2020年4月28日
今年の日本国際賞はネアンデルタール、デニソーワ人のゲノムを初めて解明したスバンテ・ペーボさんに授与されることになった。お会いしたことはないが、彼が切り開いた分野から連日発表される驚きの論文のおかげで、引退後の私も随分楽しませてもらった。頭の中も十分アップデートしたおかげで、飽和に近づいたのか、最近は私もこの分野の論文を紹介することがなくなっている。
しかし解析された個体数が増え、情報処理技術は着実に進んでおり、解析の制度は着実に上昇している。今年も必ずあっと驚く論文が期待できるだろう。そんな中で今日紹介するデンマーク・オーフス大学と、ライプチヒのマックス・プランク人類進化学研究所からの論文は、古代人の化石だけに頼らず、現代人のゲノムに存在する古代人遺伝子断片を特定して、ゲノム進化を調べた地道な研究で4月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「The nature of Neanderthal introgression revealed by 27,566 Icelandic genomes (27,566人のアイスランド人ゲノムに見られるネアンデルタール人からの遺伝子流入の性質)」だ。
古代人ゲノムが解読され、そのゲノムが我々ホモ・サピエンスの中に存在するという発見は今世紀の大発見だが、実際には数万年前のゲノムを現在のゲノムと比べているわけで、古代人と交雑して我々に流入したゲノムも我々の歴史とともに進化し、化石のゲノムとは当然変異しており、この方法だけでは流入した多くの古代人ゲノムが発見されないままで終わる。
この研究では、アイスランドで進んでいるデコード社による全ゲノム解読データを利用して、古代人ゲノムの流入がほとんどないアフリカ人のゲノムデータと比較して、現代人ゲノムの中かの古代人ゲノムを推定する方法を用いている。同じ方法はなんども使われてきたが、この研究では27,566人という多くのアイスランド人ゲノムを用いてこれを行なっている。我々のゲノムには1.5〜2%程度古代人ゲノムが含まれているが、どの断片を持つのかは個人個人で異なっており、調べられるゲノムの数が多いほど、多くの古代人ゲノム断片を集めることができる。そして何よりも、流入後に我々の先祖の歴史とともに発生した変異についても個別の断片について計算することができる。2万人ものゲノムを処理するだけでも簡単ではないはずだが、最終的に古代人ゲノム全体の半分近くを特定している。
論文のほとんどは、方法の検証に当てられているが、その中から面白い話だけをピックアップすると次の様になる。
古代人ゲノムの変異は近くのサピエンスゲノム断片とリンクして子孫に伝わるケースが認められ、我々のゲノムに統合されることで独自の進化を遂げる。 アイスランド人について言えば少なくとも6種類の古代人ゲノムが流入しており、中でも最も多いのがクロアチアビンジャのネアンデルタール人由来の断片。 デニソーワ人のゲノムが広く分布していることから、サピエンスがアフリカから出た直後に直接、あるいは間接(ネアンデルタールを通して)に流入したと考えられる。これはデニソーワ人もシベリア以西にも多く存在したと考えられる。 おそらく現代人に流入すると淘汰される相性の悪い遺伝子が存在しており、それは古代人ゲノムが全く見られない領域として残る。この様な領域はX染色体に多い。 ほとんどのゲノム領域はサピエンスに流入後、他の遺伝子と同じ様な速度で変異している。 変異のタイプを調べることで(例えばCからGなどなど)、特にネアンデルタール遺伝子で多い変異を眺めると、ネアンデルタール人は若い男性が年上の女性とペアを組んでいたと想像できる。 古代人ゲノムのなかで形質に直接関わる多型を特定できるが、例えば前立腺源の診断に使われるPSAに関わる変異などいくつかをのぞくと、直接進化に寄与したものは少ない。 これまでの研究で、現代人の形質に大きな影響を持つとされた遺伝子多型の多くは、今回の研究で確認できなかった。
などなど盛りだくさんだ。かなりアカデミックな仕事で、一般受けはしないと思うが、今後さらに数を増やし精度を上げることの重要性がよくわかる、この分野のウォッチャーとしては満足できる面白い論文だった。
2020年4月27日
経頭蓋磁気刺激(TMS)は、脳の狙った場所に磁気により一定の周期の刺激を行い、領域内での神経結合を高めたり抑えたりする方法で、脳を操作する方法として実験に使われるだけでなく、難治性うつ病などの治療にも使われて、私もずっと注目してきた。うつ病の治療についてはこのホームページでも紹介した。
