4月17日 ガン抗原を導入した機能的プロバイオ(4月14日号 Science 掲載論文)
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4月17日 ガン抗原を導入した機能的プロバイオ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月17日
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昨日はガン免疫を助けるプロバイオの論文だったが、本当によく使われる乳酸菌などがガン抑制に寄与するかは臨床研究が必要だ。以前紹介した観察研究では、菌を問わずヨーグルトをいつも食べている人では逆にチェックポイント治療が逆効果になることすら示されていた。このように、一般的なプロバイオだけでは確実にガン免疫を誘導できると結論できないとすると、当然人工的にプロバイオ菌を操作して、確実にガン免疫を誘導できるプロバイオを目指すことになる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、皮膚に常在して皮膚菌叢を変化させることが知られている表皮ブドウ球菌(Se)の遺伝子操作法を開発し、これによりガン抗原を発現したSeを作成し、ガン免疫を安定的に誘導できることを示した研究で、4月14日号 Science に掲載された。タイトルは「Engineered skin bacteria induce antitumor T cell responses against melanoma(操作した皮膚常在菌によりメラノーマに対する抗ガンT細胞を誘導できる)」だ。

常在細菌Seは上皮を超えて侵入すると感染症が成立するが、それをT細胞が防いでいることが知られている。すなわち体外にいても、上皮に存在する樹状細胞などにより処理され、免疫が成立している。そこで、ガン抗原をSeに発現させて、ついでにガン免疫も成立させようというのがこの研究の目的だ。

まず、抗原ペプチドから反応するT細胞までほぼ完全にわかっている卵白アルブミン(OVA)に対するT細胞免疫系を利用して、OVAを発現するメラノーマに対する免疫を、OVAを発現するSe細菌を皮膚に塗布することで誘導できないか調べている。

といっても、モデル細菌と異なりSeに遺伝子を導入するのは簡単ではないようだ。まず大腸菌に導入した後、DNAを熱ショックとグリセロール処理後に電気ショックを与える方法を開発し、この方法でSeにOVAを導入している。

とはいえ、ただOVA遺伝子を導入するだけではOVAに対する反応は誘導されず、最終的にCD8T細胞を誘導するペプチドが細胞表面に発現したSeと、OVAを分泌するSeを組みあわせて用いることで、遺伝子操作したSeを皮膚に塗るだけでガン免疫を成立させることに成功している。

重要なのは、CD8、CD4両方のT細胞が誘導される必要があること、および細菌を殺して塗布しても何の効果もないことだ。すなわち、単純なアジュバントと抗原の供給ではなく、皮膚常在によるホストとの免疫バランスが生まれて初めてガン抑制効果が発揮できる。

また、一旦、抗ガン作用が誘導されると、皮膚のメラノーマに限らず、多臓器に転移したメラノーマの増殖も抑制できることから、ガンに対するT細胞は全身に移動して働くことが出来る。

さらに、免疫チェックポイント治療と組みあわせると、多くのマウスでほぼ完全にメラノーマを除去することが可能になる。

最後に、OVAだけでなく、メラノーマが発現するガン抗原ペプチドをバクテリアの表面に発現させたSeと同じペプチドを分泌するSeを作成し、これを塗布しても、OVAに対するのと同じ免疫が成立できることも示している。

以上が結果で、細菌をガン治療に利用する方法の開発はこのブログでも何度も紹介してきたが、常在菌を塗布するという方法でガン免疫を誘導できるというこの研究は新鮮だ。これならガン抗原さえ決まれば臨床研究をすぐ始められるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月16日 プロバイオはガンの敵か味方か(4月6日 Cell オンライン掲載論文)

2023年4月16日
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プロバイオは、バクテリアなどの生きた微生物を使って体を良い方に調整することを指しており、一番わかりやすいのがヨーグルトなどで乳酸菌やビフィズス菌を摂取することで、人間は発酵食品などで古代からプロバイオを利用してきた。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、乳酸菌の中でもさまざまな効果を持つことが示されたことで有名な乳酸菌の一種、ロイテリ菌が、メラノーマのチェックポイント治療を増強する効果とそのメカニズムを調べた論文で、4月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Dietary tryptophan metabolite released by intratumoral Lactobacillus reuteri facilitates immune checkpoint inhibitor treatment(食べたトリプトファンは腫瘍組織内のロイテリキンにより代謝され免疫チェックポイント治療を促進する)」だ。

