1月14日 上皮間葉転換に関わる新しい分子の発見(1月8日 Nature オンライン掲載論文)
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1月14日 上皮間葉転換に関わる新しい分子の発見(1月8日 Nature オンライン掲載論文)

2020年1月14日
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血液発生では、まず上皮構造を持つエピブラストが原条で上皮間葉転換(EMT)を起こし中胚葉になる。このうちの一部は直接赤血球へと分化するが、残りは血管内皮へ分化する。血管内皮は当然上皮の一つなので、今度は間葉から上皮への転換が起こる。さらに驚くことに、一部の血管内皮は、上皮構造を解消してまた血液へと分化する。これは極端な例だが、上皮構造と非上皮構造は必要に応じて行ったり来たりできるようになっている。この機構に、TGFβファミリーシグナルと、その下流で誘導されるSnailが関わることは知られていた。ただこの分子経路があまりに有名でわかったような気になっていたが、実際にはまだまだ重要な分子が存在していた。

今日紹介するスローンケッタリングがんセンターからの論文は、すい臓ガンをモデルにEMTに必要な新しい分子RREB1を特定し、この腫瘍や発生での機能を明らかにした研究で1月8日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「TGF-β orchestrates fibrogenic and developmental EMTs via the RAS effector RREB1(TGFβはRasの下流で働くRREB1を介して線維芽細胞形成および発生過程でのEMTを統率する)」だ。

この研究は、TGFβシグナル研究の第一人者の一人、Massagueの研究室からで、最初はTGFβを使ってすい臓ガンにEMTを誘導する実験を進めていたのだと思う。この過程で、これまでTGFβによりEMTが起こる場合に誘導されるSnailの発現上昇は、突然変異型RASが存在するとき何十倍も高まることを発見する。

次に、RasとTGFβが同時に活性化させてEMTが起こると同時に細胞死に陥るすい臓ガン細胞株を用いて、EMTを抑える遺伝子の探索を行いRasの下流で働く転写因子RREB1を特定し、TGFβシグナル下流のSMAD2/3と複合体を作り、EMTに必要な転写を誘導することを明らかにする。

そして、RREB1をノックアウトしたガン細胞では、TGFβを加えてもsnailなどのEMT分子が誘導されないこと、またすい臓ガンの場合、RREB1ノックアウト細胞では細胞死が抑制され、がんの増殖が高まることを示している。面白いことに、すい臓ガンの場合EMTが起こると様々な繊維化に関わる分子が誘導される。これは、すい臓ガンで強い繊維化がみられることと一致する。ただ、EMTを誘導するRREB1がもし細胞死を誘導するとすると、この細胞死を克服する機構が働いて初めてすい臓ガンが完成することになる(これは私が勝手に考えているだけ)。

実際、肺ガンで見るとEMTで細胞死は誘導されないどころか、ガンはより悪性化する。この場合、RREB1をノックアウトするとガンの増殖は逆に低下する。

このように、それぞれ細胞のコンテクストに応じて、EMTは様々な表現形をとる。これをさらに確かめるため、EMTが最初に見られる原腸陥入時におこるEMTを最初はES細胞の分化実験、そして正常胚にRREB1ノックアウトES細胞を導入して発生させる実験を行っている。予想通り、RREB1がノックアウトされると、中胚葉の誘導がおこらず、またRREB1ノックアウトES細胞を導入された胚では、原腸陥入が強く阻害され、胎児発生が止まることを明らかにしている。

他にも様々な実験を行なっているが、詳細は省くが、以上の結果から、RREB1はRasの下流のMAPKによりリン酸化されることでSMADと相互作用し、EMTをガイドしていることが明らかになった。今後この新しい考え方で、発生や血管などの組織、あるいは上皮系発がんを見直すことの重要性を認識した。

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1月13日 RNAワクチンの可能性(1月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月13日
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胎児や乳児は母親からの抗体で守られている。マウスやヒトでは胎盤を通して母親の抗体が移行する。また、母乳の中の抗体を腸管から吸収することも可能だ。この結果、母親が妊娠中にインフルエンザワクチンを受けると、乳児のインフルエンザが50%減少することが報告されている。しかし、母親からの抗体はいいことばかりではなく、子供の体内に残存しているうちは、新しい免疫がを誘導するのが難しくなる現象が知られている。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はこの問題をmRNAをリピッドで被覆して投与、細胞内で抗原を作らせるワクチンが解決できることを示した研究で1月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Nucleoside-modified mRNA vaccination partially overcomes maternal antibody inhibition of de novo immune responses in mice (修飾拡散を用いたmRNAワクチンは母体由来の抗体による免疫阻害を克服できる)」だ。

