3月14日:老兵は殺せ(Aging Cell4月号掲載予定論文)
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3月14日:老兵は殺せ(Aging Cell4月号掲載予定論文)

2015年3月14日
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Old soldiers never die, but fade awayは、トルーマンにより解任されたマッカーサーの引退演説の最後の言葉として有名で、日本語では「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と訳されている。訳がマッカーサーの真意を伝えているかどうか議論になったようだが、neverはうまく訳せているとは思えない。本当は自分の功績を讃えるニュアンスもあるように思う。しかしどんなに功績があろうと、新旧が入れ替わることで社会も身体も若々しさを保てる。このことをマウスの老化防止という観点から示したのが今日紹介するメイヨークリニックからの論文でAging Cell4月号に掲載予定だ。タイトルは「The Achilles’ heel of senescent cells:from transcriptome to senolytic drugs(老化細胞のアキレス腱:トランスクリプトームから老化細胞死誘導剤)」だ。もともと放射線障害やDANN修復を研究していたグループだろうか?いずれにせよ、まず観念が先に来るスタイルの論文だ。このグループの観念とは、「老化による障害は、老化により機能低下した細胞を完全に除去できていないためにおこる」だ。これを示すために、まず10グレイの放射線を照射し老化を誘導した脂肪細胞や血管内皮細胞の遺伝子発現を調べ、生き残った細胞で細胞死を防止するプログラムが働いていることを確認している。次に、このプログラムに関わる分子の中から、その機能を抑制すると完全な細胞死を誘導できる分子を探索し、細胞死を促進する一方、増殖細胞には影響を持たない6種類の分子を特定する。その上で、これらの分子の機能を抑制する分子を探して、ダサチニブと呼ばれるリン酸化酵素阻害剤、および抗炎症作用が知られている天然に存在するビタミン用物質、クェルセチンが、それぞれ脂肪細胞、血管内皮細胞の細胞死を促進する化合物として特定された。あとは、試験管内でこれらの化合物が確かに老化細胞を選択的に殺すことを確認した後、最後にマウスに対する影響を調べている。まず2年齢のマウスの心血管機能への影響を調べ、ダサチニブ+クェルセチン一回投与で心機能が改善することを見出している。即ち、老化してもなお心臓に残っている細胞を除去することで循環機能が改善するわけだ。次に、片足に強い放射線障害を与えたマウスに一回だけ両剤を投与し7ヶ月後の運動機能を調べると、トレッドミル検査で運動機能の改善が著しい。最後に、DAN修復欠損のため老化が早まったマウスに両剤を毎週飲ませると、運動障害をはじめ様々な老化による障害の発生が抑制される。実際の寿命については言及されていないが、要するに健康寿命が伸びるという結果だ。著者たちが予想したように、老兵は殺したほうが身体にはいいという結果だ。アイデアは面白く、ガンや老化による機能低下治療の一つの可能性を示した貢献だと思う。しかし年寄りから見ると複雑な結果だ。自分の体についてのことだと考えると、なんとか老兵を殺して元気になりたいと思う。しかし、その結果社会から見ると老兵が元気になり、新陳代謝が進まないという矛盾を抱える。おそらく、Old soldiers will survive, but hide away.が座右の銘としていいかもしれない。

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3月13日:マウスの行動学から学べること(3月12日号Cell掲載論文)