最初はロイテリキンがガン免疫にも効くのかと読んでみたが、読み終わってさまざまな問題を感じる論文で、ある意味よく採択されたなと感じた。

この研究ではメラノーマの免疫チェックポイント治療(ICI)にプロバイオの効果を調べるために、乳酸菌やビフィズス菌を経口摂取させガンを移植する実験系で、ロイテリキンが最も強いガン免疫増強効果を示すことを発見する。また、メカニズムを探ると、腫瘍組織のCD8T細胞のTc1転写因子の発現が高まり、その結果インターフェロンγが分泌されることによる。

次にガン局所の免疫系が経口摂取したロイテリ菌で変化するのは、ロイテリ菌がガン局所に移動したからではないかと考え、ガン組織をすりつぶして培養すると、ロイテリ菌を摂取した動物では腫瘍組織で1mgあたり1万個から1億個ぐらいのロイテリ菌が存在していることがわかる。

本当にそんな簡単にロイテリ菌がガン組織に移動できるのか気になるが、この論文では元々メラノーマ組織には様々な細菌がおり、ロイテリ菌を摂取したマウスは、これら細菌が押しのけられて、ロイテリ菌がガン組織の主要な細菌になる。

ロイテリ菌がガン組織に移行できるとして、ではロイテリ菌の何がCD8T細胞のインターフェロンγ誘導に関わるのか?この研究では最初から、代謝物センサーとして知られるAhR転写因子のリガンドになるトリプトファンの代謝物indole-3-aldehyde(I3A)に当たりをつけ、

  • I3A合成能が欠損したロイテリ菌では免疫促進作用がないこと、
  • I3Aを直接ガン組織に注射しても同じ効果があること、
  • CD8T細胞のAhR分子を欠損させたマウスではロイテリ菌の効果が見られないこと、
  • I3Aの原料となるトリプトファンを多く摂取させると、ガン抑制効果が高まること、

などを明らかにする。

そして極めつけは、メラノーマ患者さんの血清中のI3Aを測定し、高い血中レベルを示す患者さんではガンのチェックポイント治療の効果が高いことも示している。

以上が主な結果で、この論文だけを読むとロイテリ菌など、AhRのリガンドを合成できる細菌はガン免疫増強効果をしめし、トリプトファンの多い食事と一緒に投与すると、治療を助けることになる。

ただ、AhRについては、これまでガン自体の増殖を高める効果や、膵臓ガンではマクロファージを変化させガン免疫を抑制するという報告もある、2つの顔を持つ分子だ。この研究でもI3Aを合成しない大腸菌でも、おそらく別のAhRリガンドを合成して抗腫瘍効果があることを示しており、AhRが絡む現象は、極めて複雑で、一筋縄ではいかない。従って、もしロイテリ菌がAhRリガンドを分泌するとすると、単純にガンのチェックポイント治療にロイテリ菌と思い込むのは危険な気がする。やはりもう少し臨床的研究が必要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月15日 冬眠のクマからエコノミー症候群治療法を学ぶ(4月14日号 Science 掲載論文)

2023年4月15日
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深部静脈血栓症はエコノミークラス症候群として知られており、要するに水分をあまり取らずにじっと座っていることで、これが肺血栓塞栓症へと発展すると命にかかわる。

今日紹介するミュンヘン大学を中心とする研究施設が発表した論文を読むまで全く気づかなかったが、エコノミー症候群と同じ問題が、冬眠状態ではどうして起こらないのか確かに不思議だ。動物の多様性と済ませることもできるが、同じ様に車椅子に拘束されざるを得ない脊髄損傷の患者さんではなぜエコノミー症候群が起こりにくいのか?確かに不思議だ。

この疑問を冬眠中の熊の血液を調べて解明し、これが脊髄損傷患者さんでも同じメカニズムで血栓を防いでいることを示したのがこの研究で、4月15日号 Science に掲載された。タイトルは「Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human(じっとしていることによる血栓を防ぐメカニズムは人間からクマまで広く哺乳動物に保持されている)」だ。

