5月23日:10億年で変われること、変われないこと(5月22日号Science掲載論文)
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5月23日:10億年で変われること、変われないこと(5月22日号Science掲載論文)

2015年5月23日
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DNAの塩基配列決定が可能になってから、私たちは分子進化を考える時、その遺伝子の配列の相同性だけに頼って判断するようになっている。しかし大腸菌でも4000近くの遺伝子の数があるということは、個別の遺伝子は他の4000の遺伝子と協調し、また制限され、その機能を発揮している。すなわち構造化されているわけだが、この構造化は生命の本質でこれを相手にするのは大変だ。構造化された全体を見れば部分が見えなくなり、部分を見ると構造化の原理が見えなくなる。ハイゼンベルグの不確定性原理のようだが、この原理と比べると生物の構造問題はなぜこの問題が困難なのかを数学的に理解するまでには至っていない。このため、構造と部分の両方に目を配れるモジュールに分解してこの問題を扱うことが様々な生物分野で行われている。今日紹介するテキサス大学からの論文も生物の構造問題に独自の方法で迫った研究で5月22日号のScience誌に掲載された。タイトルは「Systematic humanization of yeast genes reveals conserved functions and genetic modularity(酵母遺伝子を系統的にヒトの遺伝子で置き換えることで保存された機能と遺伝的モジュール性が明らかになる)」だ。研究は単純だが大変な実験だ。まず、これまでの研究から酵母の生存に必須の遺伝子を469個選んでいる。次に、この酵母遺伝子に対応するヒトの遺伝子を全てクローニングし、酵母469個の遺伝子を一個一個ヒト遺伝子で置き換えられるか調べて、なんと176個(43%)の酵母遺伝子がヒト遺伝子で完全に置き換えられることを見出した。すなわち10億年の間に両者に生まれた多様性も、機能的に影響していないことを意味する。次は、置き換えられなかった分子と、置き換えられた分子に見られる共通性を探して、1)塩基配列の類似性は置き換えられるかどうかとほとんど関係ない。実際、置き換えられた遺伝子の酵母遺伝子との相同性は20−50%で十分多様化している、2)京大のゲノムの機能を網羅したKEGGデータベースを用いてそれぞれの分子を調べると、代謝に関わる分子は代換えが聞くが、増殖や遺伝子修復に関わる分子は代換えが効かない、3)大きな分子複合体として働く分子は代換えが可能な場合が多い、という結論を出している。この例として、脂肪酸合成経路と、タンパク分解のプロテアソームを詳しく調べている。特にプロテアソームは生命に必須の巨大分子複合体で、その分子の多くが代換え可能であるという結果は、構造化されることで個々の分子の塩基配列は大きく変わったとしても個々の分子の構造上の変化は複合体構造により強く制限を受けていることである。もちろんこの複合体の構成分子で代換えができなかった分子も存在するが、その分子がもう一度代換え可能になるために必要なアミノ酸変化を調べると、例えばβ2サブユニットでは一個のアミノ酸が変わるだけで代換え可能になることまで示している。ある意味で、モジュールの構造を、進化の結果生まれた個々の分子の構造変化の程度として測定可能にした研究と言えるかもしれない。今後ヒトだけでなく、中間にある様々な生物の分子で同じことを繰り返せば、ヒトでは代換えできなかったが、ある進化段階まで代換え可能な新しいモジュールも発見できるかもしれない。ともかく部分と構造の進化に挑戦しようとしていることが伝わって来る仕事だ。もちろん個々のモジュールをさらに構造化し生きた細胞まで構成するのは並大抵のことではない。ただ、このグループのように労力を惜しまず困難に挑戦しているグループがあることを知ると、外野としても将来が楽しみだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月22日:気になる論文:酵母を使ったレチクリンの合成(Nature Chemical Biologyオンライン版掲載論文)

2015年5月22日
