4月2日 自宅で可能な遺伝子治療:遺伝性水疱症の治療(3月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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4月2日 自宅で可能な遺伝子治療:遺伝性水疱症の治療(3月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月2日
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長い研究の歴史を経て、遺伝子治療は現在急速に拡大しており、治療として認可された製品も続々登場している。今回のアデノウイルスワクチンも、あるいはmRNAワクチンだって遺伝子治療と言っていいだろう。すなわち、遺伝子を細胞内に導入して必要な分子を合成させるだけなら、看護師さんに注射してもらうだけでいいぐらい簡単にできるようになっている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、コラーゲンVIIの欠損により起こるDystrophic epidermolysis bullosaとして知られる、水疱症を、なんと自宅で治療できる様にしようとする研究で、皮膚領域とは言え遺伝子治療がさらに一般治療に近づいていることを感じさせる。タイトルは「In vivo topical gene therapy for recessive dystrophic epidermolysis bullosa: a phase 1 and 2 trial(劣性dystrophic epidermolysis bullosaに対する塗布による遺伝子治療:phase 1及びphase 2 治験)」で、3月28日Nature Medicineにオンライン掲載された。

遺伝性の水疱症は上皮を維持するためのマトリックスの遺伝子欠損により起因し、遺伝子治療や移植治療が試みられてきた。ラミニン遺伝子欠損の患者さんを、遺伝子導入した皮膚移植で治療した研究については2017年に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7648)。

今日紹介する研究の対象疾患は、コラーゲンVII欠損により起こる劣性dystrophic epidermolysis bullosa(RDEB)で、少しの刺激で皮膚に水疱が生じびらんができる。治療により傷は修復できるが、これが繰り返されるため、痛みと皮膚のびらんが続く。さらに、炎症を繰り返すことで悪性の扁平上皮ガンの発生が高率に起こる。

この治療には遺伝子治療か細胞治療しかない。最初、他人から骨髄移植を受けて線維芽細胞を置き換える試みが行われ、一定の効果が見られているが、元々負荷の高い骨髄移植治療を皮膚に水疱やびらんが有る患者さんに行うメリットがあるかは評価が定まっていない。また、ラミニン遺伝子欠損と同じように、遺伝子導入した皮膚細胞移植も試みられている。

これに対し、このグループは最初からびらんしている皮膚に自宅で遺伝子治療用ベクターを塗布出来る治療を目指している。

このために選んだベクターが、単純ヘルペスウイルス(HSV)ベクターで、感染力が強いだけでなく、大きな遺伝子を導入できること、そして自然免疫を刺激しないという重要な特徴を持っている。

詳細は省くが、細胞内での増殖能を欠損させたHSVベクターに、9kbのコラーゲンVII全長遺伝子を組み込み、このウイルスとMETHOCELと呼ばれるゲルと混ぜた塗布可能な遺伝子治療剤B-VECを開発している。

まず、培養細胞、そして免疫不全マウスに移植した患者さんの皮膚への感染実験で効果を確かめた後、1相、2相の治験を行っている。

重要なのは治療方法で、水疱が出来びらんした局所だけを狙った治療を行っている。ウイルスが入ったゲルを患部にまんべんなく、目薬をさすように一滴一滴垂らした後、一般に使われている非接着性の絆創膏(Tegaderm)をかぶせるだけだ。これを1日おきぐらいに繰り返して安全性や結果を見ている。

この治療により、8割の患者さんでびらんは閉じ、100日以上維持できたが、偽薬投与群ではびらんが完全に閉じることはなかった。また、皮膚バイオプシーで、全層にわたって上皮と真皮の間にコラーゲンVIIの分泌を確認している。

以上が結果だが、値段はともかくとして、自宅でできる遺伝子治療の可能性を期待させる結果だ。同じ病気では角膜損傷も起こることから、今後は目薬なども考えられるだろう。いずれにせよ、値段が一番気になる。

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4月1日 肥満がアレルギー症状を悪化させるメカニズム(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月1日
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Covid-19重症化のリスクファクターとして肥満がリストされ、この指針に従って治療選択も行われているが、そのメカニズムについては明らかになっているわけではない。一般的に、多くの炎症反応が肥満によって悪化することは広く知られているため、Covid-19のケースもその一つかなと納得してしまっている。