ただ、TMSを知った当時の新鮮な驚きが得られなかったためか、最近は紹介する機会が減っていた様に思う。しかし今日紹介するスタンフォード大学からの論文を読んで、うつ病のTMS治療も少しずつ改良が加えられ、信頼できる治療へ一歩一歩近づいていることを知った。タイトルは「Stanford Accelerated Intelligent Neuromodulation Therapy for Treatment-Resistant Depression (治療抵抗性のうつ病に対するスタンフォード式神経調節治療)」で、American Journal of Psychiatryにオンライン掲載された。
フォローしていないので、現在行われている方法と比べてどこが新しくなったのかは完全に把握しているわけではないが、
うつ病の場合左背外側前頭前野を標的にTMSが行われるが、この研究では治療前に、各患者さん個別に安静時機能的MRIを行い、神経結合性が低下している場所を標的にしてTMSを行なっている。 FDAで認められているθパルス治療は回路を回復させる必要量に達していないと考え、この研究では約5倍の量照射している。 一定期間の休憩を挟んで何回もパルスを誘導する方が回路回復効果があるとするそれまでの研究結果に基づいてTMSセッションを計画している。
などが、スタンフォード式のポイントだと思う。
プロトコルを眺めると、2秒間隔で1800パルスを照射した後、50分休み、また照射休憩、とセッションを10回も繰り返す。すなわち一日中治療にかかりきりになる。機械の能力としては1日に4−5人はさばけるかもしれないが、コストは高くなりそうだ。
しかし効果はてきめんでだ。この研究にはうつ病発症から20年近く経過し、現在うつ病治療の切り札と言われるケタミンも含め様々な治療法にも反応しなかった患者さんだ。そのうつ病の重症度を示す指標(MADRS)が、治療中に劇的に変化して、退院時にはほとんど正常化している。また、徐々に悪化が見られるが、寛解状態を5週間維持することができる。TMS治療がうまくいかなかった患者さんでも同じ様に調べているが、この治療では同じ様に反応する。さらに、自殺の危険性を察知するアンケート方式の調査でも、劇的な改善が見られる。一方、照射中に倦怠感を感じたりすることはある様だが、大きな副作用は全く認められない。
実際の患者さんを見ないで、グラフだけでは実感はないのだが、驚くべき効果を発揮する治療に思える。我が国でも、TMSを用いたうつ病治療は徐々に導入されているが、この方法の有効性がさらに確認されれば、重症例には使える様にすることは大事だと感じた。TMSおそるべし。
2020年4月26日
今日の日本経済新聞では新型コロナウイルスの感染感受性や、病気の重症度と相関する遺伝子を特定するためのゲノム研究コンソーシアムが始まったことが報道されていた(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58510850V20C20A4EA1000/ )。ただ、この様なコンソーシアムはさらに精度の高い研究を目指す話で、感染者が300万人に達しようかという新型コロナではおそらく早い時期からゲノム研究は行われてきたと想像する。そう思って毎日、PubMed検索サイトで、Covid-19 and SNPとかGWASとかを検索しているが、今のところは明確なhitはない。少し範囲を広げて、covid-19 and genetic susceptibilityで検索すると、いくつかヒットするが、結局ヒトゲノムとの関わりがあるのはまだ3報しか発表されていない。
ゲノム研究とは全くいえないが、最も印象に残った論文はAmerical Journal of Tropical Medicine and Hygieneにオンライン掲載されたイランからの論文で、何と血を分けたそれまで全く健康だった兄弟三人が新型コロナに感染し、同じ様なコースで重症化し死亡したという症例報告だ。
残念ながらこれ以上のことは全くわからないが、家族性の存在はゲノム研究の重要性を示唆している。
もう一報はイタリアミラノからの論文で、ゲノム研究と言えば言えるが、まだ実際の患者さんとの相関は全く調べていない。今後ゲノム解析は重要になるのは間違い無いので、ともかく今わかっていることをゲノム研究の目で見てみようという論文で、イタリア国民についてのデータベースを用いて新型コロナウイルスが細胞に侵入する時に利用するACE2とTMPRSS2の肺での発現に相関する遺伝子多型を探索し、TMPRSS2の発現に関係するかもしれない多型が存在することを示している。この点については、大規模ゲノム研究が進むことで間違いなく、病気との関係で明らかになるはずだ。不完全なデータで、一種の火事場泥棒と非難する人もいるかもしれないが、それでも何でもやってみようとするミラノ在住の科学者の切実さを感じる論文だった。