2015年3月13日
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食欲と摂食行動のつながりが正常でないと、拒食症や過食症を招く。幸い、この神経回路は人間だけでなく、ほとんどの高等動物にとって基本的な回路であるため、動物行動学をそのまま人間に当てはめることができると期待され、研究が行われてきた。中でも、視床下部に存在し、ニューロペプチドY(NPY)、GABA,そしてアグーチ関連ペプチド(Agrp)を分泌し、食欲に関わるレプチンなどの制御を受け、食欲と様々な行動を連携させるAgrpニューロンの特定がこの分野を大きく進展させた。とはいえ、未だ拒食症治療薬の決定打は開発されていない。今日紹介するエール大学からの論文はマウスの行動学を駆使してAgrpニューロンの役割を調べた研究で3月12日号Cellに掲載された。タイトルは「Hypothalamic Agrp neuron drive stereotypic behaviors beyond feeding (視床下部Agrpニューロンは摂食だけでなく定型行動を誘導する)」だ。脳研究の論文に目を通しているとエール大学からの論文が目立つ気がするが、この研究もそうだ。おそらくこのグループは、食欲から摂食行動への神経回路を調べていたのだろう。これに関連する行動として、餌がない空腹時に見られる行動を解析し(例えば餌を探して歩き回ったり、心理学的転移行動としての毛づくろいなど)、空腹時の行動を類型化している。次に、Agrpニューロンだけでカプサイシン受容体を発現するマウスを作成し、カプサイシンを投与してこのニューロンを興奮させた時に起こる行動を観察している。もちろん、空腹行動をとることから、満腹していても餌に飛びつく。また、餌のない時は餌を探す行動や、毛づくろいをする。この行動をさらに詳しく分析する目的で、Marble-buryingテストと呼ばれるケージ内のビー玉を床敷きで隠す強迫的繰り返し行動や、見慣れない物体に対する不安行動などを調べた結果、Agrpニューロンが摂食行動だけでなく、強迫的繰り返し行動を誘導し、不安行動を抑制することを見出した。重要なことは、この強迫繰り返し行動と摂食に関連する行動が、異なるAgrpニューロンにより調節されていることがわかったことだ。特に、この強迫繰り返し行動はNPYの阻害剤で完全に抑制されるが、摂食自体には影響がない。この結果から、神経性食思不全の患者さんが持っている強迫観念をNPYの阻害剤で治療できないかという提案を行っている。実際、神経性食思不全の患者さんでは血中のAgrp濃度が高いようだ。身体はなんとか患者さんに摂食を促そうと努力している証拠だ。しかし、患者さんでは強迫行動が強く、摂食に至らないという可能性は十分納得できる。もしこの興奮を他の強迫行動回路から切り離し、摂食へとつなげることができれば素晴らしいことだ。しかし一方で、人間の行動がそんな簡単な図式で説明できるはずがないという気持ちもある。この論文を読んで、マウスの行動学が進んでいること、神経細胞操作術の進歩はよくわかったが、予言通りNPY抑制剤が神経性食思不全症に効くかどうかは、この行動学の意義を判断する上で重要な試金石になる気がする。

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3月12日:画期的止血法の開発?(3月10日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年3月12日
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銃創・刺創など外傷性の出血に対しては、圧迫などで血流を抑え、輸液で循環血流量を維持しながら、早期に手術処置を行う必要がある。ただ、例えば先の震災や、大きな事故などでは、手術をする術者の手が足りない事が多い。こんな場合、少々の傷なら、もともと備わっている止血機能を高めることで、多くの人が救える可能性がある。これを達成するため、人工的血小板で止血を高める方法と、凝固系を促進し傷口のフィブリン形成を高める方法の2種類の方法が開発されている。今日紹介するワシントン大学からの論文はフィブリン塊形成を高める新しいペプチドについての研究で3月10日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A synthetic fibrin cross-linking polymer for modulating clot propertyes and inducing hemostasis (フィブリン塊の性質を変化させ止血を誘導するフィブリン分子の合成架橋ポリマー)」だ。この研究はフィブリンに特異的に結合するペプチドをスペーサーでつないで、フィブリンを架橋する能力を持つように設計した水溶性ポリマーが、実際に自然のフィブリン塊形成を高め、またできたフィブリン塊の止血能力を高るか確認する、まさにトランスレーショナル研究だ。この方法で問題になるのは、フィブリノーゲンがトロンビンで切られてフィブリンができるまでは架橋材は働かないことを確認すること、及び大きなポリマーなので腎毒性などがないか調べることだ。試験管内の予備研究で、フィブリンだけに結合すること、フィブリン塊の強度を高め、隙間を減らすことなどを確認した後、いよいよラットを用いて、外傷性の出血を止める実験を行っている。実験ではラット大腿動脈に3ミリの切開を入れてまず圧迫止血なしに15分出血させ、その後生理食塩水を点滴して血液量を維持する条件で、ラットの状態を観察している。何もしないと、1時間程度でラットは出血死する。生理的フィブリン架橋材の第8因子を出血が始まった時に注射すると25%ぐらいは助かる。一方、新しいPolyStatと名付けられた架橋材を注射するグループは出血が止まり、全例生存するという画期的な結果だ。様々なテストで、このフィブリン塊が栓溶作用にも強く安定していることが示されている。さらに、副作用もほとんど認められず、注射後1時間ぐらいはクレアチニンが上昇し確かに腎毒性は見られるが、元に戻るようだ。ただ、ラットの実験だけでは手放しでは喜べない。もっと大型の動物で、外傷の種類も変えて適用を調べることが必要だろう。しかし、事故が起こってすぐに注射をしておけば手術までの時間が稼げるなら、これは大きな展開だ。AED並みに普及するかもしれない。この場合、静脈注射ぐらいは医師や看護婦以外もできるように学校で訓練が行われるかもしれない。いやおそらく、自動静脈注射機が開発されること必至だろう。ニーズはどこにでもある。問題は、それに気づかないことだ。