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我が国の河岡さんや、オランダのグループが鳥インフルエンザウイルスのDNA配列を示した論文をNatureに掲載しようとした時、テロリストに情報が渡るのではとの懸念から、公開を差し止めるべきだとの議論が起こったのは記憶に新しい。生命科学研究と多様な考えが存在する社会全体との関わりを議論する生命倫理と違って、最初から悪意で利用しようとする人の科学技術の利用を止める安全保障問題に対しては、科学界はなんの手段も持たない。「普通の国」の軍事は正義で、テロリストは悪だという単純なスキームをここに適用すると、結局、秘密情報に指定して一般公開を見合わせるしかない。通常、軍事研究で行われているように、公開できなくても良いと考える研究者を集めて、秘密裏に研究を行うしか具体的な解決はないだろう。今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はNature Chemical Biologyに公開されてはいるが、研究は全て公開を原則とすべきだと考える私もちょっと気になった。タイトルは「An enzyme-coupled biosensor enables s-reticuline production in yeast from glucose (酵素を使ったバイオセンサーを用いることで酵母にグルコースからレチクリンを作らせる)」だ。レチクリンとはチロシンから合成されるアルカロイドで、モルヒネ、コデインなどの麻薬成分合成のための中間体だ。多くの麻薬の構造は完全にわかっているのだが、合成経路が複雑で今でも植物から精製せざるを得ない。例えば今もケシの実からモルヒネを精製している。従って、麻薬を作るためには大規模なケシの栽培が必要で、ここを取り締まりの対象にできる。この研究は、この複雑な多段階過程を酵母で再現し、このケシ栽培の必要性を無くそうというのが目的だ。先に論文の結論を言ってしまうと、ただ培養するだけでレチクリンを86μg/l生産する酵母系統が開発できたという結果だ。一方最近PlosOneにやはり酵母でレチクリンからコデインを作らせた論文が発表されたようだ。これは、原理的に酵母だけで麻薬を作らせるための枠組みが完全に完成したことを意味している。タイトルからあるように、この論文は、これまで困難だったチロシンからl-Dopaまでの合成経路を持った酵母の開発を、この経路の活性をbetaxantinと呼ばれる黄色色素の発現でモニターする方法を開発することで実現したという報告だ。研究は、チロシンからレチクリンまでの3段階に関わる分子を一つ一つ丁寧に検討し、また必要ならその酵素の遺伝子に突然変異を誘導し活性を高めるなど、地道な検討を積み重ねてこの酵母系統の開発に至っている。手法はオーソドックスだが、好感が持てるし発表になんの問題もない。また、現在の収量では実際の工業生産に使うにはまだまだまだ改良を加えていくことが必要だろう。しかし、この結果は、いつか麻薬を作るためにケシの栽培が必要でなくなり、酵母の系統さえあれば、誰でも簡単に麻薬を作れる日が来ることを意味する。もちろん個人でなくても、資金のある大きな組織なら、効率の良い系統を開発することもできるだろう。それを遅らせるための様々な細工を考えることはできるが、そんなトリックは必ず破られる。どうしたら良いのか。現在国連では新しい核拡散防止法案を巡って最後の詰めが進んでいるようだが、この議論を見ていると、世界のセキュリティーに関わる問題に一致した取り組みは不可能に思える。私も今日は全くアイデアが出ずお手上げだ。
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5月21日:深酒を止める分子(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2015年5月21日
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いつから毎日酒を飲むようになってしまったのか思い出せないが、少なくとも熊本大学に在籍している頃まではそうではなかったと思う。今はほぼ毎日主にワインを飲むが、ではなぜ飲みたくなるのかと考えてもよくわからない。日中に飲みたいと思ったことはないし、なければないでなんとかなる。以前イランに旅行した時1週間近く禁酒を余儀なくされたが、それはそれで受け入れられた。とはいえ、帰りの飛行機に乗ってシートベルトサインが消えた途端、ワインをお願いしますと頼んだことも確かだ。要するに、酒飲みの隠居なのだが、そんな自分を見つめるとアルコールの習慣とは意識と無意識の絶妙だが壊れやすいバランスの上に成立していると思う。今日紹介するスクリップス研究所からの論文は、そんなバランスの一端を解明する研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「GIRK3 gate activation of the mesolimbic dopaminergic pathway by ethanole (GIRK3はアルコールによる中脳辺縁系経路の活動を制限する)」だ。