このグループは抗原を直接注射する従来のワクチンに代わって、抗原のmRNAのウリジンをメチル化ウリジンに変え安定化させた後、細胞内へ安定に導入するためのリピッドと複合させて作成するmRNAワクチンを研究していたようだ。

ただ、コストなどの面からそう簡単に普及はしないと思われる。そこで、母親の残存抗体が存在した状況でもmRNAワクチンは有効であることを示そうと計画したと思われる。

まず妊娠マウスをインフルエンザワクチンで免疫し、誘導された抗体が生まれてきた子供をインフルエンザ感染から守ることを確認した上で、この子供マウスでは一般的なワクチンでは抗体がほとんど誘導できないことを示している。

同じ条件でRNA ワクチンを筋肉注射すると、母親の抗体がない場合よりは少し低下するが、IgG1クラスの抗体は誘導でき、感染を防ぐことができることを示している。すなわち、なぜかmRNAワクチンは母親の抗体があっても子供の免疫を誘導できる。IgG2aクラスで見ると確かに母親の抗体が反応を抑制しているので、筋肉細胞から作られた抗原は全く母親の抗体の免疫抑制効果は確かにあるが、抗体のクラス別にこれをすり抜けることができている。

最後にこの原因を色々探ろうとしいる。単純に抗原が多く作られるからmRNAワクチンが有効である可能性を排除するため、mRNAワクチンの量を減らして注射しても抗体が誘導できることを確認している。また、リンパ節の胚中心に存在するインフルエンザ特異的B 細胞の数を調べて、母親の抗体があっても胚中心の記憶B細胞が強く誘導されていることを示している。最後に、通常の抗原を強いアジュバントとともに免疫する実験を行い、ある程度免疫は誘導されるが、それでも母親の抗体の抑制効果を克服するまでには至らないことを示している。しかし、結局は何故mRNAが母親の抗体の阻害効果をすり抜けられるのかは説明しきれていない。

結果は以上で、母親の残存抗体の効果を改めて認識することができたが、基礎免疫学的にはなぜmRNAワクチンがこの壁を克服できるのかについては理解できずに終わった。しかし、臨床医学的には確かめる価値は十分ある。特にはしかなどの混合ワクチンは母乳を飲んでいる時に接種する。ほとんどの場合お母さんの抗体はないと考えていいが、授乳中に母親が感染したりした場合は、一つの選択肢として考えられるような気がした。逆に、全てをmRNA ワクチンで置き換えてもいいが、結局はコストの問題で、この壁の方がずっと大きいと思う。

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1月12日 アルツハイマー病の免疫反応:結果か原因か(1月16日 Nature 掲載論文)

2020年1月12日
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アルツハイマー病(AD)では、ミクログリアの活性化が見られることから、単純な変性疾患というより、炎症が何らかの役割を演じていると考えられるようになっている。とはいえ、抗原特異的免疫反応が関わるという論文には、少なくとも私自身は読んだことがなかった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は様々な手法を用いてADで抗原特異的キラーT細胞の反応が亢進していることを示した研究で1月26日号のNatureに掲載された。タイトルは「Clonally expanded CD8 T cells patrol the cerebrospinal fluid in Alzheimer’s disease (クローン増殖したCD8T細胞がアルツハイマー病の脳脊髄液をパトロールしている)」だ。

最後に種明かしがあるが、このタイトルを読むと、ADもアミロイドやタウに対する免疫反応が起こる自己免疫病かと思ってしまうが、これについては全く示されていないことを頭に置いて読む必要がある。ただ、この研究は最初からADでも抗原特異的免疫反応があるはずだという仮説で実験が進められていく。

まずFludigmのCyTOFを用いて末梢血の発現しているタンパク質を単一細胞レベルで調べ、ADの患者さんではCD8T細胞で、特に細胞障害性分子を発現し、また記憶型の細胞で、抗原による反応性が高いポピュレーションが上昇していること、そしてこの数が認知障害度と比例することを示している。

