1月3日:妊娠中のオメガ3脂肪酸摂取は子供の喘息を減らす(12月29日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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1月3日:妊娠中のオメガ3脂肪酸摂取は子供の喘息を減らす(12月29日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年1月3日
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    健康な子供が生まれ育つため、妊娠中のお母さんが何に気をつければいいのか、これを本当に調べるためにはかなり大規模で長期の調査が必要になるが、生まれた子供の喘息や湿疹などのアレルギー疾患については、果物、フルーツジュース、野菜、魚、脂身の多い魚、未精製穀物などが良い影響があり、マーガリンや塩分は悪い影響があることを示す論文が発表されている。例えば、2007年オランダのグループが妊娠中の食事が子供の喘息やアトピーに及ぼす影響を調べた2000人規模の調査では、週に4個以上のりんごを食べていたお母さんの子供は医師により診断された喘息の発症率が半分近くに低下し、魚を十分とっていたお母さんの子供は、やはり医師により確認された皮膚湿疹を持つ子供がはっきりと低下することが示されている(Thorax 62:773, 2007)。
   今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、魚の代わりに魚に多く含まれるオメガ3脂肪酸(EPAとDHA)を濃縮した魚油を妊娠24週から毎日飲んでもらって、子供の喘息をおさえる効果があるかどうかを調べた研究で12月29日The New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Fish oil derived fatty acid in pregnancy and wheeze and asthma in offspring(魚油由来の脂肪酸が生まれた子供の喘鳴や喘息に及ぼす影響)」だ。
   研究では736人の妊婦さんをランダムに2群に分け、片方にCRODA社のオメガ3脂肪酸サプリ(2.4gのEPA+DHA)、もう片方に同量のオリーブ油を妊娠24週から出産後1週まで摂取してもらい、生まれた子供を5年にわたって追跡し、喘鳴症状、あるいは医師により確認された喘息の発症率を調べている。
   結果は明確で、喘鳴や喘息の3歳時点での発症率は、オリーブ油群で23.7%、魚油群で16.9%だ。30%の低下を大きいと見るか、たいしたことはないと見るか意見は異なるかもしれない。しかし、あらかじめ血中のEPAとDHA濃度が低いことを確認した母親を抽出して調べると、オリーブ油群34.1%に対し魚油群では17.5%と半分に低下する。一方もともと魚を多く取っていて血中のEPA,DHAが高いお母さんでは、あまりサプリの効果はないことも示されている。したがって、メカニズムはよくわからないが、オメガ3脂肪酸を妊娠中期以降に摂取すると、子供の喘息を防ぐ効果があると結論していいだろう。
   重要なのは、もともと血中オメガ3脂肪酸が高いお母さんでは、サプリの効果がない点だ。おそらく一番いいのは、妊娠中はせっせとお魚を食べることだろう。できれば、妊娠20週ぐらいに食生活をチェックするとともに血中オメガ3脂肪酸を測定し、低いお母さんにはオメガ3脂肪酸を飲んでもらうというキメの細かい指導ができれば最高だ。
   我が国でも、テレビや新聞にトクホや機能性食品の広告が満ち溢れているが、宣伝費にお金をかけるのではなく、このぐらい長期的視点で製品をテストしていく真面目な会社が優遇される時代がくることを願う。
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1月2日:地球環境を守るための2017年の課題(Trends in Ecology and Evolution1月号掲載総説)

2017年1月2日
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    科学でも、新しい年に向けた抱負を語ることは様々な分野で行われる。ただ、破壊が続く地球環境や、いつ絶滅してもいい動物を研究している生態学者にとっては、新しい年に願うのは、この悪循環をなんとか食い止めたいという思いだろう。しかし、環境破壊をただ社会に訴えても、社会に聞く耳がほとんどないことはわかっている。これを克服するため、英国を中心とする生態学者の有志が、地球環境保全に突きつけられた課題とそれに対する対策を整理して、新年の抱負として社会に提案し続けている。昨日紹介したような新年の抱負とは一味も二味も違うが、一般の方にも最も関わりのある提案なので是非紹介したいと思う。

   提案は1月号のTrends in Ecology and Evolutionに総説の形で掲載され、タイトルは「A 2017 horizon scan of emerging issues for global conservation and biological diversity (地球環境保全と生物多様性維持のための2017年の新たな課題をホライゾンスキャニングする)」だ。ホライゾンスキャニングはいい訳が思い当たらないので英語をそのまま使ったが、将来に備えて知識を収集し、それに基づき助言を行うことを意味している。

  このグループでは、各メンバーに2017年の課題を複数個挙げてもらい、挙がってきた99課題を全員で採点(1000点満点)しあって絞り込んだあと、9月に集まって15課題を選定している。それらを手短に紹介しよう。

サンゴと共生する藻類を操作してサンゴ礁の白化を防ぐ。
   地球温暖化に伴いサンゴ礁の白化が広がっている。この白化の原因の一つが、サンゴと共生する渦鞭毛藻の生存が温度に敏感なためであることが知られているが、高い温度に耐えられる渦鞭毛藻が最近発見され、高温耐性のメカニズムが明らかになった。この結果に基づき、危機に瀕するサンゴ礁に、このような高温耐性の渦鞭毛藻を移植する、あるいはその領域に生息する渦鞭毛藻遺伝子を操作して、高温耐性にして移植するアイデアを提案している。    生態学者が種の環境を破壊するのか?と疑問も湧くが、それほどサンゴの白化が深刻であることを示している。

