2月6日 パーキンソン病とiPS (1月27日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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2月6日 パーキンソン病とiPS (1月27日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年2月6日
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昨日ニュースで現在京大の高橋淳さんらによって進められているパーキンソン病にiPS由来ドーパミン産生細胞移植治験の経過が順調で、最初予定して患者さん7例全員に移植が行われることを知った(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200205/k10012272871000.html)。現役時代、再生医学の実現化ハイウェイプロジェクトを、当時文科省ライフサイエンス科の石井康彦さんと始めた時(https://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1045_03.pdf)、パーキンソン病の人が自動車を運転して病院から帰れたらこのプロジェクトは100点と決めていた。もっというと、ヒトES細胞が樹立されて再生医学のミレニアムプロジェクトを始めたときから、パーキンソン病の移植治療は最初のゴールと考えていた。もちろん、治験が終わり有効性がわかるまで、軽々に結論は出せないが、患者さんとともに期待している。

ちなみにこのときiPSを用いた再生治療を行うと手を挙げてくれた4プロジェクトは高橋政代さんを皮切りに、臨床研究までこぎつけた。当初の計画より、2−3年は遅れたと思うが、それでもiPSから安全に移植可能な細胞ができればよしとするゴールは達成できたと、当時を思い出しながら満足している。

このプロジェクトはあくまでも治療にiPSを使うための研究を支援したが、iPSのもう一つの重要な柱は、疾患iPSを用いて新しいメカニズムを明らかにし、治療標的を開発することだ。今日紹介するロサンジェルスにあるSedor-Cinai再生医学研究所からの論文はiPSを用いて若年性パーキンソン病研究メカニズム研究で1月27日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「iPSC modeling of young-onset Parkinson’s disease reveals a molecular signature of disease and novel therapeutic candidates (若年発症パーキンソン病のiPSモデルは病気の分子的特質を明らかに新しい治療法を示す)」だ。

ParkinやPinkといったミトコンドリアのオートファジーに関わる分子の変異がパーキンソン病の一つの原因であることがわかってから、パーキンソン病での細胞死にミトコンドリアとその分解が関わることがわかってきたが、細胞死の最初の原因になるのはシヌクレインの蓄積になる。従って、ミトコンドリアとともに、シヌクレインの分解を高めることはパーキンソン病の進行を遅らせる切り札になる。

この研究では若年発症性のパーキンソン病PD患者さんからiPSを樹立、ドーパミン神経へ分化させた後、同じように調整した正常人や高齢発症のPDと比べ、若年発症のPD由来iPSのみでシヌクレインの蓄積が起こることを発見する。一方、iPSのままではこのようなことは起こらない。すなわち、ドーパミン神経でのシヌクレインの分解が低下していると考えられるので、その原因を調べると、プロテオソームやオートファジーによるタンパク分解ではなく、リソゾームに取り込まれた後のタンパク分解が低下していることを明らかにする。

そこで、リソゾームの活性をあげるPKC刺激剤を細胞に添加すると、分解が促進する。このメカニズムを化合物を変えたり、濃度を変化させてさらに追求し、おそらくリソゾームを活性化するだけでなく、プロテアソームのタンパク分解システムも活性化することで、シヌクレインの蓄積を抑えることを明らかにしている。

以上の結果から、遺伝性がはっきりしない、しかし進行の早い若年発症のPDをリソゾーム病として位置付け、治療する可能性が出てきた。この研究でも、これがわかって、21人の若年発症PDで新たに同じ方法で調べると、1例を除いて全てがリソゾームの機能低下によるシヌクレインの蓄積が起こっていることを示しており、期待が持てる。

外野から見ていると最近iPSの分野が騒がしいが、そこでうごめく個人の思惑を全て消し去ってみると、着実に臨床へのあゆみが進んでいると思う。

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2月5日 ミクログリアが神経細胞を保護するメカニズム(1月31日 Science 掲載論文)

2020年2月5日
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ミクログリアというと、変性した神経細胞を貪食して炎症を促進するイメージがあるが、逆にアミロイドプラークを除去してアルツハイマー病の進行を止めるなど良い側面もあり、2面性を持つ。。

今日紹介するハンガリーの実験医学研究所からの論文は、神経細胞の代謝状態をモニターして守る働きがあることを示した論文で1月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Microglia monitor and protect neuronal function through specialized somatic purinergic junctions(特別なプリン作動接合を使ってマイクログリアは神経細胞機能をモニターし守る)」だ。