今日紹介するソーク研究所とカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、接触性皮膚炎をモデルとして、アレルギー性炎症が肥満で悪化するメカニズムを解明した臨床応用も期待できる研究で、3月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Obesity alters pathology and treatment response in inflammatory disease(肥満は炎症性疾患の病理と治療反応性を変化させる)」だ。

研究ではまず、高脂肪食を70日与えて肥満にしたマウスに、化学化合物(MC903)を塗布してアレルギー性皮膚炎を誘導し、正常マウスと比べている。結果は期待通りで、肥満マウスでは炎症の程度が数倍高い。

この炎症はT細胞の抗原反応により誘導されることがわかっているので、次に炎症部位のT細胞をsingle cell RNAseq(scRNAseq)で調べると、同じ炎症と言っても参加するT細胞が質的に異なっていること、すなわち通常のTh2型T細胞が主体の反応から、Th17主体の反応へ変化している。

これを裏付けるように、Th2型反応に対して効果が高いIL4/IL13に対する抗体治療を行うと、正常マウスでは炎症が軽快するのに、肥満マウスの炎症は逆に悪化する(これは現在抗体治療を行っている皮膚科にとっては重要な所見だと思う)。

T細胞の分化にRORγなど核内受容体が関わっていることが知られているので、肥満によるT細胞の質的変化の原因が核内受容体の変化に起因すると仮説を立て、肥満と正常マウスのTh2型細胞を比較した結果、肥満マウスでPPARγの発現が低下していることを発見する。すなわち、Th2型の反応が維持されるためにはPPARγが必要で、これが低下することでTh17型へとシフトする可能性が示された。

この可能性を確かめるため、T細胞でPPARγ遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、接触性皮膚炎を誘導すると、肥満マウスと同じようにTh2型反応がTh17型にシフトし、またIL4/IL13に対する抗体治療により、より炎症が悪化する。すなわち肥満による反応の質的変化を完全に再現できる。

以上の結果から、肥満マウスでもPPARγを活性化させることで、Th2型の炎症に戻セル可能性が示唆される。そこで、糖尿病のインシュリン抵抗性を治療するために用いらているチアゾリジン系のPPARγ活性化剤を投与して、肥満マウス接触性皮膚炎を誘導すると、期待通りTh2型の反応に戻り、炎症の程度は低下、またIL4/13による治療が可能になる。

以上が結果で、モデルマウスに実験は終始しているが、臨床的なヒントが示された面白い研究だと思う。

この研究をトランスレートするとすると、皮膚炎や喘息が通常の治療法では改善しない肥満患者さんには、出来ればTh17型へのシフトが起こっているか調べた上で、チアゾリジン系の薬剤を併用してみるという話になるのだろう。また、Covid-19の炎症についても、PPARγについて調べ直してみることは重要だと思う。

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3月31日 意外にもB細胞がアセチルコリンを分泌して造血を調節している(3月28日 Nature Immunology オンライン掲載論文)

2022年3月31日
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エーザイの抗アルツハイマー病薬、アリセプトは、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤で、アセチルコリン(Ach)の分解を抑えることで、Achの量を相対的に上昇させる薬剤だ。

今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文はマウスにアリセプトを投与したとき、白血球減少が見られるという観察から始め、これがB細胞によるアセチルコリン分泌を介している可能性を示した研究で、3月28日Nature Immunologyにオンライン掲載された。意外性で惹きつけるタイトルは「B lymphocyte-derived acetylcholine limits steady-state and emergency hematopoiesis(B細胞由来のアセチルコリンが定常状態及び緊急事態の造血を制限する)」だ。

タイトルで驚いたが、著者欄を見るとDavid ScaddenやPeter Libbyといった大御所が加わっておりさらに驚く。しかし研究自体はアリセプトの効果の原因を探るといった感じで、オーソドックスな研究で、内容からScaddenやLibbyが加わるのもよくわかる。

