3月9日:ジカ熱感染は明確に胎児発生異常を引き起こす(3月7日The New England Journal of Medicine掲載論文)
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3月9日:ジカ熱感染は明確に胎児発生異常を引き起こす(3月7日The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年3月9日
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   2月3日にジカ熱について緊急に発表された総説をこのホームページで紹介して、病気自体はほとんど風邪程度で終わるが、現在流行している南米で小頭症が増加しており、妊婦の感染による胎児の発生異常が懸念されていることを述べた(http://aasj.jp/news/watch/4806)。この中で、ジカ熱が胎児発生異常の原因かどうかを医学的に確認するのは時間がかかると感想を述べたが、実際にはジカウイルスが確かに胎児発生異常の原因であることを証明するため着々と研究が進み、3月に入って論文が発表され始めた。
   我が国メディアはiPSと関連すれば騒ぐ傾向があり、もっぱらCell Stem Cell6月号に発行される予定の、iPSから誘導した神経細胞にジカウイルスが感染し、感染細胞が死ぬことを示した論文を紹介しているようだ(http://www.cell.com/cell-stem-cell/abstract/S1934-5909%2816%2900106-5)。ただ、この研究から妊娠時の感染により発生異常が起こるとは結論できない。今日紹介する論文はUCLAを中心に行われた、ジカウイルス感染を確認した妊婦を追跡調査したコホート研究で、ジカウイルス感染により胎児発生異常が起こることを初めて医学的に証明した研究と言える。タイトルは「Zika virus infection in pregnant women in Rio de Janeiro-Preliminary report (リオデジャネイロの妊婦さんのジカウイルス感染—予備報告)」で、3月7日号のThe New England Journal of Medicineに発表された。
  この研究は昨年9月から本年2月の間にジカウイルスに感染、ジカ熱を発症したことが確認された妊娠5−38週妊婦72人の胎児の発達状態を超音波検査などで追跡した研究だ。ジカ熱発症については典型的な紅斑が出たかどうかで判断し、ジカウイルス感染は血液や尿中のジカウイルスをPCR検査で確認している。 結果をまとめると次ようになる。 1) 2例が妊娠3ヶ月前に流産。2例が30週後に死産
2) 42例で超音波検査が許諾され、12例(29%)に様々な異常が検出された。
3) 具体的な異常:子宮内での成長の遅れ(5例)、小頭症(4例)、脳内石灰化(4例)、血流異常(4例)、羊水量低下(2例)
4) 経過観察中に超音波診断で異常が見つかっていた6例出産。2例は死産(超音波検査ではいずれも正常)。1例は胎盤不全により帝王切開で出産、大脳萎縮と黄斑萎縮。1例は小頭症。2例は羊水量低下などによる早産、いずれも新生児集中治療。
5)  超音波診断陰性児2例は正常出産。
   この研究ではっきりしたのは、ジカ熱を発症した妊婦の胎児は高率に発生異常を示すこと、小頭症など脳の発達異常の確率が高いこと、胎児脳の異常が見つからなくとも、胎盤の発達異常や血流障害などで、正常分娩ができないケースが高率にあること、超音波診断上の異常は出産後確認できること(すなわち超音波診断は正確)を示している。これはまだ予備レポートで、今後追跡中の全例の出産が終わり、詳しい結果が出ると思われる。ただそれを待たなくとも、ジカウイルスが発生異常を引き起こすという因果性が明確になり、事態は深刻であることがはっきりした。メカニズムはともかく、妊婦がジカ熱にかかることを全力で予防せよと訴える切迫感のある論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月8日:ガンのネオ抗原(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年3月8日