最後の一報はオレゴン健康科学大学からの論文で、前の2報より重要性は高く、ウイルス抗原に対するキラーT細胞活性を決めている組織適合抗原(MHC)と、ウイルス抗原との結合係数をデータベースを用いて計算し、ウイルス感受性をMHCから説明できないか調べた研究だ。おそらく世界中で同じ試みが行われていると思うが、このグループが先陣を切った。新型コロナウイルスに対する抵抗力についていくつかのヒントが示されていたので紹介する。タイトルは「Human leukocyte antigen susceptibility map for SARS-CoV-2(SARS-CoV-2に対するヒト白血球抗原感受性マップ)」で、4月7日号のJournal of Virologyに発表された。
以前に紹介した新しいインフルエンザワクチンについての論文では、ウイルスに対する免疫にはキラーT細胞の役割が大きいことが示されていた(https://aasj.jp/news/watch/12433 )。実際、抗体を誘導するワクチンより、T細胞を誘導するウイルスペプチドで免疫するワクチンすら開発されようとしている。
この研究では、新型コロナウイルスがコードする10種類のタンパク質からできると想定される48,395種類のペプチドから、HLA-A,B,CそれぞれのMHCと結合して提示される可能性があるペプチドを32,257種類選び出し、現在得られる145種類のHLAそれぞれとの結合性を計算している。
結果は、多種類のペプチドと結合できるHLAから、ほとんどコロナ由来ペプチドとは結合できないHLAまで極めて多様であることが明らかになった。もう少しわかりやすくいうと、H+Aによって、ウイルス抗原を捕まえてT細胞を刺激する力が大きく違っていることを示している。もしウイルスペプチドと反応できないHLAタイプを持っていると、T細胞免疫が成立しないので大変だ。
ただ多くの人では6種類のHLA分子が存在しているので、それぞれが互いにカバーしてくれてあまり心配はないと思うが、今後実際の病状とHLAの関係がわかってきた時このデータは重要だ。
一方、少し安心できるデータもある。この研究では新型コロナウイルスから生じるペプチドと、一般的な風邪などで私たちが感染するコロナウイルスから生じるペプチドを比較して、564種類のペプチドが4種類の一般的コロナウイルス由来のペプチドと完全に一致するこをと示している。
この結果は、もし風邪などのコロナ感染ですでにT細胞免疫ができておれば、その一部は新型コロナの抵抗力として働くことを示している。この新型、旧型コロナ共通のペプチドと結合するHLAを計算すると、最も結合力の強いHLAの分布は嬉しいことにアフリカに多い。一方、ほとんどコロナのペプチドに結合できないHLAはヨーロッパ、中国 オーストラリアなどで頻度が高い。
この指標だけで見ると、日本は全て中庸で、これはアメリカも同じだ。ただ、このランキングは、多くのペプチドと結合できるトップ3、およびペプチド結合能のないトップ3のHLAの分布を示しているだけで、本当の抵抗力の分布は6種類のHLA能力の総和から計算できる能力がどう分布しているのか示す必要がある。
結果はこれだけで、実際の抗原提示実験は全く行われておらず、今後実際の免疫誘導実験系で、この結果は検証されていくと思う。その上で改めて、HLA感受性マップができることだろう。
多くの病気でそうだが、MHCはヒトゲノム多様性研究の原点で、しかも免疫に関しては最も重要な分子の一つだ。その意味で、この論文に続いて今後多くのMHC とコロナ感染の論文が発表されるだろう。この様な地道なデータをしっかり提供していくことが科学の使命で、その上でより精密な将来予測が可能になる。今は抗体検査だけが話題になっているが、この様な多因子を加えた推計学手法も磨いてほしいと思う。
2020年4月25日
