に捉え直してみることを一度大胆にも試みたことがある。顧問先のJT生命誌研究館のウェッブサイトに2回に分けて書いたもので、少し難しいかも知れないが興味があれば是非読んでほしい(フロイトの意識と自己 第1回
http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000008.html、第2回
http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000009.html)。
このブログではフロイトの「自我とエス(中山元訳ちくま学芸文庫)」から引用した一文
「個人の発展の最初期の原始的な口唇段階においては、対象備給と同一化は互いに区別されていなかったに相違ない。のちの段階で性愛的な傾向を欲求として感じるエスから、対象備給が生まれるようになったと想定される。最初はまだ弱々しかった自我は、対象備給についての知識を獲得し、これに黙従するか、抑圧プロセスによってこれから防衛しようとする。・・・・少年の成長について簡略化して記述すると、次のようになる。ごく早い時期に、母に対する対象備給が発展する。これは最初は母の乳房に関わるものであり、委託型対象選択の原型となる。一方で少年は同一化によって父に向かう。この二つの関係はしばらくは並存しているが、母への性的な欲望が強まり、父がこの欲望の障害であることが知覚されると、エディプス・コンプレックスが生まれる。」
(注:ここで備給と訳されているのは、ある対象で心が占拠されることを意味し、ドイツ語ではBesetzung:わざわざ普通使わない単語を使うのが我が国の翻訳の重大な問題で、例えばunderstandingを悟性などと訳してしまうことで、古典を読む意欲を削いでしまう)
「乳児期に口唇を通して頭に描く母のイメージ」から、より高次な認識力の発展とともに,新しい自己の表象が形成される過程を描いているが、わかりやすく書き直すと、
「赤ちゃんは最初唇を通してしか外界を感知できないため、最初の自己はこの感触との関係で形成される。従って、当然母の乳房が世界の全てになる。そこに、手や足、匂い、音を通して新しい世界が開け、最後に視覚を通して世界が見える。そのため、常に、新しい外界のイメージをそれ以前に形成した自己と統合し、自我が形成されるが、その時母のイメージはまず身体を通して形成されたため、高次の感覚から形成された父親のイメージと対立する、性的な対象として確立してしまう」
といったところだろうか。
この話は、たとえば乳児が示す、唇に触れたものを追いかける口唇反射を見ると納得できるが、これを脳波で確かめたワシントン大学からの論文がDevelopmental Scienceに先行出版された。タイトルは「Neural representations of the body in 60-day-old human infants(60日齢の子供の脳に形成された身体の表象)」」だ。
研究は極めて単純で、60日目の乳児の脳波をとりながら、左手、左足、そして上唇をタッチセンサーを兼ねた棒で触る。その時の脳の反応を比較的簡単な脳波計で調べている。答えも簡単で、それぞれの場所を触られた時だいたい0.2秒ほどで反応が得られるが、反応の強さは唇の刺激が他の刺激と比べて圧倒的に強く、電位差にして2倍以上の反応が記録できる。脳の局在については、手はすでに右脳に投射されているが、他の場所はまだはっきりしない。
フロイトの言う口唇期の脳がはっきりとわかる結果だが、大人の感覚野を表現している脳内の小人の姿の中で、唇があれほど大きな場所を占めている理由もよくわかった気がした。この単純なイメージがどう発達するのか、ぜひ経過を見たいと思うとともに、子供の発達障害も、科学的治療を開発する余地が多く残っていることを確信した。
2018年7月12日
ゲノム解読により、私たちのゲノムの半分以上が様々なトランスポゾンと呼ばれる染色体を動き回れる可能性がある遺伝子断片で占められていることがわかった。機能はまずありそうにないように見えたので、ジャンクDNAとして分類され、基本的には染色体を動き回って悪さをしないようにすぐ不活化されると考えられて来た。ところが、最近になって、トランスポゾンも発生に必須ではないかとする研究が発表されるようになってきた。昨年9月、受精卵が胚盤胞に発生する際、LINE-1トランスポゾンの発現が高いまま維持されたり、或いは2細胞期で抑制されたりすると発生が進まないというNature Geneticsの論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/7308)。これは、LINEが発生初期のクロマチン再構成のオーガナイザーとして働いているからだと解釈されている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文も、2細胞期からの発生でのLINEの機能を調べた研究と言えるが、結論はずいぶん違っている。とはいえ、LINEがこのプロセスには必須であるという点では同じ結論だ。タイトルは「A LINE1-Nucleolin Partnership Regulates Early Development and ESC Identity(LINEとNucleolinは協調して初期発生とES細胞の維持に関わる)で、7月12日号のCellに掲載された。
昨年9月に紹介した研究では、2細胞期でLINEが最も発現が高まりその後急速に低下することに注目して研究が行われたが、この研究ではES細胞の核内でLINE遺伝子から転写されたRNAが強く発現していることに注目し、ES細胞のLINEをアンチセンスRNAで抑え、その機能を探るところから始めている。すると、ES細胞の増殖が低下し、2細胞期特異的に発現する多くの遺伝子の発現が著明に上昇することがわかった。すなわち、LINEはジャンクではなく、転写されてES細胞の増殖を促進し、2細胞期特異的に転写される遺伝子を抑制していることが明らかになった。