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   プレシジョンメディシンについては何回も紹介したが、個々の病気に関する、主にゲノムの分析結果に基づいて治療を行い、根治を目指す治療だ。例えば、今我が国では抗PD-1や抗CTLA4抗体を用いた免疫チェックポイント阻害治療に注目が集まっているが、現在のところ治療を始める前に結果を正確に予想することはできない。癌に対する免疫が成立していないと、この治療も無力だ。今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、肺ガンについてガンに対する免疫成立を正確に予想するための方法を模索した研究でScienceオンラン版(Science Express)に掲載された。タイトルは「Clonal neoantigens elicit T cell immuneoreactivity and sensitivity to immune checkpoint blockade (ガンクローンに発現するネオ抗原がT細胞免疫とチェックポイント阻害治療の感受性を決める)」だ。
  ガンのエクソーム(タンパク質に翻訳されるゲノム部分の配列)が調べられるようになり、肺ガンでは直接発ガンに関わる変異だけでなく、多くの分子に突然変異が存在することがわかっている。この変異分子が実際にはガン特異的な免疫反応を誘導するネオ抗原として働く。この研究では、腺ガンと扁平上皮ガンのエクソーム検査からネオ抗原として働き得る抗原を探索し、1)個々のガンで平均300近く特定できる、2)ネオ抗原の候補の数が多いほど予後が良い、3)ガン内の多様性が増大するとネオ抗原が多く見つかっても予後が悪い、4)扁平上皮ガンではクラス1組織適合性抗原の発現が低く、ネオ抗原が存在しても免疫が成立しない、ことを明らかにしている。
  ここまではこれまでに報告されていた結果を確認したものだが、この研究では多様性の異なる腺ガンを選び、周りに浸潤しているリンパ球ネオ抗原候補への反応を調べ、実際のネオ抗原としてはたらいているペプチドを特定し、次にこのペプチドと組織適合性抗原とを用いて浸潤リンパ球を染色している。この結果ほとんどのガン細胞が同じネオ抗原を発現している場合、ほとんどのキラーT細胞活性がその抗原に集中するが、ガンの多様性が上昇すると様々な抗原に分散してキラーT細胞が誘導されることを示している。また、ネオ抗原で染色できる浸潤T細胞がPD1抗原をが発現することを証明している。実際の臨床で応用するにはまだまだだろうが、ここまで徹底すればガンのネオ抗原、ガンに対する免疫反応、そしてその質を完全に把握できることを示している。
  ただそこまでいかなくとも、この結果からネオ抗原を指標に見たときガンが多様化していないことが、有効な免疫反応が起こり、チェックポイント阻害治療が効く重要な条件であることがわかる。実地臨床でこれを確かめるため、メラノーマでのチェックポイント阻害治療について調べ、確かに多くのネオ抗原を発現しており、ガンの多様化が進んでいない場合のみ抗PD1や抗CTLA4抗体治療が聞くことを示している。
  少なくともガンのエクソーム検査をまず行ってからチェックポイント阻害治療を行う必要性を強く示唆する結果だが、我が国のエクソーム検査の現状を見ると、ほとんどの医療機関では当分プレシジョンメディシンからは程遠い、当たるも八卦型の治療が行われ、無駄な医療費が空費されるのだろうと思う。コンプリートジェノミックスの知り合いに聞くとガンのエクソーム検査はだいたい10万円前後に収まってきているようだ。だとすると、抗体治療薬の何分の1のコストで投与効果を予想できることになる。   PD1が開発された国で、最もプレシジョンメディシンから外れたガン治療が行われるとは情けない。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日:高脂肪食と腸の幹細胞(3月3日号Nature掲載論文)

2016年3月7日
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    我が国で大腸直腸癌は戦後増加の一途をたどっている。様々な要因の結果と考えられるが、一番大きな影響を持つ要因は、欧米型の食生活が普及し、脂肪を多く取る様になったことではないかと考えられている。これは日本人に限るわけではなく、疫学的研究、及びマウスを用いた研究からも、肥満と大腸癌の相関を示しているが、そのメカニズムについては明らかになっていない。
  今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は高脂肪食の腸管上皮細胞の増殖に及ぼす影響を調べた研究で3月3日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hith-fat diet enhances stemness and tumorigenicity of intestinal progenytors(高脂肪食は腸管前駆細胞の幹細胞性と腫瘍性を促進する)」だ。