オートファジーは様々なガンで自分を守るために活性が高まっていることが知られており(https://aasj.jp/news/watch/1218 )、今話題のハイドロオキシクロロキンをガン治療と組み合わせる治験が進んでいる。たとえば米国の治験登録サイトをcancerとhydroxychroloquineで検索すると、75の治験が上がってくるが、最初のページの10治験では、すい臓ガンが2件、前立腺ガンが5件、乳ガンが2件、肝臓ガンが1件で、確かに多くのガンが対象になっていることがわかる。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文はオートファジーがガンが免疫システムから逃れる機構として使っていることを示した論文で4月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Autophagy promotes immune evasion of pancreatic cancer by degrading MHC-I(オートファジーはMHC-Iを分解してすい臓ガンの免疫回避を促進する)」だ。筆頭著者はYamamotoなので日本からの留学生かもしれないが、今のニューヨークだと生活は大変なのではと心配する。
この研究は、すい臓ガン細胞を観察するとキラー免疫の抗原を提示するMHC-Iが表面から消失して、リソゾームに蓄積、分解されている像が見られるという気づきを発端としている。これまで多くの人が観察してきたはずだが、この注意深さがこの研究のすべてのように思える。
あとは、リソゾームに移行して分解されるいくつかのメカニズムの可能性を検討し、最終的にオートファジーを抑制すると、リソゾームへの移行がなくなり、細胞表面での発現が維持されることを示している。また、MHC-Iはオートファジーのカーゴ受容体の一つNBR1と直接結合することを明らかにしている。
以上がMHC-Iを処理するオートファジーメカニズムについての研究で、あとはMHC-Iが表面から消えることで予想される免疫回避を、オートファジー抑制で抑えることができるのか、試験管内やガン移植モデルで調べている。詳細は省くが、キラーT細胞への感受性はオートファジーを阻害することで高まり、移植ガンの実験系で、クロロキンとチェックポイント治療を組み合わせると、ガンへのCD8細胞の浸潤が高まり、その結果ガンの増殖を抑制できることを示している。
以上が結果で、古典的手法を用いた堅実な研究という印象だが、臨床への道は近いと思う。事実、先の治験サイトの検索にチェックポイント治療を加えると、これからリクルートする2種類の治験と現在リクルート中の1治験が上がっており、今後すい臓ガンでも治験が進むのではと期待する。
2020年4月24日
なんども紹介しているようにCRISPR/Casを使った遺伝子操作技術の開発によって、それまでの遺伝子改変技術の限界を大きく超えることができるようになった。細胞を培養しなくても、高い効率で遺伝子操作が可能になったし、ゲノム上のあらゆる遺伝子が改変の対象になった。我々凡人は、この新しい可能性ばかりに目を奪われてしまうのだが、常に先を見る人たちは存在する。
今日紹介するハーバード大学からの論文はこれほど自由な遺伝子操作を可能にしてくれたCRISPR/Casが内在的に持っている不自由さを取り払おうとCas9タンパク質の改変を試みた研究で、4月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「Unconstrained genome targeting with near-PAMless engineered CRISPR-Cas9 variants(ほぼPAM依存性のないcRISPR/Cas9変異体によるゲノムへの制限のないアクセス)」だ。
この技術で可能になったことから考えれば贅沢を言うまいと誰でも思っているが、CRISPR/Cas9を使っても、操作できないゲノムの部位は多く存在する。というのも、ガイドRNAを設計する時、標的にする遺伝子配列直下にPAMと呼ばれる配列が必要で、例えばこの研究で改変されたCas9の場合、NGG配列を認識してその場所にカットを入れる。自分の遺伝子と、ホストの遺伝子を区別する巧妙な仕組みだが、これが邪魔になるというわけだ。
この研究ではまずCas9の構造解析からPAM配列に直接接するアミノ酸を特定した後、7種類のアミノ酸を他のアミノ酸に置き換えて(もちろん闇雲ではなく構造に基づいてだろうが、ここはプロに任せばいい)、どんなPAM配列でも狙った場所にリクルートできるCas9の開発を目指している。
もちろん著者だけではなくこれまで不自由から解放されようと同じような試みたグループは存在するが、この研究ではHT-PAMDAと名付けた様々な配列のレンチウイルスライブラリー(バーコード化されている)と、編集により発現する遺伝子をFACSで定量化する方法を組み合わせたところが売りになっている。
