10月24日:統合失調症の理解を深める拡散テンソル画像検査(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)
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10月24日:統合失調症の理解を深める拡散テンソル画像検査(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2017年10月24日
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私が学生だった時代、統合失調症を理解するために、患者さんとの会話を通じて病気が発症する要因を探り、それを取り除く社会精神医学という分野についての本が多く出版されていた。中でもRD レインの「引き裂かれた自己」やH グリーンの「デボラの世界」を夢中で読んだのを覚えている。結局精神科医を目指すことはなかったが、学生時代に読んだ多くの精神医学の本は、私自身の文科系指向の根っこにあるように思う。しかし、最近の論文を読んでいると、統合失調症の理解に、解剖学やゲノム科学、さらには新しい技術を用いた人間の行動記録が欠かせないことがはっきりわかる。特に最近、脳内の各領域の結合性を調べる拡散テンソル画像検査が可能になって、統合失調症の背景に前頭前皮質や側頭葉を中心とする脳内各領域のネットワークを維持する神経結合の異常があることがわかってきた。ただ、これまでの研究のほとんどが少数例で、また検査方法もまちまちで、この方法を疾患の診断や、病態理解に使うためには、標準化のための共同作業が必要だった。

今日紹介する世界各国29施設の協力による論文はこの拡散テンソル画像解析をなんと2000人近い統合失調症の患者さんと2000人を超す正常人で行い、その差を調べた研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載された。我が国からも、生理学研究所や大阪大学が参加している。タイトルは「Widespread white matter microstructural difference in schizophrenia across 4322 individuals: results from the ENIGMA schizophrenia DTI working group(4322人の解析から明らかになった統合失調症での広範な白質微小構造の違い:統合失調症DTIワーキンググループENIGMAの結果)」だ。

私も含めて、結果の詳細を完全に理解するのは難しい。ただ、定性的な理解とはいえ、統合失調症が確かに脳のネットワークの異常を背景に持つことはよく理解できたので、以下のようにまとめてみた。

1) 調べられた25箇所の領域のうち20箇所でFraction Anisotoropy(FA)と呼ばれる方法で定量できる神経の方向を持った結合性が低下していることが、大規模試験で確認され、統合失調症が脳領域の神経結合の低下を背景としていることが明らかになった。中でも、脳梁を介する両方の脳半球の結合低下が最もハッキリしている。今後、今回大規模かつ詳細に検討された結合性の低下と、症状との対応関係を調べることが重要になる。例えば視床と脳皮質をつなぐ放射冠の減少は幻聴などと対応できる。
2) FAの低下で見る限り、女性患者の方が低下の程度が強い。
3) 症状の程度と領域間の結合性の低下は平行する。特に脳梁、内包、視床での変化との相関が強い。
4)FA低下に対する有病期間、治療、生活習慣などの影響は少ない。すなわち、診断的価値も高い。
要するに、大規模調査で神経結合を反映するFA値を統合失調症の診断や理解に使える値として使えるところまで持ってきたという研究で、今後はこの結果と、患者さんの脳の解剖学的変化を対応させること、そして精神医学的症状と対応させることが必要だろう。

最初社会精神医学の話を出したが、この考えを信奉する多くの医師は主に政治的な理由で、統合失調症は社会が誘発する病気で、遺伝的、器質的疾患とすることを完全に拒否していた。統合失調症を社会的差別から守ろうとしての考えだが、やはり政治的理由で一つの病気を断じるのは間違っていた。現代では、器質的変化を認めた上で、社会の役割など多くの要因を総合的に考え、差別を排除することが普通になっているだろう。卒業して45年になるが、この分野の著しい進展を実感している。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日:医学的原因が不明な現象:妊娠経験のある女性から男性への輸血の危険性(10月17日号米国医師会雑誌掲載論文)

2017年10月23日
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「研究が進めば進むほど謎が深まる」ことは普通のことだが、それでも論文を読んで分かったという気になることの方が多い。これは、生命科学の研究論文が 一定レベルの因果性についての説明を目標としているからだ。もちろんその説明が正しいかどうかはさらに研究が必要になる。そんな一つの例が、以前から医療現場で指摘されてきた女性から輸血を受けると死亡率が高いという観察だ。さらに、女性というだけでなく、妊娠経験のある女性から血清ごと輸血を受けると危険性が高まるという論文が発表され、妊娠により誘導された抗体やリンパ球が輸血された人に悪さをするのではと納得していた。