次に、このタイプのCD8キラーT細胞が実際に脳内に存在するか調べ、正常人では血管外に移動することがないこの細胞がAD患者さんでは血管外に認められ、さらにアミロイドプラークの周りにも存在することを示している。これを反映して、患者さんの脊髄液では記憶型CD8T細胞が認められることも示している。

ではこれらCD8T細胞は特定の抗原に反応して増殖してきたかどうかが問題になるが、ADの患者さんでは間違いなくCD8T細胞のクローン性増殖が認められ、またそのような細胞が海馬にまで侵入している。

そこで最後に、このようにクローン性に増殖しているCD8T細胞がどの抗原に反応しているのか特定を試みようとしているが、EBウイルス核内抗原に反応しているT細胞以外は、抗原の特定には至らなかった。

以上の結果は私なりにまとめると、確かにADそしておそらくパーキンソン病のような神経編成性疾患では記憶型CD8キラーT細胞が増殖し、脳内にも認められ、新しい診断指標として役立つ可能性はあるが、これが原因なのか、それとも変性により活性化された炎症の結果なのか、まだよくわからないと結論できるだろう。結局反応を誘導している抗原の特定がこの問題の解決には必要だと思う。例えば以前紹介したようにもし歯周病菌がADに存在するなら(https://aasj.jp/news/watch/9628)、抗原の候補としては面白そうだ。

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1月11日 原腸陥入時細胞が片方にしか動かない理由(10月10日号 Science 掲載論文)

2020年1月11日
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最近トップジャーナルから、アフリカツメガエルやニワトリ胚を用いた発生研究が減っている。これは遺伝学的胚操作が難しいという理由のせいだろうが、シュペーマン以来の伝統的胚操作が利用できる利点は今でも十分存在すると思う。要するに、使う材料が先にあるのではなく、知りたい疑問が先にあるなら、カエルやニワトリを使うほうが良い場合は多いと思う。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校の三川さんの研究室からの論文はニワトリの利点を最大限に生かせた面白い研究で1月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Programmed cell death along the midline axis patterns ipsilaterality in gastrulation (中心軸に沿ったプログラム細胞死が原腸陥入で細胞を片方だけに移動させる)」だ。

私もマウス胚で原腸陥入期を長く見てきたが、上皮からこぼれた中胚葉細胞がなぜ片方にしか動かないのかなどという疑問を持ったことはなかった。というより、結局左右同じなのである程度は混じり合うだろうと思っていた。おそらく私が個体レベルより細胞レベルでこの過程を見ていたからだろう。しかし、実際はそうではないようだ。

三川さんたちはまず左右のエピブラストを異なる色素で標識して追跡する実験を行い、左右の細胞が原腸陥入後決して混じらないことを確認し、このとき中心線に動いてきた標識細胞が細胞死を起こし、しかも除去されずその場に維持されることに気づく。

普通死んだ細胞に機能があるとは思はないが、さすがプロで、この中心線に集まる細胞死が陥入後の細胞移動の方向性を決めると仮説を立て、まず細胞死をブロックするカスパーゼ阻害剤で処理すると、細胞死が防がれると同時に実に36%もの細胞が反対側からくることがわかった。

次になぜ中心線に移動した細胞が細胞死をおこすのか調べる目的で、様々な増殖因子や細胞外基質を操作する実験を行い、細胞外基質のラミニンの合成をとめると細胞の移動方向がランダムになることを明らかにしている。

いくつかの実験の結果、細胞外基質は直接細胞死を誘導するよりは、中央に細胞死細胞を集める役割があることを確認した後、ラミニン合成を抑制して左右差がなくなった胚の中心に細胞死を誘導する実験を行い、細胞死が陥入後の細胞の偏側性を決めることを明らかにしている。

コンパクトな論文に、きちっと必要なメッセージが詰め込まれており、さすがニワトリ胚と羨ましくなる研究だと思う。もちろん話はこれで終わるわけではない。細胞死の誘導機構や、細胞移動を阻止する機構、また発生では繰り返し起こる細胞死の新しい機能など、広がりがあるように思う。

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1月10日 KRAS阻害剤に対する耐性の出現の様式(1月16日号 Nature 掲載論文)