アセチルコリンの骨髄への影響を知るため、まずアセチルコリンを合成する酵素を持つ骨髄細胞を探すと、ほぼ全てがB細胞集団であることがわかった。

次は、本当にB細胞のアセチルコリンが造血に関わるのか調べるため、B細胞特異的に合成酵素をノックアウトすると、期待通りノックアウトマウスではB細胞のアセチルコリン分泌量が低下するとともに、骨髄造血、特に白血球造血が上昇している。

次にAch受容体を発現する細胞を探ると、ストローマ細胞集団で発現が見られ、またAch受容体がノックアウトされると、Ach合成酵素ノックアウトと同じ効果がある。すなわち、B細胞のAchがストローマ細胞に作用して増血を調節していることになるが、このメカニズムは完全に明らかにできていない。

例えばAchのB細胞でノックアウトしたマウスでは、骨髄造血に必要なCxcl12が低下していることを示しているが、Cxcl12は未熟幹細胞の維持に必須であると考えると、Achで低下しているとすると、もっと未熟幹細胞が低下してもいいように思うが、そうではない。ただ、この結果か、少し分化した顆粒球系の幹細胞が増加している。とすると、AchはCxcl12発現を上昇させて、未熟幹細胞を維持する役割があるのかもしれない。その場合、老化に伴う造血系の変化をアリセプトが改善する可能性すらある。

そこで、メカニズムを追求するのはやめて、Achにより白血球のリクルートが調整されるという結果を受けて、動脈硬化での炎症がB細胞のAchで影響されるか、ノックアウトマウスを用いて調べている。Libbyたちがこれまで示しているように、Achが抑えられ、白血球が増加していると動脈硬化巣へのマクロファージや顆粒球の浸潤が高まることが確認されている。また、心筋梗塞巣への血球の浸潤を見ても同じで、白血球浸潤が高まる結果マウスの死亡率が高まる。

最後に、これが人間にも当てはまるか、心筋梗塞を起こした時にアリセプトを服用していた患者さん(Achが高い)を集め、服用していなかった群と比較して、血中の白血球数の上昇が少ないことを示し、Achが血中の白血球上昇を抑えるのは人間でも当てはまると結論している。

少し尻切れトンボの感が強い論文だったが、しかしB細胞がアセチルコリンの供給源とはともかく驚く。

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3月30日 Amber 変異が遺伝子治療で復活する(3月23日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月30日
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CRISPRで変異を正常化することが遺伝子治療の究極の目標だと思う。特に、X染色体にある変異の場合、正常遺伝子を導入することは、変異を持つ細胞には良いが、正常な方の細胞では発現が高まり複雑な症状が生まれる心配もある。しかし、今のところ遺伝子ノックアウトの効率は高くとも、正確にコドンを変化させるとなると、まだまだ先の話だ。

この問題を、まだコドン表などができない昔に発見されたamber変異を用いて解決するための条件を探ったのが、今日紹介するMassachusetts Chan Medical Schoolからの論文で3月23日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「AAV-delivered suppressor tRNA overcomes a nonsense mutation in mice(AAVベクターを用いてサプレッサーtRNAを導入するとマウスのナンセンス変異を克服できる)」だ。

サプレッサーtRNAは極めて懐かしい名前で、若い人たちはもはや習っていないのではと思う。かくいう私も、なぜアンバー変異と呼ぶのかは把握していないが、ストップコドンの一つ、アンバーコドン(UAG)を他のアミノ酸に代えることで、premature terminationを防いで正常なタンパク質を合成できるようにする、tRNA側の変異を意味する。

突然変異の多くは、変異により本来のストップコドンより前にストップコドンが現れ、正常なタンパク質ができず、mRNAもすぐに壊れるため、機能分子を作れない。そこで、premature terminationコドンを、UAGを認識してアミノ酸を付加できるAmber suppressor tRNAを導入することで、一つアミノ酸は変化しても、ともかく完全なタンパク質を合成させようという方法が可能かどうか検証することがこの研究の目的だ。

この研究ではpremature terminationコドンを導入した蛍光分子の遺伝子の活性をレスキューする実験で、UAGストップコドンにチロシンを導入できるtRNAが、遺伝子変異を高率にレスキューできることをまず明らかにしている。

あとはこのsuppressor tRNA(変異を抑制できるという意味で付けられる名前)を、培養細胞、そして遺伝子変異を持ったマウスの肝臓に、アデノ随伴ウイルスを用いて導入し、機能分子の合成を復活できるか調べている。

何十年も前にアンバー変異として見つかっているのだから、うまくいくのが当然と思われるかもしれないが、遺伝子治療に使うにはいくつかの問題がある。

1)ストップコドンを認識するtRNAは複数存在するので、うまく導入したsuppressor tRNAが結合して完全なアミノ酸ができる確率はどの程度なのか?