このグループが提起した問題については既に紹介した。事実、冬眠中に死んだスウェーデンのヒグマを調べた研究では、血栓を認めることは0.4%にしかすぎない。

この差を調べるために、夏活動中のクマと冬眠中のクマの血液を採取、ヘリコプターやスノーモービルまで用いた輸送作戦で実験室に運び、血栓形成に関わる凝固機能、血小板機能を徹底的に比較し、

  • 冬眠中のクマ血液は血栓が起こりにくい。
  • この原因は凝固系の変化ではなく、血小板自体の変化にあること。

をまず明らかにする。

次に、冬眠中と活動中の血小板で発現するタンパク質を比較し、血小板活性化に関わるさまざまなタンパク質の発現が低下しており、確かに冬眠中のクマでは血栓を起こしにくくなっていることを確認するとともに、特にセリンプロテアーゼ阻害剤HSP47の発現は50分の1に低下していることを発見する。

この結果はHSP47を低下させることで血栓形成が防がれる可能性を示唆する。そこで、遺伝子操作でHSP47が血小板で欠損させた骨髄細胞を移植し、運動を抑制すると血栓の形成を強く抑制することができる。HSP47には阻害剤も存在するので、トロンピンによる血小板凝集反応を調べると、阻害剤により強く抑制できることもわかった。

HSP47は線維芽細胞内でコラーゲンの折りたたみを助ける分子だが、血小板膜状でコラーゲンを安定化させインテグリンを介する血小板の活性化に関わることも知られている(メカニズムは読み飛ばしてほしい)。そこで、HSP47の機能について検討し、HSP47はトロンビンの血小板表面への結合を支持する働きがあり、血小板凝集を高めることを明らかにした。これに加えて、血小板由来のHSP47は白血球の自然炎症反応を高めて、血栓内での炎症を増強することもわかった。

最後に、同じメカニズムが脊髄損傷で下肢の運動が阻害された患者さんで言えるかを調べ、脊損患者さんでも血小板の凝集による血栓が起きにくくなっており、HSP47レベルも強く抑えられていることを臨床例で明らかにしている。

以上が結果で、熊の冬眠から始まり、脊髄損傷患者さんまで、深部静脈血栓が起こりにくくなるメカニズムが示されたこと、さらにHSP47という標的が見つかったことで、エコノミー症候群に限らず深部静脈血栓の予防法の開発につながると思う。

しかし、慢性の運動抑制がどうしてHSP47の発現低下を誘導するのかについては明らかになっていないのが残念だ。ここがわかれば、さらにエコノミー症候群の対策が可能になる様な気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月14日 脊髄動物特異的Visual cycleは細菌遺伝子を利用している(4月10日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2023年4月14日
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レンズを持つカメラ型の目は脊髄動物以外にも存在するが、visual cycleと呼ばれる、視細胞内で光により構造変換したレチノール(11-cis-retinalからall trans retinolへの転換)を、網膜色素細胞へと輸送し、そこでもう一度 11-cis-retinal へとリサイクルして、また視細胞へと輸送するシステムは脊髄動物特異的で、5億年前に脊髄動物が進化するときに完成したと考えられる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、視細胞と網膜色素細胞間のレチノール輸送に関わる visual cycle の鍵とも言える分子、interphotoreceptor retinoid-binding protein(IRBP)が、驚くなかれ脊髄動物進化の最初にバクテリアから水平伝搬されてきたことを示す論文で、4月10日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Bacterial origin of a key innovation in the evolution of the vertebrate eye(脊髄動物の目の進化の鍵となるイノベーションはバクテリアに由来する)」だ。

この研究では IRBP進化系統樹の作成過程で、相同遺伝子が原核細胞には存在するのに、脊髄動物以外の真核細胞にはほとんど存在しないことを発見する。すなわち、脊髄動物が進化の過程でバクテリアから遺伝子が水平伝播したと考えられる。実際にはヒトゲノム計画終了時にもIRBPはバクテリアから水平伝播した遺伝子の一つとされていたが、その後これらは紛れ込んだバクテリア遺伝子のコンタミとして片付けられてきた。

しかし、IRBPはイントロンをもつれっきとした脊髄動物遺伝子で、しかもイントロン構造も含め全ての脊髄動物で保存され、また機能的にも脊髄動物の視覚機能に必須の分子だ。従って、IRBPと相同な遺伝子がバクテリアのペプチダーゼの一つS41であることは、間違いなく水平遺伝子伝播でバクテリアから入ってきた遺伝子であること考えざるを得ない。

