4月26日:宇宙飛行と脂肪肝(4月20日号Plos One掲載論文)
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4月26日:宇宙飛行と脂肪肝(4月20日号Plos One掲載論文)

2016年4月26日
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    知識としてはあまり期待しないが、タイトルを見て「何々?」と論文に目をとめることがある。今日紹介するコロラド大学麻酔科からPlos Oneに発表された「Spaceflight activates lipotoxic pathways in mouse liver (宇宙飛行はマウス肝臓の脂肪毒性回路を活性化する)」という論文はそんな例だ。この論文の場合、宇宙飛行というタイトルに目が止まる。しかし、多くの場合論文としては不完全なものが多い。紹介する前に言うと、この論文も例に漏れない。
   コロラド大学と言ったが、かなり多くの機関から研究者が参加している。実験は極めて単純で、純系マウスを宇宙飛行に連れて行き、アトランティスで13日ほど滞在させて、地球に帰還後、肝臓に障害が出ていないか調べている。なぜこんなことをするのかというと、宇宙飛行で糖尿病様症状が出るからだという。しかし、人間が宇宙に行って何十年もになるのに、わざわざまたマウスで実験をする必要があるのか、もっと人間で詳しく調べる方が実用的でないか疑問だ。
  詳細は省くが、幸い(というのは不謹慎だが)宇宙に連れて行くと、肝臓の脂肪代謝に異常が認められ、組織学的にも肝臓に脂肪が蓄積する脂肪肝が誘導され、さらには細胞外マトリックスの産生が上昇する。大げさに言うと非アルコール性脂肪肝の危険性が高まるという結果だ。この症状に一致して肝臓内のレチノイン酸の濃度が低下し、また糖脂肪代謝に関わるPPARαの発現が大きく上昇することも突き止めている。
   この結果自体に文句を言う気はないが、実験としてはあまりにもひどい研究だと思う。まず、微小重力の影響を調べたいのか、宇宙飛行全過程の影響を調べたいのかがはっきりしない。宇宙飛行だと、最初打ち上げで強い重力を感じ、その後微小重力で過ごした後、地球帰還という3種類のストレスが存在する。人間なら打ち上げと帰還のストレスについては認識できるが、マウスにとっては何が何かわからないだろう。もし本当の目的が微小重力の影響なら、マウスは宇宙空間で屠殺するべきだ。それでも打ち上げのストレスは除外できない。要するに、この変化の引き金を特定できない様に実験が計画されている。いくら簡単にできない実験だからといって、やはり実験として健全なものでないと論文発表しても意味がないと思う。
  わざわざこの論文を選んで文句を言っているのは、この研究には、興味より先に公共事業的助成金があるという匂いがするからだ。おそらく、宇宙飛行の影響について予算が組まれており、とりあえず論文を出せばお金をもらえるという構造ができているのだろう。だからといって、いい加減な研究をしていいわけではない。重要なのは研究者がそれに甘えないという意志だろう。予算が先にある研究は研究者にとっても本当はありがたい。ただ、それに甘えてしまうと、予算のための公共事業と同じで、科学者としては劣化していくだろう。    しかし、競争の国アメリカでも、予算消化のための研究があることがわかる論文だった。今日を例外として、これからも紹介して意味のある論文を選んでいこうと改めて決意した。
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4月25日:ガン標的治療のBreakthroughになるか:小銃から機関銃へ(4月21日号Cell掲載論文)

2016年4月25日
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 このホームページでなんども繰り返しているように、今、最も待望されている薬剤は、突然変異型のRas分子の阻害剤だろう。例えば現在も手術以外に有効な治療法のない膵臓癌のほとんどはRas分子の変異が引き金になっている。またガンゲノム解析からわかったのは実に2−3割のガンがRas変異を持っているという事実だ。当然、アカデミアも企業も30年以上にわたって活性型Ras阻害剤の開発にしのぎを削ってきたが、現在もなお切り札となる阻害剤は見つかっていない。このあたりの話についてはちょうど1年前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3288)。