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3月11日:蝶のベイツ型擬態(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2015年3月11日
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専門にこだわらず様々な分野の論文を読み始めると、シマウマの縞や、電気ウナギの狩りなどあらゆることが研究されていることを実感する。当然研究にはお金が必要で、自腹を切って行う時代ではないので、役に立つ・立たないを問わずに研究を支援する公的な仕組みが多くの国に存在することを知って励まされる。そんな一つが、ちょうど1年前インド・タタ基礎研究所とシカゴ大学から発表された、蝶のベイツ型擬態がdouble sexと呼ばれる昆虫の性決定に関わる分子の多形によって起こることを示したNature論文だった。毒のない蝶の種類が、毒を持つ蝶の形態を真似るという現象を、ゲノム解読も含めあらゆる技術を駆使して明らかにした論文を読んで、研究結果自体にも感心したが、我が国でもこのような研究に十分な助成が行われているのか少し心配になった。その意味で今日紹介する東京大学藤原さんたちがNature Geneticsに発表した論文は、我が国でも同じような研究が行えていることがわかって、少しホッとした。同じ蝶のベイツ擬態の分子メカニズム解明を目指す研究で、タイトルは「A genetic mechanism for female-limited Batesian mimicry in papilio butterfly(papilio蝶のメス特異的ベイツ型擬態の遺伝的メカニズム)」だ。昨年の米•印共同論文とテーマは全く同じだ。おそらく擬態の責任遺伝子を特定するために競争していたのだろう。先を越されて大変な思いをしたのではないかと推察する。もし、先を越された原因が、シークエンサーが自由に使えなかったことなどの物量が原因ならさぞかし残念だったことだろう。とはいえ、諦めずにこの研究を完成させ、論文として発表したことに敬意を表したい。この研究はメスだけが擬態を示す遺伝子多型の原因を、ゲノム解析を含む様々な方法を駆使して、doublesexと呼ばれるオス・メスを決定する遺伝子の多型であることを突き止めている。結果は米・印共同論文と同じだが、この部位が多型を獲得できるようになった基礎として、遺伝子の逆位があること、そして何よりも擬態を示すdoublesex遺伝子を抑制すると、擬態が消失するという機能的証明を行っている。結果から、おそらく遺伝座の逆位が起こることでdoublesex多型による擬態への道が開け、この条件下で発生した多型を持つメス型doublesex分子が、羽の色を決定する機構を変化させることで、擬態が発生することが明らかになった。このように擬態が起こるメカニズムの大筋を明らかにした点で、重要な貢献だと思う。気になって藤原さんのデータを見ると、擬態についての研究で長期間の助成を受けているようなので、我が国も十分ではないにせよ、自然を理解することのみを目的とした研究にも助成が行われていることを確認でき、安心した。

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3月10日:腸内細菌の多様性が食物アレルギーを防ぐ(Clinical and Experimental Allergy2月号掲載論文)