ロボットを用いて外来侵入種を駆除する
   外来のヒトデのため、オーストラリアのグレートバリアーリーフのサンゴが4割も失われた。これまでヒトデを人手で(シャレではないが、)一匹づつ駆除するしかなかったが、ヒトデを探し出して胆汁塩を注入して駆除するCOTSbotが開発された。また、カリブ海では外来のライオンフィッシュを見つけて電気ショックで駆除するロボットも開発された。この結果に基づき、外来種の駆除にロボット開発を加速させることを提案している。

野生種のやみ取引と戦う電子の鼻の開発。
   保護にもかかわらず、多くの野生動物が組織的な密猟の対象になっており、各国政府や自然保護団体はこれと戦うため、主に犬を使った追跡を行っている。最近、高感度の電子臭いセンサーの開発が進んでいる。これに基づき、密猟組織の追跡や国境での密輸発見のため、犬の代わりに用いることができる安価な臭いセンサーの開発を促進するよう提案している。

マルハナバチの新しい地域への侵入
   マルハナバチは世界中に棲息しているが、オーストラリアやサハラ以南のアフリカには生息しない。しかし、農産物の受粉のためこのハチの国際取引は盛んに行われており、棲息に適した環境のオーストラリアや南アフリカに急速に拡大することが懸念されている。たかがハチと思われるかもしれないが、受粉対象植物の選択制のため、生態系が破壊され、さらには新しい病原菌を媒介する恐れすらある。

微生物を使う害虫駆除
   農産物に対する害虫駆除に微生物を用いることが普及しているが、今後さらに普及して、穀物や豆類の栽培へと拡大して、殺虫剤に変わることが期待される。この状況を考えると、微生物の生態系への影響に関する研究を加速する必要がある。さらに、温暖化ガス排出への影響についても真剣に検討すべきだ。

砂の採掘による環境破壊
   建築需要の高まりから、山や海での砂や砂利の採掘が急増している。この結果、生物種の絶滅は言うに及ばず、人間の生活環境の破壊による対立を生んでいる。早急に、リサイクル技術や、砂漠の砂の利用技術など、新しい開発が急務だ。

国境のフェンス
   トランプはメキシコ国境に壁を建設することを唱えて当選しているが、国境に設けられたフェンスや壁は、視点を変えると野生動物の移動を大きく制限する。実際、クロアチア固有の狼は、フェンスのために100頭にまで減少したことが報じられている。野生動物の移動を阻害しないフェンスのための研究と技術開発を提案している。

生活廃棄物処理と動物
   生活廃棄物の処理は都市環境にとって最大の問題だが、動物に取っても大きな影響を及ぼすことがわかってきた。たとえば、ヨーロッパのコウノトリは廃棄物中の餌に依存するようになり、渡りをやめている。またトルコやルーマニアのヒグマの生態にも大きな影響が見られている。では、処理場から動物をシャットアウトすればいいという単純な解決は通用しない。何年も同じ場所で暮らしたコウノトリが冬にアフリカに渡れるのか、あるいはヒグマが人間の居住地に侵入しないかなど、緊急に調査が必要だ。

上昇する海洋の風力
   温暖化で海上での平均風力はすでに10%近く上昇しているようだ。この結果、海岸の環境が大きく変わり、生態系が損なわれることが懸念される。ほとんど調査が行われておらず、早急に調査が必要だ。

海上風力発電
   現在、強く安定な風を求めて風力発電が50m以上の水深をもつ海域へと拡大する取り組みが進んでいる。ただ、この施設の生態系への影響はほとんど分かっていない。楽観的な人は、魚礁としての機能を強調しているが、反論も多い。技術開発と並行して早急な調査が必要だ。

生体工学の葉を使ってバイオ燃料を作る
   バイオ燃料というと葉緑素を持った植物からというのが定番だ。最近、太陽光を受けて水を水素と酸素に分解するチップが開発された。この水素をアメリカで開発されたバクテリアに炭酸ガスと一緒に供給すると、アルコールが合成できる。化石燃料への依存を下げる意味で、大きく期待できる技術として推進すべきだ。

リチウム空気電池
   これまでのリチウムイオン電池の10倍の効率を持つリチウム空気電池の開発が加速している。まだ実験段階と言えるが、化石燃料依存を下げるため、ぜひ工業化を加速してほしい。

逆光合成
   逆光合成とは、プラスチックなどもともと石油から作られた材料をもう一度石油に変える技術をさす。最近、光と触媒を使ってバイオマスから石油を作る効率が一段と高まってきた。この、光と触媒技術によるバイオマスやプラスチックからの石油生産は、化石燃料依存性を下げると同時に、環境保護にも貢献できると期待できる。

二酸化炭素の鉱物化
私のHPでも紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/5390)、二酸化炭素を水に溶かし、それを地中の玄武岩層に注入して、鉱物として沈殿させる技術の実証実験が行われ、95%の炭酸ガスが2年で沈殿したことが明らかになった。ぜひこの技術のさらなる検証実験を加速すべきだ。

ブロックチェーン技術の導入
   ブロックチェーン技術は、これまで中央集権的であったシステムを、個人同士のネットワークで置き換えることが可能であることは、Bitcoinで証明済みだ。この非中央集権的なブロックチェーン技術を、生態系保護、農業や土地管理に導入することで、生態系保護と土地私有とを両立する可能性を早急に模索すべきだ。

以上が提案で、科学予想とは一味もふた味も違う。科学者の思い上がりと思われる人も多いかもしれないが、私がまったく考えたこともない提案が並んでおり、ぜひ政治家にも読んでほしいと思った。
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1月1日:Natureが依頼した専門家が予想した2017年科学の注目点(12月22日号Nature掲載論文)

2017年1月1日
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読者の皆さん、あけましておめでとうございます。今年も、1日も欠かさず論文を一報紹介していきます。乞うご期待。
   昨日はScienceの選んだ2016年のブレークスルーを紹介したので、今日はNatureが専門家に依頼して選んだ2017年科学の注目点についてざっと紹介することにした(Nature 541, 14-15: doi:10.1038/541014a)。タイトルは「2017 sneak peek: What the new year holds for science (2017年の予告:科学にとって2017年はどんな年だろう)」