S41からの進化過程を調べると、S41は脊髄動物の先祖に一回だけ伝播し、その後ペプチダーゼとしての機能を失った後、二回の遺伝子重複の過程で、現在の構造が生まれ、visual cycleの鍵分子としてリサイクルされたことになる。

脊髄動物に近い、脊索動物や尾索動物のホヤを調べると、尾索動物には全く存在しないが、脊索動物には存在している。この結果は、脊髄動物と脊索動物が別れる前にS41遺伝子が伝播してきたことを強く示唆するが、よく調べてみると、エクソン/イントロン構造が異なっていること、より脊髄動物に近い後索動物に騒動遺伝子が存在しないこと、そして脊索動物の相同遺伝子より、バクテリアのS41のほうが脊髄動物IRBPに近いことから、脊索動物の相同遺伝子は、独立した水平伝播の結果だと結論している。

同じ様なS41水平伝播が起こっていないかをさらに調べた結果、ゲノムデータベースに残るS41相同遺伝子の多くはバクテリアのコンタミネーションだが、真菌の仲間には一度水平遺伝子伝播が起こっていることも確認している。

以上が結果で、水平遺伝子伝播が、全く新しい機能の創発を助けていることがわかる。現在のところ、脊索動物の相同遺伝子の機能は全くわかっていないので結論できないが、もし脊索動物でも脊髄動物と同じ機能を持つとすると、独立した水平伝播が同じ機能へ収束したことを示す重要な例になる様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月13日 麻酔からの覚醒は麻酔剤濃度が低下するためだけではない(3月27日 Nature Neuroscience オンラン掲載論文)

2023年4月13日
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麻酔のメカニズムについては多くの研究が行われており、またこのブログでもいくつか紹介してきた。しかし、麻酔から覚める過程については、薬剤が脳内から消失する、すなわち薬が切れることで起こるものだと考えてきた。

今日紹介する中国深圳にある南方科学工学大学からの論文は、全身麻酔によって視床後内側核特異的にクロライドイオン(Cl-)チャンネルが抑えられることで麻酔の効きが抑制され、ここから刺激が出ることで、覚醒を早めることを示した研究で、3月27日号 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Emergence of consciousness from anesthesia through ubiquitin degradation of KCC2 in the ventral posteromedial nucleus of the thalamus(麻酔からの意識の覚醒は視床腹側後内側核でのKCC2チャンネル分子のユビキチン化と分解により起こる)」だ。

この論文を理解するためには、麻酔に関わるGABA受容体とKCC2チャンネルについての予備知識が必要だ。異論もあるが、全身麻酔にGABA受容体が重要な働きをしていることは広く認められている。GABA受容体はGABAに反応してイオンチャンネルを開けて、細胞内を過分極させることで神経興奮を抑える。これに対し、KCC2は神経特異的に存在するCl- のトランスポーターで、細胞内GABA受容体の効果を持続させる。すなわち、KCC2の発現が低下すると、GABAの効果が低下することが分かっている。たとえば、このブログでよく取り上げるRett症候群ではKCC2の発現が低下することでてんかんが起こるが、これはGABAによる抑制がうまくいかないからと言える。

この研究では全身麻酔とKCC2発現レベルに注目し、麻酔剤を問わず全身麻酔で意識が低下すると、視床腹側後内側核(VPM)特異的にKCC2の発現が低下することを発見する。そして、KCC2をVPM特異的にノックダウンすることで、麻酔の効きが低下することを確認する。この発見が研究のハイライトで、全身麻酔で意識がなくなると、VPMでは逆に麻酔の効きを抑えて神経活動を保つ方向の動きが起こっていることになる。

次に、なぜKCC2タンパク質の発現が低下するかを探索し、KCC2のスレオニンがリン酸化されることで、ユビキチン化され、この結果KCC2の分解が進むことを明らかにしている。すなわち、メカニズムはわからないが、麻酔剤に拘らず神経活動が低下すると、VPM特異的にKCC2のリン酸化、それに続くユビキチン化、分解がおこり、Cl- 輸送が抑えられることで、GABAの効果を抑える方向に働くことがわかった。