2015年3月10日
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食物アレルギーは、我が国の乳幼児の1割、学童期の5%程度に見られる極めて有病率の高い疾患だ。ただこれはアレルギー症状まで発展する率で、食物に含まれる抗原に対する免疫反応は、実に3割に近い幼児で成立することがアメリカの研究によりわかっている。しかし、なぜ同じ食べ物を摂取して、一部の子供にだけ免疫が成立するのか、また免疫が成立してもほとんどの子供はアレルギーを発症しないのかについては実はよくわかっていない。最初は、遺伝的な体質の差と考えられていたが、徐々に環境因子の重要性が認識され、現在の研究の中心になっている。例えば、母乳により食物アレルギーを防げるとか、帝王切開による出産児はアレルギーが多いなどを報告する研究も数多く見られるが、完全にエビデンスで裏付けられたというわけではない。最近では、大人のアレルギー疾患と腸内細菌との関係についての研究の進展に伴い、乳児の食物抗原に対する免疫も、離乳食が始まる以前に成立する腸内細菌の影響があるのではと研究が始まっている。今日紹介するカナダ・アルバータ大学からの論文は、生後1年目に食物抗原に対する免疫反応の成立と腸内細菌叢との関係を調べた論文で、Clinical and Experimental Allergy2月号に掲載された。タイトルは「Infant gut microbiota and food sensitization:association in the first year of life (幼児のマイクロビオームと食物感作:生後1年目での関連)」だ。研究では166人の乳児について、1歳時点で牛乳、卵白、大豆、およびピーナツに対する皮膚反応を調べるとともに、3ヶ月齢、および1年目に便を採取、存在する細菌リボゾームRNAの配列を調べることで細菌叢の構成を調べている。さて結果だが、まず166人追跡すると、1年目でいずれかの食物抗原に反応する。確かに免疫の成立する頻度はかなり高そうだ。次に、免疫が成立した子供の腸内細菌叢と、成立がなかった子供の細菌叢を比較すると、免疫が成立している子供の細菌叢は多様性が見られず、圧倒的にEnterobacteriaceaeと呼ばれる種類で締められている。一方、普通ならもっとも優勢のBacteroidaceaeは極端に低い。この2種類の比を標識にすると、logスケールで大きな差が認められる。ただ、1年目になるとこの差は縮小し、詳細に見ると確かに細菌叢の構成は異なっているが、多様性が成立していることが明らかになった。この結果から、離乳食が始まる前の時期に成立する腸内細菌叢が食物抗原に対する免疫の成立に影響を持つこと、免疫が成立していても腸内細菌叢は最終的に平均値へと戻っていくことが明らかになった。今後は、この段階で正常型の細菌叢を構築するには何が必要か調べられるだうろ。おそらく、離乳食摂取前に細菌叢を調べてアレルギーの危険性を診断し、その上で細菌叢を正常化したり、食物の摂取法を工夫してアレルギー発症を予防する介入試験が行われる気がする。また改めて、腸内細菌も体の一部であることを実感した。

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3月9日:人間の脳の進化:挑戦することvs理解すること(3月6日号Science掲載論文)