   今日紹介するマウントサイナイ医学部からの論文は、ひょっとしたらこの閉塞状況を変えてくれるのではと期待を持たされる研究だ。タイトルは 「A small molecule RAS-mimetic disrupts RAS association with effector proteins to block signaling (Rasとエフェクター分子の会合を阻害するRas分子を模倣する化合物はRasシグナルを抑制する)」で、4月21日号のCellに掲載された。
  この研究の最初の目的は現在骨髄異形成症候群の臨床治験が進んでおり、わが国でもシンバイオ製薬が展開している薬剤リゴサチブの作用機序を明らかにすることだったようだ。まずリゴサチブに結合する分子の解析から、RASと結合する様々なシグナル分子がリゴサチブに結合することを発見する。磁気共鳴を用いた構造解析から、リゴサチブがRas下流のシグナルを媒介するRAF分子のRAS結合領域に結合し、RAFの活性化を阻害することを明らかにしている。すなわち、リゴサチブがRasを模倣する分子として働き、活性化Rasにシグナル伝達分子が結合するのを競争的に阻害することがわかった。後は、この阻害により、伝統的なRas-Raf-Mapkの伝達経路を遮断できること、またPLK,Ral,Pi3Kなどの他のRas結合分子からのシグナルも同様に抑制することを明らかにしている。最後に、活性化Rasによる発がんを抑制できるか、また活性化Rasによりガン化した細胞の増殖を抑制できるかを様々な系で調べ、期待通り効果があることを示している。
   もともとRasの下流で多くのシグナル分子が活性化されており、その一つ一つを標的にしてきた薬剤と異なり、機関銃での掃射のように多くのシグナルを一度に遮断する可能性のある治療法だ。ただ示されたデータを見ると、まだ完全に腫瘍が消失したという結果ではない。私見だが、このようなメカニズムの場合、rasに結合する分子の量など様々な生化学要因が影響するはずで、用量の選択など今後さらに研究が必要だろう。しかし、リゴサチブ投与でがん細胞内の様々な分子のリン酸化が阻害されており、今後大いに期待が持てると思う。例えば膵臓癌などはすぐ試したいところだろう。幸い、この薬剤は骨髄異形成症候群の治療薬としてすでに第3相まできており、副作用が少ないこともわかっている。したがって、臨床研究へのハードルは低い。さらに、Rasではなく、シグナル分子が活性化Rasに結合する部分を標的にするアイデアは、他のシグナルにも使えるだろう。また、同じメカニズムのさらに強力な分子も開発されるように思える。
  もちろんぬか喜びかもしれないが、堅固なRas砦に穴が開いたのではと期待させる。
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4月24日:健やかな老化の秘密に迫れるか?( Cell5月5日号掲載予定論文)

2016年4月24日
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   まず英単語の勉強から始めよう。
Wellderly:今日紹介するスクリップス研究所からの論文を読むまで、聞いたことも見たこともなかった単語だ。私のPCにインストールされている英辞郎(古いバージョンだが)には収載されていなかったが、ウェッブで検索するWeblio辞書には収載されていた。「健やかに歳をとった」という意味で、Wellとelderlyを合体した単語だ。
  「死ぬ日まで元気で過ごす」という願いを背負った単語だろう。しかし、簡単には叶わぬ夢だ。実際には先進国では実に90%の人が、何らかの病気が原因で亡くなる。
  最近ドイツの医学誌Deutsch Aerztblatt Internationalに掲載された100歳以上のドイツ人112人の健康状態を調べた論文では、平均5種類の病気を抱えており、視力や聴力といった命に直接関わらない疾患に加え、7割が骨粗鬆症、半分以上が心疾患、関節炎、排尿障害、4割がどこかに慢性的な痛み、認知症を抱えていることが示されている(Jopp et al, Dtsch Arztebl Int 2016; 113: 203–10 )。健やかな100歳は確かに難しい。
  とはいえ80を超えても病気ひとつしたことがないという羨ましい高齢者は存在している。そんな高齢者のゲノムを調べてその秘密に迫ろうとしたのが今日紹介するCellに掲載予定の論文で、タイトルは「Whole-Genome sequencing of healthy aging cohort (健やかな老化コホート集団の全ゲノム解析)」だ。