この研究はほとんどビデオモニターも含んだ形態学を中心に進められる。ただ、じっと形を見てもシナリオは浮かんでこない。それまでの様々なデータを頭に入れて、一つの仮説を立て形態学で確かめることになる。その意味で、この研究で示された結論は最初から著者らの頭の中にあったようにすら思える。

そこで今日は、実験を割愛してミクログリアと神経細胞の相互作用の方法と目的について明らかにされた結論から述べる。

この研究はミクログリアが突起を伸ばして神経細胞の細胞体と直接相互作用しているという形態学的観察から始まっていると思うが、

  • この細胞同士の接触を媒介するのが分泌されたATPを感知するミクログリア側の受容体P2Y12 で、これが神経細胞からでたATPで活性化されると接触が長期間維持される。
  • この安定な相互作用は、神経細胞隊のミトコンドリアの集まっている場所で形成される。すなわち、ATPはミトコンドリアの活動の指標として使われ、これによってミクログリアの神経活動がモニターされる。
  • P2Y12の機能を阻害すると、ミクログリアの突起と神経細胞の相互作用が抑えられるが、同時に卒中を誘導して神経細胞変性を誘導すると、変性が強くなることから、この接触が何らかの形で神経細胞を守っていることがわかる。
  • ミクログリアと神経細胞隊の接触自体は、神経細胞の小胞体と膜の融合に関わるKv2.1陽性サイトで起こり、この小胞はミトコンドリアに由来して、シナプス小胞のようにATPを運ぶ。

もう一度まとめると、ミトコンドリアは細胞の活動や細胞死に深く関わるが、この活動はミトコンドリア由来の小胞が膜に輸送されてきた場所でミクログリアによりチェックされ、主にミクログリアのATP受容体を介する活性化により、神経細胞との接触の程度を調節し、細胞を守っているという結論になる。

この結論を、主に免疫染色とビデオ、電鍵、電験トモグラフなど様々なテクノロジーを駆使して確かめている。たとえば、P2Yを抑制すると相互作用時間が低下するとか、ミトコンドリア、小胞体、P2Yなどがひとかたまりになってシナプス用構造を作るなどを示す実験だが、やはり実際の写真を見てもらったほうが早いだろう。

形態学とは何かがよくわかる研究だと思う。

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2月4日 新しいスーパーエンハンサー阻害剤(1月31日 Nature オンライン掲載論文)

2020年2月4日
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最近の創薬業界を見ていると、自社開発より有望な製薬ベンチャーを見つけ出して買収した方がずっと早いといった印象があるが、事実我が国の大手製薬の売り上げの中で、ベンチャー企業から導入した薬剤はかなり多いのではないだろうか。いずれにせよ、創薬ベンチャーは焦点を絞って研究を行なっているため、そこから出る論文は面白いものが多い。

今日紹介するのは、ベンチャーとは言えないが、アボットから分社化した創薬開発企業Abbvieからの論文でBETの機能を抑制してスーパーエンハンサーを阻害する抗がん剤の開発で、1月31日号のNatureに掲載された。タイトルは「Selective inhibition of the BD2 bromodomain of BET proteins in prostate cancer(前立腺癌でBETのBD2ホメオドメインを選択的に抑制する)」だ。

BETはアセチル化ヒストンに結合して、転写複合体をオーガナイズする核となる分子で、スーパーエンハンサーの形成には必須であることがわかっている。

このため、Myc依存性の白血病や男性ホルモン受容体(AR)依存性の前立腺癌など、スーパーエンハンサーの維持を阻害して治療する可能性が期待されている。実際、臨床でも使われているが、スーパーエンハンサーに強く依存している巨核球や胃の上皮など強い副作用が必須で、なかなか普及しない。

この研究は、BETタンパク質にあるBD1、BD2ホメオドメインが別々の機能を持つことに着目し、BD2特異的に抑制する薬剤は副作用の問題を解決し、臨床にもっと使えるBET阻害剤が開発できるのではと着想し研究を行なっている。

すでに様々なBET阻害剤が開発しているので、この中からBD1よりBD2により強い結合を示す化合物を選んで、この化合物をスタートにBD1,2ホメオドメインの分子構造を手掛かりに化学的に改変する方法で、ABBV-744を開発している。どこにメチルフェニルエーテルを加えると、BD1への結合が低下するなどの詳しい過程が示されているが、さすが製薬企業と思えるメディシナル・ケミストリーの真骨頂だろう。