この迅速方法を用いて、PAMの配列に関わらず活性を持つCas9変異体としてまずSpGと呼ぶ変異体を開発し、次にこれをベースにほぼ全てのPAM配列で活性化されるSpRYを開発している。論文ではこの過程を詳しくデータとともに示しているが、読む方にとっては、最終産物SpRYのスペックがどうかが重要になる。
実際にはこの研究を通して、DNA切断活性を持つCas9ではなく,シトシン残基をチミンに転換CBEと名付けた編集酵素を用いているが、最後にこれまでPAMの制限でCからTへの変換ができなかった様々な遺伝子疾患を対象にSpGやSpRY がピンポイントでCtoTへの編集を可能にするか調べ、SpRYはPAM配列にかかわらずそれぞれの変異を細胞レベルで正常化できることを明らかにしている。
データを見る限り、ピンポイントで塩基を変換するような編集には、利用される可能性は高いと思う。CRISPR研究は全く止まらない。
2020年4月23日
胎児期は原則として無菌環境にあるが、生まれる時産道で最初の細菌やウイルスに出会う。この出会いをはじめに、その後急速に様々な外来因子と出会い、しかも皮膚から腸まで、外界と直接繋がっている部分では、これらの因子との共存が行われ、多くの細菌は私たちの健康になくてはならない役割を果たしてくれている。この、外来因子と私たちの身体との関係については、細菌叢研究として21世紀急速に進んでおり、このブログでも多くの論文を紹介してきた。しかし、これらの研究は細菌が中心で、今私たちを苦しめているウイルスと私たちの最初の出会いの過程については論文を見かけたことはほとんどなかった。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は胎児期に飲み込んだ最初の胎便から4ヶ月齢まで、胎児大便中にあるウイルスの種類と量を調べたもので、4月22日号 Nature に掲載された。タイトルは「The stepwise assembly of the neonatal virome is modulated by breastfeeding (新生児のウイルス集団の形成は母乳により変化する)」だ。
研究は単純で、胎便、1ヶ月、4ヶ月の便中のウイルスの種類と量を、物理的な方法でウイルス粒子を分離した後、サンプリングした全DNA、RNA配列を決定して調べているだけだ。そして同じ解析を、米国の黒人と、アフリカ・ボツワナの黒人で行い、比べている。
ウイルス粒子をザクッとカウントして、ほとんどの胎便にはウイルス粒子が存在しないが、1ヶ月、4ヶ月と存在するウイルスの種類と数は高まることをまず確認している。
これら粒子のDNA,RNA配列解析を行うと、
大便中のウイルスの多くは、細菌に感染しているファージウイルスが占める。 ファージウイルスのほとんどは、バクテリアゲノムにプロファージとして組み込まれていたものが、何らかの刺激による誘導で細菌外へ分泌されたもの。後期には、外界から腸内細菌に感染したファージも見つかる。 プロファージの種類は、形成された細菌叢の種類と比例する。 人の細胞に感染するウイルスは胎便にはほとんど存在しないが、1ヶ月、4ヶ月と数と種類が増える。 アフリカの子供の方が人の細胞に感染できるウイルスの種類や量が多い。 人工栄養の子供と母乳で育てた子供を比較すると、母乳により、ヒトに感染するウイルスの上昇は強く抑制されている。
以上が結果で、論文ではウイルスが存在することを強調して書いているが、個人的には1gの鞭虫に10億個レベルの粒子しかないということで、腸内はウイルスが多い場所とは言えないなという印象を持った。
論文としては珍しい研究である以上には評価しにくいが、一番重要だと思ったのはやはり母乳の力で、抗体を始め、オリゴ糖、ラクトフェリン、抗ウイルスタンパク質などが存在する。もし母乳の力をコロナ予防にも生かすことも考えられるかもしれない。
2020年4月22日
ヨーロッパ各国で感染係数が1を切り始めて、オーストリアを皮切りに、ドイツやイギリスでロックダウンを徐々に解除する動きが始まっている。ただ、ワクチンや、絶対と言われる治療法が開発途上の段階で、パンデミックが再発しないという保証はない。実際、抗体を用いて感染の広がりを調べたカリフォルニア大学の結果では、抗体保有者が4.1%に拡大しているという結果が出て、大変な数の人が非顕在感染していたと大騒ぎになっているが、もし感染者が5%程度しかいないなら、必ず2回目のパンデミックは起こるだろう。パンデミックを防いだ社会には6割の人が感染している必要があるとされている。
いずれにせよ、繰り返す流行を覚悟つつ、それを最も低いダメージで抑える政策を進めるのが重要で、政治家がダメなら、いまこそ優秀と言われる役人の構想力の新しい出番が回ってきたのかもしれない。当然科学の方も、目の前の対策のための研究だけでなく、感染症に対する一歩先の技術を構想する必要がある。