2020年1月10日
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癌研究分野での昨年の大きなトピックスの一つは、アムジェン社が開発した新しいKRAS(G12C)阻害剤で、11月に論文を紹介するとともに(https://aasj.jp/news/watch/11638)YouTubeでも詳しく解説した(https://www.youtube.com/watch?v=xOe26eCpeoo)。ただ、この論文で感じたのは、RAS阻害という癌治療の夢が一部でもかなったとしても、他の薬剤と比べても耐性がでやすいのではという点だった。事実、11月に紹介した論文でも、KRAS阻害剤と他の抗がん治療をどう組み合わせれば有効かという点に焦点が絞られていたように思う。

今日紹介するスローンケッタリングがんセンターからの論文は、まさにG12C変異を持つ癌に対する阻害剤に対する耐性がどのように発生するか解析した研究で1月16日号のNatureに掲載予定だ。タイトルは「Rapid non-uniform adaptation to conformation-specific KRAS(G12C) inhibition (KRAS(G12C)阻害剤に対する多様で急速な適応)」だ。

この研究ではまずG12C変異を発現するがん細胞をARS1640阻害剤で処理し、72時間までの短い時間での細胞の反応をsingle cell trascriptomeで調べている。この結果、細胞の反応はおおきく2つの経路に分けられ、一つは静止期へと移行し、短期的には問題にならない経路と、一度抑制されるがすぐに活性化する経路に別れることがわかった。またこの差をp27分子を用いた静止期細胞を検出する方法でも確認でき、阻害剤にも関わらず増殖を始める細胞は静止期スコアが低いことを確認している。この結果は、抗がん剤への耐性を調べるときに、single cell transcriptomeが重要な方法になることを再確認させた。

この一度抑制された後増殖する適応メカニズムを明らかにすべく、クリスパーを用いた遺伝子ノックアウトスクリーニングで、阻害剤の効果を高める分子のリストを作成している。このリストの中から、この研究では上皮細胞増殖因子HBEGFと細胞分裂に関わるAURKに絞って作用メカニズムを探っている。

EGFを培養に加える実験から、EGFが適応力獲得期に働いていること、また阻害剤を用いた実験から、阻害剤存在下では新しいRASが転写され、EGFシグナルが存在すると、阻害剤の作用をくぐってRASが機能し、耐性がん細胞が出現することを明らかにしている。

一方、AURKについては、KRASと複合体を形成してシグナル伝達を安定化させることで、KRAS阻害剤に対する耐性出現を助けている可能性を示唆している。そして、AURK阻害剤をKRAS阻害剤と同時に使用すると耐性ができにくくなることも示している。

結果は以上で、RAS阻害がRASの転写を誘導し、新たに誘導されたRASが阻害剤の作用をくぐって働く可能性は、たしかにこの阻害剤の問題を明らかにした重要な結果だと思う。結局現時点で開発可能な阻害剤が、RAS との親和性は高くないが、共有結合によってRASに結合することでその分子の機能を抑制する作用機序を持つからだろう。すなわち、新しいRASには阻害剤より先にGTPが強く結合して機能してしまうようだ。幸いアムジェンの新しい阻害剤は、今回用いられたARS1640よりは高い親和性を持つと思われるので、耐性の出方は遅いとは思うが、しかし同じことは必ず起こるだろう。この問題を解決する意味で、この研究の意義は大きい。

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1月9日 神経芽腫と環状DNA(12月16日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2020年1月9日
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我々の世代は環状DNAと聞くと、免疫グロブリン遺伝子やT細胞受容体遺伝子が再構成した時に形成されるDNAを思い出す。遺伝子再構成のルールを明らかにするために、免疫グロブリン遺伝子を含む環状DNAを特定しようと研究室が競っていた。しかし、環状DNA自体はそれほど珍しいことではなく、多くの細胞で見られることがすでに明らかになっている。特にガンでは、染色体外で増幅できる可能性から、ガン遺伝子の発現を高める一つの手段として注目されていた。

今日紹介するスローンケッタリングガンセンターからの論文は、神経芽腫に見られる環状DNAを網羅的にリストし、その機能を探った研究でNature Geneticsにオンライン掲載されている。タイトルは「Extrachromosomal circular DNA drives oncogenic genome remodeling in neuroblastoma (染色体外の環状DNAは神経芽腫の発ガン性ゲノムリモデリングに関わっている)」だ。

昔は環状DNAの検出にはPCRを用いてそれだけを増幅する手法で探し出していたが、最近は全ゲノム配列データをコンピューターで解析し、環状構造ができるときに新たに発生する配列をベースに、ゲノムDNAと環状DNA を区別してリストすることが可能になっている。この研究では、これに直線上のDNAだけ消化する方法で精製した環状DNAの配列も加えて、環状DNAの由来や量、そしてゲノムへの再挿入の有無などをほぼ完全に把握できるようにしている。