ただここは門外漢なので飛ばして進むと、こうして出来上がったABB-744を様々なガン細胞パネルで調べると、急性骨髄性白血病と、前立腺ガンが最も感受性が高いと特定された。すなわち、これら2種類のガン細胞はBD2により強く依存したスーパーエンハンサーを使っている可能性が高い。

そこで、スーパーエンハンサーでBETとARが複合体を作っていることがわかっている前立腺癌を選んで、ABBV-744がスーパーエンハンサーを解消してしまうことを確認している。重要なのは、BD2特異的に抑制した時、転写が低下する分子の数は、BD1,2両方抑制してしまう薬剤より、はるかに少ない点で、その分副作用を軽減する可能性がある。

最後に、前立腺癌を移植する実験系でABBV-744と他の薬剤を比べ、使った前立腺癌に関してはABBV-744が最も効果が高いこと、さらに血書版減少症、胃上皮の化生が低く抑えられることを示し、前立腺癌の薬剤としては使えるのではと結論している。

残念ながら、移植実験を見ると効果は完全ではない。これはスーパーエンハンサーの性質から考えると納得できる。従って、今後は他の薬剤と組み合わせて、この薬剤だけでは避けることのできない再発を抑える方法を解明する必要がある。ただ、BETタンパク質のことを勉強するには最適の論文だった。

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2月3日 卵巣の老化 (2月6日号 Cell 掲載論文)

2020年2月3日
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精子と異なり、卵子は成熟してから新しくリクルートされることはなく、発生過程で作られた卵子を生理サイクルのたびに少しづつ使っていく。このため、卵巣の中では常に静止期の卵子とともに、活性化された後の卵成熟過程から、排卵後の卵胞まで、多くのステージが共存している。

今日紹介する北京の中国アカデミー動物学研究所からの論文は、single cell transcriptome解析を用いて卵巣の老化を探った研究で2月6日発行のCellに掲載された。タイトルは「Single-Cell Transcriptomic Atlas of Primate Ovarian Aging(サルの卵巣老化のsingle cell trascriptome解析)」だ。

この研究では人間の代わりにサルを用いて、閉経期前後の卵巣の老化について調べている。これまで卵巣のsingle cell trascriptomeに関する研究をあまり目にしたことがないが、恐らくこれは卵子の大きさが他の細胞と比べて大きいということに起因するかもしれない。このグループは、卵子と他の細胞をバラバラにした後、分けたあと、single cell trascriptomeを調べている。結果、卵子4種類に加えて、顆粒細胞や、間質細胞、血管、平滑筋、NK、マクロファージなどを分別することに成功している。

特に重要なのは、C1からC4までの卵子成熟で見られる大きな変化で、それぞれのステージで特徴的な遺伝子ネットワークが活動している様子がわかる。これは当然で、この間に複雑な減数分裂を成し遂げる必要がある。一方、未熟卵子は静止期を維持する必要がある。

意外だったのがミトコンドリアの活性が未熟な卵子で高いことで、じっとしていてもエネルギーが必要なのは、脳と同じなのかもしれない。その後成熟が始まるとまず翻訳が高まり、減数分裂体制へと入っていくのがわかる。

ただこのこと自体は、だいたいわかっていることで特に新しいことはない。この研究の主目的は、このような様々なステージ、種類の細胞が共存する卵巣で、老化はどう起こっているのか、細胞個別に調べることだ。single cell transcriptomeで老化を調べるという着想は、卵巣だから必要性がわかったとも言えるが、今後老化の分子プロセスを調べる時、これがが重要なテクノロジーになること示唆している。

まず卵子についての結果だが、全てのステージで遺伝子発現のパターンが変わる、すなわち老化は全てのステージではっきりと検出できる。ただ、同じ卵子でもそれぞれ上下する遺伝子の種類は違う。面白いのは、活性酸素を抑える経路の遺伝子の低下が最もはっきりするのがC2ステージで、今後閉経の生物学を考える上で重要だと思う。

同様に卵子活性化に重要な顆粒細胞でも老化に伴う変化が起こるが、卵子と違い最もはっきりしているのが、活性化酸素を抑える遺伝子の低下と、アポトーシスの経路に関わる遺伝子が上昇している。