今日紹介するオランダ・ライデン大学を中心にした論文は、赤血球から白血球も取り除いて免疫機構が関与しにくいオランダの輸血システムでもこの問題があるのかを調べた大規模調査で10月17日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association of blood transfusion from female donors with and without a history of pregnancy with mortality among male and female transfusion recipients(輸血を受けた男女の死亡率と女性輸血ドナーの妊娠経験の相関)」だ。

研究はシンプルで、オランダの大きな医療組織6カ所で初めて輸血を受けた患者さんの記録を2005年から、2015年まで10年にわたって調べ、単一のドナーから輸血を受けたケースを拾い出して、ドナーの性別、女性の場合は妊娠経験と、輸血を受けた後約1年目の死亡率を病気や死亡原因に関わらず算定している。したがって、ほとんどは輸血が原因で死亡したとはされていないと思う。

現代の医学で輸血を受けるということ自体が深刻な事態であることを反映して、単一ドナーからの輸血を受けた患者さんの1年目の死亡率は17%と高い。その中で、死亡率が統計的に間違いなく高いといえる組み合わせは、妊娠経験のある女性から男性の組み合わせであることが明らかになった。
内訳を詳しくみると、50歳以降に輸血を受けた男性ではほとんど死亡率は上がらず、若い患者さん、特に17歳より若い場合はオッズ比で、単一ドナー複数回輸血で1.65、単一ドナー一回輸血でなんと2.84に上昇している。

以上が結果で、妊娠経験のある女性の血液を50歳までの男性に輸血すると死亡率が高まること、白血球を除去する操作で血清の持ち込みが低い今回の研究でも確認されるため、この現象を単純に抗体や混じっているリンパ球のせいにすることが難しいことが明らかになった。

では何が原因か?例えばドナーが鉄欠乏症に陥っている確率が高いことや、赤血球自体に男女差があるのかなど様々な可能性は考えられるが、謎は深まるばかりだ。

ただ妊娠経験のある女性からの輸血はできるだけ避けるとなると、病気の我が子への母親からの輸血ができなくなる。悩ましいところだ。現実的には、母親から輸血するとちょっと副作用が高いことを念頭に置いて、父親など代わりがあればそちらを選ぶが、止む上ない場合はお母さんからの輸血を躊躇する必要はないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日:p53機能を復活させる創薬(Natureオンライン版掲載論文

2017年10月22日
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Ras分子と共に、多くのがんで変異が見つかるのがp53だが、前者はガンのドライバーで増殖を促進する一方、p53は増殖抑制するガン抑制遺伝子として知られる。変異により機能を失うことで増殖抑制のはずれるガン抑制遺伝子の治療にはその機能を回復させることが必要になる。この目的で、遺伝子治療に期待が集まっているが、これまでの研究で詳細が明らかになったp53のユビキチン化による分解を行う主要分子MDM2機能を阻害して、p53分解を抑える方向の創薬開発も進められている。

今日紹介するのはCancer Research UK傘下のバイオベンチャーCRUK Therapeutic Discovery Laboratoriesを中心に、英国の大学、そしてアメリカのバイオベンチャーが協力してp53活性を上昇させる化合物を特定した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Molecular basis of USP7 inhibition by selective small-molecule inhibitors(特異的低分子阻害剤によるUSP7阻害の分子基盤)」だ。

まずタイトルにあるUSP7について説明しよう。P53はMDM2によりユビキチン化され分解される。このMDM2が自分でユビキチン化して分解されるのを脱ユビキチン化して防ぎ、p53の脱ユビキチン化にも関わる2面性を持った脱ユビキチン化酵素がUSP7だが、がん細胞を用いた研究からUSP7を阻害してMDM2が分解されれば、p53の分解は押さえられることがわかっている。またユビキチン化経路は創薬標的となることがわかってきたため、多くの製薬会社がUSP7阻害剤の開発に関わってきている。

この研究グループの用いた方法は極めてオーソドックスだ。まず、アメリカのFORMA Therapeuticsの持つ50万の低分子化合物をユビキチン化阻害アッセーを用いてスクリーニングし、2種類の化合物がヒットしてきている。そのうちFT671はナノモルレベルの阻害活性を持ち、38種類の脱ユビキチン化酵素のパネルで調べると、USP7特異的であることがわかった。

次に、FT671が結合したUSP7を結晶化して構造解析を行い、詳細は省くが、なぜFT671が高い親和性を持ち、またUSP7特異的なのかを明らかにしている。おそらくこのデータは、今後この分子をさらに効果の高い薬剤へと仕上げるためには重要な役割を果たすと思う。

さらに念の入ったことに、構造からわかったUSP7部位の変異体を作り、USP7が作用するメカニズムを解明するとともに、確かにFT671がUSP7の不活性化型から活性化型への変化をブロックすることを確認している。