2015年3月9日
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現在の地球を見れば、言葉を持つことで人間が、あらゆる生物種に君臨していることがよくわかる。もちろん2足歩行や、言葉を話す解剖学的構造などの身体能力などがこの人間の絶対能力の差に全く関わらないとは言わないが、なんと言ってもほとんどが脳の進化の結果であるのは間違いない。21世紀に入って、ヒトの進化で何が起こったか明らかにしようとゲノムから解析が行われ、ゲノム全体でヒトとチンパンジーの遺伝子配列の違いが、たかだか1%前後であることがわかった。ほとんど差がないことが強調されているが、30億塩基対の1%だから、3000万箇所の違いが存在する。脳の進化に関わる変化を見つけるのは簡単ではない。これにチャレンジしているのが今日紹介するエール大学からの論文で、脳発生に関わる遺伝子発現調節領域の進化の理解を目指した研究だ。タイトルは「Evolutionary changes in promoter and enhancer activity during human corticogenesis (ヒトの脳皮質形成過程でのプロモーターとエンハンサー活性の進化)」で、3月6日号のScienceに掲載された。この研究ではまず、ヒトの脳皮質の構造が大きく変化する発生時期の胎児脳組織で働いているエンハンサーとプロモーターを、結合しているエピジェネティック・マークを指標に特定し、対応する発生段階のマウスとアカゲザルの脳組織での活性と比べている。すなわち、ヒト独特の脳発生様式に関わる遺伝子発現調節を特定しようと試みている。翻訳される遺伝子自体にサルと大きな差が見つからないなら、まず調節領域を調べてるのは当然のことだ。とはいっても、発生段階ごとのヒト胎児組織を入手し、得られた貴重な組織からゲノムワイドのエンハンサー、プロモーター部位のリストを作ることは並大抵のことではない。これまでも紹介したが、エール大学はヒト胎児脳発生の研究が活発に行われているようだ。さて結果だが、エンハンサー、プロモーター各活性がヒトで上昇している部位が各ステージで、1000−5000箇所特定されている。しかも、この調節活性の差を、遺伝子配列の違いとして特定するのは今のところ難しいようだ。このように、DNA配列上の差を特定できない変化が1000以上存在すると、次のステップに進むのはなかなか難しい。この研究も結局はこのリストを作った上で、幾つかのアイデアを提示するだけで終わっている。最初に提案された方法は、ヒトエンハンサーと、サルエンハンサーを標識遺伝子につないでトランスジェニックマウスを作り、マウスの脳でサルとヒトの活性を調べる方法だ。論文では、マウスでは全く活性がないが、ヒトとサルで程度の異なるエンハンサー部位についてトランスジェニックマウスを作成し、ヒトとサルのエンハンサー活性の差をマウスの脳での発現で特定できることを示している。ただ、正直、これを真面目に他の何千箇所もの調節領域で繰り返して意味があるか疑問を感じる。ぜひ諦めず、提案したからには自らがこのまま探索を続けて欲しいと思う。もう一つの方法として提案されているのがネットワーク解析で、ヒトとサルの違いを多くの遺伝子が関わるネットワークの変化として捉える方法の導入だ。実際これまで脳発生について、異なる遺伝子ネットワークモジュールが90種類程度特定されている。この研究では、それぞれのモジュールでネットワークを形成している遺伝子について、今回特定された調節領域の変化をマップして、サルからヒトへの変化に関わるモジュールを探そうと試みている。また、確かに大きな変化が見られたモジュールを幾つか示し、その生物学的意味についても議論している。しかし、ではこのモヂュールからどのようなシナリオが描けるのか明確ではない。チャレンジスピリットに感心しながら、結局ゲノムワイドに様々な状態が記述できるようになり、ビッグデータを使った論文がトップジャーナルを賑わせている。最初の頃は、挑戦をしようとする心意気に賞賛を送るのだが、論文の数が増えていくにつれ、このビッグデータをどうプロセス理解へつながるのか明確でなく、論文のための論文ではないかとフラストレーションがたまる。考えが古いのかもしれないが、このモヤモヤを晴らしてくれる論文を心待ちにしている。

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3月8日:高食塩食の効果もある(3月3日号Cell Metabolism掲載論文)