GIRK3はGタンパクの作用で調節されるカリウムチャンネルで、この分子をノックアウトしたマウスについてのこれまでの研究から、この分子が欠損しても脳機能はほとんど影響を受けないが、コカインに対する中毒が抑制されることがわかっていた。そこで、この分子が中毒に関わる分子かどうか調べる目的で、同じノックアウトマウスを用いてアルコールに対する反応を調べたのがこの研究だ。結果は予想に反して、コカインとは逆で、この分子がないと深酒をするようになるというのが結論だ。まずアルコール自体に対する身体反応にこの分子は全く関わらない。しかし、アルコール摂取後回復期に、尻尾を持ってクルクルと回してやると、普通のマウスは気持ち悪がって痙攣を起こすのだが、この分子の欠損したマウスはこの反応がない。そこで普通の生活でアルコールに対してどう反応するか調べると、このノックアウトマウスは際限なく飲んでしまうことがわかった。後の実験は、この分子が欠損すると、アルコールによる中脳の腹則被蓋野にある神経の興奮が抑制され、この神経細胞が中脳辺縁系へ投射することでドーパミン作動性の回路が形成されるが、この分子が欠損するとこの回路が遮断されることを示した生理学的研究だが、回路の詳細解明にはまだ研究が必要だと思う。おそらくこれから、光遺伝学を用いたりして深酒マウスが作成され、さらに細胞レベルの研究が進むだろう。この研究が示した行動実験から見ると、要するに飲んで気持ちが悪くなることで制限をかける神経のようだが、もう一つ重要な要素は飲んでいい気持ちにさせる神経のほうだろう。このバランスが理解できれば私の生活ももう少し健康的になるかもしれない。
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5月20日:嚢胞性線維症の薬剤治療(5月18日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年5月20日
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我が国でもギリアド社のC型肝炎治療薬の薬価が決まり、新聞にも大きく報じられている。我が国での薬価が1錠6万円という点ばかりが取り上げられているようだが、私はこの会社から続々生まれるC型肝炎治療薬の論文を読むといつも、標的の分子構造とメカニズムを基礎に行う分子創薬の勝利の象徴だと感じる。今日紹介するオーストラリアを中心とする国際治験コンソーシアムからの嚢胞性線維症の薬剤治療に関する論文にも、同じような感覚を抱いた。タイトルは「Lumacaftor-Ivacaftor in patients with systic fibrosis homozygous for phe508del CFTR(CFTR分子のphe508欠損突然変異による嚢胞性線維症にたいするLumacaftor-Ivacaftor治療効果)」だ。いうまでもなく嚢胞性線維症はCFTRと呼ばれるナトリウムチャンネルの突然変異が原因になっている。分子が完全に喪失する場合は、遺伝子治療の対象として現在開発が進んでいる。一方、この病気の半分は508番目のフェニルアラニンが欠損するタイプで、細胞内でのタンパクの処理がうまくいかず分子が表面に出てこない。ベルテックスというベンチャー企業は、この遺伝子異常を化学化合物で治療できないかチャレンジを続け、分子の細胞膜上への発現を促進する薬Lumacaftorと、このチャンネル閾値を下げるIvacaftorという薬剤の開発にこぎつけていた。それぞれ単独薬剤の治験は否定的な結果だったが、作用機序が異なるということでこれまで両剤併用の治験を始め第2相まで進んでいた。この研究は約1000人を対象にした第三相治験で、完全に無作為二重盲検法を用いて両剤併用と偽薬が比較されている。投薬は、Lumacaftorが1日1回、Ivacaftorが1日2回で、24週連続投与が行われた。結果は期待通りで、投与後2週間で肺機能が改善し始め、一秒率で5%ぐらいの改善が24週間続いている。また、この病気の最大の問題は繰り返す気管支炎症だが、この発症を一定程度抑えることができ、抗生物質の点滴が必要なレベルの炎症を半減させるのに成功したという結果だ。副作用については、肝機能検査での異常や、呼吸困難発作などが確かに起こるが、9割異常の患者さんは治療を最後まで続けることができている。これらの結果は、遺伝子の変異による疾患でも、メカニズムを明らかにすれば化合物で治療が可能な場合があることを見事に示したと思う。ただ、薬は続ける必要があり、副作用なしにもっと長期の治療が可能かなどまだまだ課題は残っていると思う。一方、この病気に対しては遺伝子治療の開発も進んでいる。おそらく、これらを合わせて初めて、患者さんの納得のいく治療が可能になるのではないだろうか。いずれにせよ、20世紀後半に始まった、メカニズムを明らかにして創薬につなげるベンチャー企業ブームが米国では収穫期に入っていることを示す論文だった。