その上で、これまでUSP7をノックダウンすると細胞の増殖が止まるがん細胞株を用いて、このリガンドがp53の発現量を回復させ、下流の遺伝子が活性化され、増殖を抑えることができることを示している。また、毒性も確かめるために、マウスにガンを移植して、ガンの増殖は抑制されても1ヶ月経た段階ではマウスに毒性は見られないことを示している。

示されたデータをみると、増殖抑制効果は完全でなく、この治療だけでは再発すると思うが、ドライバーとガン抑制遺伝子に対する同時治療という見地からは大きな前進だと思う。これほどオーソドックスな方法で見つかるなら、多くの製薬企業でも開発できているはずで、多くのガン患者さんに使われる日を期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日:ゲノムによる発ガンの疫学(10月18日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年10月21日
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現役の頃、上海であった会議の後、中国の医学研究者達と一緒に、先日地震で大きな被害を受けた九寨溝や黄龍を駆け足で回ったことがあるが、九寨溝から黄龍までの途中の峠に大きな漢方薬の材料を得る店があり、一緒に旅行した近代医学の先頭に立つ研究者達も、結構真剣に冬虫夏草や様々な薬草を買っていたのを見て、漢方薬が中国に根付いていることを認識した。今中国や香港では、漢方薬にわざわざ医薬品を混ぜて効果を上げた製品が売られているのが問題になっているが、長年治療に使われてきた薬草の多くは、伝統に根付いた安全性があると確信されているようだ。

しかしすぐに副作用が現れず、伝統でも安全性を保証しきれない薬草もある。そんな一つが、2003年に台湾で腎不全という重大な副作用が指摘され使用が禁止されたウマノスズクサ科の植物だ。ただ副作用の原因として特定されているアリストロキア酸(AA)はDNAに特徴的な突然変異を誘発して、膀胱や尿道ガンを起こすことも分かっており、台湾での膀胱癌の大多数はこのAAが原因とされている。今日紹介するシンガポール大学と台湾・長庚大学からの論文は代謝経路にある肝臓にもAAの影響があるのではないかを調べたゲノム疫学研究で10月18日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Aristolochic acid and their derivatives are widely implicated in liver cancers in Taiwan and throughout Asia(アリストロキア酸とその誘導体は台湾及びアジア全体の肝臓ガンに関係している)」だ。

ガンゲノム研究の大きな成果は、ガンに見られる突然変異のパターンから、その成立機序がわかることだ。これまでの研究で、AAによる膀胱癌や尿道ガンの塩基変異の特徴が分かっている。今回ゲノムが調べられた台湾の肝がん患者さんでは、なんと78%がこの変異の特徴を持っており、変異の種類に基づく主成分解析で、一般の肝がんではなく、尿道ガンに近いクラスターに属することが確認された。
その上でこの特徴を持つ肝臓ガンの頻度を各国で調べると、中国でも4割以上、南アジア各国で6割程度、さらにベトナムでも2割程度の肝がんにこの特徴が見られている。一方幸いなことに、我が国ではほとんどこの特徴は存在しない。もちろん米国やヨーロッパも同じだが、米国での中国人患者さんでは2割近い頻度で見られることが示された。このことは、中国の伝統に根付いた薬草であるため、中国人の多い地域、あるいは文化の影響が強い地域でこの問題が発生しているのがわかる。
膀胱癌や、尿道ガンではAA自体による変異誘導が発ガンの原因になっているが、肝がんではどうか知るため、ガンのドライバー遺伝子や、ガン抑制遺伝子上でAAによる変異があるか調べたところ、多くの遺伝子の変異でこの特徴が見られることから、発ガンの危険因子として考えるべきだと結論している。
話はこれだけだが、アジア各国でガンゲノム解析が進んでいることがわかるとともに、確かにゲノム疫学研究が面白い領域になっているのを実感した。実際、薬草でも食品でも、あるいは放射線被曝でも長期的影響を調べるのは簡単でない。それをゲノムから疫学的に解析できるようになると、実験室と疫学フィールドの直結した面白い分野に発展すると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日:なぜ夕暮れでも真昼でも本を読めるのか(11月2日号Cell掲載論文)

2017年10月20日
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歳をとると目の調節機能が落ちてきて、あまり明るい場所や、暗い場所で本を読むのが難しくなる。幸い、タブレットやKindleなど一定の光量で活字を読むことが可能になって、本当にありがたく思っている。しかし改めて考えると、私たちは昼から夜まで、大きな輝度の変化に対応して、視覚の感度を調整できるのには驚く。カメラを例えに言うなら、全体の光量を感知して、画像センサーの閾値を普段に調整している。この輝度センサーに当たる細胞が15年前発見されipRGCと名付けられた。