  この研究ではガン、糖尿病、認知症、心筋梗塞、脳卒中、腎不全のいずれにも罹患していないWellderly600人の全ゲノム解析を行い、病気の罹患でフィルターをかけていない一般集団約1500人の全ゲノムと比較している。
  対象になった羨ましいWellderlyだが、1)男性が多く、2)少しだけ喫煙経験があり、3)スポーツを心がけ、4)平均よりは痩せており、5)教育程度が高い。また今回対象に選んだ人たちの兄弟姉妹の生存率をみると、寿命自体は変化しないが、いわゆる健康寿命が上がっていることがわかる。
  余談になるが、この研究のように1000人近くのゲノムをComplete Genomics社に外注して調べているのをみると、全ゲノム解析がますます安価な検査になりつつあることがわかる。
  しかし論文を読み進むと、これだけ多くのデータを多面的に解析するための方法がまだまだ不足しているのがわかる。はっきり言って、データを十分生かせていないのではという印象だ。そのせいかどうかはわからないが、結局健やかな老化をゲノムから予想することは難しいという結論だ。事実、論文の中で「健やかな老化に貢献する特別な因子は何も見つからなかった。」と、異例の文章で締めくくっている。
   要するに、結局はゲノムだけでなく生活習慣も含む多くの要因が絡んで健やかな老化が可能になるという結論だ。
   しかしこれではあまりそっけないので、論文で記載された幾つかのデータをまとめておこう。
1) これまでアンチエージングに関連するとされていた遺伝子とは相関が認められない。
2) コラーゲン21遺伝子の多型が、少数ではあるがWellderlyのみに見られた。コラーゲンの可溶性がアルツハイマーなどの防止になっているのかもしれない
3) Wellderlyでは認知症、心疾患のリスクと相関する多型の頻度が低いが、ガンのリスクでは相関があまり見られない。
4) 認知、カルニチン代謝と相関した領域にWellderly特有の多型が集積している
などだが、結論どおり、決め手がなかったという結論だ。
  個人ゲノムサービスが始まっているが、個々の疾患リスクを調べるだけではなく、年齢を加味した健やかな老化指数を総合的に計算できるようにして、健やかな老齢を目指した生活改善をはかるためのテクノロジー開発に挑戦する会社が出て欲しいと思う。
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4月23日:高齢者が頑固な理由?(4月20日号Neuron掲載論文)

2016年4月23日
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   高齢者の脳と聞くと、すぐ認知症と答えが返ってくるほど、記憶の問題が高齢者の脳機能研究の中心だ。しかし、自分が年をとってわかるのは、脳の老化の影響は記憶の低下にとどまらないことだ。特に、一つの問題を新しい方向から考えるのが苦手になる。これまでに身についたパターンが新しいパターンの行動の邪魔をする。要するに変化についていくのが苦手になる。これを頑固と言うのだろうか?
   私自身、変化に適応する能力の低下をなんとか押し留めたいと思う気持ちで毎日多くの論文を読むのを日課にしている。もちろん比べる対照がないので、効果があるかどうかはわからない。
   今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文を読んで、まさにこの問題に迫ろうとしているグループのあるのを知って驚いた。論文のタイトルは「Aging-related dysfunction of striatal cholinergic interneurons produces conflict in action selection (高齢化による線条体コリン作動性介在ニューロンの機能不全により行動決定時の葛藤が起こる)」だ。
  この研究では好みの餌を得るための「レバー押し課題」を学習させた後、レバーの位置を逆さまに設定した新しい課題を行わせ、新しい状況への対応能力を調べている。この課題の場合、古い学習を抑えて新しい状況に対応することが要求されるが、老化マウスではこれがほとんどうまくいかない。なかなかうまく考えた課題だ。
   次に、この古い記憶を抑える機能がどの脳回路により媒介されているかを調べているが、最初からこの回路が視床の束傍核から線条体のコリン作動性介在ニューロンへの投射だと狙いをつけている。そして、老化によりこの回路の興奮性が低下すること、また老化すると、介在ニューロンの興奮が規則的なワンパターンの興奮になって、若い動物の不規則な興奮パターンが消えてしまうことを見つけている。