Rough sea for climate荒れる気候温暖化問題

言うまでもなくトランプが大統領になり、アメリカがパリ協定を無視する方向に動くと予想される今年こそ、最大の温暖化ガス排出国中国のリーダーシップが問われるだろう。今年中国が予定している排出枠割り当て制度の導入は注目される。幸い、温暖化ガスの排出自体は減ってきている。また、南氷洋の吸収能力のロボット調査が今年示される。

Political hangover(政治の後遺症)


  昨年はBrexit, Trump選出と科学界にとってはショックの年だった。トランプが大統領に就任する今年は、気候や地球に関する研究プログラムを骨抜きにし、ヒトES細胞研究を再び禁止するだろう。フランス、ドイツと選挙が続く今年も予想のつかない年になるだろう。

Return to sender(宇宙から資料が地球に戻る)

  中国の嫦娥五号により1970年アポロ計画以来2度目になる月のサンプルが地球に持ち帰られる。今回は2Kgのサンプルが採取される。また今年、20年宇宙を飛行したカッシーニがついに土星の内側の輪を突破する。衛星がくだけ散る前に土星の大気についての情報が送られることが期待される。

The world within (内なる世界)
   体内の細菌叢についての研究がさらに加速する。細菌叢が脳の発達や発がんに影響するのか?今年も多くの結果が報告されると期待される。

Genetic competition(遺伝競争)   CRISPR-Cas技術について争っているカリフォルニア大学バークレー校とβロード研究所との裁判の判決が出る。この特許を破る目的で開発された中国のNgAgoは再現ができず、浮くか沈むかの瀬戸際にあり、今年中に決着がつくだろう。英国ではミトコンドリア置換による生殖補助医療が認められた。今年も、遺伝学は世界を騒がせそうだ。

Quantum supremeacy(量子が時代を席巻する)

   まず量子コンピュータがこれまで解けなかった問題を解決すると期待される。中でもグーグルのD-Waveは競争のトップを走っている。これ以外に、マイクロソフトは粒子の運動の情報を使うより安定な位相量子コンピュータを少なくとも今年には発表すると言っている。

Illuminating the dark(暗黒を照らす)


  世界の9箇所の電波望遠鏡が協力してブラックホールの向こう側を見る計画が進行しており、一般相対性理論を検証し、ブラックホールの秘密を照らすと期待される。もちろん重力波観察施設からの新たな報告も期待される。
Wonder Materials(驚異の物質)

  新しい灰チタン石ベースの太陽電池の商業利用が始まる。また、X線のでない電子線レーザーがドイツで稼働し、化学反応がこれまで以上に詳しく解析できると期待される。

Big Blue(海洋環境)

   ロス海での漁業と鉱業開発が禁止され、その効果に注目が集まる。一方、世界最大の氷山は1983年以来最小になる。サンゴ礁で続けられている観察により、なぜ影響が場所によりまちまちなのか明らかにされることが期待される。

T cells fight back (T細胞が戦いに戻る)

   このHPでも紹介したCAR-T(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309) よるガン治療がFDAの認可を経て市場に出る。

Planet nine(9番惑星)

  12月NASAの探査機が打ち上げあげられ、2万年周期で太陽を回る幻の9番惑星の存在が明らかになるのではと期待が集まっている。

今年も面白い論文に出会えそうだ。
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12月31日:サイエンスが選んだ今年のブレークスルー(12月22日Science掲載記事)

2016年12月31日
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   年末恒例になっているが、Scienceが2016年に発表された論文の中から、10のブレークスルーを選んでいる。どこかのメディアが、今年のブレークスルーのリストを紹介しながら、内容を開設せず我が国からも2グループが選ばれたことだけを報じて、見識の低さを露呈していたが、大晦日、自分なりの感慨も加えて紹介することにした。
選ばれたブレークスルーは、天文学2、人工知能1、材料工学1、有機化学1、そして生命科学5だ。選ばれた分野の論文は全て手元にあるが、専門外の5分野はScienceの紹介記事自体の紹介に留め、生命科学については原典の論文や私がホームページで紹介した記事を参照しながら紹介する。

私の専門外の5分野

1、 The cosmos aquiver(宇宙の震え)
     他の研究とは別枠にして紹介されている。今年、アインタインの一般相対性理論から導かれる重力波が、レーザー干渉重力波天文台で初めて観察されたことに始まる、物理学、天文学分野での興奮の波の広がりが紹介されている。今後は、同じ観察が再現されるかが重要だが、これにはイタリアや我が国(建設中)の観測施設の稼働が重要と結論している。これに加えて、ブラックホールや重力波生成に関わると考えられる粒子アキシオンなどに関する新しい研究が進むのではと期待を表明している。

2、 The exoplanet next door(近くの太陽系外惑星)
    太陽系からもっとも近くにある恒星プロキシマ・ケンタウリからの光の観測により、この周りを11日周期で回っている地球の1.3倍の大きさを持つ惑星が、国際チームによる発見され、分析された。表面の温度は水が液体を保てる範囲にとどまっていることから、人類が生存可能か、あるいは生命も存在するのではと大きな期待が高まっている。ただ、直接観察ではなく、様々な計測による間接的観察であるため、より詳しい研究には新しい望遠鏡の設置が必要になる。興奮は大きいようで、観測のために小さな宇宙船を送ったり、あるいは宇宙望遠鏡の計画を始めた民間団体もあるようだ。

3、 Artificial intelligence ups its game (人工知能の出番がきた)
っっっvNatureに出版されていたとは気づかなかったが、今年囲碁のチャンピオンを負かしたと大騒ぎになったグーグルの囲碁・人工知能AlphaGoについての論文が出版された。AlphaGoはチェスで有名なDeep Blueと異なり、いわゆる今流行りの深層強化学習を用いた人工知能で、数多くの対戦を学習して広い視野で現状を分析できる「value network」と、次の一手を決断する「policy network」から構成されている。最初の論文では、ヨーロッパチャンピオンが全く歯が立たなかったことを報告しているが、今や勝てる人間はいるのか?に興味が移っていると言っていいだろう。ただこの技術は囲碁にとどまらないことは確かだ。しかし、DeepBlueはIBM、そしてAlphaGoはグーグルと民間主導でAIが進むとき、官主導だけが突出している我が国はついていけるのだろうか?