これらのデータを解析すると、

  • 神経芽腫に環状DNAの多くはcDNAが環状になったもので、ゲノムから直接発生したのは1細胞あたり一個程度。直接ゲノムから飛び出してきた環状DNAは結構大きく、平均で0.7Mもある。一方、cDNAからできた環状DNAの大きさの平均は2.4Kb程度。
  • どちらの環状DNAでも神経芽腫のドライバー遺伝子であるMYCNが濃縮されており、もともと遺伝子増幅がある場所が環状DNAを作りやすい。
  • 環状DNAと遺伝子発現を見ると、環状DNAとして増幅されることで遺伝子発現は確かに上昇しているが、これで全て発ガンに必要な遺伝子発現の上昇を説明できないことも明らかになった。
  • ゲノムから切り出されてできた環状RNAは遺伝子の様々な場所に再導入され、キメラ遺伝子を形成したり、逆にテロメラーゼなどの増殖に都合のいい遺伝子の発現を上昇させたりする。すなわち、トランスポゾントして働いて、ゲノムの安定性を低下させ、悪性のクローンが発生しやすくなる。
  • 実際の症例で、MYCNを含む環状DNAが再導入された患者さんを、検出されなかった患者さんと比べると、予後は極めて悪い。

以上が結果で、環状DNAがガンの悪性化に関わるメカニズムについてはよく理解できた。ただ、タイトルを見て、ひょっとしたら全身転移していても急に治癒するような不思議な神経芽腫の性質も説明する論文かと期待したが、そこまではいかなかった。しかし、なんでも徹底的に調べることの重要性はよくわかった。

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1月8日 スキンケア製品がアレルギー性皮膚炎を誘導するメカニズム(1月3日号 Science Immunology 掲載論文)

2020年1月8日
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T細胞の抗原認識の基本は、組織適合抗原(MHC)と結合したペプチドをT細胞の抗原受容体(TcR)が認識することだが、ペプチド以外の金属や、化粧品などスキンケア製品に含まれる脂質が抗原になることがある。実際、アレルギー性の皮膚炎の原因の多くは、ペプチドでない場合が多い。例えば以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/1783)、慢性ベリリウム症を引き起こすBeSO4はHLA-DPのポケットにBeが結合すると、MHCの構造が変化してそれに対するT細胞が誘導される。ただ、多くはMHCと何らかの形で作用しあって抗原性を発揮するので、特定のMHCを持つ一部の人だけが病気になる。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこれに対して、多型性のないCD1aに化粧品に含まれる様々な脂質が反応してアレルギーを起こす機構を探った研究で1月3日号のScience Immunologyに掲載された。タイトルは「Human T cell response to CD1a and contact dermatitis allergens in botanical extracts and commercial skin care products (植物エキスやスキンケア製品に含まれる接触性皮膚炎のアレルゲンとCD1aに対するT細胞反応)」だ。

CD1も構造上はMHC抗原と同じだが、ペプチドではなく脂質と結合してT細胞反応を起こすことが知られており、通常細胞内から由来する内因性の資質と結合している。例えば我が国の谷口克先生が明らかにされたNKT細胞もCD1と糖脂質が結合した構造に反応する。

この研究では化粧品などに含まれるアレルゲンがCD1の一つCD1aと作用しあって起こるのではないかと最初から仮説を立て、CD1aと内因性の資質に反応することが知られているT細胞株の反応を指標にスクリーニングしたところ、最終的にアロマオイルに含まれるバルサムペルーを特定する。

最終的にこの中に含まれるbenzyl benzoateとbenzyl cinnamateがCD1aと相互作用することでT細胞の反応が誘導されることが確認された。

重要なのはこれら2種類の化合物は、これまでCD1と結合する抗原として知られていた極性基を持つ構造とは全く異なる点で、この構造的基盤を調べるため、まず29種類のよく似た化合物を同じようにスクリーニングし、芳香剤として用いられるファルネソールなど15種類の化合物が同じT細胞株の反応を誘導できることを示して、不飽和で、環状構造あるいは側鎖構造を持つ脂質がCD1aと反応するアレルゲンとしての共通の性質であることを示している。