  この研究ではまず60%の脂肪が含まれる餌を1年以上投与したマウスの腸管上皮を調べ、幹細胞の数が上昇する一方、絨毛の長さが減少していること、また幹細胞のニッチを形成するパネット細胞が減少していることから、幹細胞のニッチ依存性が低下していることを発見する。ニッチにあまり依存しない幹細胞の自己再生能を確認するため、現慶応大学の佐藤さんが開発した方法で腸管上皮の試験管内増殖を調べると、高脂肪食を与えた腸管細胞の試験管内での増殖能が上昇していることを見つけている。また試験管内での結果に対応して、放射線照射後の長上皮再生能力も、高脂肪食を投与している方が促進している。
  この高脂肪食の効果のメカニズムを調べるため、高脂肪食を投与された腸管幹細胞を分離し、その遺伝子発現を調べると、PPARδ分子により誘導される分子の発現が上昇し、その結果Wntシグナルが増強することで自己再生のが上がることを見出している。ただこの点については、現象論で、完全に証明できているわけではない。とはいえ、PPARδ遺伝子をノックアウトしたマウスを用いた実験から、確かに高脂肪食の効果がPPARδを介していることは確認できていると言える。
最後に高脂肪食を投与したマウスの腸管では、悪性度は低いものの上皮異形成が頻発することに注目し、Apc遺伝子が欠損すると、幹細胞だけでなく、少し分化した前駆細胞も高脂肪食に反応して増殖力が促進して腺腫を形成することを見つけている。
  以上、高脂肪食投与により、1)PPAEδを介して幹細胞のWntシグナルが上昇し自己再生能が促進される、2)PPARδにより誘導されるNOTCHリガンドによりパネット細胞の分化が抑えられる、3)幹細胞から少し分化した前駆細胞でも増殖促進が誘導され、Apc遺伝子欠損が重なると腺腫を形成する、と結論している。   論文としては雑然としすぎている印象で、明確でない点も多く、レフェリーも甘いなという印象だが、高脂肪食が直接幹細胞に働く可能性が示されたのは評価していいだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日:血管が伸びる現場を観察する(Nature Cell Biologyオンライン版掲載論文)

2016年3月6日
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  様々な新しい組織が脊索動物から脊椎動物の進化過程で生まれたが、閉鎖血管系もその一つだ。この系のおかげで、酸素を体の隅々にまで運搬することが可能になり、体のサイズを巨大化させることができる様になった。発生過程で中胚葉から生まれた個々の内皮細胞を一定の場所に集めて並べた後、細胞間接着を誘導して、閉鎖した心臓を中心としたひと続きの袋を形成し、そこから組織の必要性に応じて細胞間の結合を損なうことなく様々な場所で枝を伸長させるメカニズムはいつ見ても驚かされる。この精緻なメカニズムについては、わかっている様でわかっていない。遺伝子ノックアウトが可能になって、多くの分子が関わっていることはわかっても、生きた動物で血管の伸長を観察することは簡単でなく、細胞生物学的解析がどうしても遅れる。そんな中で、この問題を解決するモデルとして期待されているのがゼブラフィッシュだ。発生中の個体は透明で、一個一個の血管内皮細胞をビデオで追跡することが可能だ。
  今日紹介するドイツ・ベルリン、国立心臓血管研究所からの論文は、ゼブラフィッシュを用いた典型的な血管の細胞生物学でNature Cell Biologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Blood flow drives lumen formation by inverse membrane blebbing during angiogenesis in vivo (体内での血管形成時、血流により小胞が細胞内に向かって形成されることが、新しい血管腔形成を促進させる)」だ。
  この研究では、血管内皮細胞膜を蛍光標識で観察できる様にしたゼブラフィッシュの背側動脈から体節と体節の間を血管が伸びる場所を狙ってビデオ撮影し、血管伸長で起こる細胞生物学的過程を調べ、新しい細胞学的メカニズムがないか探している。血管が伸長する現場では、すでに形成された動脈壁の一個の内皮細胞の伸長が起こり、その細胞の中を貫く腔が形成された後、細胞同士が融合して血管網ができる過程が見られる。次に、この過程に血流が必要か調べる目的で麻酔薬を用いて心臓の駆動を弱め血圧を下げると、細胞内を貫く腔は形成され始めるが途中で止まって退縮することがわかった。次にこの現象と相関する過程を探索し、伸びている先端の細胞に形成される腔だけに小胞が細胞質側に形成され、この形成に血流が必要であることを発見する。最後にこの小胞形成の意味を細胞学的に探り、この小胞形成が細胞伸長に必要なアクチンとミオシンによる膜の動きを調節して、血流に押される方向へだけ血管腔を伸ばすために必要であることを明らかにしている。すなわち、アクチンの存在しない膜の弱い部分、すなわち血管腔が伸びる場所を常に1箇所だけ維持するために、余分なアクチンの少ない場所ができてしまうのを、この小胞形成で抑えていることを明らかにしている。   血管形成の研究に今最も必要なのが精緻な細胞学であることがよくわかるいい論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月5日 ダウン症児の脳に見られるミエリン化異常(3月16日号Neuron掲載論文)