例えばワクチンも、非常時ならどんな方法でも安全に抗原を作って注射することになるが、この時自然免疫も同時に誘導する技術が必要になる。ただ、コロナも、インフルエンザも、抗体を誘導できるワクチンだけで正常な社会を保証できるかわからない。感染細胞が減少した時にウイルス感染細胞を除去してくれるのはT細胞免疫だ。実際、エイズウイルス感染細胞を完全に消滅させるためにエイズ感染細胞を殺すCAR-Tの開発が進んでいる。さすがに、CAR-Tがコロナに対する次の技術にはならないと思うが、T細胞を誘導できるワクチンはパンデミックの再発を防ぐために必須になるだろう。例えば肺のサーファクタントに馴染むリポソームを用いた吸入ワクチンは、抗体誘導能はそれほどでもないのに、これまで考えられなかったインフルエンザ免疫能を与えることができるという最近の研究はヒントになる(https://aasj.jp/news/watch/12433 )。非常時のワクチンと、その次を睨んだワクチンは必ず違うので、そこまで視野に入れた研究が必要だろう。
治療でもそうだ。SARSでわかったようにウイルス由来のRNAすら治療標的になる(https://aasj.jp/news/watch/12590 )。幸い肺の場合、線維性嚢胞症の治療なので吸入遺伝子治療も進んでいる。事実、オルベスコが効果を上げたとすると、吸入療法だったからだろう。
将来型の検査開発も重要だ。PCR検査を増やす、増やさない(フェーズが変わって現在はもはや必要ないという意見は少数になったように思うが)という議論が延々続けられているが、この延長に検査拡充によるキャパシティーの拡大だけを見ているようでは次に備えることはできない。極論すると自宅隔離の時代には、自宅でもできる検査を目指してもいいはずで、インフルエンザのようイムノクロマトを開発して、例えばAIアプリと組み合わせて自宅トリアージができるようにすることすら可能になる。
もちろん感受性などの問題で、もう少し専門的に検査することも大事だが、それでも現在のように検査がボトルネックになるのは最悪だ。とすると、簡単な機械で検査ができる必要がある。すなわちワンステップで検査ができる必要がある。理研の林崎さんたちのワンステップ法の開発がメディアで報道されていたが、もともとこの分野は日本のプレゼンスは高く、例えばMERSの診断でRT-LAMP法が開発されている。
個人的にもう一つ注目しているのが、CRISPR/CASを用いる方法、特に活性化されると周りの一本鎖RNAやDNAを切ってしまうCas13やCas12を使う方法だ。ずいぶん昔にCas13aを使った検査法を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/6731 )。この方法はすでにSherlockという名前でキット化されており、新型コロナウイルスを検出するキットがすでに発売されている。
最後になるが、同じように今日紹介したいと思ったのがカリフォルニア大学からNature Biotechnologyに発表されていたCas12を使った方法だが、原理はSHERLOCKと同じなので、タイトルだけを紹介しておく。
SHERLOCKも、この論文も、Cas13,Cas12の差はあるが、ラベルされた一本鎖RNA or DNAを、ウイルスRNAで活性化されたCasで切断させ、切断された断片をクロマト法で検出する方法で、現在のところ最初の段階で、定温の遺伝子増幅を用いている。
ただこれは検出時間短縮を目指すためで、実際には活性化されたCas13or12の活性が持続すれば切断反応は無限に続くので、将来増幅が必要のない方法にグレードアップできるかもしれない。また、カリフォルニア大学ではウイルスRNAを捕捉するガイドRNAはウイルスの3種類の場所から選んできて感度を上げている。
要するに病院すら足りなくなることが今回よくわかった。政治も大事だが、これに有効な答えをまず提供できるのは、一歩先を見据えた科学技術研究で、それが結局は様々な政策を可能にする。いまこそ科学者の力を見せる時だと思う。
2020年4月21日
アルツハイマー病では、アミロイドβの細胞外蓄積とリン酸化Tauタンパク質の細胞内蓄積が発症過程で重要な役割を演じていることは誰も疑わない。ただ、アミロイドβ蓄積が症状と相関するとする最初の考えは、アミロイドβと痴呆症状との相関があまり見られないことから、アミロイドβの蓄積が何らかの過程でリン酸化Tauの細胞内蓄積を誘導し、これが直接痴呆を誘導するという考え方に変わってきた。