2)そして何よりも、本来のストップコドンが機能しないため、異常タンパク質ができて細胞機能を低下させないか?

結果だが、マウス肝臓ではたらくiduronidaseにpremature terminationが入った変異は、このsuppressor tRNAを導入することで、ほぼ完全に回復させることができている。

一方、異常タンパク質の合成など副作用のほうだが、たしかにストップコドンを超えて作られるタンパク質もはっきり存在するが、細胞にとって十分処理できる程度で止まっている。

以上が結果で、確かにsuppressor tRNAがpremature terminationが起こる変異の場合は、かなり期待できる遺伝子治療になる可能性を示している。Amber変異を発見した人は、おそらく亡くなっていると思うが、富沢、小関先生が訳された「大腸菌の性と遺伝」を読んで知ったAmber変異が現在に蘇った気がした。

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3月29日 脳血管関門の新しいメカニズム(3月15日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月29日
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脳の環境を厳密にコントロールするため、脳血管関門(BBB)が存在するてめ、脳内への薬剤などの移行がブロックされていることは広く知られている。基本的には、血管内皮間のジャンクションを高め、トランスサイトーシスなど細胞自体を通る輸送経路を抑えることでBBBが維持されていると考えられるが、そのためのメカニズムはまだまだわからないことが多い。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまであまり注目してこなかった血管周囲細胞が分泌するビトロネクチンがトランスサイトーシスを調節してBBB維持に寄与していると言う論文で3月15日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Pericyte-to-endothelial cell signaling via vitronectin-integrin regulates blood-CNS barrier(ペリサイトから内皮へのビトロネクチン/インテグリンシグナルが血液中枢神経系のバリアーを調節する)」だ。

この研究では網膜の血管周囲細胞(ペリサイト)にビトロネクチンが強く発現していることに気付き、この意味を調べるためノックアウトマウスを用いて血管の透過性を調べたところから始まっている。

ビトロネクチンというと、身体中を満たしていると思っているので、このような局所の役割があるということ自体が不思議だ。しかし、ビトロネクチンノックアウトされたマウスでは、網膜血管および脳血管で、ペルオキシダーゼのような大きな分子が漏れ出ていることが観察される。すなわち、BBBに重要な働きをしている。

面白いことに、siRNAを用いて肝臓でのビトロネクチン産生をノックアウトしてもBBBはびくともしないことから、脳血管局所でペリサイトと内皮細胞間のビトロネクチンを介する相互作用の破綻が、BBBの破綻につながっていると考えられる。

事実、ビトロネクチンのインテグリン受容体結合部位を突然変異させると、BBBが破綻する。また、試験管内の実験でこの過程にはビトロネクチンの受容体α5インテグリンが関わることも確かめている。

残るは、ビトロネクチンとインテグリンによりBBBが維持されるメカニズムだが、血管内皮同士のジャンクションや、ペリサイトとの接着などはノックアウトマウスでも全く障害されていない。一方、細胞質内に分子を取り込むエンドサイトーシスによって生じる細胞質内の小胞の数が上昇しているのが観察される。また、試験管内の実験で、ビトロネクチンシグナルが抑えられると、エンドサイトーシスが高まることが明らかになった。逆に正常状態を考えると、ペリサイトにより分泌されるビトロネクチンが内皮のインテグリンと結合することで、エンドサイトーシスが抑えられることで、BBBが維持されることになる。

結果は以上で、エンドサイトーシスがビトロネクチンシグナルで抑えられるシグナルメカニズムなど残された課題は多い。内皮細胞をストローマ細胞上で培養していた個人的経験から言うと、ビトロネクチンなどにより細胞膜の運動が安定化する。これはジャンクションの維持に重要と思っていたが、もちろん安定化させてエンドサイトーシスを抑えることもできるのだろう。