以上をまとめると、もちろん麻酔薬の濃度が低下することが麻酔から覚める要因だが、麻酔後30分ぐらいからVPMでおこるKCC2発現低下により、VPMでは麻酔剤の効果を抑えることで、脳全体にシグナルを送り、麻酔からの覚醒を積極的に助けているというシナリオだ。実際、麻酔中にてんかん発作が起こることはよく知られており、ひょっとしたらVPMでの KCC 2の低下によるのかもしれない。いずれにせよ、このメカニズムは麻酔剤の種類に関わらず起こるので、今後意識の回復しない患者さんの覚醒方法開発にも発展する可能性はある。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月12日 ダイエットが成功しにくい理由(3月24日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2023年4月12日
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カロリー制限だけでなく、たとえば肥満外科療法で体重を落としても、リバウンドしてしまうことが多い。すなわち、ダイエットの長期的成功には欲望を抑える理性が必要で、体重が落ちたからと安心してしまえば元の木阿弥になる。

このメカニズムは、体のカロリーバランスを検知してその情報を食欲中枢で知られる視床下部弓状核にあるアグーチペプチドを分泌する AgRP神経細胞を刺激する回路が存在するからだが、今日紹介するドイツ ケルンのマックスプランク代謝研究所とハーバード大学からの論文は、体重低下を感知して活性が高まる視床下部の房室核と AgRP神経サーキットの特性を詳しく調べることで、体重を減らしても結局元に戻るメカニズムを調べた研究で、3月24日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「A synaptic amplifier of hunger for regaining body weight in the hypothalamus(視床下部で体重が元に戻るまで食欲を高めるシナプス増強システム)」だ。

この研究では神経活動の記録および光遺伝学による神経活動操作をベースに、視床下部の房室核にある Thyrotropin(TRH)分泌細胞と弓状核の AgPR神経をつなぐシナプスの興奮が、カロリー制限で高まることが、カロリー制限で食欲が高まり体重を元に戻す過程で最も重要な神経回路であることを確認している。

そして、この2領域を結ぶシナプスの特性について詳しく検討し、房室核 TRH細胞が活性化されると、AgRP神経とのグルタミン酸受容体依存的シナプス結合の活性が高まり、結果 AgRPの興奮が続くことを明らかにする。すなわちカロリーバランスが房室核にどう伝わるのかは解明が必要だが、このシグナルは一度房室核TRH細胞の活性化に収束して、ここから AgRPを直接結ぶ回路のシナプス数を増強させ、食欲を持続的に上昇させることがわかった。

ここまではある程度わかっていたことだが、この研究では光遺伝学を用いて TRH細胞を短期に刺激する実験を行い、これにより食欲は刺激が終わっても、24時間活動が高まったまま維持されること、さらには体重は1回の刺激で2週間ぐらい上昇し続けること、またこの上昇はグルタミン酸受容体を阻害することで完全に元に戻ることを明らかにしている。

すなわち、このシナプスの変化は一種のエピジェネティックな変化で、一定の持続性がある。以上の結果から、ダイエットすると体重バランスが元に戻るまでは、常にこの回路の刺激が続き食欲がたかまる。また、元に戻ってもシナプスが正常化するには少し時間がかかって、リバウンドしてしまうという結果だ。

しかし、これはダイエットという極めて現代的な視点で見た時の話で、実際には食べられない限り、餌を求めて行動するために食欲を高めるのは当然のことだろう。おそらく重要なのは、この回路を使って体重が減っても食欲がわかない人を助けることではないかと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月11日 磁石と鉄粉でグリオブラストーマを除去する(3月29日号 Science Advances 掲載論文)

2023年4月11日
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グリオブラストーマ(Glioblastoma)はおそらく最悪のガンの一つで、現在もなお確実な治療法がない。ガン細胞は周りに浸潤しやすいため、完全な切除が難しく、ガンの量を減らした上で放射線や化学療法を組み合わせる治療が行われるが、すぐに耐性が生まれるため進行を止めることが難しい。

現在免疫治療を始めさまざまな新しい方法が試みられているが、今日紹介するカナダ・トロント大学からの論文はカーボンナノチューブに取り込ませた鉄粉を磁石で引っ張って細胞にストレスを与えることでガン細胞を繰り返し除去しようという試みで、3月29日号の Science Advances に掲載された。タイトルは「Mechanical nanosurgery of chemoresistant glioblastoma using magnetically controlled carbon nanotubes(磁石でコントロールできるカーボンナノチューブを用いた薬剤耐性のグリオブラストーマのナノ手術)」だ。