2015年3月8日
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食塩の取りすぎは高血圧を招き、健康寿命を障害する重要な原因になるとして、減塩政策を呼びかけるWHOに呼応して、世界中で減塩の取り組みが進んでいる。英国などは、食品工業会を巻き込んで、食塩の消費量を1日6gに低下させるキャンペーンを行い、成功を納めているようだ。しかし、だれもが同じ方向を向くときは、少し気持ちが悪いと思ったほうがいいのかもしれない。今日紹介するドイツ・エアランゲン大学からの論文は、高食塩食がマクロファージの抗菌作用を活性化させることを示した研究で、3月3日号のCell Metabolism誌に掲載された。タイトルは「Cutaneous Na storage strengthens the antimicrobial barrier function of the skin and boosts macrophage-driven host defence (皮膚にNaを貯蔵することにより皮膚の抗菌バリアー機能を高め、マクロファージによる防衛機能を高める)」だ。この研究のきっかけは、体内のNa濃度を測定できるMRIを使った検査で、皮膚の感染部位のNa濃度が上昇しているという発見に始まる。本当に感染局所のNaが上昇するのか調べるため、マウス皮膚に感染を起こして実際の濃度を調べてみると、 MRIの結果に一致してNaの上昇が確認できる。この結果から、感染した皮膚ではなんらかのメカニズムで局所的Na濃度が上昇し、これがマクロファージなどを活性化して感染の拡大を防ぐのではないかと仮説を立て、実際に高濃度の食塩がマクロファージを活性化できるか調べている。その結果、マクロファージがLPSやTNAで活性化されるとき、高Naだと、Nos2と呼ばれる分子の産生が増強し、食菌作用が高まることを確認している。詳細は省くが、Naが細胞内のp38/MAPKシグナル分子を経て、NFAT5転写因子に至るシグナル経路を増強することで効果を発揮することをマクロファージで確認している。最後に、食塩の多い食事が原生動物ライシュマニアの感染を抑えるか調べ、感染後そのまま慢性炎症が続く通常の経過が、感染後20日後から炎症が抑えられることを観察している。確かに、傷口からの感染を食塩で防ぐ古来の知恵と会っているし、変に納得する結果だが、高塩食を食べさせると効果があるというのは驚きだ。ただ、普通点滴にはNaは入っているので、病人にわざわざしょっぱい食事を取らすこともないだろう。しかし、他の問題を引き起こす可能性が高い経口摂取の実験より、軟膏か何かで局所の濃度を上げる工夫の方が、皮膚の感染に対してなら安全に思えるのは私だけだろうか。とはいえ、感心するというより、面白い研究をしている人たちがいるものだというのが正直な印象だ。

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3月7日:エボラビールスの侵入経路(2月27日号Science掲載論文)

2015年3月7日
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昨年8月15日、エボラウイルス感染による激烈な症状が、ウイルスVP21分子が、ホスト細胞のSTAT1分子の核移行の阻害することでおこることを示した、Cell Host Microb8月号に掲載された論文を紹介した。この論文を読んで、ウィルスの巧みな戦略にも感心したが、世界中で研究が急速に進んでいることにも驚いた。今日紹介するテキサス大学ガルベストン校からの論文は、ウイルスが細胞に感染する時の侵入経路についての研究だが、全く同じ印象受けた。論文のタイトルは「Two-pore channels control Ebola virus host cell entry and are drug targets for disease treatment (Two-pore channelsがエボラウイルスの細胞へ侵入を調節しており、治療の標的になる)」だ。タイトルにあるtwo-pore channelとは、TCP1,TCP2の膜タンパクにより形成されるカルシウムチャンネルで、NAADPとPIP2により活性化される膜タンパクだが、細胞表面ではなく、細胞内のエンドソームに存在し、カルシウムの細胞質内への移動に関わっている分子だ。このグループがエボラウイルスの感染を防ぐ薬剤をスクリーニングしていた時、その過程で不整脈に利用されているベラパミルや、ミモディピン、ディリテイアゼムなどのカルシウムチャンネル阻害剤がウイルスの侵入を抑制することに気がついた。中でも、植物由来のアルカロイド、テトランドリンが最も高い効果を示した。エボラウイルスが、マクロファージの食作用でエンドソームに取り込まれ、細胞内に侵入するというこれまでの知見を考え合わせ,エンドソームに取り込まれたウイルスが細胞質に侵入する段階で、Two-pore channelが働いているのではと気がついた。後は簡単で、TCP1,TCP2遺伝子をノックアウトしたマウスの細胞をつかって感染実験を行うと、結果は予想通りウイルスはエンドソームに取り込まれたまま細胞質に侵入できない。最後に、マウスに感染できるようにしたエボラウィルスを使ったエボラ発症実験を行うと、テトランドリンは病気発症を強く抑えることが確認できた。これらの結果から、エンドソームに取り込まれたウイルスが、エンドソーム膜と融合して中のウイルスゲノムをホストの細胞質に注入するとき、Two-pore channelの機能が必須で、この機能を抑制する薬剤がウイルス感染を防ぐと結論している。この研究により、ウイルスの感染経路がほぼ明らかになったこと、そして何よりも、高い効果を発揮し、すぐに臨床に使える薬剤が発見できたことは大きいと思う。いずれにせよ、今の医学の実力を感じる研究だった。