使われた網膜血管や血管内皮など、個人的には懐かしい思いで論文を読んだ。

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3月28日 筋肉幹細胞をもっぱら形態から定義する(3月18日 Science Advances 掲載論文)

2022年3月28日
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筋肉幹細胞についての論文はこれまで何回も紹介してきた。Pax7分子発現が機能的に必須で、分子マーカーとして利用できるため、幹細胞の動態を可視化することができることが、この実験系の特徴になっている。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、Pax7を幹細胞分子マーカーとして利用した上で、その形態に基づいて幹細胞集団をさらに階層化した研究で、3月18日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Piezo1 regulates the regenerative capacity of skeletal muscles via orchestration of stem cell morphological states(Piezo1は幹細胞の形態を統括して骨格筋の再生能力を調節する)」だ。

この研究のハイライトは、筋肉に存在するPax7陽性幹細胞を、生体内で可視化しようとした点だ。筋肉を体外へ切り出して観察するのと異なり、形態的に多様であることに気づいている。特に、筋肉から飛び出す突起の数を数えると、全く突起を出さない丸い細胞から、5本の突起を出し、サイズでも大きな細胞まで、様々なタイプが見つかることが明らかになった。

さらに、切開しなくとも筋肉を観察できる耳の筋肉幹細胞について長期間追跡して、突起があるから移動するというわけではなく、特定の場所に止まっているのに突起を出していることも確認している。

次に、この幹細胞多様性の意義を、幹細胞が活性化され増殖・分化フェーズに入る筋肉障害による再生過程を観察すると、突起を出す細胞から出さない細胞へのシフトが起こり、障害後2−3日をピークに、また元の階層性が1ヶ月で回復することを示している。すなわち、突起のない細胞が障害シグナルに反応する細胞で、このポピュレーションを補うために、必要に応じて突起のある細胞からのリクルートが行われることになる。

もう少し幹細胞生物学的に言うと、突起のある細胞はいわゆる最も未熟で、静止期(quiescent)にある幹細胞で、そこからより活性化しやすい細胞への供給が必要に応じて行われていることになる。

静止期から活性期までの幹細胞の階層性が明らかになると、次は静止期幹細胞を維持する分子メカニズムの問題になるが、筋肉では以前から、昨年ノーベル賞を受賞したメカのセンサーの一つPiezo1の役割が指摘されていた。そこで、まずPiezo1を活性化する薬剤を投与すると、突起のある細胞が減る一方、活性化型の幹細胞が増加する。すなわち、幹細胞を増殖させる側へのシフトが起こっている。

逆に、Piezo1をPax7陽性細胞からノックアウトすると、突起を持つ細胞が増加し、活性化型細胞が減る。すなわち、静止期細胞から活性型へのシフトが抑制される。

以上のことから、Piezo1は静止期細胞で働いて、再生が必要かどうかを感知するときに働いており、再生の必要性が生まれてPiezo1が活性化されると、静止期の細胞から活性化型への分化が起こることになる。

以上の研究に基づいて、最後に筋ジストロフィーモデルマウスを用いてPiezo1の発現、幹細胞の形態を調べ、Piezo1ノックアウトマウスと同じで、Piezo1の発現が低下するとともに、静止期から活性化型へのシフトが抑えられていることを発見している。そして、Piezo1を活性化させる薬剤を投与することで、活性化型の細胞の数が増え、さらに筋肉再生も促進されることを示している。

結果は以上で、完全に形態だけに基づいて幹細胞を見続けている点で、私のような古い人間は好感を持ってしまう。しかし、このおかげで筋肉幹細胞の静止期を決めているメカニズムはさらに解明が進む気がする。さらに、筋ジストロフィーについても、再生をうまく維持して筋肉を守る治療法も確立できるかもしれない。形態侮るなかれ。

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3月27日 リステリア菌を膵臓ガンに対する免疫に利用する(3月23日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年3月27日
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2日前、リステリア菌がマクロファージを操って脳に侵入するという恐しい能力についての論文を紹介した。この能力には2種類のインターナリン分子InlAとInlBが関わっており、InlBによってマクロファージの細胞死を防ぐことで、ゾンビ化してうまく脳まで運んでもらうと言う話だ。一方、InlAはこれまでの研究でリステリア菌がマクロファージのアクチン系を再構成して、マクロファージの取り付いた細胞へ移行するのに働いている。