このグループはグリオブラストーマにメカノセンサー分子PIEZOが腫瘍増殖に関わることを見出していた。そこで、細胞を機械的に刺激する方法を検討する中で、カーボンナノチューブに鉄微粒子を詰め込んで細胞表面や細胞内に取り込ませた後、磁場を使ってナノチューブを引っ張ってメカニカルストレスを与える方法を思いつく。

あとは鉄が50%重量のカーボンナノチューブ(CNT)を作成し、まず試験管内の細胞に加えて方向が変化する磁場を与えると、30%の細胞がアポトーシスに陥ること、この時CNTの多くは細胞表面と共に、細胞内にも取り込まれていることを電子顕微鏡で確認している。さらに、時間が経過すると3割近いCNTはミトコンドリアに到達することも発見する。事実、細胞死に陥った多くの細胞では、方向が変化する磁場に晒すことで、ミトコンドリア膜が強く障害されることを示している。

以上の結果は、最初はPIEZOメカノセンサー機能とほとんど関係ないように思えるが、最終的には結果オーライで、CNTを取り込ませて磁場で操作すると、主にミトコンドリアを中心にストレスを与えて細胞を殺せることがわかった。

次は脳に移植した腫瘍にCNTを注入、CNTが腫瘍膜および細胞内に取り込まれるかを調べている。注入した半分のCNTは細胞外液に存在するが、残りは細胞膜および細胞内に取り込まれる。

この状態で、磁場を主要部分にフォーカスし、磁場の方向性を変えてCNTを腫瘍上、あるいは腫瘍内で動かして細胞にストレスを与えると、完全ではないが腫瘍増殖を遅らせることができる。

そこで、腫瘍への取り込みをさらに上げるためにCNTにCD44抗体を結合させ投与すると、さらに高い抑制効果を達成できている。また、この方法は、化学療法耐性になって手の施しようのないグリオーマにも同じように効果を示した。

以上が結果で、細胞を殺すメカニズムについてはさらに検討が必要だと思うが、腫瘍内注射と磁場という副作用が少ないと期待できる方法で、腫瘍細胞数を、極端に言えば何度でも減らすことが可能であるなら、免疫療法などと組み合わせてかなり期待できる方法になるのではと思った。しかし、こんな方法もあるのかと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月10日 アデノウイルス生成過程に必要な相分離(4月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月10日
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アデノウイルスでは、ゲノムの複製と、ゲノムのウイルス粒子へのパッケージングは核で行われる。ウイルス構成タンパク質は当然細胞質で合成されるので、これらの分子は核内へ移行して、感染初期にはウイルスの複製を支持し、後期には複製されたウイルスゲノムをウイルス粒子に包むパッケージングが行われる。当然、ウイルス粒子構成成分を核内で濃縮するために、相分離が利用されると想定されるが、これまで研究はあまり行われていなかった。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、構造学的特徴からウイルスのパッケージングに関わる52Kタンパク質が相分離のオーガナイザーとして働いている可能性を探求し、この分子が核内で相分離を起こし、そこに他のウイルスカプシドタンパク質を引き込んで、最終的なウイルス生成に備えることを明らかにした研究で、4月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A viral biomolecular condensate coordinates assembly of progeny particles(ウイルスの生物分子相分離によりウイルス粒子の集合が調節される)」だ。

アデノウイルスに感染した細胞の核内でのウイルスタンパク質の局在を調べると、ゲノム複製に関わる大きな構造とともに、相分離を強く示唆する小さな球状構造が認められる。そして、この構造の中にウイルス粒子形成に関わるタンパク質が相分離して存在していることがわかった。

構造的に相分離が可能なのは52Kと呼ばれるタンパク質で、相分離をリードすると考えられる。事実、試験管内で52Kタンパク質は単独で相分離した液滴を形成する。また、他のカプシドタンパク質も、52Kが存在すると相分離体の中に取り込まれる。そして、52K遺伝子を欠損させたアデノウイルスを感染させると、感染後期に現れるカプシドタンパク質が入った相分離体だけが形成されなくなる。