4、 Protein by desing(タンパク質をデザインする)
    タンパク質にとどまらず、様々な有機化合物をデザインすることは、有機化学の夢だ。今年のノーベル化学賞もマイクロマシーンに送られた。今回のScienceの紹介では、小さなペプチドブロックを使って、思い通りの形態をもつタンパク質をデザインすることに成功したワシントン大学からの論文(Nature vol 535, 136)が紹介されている。この論文では、3種類のアミノ酸が組み合わさったペプチド300種類の結晶解析から20面体の構造をもっとも形成しやすいペプチドを特定し、これを部品として様々な構造が作れることを示している。この方法を用いて顕微鏡で輝度を測定するためのスタンダードになる蛍光キャンドルを作っている。ただ、どこまで広がるのか、酵素活性を持つ構造がこの方法でできるのかはすこし疑わしい。おそらく、他のタンパク質を安定化したりするためのマトリックスとしての用途に限られるのではないだろうか。

5、 Metalenses, megapromise(メタレンズの大きな希望)
    回折の生じない、光の波長より小さな格子を用いて光をコントロールする技術は、レンズに変わる新しい可能性を開こうとしている。特に、電子チップ合成で培った製造技術を用いることで、安価で高性能なレンズを作ることが可能になる。紹介されている論文では、405,532,660nmそれぞれの波長で170倍の像を形成させることに成功したメタレンズを報告している。素人の私にも、大きな可能性を感じさせる論文だ。我が国の光学分野の蓄積を脅かす可能性がある。

生命科学分野

1、 Killing old cells to stay young(古い細胞を殺して若さを保つ)
   これについては私のHPで「老害」というタイトルで紹介しているので内容はこの記事を参考にしてほしい(http://aasj.jp/news/watch/4819)。老化して細胞分裂を抑える分子を発現する細胞を常に除去すると、寿命が3割伸びるという話だ。私から見ると、素朴な発想の勝利といった論文だが、生物だけでなく、私たちの社会でもこの問題を真剣に考える時がきているように思う。
2、 Mind-reading great apes(心を読む類人猿)
   この論文もHPで紹介している(http://aasj.jp/news/watch/5895)。類人猿の視線を追跡する技術を用いて、類人猿もTheory of Mind、すなわち他人も自分と同じように考える、すなわち心を持っていることを考える能力を持つことを証明した論文で、熊本にある京大チンパンジー施設と、ドイツライプチッヒのマックスプランク研究所の両方で同じ実験を行い、長年の問題を解決した。確認のための研究は必要だが、次の課題は類人猿も利他的行動を取れるかに映るような気がする。
3、 Mouse eggs made in the lab(マウスの卵子を試験管内で形成できる)
   多能性幹細胞から試験管内で生殖細胞を分化させる研究が加速している。この分野は、京大の斎藤さん、またそこから独立した林さんたちがリードしており以前2度紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/2646)。今回取り上げられたのは、試験管内で受精させると発生して子供を作る能力を持った卵子を試験管内で誘導したという話だ。同じく今年、中国のグループにより顕微受精で子供を作る能力のある精子の誘導が報告された(http://aasj.jp/news/watch/4921)。すなわち、オス、メス両方の生殖細胞を試験管内で誘導するというゴールが達成されたことになる。
   すでに英国留学中の入江さんがヒトES細胞から始原生殖細胞の誘導に成功しており(http://aasj.jp/news/watch/2646)、ヒトでどこまで研究が許されるのか、クリスパー以上に議論が必要になったと思う。
   私がまだ特定胚及びヒト胚研究の専門委員会座長を勤めていた頃、斎藤さんから意見を聞き、実験動物で試験管内だけで機能的な生殖細胞ができた時点で議論がもう一度必要だと思ったが、そのことを改めて思い出した。
4、A single wave of migration from Africa peopled the globe(アフリカからの一回の移動で人類は世界に広がった)
   この論文も私のHPで紹介している(http://aasj.jp/news/watch/5824)。人類がアフリカ起源だとすると、もっとも遠くまで移動した民族がオーストラリアに暮らすアボリジニなる。これまで、アボリジニは他の人類より少し早くアフリカから移動したのではないかという考えがあったが、アボリジニのゲノム研究は明確にこれを否定した。結論としては、アボリジニも7万年前にアフリカから移動した共通の先祖に由来し、5万8000年前にユーラシアの他の民族から分離したことがわかった。ゲノム研究のおかげで、人類起源についての夢はますますふくらむ。さて来年は何が出てくるのか楽しみだ。
5、 Genome sequencing in the hand and bush(ゲノム配列決定が手に乗る機械で可能になり野外で利用できる)
   MiniOnと呼ばれる手のひらに乗る大きさの使い捨て塩基配列決定装置が英国の会社から提供され始めたことは2014年の暮れに私のHPで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2646)。正確さなど、様々な問題はあっても、安価、使い捨て、しかもラップトップコンビュータとつないで配列決定ができる手軽さは、全く新しい分野を開く。実際、宇宙でゲノム解析が行えることが証明されているし、将来は中学や高校の教育現場にさえ登場するだろう。これを証明する論文が今年2月Nature(vol 530, 229)に発表された。国際チームがエボラウイルスの流行するアフリカでウイルスゲノムの進化を解析した研究で、野外で簡単に解析ができること、さらには使い捨てであることの利点が最大に行かせることを示している。ゲノム研究はついにあらゆる人の手元に来たことを実感させるブレークスルーだ。 以上、来年ももっと多くのブレークスルーを期待しているし、生命科学については続けて紹介していきたいと思っている。
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12月30日:DNA紐のたたまれ方を読み解く(Natureオンライン版掲載論文)