人間の顆粒細胞でも調べているが、これは付け足しで、以上が結果の全てだと言える。結局予想通りの結果であまり驚きはないが、今後様々な老化予防策により、この基本構造がどう変わるか面白いテーマができたと思う。また、組織と細胞という永遠の問題を、老化というプロセスを対象にsingle cell trascriptome調べようとしたことは評価していいように思う。

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2月2日 アフリカ人にもネアンデルタール人ゲノムが流入している(2月20日発行予定 Cell 掲載論文)

2020年2月2日
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ネアンデルタールやデニソーワ人のゲノムが解析できるようになった最も大きなインパクトは、我々の先祖がデニソーワ人と交雑をし、その時生まれた子供たちから現在の私たちにゲノムの一部が伝わっているという発見だ。この時、ネアンデルタール人のゲノムはアフリカ人にはほとんど見つからないことも報告され、アフリカで生まれたホモ・サピエンスのうち、ユーラシアに移動したグループだけがネアンデルタール人と交雑したという歴史が定着した。

今日紹介するプリンストン大学からの論文はこれまで考えている以上にネアンデルタール人のゲノムがアフリカ人に流入し定着していることを示した論文で2月20日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Identifying and Interpreting Apparent Neanderthal Ancestry in African Individuals (アフリカ人に見られる明らかなネアンデルタール人の先祖を特定し解釈する)」だ。

現代人に残っているネアンデルタール人のゲノムを間違いなく特定するため、これまで用いられていたのは、アフリカ人にはネアンデルタール人ゲノムがほとんど存在しないという仮説にたって、ネアンデルタール人に存在して、アフリカ人に存在しない部分をまず選び出すという差分操作が行われていた。しかし、これは引き算することで、実際にはネアンデルタール由来でもアフリカ人にあるからということで除外することになる。

一方、一定の長さで配列の一致するかどうか比べることで、直接先祖かどうかを確かめる方法が存在し、親戚探しに使われている。この方法なら、今生きている個人のどの遺伝子がネアンデルタールの先祖と共通化を直接計算できるので、これを使えば上に述べた問題は解決できるはずだ。ただ、間違った断片をネアンデルタール人由来とする間違いを避けるため、直接先祖かどうなを確かめる方法は試みられていなかった。

この研究のハイライトは、推計学を用いたIBDmixを開発して、直接の先祖性を調べられるようにしたという点だ。特に似ている断片が長い場合はほとんど間違いがないレベルであることを示している。

このように直接先祖と共通の遺伝子を1000人ゲノムデータと比べることで、なんとネアンデルタール人のゲノムの3−4割を再構成できる。その上で、次に私たちがネアンデルタール人の先祖と共通の断片を持っているか調べると、アジア人やヨーロッパ人で約50Mb存在するのに対し、予想に反しアフリカ人でも18M b存在することを明らかにしている。これがこの論文の最も重要なメッセージで、今後この直接調べる方法で、他の人種や古代人を比べていくことでその真価はより明らかにされると思う。

その上で、ではアフリカ人とネアンデルタール人はどのように交流したのかをシミュレーションと実際のデータを比べて調べている。この時、合致する長さ、合致した断片の分布などすべてを、アフリカ人、ヨーロッパ人、東アジア人と詳しく比べて、アジア人とヨーロッパ人が分かれる前にホモ・サピエンスのゲノムがネアンデルタール人に流入し、それが現在共有されている部分と、アジア人とヨーロッパ人が分かれたあと、ヨーロッパ人がアフリカへ新たに持ち込んだネアンデルタール人ゲノムが存在することを示している。特に驚いたのが、現代人のゲノムがネアンデルタール人に入った時期が10-15万年前と計算されている点で、ネアンデルタール人はすでにアフリカにいないとしたら、ホモ・サピエンスはどこでどのように交流したのかぜひ知りたいところだ。

面白いのは、こうして新たに持ち込まれたネアンデルタール人のゲノムは、アフリカ人とヨーロッパ人で別々に淘汰圧にさらされることで、特に免疫系の遺伝子については、今後ますます面白い物語が聞ける気がする。

もともと数理に疎い私だが、直接先祖性を比べることの重要性はよくわかる。IBDmixの活躍に期待したい。昨日述べたようにアフリカ人のゲノム多様性は高い。その意味で、民族の関係を仮説なしに直接調べることの重要性は高い。