これまで、ipRGCはカメラの輝度センサーと同じで、広い輝度のダイナミックレンジをカバーして、視細胞を調節していると考えられてきたが、今日紹介するハーバード大学からの論文はこの考えを覆した研究で11月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「A population representation of absolute light intensity in the mammalian retina(哺乳動物の網膜で光の絶対量は集団的に表象されている)」だ。

多くの細胞を同時に記録する方法が全盛のこの時代に、この研究では一個一個のipRGCを丹念に記録する方法だけを用いている。しかし、考えてみると網膜は複雑な組織で様々な細胞が入り混じっており、この方法が最も信頼できる。さらに、光を感じる時の変化を安定な信号に変えて次のシナプスに伝達する軸索でのシグナルを明確に区別することも重要になる。

この研究ではipRGCに特異的に発現するメラノプシンを発現する細胞を蛍光ラベルで特定し、一眼について一本づつ、ipRGC軸索のシナプス端末近くでパッチクランプよう電極で興奮を記録している。これだけで、途方もない努力であるのがわかる。パッチ電極を設置後、網膜にゆっくり段階的に輝度を上昇させた光を照射し刺激に対する反応を調べると、 1)輝度の上昇に対するipRGCの反応パターンはほぼ同じだが、反応が始まる輝度はまちまちであること、
2)それぞれは輝度に対する感受性に応じた閾値にに達すると活動を停止するが、また暗くなって自分の感度に戻ってくると活動を始める、
ということがわかった。すなわち、同じダイナミックレンジの広い輝度センサーで調節する代わりに、異なる閾値を持った細胞集団で広い輝度レンジをカバーしていることがわかった。

この発見がこの研究のハイライトで、これは一本の神経を丹念に記録することでしかわからない。あとは、それぞれの神経が光による刺激に極めて敏感に反応することで、一定の輝度に達すると軸索のナトリウムチャンネルを抑えるように働くこと、この閾値はメラノプシンの産生量によること、このシステムのおかげで高輝度の光で全ての神経が過分極することなく、急に周りが暗くなっても、これまで抑制されていた神経が活動できることなど、詳しい特性を明らかにしているが、詳細はいいだろう。数理が全く使われず、素人にもわかりやすい力作だと思う。


もともと神経生理学は一本の神経の活動を記録することから始まったが、この伝統を守りつつ、新しい方法を取り入れて領域が急速に進歩していることがよくわかる。いずれにせよ、視覚認識の仕組みを知れば知るほど、それを記憶できている自分の脳に驚嘆する。
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10月19日:脳内の2領域の活動を電磁場でシンクロさせて結合を高める(10月9日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年10月19日
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今週「レナートの朝」の著者・オリバー・サックスが書いた、「音楽嗜好症」という本を読んだが、この中に雷に打たれた後、急に音楽に目覚め、ピアノが弾けるようになった整形外科医の話が紹介されていた。この例は、私たちの脳がもつ隠された能力を、外部から電気的な刺激で解放できることを示している。事実、2014年9月に紹介したように、頭蓋の外から電磁波を照射して脳機能を操作する研究が急速に進んでいる(http://aasj.jp/news/watch/2132)。私たちの神経がvoltage gated channelによって興奮する性質を考えるとこのような可能性が追及されるのは当然のことだが、これまでの研究では特定の場所一箇所に刺激を与えた後、脳機能を調べるというのが普通だった。ただこの方法だと、刺激された領域とつながる領域が全て変化させられ、特定の領域間の結合のみを特異的に高めることは難しい。

これに対し今日紹介するボストン大学からの論文は、神経結合があることがわかっている脳の2領域を同時に刺激して同期させたり、同期を阻害することで領域間の結合をポジティブにも、ネガティブにも特異的に操作できることを示した研究で10月9日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Disruption and rescue of interareal theta phase coupling and adaptive behavior(領域間のΘカプリングを混乱させたり復活させて適応行動を操作する)」だ。

この研究では、情報に合わせて行動を適応させる反応が起こる時、同じΘリズムで同期する内側前頭皮質と(MFC)、外速前頭皮質(LFC)を選んで、電磁波で刺激し、刺激の適応行動への効果を調べている。刺激はΘリズムと同じ6HZの電磁波を用いるが、それぞれの領域を同じ位相の電磁波で刺激するグループと、位相が逆の電磁波で刺激するグループに分けている。前者では両領域の活動リズムの位相の同期は強まり、後者の場合は同期が阻害される。