2016年3月5日
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  ダウン症は第21染色体のトリソミー(3本存在すること)によりおこる病気だ。原因は明確で、21番染色体の完全解読も終わっており、さらにマウスモデルも存在するが、1)様々な組織に多様な異常が起こること、2)特定の遺伝子ではなく、染色体全体の増加が原因であること、などから、それぞれの症状が起こるメカニズムについてはほとんどわかっていない。
  今日紹介するボストン大学からの論文はダウン症の主要障害である知能障害のメカニズムを解明しようとした研究で3月16日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Down syndrome developmental brain transcriptome reveals defective oligodendrocyte differentiation and myelination (ダウン症の発生過程の遺伝子発現研究からオリゴデンドロサイト分化とミエリンの異常が明らかになる):だ。
  いくら解析が難しい病気と言っても、動物モデルも存在し、研究の歴史の古いダウン症で、神経のミエリン化異常が起こっていることぐらいわかっていなかったのかというのが、タイトルを見たときの正直な感想だった。
  いずれにせよ、この研究ではバイアスを持たずにメカニズムを解明するため、ダウン症の発生初期から成人に至るまでの様々な時期の死後脳を集め、新皮質、皮質、海馬など11の異なる場所での遺伝子発現をDNA アレーを用いて解析し、正常と比べている。書くのは簡単だが、サンプル集めを考えるだけでも大変な実験だ。この11箇所から、これまでダウン症の症状に強く関わることが示されてきた前頭背側前部皮質、小脳皮質での遺伝子発現に絞り込んで、ダウン症に特徴的な遺伝子発現パターンがないか検索している。    結果だが、予想通りというか実に多くの遺伝子で発現の違いが見つかっている。この結果を見ると、病態を理解するためには、単純な遺伝病での因果性とは全く違う複合的因果性を解析するための方法の開発が必要なことを実感する。この研究はこの点では特に新しい発想があるわけではなく、従来の解析手法を用いて、神経のミエリン化を行うオリゴデンドロサイトの発生や維持に関わる遺伝子セットの発現が成長するに従って低下することを発見する。次にこの遺伝子発現パターンが実際の神経組織異常に反映されているかを調べ、ミエリンが全体的に減少していることを確認している。ただ、ここまで読み進むと、ミエリンの量が全体的に減少していることはすでに報告されており、この研究で初めて見つかった現象とはいえない様だ。
   従って正確に言い直すと、これまで知られていたダウン症でのミエリン減少とダウン症特異的遺伝子発現パターンを相関させることができたことになる。あとは、マウスモデルを用いて、同じようにミエリンの合成が低下していること、またその結果として神経伝達速度が低下していることを認めている。最後に、オリゴデンドロサイトの試験管内分化系を用いて、ダウン症では細胞の成熟段階が強く抑制され、その結果ミエリン化異常が起こっていることを示している。
  最後まで読み進むと、結局脳の発生から成長段階で遺伝子発現を調べなくとも同じ結論を導き出せた様な気がするが、ダウン症の原因の一つをオリゴデンドロサイトの成熟異常と特定できたこと、マウスモデルでヒトとほぼ同じ異常をは示すことを明らかにできたこと、そして詳しい遺伝子発現パターンのデータを利用できる様にしたことは、今後の治療法開発研究にとっては重要だろう。なんとかミエリン化を促進する方法を探り出して、対症的な治療が可能になることを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月4日CRISPR/CASシステムの多様性(2月26日号Science掲載論文)

2016年3月4日