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2月1日 アフリカコサ族の統合失調症ゲノム解析(1月31日 Science 掲載論文)

2020年2月1日
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現在様々な理由から、アフリカ人のゲノム解析が精力的に進んでいる。まず何よりも、アフリカでホモ・サピエンスは誕生し、多様化した。ユーラシアに移動したのはそのうちの一部で、その時生まれた遺伝子多様性はアフリカに残っている。すなわちユーラシアに移動した人種に比してゲノム多様性が高い。しかも、ネアンデルタール人など他の人類との交雑程度が低い。これまで主にコケイジアンで進んできたゲノム研究では見落としてきた新しい事実が、アフリカ人ゲノムからわかるのではと期待される。そこで、今日明日とアフリカ人ゲノムに関する論文を紹介することにした。

最初の今日は、ワシントン大学を中心とするグループからの論文で、南アフリカコサ族の統合失調症のゲノム解析研究で1月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetics of schizophrenia in the South African Xhosa (南アフリカコサ族の統合失調症患者の遺伝学)」だ。

タイトルを見てコサ族は統合失調症が多いのかと勘違いしてしまったが、そうではない。中央アフリカから南アフリカへと移住して、独自の言語と文化を持つコサ族の統合失調症患者でゲノム解析を行い、他の民族とは異なる事実を発見しようとした研究だ。

コサ族とは南アフリカ黒人解放をリードしたマンデラさんが属する民族で、アフリカでは2番目に人口が多い。この民族の統合失調症患者さんと、正常人それぞれ約900人をリクルートし、エクソーム(ゲノムのタンパク質へと翻訳される部分)を解読し、両者の違いを比べている。

まずエクソームレベルでの配列多様性を比べると、予想通りアフリカ人の多様性は群を抜いている。しかも、民族間の交雑程度は少ない。

エクソーム解析で得られた様々な変異から、機能欠損につながる変異をリストし、それを患者さんだけで見られる稀な変異と、正常人でだけ見られる変異に分けている。例えばCNTNAP1(シナプス形成に関わる分子)の変異は4人の統合失調症で見られたが、正常人にはなかったが、これを症例変異と呼んでいる(実際にはもっと数を増やせば正常人でも見つかる可能性はある)。

こうして、正常人変異と、症例変異を比べた結果、

  • 機能欠損変異は統合失調症患者さんの方により多く発見される。一方、機能に無関係な変異で見ると、そのような偏りは見られない。
  • 統合失調症に偏る機能欠損型変異の3割はシナプス機能に関わる分子で占められる。
  • 今回リストした統合失調症で偏って欠損していた遺伝子の多くは、これまでのデータベースを検索すると、統合失調症や自閉症で発現が低下しており、逆に双極性障害では発現が上昇している遺伝子が多い。
  • 今回の結果は、スウェーデン人で調べたデータと共通しており、コサ族特異的ではない。

結果は以上で、結論はこれまでと変わることはない。すなわち、統合失調症は一つの遺伝子で決まる病気ではなく、複数の遺伝子が絡み合って形成される。統合失調症になると、生殖可能性は低下するので、おそらく症例に関わる遺伝子は常に淘汰圧に晒されており、その意味で新しく発生する遺伝変異が発症には重要になる。そして、病気のメカニズムとしては、シナプス伝達と可塑性が障害されることが考えられる。

コサ族で調べたことの意義がまだ明確ではない研究で終わってしまっているが、アフリカ人のゲノムを調べる重要性はよく理解できた。

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1月31日 ゲノム解析から「タバコはいつやめても遅くない」ことがわかる(1月29日号 Nature 掲載論文)

2020年1月31日
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疫学的には昔から9割近くの肺ガンがタバコが原因であることが示されていたが、ガン細胞のゲノム解析が始まって、喫煙者の肺ガンではゲノムあたりの突然変異が数千、数万に及ぶことがわかり、なるほどタバコが正常肺のゲノムを傷つけ続けていることを認識できた。ただ、私の様に50歳近くまでタバコを吸っていた人間にとって悲しいのは、タバコをやめた人の肺ガンでも、喫煙者と同じ様に突然変異が多いことで、タバコをやめても昔の傷は治らないのかと思っていた。