この処理を20分続けた後、1.7秒のインタバルを「早い、遅い」という情報に従って正しく推定するゲームを行わせている。このゲームでは、正しい推定ができるまで、早い、遅いと情報を与えてフィードバックを行うが、この時MFCとLFCがΘリズムで同期することがわかっている(この研究でも確認している)。従って、もし両領域を位相をそろえたΘリズムで同期させれば、フィードバックを助けることになり、逆位相の刺激で同期を阻害するとフィードバックが邪魔され正解が出にくくなると予想される。

結果は予想通りで、位相をそろえた電磁波で刺激すると、テストの成績は上がり、逆の位相の刺激を与えると、間違いが増え、最後はやる気をなくしてしまう。さらに、逆の位相の刺激を与えて、両領域間の同期を阻害し、課題がうまくできないようにした後、強制的に電磁波で位相を同期させると、課題を処理する能力を回復させることも示している。

この研究では、行動テストだけで刺激の効果を判断しているため、本当に解剖学的に結合性が上昇したのかなどは分からない。しかしここまで期待通りの結果が出ると、今後MRIの検査などを用いた研究が行われるのも時間の問題だろう。 残念ながら、現在はまだ操作のしやすい、前頭前皮質の領域の刺激が行われているが、今後感情に関わる辺縁系や脳幹など脳の深い領域の刺激が可能になると、自閉症などの結合性を変化させ、社会性を回復させる可能性も出てくるのではないかと、私は大きな期待を寄せている。 最初に述べた例のように、電磁波を用いて能力開発が可能になることがわかってくると、遅かれ早かれ実際の臨床応用に踏み出すだろう。計画どうり安全にこのような脳操作が可能なら、発達障害などの治療には確かに朗報だが、倫理的な問題も間違いなく生じる。何が正常で、何が異常かを含め、そろそろ脳操作についての倫理問題を議論する時期が来たと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日:抗PD-1抗体治療経過を徹底的にモニターしてみる(11月2日号Cell掲載論文)

2017年10月18日
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メラノーマ治療からスタートし、抗チェックポイント治療は今や様々な腫瘍治療の中心の地位を占めつつある。ただ、効くか効かないかは出たとこ勝負という予測不可能性の問題は今も解決できていない。要するにガンに対する免疫反応が枯渇するのを止める治療と考えられるので、PD-L1などのリガンドをはじめ、キラーT細胞マーカーなどを指標として効果を予測する論文が多く発表されているが、まだまだ決め手に欠けるのが現状と言えるだろう。とすると、多くの患者さんで、治療前後の免疫反応や、ガン側の変化を徹底的に調べたいところだが、患者さんの協力を得ることは簡単ではなかった。

今日紹介する米国スローン・ケッタリングガン研究所からの論文は、なんと68人もの患者さんの協力を得て、抗PD-1抗体を用いたチェックポイント治療の、治療前、治療中のガン組織をいただいて、その組織を様々な角度から徹底的に調べた研究で、11月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Tumor and microenvironment evolution during immunotherapy with Nivolumab(ニボルマブによる免疫治療中の腫瘍とその環境の進化)」だ。

このニボルマブは我が国ではオブジーボとして今最も注目されている抗PD-1抗体だが、この研究では治療前、および治療開始後1ヶ月目に腫瘍組織をバイオプシーで採取、ゲノムや遺伝子発現について詳しく調べている。対象となった患者さんの半分は、すでにもう一つのチェックポイント治療抗CTLA4抗体治療を行って効果がなかったためニボルマブに切り替えた患者さんが使われている。

治療効果だが、全く効果なしが半数、ガンは縮小しないが大きさは安定しているグループが3割、そして残りの2割で1ヶ月後ですでにニボルマブの効果が見られている。これは他のデータとほぼ一致している。この治療効果と相関するガンおよび周囲組織の構成を、ゲノムと遺伝子発現から調べたというだけの研究だが、これだけの症例から組織を集めたことが重要だ。詳細を省いて、重要な結果だけを箇条書きにまとめると、

1) これまでの報告と同じで、メラノーマのゲノムの変異が多いほどニボルマブの効果がある。
2) ニボルマブの治療の効果がある患者さんでは、ガンの突然変異や変異の結果起こるガン抗原の数は著しく低下する。すなわち、変異を持つガンはほとんど免疫反応で除去される。一方、効果のないグループのガンでは突然変異の数が増える。
3) 周囲細胞を含んだ組織の発現遺伝子を比べると、効果が見られるガンでは免疫や炎症反応に関わる遺伝子が発現している一方、低下するのはガンの増殖に関わる遺伝子。
4) T細胞受容体CDR3領域の配列からガン組織に浸潤しているT細胞のレパートリーを推定できる。このレパートリーは、治療に反応する人ほど多様で、また効果がある人では特定のレパートリーが増加していることが明らかになった。また、抗CTLA4療法を既に受けた効果が得られなかった患者さんの多くは、抗体治療にもかかわらずT細胞が増殖できず枯渇したことで治療が失敗しており、これをニボルマブで増強できることも示している。