   次に、線条体でのコリン作動性神経を選択的に除去できる遺伝子改変マウスを用いて、若い動物でもこの回路が欠損すると、新しい状況に対応することが困難になることを示している。更に複雑な課題を設計してこの結論の妥当性を確認しているが、詳しく解説する必要はないだろう。
  要するに年をとると視床束傍核からの投射によって活性化される線条体介在ニューロンの機能が低下し、古い記憶を抑えることが困難になり、結果古い記憶が新しい学習を阻害するというシナリオだ(一般の方はこれら脳内の解剖学用語は気にしないでいい。要するにこの行動を媒介している回路が特定された)。
   初期の認知症治療に脳内アセチルコリンを上昇させるアリセプトが効果があるが、この研究でも介在ニューロンの興奮を高めて、新しい変化についていく能力が回復できるか調べているが、これはうまくいっていない。実際、老化マウスの介在ニューロンも興奮はしているが、パターンに変化がないのが高齢化による変化だ。従って、興奮を高めただけではうまくいかないのかもしれない。残念ながら、この研究からは新しい治療法は発見されなかった。しかし、頑固さ(?)に関わる回路は見つかったので、なんとかこの回路を若返らせる方法を発見してほしい。
   読んでみて一番印象に残ったのが、老化に伴って、介在ニューロンの興奮パターンが硬直した決まったパターンをとるようになることだ。逆に若いマウスの方は不規則で自由なパターンだ。これが老化による硬直かと理解して我が身を考えると妙に納得するとともに、寂しさがこみ上げた。
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4月22日:概日リズムとマグネシウム(4月21日号Nature掲載論文)

2016年4月22日
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    概日リズムは細胞の様々な活動が、地球の自転に従って24時間周期で変化する現象を指す。このリズムは私たちの体を構成する細胞一個一個に存在し、概日リズムに従うようにした蛍光標識の点滅を用いて細胞レベルでモニターすることも可能になっている。実際、多くの細胞で蛍光標識がリズムに従って点滅するのを見ると、誰もが驚嘆する。
  このリズムは、高等動物に限らず、単細胞生物も含め広く真核細胞に見られる。すなわち現象自体は地球上の多くの真核生物で共有されているが、それを支える分子は多様で、例えば哺乳類の細胞ではこのリズムはBMAL1とCLOCKと呼ばれる分子からなる複合体で調節されているが、植物ではTOC1やCCA1など全く違った遺伝子が概日リズムを形成していることがわかっている。このような話から、私自身は、概日リズムのマスター遺伝子は進化の過程で大きく多様化したが、結局は下流で多くの遺伝子の転写調節を従わせることが、細胞の活動をシンクロナイズする唯一のメカニズムだと理解してきた。
   今日紹介する英国医学研究協会所属の分子生物学研究所からの論文は、概日リズムは種を超えて共有されている代謝レベルのメカニズムに収束されるはずという信念に基づいた研究で4月21日号の Natureに掲載された。タイトルは「Daily magnesium fluxes regulate cellular timekeeping and energy balance (毎日繰り返すマグネシウムの流入が細胞の時間とエネルギーバランスを調節する)」だ。
  読んでみると、この著者は最初からこの結果を予想して研究を進めていた印象がある。すなわち、真核生物共通のメカニズムは、イオンチャンネルの発現のリズムに収束すると予想し、ヒトの細胞と単細胞の藻類の細胞内イオン濃度を質量分析でまず調べ、カリウムやマグネシウム濃度が概日リズムを示すことを発見する。そして、その後の研究をマグネシウムに絞っている。最初からマグネシウムを選んだのは、マグネシウムがエネルギー代謝に関わることがわかっていること、細胞の生死への影響が比較的低いことなどが考えられるが、おそらく頭の中にマグネシウムがあったのだろう。
   Mg/ATP-依存性の蛍光分子を導入してリズムをモニターする実験系を利用して、細胞内のマグネシウム濃度が変化すると概日リズムが狂うこと、Mg濃度が低下するとATP濃度が上昇し細胞の蛋白合成が高まることなどを突き止めている。
  詳細を省いて結果をまとめると、概日リズムを形成するマスター分子は、あらゆる種でマグネシウムチャンネル分子の発現とリンクしており、転写レベルのリズムを、まず細胞内マグネシウム濃度の変化に、そして昼に高まるATPの濃度のリズムに変換している。このエネルギーのリズムのおかげで、エネルギーを必要とする細胞内過程は、概ね概日リズムの支配を受けるという結論だ。