私もこのブログでこの考えを紹介してきたが、カナダ・マクギル大学のグループが、アミロイドβの蓄積も脳機能に影響することを示した研究をAlzheimer’s & Dementiaに発表しているのを最近知った。1月号と少し古いが、紹介することにした。タイトルは「Mild behavioral impairment is associated with β-amyloid but not tau or neurodegeneration in cognitively intact elderly individuals(認知機能が正常な高齢者の軽度行動障害はTauや脳変性とは相関が見られないが、くアミロイドβとは相関する)」だ。
研究では96人の認知障害が見られない高齢者を集め、図に示す軽度行動障害テスト(MBI-C)で、意欲減退、不安や落ち込んだ気分、忍耐力、社会性、感覚などをスコア化して、このテストで見られる変化と、PET で検出されるアミロイドβの蓄積、Tauの蓄積、そして灰白質の萎縮などとの相関を調べている。
MBI-Cテストは本人ではなく、配偶者などの家族にお願いしてチェックリストを作成している。日本語版もあるので例を示しておく。
96人のうち、結局MRI-Cテストで軽度行動異常が存在すると診断されたのは7人だが、この7人ではアミロイドβの蓄積度と行動異常のスコアが、はっきりしたしかし緩やかな相関を示すことがわかった。また、アミロイドβ蓄積場所との相関を調べると、左の前頭皮質および前帯状皮質での蓄積と強い相関が見られた。一方、Tauの蓄積や、灰白質の変性とは全く相関が見られなかった。
以上が結果で、痴呆がない高齢者の中には、軽度行動異常が発生している場合があり、この場合アミロイドβの蓄積がその原因になっている可能性が高いという結論だ。
もちろんMBIが認めらてアミロイドが沈着している人たちがTau蓄積へと進んでアルツハイマー病まで発展するのか、あるいは全く異なる疾患群を見つけたのかはよくわからない。しかし、アミロイドβ蓄積の神経学的意義を解明する必要性を強く感じた。
2020年4月20日
新型コロナウイルスの重症化と相関するマーカーが明らかになり、新しい治療方針につながる可能性が生まれているが、例えばフィブリンの分解でできるD-ダイマーが重症例では著明に上昇しており、静脈血栓症が重症化に関わるのではと示唆されている。事実マサチューセッツ総合病院のマニュアルでは出血や腎不全がない限りヘパリンによる予防的抗血栓療法を推奨している(https://www.massgeneral.org/assets/MGH/pdf/news/coronavirus/guidance-from-mass-general-hematology.pdf )。
もう一つ直接治療につながる重症度と相関するバイオマーカーが血中IL-6の上昇で(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32301997/ )、 阪大の岸本先生たちが開発したIL-6に対する抗体で治療効果がみられた症例がわが国を含め蓄積しているようだ。ウイルス感染によるサイトカインストームが重症化の原因と考えると、この結果は納得できるが、様々なサイトカインが分泌されると考えられるのにIL-6を抑えるだけでも十分効果があることは重要だと思う。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はサイトカインストームとIL-6を理解する上でも面白いと思った研究で、急性骨髄性白血病の貧血がIL-6により誘導される可能性を示唆している。タイトルは「IL-6 blockade reverses bone marrow failure induced by human acute myeloid leukemia (IL-6阻害はヒト急性骨髄性白血病により起こる造血不全を正常化できる)」で、4月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。。
急性骨髄性白血病(AML)は、血液幹細胞の病気で、白血病細胞が増加した結果、重度の貧血が起こり、その結果起こってくる出血や感染症が直接の死因になる。このAMLによる貧血の原因については、造血に必要な場所を白血病が占拠するからだろうと単純に考えていた。
この研究ではこの常識を疑い、人間のAMLを免疫不全マウスに注射した時に起こる貧血の原因を探っていった。その結果、