例えばエクソームにしても150coverageのレベルで解読するなど、徹底的なデータ集めがされており、協力した患者さん共々頭が下がるが、まとめてしまうと、
T細胞はガン特異抗原が多いほど多くのクローンが反応し突然変異を持つガンを叩く結果、逆に残ったガンの突然変異は減るように見える。したがって、ニボルマブ治療1ヶ月目で、突然変異が減っていなかったら、効果はないとして治療を打ち切る方がいい。一方、抗CTLA4治療が効かない場合も、ニボルマブが効く人が2割はいると思って、薬剤を切り替えることも問題ない。できれば、ニボルマブ治療前にエクソームを徹底的に調べて、突然変異の数やT細胞レパートリーを調べることは効果予測に役立つが、絶対ではない。
など、まあ常識的な結論で終わっている。しかし、集められたデータは貴重で、ぜひ多くの医師や研究者に活用して欲しいと思う。

実際に患者さんを見ている医師が、診療の中から思いついたヒントをこのようなデータベースを用いて確かめるようにする訓練が必要な時代が来たと思う。
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10月17日:熱いお風呂は顔面や心臓の発生異常の原因になるか?(10月12日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年10月17日
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現役時代、私たちの重要な研究対象だった神経堤細胞は、神経管で誕生した後、長い移動を経て様々な臓器に落ち着き、形態形成に関わる。体の中で最も複雑な形態を示す顔の骨や筋肉はすべて神経堤細胞がそれぞれの場所に移動して形成されるし、複雑な発生過程が必要な心臓にも移動して様々な場所で形態形成に関わる。この過程の異常の一部は遺伝的要因が特定されているが、ほとんどが発生過程でのアクシデントで起こることがわかっている。この危険因子の一つとして、母親の発熱が知られており、さらに感染による発熱だけでなく、熱いお風呂に入ることも神経堤細胞由来器官の発生異常が起こることも報告されている。

今日紹介するデューク大学からの論文はこの熱による神経堤細胞の発生異常のメカニズムを解明した研究でで10月12日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「Temperature activated ion channels in neural crest cells confer maternal fever associated birth defect(温度で活性化される神経堤細胞のイオンチャンネルが母親の熱による出生異常が誘導される)」だ。

発熱による発生異常のメカニズムを調べるため、著者らは神経堤発生研究に伝統的に使われてきたニワトリをモデルとして選び、まず発生過程で一過性に高温にさらすと、顔面と心臓の奇形が多発することを明らかにした。

この原因が、神経堤細胞に発現している熱に反応して開くカルシウムチャンネル( TRPV)が刺激される結果ではないかと考え、ニワトリ神経堤細胞での遺伝子発現を調べ、TRPV1,TRPV4の2種類が発現し、温度を40度にあげるとチャンネルが活性化することを突き止める。また、刺激実験からニワトリだけでなくマウスの神経堤細胞でも両方のチャンネルが働いていることを確認している。

次に、チャンネルの阻害剤を用いて、熱による奇形を防げないか検討し、TRVP4は正常の神経堤細胞発生過程でも働いており、阻害するだけで奇形が出ること、一方TRVP1は正常発生には働いていないが、阻害剤で胎児を処理することで熱による奇形の発生を完全ではないが抑えることができることを示している。

最後にTRPVを刺激すると奇形が発生するのか調べるため、凝った実験系を用いている。すなわちTRPV1、TRPV4に鉄結合性のトランスフェリンを結合させ、電磁場で活性できるようにした遺伝子を合成(http://aasj.jp/news/watch/5022参照)し、この遺伝子を発生中の胎児に導入して、任意のステージでにTRPVを遠隔操作で活性化できる系を確立している。この系で発生中の胎児を電磁場に晒すと心臓、顔面の奇形が発生することが確認された。

以上の結果は、神経堤細胞の発生中に熱にさらされるとTRPV1,4が活性化し、心臓や口蓋裂などの顔面奇形が発生する可能性を明確に示している。残念ながら、TRPV活性化が神経堤細胞の何を変化させるのかは全く不明のままだが、おそらく胎児の発生異常防止に関して重要な貢献ではないかと思う。 これまで、高い温度のお風呂は妊婦さんによくないことは知られていたが、その理由が子供の奇形を誘発する可能性があるからということは考えられていなかった。もしこの論文が正しければ、妊娠12週までは熱い風呂に入るのは我慢した方がいいことになる。我が国は特に風呂が生活に根付いている。しかし奇形が減るなら、妊娠が疑われたら3ヶ月間はぬるい風呂か、シャワーで我慢しても何の問題もないだろう。
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10月16日:思い込みから副作用が生まれるメカニズム:良薬(と思えば)口に苦しの脳回路(10月6日号Science掲載論文)