  これまでリズム形成に偏っていた研究も、例えば2013年3月24日に紹介した京大の岡村さんの研究や(http://aasj.jp/news/watch/3111)、今回の研究のように、あらゆる種に共通するエフェクターレベルの研究に移ってきた感がある。今後このメカニズムが、どれだけのリズムに従う変化をカバーできるのか、期待してみていきたい。
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4月21日:認知症の発症率は低下している?(4月19日号Nature Communication掲載論文)

2016年4月21日
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我が国を始め多くの先進国では、私たち団塊の世代の高齢化に伴い、未曾有の高齢化社会に直面しつつある。例えば長期間同じ地域の疾病を調査している久山町コホート研究では2000年に入って認知症の有病率が1、5倍に増加したという結果が出されている。この急速な増加から、私たちはともすると高齢化だけでなく、認知症の発症率も時代とともに上昇しているのではと心配している。
  しかし、有病率について過去と現在を比べる時注意しなければならないことがある。すなわち医学の進歩で、診断技術が進んで、病気の診断率が上昇することだ。従って、過去と現在を本当に比べる際、同じ診断基準を適用する必要があるが、実際には簡単ではない。これを行ったのが今日紹介する英国医学研究会議の生物統計局で、4月19日号Nature Communicationに掲載された。タイトルは「A two decade dementia incidence comparison from cognitive function and ageing studies I and II (認知機能と高齢化研究I及びIIからわかる認知症の発症率の20年間の変化)」だ。
  研究は1990-1993年、及び2008-2011年にそれぞれ約5−6000人の65歳以上の高齢者を同じ基準で面接し認知症の発症率を調査している。このように過去に採用されたのと同じ方法で診断しているところがこの研究のミソだ。さらに、診断後2年間の経過観察を行い、認知症を発症していることを確認している。
   結果は完全に予想に反し、20年後同じ基準で判定すると、65歳からのあらゆる年齢層で認知症の発症は低下しており、調べた全体でみるとほぼ20%の低下がみられ、特に80歳以上の男性では40%と著しく低下している。一方、女性では全年齢層で低下の程度は5%程度という結果だ。80-85歳の女性のように上昇した群も確かに存在するが、結論的には20年して、認知症の発症率は着実に低下していると言ってよさそうだ。もちろん、これに人口の増加率を加味すると、認知症の絶対数は上昇しているということになるが、過去の統計をそのまま拡大して途方にくれる必要はなさそうだ。
  もちろんわが国で同じことが言えるかどうかわからない。ただ、発症率を計算する時、できるだけ漏れのないよう医学の進歩に合わせた診断法を用いて統計を取ることで、過去との比較が難しくなることは心する必要がある。高血圧でも、糖尿病でも、現在の統計とともに、過去の診断基準での発症率を調べて、長期間の傾向を調べることは今後重要な課題になるように思う。
  この研究には、同じ地域での比較ではないなど幾つかの問題がある。従って、同じ調査を各国でやり直してみることは重要だ。その上で低下が観察されたら、この20年の時代の変化が、間違いなく男性の認知症の発症率を抑えることに寄与したことになり、その要因を明らかにすることで、有効な認知症対策を発見できることになる。古い診断基準をそのままつかうとは、目からウロコの研究だった。
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4月20日:ガンからわかる突然変異の起こり方(4月14日号Nature掲載論文)

2016年4月20日
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   一部の例外を除いて発ガンにはゲノムに何らかの変異が必要だ。これまでの研究では、コストやデータ処理のしやすさなどから、ガンの突然変異の研究は、タンパク質に翻訳されるゲノム部分の核酸配列、エクソームに限られてきた。しかし、ガンについて全ゲノムの核酸配列データも着実に蓄積されていた。ただ、エクソームと異なり、翻訳されない部分の変異については解釈が難しい。これを打破するため、ENCODEと呼ばれる遺伝子発現、エピゲノム、染色体構造を全ゲノムレベルで調べる研究が進み、データが蓄積してくると、少しづつ非翻訳部分の突然変異の意味を想像することが可能になってきた。