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    CRISPR/Casはゲノム編集の道具として有名になってしまったが、もともとは外来のウイルスなどの侵入に対して細菌が身を守るための免疫システムとして進化した系だ。ウイルスゲノムが侵入すると、Cas1/Cas2複合体が働いて、そのゲノムの一部を切り出し、細菌のゲノム中に存在するCRISPR部位の反復配列の間に挿入し、次の侵入の時、同じ配列を持つウイルスゲノムを分解して身を守る仕組みと言えるだろう(JT生命誌研究館ウェッブサイトhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000017.htmlにその原理について説明しているので参照してほしい)。
   この切り出しとゲノムへの挿入に関わるのがCas1/Cas2だが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文ではCas1と逆転写酵素が融合した酵素を持つ細菌が存在し、この細菌では一旦転写されたRNAからもCRISPR配列に挿入してスペーサーを形成することができることを示した論文で2月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Direct CRISPR spacer acquisition from RNA by a natural reverse transcriptase-Cas1 fusion protein (自然にできた逆転写酵素とCas1の融合蛋白によりRNAから直接CRISPRスペーサーを形成する)」だ。
  Cas1/Cas2はDNAを標的として切り出す分子だが、RNAから直接スペーサーができる例が示唆されていた。Cas1/Cas2だけではRNAを標的にできないことから、他の分子の存在が示唆された。ゲノムを探索すると、逆転写酵素(RT)とCas1分子が融合した、この目的にぴったりの分子の存在が多くの細菌で確認され、この分子に着目しさらに検討をしている。、面白いことに、この分子は古細菌には存在しない。
   まず、RT-Cas1+Cas2を発現した細菌がスペーサーとして取り込んだ配列を調べ、転写活性の高い遺伝子がスペーサーとして取り込まれていることを見つけている。すなわちRNAに転写された後、スペーサーとして取り込まれている可能性が高い。少し専門的になるのでメカニズムは飛ばしてしまうが、直接RNAから取り込まれることを証明するために、自己スプライシングがおこるDNA配列を使うことで、スペーサーがDNAから来たのか、RNAから来たのか区別できる実験系を立ち上げ、RNAから直接スペーサーが形成されることを証明している。最後に、RNAがどの様にしてスペーサーに取り込まれるのか試験管内で検討し、CRISPRリピート部分が切断された後、直接RNAがDNA断端と結合し、これに続いて逆転写酵素を使って相補的DNAを伸ばして修復した後、取り込んだRNAを今度はRNA-Hで分解し、DNAで埋めるという複雑な方法でスペーサーを形成していることを示している。専門外の人にはイメージしにくいと思うが、実際によく似た過程は普通のDNAの複製時にも起こっており、もともと持っているメカニズムをうまく使って、RNAから直接スペーサーが形成できる能力を獲得している様だ。ではなぜ細菌だけが普通のCRISPRに加えて、転写されたRNAから直接スペーサーを作ることが必要かだが、著者らは細菌に感染するRNAウイルスへの備えとして発達したと考えている様だ。
  今CRISPRというと遺伝子編集として注目されているが、システム自体それぞれの細菌や古細菌の都合に合わせて多様化したシステムであることがわかっている。今回、これまでとは全く新しいメカニズムが加わって、その多様性の広がりを改めて実感したが、同時にこの新しいメカニズムを利用した新しい遺伝子編集法が開発される様な気がした。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月3日:突然変異型K-rasが倍になると代謝が変化して治療可能性が生まれる(Natureオンライン版掲載論文)

2016年3月3日
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  K-rasの突然変異は膵臓癌、直腸がん、肺がんなど多くのがんの増殖ドライバーとしてガン化に関わっている。もし変異型rasの機能を抑制する薬剤が開発されたら、多くのガンを副作用なしに制御することが可能になると期待されるが、残念ながら未だ変異型ras機能を抑制する薬剤は開発できていない。