以上、52Kタンパク質が総分離してカプシド形成に必要なタンパク質が濃縮された領域を核内に形成することがわかったが、これら分子ウイルスゲノムを取り込んで、成熟したウイルス粒子へと発展する必要がある。この過程で、52Kタンパク質を含む相分離体がどう変化するか、継時的に調べると、ウイルスゲノムがパッケージされる過程で相分離体は小さくなり、52Kタンパク質も相分離体を離れて核の周辺へと移行する。すなわち、ゲノムをパッケージする必要が生まれると、相分離体からウイルス粒子形成に必要なセットがゲノムに向けて移行し、そこでパッケージングが行われると考えられる。事実、ゲノム複製を阻害すると、相分離体は逆に大きくなる。

52Kタンパク質の相分離にはN末部分の相分離に必要なintrinsically disorderd region(IDR)と呼ばれる特徴的部分が存在するが、この領域の詳しい機能解析を行い、これまで見てきた相分離形成、また相分離からの脱出過程のそれぞれに必要な部分がIDRに備わっており、最初IDRが絡まり合って相分離が始まり、また他のタンパク質も相分離体へ引き込まれるが、その後IDRのプロリンの多い領域を介してカプシドタンパク質が集合し始めると、これをきっかけに相分離体から排除され、ゲノムの存在する部位へと移行し、ウイルスが形成されることを示している。

具体的な実験についてはかなり省いて紹介したが、IDRはカプシドタンパク質を相分離により集めて効率よく組み立てを開始する部品工場のようなもので、部品ができてくると、自然にそこを離れて完全なアッセンブリーを行う工場へと移行する過程に、52Kタンパク質のIDRが重要な役割を演じているという結論だ。

我々の細胞は言うに及ばず、バクテリアからウイルスまで、もう相分離なしに生命機能は維持できない。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月9日 クレージーオスアリのクレージーな発生(4月7日号 Science 掲載論文)

2023年4月9日
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オス・メス、性決定のメカニズムや生殖の様式は実に多様で、性と生殖の生命にとっての重要性を物語る。しかし、今日紹介するドイツ・マインツにあるグーテンベルグ大学からの論文が明らかにしたCrazy Ant(アシナガキアリ)のオスの発生機構は、想像を超えたまさにクレージーな様式だった。タイトルは「Obligate chimerism in male yellow crazy ants(アシナガキアリのオスはキメラとして発生することを運命づけられている)」だ。

アシナガキアリはメス(女王)アリ、働きアリ、そしてオスアリに分かれている。このグループはアシナガキアリのゲノム構造を調べる過程で、オスのゲノムだけが通常の法則では理解できないことに気がついた。アシナガキアリはメスも、働きアリも2倍体だが、メスにはないゲノム領域を有する対立遺伝子を働きアリは持っており、これをWとすると、メスではRR、働きアリではRWであることがわかっている。一種の性染色体みたいなものだが、オスメスの区別とは無関係なゲノムの分離が起こっていることになる。性染色体がないとするとオスができないのではと心配する必要はない。昆虫では一倍体のまま発生が始まるとオスになって性生殖だけのために存在することは普通にある。この場合はオスはRかWのゲノムどちらかを持つ一倍体になる。そのつもりで多くの個体を調べたところ、一倍体と思われるオスも存在するが、予想に反してRとWの両方が存在するオスが65%も存在することを発見する。

また、同じ個体を調べると組織によりRとWが別の組織(例えば右足と左足)に存在するケースも見つかった。これらの結果から、オスは一倍体だが、RあるいはWゲノムを持つ一倍体の細胞が一個体に混在するキメラである可能性を示唆している。

そこで、各組織をin situ hybridation、あるいはPCRなどを駆使して調べると、個体中には2倍体細胞は全く存在しないこと、そしてほとんどの個体がRおよびWを持つ細胞をもつキメラであることを確認する。

では、1倍体かつキメラのオスはどう発生してくるのか。Rの卵子がWの精子で受精すると、通常はRゲノムとWゲノムが融合して2倍体のゲノムができるが、この場合アシナガキアリは働きアリになる。ただ、RとWのゲノムが融合せず、一つの卵の中で別々に発生を始めると、RとWの別々の細胞を持つキメラ個体として発生することになる。ゲノムとしては一倍体なので、オスに発生するのだが、精子としては一つの個体がRもWも生産することになる。