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5月19日:恐ろしい発見:植物を介するプリオンの感染(5月26日号 Cell Reports掲載論文)

2015年5月19日
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もう記憶の彼方に消え去ったかもしれないが、2003年我が国は狂牛病が発生した米国・カナダ産牛肉の禁輸を巡って大騒ぎしていた。その後2006年小泉内閣により、輸入再開のための苦肉の策として、危険部位を除去した20ヶ月以下の牛肉に限る条件で禁輸が解除された。なぜここまで大騒ぎしたかというと、現在もなおプリオン病に対して私たちは予防以外の方策を持たないからだ。幸い、その後はこの騒ぎは静まったまま現在に至っているが、どこに新たなプリオンの種が眠っているのかわからない。実際、人間も含めて動物はプリオンと同じアミノ酸配列を持つタンパク質を作り続けている。偶然の引き金が、これをプリオン型の構造に変えるかもしれない。同じタンパクが形を変えるだけで病原性のあるプリオンに変わり、正常のタンパク質をプリオン型にたたみ直しつつ感染を拡大する。これほど恐ろしいプリオン病も、感染動物を食べなければ防ぐことができると考えられ、これが牛肉の全面禁輸騒ぎの理由だった。しかし今日紹介するテキサス大学からの論文は、この心配以外にもプリオンの種が維持され続ける経路を示唆した研究で、タイトルは「Grass plants bind, retain, uptake and transport infectious prions (草本は感染性のプリオンと結合し、維持し、摂取し、伝搬する)」だ。要するに、家畜が餌としている草が感染性のプリオンの維持伝達ルートとなっている可能性を示唆する恐ろしい研究だ。なぜこのような可能性を思いついたのかと訝しく思いながらイントロダクションを読んでみると、感染した家畜の排泄物や死体に含まれていたプリオンが、動物だけでなく、動物が飼育されている環境に保持される可能性がこれまでも示唆されていたようだ。これを実験的に確かめるため、著者らはまず、麦の根や葉を、プリオンが感染したハムスターの脳抽出液にさらして、よく洗った後感染性のプリオンが残存しているか調べたところ、プリオンは感染性を保ったまま、葉や根と強固に結合することを確認した。次に、草に結合したプリオンが動物に感染するか調べるため食べさせてみると、直接脳の抽出液を食べさせたのと同じようにプリオン病を起こして動物は死亡した。プリオン病にかかると家畜は屠殺される。したがって、直接脳に存在するプリオンが広い範囲の草に触れる心配はそうない。ただ、感染した家畜の尿や糞を通してプリオンが草と結合すると、プリオンによる環境汚染を防ぐことが難しくなる。これを確かめるため、草を尿や糞にさらした後、プリオンが結合しているかどうか調べると、結果は陽性で、排泄物を通してプリオンが環境を汚染する可能性が確かめられた。さらに、成長中の草にプリオンを含む脳エキスを噴霧した後、49日草をそのまま成長させ、成長した根や葉にプリオンが存在するか調べたところ、感染性のプリオンは成長している生きた草に長く保持されることが明らかになった。最後に、まだ種から発芽したばかりの成長前の草にプリオンを晒し、成長後の葉や茎にプリオンが存在するか調べる実験を行い、感染性のプリオンが植物内に摂取され、葉や茎に維持されることを明らかにした。この結果は、感染性のプリオンは低い濃度で環境と家畜を出入りしながら量を増やしている可能性を示唆している。プリオン分子が一個でもあれば、動物内でプリオン型分子の数は増加できるので、濃度が低くてすぐに病気が発症しない場合も、環境と動物を行き来するうち、病気発生が起こるかもしれない。もしそうなら、プリオンに汚染された環境ではいつか必ずプリオン病が発生する可能性が残っている。さて、この新しい可能性にどう対応すればいいのか、にわかには信じれないが、冷静に議論する必要がある。
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5月18日:腸内細菌叢の形成過程(5月13日号Cell Host & Microbe誌掲載論文)