今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学からの論文は、マクロファージに入った後、それが接触している細胞に移行すると言う性質を逆手にとって、治療が困難な膵臓ガンの治療に使えないか調べた研究で、3月23日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Listeria delivers tetanus toxoid protein to pancreatic tumors and induces cancer cell death in mice(リステリア菌による破傷風菌トキソイドタンパク質の膵臓ガンへの導入はマウスでのガン細胞の細胞死を誘導できる)」だ。

これまでも破傷風菌毒素(TT)を利用した細胞障害自体は、特定の細胞を殺して除去する目的で実験では利用されている。したがって、ガン特異的にこの分子が分泌されると細胞を殺すことができる。ただ、リステリア菌にTTを運ばせる場合、他の細胞への影響は無視できない。

代わりにこの研究ではTTの毒性を取り除いた遺伝子を導入し、子供時代に受けたTTワクチンにより誘導されたCD4T細胞をガンの周りにリクルートし、細胞障害性を発揮させるというアイデアだ。

現在ワクチン効果がどこまで続くのか議論されているが、子供時代(我が国では12歳)に受けたTTのワクチンは成人するまで効果を保つことが知られている。また、CD4T細胞メモリーはさらに長く続くことが知られている。

そこで、この研究では膵臓ガン局所に無毒化したTTを分泌するリステリア菌をマクロファージに食べさせて、そこから膵臓ガンへ移行させ、膵臓ガン内でTTを分泌させ、それを抗原として、すでに誘導しているTT特異的なT細胞に殺させると言うアイデアを試している。

子供時代のワクチン 効果を期待する点でユニークな研究だ。もちろん、導入効率(8割の癌細胞に導入できるようだ)だけでなく、安全性やリステリア菌の除去、予想通りCD8ではなくCD4キラーにより腫瘍が殺されるなど、様々な条件を調べているが、詳細は省く。

最後に膵臓ガンが自然発生するトランスジェニックマウスを用いて、ガンが進行してから、この方法の有効性を確かめているが、ジェムシタビンとTT導入リステリア菌を用いると、腫瘍縮小が見られ、ジェムシタビン単独と比べてマウスで2ヶ月生存が延長する。また、腫瘍周りに、リンパ組織様の構造も形成され、おそらくCD4キラー細胞や炎症細胞をリクルートする基地になるという結果だ。

残念ながらこれだけで根治というまではいかないようだ。ただ、この研究ではチェックポイント治療は併用していない。また、人間と比べるとガンのネオ抗原が発現している可能性が低い。したがって、人間の場合、ガンに対する障害性をさらに長続きさせたり、TTを引き金に他の抗原に対する免疫反応を誘導することも可能と思われるので、期待できるのではという感触がある。一方、子供時代のワクチンに完全に依存していいのかという問題はある。まだまだ先は長そうだが、期待したい。

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3月26日 転移性前立腺ガンに免疫チェックポイント治療を適用できるか?(3月23日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月26日
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前立腺ガンは男性では最も多いガンだが、治療効率がよく、5年生存率は極めて良好だ。とはいえ、治療できていたと思っていたら、急に転移が進むケースがあり、この群の治療が難しい。

このようなステージに対して我が国ではほとんど有効な治療が存在しない。最近、西郷輝彦さんで有名になった、前立腺特異的抗原に対する抗体に放射性同位元素を結合させた治療があり、論文でみたかぎりでは驚くべき効果だが、アイソトープ治療に必要な要件を満たす施設がないようだ。

そんな場合、免疫治療に期待が集まるが、これまでの経験から有効性が低いと考えられている。

今日紹介するオレゴン健康科学大学からの論文は、転移性去勢抵抗性前立腺ガン(mCRPC)に免疫チェックポイント治療を適用するための条件を探した研究で、臨床的には重要な研究ではないかと考え紹介する。タイトルは「Androgen receptor activity in T cells limits checkpoint blockade efficacy(T細胞でのアンドロゲン受容体の活性がチェックポイント治療の効果を制限する)」で、3月23日にNatureオンライン掲載された。