ただ、Rを持つ細胞は体細胞に分化しやすく、Wを持つ細胞は生殖細胞になりやすいため、R型精子とW型精子の比率は、3:7になっている。

以上が結果で、R細胞が体細胞に適していることを考えると、Wの1倍体個体は生存能力が低いため、この問題を解決するために、キメラで発生することで、R細胞の衣を被ったキメラ個体として発生することになったのだと思う。

これ以外にもアシナガキアリメスは、受精した精子を貯めておいて順番に卵を授精させる仕組みを持っている。後付けでは説明はいくらでもできるが、このような発生様式を選ばせた選択圧はなんだったのか?思えば思うほど昆虫の多様性に驚嘆する。

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4月8日 PM2.5と肺ガン:疫学から動物実験までカバーする総合的研究(4月6日 Nature オンライン掲載論)

2023年4月8日
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私が研究を始めた頃はまだゲノム解読ができないため、発癌研究というと、疫学か、発ガン物質の動物への投与実験が中心だったと思う。遡ればこのルーツが山極勝三郎のコールタールの塗布による人口発ガン実験と言えるだろう。煙突掃除の皮膚ガン発生という疫学データを手がかりに、ウサギの耳にガンを誘導することに成功した。

今日紹介する英国フランシス・クリック研究所を中心とする129施設が共同で発表した論文は、大気中のPM2.5による発ガンのメカニズムを、疫学、ゲノム、動物実験を組み合わせて解明した、総合的医学研究のお手本になる研究で、4月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lung adenocarcinoma promotion by air pollutants(大気汚染による肺腺ガン促進機構)」だ。

肺ガンというとすぐタバコが原因にされてしまうが、疫学的には全くタバコを吸ったことのない人にも肺ガンは起こるし、またガンゲノムを詳しく解析すると、喫煙者のガンの1−2割は、タバコ以外の原因によるゲノム変異がおこっている。

タバコ以外の原因として問題になるのが大気汚染、特に現代社会ではPM2.5として知られる空気中の微粒子だ。この研究では英国、韓国、台湾などさまざまな疫学データから、間違いなくPM2.5が肺ガンのリスクを上昇させていることを確認した後、PM2.5を吸入させる発ガン実験に進んでいる。

山極勝三郎の時代と異なり、現代はゲノム変異を人為的に誘導して発ガンを早め、発ガン因子のゲノムへの影響と、それ以外の効果を区別することができる。非喫煙者の肺ガンの多くは腺ガンで、EGF受容体分子の変異を持っている。そこで、発ガン遺伝子セットを人為的に誘導する実験系にPM2.5を組み合わせると、発ガンを明らかに促進することが明らかになった。

この実験系でPM2.5が発ガンを促進させるメカニズムを探ると、直接ゲノムに働いて変異を誘導する可能性や、ガン免疫を抑制してガンを促進する可能性はほとんどないことを確認している。

では何が起こっているのか?これを調べるために、PM2.5に暴露された肺胞上皮細胞、マクロファージの遺伝子発現を調べると、発ガン遺伝子の発現とは関わりなく、マクロファージでIL-1βを中心に炎症性サイトカインの発現が高まり、肺胞上皮が未分化型に変化していることがわかった。すなわち、マクロファージに取り込まれたPM2.5が炎症を誘導し、この炎症性サイトカインが肺胞上皮を未分化細胞へとリプログラムすることで増殖が高まりガンが促進される可能性が考えられる。

この可能性を証明するため、発ガン遺伝子を発現させたマウスにPM2.5暴露した時におこる発ガン促進実験にIL-1β抗体を加える実験を行い、マクロファージからのIL-1β活性を抑えるだけで発ガン促進を完全に抑えることができることを示している。

最後にこのシナリオをもう一度疫学的に確認している。まず、非喫煙者の肺ガンの主流である腺ガンのEGF受容体変異が、ガンとは関わりなく5万回に1回程度の確率で起こっていること、そしてこの変異がPM2.5への暴露を反映する肺胞への炭粉沈着と相関することを明らかにし、炎症により肺胞細胞が未熟化して増殖が高まることがEGF受容体変異を誘導していることを明らかにしている。

以上が結果で、疫学からゲノム解析、そして動物実験まで、読んでいて圧倒される研究だと実感する。大気汚染と肺ガンは長年の問題だが、炎症と発ガンの問題として新しく提示された。

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