2016年12月30日
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   2m近くに達する48本のDNA鎖が数ミクロンの大きさの核の中に畳み込まれていることを考えるたびに、38億年の進化の力に改めて驚く。しかも、折りたたまれることにより、ゲノムはただの記録テープではなく、構造化された記憶媒体になっている。このことが一番よくわかるのはHox遺伝子群で、体のプランが遺伝子の並びに表象されている。これは脳の表面の感覚野や運動野に私たちの身体がホムンクルスとして表象されるのと同じだ。
   この驚きを経験すると、当然核内のDNA3次元マップを作りたくなる。例えば今年1月4日に紹介したジャクソン研究所からの論文(http://aasj.jp/news/watch/4671)は、DNAが折り曲がる場所に結合するCTCF結合部位を調べて、この地図を作ろうとするものだった。これにとどまらず、隣接するゲノム領域を特定する方法が開発されてからのゲノムの3次元構造に関する研究の進歩は目をみはる。ただ、これまでの方法はかなり距離が離れた領域同士の結合を調べるのには適していたが、ヒストンに巻きついた近接したDNA同士の関係は教えてくれない。すなわち、ビルの中の通路を遠くから俯瞰することはできても、実際に歩いて感じる距離感がわからないのと同じだ。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文はこの隙間を埋める方法を使って、ヌクレオソーム1−3個分の領域間の関係を明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Variable chromatin structure revealed by in situ spatially correlated DNA cleavage mapping.(細胞内で空間的に関係しているDNAを切断法で調べることでクロマチン構造の可変性が明らかになる)」だ。
   DNAはヌクレオソームと呼ばれるヒストンに巻きついている部分と、巻きついていない部分に分かれる。また、折りたたまれ方により、隣接するヌクレオソームの距離も変化する。この小さな構造を明らかにするため、著者らは1998年に開発されたDNA切断法でヌクレオソームを分類する方法を採用する。
   この方法では生きた細胞に高エネルギーγ線を照射して、まずDNAを切断する。この時、DNA鎖が直接切れるだけでなく、水分子にエネルギーが添加され、そこで発生するOHラディカルが3-4nmに存在する糖鎖と反応してDNA切断する。後者の場合、一つの水分子の近くのDNAだけが一本鎖切断されることから、例えばヒストンに巻きついている時隣り合っている領域、あるいはヌクレオソームの結び目、さらにはヌクレオソームが強く畳まれることで近接した1−2個離れたヌクレオソーム上のDNAなどが同じイベントにより切断される。それぞれでは、78nt,177nt,373nt程度の大きさの一本鎖断片が生成されることから、ヌクレオソームがどのような構造に組み込まれていたかを詳しく知ることができる。実際には、6種類の微視的な構造が定義できている。
   あとは、この構造と、エピジェネティックマッピング、あるいは3Dマッピングと対応させて、微視的な構造とエピジェネティックス、あるいは巨視的な構造との関係を明らかにしている。詳細については割愛するが、例えば同じ抑制型のヒストンコード、H3K9me3とH3K27me3では、373型の断片のでき方が全く違うことを発見しており、コンパクションの度合いがH3K9me3ではるかに高いことがわかる。また、転写されるためのアクセス可能性のヌクレオソーム構造も明らかにしている。
   今後、他の方法と合わせて、より精緻な3D−DNAルートマップが完成するだろう。1998年の方法を発掘したことにも感心した。
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12月29日:妊娠は脳構造を変化させて子供への愛情を高める(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文:doi:10.1038/nn.4458 )