ただ、ガンは多くの変異が集まって発生することから、発生したガンは変異の多い細胞だけ選択されていると考えられ、肺の通常の細胞がタバコでどのぐらい傷ついているかを明らかにしてはじめて、タバコをやめるメリットがより正確に計算できる。今日紹介するロンドン大学からの論文はガンを含む様々な病気で気管支鏡検査をした時に採取した個々の正常細胞ゲノムを調べ、禁煙した人と喫煙を続けている人とのゲノム変異を調べた研究で1月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Tobacco smoking and somatic mutations in human bronchial epithelium(喫煙による気管支上皮の体細胞突然変異)」だ。

この研究では様々な肺の病気で気管支鏡検査をした、非喫煙者、禁煙した人、喫煙者から、正常上皮をバイオプシーで採取、その組織から細胞コロニーを形成させ、単一細胞由来のコロニーを一人当たり11〜60個採取し、それぞれのゲノムを、だいたい16coverageで解読している。すなわち、同じ人から採取していても、多くの変異は細胞ごとに違っており、この方法でそれが解析できる。一つのコロニーから変異が見つかった場合、解析した配列の中に変異が含まれる確率(変異アレル頻度)は概ね50%で、コロニーが単一細胞から由来していることが確認できる。

実際には膨大な研究なので、結果は箇条書きにまとめると以下の様になる。

  • 各細胞の突然変異数を個人あたりで平均すると、予想通り喫煙経験がない人と比べて、禁煙した人も含めて喫煙歴があると突然変異数は平均で数千のオーダーで高い。
  • ただ予想に反し、喫煙者と比べ、禁煙した人のコロニー同士の多様性は極めて高く、変異の少ない細胞と、変異の多い細胞が混じっている。
  • 禁煙を実施した人の2〜4割の細胞はほとんど正常範囲の変異しかない細胞も見られるが、喫煙者ではこの様な変異の少ない細胞はほとんど存在しない。すなわち、細胞によってはほとんど正常という細胞が禁煙した人には存在するが、喫煙中の人には見られない。
  • 突然変異のタイプを調べると、喫煙者も禁煙した人も、SBS-4と呼ばれる、肺ガンでよく見られる変異のタイプが多い。
  • 予想通り、突然変異が多いほど癌遺伝子や、がん抑制遺伝子の変異も多く、この変化で細胞の進化的優位性が高まっていることも計算できる。
  • 一方、テロメアは正常細胞に近いほど長く、驚くことに、禁煙をした人で変異の少ない細胞は、テロメアも長い。

以上の結果を相互すると、確かに喫煙歴があると、ゲノム変異が上昇するが、変異細胞は静止幹細胞からの新しい細胞で置き換わっている。この静止幹細胞は、変異原から守られており、その結果新しい細胞は変異が少ない、ということになるのだろう。ただ、これだけならもっと喫煙者にも正常に近い細胞が見られてもいいと思うが、ともかくタバコをやめると早い時期から正常型の細胞に置き換わってくれるということがわかったのは重要だ。ようするに、今からでも遅くない。

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1月30日 TAUタンパク質はガンと闘う(1月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月30日
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アルツハイマー病(AD)の神経細胞死に直接関わるのが、リン酸化TAUの増加であるというコンセプトは今や広く認められてきた。またADだけでなく、TAUタンパク質が神経変性疾患に深く関わっていることが明らかになり、これらをTaunopathyと総称する様になっている。こうみてくると、「TAUなんて危ないだけで、ゲノムから消えた方がいい。実際、TAU遺伝子をノックアウトしても、発生は正常に進むではないか」と考えるのもうなづける。

しかし、ノックアウトで何も起こらないとしても、TAUが微小管の安定化に関わることは細胞学的・生化学的に明らかになっている。このTauの機能の一端を見ることができるのが、今日紹介するスペイン・マドリッドのオチョア分子生物学研究所からの論文で、TAUは悪性の脳腫瘍グリオブラストーマの増殖を抑える効果があることを示した研究だ。1月22日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The IDH-TAU-EGFR triad defines the neovascular landscape of diffuse gliomas (IDH/TAU/EGRの3極がびまん性グリオーマの血管新生の形を決める)」だ。

もともとこのグループはADでは悪役の TAUが、グリオーマの増殖を抑えるのではという考えを持っていた様だ。これを確かめるため、ガンのデータベースからTauの発現を調べてみると、グリオーマが悪性になるほどTauの発現が低下することを確認する。さらに、Tau発現の高いグリオーマでは患者さんの予後も良い。