これまで行われた治験により、アンドロゲン受容体(AR)阻害とPD1抗体を組み合わせた転移性前立腺ガンの18%が治療に反応することがわかっていた。そこで、治療に反応したmCRPCと反応しなかったmCRPCをsingle cell RNAseqなどを用いて比較、特に組織に浸潤したCD8T細胞の性質を徹底的に比較し、治療反応したグループではARにより転写調節される分子の発現が軒並み低下している、即ちARの活性が低下していることを発見する。

元々前立腺ガンでは去勢などによる男性ホルモン除去とともに、AR阻害剤が投与されており、話をややこしくしているのだが、以上の結果はガンがAR阻害抵抗性になっても、免疫の方ではARを抑えることでキラー活性を高める可能性を示唆している。

この結果に基づき、後はマウスで誘導した前立腺ガンを用いたモデル実験系で、男性ホルモン分泌を抑え、AR阻害を行った上で、チェックポイント治療を行うと、腫瘍の増殖を抑えることが出来ることを示している。すなわち、期待通りARを抑制することで、ガンに対するキラー活性を維持することが出来る。

細胞学的には、ガン抗原の刺激により反応が疲弊してきたT細胞の活性をもう一度高める作用がAR阻害にあることを示した上で、そのメカニズムを探ると、

ARはインターフェロンγの発現に抑制的に働き、これがキラー活性を抑える働きをしており、これを阻害することでキラーをより強くまた長持ちさせられるという結論になる。

結果は以上で、割と地味な研究のうちに入るが、

  1. チェックポイント治療が効かないとされてきたmCRPCに焦点を当てて、徹底的に調べている点、
  2. AR阻害に反応できなくなったmCRPCでも、免疫反応については去勢やAR阻害剤の影響が期待できる点、
  3. さらに、前立腺ガンに限らず、他のガンでも同じ方法を試す可能性がある点、

で、臨床的には重要だと思う。

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3月25日 リステリア菌がマクロファージをステルス化して脳に侵入するメカニズム(3月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月25日
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今回のコロナパンデミックでコロナウイルスを勉強して、ウイルスがホストの防御をかいくぐるための巧妙な仕掛けを何種類も進化させていることを学んだが(https://www.youtube.com/watch?v=bIbpe0FDPZM)、知れば知るほどダーウィン進化の壮大さを実感する。

これはウイルスに限った話ではない。今日紹介するフランス・パッストゥール研究所からの論文は細胞内寄生菌として知られるリステリア菌がホストの防御を無力化して脳に到達するメカニズムを明らかにした研究で3月16日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Bacterial inhibition of Fas-mediated killing promotes neuroinvasion and persistence(バクテリアによるFas依存性細胞障害抑制が脳への侵入と維持を抑制する)」だ。

リステリア菌が細胞内寄生菌で、自然免疫の研究に使われてきたことは知っていたが、この論文を読むまで、リステリア菌の中に脳へ侵入する極めて毒性の高い株が存在するとは全く知らなかった。この研究では、強毒株と弱毒株を比較して、強毒株だけがマクロファージに乗って脳内に侵入するメカニズムを探っている。

基本的にはマクロファージにまず感染するので、問題はマクロファージをどのように効率良い運搬船として使って、最終的に脳実質に到達するのかのメカニズムの解明が目的になる。そこで、まず脳内への侵入が、活性化されたマクロファージに依存していること、そしてマクロファージから脳への移行には、血管内皮と接着したマクロファージのアクチンを調節することで、血管内皮、そして最後には脳実質へ移動することを確認している(これらの点については、すでにリステリアの上非侵入に関わるインターナリンA(InlA)が関わることが知られていた)。