最後にファルネソールとCD1aの相互作用の構造解析を行い、ファルネソールが内因性の脂質をCD1aから追い出すこと、ポケットの底に埋まってTcRとは直接反応しないことなどを明らかにしている。

以上の結果から、化粧品などに使われている芳香剤に対するアレルゲンは、直接TcRと結合するのではなく、内因性の脂質と置き換わってCD1aを安定化させることで、アレルゲンとして働いていることを示している。

おそらくスキンケア製品によるアレルギーは重要な問題なので、抗原の構造的側面が明らかになったことは大きな前進だと思う。しかし、もしCD1aがTcR反応に関わるとすると、なぜ一部の人だけにアレルギーが発症するのか、まだまだ分からないことが多い。いずれにせよ、CD1は様々なアレルギーの媒体として急速に注目が集まってきたようだ。

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1月7日 心筋梗塞の予後を改善する薬剤ができるかもしれない(1月1日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月7日
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カテーテルによるステントの挿入治療により血液の循環を早期に再開することが可能になり、心筋梗塞の予後は劇的に改善した。しかし、血流が止まっていた間に起こる心臓へのダメージはそのまま残るため、かなりの患者さんでは心不全への進行を止めることは難しく、また不整脈などによる突然死のリスクも抑えることは難しかった。

今日紹介するオーストラリア・シドニー大学からの論文は、再灌流後の損傷治癒に働きかけて心臓機能の低下を防ぐ目的でPDGF-ABが利用できること示した研究で1月1日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Platelet-derived growth factor-AB improves scar mechanics and vascularity after myocardial infarction(PDGF-ABは心筋梗塞巣の瘢痕の力学的性質と血管密度を改善する)」だ。

発生や修復に関わる増殖因子PDGFは、PDGF-AとPDGF-B分子が、それぞれS-S結合で会合して形成され、組み合わせによりAA、AB、BBの3種類が存在する。それぞれ結合する受容体のレパートリーは異なるが、PDGF-ABは受容体αα、及びαβに結合することが知られている。このタイプの他の増殖因子と比べると極めて複雑だが、ともかくPDGF受容体αを発現する細胞を刺激すると考えておけばいいだろう。

このグループはこれまで小動物の心筋梗塞モデルでPDGF-ABが心臓機能を保持するために重要であることを示していた。この研究では、その延長で大型動物豚を用いて心筋梗塞を誘導し、再灌流を始めた時からPDGF-ABを投与した時予後を改善できるか調べている。

結果は期待通りで、この方法で心筋梗塞を起こすと、4割の豚が不整脈などで早期に死亡するが、心筋梗塞後の不整脈、特に心室性の不整脈とそれによる死亡を完全に防ぐことができる。

また、生存した個体の心機能を調べると、心筋梗塞の大きさは変わらないが、心臓の収縮力が維持され、収縮あたりの血液拍出量の低下が抑えられることがわかった。すなわち、梗塞自体は元に戻らないが、PDGF-AB注射は心機能の低下を抑えることができることがわかった。

この原因を組織学的に調べると、梗塞領域に特に小動脈の新生がおこり、血管の密度が高まっている。しかし、心筋梗塞の大きさや瘢痕形成にはPDGF-AB はほとんど効果がない。しかし、修復された時に形成されるコラーゲン繊維の走行が本来あった心筋の走行に一致する方向に綺麗に整えられ、強い力に耐えられるように修復が進んでいることがわかった。この結果、他の部分の心筋の力が伝わって、拍出量が維持される。

また、一般的に梗塞巣では瘢痕の中に心筋の塊が残るまだら模様の組織ができ、これが心室性の不整脈の原因になると考えられるが、PDGF-ABを注射すると、心筋は心筋、瘢痕は瘢痕と綺麗に分離しており、これが梗塞後不整脈による死亡を抑えていると考えられる。

結果は以上で、あとは臨床で確かめるだけの、素晴らしい結果だと思う。もちろん完全に治療するという薬剤ではないが、修復過程に直接働く薬剤がついに心筋梗塞治療にも登場したのではと大きな期待を抱いている。

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1月6日 中石器時代の焼きイモ(1月3日号 Science 掲載論文)

2020年1月6日
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これまで考古学とされてきた学問分野は、精緻な年代測定、DNA配列決定、質量分析など、最新の科学的手法が導入されることで、人間についての科学にすっかり様変わりした。昨年はデニソーワ人を中心に大きな研究の進展ががあったが、今年も面白い話を聞くことができると思う。特に、人類の揺りかごアフリカと様々な古代人の進化系がみられるかもしれないアジアが注目地域だと思う。