  今日紹介するケンブリッジ大学からの論文では、変異型rasが増殖のドライバーとだけで働くだけでなく、細胞の代謝を大きく変化させる引き金になることを示した論文でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Mutant Kras copy number defines metablic reprogramming and therapeuticc susceptibilityies (突然変異型Krasのコピー数の違いが代謝の再プログラムを誘導し治療の感受性を変化させる)」だ。
  ほとんどのガンでrasの変異は一方の染色体だけに起こり、細胞の増殖ドライバーとしてはそれで十分だが、なぜかもう片方の染色体にも同じ変異が起こることが知られていた。すなわち、両方の染色体でras遺伝子が変異したほうが細胞の増殖にとって有利であることがわかる。この現象は、両方の染色体でrasが変異して、変異型rasのコピー数が上がるほうが、ドライバー活性が上がると解釈するのが一番自然だが、実際に変異型rasが1コピーある細胞と、2コピーある細胞での増殖を比べても大きな差がない。ではなぜ2コピー持つほうが細胞にとって有利かを調べ、線維芽細胞のras遺伝子の一コピーが変異しているケースと、両方が変異している細胞を比べると、rasが2コピーに増えることで解糖系を始め代謝システムがが変化することを突き止めている。詳細を省いて解説すると、変異型rasのコピー数が2倍になると、そのままrasの下流のシグナルが倍に増強される代わりに、1コピーしかもたない時とは全く違う代謝システムにリプログラムされることがわかった。変化をまとめると、1)ブドウ糖代謝が上昇し、2)活性酸素の発生を調節できる様になり、3)ガンの場合転移が起こりやすいことを示している。   これらの変化は、ガン細胞の増殖に有利に働いていることになるが、著者らはこの性質のせいで細胞が低ブドウ糖状態に弱くなっているのではないかと仮説を立て、低ブドウ糖の条件や、ブドウ糖のアナログを使った受容体の抑制を行い、確かに変異型rasを2コピー持つことでブドウ糖の依存性が高くなり、この経路を抑制すると多くの細胞が細胞死に陥ることを示している。   結局、変異型rasのコピー数が増えることで、細胞自体の増殖は促進するが、代わりにブドウ糖への依存性が高まり、低ブドウ糖で細胞死を起こせることが示されている。    なぜrasのコピー数が2倍になると、この様なブドウ糖代謝システムの大きな変化が起こるのかを明確に示せていないのは残念だが、発ガン遺伝子のコピー数が増えたからといって、必ず悪いサインというわけではなく、場合によっては今日紹介した様に、新しいガンを制御する方法の開発につながることを示している。 次は実際のガンで、同じストラテジーが適用可能か研究が進むことを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日:ALS での運動神経障害機構の解明(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年3月2日
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  ALSは進行性に運動神経が変性する病気で、遺伝的原因が特定されている一部の例を除いて、病気の原因はわかっていない。事実ほとんどの患者さんは遺伝的素因があるわけではなく、突然この病気に襲われる。病因は不明だが、運動神経が障害されるメカニズムについては研究が進んでおり、運動神経自体に変性の原因があるとする説と、運動神経と接しているアストロサイトが運動神経の細胞死を誘導するとする説に集約される。
  ES細胞やiPS細胞からアストロサイトや運動神経細胞を誘導することが可能になり、患者さん由来のアストロサイトが運動神経を障害することが示されてから、2番目の説が優勢になっている様に思える。しかし、なぜアストロサイトが運動神経特異的に障害作用を発揮するのか、現在まで明確な答えは得られていない。
  今日紹介するオハイオ州・Nationwide Children’s Hospitalからの論文はアストロサイトによる細胞障害機構に新しい考えを示した重要な研究に思える。タイトルは「Major histocompatibility complex classI molecules protect motor neurons from astrocyte-induced toxity in amyotrophic lateral scleraosis(ALSのアストロサイトによる運動神経の障害をクラスI主要組織適合抗原が守っている)」で。Nature Medicineのオンライン版に掲載された。