2015年5月18日
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腸内細菌叢が自己の一部であることがわかってくると、赤ちゃんから成人するまで菌叢の形成過程、及びそれに影響を及ぼす要因について当然知りたくなる。実際、先進国から未開のアマゾンで暮らす現地人に至るまで、様々な年齢の腸内細菌叢が比べられているし、最近紹介したように、腸内細菌叢の多様性が早く成立することが食物アレルギー発症に重大な影響を及ぼすことを示す論文も発表されている(http://aasj.jp/news/watch/3037)。しかし、これらの論文は通常膨大になる腸内細菌叢のデータを、一般にもわかりやすく詳しく解説しているとは到底言えない。その点で今日紹介するスウェーデン・ヨテボリ大学と北京ゲノム研究所からの論文は素人にもわかりやすくデータが解説されている。タイトルは「Dynamics and stabilization of the human gut microbiome during first year of life (生後1年間の腸管細菌叢の動態と安定化)」だ。オーサーの貢献度に関する記述から見るとヨテボリ大学がコホートを企画し、遺伝子の解読と解析は北京ゲノム研究所が行ったのだろう。腸内細菌叢のプロジェクトにいち早く取り組んで解析技術を磨いてきた北京ゲノム研究所の躍進が感じられる。研究では、98人の新生児について、生後1週間まで、4ヶ月、そして12ヶ月目の便の細菌叢のリボゾームRNA配列を調べて解析を行っている。同じ検査を母親にも行うとともに、母乳だけ、人工栄養だけ、両者の混合で育てたのか、抗生物質の投与はあったのかを記録している。もちろんデータ自体は膨大で、解説がないと理解できない。逆に言うと理解は生データより、おのずと解説に誘導されてしまうが、以下のようにまとめることができる。  まず生まれてすぐ形成される細菌叢は正常分娩と帝王切開による分娩で大きく異なる。これは最初の細菌叢が母親の皮膚や口内細菌に由来するが、帝王切開の場合周りの環境に存在する細菌を取り込みやすいことを示している。さらに、抗生物質に耐性の細菌はもうこの時期から検出される。ただ、幼児期に抗生物質投与を行ったから、耐性菌が増大することはなく、あまり神経質になることはない。次に、こうして生まれた最初の細菌叢は母親の細菌叢と大きく異なっているが、4ヶ月、12ヶ月と徐々に母親に近づく。すなわち、腸内細菌叢の多様性が増大し、スウェーデン人が一般的に持つ型の細菌叢へと収束していく。ただ、12ヶ月ではまだはっきりと母親とは違っている。これは、母乳栄養に対応して形成されたビフィズス菌や乳酸菌優勢の細菌叢が持続することと、アミノ酸やビタミンを供給する細菌叢のネットワーク完成に時間がかかるためだと推察している。この腸内細菌叢の成長に母乳による栄養か、人工栄養かは大きな影響を持ち、母乳で育てるほうが細菌叢の多様性が大きい。最後に、離乳を果たし固形物を食べるようになって初めて、セルロースなどを分解する細菌叢が成長することなどが示されている。このようなデータは、今後介入的な研究を行うための重要な基礎になる。その上で、理想の離乳食や、人工栄養を目指した科学的研究が進むのだろう。まだまだ我が国の取り組みは遅いが、人種や生活環境の影響が大きいことを考えると、重点項目として独自に推進する必要があるだろう。
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5月17日:ソーシャルネットの写真「Dress」とクオリア (Current Biology 6月29日掲載予定論文)

2015年5月17日
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「私たちの感覚に絶対的な基準はない」と断じたイギリス経験論の頂点、デビッド・ヒューム以来、「自分と同じ感覚を他人も共有できるのか?」という問題についての議論が現在まで続いている。現代の大勢としては、「同じなはずがない」という捉え方が優勢で、この「私の感覚・主観的感覚」は定義できないという考えから、クオリアという言葉が生まれた。しかし、ソーシャルネットワークのつながりが、この問題をもう一度科学の俎上に乗せられるのではと私は密かに考えている。これについては、今本にしようと苦労しているので詳しくは述べないが、この密かな思いが現実になるかもしれないと期待させる論文が6月に発行予定のCurrent Biologyに、ボストンMIT、ドイツギーセン大学、そして最後はネバダ大学から3報も発表されていた。   