2016年12月29日
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   私たちは思春期を迎えると、身体的に成熟するだけでなく、精神的にも大きく変化する。例えば「色気付いて」異性にときめきを感じるのも精神的変化だ。これは、性ホルモンが脳構造を変化させるからで、実際脳の広い範囲にわたって灰白質の厚さが減ることが知られている。脳の厚さが減ると聞くと心配になるかもしれないが、もちろん痴呆のように神経細胞自体が減ることでも起こるが、神経同士の結合が整理されて(シナプス剪定)特定の回路に集約することでも起こる。思春期ではおそらく後者が起こっているのだろう。
   同じように、妊娠によっても体の内分泌バランスは大きく変化する。例えば多くの妊婦さんが経験する物忘れも、ラットを使った研究では、内分泌系の変化により海馬の樹状突起の形態変化や、幹細胞の増殖低下が誘導されるからだとされている。しかし、動物実験結果を安易に人間に当てはめるわけにはいかない。このギャップを埋めるため、妊娠が人間の脳構造に及ぼす影響を調べる研究が求められていた。
   今日紹介するスペイン・バルセロナ大学及びオランダ・ライデン大学からの論文は、妊娠前から長期間にわたって女性の脳構造変化をMRIで追跡するコホート研究で、妊娠の脳構造への影響を調べた研究としては規模、期間において最も徹底した研究だ。タイトルは「Pregnancy leads to long-lasting changes in human brain strucuture(妊娠は長期間続く脳構造の変化につながる)」で、Nature Neuroscienceにオンラインで出版された(doi:10.1038/nn.4458)。
   研究では妊娠による脳構造の変化をMRIで調べる研究を理解して応募していただいた65人の女性、57人の男性のMRIを参加時点で撮影し追跡している。このうち43人の女性は子供を望んでおり、一年以内に25人が妊娠、全員が出産している。出産直後、及び2年目にもう一度MRI検査を行い、前後の画像を比べている。参加者の中には当分妊娠する計画がないカップルも20人含まれており、この人たちも一定期間のあとMRI検査を行っている。最終的に、25人の妊娠女性、19人の男性パートナー、20人の妊娠を経験しない女性、17人のそのパートナーのMRI画像と、筆記やインタビューを交えた検査を総合して、妊娠により脳構造が変化するかどうかを調べている。
   結果は驚くべきもので、妊娠を経験すると脳の正中領域、前頭前皮質、側頭皮質の灰白質が例外なく減少する。対照と比べるとその差は明瞭で、MRI検査の画像から妊娠したかどうかほぼ判断できるほどだ。
   この変化はパートナーの男性には見られず、また自然妊娠、人工授精を問わず全ての妊娠女性に起こる。さらに、その後妊娠しない場合も、この変化は2年以上安定に維持される。また、灰白質の減少がより進行することもない。
   結果の中で最も面白いのは、灰白質の減少が、他の人も自分と同じ心を持っていると私たちが感じる(Theory of Mind)時に活動する領域の灰白質が選択的に減少している点だ。さらに灰白質の減少する領域は、母親が自分の子供の写真を見たとき強い反応を示す領域で、驚くことに灰白質の現象が強い母親ほど子供の写真に強い反応を示す。
   結果は以上で、妊娠によりTheory of Mindに関わる領域のシナプス剪定が行われ、この結果自分の子供を特別視する感情が生まれることはまちがいないようだ。さらに詳しいメカニズムについては研究が必要で、勝手な解釈を拡散させるのは慎むべきだと思う。しかし、お母さんは常に自分の子供が何を考えているのか感じ取る必要がある。この能力が妊娠中に準備されているとしたら、なんと素晴らしいことだろう。面白い領域が始まったと思う。
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12月28日:社会性の起源(Nature Communication掲載論文:DOI: 10.1038/ncomms13915)

2016年12月28日
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   ヒトとサルを明確に分けるのは言語だが、言語が現れるのはたかだか2−3万年前の話だ。ここまでには何百万年もかけて異なる性質が積み重なる歴史が存在する。これを探ろうと、ヒトとサルの違いについての研究が加速している。Scienceが今年のブレークスルーに選んだTheory of Mindをサルも持っているという研究(このホームページでも紹介した:http://aasj.jp/news/watch/5895)もその一つだ。   「自分と同じ心を他人も持っている」とサルも考えるとすると、次は自分が持っている心の内容が問題になる。Altruism(利他的)行動を促す、他人を思いやる心がいつ芽生えたのかが特に研究の焦点になっている。最近読んだDumbarのHuman evolutionやSpikinsのHow compassion made us humanなどでは、思いやりの心、利他主義的行動こそ人間特有の性質であることが強調されているが、群れで暮らすチンパンジーやゴリラではなんらかの社会性が必要なはずで、食べ物を分け合ったり、食べ物を取るための道具を貸したりする利他的行動の存在を主張する論文も多い。
   今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、全く訓練を受けていないチンパンジーを使った実験を行い、少なくともチンパンジーには利他的行動が見られないことを示した研究で、12月20日Nature Communicationに掲載された。タイトルは「The naturee of prosociality in chimpanzees(チンパンジーの社会性の本質)」だ。
   著者らは、これまでの社会性、利他性を調べる研究が、その前にサルを訓練する過程で、利他的行動を条件付けてしまっているという批判的検討から、全く訓練を受けていないチンパンジーを使って利他的行動が存在するかを調べる課題を設計している。
   課題は別々の檻にチンパンジーを入れ、片方のチンパンジーは食べ物の入った透明の箱にアクセスできるが、他方にはアクセスができない状況を作る。この時、食べ物にアクセスできないチンパンジーには相手が箱から食べ物を取り出すためのレバーを操作できるようにして、相手が食べ物を得るためにレバーを押すかどうかを調べる課題だ。
   レバーを押すと食べ物が取り出せる条件と、レバーを押すと逆に食べ物が取り出せなくなる条件で実験を行い、もし利他的感情があれば、食べ物が取り出せる場合にレバーを押す回数が上がると仮定して実験を行っている。
   結果だが、どちらの条件でも最初レバー自体に興味を持って頻回にレバーを押すが、結局自分にはなんの関係もないことがわかると、レバーをおす回数が急減する。さらに、相手を利する、あるいは相手を妨害するどちらの条件でもレバーを押すパターンは同じで、相手の利益・不利益をまず考えることはないという結論だ。
   同じ実験を、レバーを押すと相手の利益・不利益につながることを前もって教えてから行っているが、この場合相手の利益になる条件では、不利益をもたらす条件よりさらにレバーを押す回数が減っている。
   実験が終わってから、レバーを押す意味が理解できているか調べているが、最初の実験でもレバーを押している間に何が起こったかを正確に理解している。
   以上の結果から、利他的行動はチンパンジーには存在しないと結論している。今後、異なる血縁関係、群れの中での階層など、社会内の関係性を変えて同じ課題を行わせれば面白いように思う。私は素人だが、利他的行動も様々な過程を経て進化してきたはずで、おそらく条件を選べばサル社会でもこの課題で検出できる利他的行動がわかるかもしれない。いずれにせよ、人間の心のルーツ研究が進んでいることを知るいい論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月27日:スプライシングを止めて刺激に備える(12月21日号Neuron掲載論文)