  着想に至ったきっかけはわからないが、この研究はALSモデルマウスやALS患者さんでは、運動神経細胞体でのクラスI組織適合性抗原(MHC)が著明に低下して、神経軸索末端に移動しているという発見から始まっている。まずこの細胞体でのクラスI MHCの低下にALSアストロサイトが関わっているのか調べる目的で、ALSモデルマウスから運動神経とアストロサイトを誘導し共培養する実験系を用いて、ALSのアストロサイトが分泌する何らかの分子が、小胞体ストレスを誘導し、その結果運動神経のクラスI HNCの発現を抑制することを突き止めている。次に、クラスI抗原の低下が直接運動神経障害に関わっているかを調べる目的で、運動神経にクラスI抗原遺伝子を導入し、安定したクラスI抗原の発現によりALSの発症が確かに押さえられることを明らかにしている。すなわち、クラスI抗原の低下が運動神経がアストロサイトによる細胞障害性に連結していることを明確にした。
   クラスI抗原が欠損した細胞を特異的に障害する細胞の代表としてNK細胞が知られており、クラスI抗原によるNK細胞の細胞障害性抑制のメカニズムはよくわかっている。NK細胞はLy49などの表面分子を介してウイルスなどに感染した細胞などを障害するが、この障害性はNK細胞が発現している、細胞障害活性を抑えるKIR分子とクラスI抗原が結合すると抑制される。一方、何らかの原因でクラスI抗原の発現が低下している細胞ではこの抑制が外れて、NK細胞は細胞障害性を発揮する。
   この研究では、同じ機構がALSアストロサイトに存在するのではと目星をつけて、アストロサイトのLy49やKIRの発現を調べ、ALSを発症したアストロサイトだけがこれらの受容体を発現していることを確認している。すなわち、ALSのアストロサイトはNK細胞とほぼ同じメカニズムで運動神経を障害することが明らかになった。最後に、運動神経細胞にKIRと強く結合できるクラスI MHC-F遺伝子を導入すると、ALSアストロサイトによる細胞障害性が抑制されることを示している。
   すなわち、ALSのアストロサイトはNK細胞と同じ細胞障害能力を獲得するとともに、運動神経のクラスI抗原の発現を抑制する分子を分泌することで、抑制を外して、細胞障害性を発揮するという結論だ。
  ALSを発症したアストロサイトがNK細胞と同じ細胞障害性機構を獲得していること自体大きな驚きだが、この結果はこれまで考えもしなかったALSの治療可能性について重要な示唆を与えている。この論文で示された様に、クラスI抗原遺伝子による遺伝子治療の可能性にとどまらず、細胞障害性の受容体を抗体で抑制することも視野に入った。ALS治療に向けた大きな進展でないかと個人的には期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日:試験管内での精子形成(3月3日Cell Stem Cell掲載論文)

2016年3月1日
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  1月16日にラットとマウスの染色体を1セットづつ持ったES細胞という、生殖工学では極めてユニークなチャレンジを行った周希(QiZhou)の論文を紹介したばかりだが(http://aasj.jp/news/watch/4732)、Zhouのグループは今乗りにのっているようだ。今日紹介するのはマウスES細胞から受精可能な精子細胞を試験管の中で誘導したという論文で、3月3日号のCell Stem Cell に掲載された。タイトルは「Complete meiosis from embryonic stem cell-derived germ cells in vitro (試験管内でのES細胞由来の生殖細胞の減数分裂)」だ。
  これまでES細胞から始原生殖細胞を誘導する研究は、京大の斎藤さんと、ケンブリッジのスラーニさんの独壇場だった。極めて論理的なアプローチで精巣へ移植可能な精原細胞を誘導し、マウス精子環境を使って受精可能な精子の作成に成功している。しかし、完全に試験管内で減数分裂を終えた受精可能な精子細胞を誘導することには、たまたま起こったという報告は別として、まだ成功していなかった。
   この論文でZhouらは斎藤さんたちの方法でES細胞から始原生殖細胞様細胞を誘導した後、次に精子形成がおこらないc-Kitの機能異常マウスの精子の細胞を分化支持細胞として混合し、これにレチノイン酸、BMP2/4/7、そしてアクチビンと、加えすぎではないかと心配するほどの増殖因子を加えて6日間培養すると減数分裂が始まることを示している。最後に、こうして引き金を引いた減数分裂を完遂する目的で、レチノイン酸、BMP2/4/7,アクチビンを取り除き、代わりにFSH、テストステロン、下垂体抽出物を加えてさらに8日間培養すると、15−20%程度の細胞がついに半数体になり、成熟精子マーカー、DNAメチル化の状態や染色体の形状など様々な指標を用いて減数分裂が完遂したことを、様々な指標で見て減数分裂を最後まで進めることができたことを確認している。