私は全く気づかなかったのだが、今年の2月、一枚の縞のドレスを示してドレスの色は「白と金」なのか、「青と黒」なのかを問う写真がソーシャルネットに掲載され(http://swiked.tumblr.com/post/112073818575/guys-please-help-me-is-this-dress-white-and)大きな反響を呼んだらしい。この騒ぎは科学者の耳にも届いたようで、その中の何人かはネットで思いつきの意見を述べて終わるのではなく、主観感覚に直結する重要な問題として研究を行っていたようだ。その結果の一部がこの3編の論文で、どれも速報の形をとっている。ただ、もともと難しい問題なので、アプローチの手法も異なり、推察の多い結論だ。まずMITのグループは、行動学の問題として捉え、1400人の被験者の答えの分析を中心に行っている。例えば、女性や高齢者ほど「白と金」に見えるなどの分析を示しているが、結論としては私たちが生活の中で最も使っている光の影響下で形成された内部イメージがこの差を生み出すのだろうと結論している。まさに経験論そのものだ。一方、ギーセン大学のグループは、15人の被験者に写真と同じ色を選ばせる実験を行い、客観的に見たときそれぞれの被験者の感覚は決して2分されておらず、連続的な差を反映しており、この青vs白という見え方の差は、色ではなく、明るさに対する感じ方の差であることを示している。その上で、最終的にどちらと判断するかどうかは、日常生活で最も影響されている光(例えば自然光か人工光)の下に形成された脳のバイアスによるのではと推察している。一種経験論と普遍論の折衷だ。最後のネバダ大学は、青という色は、色彩としてより色の強さとして感じられる色で、これを黄色に変えると差はなくなることを示している。すなわち、もともと色彩としての判断がしづらい問題なので、このような差が生まれるという考えで、普遍論に近い。  研究としてはまだまだだ。しかし3編の論文を呼んで感心するのは、ネットでの炎上騒ぎから問題を抽出してくる科学者魂だ。おそらく論文としてまとまっていないが、同じような分析をしているグループは他にもあるだろう。ソーシャルネットにより容易になった、一般の人が自発的に科学研究に参加するというコレクティブインテリジェンスは、おそらく21世紀の重要な方向だ。特に主観と客観のように、自分と他人についての客観分析が同時に進む必要のあるテーマはこの手法が必須だ。おそらく今回研究に踏み切ったグループも、直感的にこの重要性を嗅ぎ取ったのだろう。頼もしい限りだと思う。是非わが国でも、炎上から新しい問題を嗅ぎ取る想像力を持った研究が生まれることを期待したい。
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5月16日:ギョ!魚? 温かい!(5月15日号Science掲載論文)

2015年5月16日
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私は魚についての知識は乏しく、漁港の市場を歩くと全く魚の名前を知らないことを思い知らされる。それでも時には「ギョ魚」と驚くことはある。これまで最も驚いたのがヘモグロビンも赤血球も持たない魚、「アイスフィッシュ」の話を知った時で、魚類の適応性に舌を巻くとともに、東京都の葛西臨海水族館までわざわざ実物を見に行った(これについては私がJT生命誌研究館のホームページに書いた記事を参考にしてほしい:https://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000008.html)。そして今日、Scienceを眺めていたら新たな「ギョ魚」に出会った。なんと、温血魚の発見だ。米国の海洋漁業局の研究所からの論文で、タイトルは「Whole-body endothermy in a mesopelagic fish, the opah, Lampris guttatus(中深海に生息する魚「オパー」(Lampris guttatus)に見られる内温性)」だ。私たちは一般的に動物を冷血動物と温血動物と分類するが、実際には、熱を発生して体温を維持する機構を持つ動物と、自分で熱を発生できない動物に別れる。今まで私は哺乳類と鳥類以外に、自分で熱を発生させる内温性の動物が存在するとは夢にも思わなかった。この論文を読んで初めて知ったが、例えばマグロやサメの一種では、私たちと同じように筋肉で熱を発生して、運動に使う筋肉を温めており、またカジキの一種では動眼筋で発生した熱で脳を温めるという機能があることが知られていたようだ(これだけでも物知りになった気分だ)。