2016年12月27日
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   刺激に対する細胞の反応は多岐にわたるが、必要なメカニズムに応じて反応の時間スケールが異なる。もっとも長い時間かかるのがクロマチンを変化させるエピジェネティックリプログラミングだが、次はシグナルにより新たな遺伝子転写を誘導する過程で、immediate early geneと呼ばれる遺伝子でも発現に30−60分はかかる。この時間遅延は、神経細胞のように早い反応を必要とする細胞では重要な問題になる。
   一部のリンパ球ではこれに備えるため、mRNAの翻訳開始を止めて、刺激に備えている。ただmRNAの選択性はないため、静止期、活動期の区別には向いているが、特定のタンパク質を迅速に供給する目的には向いていない。
   今日紹介するスイスバーゼル大学からの論文は、神経細胞はmRNAのスプライシングを途中で止め刺激に備え、シナプスからの刺激によってスプライシングを完成させることで、mRNAの転写をスキップして新しいタンパク質を合成できることを示した研究で、12月21日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Targeted intron retention and excision for rapid gene regulation in response to neuronal activity(特定のイントロンの保持・除去の調節による神経活動に反応する迅速な遺伝子調節)」だ。
   これまでスプライシングが途中で止まって一部のイントロンが残ったmRNA(IR)の存在が知られていたが、このグループはIRが迅速なタンパク質合成の鍵だとにらみ、まず脳内細胞に存在するIRを包括的に調べる方法を開発し、約5%ぐらいのイントロンがIRとして残ることを突き止めている。次に新しいmRNA転写を止めてIRが実際に細胞内に安定に維持されるか調べ、不安定、中間、そして安定の3グループに分類している。安定なIRでは実に2時間以上細胞内で保持される。
   次に脳から分離した皮質細胞のGABA受容体やグルタミン酸受容体を刺激し、刺激後のカルシウムの流入依存的に、保持されたIRからイントロンが切り出されることを示している。
   最後に、スプライスを逃れて残されるイントロンの特徴を調べ、短く、スプライスシグナルの弱くGCの割合が中程度という特徴を割り出している。ただ、IRは3000近く存在するが、神経刺激でスプライスされるのは350程度であるため、この差をさらに調べると、神経活動に反応する方はより強いスプライシングシグナルを持っていることが明らかになっている。
   以上をまとめると、神経細胞では一定の特徴を持つイントロンが常にスプライシングを免れ、IRとして保持されているが、その中で比較的スプライシングされやすい部分が、神経刺激に続くカルシウム流入依存的にスプライシングされ、核外に放出されタンパク質へと翻訳される。このような特徴的なイントロンを持つ遺伝子は神経細胞のシグナルに関わる分子が多く、これにより神経細胞に必要なタンパク質の迅速な供給が実現しているという結論だ。
   話はなるほどで終わるが、もしこのイントロンがそれほど特異的な性質を持つなら、いつこのメカニズムを動物は獲得したのか、進化的には面白い課題になる。神経細胞が見つかるのはクシクラゲや刺胞動物からだが、ゲノム解析が進めばIRが必要になるほどの神経活動がいつから生まれたのかもわかるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月26日:mRNAメチル化の機能:生化学のプロとアマ(1月9日発行予定Cancer Cell 掲載論文、及びNatureオンライン版掲載論文)

2016年12月26日
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   遺伝子改変技術のおかげで、特定の分子の機能について、細胞レベル、個体レベルでの調べることが容易になり、私自身もそうだが生化学についてそれほど知識がない研究者も容易に分子の話をすることができるようになっている。しかし、個体レベルでの研究と言っても、解析が進むと生化学の知識不足が目立ち始め、思わぬほころびにつながることがある。先週mRNAの脱メチル化酵素FTOについて生化学のプロとアマの違いを見せつける2つの論文が発表されたので、これらを紹介することにした。
   tRNAにはメチル化を始め様々な修飾が加わっていることはよく知られていたが、最近mRNAのメチル化が、mRNAの安定化メカニズムとして注目され、研究が加速している。しかし、生化学的に見るとこれまでの結論、例えばメチル化はmRNAの中央部で起こり、N6-メチルアデノシン(m6A)がメチル化mRNAのほぼ全てを代表するとする結論、には様々な問題があり、mRNAのメチル化を生化学的に検討し直すことの重要性が認識されていた。
   今日紹介する最初のの論文はシカゴ大学を中心とする、mRNAの脱メチル化酵素として特定されたFTOの白血病との関わりを明らかにした研究についての論文で1月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「FTO plays an oncogenic role in acute myeloid leukemia as a N6-methyladenosineRNA demethylase (FTOはm6Aの脱メチル化酵素として急性白血病発生に関わる)」だ。
   このグループはもともと白血病の研究をしており、mRNAのメチル化を調べたいと思って研究を始めたのだろう。次の論文でわかる、FTOがm6Aの脱メチル化酵素であるという話を鵜呑みにして、あとはFTOの発現量を変化させて白血病の増殖がどうなるかという、細胞学的検討を行い論文にしている。ざっとまとめると、MLL遺伝子の転座を持つ白血病ではFTOが高く、これをノックダウンすると増殖が低下する。また、白血病発症モデルでも、FTOを過剰発現させたマウスでは白血病発生が促進し、低下させると発症が遅れる。FTOで変化する分子を探索すると、ASB2,RARA発現の低下がその原因として浮上し、白血病のレチノイド治療時と同じ効果をFTOが持つことを示している、というのが結論になる。
   研究の過程で、FTOがm6Aを低下させることについても抗体を用いたブロッティングで示しているが、次の論文で明らかになるように、この方法はm6A特異的ではない。他のデータも仔細に見ると、それほど大きな効果はなく、論文自体は結論先にありきでなんとかまとめたという印象が強いが、来月には堂々とCancer Cellに掲載されることになる。
   著者にとってはめでたしめでたしだっただろうが、コーネル大学からメチル化RNAの生化学を重視した論文がNatureにオンライン発表されたおかげで、喜びが冷や汗に変わったと思う。
   次に紹介するコーネル大学からの論文のタイトルは「Reversible methylation of m6Am in the 5’ cap controls mRNA stability(mRNAの5’キャップに存在するN6,2’-O-ジメチルアデノシン(m6Am)の可逆的メチル化によりmRNAの安定性が調節される)」だ。
   前の論文と違って、さすがと思わせる生化学のプロの論文だ。まずFTO分子が本当にm6Aの脱メチル化酵素かどうかを調べている。まず、これまで検出に用いられた抗体がm6Aだけでなくm6Amも認識することから、この2種類のメチル化RNA を区別して生化学的に調べ、FTOがm6Aではなくm6Amを選択的に認識していることを明らかにする。さらに、これまで考えられていたのとは異なり、配列の最初の塩基がm6Amである時、キャップにあるm7Gを認識して脱メチル化すること、さらにメチル化によりキャップのm7Gをm6Amから切り離す酵素に対して耐性が生まれることでmRNAが安定化すること。さらに、m6Aの脱メチル化酵素はFTOではなく、ALKBH5であることも証明している。最後に、m6AmによりmiRNAの作用に抵抗性が生まれることを示しており、これは白血病を考える上でも面白い。
   今後メチル化RNAのこれまでの研究は、この新しいシナリオを元に再編成されると思う。しかし、Natureの論文を知ってから白血病の論文を書いておれば、全く違った論文になったかもしれない。ただ、新しい概念に全く気づかず論文を出してしまうと、冷や汗だけが残ってしまう。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月25日:臨床例から基礎研究へ(Natureオンライン版掲載論文)