グリオーマの予後を決めるもう一つの因子としてIDH1/2(isocitrate dehydrogenaseでこれが変異するとメチル化レベルが高まる)が知られており、変異がある場合は予後がいい。メカニズムは省くが、DNAメチル化レベルが高まる結果とされている。そこで、IDHの変異とTauの発現が関係がないかデータベースで調べると、期待通りIDH変異を持つグリオーマはTauの発現が高い。DNA メチル化が高まって遺伝子発現が上昇するのは直感に反するが、Tau上流の特定のサイトがメチル化され、染色体構造が変化した結果だろうと想像している。要するに、IDH変異がグリオーマを抑制できる一つの要因としてTauの発現を直接制御しているからだと結論している。

ではなぜTauがグリオーマの増殖を抑えるのか?これについては以前の研究をフォローしていないので頭がついていかないが,著者らはまずTauとEGFシグナルの関係に着目し、

  • Tauは微小管を安定化させることで活性化EGF受容体の分解を早める。Tauと同じ効果は微小管安定化剤でも得られる。
  • EGFシグナルが抑制されると、NFkBの活性化を抑制してグリオーマが間葉系細胞への変換を抑制する。
  • この間葉系への転換は、グリオーマに血管周囲細胞としての機能を付与することで、血管新生を更新させるが、これが抑制されることで、機能的血管新生が抑えられ、グリオーマが抑制される。

と解析を進めている。そして、IDH変異、Tau遺伝子クロマチンの変化、Tau転写の上昇、微小管の安定化、EGFシグナル低下、NFkBシグナル低下、グリオーマの血管周囲細胞への転換の抑制、血管新生抑制、グリオーマの悪性か阻止、と続くシナリオを提案している。

面白い話だが、まさに風が吹くと桶屋が儲かる話に似ており、この細い糸で全てが説明できるのか疑問を感じるが、これまで知らなかった様々なことが学べる論文として楽しんでおけばいいだろう。

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1月29日 毒蛇の毒腺のオルガノイド培養 (1月23日号 Cell 掲載論文)

2020年1月29日
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現在オルガノイド培養というと、亡くなった笹井さんや、現在慶應大学の佐藤さんたちによって確立された、脳や消化器官のオルガノイドがポピュラーだが、その歴史は古く、例えば幹細胞からの組織形成にオルガノイドが使われる様になった最初は、ES細胞からのembryoid bodyだろう。他にも、胸腺のオルガノイド培養も免疫系ではよく使われていると思う。

当然、モデル動物でない材料を培養したいときに利用したい技術と言えるが、増殖因子の必要性などを考えるとそう簡単ではない。ところが今日紹介する佐藤さんがオルガノイド培養を最初に完成させたHans Clevers研究室から、人間やマウスと同じ条件で、蛇毒をつくる毒腺のオルガノイド培養が可能だという論文が1月23日号のCell に発表された。タイトルはそのものズバリ「Snake Venom Gland Organoids (蛇の毒線のオルガノイド)」だ。

蛇毒の多様性は著しく、それぞれがどの様に進化してきたのかは、遺伝子だけでなくそれを作るシステムを研究する必要があるが、上皮器官なのでもオルガノイドがうってつけだ。ただ、では佐藤さんたちが開発した複雑な培養カクテルを蛇で用意することは簡単でないと当然想像する。

ところがなんとCleversのグループは、マウスで樹立した条件をそのまま使えば蛇の毒線のオルガノイドが形成できることを示した。ただ、温度だけは32度で培養することが大事で、37度では増えない。私にとっての最も大きな驚きは、哺乳動物からずいぶん進化的に離れた蛇の複雑な培養が、同じ増殖カクテルで可能になった点だ。もちろんさらに至適な条件を達成するために、フォルスコリンなどを加えるという改良を行っているが、基本的にはマウスの条件でオルガノイドを長期間、継代することが可能になった。

あとは、こうして形成したオルガノイドを分化させて、蛇毒が合成されるかどうか、またどこまで正常組織に近いかを調べることになる。この系では、増殖している間は、蛇毒を分泌する能力がないが、増殖因子を全て除去すると分化が始まり、蛇毒遺伝子の発現が誘導できる。この蛇毒が機能的かどうか、まず細胞から分泌されること、そして分泌されたペプチドが神経や筋肉のGABAやアセチルコリン作動性シナプスを抑制することを確認している。