ただ、これらの魚の熱発生システムは体の一部を温めるのが目的で、循環を通して体全体を温めるという仕組みは持っていない。これに対し、今日紹介する研究では、マンボウ科の魚オパOphaが、筋肉で発生させた熱を全身に循環させ、比較的一定の体温を保つ内温性の魚であることが世界で初めて明らかになった。と聞くと、深海から見たこともない新しい魚の新種が発見されたように聞こえるが、オパはハワイでは普通に食べられている魚のようで、どうしてこれまでわからなかったのか不思議なぐらいだ。魚は変温動物という私たちの先入観は恐ろしい。さて体温を維持するメカニズムだが、普通の魚よりはるかに大きな胸筋を使って十分な熱を発生させる仕組みと、外界から酸素を取り込むエラからの循環システムを、体内の循環システムと完全に切り離すための特殊構造を持つ鰓弓により実現している。もう少し詳しく説明しよう。普通の魚と違いオパは体全体の動きで泳ぐのではなく、大きな胸びれを動かすことで前に進む。従って異常に大きな胸筋はほとんど熱発生に使うことができる。この熱は体内の循環血液を温めるが、この温められた血液は心臓からエラに循環する前に、鰓弓でエラから出て来た動脈と平行に接して走ることで、いわゆる対流熱交換器を形成し、エラで冷やされた酸素の多い血液を温める。これにより、外界の冷たい温度から体内を守っている。体の他の部位と比べた時、脳は更に高温を維持できているので、動眼筋や脳に近い筋肉で発生させた熱を加えて脳に送っているのかもしれない。いずれにせよ、この仕組みのおかげで心臓の温度は一定に保たれている。具体的には水温より3−4度高い体温を身体中で維持することに成功している。最後にこの魚の生息域のデータを示し、マグロと比べても温度の低い深海で長く活動していることを示している。話はこれだけだが、生命の多様性は想像を超えていることの典型だろう。今度ぜひオパを見にハワイに行きたい。
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5月15日:骨髄異形成症候群の発症メカニズム3(Cancer Cell掲載論文)

2015年5月15日
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最後のテキサスMDアンダーソン病院からの論文はタイトル「Telomere dysfunction drives aberrant hematopoietic differentiation and myelodysplastic syndrome (テロメアの異常により血液細胞分化が異常と骨髄異形成症候群が起こる)」からわかるように、テロメア異常がMDSの原因になるかどうか調べる研究が発端だ。テロメアは一本のDNA鎖としての染色体に必ず存在するDNA断端が分裂ごとに短くなるのを防ぐ防御システムで、TTAGGGという繰り返し配列をバッファーとして持つことで、テロメアを失ってもゲノム自体が守れるようにするメカニズムだ。ただ、短くなったテロメアをもう一度修復するテロメラーゼという酵素があり、生涯分裂を繰り返す幹細胞には重要だ。このグループはこのテロメラーゼをホルモン投与でオンにしたりオフにしたりできるマウスを開発しており、研究ではまずテロメラーゼ機能をオフにした時の造血に対する影響を調べている。マウスはもともとテロメアが長いので最初の世代は問題ないのだが、4世代を越すとテロメアの機能が失われ始め、結果MDSと同じ症状が出て、さらに一部は白血病まで発症することが分かった。テロメラーゼがないと、普通細胞は死んでしまって、がんにはならないのだが、それを超える異常が生まれているようだ。まずテロメラーゼの欠損がMDS様の異常を引き起こす原因を調べ、テロメア異常特異的というより、放射線などとおなじDNA障害による問題が細胞に生じて異常を誘導していることを明らかにしている。最後に、ではDNA障害により血液幹細胞に何が起こるのか突き止めるため遺伝子発現を調べたところ、多くの分子にスプライシング異常が認められ、それに呼応してすでに紹介したSRSF2やU2AFなどのスプライシング調節分子の発現が低下することを発見した。テロメラーゼというかなり特殊な実験系から始めて、実際のMDSで異常が認められる分子の発現異常までようやくたどり着いたという感じだ。最終的に、テロメア異常、DNA障害、スプライシング異常という因果性を確認するため、SRSF2遺伝子を片方の染色体でノックアウトするとMDS様の症状が出ること、またSRSF2の発現量が減少し、スプライシングが全体的に異常になると、テロメアを維持する機構にも障害が出て、両方の要因が増幅し合うことを報告している。