この研究では、脳内感染の効率に関わるもう一つのインターナリン遺伝子、InlBの機能について焦点を当てて様々な実験を行なって、以下の結論を得ている。

1)InlBは神経への侵入に必須である。弱毒株も含めてほぼ全ての株でInlBの発現が見られるが、脳への侵入できる株では、その発現が高い。

2)InlBはこれまで、マクロファージから他の細胞への移行に必要とされていたが、この過程にはほとんど寄与しない。

3)InlBの発現が高いと、感染細胞を殺すキラーT細胞から防がれる。

4)この防御は、InlBはHGFの受容体c-Metを活性化し、カスパーゼ8の阻害分子FLIPを活性化させる。

5)その結果、CD8キラーによるFasを介した細胞死が防がれる。

以上が結果で、思いも掛けないメカニズムを用いて、キラーによるFasを介した細胞死誘導を抑えることで、自分の乗る船マクロファージをステルス化し、最終的に脳血管にたどり着くと言うシナリオが示されている。

HGF-c-Met経路がFas経路を抑制できることはよく知られた事実だが、これを利用してマクロファージに安全に自分を運ばせるとは、本当に驚く。この驚きが、感染症研究の面白さでもあることを最近しみじみ感じている。

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3月24日 B細胞もガンと闘っている(3月31日号 Cell 掲載論文)

2022年3月24日
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例えばCD20に対する抗体のように、ガンに対するモノクローナル抗体(mAb)治療は存在する。だからといって、ガンワクチンという場合、感染症と違ってまずガンに対する抗体を誘導するイメージはなく、もっぱらキラー細胞誘導を目指す。

ところが今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、ガンに対してB細胞も局所で反応し、自己抗体を産生、これがガンを抑える作用を持つことを示した研究で、3月31日号Cellに掲載された。タイトルは「Tumor-reactive antibodies evolve from non-binding and autoreactive precursors(腫瘍に反応する抗体が、結合性のない抗体から進化してくる)」だ。

おそらくこの研究では、ガン細胞に対する抗体が存在する患者さんがいるはずだと決めてかかって研究を進めている。理由はわからないが、まず予後が悪い低分化型漿液性卵巣ガンの手術後のコホートを選び、摘出した腫瘍組織が自己の抗体と結合しているかを調べ、なんと62%もの組織が、自己の抗体と結合している、言い換えると患者さんは卵巣ガン抗原に対して抗体を作っていることを明らかにしている。

またフレッシュなサンプルから細胞を取り出し、フローサイトメーターを用いた解析を行い、抗体が細胞表面に結合していることを確認している。

他のリンパ組織を調べていないので、最終結論は難しいが、このグループはこの抗体が腫瘍内のB細胞で合成されていると考えおり、実際、腫瘍組織にB細胞だけでなく、抗体を分泌するプラズマ細胞を見つけることができる。

この研究の中で最も重要な結果は、この抗体分泌細胞が、組織内に多いほど予後がいいと言う発見で、高倍率視野で見つかる抗体分泌細胞が100を超えると、なんと7割近い人が200ヶ月以上生存している。すなわち、ガンに対する抗体を腫瘍組織で合成できると、予後が圧倒的に良い。

後は、腫瘍に浸潤するB細胞の抗体遺伝子を再構成する実験から、これも驚くがほとんどの抗体が細胞表面に発現しているMMP14に向いていることを明らかにしている。

以上の結果は、B細胞の場合、ガン特異的抗原に反応すすのではなく、特定の自己抗原に対する自己抗体が合成されていることになる。そこで、このような抗体の特異性がどのように生まれてきたのか、存在する抗体の突然変異を元に戻す実験を行い、最初は全くMMP-14に反応しない抗体が、腫瘍内で突然変異を繰り返してMMP-14反応性を獲得するタイプと、最初から腫瘍に結合できるタイプの抗体の2種類が存在することが明らかになった。

以上が結果で、ガンが発現する自己抗原に反応する抗体産生細胞が腫瘍内に浸潤し、うまくいけばそのまま自己抗体を分泌し続け、また反応できない場合は突然変異を繰り返し、結合性の高い抗体が選択され、ガンに反応して、ガンの増殖を様々なメカニズムを介して抑えると言う話だ。

この論文だけ読むと、あまり面白くないと思ってしまうと思うが、最近主要組織内に2次リンパ組織が形成されることが示されており、特に卵巣腫や膵臓ガンのような間質反応の強いガンでは、この観点から自己抗体分泌を見直してみると、随分面白い話が出てくるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ
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