正常の組織とどこまで近いかについては、single cell trascriptome解析を行い、各細胞の割合は異なるが、正常組織とほぼ同じ細胞腫がオルガノイドで維持されていること、また異なるトキシンに対応する別々の上皮細胞を特定している。また、毒腺の近位側と遠位側から別々に調整したオルガノイドは、取り出された場所の記憶を維持しており、例えば毒素の発言で見ると、遠位側の方が多くの毒素を作ることも明らかにしている。

他にも様々な問題について調べているが、全て割愛していいだろう。さらに改良を加えれば、もちろん毒腺だけでなく、消化管組織全体の研究も可能になる気がする。

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1月28日 Single cell transcriptome解析は実際の臨床に有用か(1月20日Nature Medicineオンライン掲載論文)

2020年1月28日
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Single cell trascriptome解析のパワーは驚くべきもので、今やトップジャーナルに掲載されてくる発生学や医学の研究では、使っていない研究の方が少ないといった状況になってきた。実際、腫瘍組織や免疫反応をモニターする目的にこの技術の価値は高い。極論すれば、何も考えなくても調べてみれば、そこで起こっているプロセスが見えてくるといった感じだ。その意味で、臨床の現場でも当然役に立つはずだが、疾患の解析研究がほとんどで、臨床の経過を把握して適切な治療を考えるといった状況で使われた論文は見たことがなかった。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、single cell transcriptome検査が患者さんの状態を把握し治療を選択するのに役立つ可能性を示した、臨床の1例報告で1月20日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「Targeted therapy guided by single-cell transcriptomic analysis in drug-induced hypersensitivity syndrome: a case report (single cell trascriptomic解析結果に基づいた薬剤過敏症の標的治療:一例報告)」だ。

友人の愛媛大学名誉教授の橋本先生の総説によると、薬剤過敏性症候群(DiHS )は、薬剤の服用によって誘導される薬剤アレルギーの一種だが、難治性で薬剤投与を中止しても病気が進行する。また、この病気の長期化にヘルペスウイルスが関わっていることも明らかになってきた、特異な臨床経過をとる薬剤アレルギーだ。

多くの症例はステロイドの大量療法で治療されている様だが、この論文で紹介された症例はあらゆる治療に抵抗性で、ステロイドやサイクロフォスファマイド、さらにはミコフェノール酸モフェチルなど様々な免疫抑制剤を試みて、ある程度炎症を抑えることができても、薬を離脱できず、その結果腎障害が現れてきたという患者さんだ。皮膚科の経験はないが、医師なら原因を把握できているのに、治療に反応せずあれよあれよという間に悪化する患者さんは必ず経験している。

このとき、まず皮膚に浸潤している細胞を集めて、single cell transcriptome解析をしたら、治療ヒントが得られるのではと着想したのがこの研究で、詳細は省くが、強くサイトカインでJAK-STAT経路が活性化されているT細胞が局所に浸潤していることがこの検査でわかった。

驚くことに、薬剤により誘導されるアレルギー反応なので特定の抗原特異的T細胞が増殖していると思いきや、予想に反して多様なT細胞が反応していることもわかった。

一方、利用しやすい末梢血を用いた検査では、正常と比べて少し差が認められるが、やはり皮膚からの細胞が診断には必要な様だ。

これらの結果から、可能な治療標的を検討し、それまで利用した薬剤を除外すると、ヘルペウスイルス薬とJAK阻害剤が特定され、ウイルス薬を短期、JAK 阻害剤を長期間投与している。結果は劇的で、ステロイドホルモンやサイクロフォスファマイドの使用を減じても症状は再発せず、4ヶ月目の写真が示されているが、皮膚症状は完全になおり、さらにsingle cell trascriptome解析でも活性化リンパ節は消えている。

一例報告としてはここまでだが、この研究ではもう一度同じ様な薬剤反応を試験管内で誘導できるか実験的研究を行なって、薬剤過敏性症候群の反応の特殊性を検討している。試験管内でも、薬剤に対するT細胞活性化が見られるが、これはクラスIIMHC 依存的ではあっても、抗原特異性のないスーパー抗原様の反応であること、さらにこの試験管内の反応をJAK阻害剤だけでなく、抗ウイルス薬でも抑制できることを示している。

結果は以上で、この病気のメカニズム研究がどこまで進んでいるかフォローできていないが、この一例報告はこの病気の理解と治療を大きく進展させたのではという印象を持った。

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