おそらくこれまで読んでいただいた方はこの結論を聞いて「え?」と思っているのではないだろうか。最初の2編の論文では、SRSF2やU2AF分子は発現量が減るだけではMDSは起こらないと結論した。なのに、今回は、発現量の低下だけでMDSが起こると結論している。私も実のところどうかわからない。最後の論文では、テロメア異常によるMDSをなんとか説明しようと、誰もが納得出来るよう結論を急いだかもしれない。とすると、おそらく遺伝子量の差が引き起こした小さな差をどう解釈したかだけの違いが、他の論文との結論の差になってしまう。結局論文とはそんなものだ。とはいえ、この3編の論文を読んで、なんとなくMDSの病理学の理解が深まった気がする。例えば、被爆者の方が高齢化した今MDSが増加していることが問題になっている。テロメアモデル系は、この問題を扱ういいモデルになるかもしれない。実際、スプライシング異常だけでは起こらない白血病の発症が観察されている。また、MDSにレナリドマイドやアザシスチジンが効くことがわかってきたが、このメカニズムを理解するにも、今回紹介したモデル系は役に立つ予感がする。3編続けて論文が掲載されると、それぞれの研究者の焦りや無理が論文に現れているのを感じるが、同時に病気の理解もしっかりと進んでいることも実感できた。
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5月14日:骨髄異形成症候群発症のメカニズム2(5月11日Cancer Cell掲載論文)

2015年5月14日
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昨日はMDSの発症原因の一つが、スプライシング前のpre-mRNAのエクソン部分に結合してスプライシング箇所を指示するSRSF2の構造異常により、スプライシングの失敗が起こり、これが特にEZH2と呼ばれるヒストンのメチル化酵素の構造異常を引き起こし、MDSに至るというシナリオだった。今日紹介するのは、よく似た話だがエクソンエンハンサーを認識する分子ではなく、スプライシングを受けるエクソンの境界を認識する分子U2AF1の突然変異も同じようにMDSを引き起こすというワシントン大学からの論文で、タイトルは「Mutant U2AF1 expression alters hematopoiesis and pre-mRNA splicing in vivo (変異型U2AF1の発現によりpre-mRNAスプライシングが変化し、その結果造血も変化する)」だ。ただ、正直言ってこの論文は、他の2編の論文がなければ掲載されなかっただろう。というのも、ほとんどの話は京大の小川さんが2011年にすでにNatureに発表しているからだ(Nature 478, 64, 2011)。小川さんと完全にオーバーラップするシナリオをまずまとめると、1)U2AF1の突然変異はMDSで見られる最も頻度の高い遺伝子変異で、2)この変異型が発現すると全般的なスプライシングの異常が起こり、構造変化したmRNAが増える、3)この変異系をマウス造血細胞に発現させるとMDSと同じ血液細胞分化が未熟幹細胞の割合が増え、分化細胞が減ることから、間違いなくMDSの最初の原因になっているというものだった。今日紹介する新しい研究では、1)実際のMDS細胞でRNAスプライシングの全体的異常が起こっていること、2)トランスジェニックマウスモデルでMDS発症を示したこと、3)マウスの造血細胞で実際グローバルなスプライシング異常が起こっていること、4)そしてエクソンが欠失する原因になる認識部位を特定したこと、が加えられている。もちろんこれらの結果は重要だが、シナリオの枠組みは小川さんのものと特に変わることはない。本当なら、昨日紹介した論文のように、スプライシングの失敗による構造変化が直接MDS発症につながった原因遺伝子の特定まで示すべきではなかったかと思う。この論文で特に異常が見られるとしてリストされた分子の中にはEZH2は含まれておらず、他にも直接造血に関わる分子がリストされていないため、MDSの発症機序という点では不満が残る論文だった。とはいえ、今回Cancer Cellに掲載された論文から、小川さんが最初に予想したように、エクソンが欠失するスプライシング異常が、MDSの最初の引き金になることが明らかになってきた。同じ異常は他のガンでも高い頻度で見られる。このプロセスを標的とする薬剤の開発は簡単ではないだろう。だとすると、それぞれの細胞でガン化の直接原因になっている分子の同定が重要だろう。
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