2016年12月25日
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    これまで特定の遺伝子の機能を個体レベルで調べるためには、遺伝子操作による逆向き遺伝学や、突然変異を多くの遺伝子に誘導した系統を作成し、遺伝子と形質を対応させる前向き遺伝学が使われてきた。研究の性質上、当然様々なモデル動物を用いて研究が進められてきたが、昨日述べたようにゲノムの塩基配列が解析された人間の数が増えてくると、ほとんどの遺伝子について、欠損個体が存在し、しかも動物と比べてさらに詳しい症状が解析可能という状況が生まれている。即ち、様々な異常を訴えてくる患者さんの病院での観察から、特定の遺伝子の機能を明らかにする基礎研究が、シームレスにつながっている。
   このことを物語る典型例と言える論文が、英国、ブラジル、カナダ、オランダ、ドイツの研究者たちからNatureオンライン版に発表された。タイトルは「XRCC1 mutation is associated with PARP1 hyperactivation and cerebellar ataxia(XRCC1の突然変異はPARP1の過剰活性と小脳性運動失調を誘導する)」だ。
   論文は一人の小脳性運動失調症を訴える47歳女性患者の症例報告から始まる。28歳までは正常だったが、それ以後運動障害が始まり、来院時にはMRIで強い小脳萎縮が認められている。萎縮の原因を特定するため様々な検査が行われ、最終的にエクソームを検査してXRCC1遺伝子の突然変異が両方の染色体(片方は1293番目、もう片方は1393番目のアミノ酸)で起こっていることが判明する。
   Xccr1は酸化ストレスなどで起こるDNAの一本鎖切断を修復する多くの分子を束ねる重要な分子であることがわかっており、遺伝子が欠損したマウスは生まれてこない。一方、この分子と複合体を作る修復酵素の多くが小脳細胞死を誘導することも明らかになっており、この患者さんの解析を進めれば、なぜDNA修復酵素の機能異常が小脳性の運動失調症を誘導するのか研究することができる。
   そこでこの患者さんから細胞株を樹立して検討し、患者さん由来の細胞株では発現タンパク質が5%程度に低下しているが、一応存在していることが30歳近くまで正常の生活を送れた理由であることがわかる。しかし、DNA一本鎖切断時の修復が遅れ、その結果組換え確率が高まるなど、染色体異常が誘導されることが明らかにされる。
   これらの線維芽細胞による結果から、一本鎖の修復が遅れるため、修復箇所を特定する役割を持つPARP1タンパクが働きすぎて、ADP-リボシル化が起こり、NADが余分に除去されるため、神経細胞が死ぬのではないかと仮説を立て、患者由来細胞や、遺伝子ノックアウト線維芽細胞を用いて確認している。
   さらにこの仮説を証明する目的で、神経特異的XRCC1ノックアウトマウスとPARPノックアウトマウスを掛け合わせ、運動失調が消失することを明らかにしている。
   この結果は、XRCC1及びその結合タンパク質の異常に起因する運動失調はPARP1阻害剤で治療できる可能性を示唆する。さらに、アルツハイマー病など神経変異性疾患でもDNA修復遅れが細胞死を誘導している場合でも同じようにPARP1阻害剤が効く可能性がある。
   このように、臨床から基礎、そして臨床というサイクルが患者を救えることが証明されれば、医学研究冥利につきるだろう。
   この論文のような臨床と基礎の連携がうまくいく一つの要因は、DNA修復異常研究領域は昔からヒトの突然変異を使って研究を行う伝統があったからだと思う。ただ、ゲノム解読が進むことで、良き伝統は様々な分野にも広がると期待できる。
   なぜ小脳症状が強いのかなど理解できないところもあるが、私にとっても、脳と修復の関係を理解させてくれる面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ
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