   今日紹介するオーストラリア・プリンスオブウェールズガンセンターからの論文も、ガンの全ゲノム配列から発がん過程に関わる情報を引き出そうとする研究の一つで、4月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Differential DNA repair underlies mutation hotspots at active promoters in cancer genome (ガンゲノムに見られる突然変異の多発部位の背景にはDNA修復の部位による差が存在する)」だ。
   これまでガンの突然変異の起こり方の解析から、ほとんどのガンでDNA複製時のエラーを修復する際に、最も突然変異が誘導されることがわかっていた。この研究は全部で1161のガンについて蓄積されてきた全ゲノム解析を分析し、プロモーター領域に突然変異が集中する一群のガンが存在することを見つけている。この群にはメラノーマ、アストロサイトーマ、肺がん、卵巣がん、食道癌が含まれる。一方、修復機構の異常からはじまる大腸癌ではこの傾向はない。
  次に、どのプロモーターに変異が集中しているのか調べると、染色体が開いており、活発に転写されている遺伝子の転写開始点の少し上流に突然変異が集中していることが明らかになった。もともと、転写因子などの分子がDNA上に乗っていると、修復機構が働きにくいことが知られているので、DNA合成時の修復の起こる場所と突然変異の起こる場所との関係を調べ、突然変異の多い場所には修復酵素がアクセスしにくいことも明らかにしている。他にも、紫外線による突然変異を修復する酵素欠損の患者についても調べ、他の修復異常が存在すると、全く異なる突然変異の分布が起こることも示している。
   これだけなら私でも予想がつく話だが、気になるのがメラノーマや肺がんのように環境からの発がん因子が関与するガンで特にこの傾向が強い点だ。このことは、紫外線やタバコによる突然変異の修復も、ほぼ同じ機構を使っているため、転写因子が集まっているプロモーターで特に修復が起こりにくいことを示すのだろう。いずれにせよ、なぜタバコや紫外線が危険かということがはっきりわかる。実際ガンあたりの全突然変異の数を調べると、肺がんが46000箇所、メラノーマが66800箇所と群を抜いている。
   この結果からわかるのは、最も必要とされている遺伝子のプロモーターに突然変異が蓄積することだ。進化を考えると、変異が使っている遺伝子に起こる点はなかなか面白い。しかし、これほど突然変異が蓄積しても、遺伝子発現は思いの外安定に維持されている。私たちのゲノムは小さな変化には抵抗性があるようだ。このようにこの論文の結果は、ガンだけでなく進化一般を考えるためには役にたつと思う。
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8月19日:細胞なしに抗原刺激を再現する(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年4月19日
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  今、ガン特異的抗原に対する抗体と、抗原に反応して活性化されるキラーT細胞のシグナル分子を合体させたキメラ遺伝子を導入したCART治療が、結果の予想が可能な論理的ガンの根治療法として注目を集めている。この技術は、私がまだ免疫学と関わりがあった30年前に、抗原刺激によるT細胞の活性化に関わるシグナル伝達経路の解明に取り組んだわが国を含む多くの研究者達の成果だと言える。しかし少し目を離している間に、T細胞抗原受容体(TcR)からのシグナル経路を、完全に細胞が存在しない試験管内の実験系に移せるようになっていたとは思いもかけなかった。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校の論文は、細胞膜上のTcRによって活性化されるシグナルを、人工膜上で再構成できることを示した研究でScienceオンライン版に発表された。タイトルは「Phase separation of signaling molecules promotes T cell receptor signal transduction(シグナル分子の位相を分離することでシグナル伝達を促進する)」だ。