  しかしどんなに細胞学的に精子に近くとも、受精可能でなければ機能的精子とは呼べない。また残念ながら試験管内でできる半数体の細胞には尻尾もなく、形態的には成熟できていない。そこで、細胞を顕微鏡下で卵子に注入して受精後の反応が起こるのか、そして実際に子供が生まれるのかを調べている。分化マーカーを用いて1倍体の細胞を集め、これを顕微授精させると、正常の精子を用いた顕微授精と比べると成功率は半分以下に落ちるが、数%の確率で子供が生まれてくることを示している。マウスではついにES細胞から受精可能な精子までの過程を試験管内で再現したという結果だ。
  斎藤さんたちがES細胞から始原生殖細胞を誘導できたと報告した時、文科省の生命倫理安全部会でヒトES細胞での研究をどこまで許可していいのか集中的議論を行った。その時、まずマウスES細胞から受精可能な精子が試験管内で誘導できるまで最終的結論は急ぐ必要がないとしたのを覚えているが、ついにその時が来たと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月29日:エボラウイルスに対する抗体をヒトから直接単離する(2月25日Science Express掲載論文)

2016年2月29日
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   昨年の今頃は2013年にギニアで始まったエボラ出血熱がアフリカで猛威をふるっていた。様々な対策にもかかわらず、患者の隔離で感染拡大を抑える以外、試された治療法はほとんど無力だったが、感染後回復を遂げた患者の血清は高い確率で感染を予防することができたことが報告された。これを受けて、エボラ出血熱を生き延びた患者さんから、ウイルスを制御する抗体を調整して治療に使おうとする試みが進められている。
  今日紹介するアメリカNIHからの論文は10年以上前のエボラ感染者からエボラウイルス感染細胞を除去することができる抗体を単離し、アカゲザルの感染抑制に成功した研究でSience express (サイエンスオンライン版)に2月25日掲載された。タイトルは「Progtective monotherapy against lethal Ebola virus infection by a potently neutralizing antibody (エボラウイルス中和活性が高い抗体を用いた致死的エボラウイルス感染に対する治療の確立)」だ。
  研究では今回の西アフリカで流行したエボラウイルスではなく、1995年に発生したエボラ出血熱発症後幸いに治癒した患者さんの血清を調べ、10年以上経過した後でもエボラウイルスに対する高い抗体価を保っている患者さんを選んで、この抗エボラウイルス抗体の性状を調べている。
  もちろん抗体価が高いと言っても、患者さんから大量の血清を調整することは難しいため、治療効果のある抗体を産生するB細胞を分離し、それが発現している抗体遺伝子を単離する戦略をとっている。この目的のため、末梢血のB細胞にEBウイルスを感染させ不死化させ、その中からエボラウイルスを中和する抗体を産生しているB細胞株を分離している。発病後11年後に抗体が血中に検出できるのは不思議ではないが、その抗体を作るB細胞が末梢血から得られというのは驚きだ。いずれにせよ、こうして分離したB細胞株の中から有望な抗体を作っている2種類のB細胞株を分離し、この細胞が発現している抗体遺伝子を特定している。2種類の抗体とも、エボラウイルスの感染性を中和し、さらにエボラウイルス粒子を発現している細胞を除去する活性を持っている。すなわち、治療用の抗体として望まれる性質を全て持っていることを明らかにしている。さらにこの研究では、これらの抗体遺伝子が出来てくる過程でどのように突然変異を蓄積したかを、変異が起こる前の遺伝子と比べて明らかにしている。最後に、エボラウイルスを感染させたアカゲザルを用いて、この抗体の効果を調べ、期待通りAb114と名付けた抗体を単独で投与することで、アカゲザルの発症を完全に抑えることに成功している。
  特に目新しい戦略ではないが、この結果はエボラ出血熱のような治療方法が決まっていないウイルス感染に対して、以前の流行で生き残った患者さんの末梢血が重要な材料として将来の感染対策に大きな役割を果たせることを明らかにしている。同じような治療困難なウイルス感染症は多い。感染を生き抜いたヒトから治療抗体を揃える研究はかなり有望な方向性のように思う。
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