ヒトのAMLで、骨髄中の白血病細胞の数と貧血との相関を見ると、ほとんど相関が見られない。したがって、造血の場が失われることが貧血の原因と単純に決められない。 AMLをマウスに移植する時、髄外造血の場である脾臓を摘出しておくと、骨髄造血を代償することができなくなる。この実験系でAMLを注射すると、骨髄正常造血が抑えられて、マウスは少数のAMLでも早期に死亡する。すなわち、AMLはマウスの骨髄造血を抑制し、それが死因で死亡する。 試験管内でAMLは造血抑制を誘導する分子を分泌するが、中でもIL-6が造血抑制と強く相関する。 IL-6に対する抗体をAML移植マウスに注射すると生存期間が倍加する。
以上が結果で、IL-6に対する抗体だけではマウスを治癒することはできないが、骨髄抑制を正常化して貧血を直せるという結果だ。これは、AMLの病態の一部をサイトカインストームで説明できる可能性を示唆している。確かに、急速に進む白血病ではサイトカインストームと同じ症状が見られることがある。もちろん白血病では感染など他にもサイトカインストームの原因は存在すると思うが、IL-6抗体治療は納得できる選択肢ではないかと思う。
2020年4月19日
一昨日慢性炎症の一つの典型とも言える変形性関節症の軟骨がメチル化DNAをハイドロオキシ化するTet1の発現上昇による、軟骨の一種のリプログラム病である可能性を示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12821 )。このように、慢性炎症は感染や慢性刺激などが誘因になってはいても、最終的にはリプログラムされた細胞が発生してそれが炎症組織を置き換えていくという可能性が示唆されてきた。
今日紹介するテキサス・ヒューストン大学からの論文はもう一つの典型的慢性炎症である慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺に存在する幹細胞の多くがリプログラムされており、それが繰り返す炎症の原因になることを示した研究で5月14日号の Cell に掲載された。タイトルは「Regenerative Metaplastic Clones in COPD Lung Drive Inflammation and Fibrosis (COPDでメタプラジア組織を再生するクローンが炎症や繊維化を誘導する)」だ。
この研究ではCOPDの患者さんの切除肺組織の細胞を培養、クローン性増殖を起こす細胞の遺伝子発現プロフィルから4種類のクラスターに別れることをまず示している。すなわち、肺の再生に関わる増殖能力の高い細胞が4種類存在していることを意味している。もちろん、同じような4種類の細胞は正常組織にも存在しているが、遺伝子発現を比べると、COPD患者さん由来のそれぞれの細胞は、明らかに正常のグループとは異なり、メタプラジア(組織のアイデンティティーが崩れている)に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかった。
それぞれのグループのクローン(患者さん由来)を免疫不全マウスに移植すると、正常のクローンを移植した時にはほとんど見られないメタプラジアが起こり、この性質は細胞を継代しても維持される。すなわち、増殖する幹細胞レベルでのリプログラミングが起こっていることがわかった。
またそれぞれのクローンについてsingle cell trascriptome解析を行い、メタプラジアに関わる特異的遺伝子も特定し、その中からFACSで利用できる表面分子マーカーも開発している。
4種類の増殖性の幹細胞のうち最も興味を引くのがクラスター4と名付けられた幹細胞で、COPD患者さん由来のクラスター4は、炎症を誘導するサイトカインやケモカインの発現が高い。そして、COPD由来のクラスター4細胞をマウスに移植すると、白血球の浸潤を含む強い炎症が起こる。
一方、ホストの線維化を誘導するサイトカインの分泌はクラスター3(扁平上皮へ分化)とクラスター4で強く、それぞれ移植したマウスでは繊維化が誘導されることを示している。
詳細をかなり省いて紹介したが結果は以上だ。要するに、肺の細胞の新陳代謝を担っている幹細胞がタバコの刺激など慢性の刺激によりリプログラムされ、異常組織の再生産を維持しているという話で、前回紹介した変形性関節炎とともに慢性疾患で、細胞がエピジェネティックにリプログラムされていることを示唆している。
とすると、肺の幹細胞を対象に、エピジェネティックな変化を元に戻せないか、変形性関節炎と同じような治療法開発も可能だと思うし、何よりも正常の幹細胞で置き換えられないか、これまでとは全く異なる方向での治療法が可能になるかもしれない。慢性炎症は本当に奥が深い。