  これまでシグナル分子の再構成実験というと、生きた細胞にシグナル分子をコードする遺伝子を導入して、シグナル分子の動態や細胞の反応を調べるのが普通だった。この研究ではTcRから細胞骨格の重合反応まで全部で12種類のシグナル分子を人工膜上で再構成し、全く生きた細胞を使わないでシグナル分子の相互作用を研究している。この時、LATと呼ばれる、TcRからのシグナルでリン酸化され、それ以降のシグナルの仲立ちをする分子を中継点としてシグナルを再構成している。例えば、LATは人工膜上を単独で行動しており、蛍光標識しても顕微鏡で見ることはできないが、TcR受容体(CD3)、LcK、Zap70とLATより上流のシグナルをつないでくると、LATが膜上で集まり顕微鏡で見えるクラスターを作る。その時、脱リン酸化酵素の作用が強いと、このクラスターは消失する。このように、 TcR刺激から始まるLATの集合離散をダイナミックに可視化することに成功している。この時脱リン酸化作用を持つCD45は、Zap70がTcRに集まるとLATのクラスターから排除されることも、分子の実際の行動として見ることができる。
   更に、LATがリン酸化された後のシグナルも、活性化型LATが下流のリン酸化酵素Nckのクラスター化を促進し、それによってアクチンの重合が誘導されることまで可視化することに成功している。
   シグナル研究という点では、示されたシナリオは、これまで知られていたことの確認だが、それを全く生きた細胞を使わず再構成したことには驚かされる。もちろん知らなかったのは私だけかもしれないが、これまで抽象的に理解していた過程が、具象的に現れるのを見ると感動する。勿論研究面でも、本当の生化学が可能になるだろう。21世紀、無生物と生物の橋渡しが確実に進む実感が湧いてくる。
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4月18日:神経性食思不振症のマウスモデル( Translational Psychiatryオンライン版掲載論文)

2016年4月18日
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    Yahooのサイトで、こうあるべきだと強い思い込みに導かれて、追試ができない論文が書かれてしまう話を紹介した(http://www.psych.uic.edu/download/Broste_thesis_1981.pdf)。 例えば、小説「ジュラシックパーク」が発表されてから、琥珀の中の昆虫や植物のDNA解析の論文が相次いだが、今から見ると全て混入したDNAを見ているだけだった。とは言っても、この思い込みが科学研究を進める大きな要因として貢献していることも確かだ。実際、実現可能かどうか分からない段階で得た信念を成し遂げるというのは科学分野でも美談だ。また、論文を読む側も、ただ現象が羅列されている論文より、著者の気持ちや思い込みがひしひしと伝わってくる論文は面白い。
   私にとって、今日紹介するコロンビア大学からの論文もそんな論文の一つだった。タイトルは「BDNF-Val66Met variant and adolescent stresss interact to promote susceptibility to anorexia behavior in mice (BDNF遺伝子のVal66Met変異と成熟期のストレスは相互に作用しあってマウスの食思不振の感受性を高める)」だ。
  最初タイトルを見たとき、神経性食思不振症のマウスモデルを作ろうとしている研究者がいるのにまず驚いた。神経性食思不振は食事を取らないため、高い死亡率を示す人間特有の病気だ。ある意味で「食べるために生きている」ような動物が自分で食事を拒否することなどありえないと思っていた。この論文を読んでマウスも状況が揃えば、食事を取らずに死んでしまうこともあることを知り、私の先入観はふっとんだ。そして、論文の端々にマウスでも神経性食思不振は再現できるという著者の思いが伝わってくる。
   実際の研究は、これまで患者さんで蓄積されてきた知識をマウスに移す地道な努力の積み重ねであることがわかる。そして、遺伝的変異と、成長期のストレスを組み合わせてついに死に至る食思不全の再現に成功している。
   詳細を省いてどうすればマウスに食思不全が再現できたか結論だけを以下に述べる。
   まず遺伝的背景として、神経細胞増殖因子の一つBDNFの68番目のバリンがメチオニンに変化した変異マウスを用いている。この変異は、人間で特に強い不安神経症を示す患者さんで見つかったSNPだ。このマウスを生後5週目から他の動物から隔離する。すると、メスマウスの中には一定の割合で餌を食べなくなる個体が現れる。この条件で育てたマウスに7週目から、カロリーが2−3割減るような食事制限を課す。すると食思不全が現れる頻度はほぼ3倍に増えるという結果だ。この症状は7−9週の思春期で最も強く現れ、それ以降は3分の1に減る。そして、食思不全が強い個体では食べなくなって死に至る。ここまでよく再現ができたと感心する。