2017年10月16日
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10月5日に紹介した強迫神経症のように、人間でしか研究ができない脳研究のテーマは数かぎりない。今日紹介するハンブルグ大学からの論文はそんな極め付けの例で、よくこんなテーマを選んだと感心した。タイトルは「Interaction between brain and spinal cord mediate value effects in nocebo hyperalgesia(脳と脊髄の相互作用により知覚過敏症の価格依存的ノセボ効果が生まれる)」で、10月6日号のScienceに掲載された。

思い込みで薬の効果が生まれるプラセボ効果はほとんどの人に馴染みがあると思うが、タイトルにあるノセボ効果は馴染みが薄いかもしれない。これはプラセボの逆で、何も入っていない偽薬でも投薬を受けたと思うだけで、副作用が出ることを指す。従って、新しい薬剤やワクチンの治験では、プラセボ効果と共に、ノセボ効果が同時に調べられている。

この研究では、健康な人にアトピーに対する2種類のクリームの安全性を調べる試験を行うという設定にしている。使うクリームは偽薬だが、パッケージだけを変えて一目で値段が安い、あるいは高いと思わせるよう仕向けている。次に、被験者にコントロール(含まれる成分は同じ)とノセボの両方を腕に塗ってもらって、ノセボと比較させるが、最初ノセボの方を少し熱くしておいて、ノセボの方が知覚過敏を誘導しているという先入観を与えておく。

こうしてノセボに対する先入観を植え付けておいて、次に同じノセボを今度は温度をコントロールと同じにして腕に塗り比較させるが、この時脳と脊髄の機能的MRIを同時に撮影、皮膚の痛み感覚神経の活動と、脳の活動を測定し、脊髄での痛み感覚にクリームの値段に関する知識がどのように相互作用するか調べている。

簡単な話に聞こえるかもしれないが、実は脳と脊髄のMRIを同時に撮影することは簡単でなく、この測定方法を開発したことがこの研究の最も大きなハイライトだ。

さて、結果だが、ちょっと温度を変えるだけでノセボ効果を誘導することができる。この研究では、このノセボ効果が、値段が高いクリームという思い込みによってより強まり、感覚過敏も長く続くと訴えることを明らかにしている。このように、私たちはちょっとしたきっかけで、薬に対する思い込みを形成してしまい、これが副作用の訴えにつながることがはっきりした。さらに、値段が高いと、よく効く成分が含まれており、副作用も強いと考えてしまうことも確認された。

この時、機能的MRI検査を行うと、腕の感覚神経が走る第6頚椎(C6)レベルの脊髄を含め様々な場所が活動しているのを捉えることができるが、値段に対する思い込みで最も差が出るのが、C6脊髄の中央後ろ側、中脳の水道周囲灰白質(PAG)、そして前帯状皮質(ACC)で、C6とPAGはノセボ効果と比例する一方、ACCの活動は反比例することがわかった。

この結果は、値段が高いという思い込みは、ACCの活動を抑え、その結果抑制が外れたPAGの活動が上昇して、C6感覚に強く介入するというシナリオを示唆している。

「良薬口に苦し」ならぬ、「良薬と思えば口に苦し」の回路が明らかになった。この回路は、これまでのプラセボ効果研究で明らかにされていた回路で、ノセボに関わっていると聞いても特に驚きはないのだが、実際の中枢神経活動の差として示されると、副作用の評価がいかに困難かよくわかる。
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10月15日:指紋の一致は本当に動かぬ証拠か?(米国科学振興協会レポート)

2017年10月15日
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ニュース以外あまり一般TVを見ることはないが、刑事ドラマだけは別だ。特に、ミステリーというより、あまり難しくない気楽なドラマの方が好きで、何と言っても「ながらテレビ」に向いている。ドラマではもちろん犯人特定には鑑識が活躍する。最近はDNA鑑定がよく登場するが、見ながらいつも「実験は適切に行われているの?」「裁判員がDNA検査が絶対と思うのは危険だ?」などとブツブツ言ってしまう。そんな私も、「指紋が一致した」と鑑識報告が来るシーンには何の違和感も感じない。はっきり言って、絶対と思ってしまっている。