これがわかると、あとは探偵小説と同じで犯人探しを行えばいい。もともとこのグループは、この分野の知識が豊富だ。オーソドックスな方法で犯人を追いつめている。まず、2細胞期特異的な遺伝子発現を誘導することが知られているDuxの発現を調べると、LINEを抑えることで強く上昇しており、LINEがDuxを抑えて、2細胞期の転写全体を抑えて、4細胞期へのシフトを誘導する役割があることがわかる。一方、LINEによる細胞増殖の促進については、Duxとは無関係で少し手こずったが、最終的にリボゾームRNAの合成に関わる遺伝子を誘導して、増殖を側面からサポートしている事が明らかになった。すなわち、LINEは別々に、一方では抑制因子、もう一方では促進因子として働いている。
最後にではLINEがDuxを抑制し、rRNAの合成を高めるメカニズムについて調べ、転写されたLINE―RNAがNucleolinとKap1転写因子と結合して、DuxとrRNA遺伝子に直接結合し、Duxの転写は抑え、rRNA遺伝子の転写を高めることを明らかにしている。トランスポゾンから転写されたRNAがNucleolinとKap1遺伝子に結合し標的遺伝子調節領域に結合するとは、まるでCRISPR/Casを思い出させるが、逆になるほどと納得できるシナリオだ。いずれにせよ、LINEがホストを助けているのか、ホストがLINEをうまく使っているのか、ジャンクとして片付けることはもうできないことは明らかだ。
このシナリオは、今後初期胚発生の研究にも多くのヒントを与えている。事実、LINEを抑えると、ES細胞を基底状態にもって行くことができることが、この研究で示された。違う側面から、多能性の維持について、新しい方向の研究が出てくる気がする。
2018年7月11日
パーキンソン病の原因を突き詰めていくと、特にドーパミン神経に特異的な原因で起こっているようには見えない。なのになぜドーパミン神経が選択的に変性しやすいのかは昔から重要な問題だった。これを説明する最も重要な現象は、ドーパミン神経が他の神経細胞とは異なり、心臓のペースメーカー細胞のように自発的に興奮を繰り返していることだ。そして周期的にチャネルを通して流れこむカルシウムが、このペースメーキングに関わるとともに、ミトコンドリアでの活性酸素を高めるため、他の細胞より変成しやすいのではと考えられて来た。この考えのもと、現在isradipineを呼ばれるカルシウムチャネル阻害剤を用いて、この活性酸素産生を抑える臨床治験が進んでいる。この治験結果が明らかになれば、この可能性が確かめられるのだが、実際にはこの治験の背景になっている、ペースメーキングに伴う細胞内へのカルシウム流入が、本当にミトコンドリアを刺激して活性酸素を出させて、細胞死を誘導するのか実験的にまだ明らかになっていない。
今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文は、この治験の妥当性をあらためて確かめる論文で、6月号のJournal of Clinical Investigation に掲載された。タイトルは「Systemic isradipine treatment diminishes calcium-dependent mitochondrial oxidant stress (isradipineの全身投与によりカルシウム依存的ミトコンドリアの活性酸素ストレスを軽減する)」だ。
この研究ではまず、ドーパミン神経の自発的ペースメーキングと樹状突起のカルシウムの周期的振動とが関連していることを、カルシウムイメージングと、膜電位の両方を同じ神経細胞で調べるパッチクランプ法を開発して調べている。この結果、ペースメーキングとカルシウム流入の振動は同期していること、そしてカルシウムの振動にはCav1.3チャネルが関わることを明らかにした。
その上で、Cav1阻害剤isradipineを加える実験を行い、Cav1阻害によりドーパミン神経でのカルシウムの振動を半分以下のレベルに抑制することができるが、膜電位の周期的興奮は影響されないことを見出している。すなわち、israpdipine処理は、ドーパミン神経の振動的興奮に必要なカルシウム振動は維持してドーパミン神経の機能を維持しつつ、Cav1を介する大きなカルシウム振動を抑えることで、ミトコンドリアを変性から守っている事を強く示唆している。そしてisradipinをマウスに投与することで、活性酸素のストレスを軽減し、オートファジーによるミトコンドリアの変性を抑制、最終的に黒質のドーパミン神経だけでミトコンドリアの変性が止まり、ミトコンドリアの大きさと数が増加している事を明らかにした。
以上の結果から、動物実験レベルでは間違いなく、カルシウムの大きな振動的変動が、ドーパミン神経特異的な変性の原因になっている事を示唆し、現在進んでいるisradipinの治験が論理的には正しいことを強調している。とすると、現在行われている治験結果に期待を寄せることができそうだ。もし現在の治験がうまくいかなかっても、原理は確かめられているので、例えばよりCav1.3に特異性の高い阻害剤を開発するなど同じ方向でパーキンソン病の進行を遅らせる方法を開発できる可能性も十分あると思う。
しかしいくつか問題がある。まず、症状が出始めた時には、かなりの数のドーパミン神経が失われている。このようなケースでも進行を遅らせることができるのはよくわからない。もう一つは副作用だ。実際の患者さんに使うとなると、この実験での投与期間とは比べ物にならない長期の投与が必要になる。これによる副作用がでないことも切に願っている。