   もちろん「だからなんだ?」と問う人もいるだろう。私も「これで研究が大きく進展する」などと手放しで喜んでいるわけではない。しかし、この研究では、他の個体から隔離して育てるとき、1日一回ケージから出して変化を与えるだけで、食思不全の発症を抑えられることも示しており、様々な治療の思いつきをまずモデルマウスで調べるといった使い方はできる。また何よりも、脳内での変化などはモデル動物でないと調べられない。著者らのひたむきな気持ちにも感心するが、それだけでなく十分期待できるモデルマウスができたと思っている。
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4月17日:ウイルス感染の集団力学(4月13日号Nature掲載論文)

2016年4月17日
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    もともとCRISPR/Casは、バクテリアが、細胞内に侵入してくるファージウイルスなどの増殖を防ぐ免疫システムとして発達してきた。すなわち、あるウイルスが感染すると、増殖を始めたウイルスDNAを切り出して、自分のゲノムの中のクリスパーアレーの中にしまい込む。クリスパーアレーの中にスペーサーとしてしまいこまれたDNAが、次の侵入時にCas9を侵入者に導く役割を果たしている。しかし、ウイルスの方も突然変異によりバクテリアのスペーサーと対応しないように変化する。原理的には、一つのウイルスに対して多くのスペーサーを用意しておけば耐性はできないが、一つのバクテリアが一つのウイルスに対して用意できるスペーサーは限られている。
  このような状況で、バクテリアの集団がクリスパーシステムを多様化させ、ウイルス側の突然変異に対応しているのかを研究したのが今日紹介するエクセター大学からの論文で4月13日号のNatureに掲載された。タイトルは「The diversity generating benefits of prokaryotic adaptive immune system (原核生物の適応免疫系が多様性を持つことの利点)」だ。
  単一クローンレベルで見たとき、ウイルスとそれに対する防御機構の間で突然変異をベースにした競争が繰り返すことは誰もが知っていることだ。しかし著者らの興味はウイルスとホストの「いたちごっこ」でないことがわかる。よく読むとこの研究の目的は、集団が最初から多様化していることで耐性ウイルス発生を抑え込める可能性を示すことのようだ。この研究に使われたのは緑膿菌とそれに感染するDMS3ウイルスで、ウイルス感染させると5日でウイルスを完全に除去してしまうクリスパー系を持っている。もちろんCAS遺伝子をノックアウトしたバクテリアではウイルス感染は続く。
   素人から見るとこれは当たり前に思えるが、ウイルスの変異能力から考えて5日という短期間でウイルスが完全に除去できることを著者らは疑問に思ったようだ。そして、一つのバクテリアが保有できるスペーサーの数は限られても、集団として保有するスペーサーが多様化することで、ウイルスがいくら突然変異を起こしても感染が広がらないのではないかと考えた。
   そして、すでに分離していた異なるスペーサーを持つ48種類の緑膿菌株を様々な割合で混合して、ウイルスを感染させるバクテリアの集団内のスペーサーの数を、1、6、12、24、48個と増やし、ウイルス感染実験を行っている。
  すると、集団で保有するスペーサーの数が増えると、ウイルスは即座に除去されてしまうことが明らかになった。
  ではウイルスの方はどうなっているのか、経時的にサンプリングして遺伝子配列を調べると、スペーサーの数が6個ぐらいまでだと、まだ耐性突然変異を起こしたウイルスが出現するが、集団がそれ以上のスペーサー多様性を持っていると、耐性ウイルス自体が出てこなくなるという結果だ。おそらく、耐性ウイルスはできるのだろうが、集団の抵抗力の多様性が高ため、結局他のバクテリアに拡大できず、集団からは消え去るようだ。   これだけの話だが、ガンの薬剤耐性、新興ウイルス流行など、細胞や個体の集団を考えるための面白い研究システムになるように思えた。もちろんウイルスも強敵で、実際にはクリスパー自体の作用を無毒化できる究極のウイルスまでできるようだ。ダーウィンに脱帽。
カテゴリ:論文ウォッチ
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