この誰もが「絶対」と考えてしまう指紋の信頼性にすらメスを入れ、議論を重ねた9月15日発表の米国科学振興協会のレポートが発表されたので紹介する(https://www.aaas.org/report/latent-fingerprint-examination)。

このレポートは180ページを越す大部なもので、私も全部読み通すほどの時間はない。とはいえ、最初のサマリーと、提言を読むだけでも、採取した指紋の信頼性を敢えて問うことで、裁判における科学のあり方を問い続ける米国の司法の健全さが浮き彫りになるレポートなので、このサワリ部分を紹介する。

1:この調査が始まった経緯。

  吐き気を抑える薬剤(Bendectin)の催奇形性をめぐって争われた裁判で(1993)、米国最高裁は、法廷での科学的エビデンスとは何かを定義するが、本当に裁判官が何が科学的エビデンスかを判断できるのか、議会をはじめ様々な批判が湧き上がった。この問題に答えるため、法廷で用いられる科学的エビデンスについての再検討が始まり、指紋も聖域視されずに専門家委員会が設けられ、議論することになった。

2、議論された問題と、それに基づく提言

I. 指紋は個人特定方法として信頼できるか?
指紋自体は、親族間ですら重複のない、科学的個人特定手段として認められる。しかし、指紋の違いを定量化することはできておらず、検査官の能力に依存している。

提言:存在する指紋データに基づいて、指紋の一致度を定量化する方法の開発が急務。

II 指紋が残った条件、採取までの時間などで予想される指紋の変化。

指紋が残された時の条件により、指紋が変化することは科学的に研究され、様々な変化を受けるにしても信頼できる判定が可能なことは証明されている。ただ、この変化により検査官が判定を間違う確率についてはほとんど研究されていない。

提言:残された指紋の変化する条件についてはさらに研究を続け、検査官が間違いを犯す原因を明確にする。

III 自動指紋照合システムの精度を検証する方法はあるのか。

  照合自動化は重要な課題で、現在では大量データ処理に欠かせないが、精度でどうしても劣っていることは認識すべき。

提言:指紋照合を見落としなく、定量的に行う自動システムの改良は急務で、官民が協力してコンペなどを行いながら、開発を進める。

IV 指紋照合への思い込みの影響はないのか?また、それをどう評価するか?

検査官の思い込みが結果に影響することを示す研究は多い。思い込みの原因は多様で、検査官も自覚せず、特定が難しい。

提言:思い込みが起こることを前提にして、鑑識過程をマニュアル化する。例えば、鑑識過程を全く捜査から切り離す。

V 検査官の能力を科学的に評価する方法はあるのか?

検査の精度や解釈は、検査官の経験や能力により左右されることはわかっているが、能力を客観的に評価し、検査官にフィードバックすることはほとんど行われていない。

提言:能力評価のための研究を続けるとともに、様々な間違いが起こることを前提に、定期的評価を行うとともに、司法も人的要因による間違いの可能性を組み込んだ判断が必要。

VI 指紋照合結果についての検査官のレポートの表現法。

「完全な一致」といった絶対的断定が行われやすいが、司法判断の間違いを避けるためにも、定量的な表現法が必要な事は多くの組織から指摘されている。市民も、鑑識結果を動かぬ証拠ではなく、意見として理解すること、指紋が一致しても、他のすべての可能性が確かめられたわけではないことを理解する必要がある。

提言:断定的鑑識報告は慎み、特にそれだけで犯人が特定できるようは表現は慎むべき。また証言するときも、独断を排して率直に答えられる司法システムの改善が必要。そして、裁判員、警官、弁護士、裁判官などが指紋照合結果をどう受け取っているかなどの調査を行い、「科学レポートとしての照合結果」の理解の徹底を図るべき。



まとめると、指紋は個人特定方法として十分科学的根拠はあるが、照合定量化のための世界標準はできておらず、また検査過程及び、解釈過程での間違いの危険があることを十分考慮して司法判断に使うと共に、正確な判断のためにはまだまだ研究する余地があるという結論だ。

この結果を端的に表すのが、提案された照合結果表現方法で、以下に訳出しておく。
「採取された指紋と、OO氏の指紋は、指紋隆線の各部の詳細のほとんどで、異なる個人からの指紋であることを示すに足るだけの違いが認められない。実際には、比較に利用した隆線の特徴が他の個人の指紋には存在しないと言えないことはわかっているが、今回の類似は、自分が見た不一致の比較例から見れば、はるかに一致していると言える」

指紋という、伝統ある個人特定方法ですら常に検証の手を緩めない米国の健全さをあらためて見た思いがする。
カテゴリ:論文ウォッチ