今日紹介する南アフリカWitwatersrand大学からの論文は、中石器時代の人類が食べていたでんぷん質のソースを探った研究で1月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cooked starchy rhizomes in Africa 170 thousand years ago (17万年前のアフリカで調理された地下茎のデンプン)」だ。

この研究の舞台は中石器時代以降のアフリカホモ・サピエンスの研究では有名なBorder洞窟で、数を数えるのに使われた切れ目のある猿の腓骨が出土したことで有名だ。15万年前後から3万年ぐらいまでずっと人類が使っていたという点では極めて重要な遺跡と言える。

この研究では、この洞窟内の地層に火を燃やし続けたことによる灰が主成分の白い地層があり、この中から炭化したいくつもの丸い地下茎の塊が発見されることをまず報告している。また、この地層の年代測定から、だいたい17万年前に始まり、10万年前に使用が終わったことを特定する。

地下茎とされている植物の写真を見ると、小さなぬかごのようなものと考えてもらうといい。ジャガイモも地下茎であることを考えると、我々のイメージでは小さなイモと言っていいだろう。

この研究では電子顕微鏡的形態観察から、現在も薬草として使われているヒポキシスに近いことを特定している。この植物には小さな白い地下茎があり、またほとんどのアフリカ地域で生息していることから、この遺跡から出土した炭化した地下茎はヒポキシスと結論している。

以上が結果で、中石器時代の狩猟採取民も、野生の地下茎を火で炙ってカロリー摂取していた可能性が高いことが明らかになった。

結果は以上で、今後もっと古いアフリカのホモ・サピエンスの遺跡も、動物の骨や石器だけでなく、植物性デンプンの摂取についても調べることで、当時の人たちの生活をより深く理解できると期待される。さらに、他の人類と、ホモ・サピエンスとの交流の手がかりにすらなるかもしれない。

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1月5日 哺乳動物細胞の複製開始機構(12月25日Natureオンライン掲載論文)

2020年1月5日
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30億塩基対の巨大なゲノムを持つ我々の細胞一個一個が、これを正確に複製できているということは驚くべきことだ。それぞれの染色体は繋がっていても、大腸菌のように一個のマシナリーで複製することは不可能だ。代わりに私たちのゲノム状には何万もの複製開始点が前もって設けられており、そこから双方向に複製が決まったタイミングで一度だけ起こるよう設計されている。この場所極めはゲノム上の配列と、クロマチンの構造で決まっていることがわかっているが、意外と詳細がわかっていなかった。

今日紹介する北京科学アカデミー研究所からの論文はヒストンH2AFZに注目して、この分子の機能からクロマチンによる複製開始の機構に迫った研究で12月25日号Natureに掲載された。タイトルは「H2A.Z facilitates licensing and activation of early replication origins (H2A.Zは初期の複製開始点のライセンシングと活性化に関わる)」だ。

ここでライセンシングというのは、細胞が一回分裂するとき一回だけ複製が起こるようにする機構を意味する。すなわち、一定の条件が複製開始点に集まった時だけ複製が活性化する機構をさす。このグループは、開始点のクロマチンに集まったH2AFZがライセンシングと複製過程の引き金になると考え、HeLa細胞からH2AFZをノックアウトすると、S期の直前で細胞周期が止まるという観察からスタートし、

  • H2AFZがライセンシングに関わるH4K20me2やORC1と複合体を形成し、複製開始点に集まっていること、
  • この過程は、まずH4K20のメチル化に関わる酵素SUV420H1がH2AFZと結合し、これにより活性化された後H4K20のメチル化とH2AFZが結合している複製部位への集積が起こり、その結果ORC1、そして複製マシナリーがここに集積すること、
  • H2AFZの結合している場所で実際複製が起こっていること、
  • H2AFZはライセンシング因子として、実際に複製のタイミングも決めていること。

などを明らかにしている。

特に新しいテクノロジーがあるわけではないが、段階的に可能性を追求するスタイルのおかげで、自分の頭の中の複製開始やライセンシングについての知識を整理することができた。この論文は一般の人には難しいと思うので、一般用にはもう一編論文を紹介するが、学生さんたちには是非読んでほしい力作だ。

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