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3月6日:先制医療の可能性を探る(3月4日号The Lancet掲載論文)

2015年3月6日
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先制医療は、神戸先端医療財団の井村先生が会頭をされる29回医学会総会のテーマの一つの柱になっている。病気のリスクを探り出して、早期に手を打つことができれば、個人にも社会にもメリットが大きい事まちがいない。ただ問題は、どの程度正確にリスクを判定できるかだ。もともと生活習慣病となると、読んで字のごとくで生活習慣が発病に強く関わっており、リスク判定を待たず、誰もが努力すればいいことだ。ただ、節制が難しいから生活習慣病になる。できれば、危ないと警告でもあるとその気になるかもしれないと思って、遺伝子検査を受けることになる。今日紹介するハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、この問題に取り組む研究だ。タイトルは「Genetic risk, coronary heart disease events, and the clinical benefit of statin therapy: an analysis of primary and secondary prevention trials (冠動脈イベントの遺伝的リスクとスタチンの臨床的有効性:一次及び二次予防試験の解析)」で、3月4日号のThe Lancetに掲載された。この研究では、心筋梗塞や狭心症など冠動脈イベント発症を予防するスタチンの効果を調べる2つの1次予防試験と2つの2次予防試験、及び地域住民のコホート研究の参加者の遺伝子検査を行って、冠動脈イベントに関わると特定されてきた27個のSNPを調べ、リスクを計算して、実際のイベントと遺伝子診断によるリスクとの相関を調べている。タイトルの、一次予防試験とは、特に病気と診断されていない健常人を対象としてスタチンの予防効果を調べる研究をさし、2次予防試験とはすでに冠動脈硬化症と診断がついた群に対するスタチンの予防効果を調べる研究だ。さて結果だが、27種類のSNPを統合した指標を使うと、冠動脈イベントの発症と遺伝子検査によるリスク判定とはかなり相関する。従って、他のバイオマーカーとともに、遺伝子検査も役に立つ。特に面白いのは、すでに動脈硬化症を発症している群でも遺伝子リスクが相関することだ。今後、血中脂質などのバイオマーカーも含めた複雑な相関解析が必要に思う。おそらくこの研究の最も重要な発見は、スタチンが遺伝子リスクの高い人ほどよく効くという点だ。例えば1次予防試験では、遺伝子リスクのない人でのスタチンのイベント抑制効果は30%ほどだが、遺伝子リスクの高い人では50%を超える。既に他の検査から病気が認定されている人たちを対象とした2次予防試験でも遺伝子リスクの高い人ほどスタチンが効く。おそらく、これまでの検査で用いられるバイオマーカーとは異なるリスクを検出できているのかもしれない。病気が発症した後でも、遺伝子診断を行う意味がある場合もあることを認識した。さて、もしこの結果を私が臨床現場で使うとするなら、動脈硬化と診断されても「薬なんか飲めるか」と啖呵をきる患者さんをさらに不安にさせる一撃として使い、生活習慣の改善と、スタチン服用を認めさせる方策として使う。実は、その患者とは、私だ。

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3月5日:ヒト免疫系の発生(2月25日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年3月5日
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母親の体内で進むヒト発生過程を研究することは容易ではない。このためヒト胎児となると、「え?こんなことがまだわかっていなかったのか!」と思うことがよくある。今日紹介するテルアビブ大学からの論文はそんな典型で、ヒト胎児免疫系の発生過程を追跡している。タイトルは「Timely and spatially regulated maturation of B and T cell repertoire during human fetal development (時間空間的に調節されているヒト胎児内で進むB、T細胞のレパートリー成熟)」で、2月25日号のScience Translational Medicineに掲載された。研究では、妊娠3ヶ月から6.5ヶ月までの胎児の血液を採取して、その中の抗体遺伝子(IG)やT細胞受容体(TR)遺伝子の再構成の様子を次世代シークエンサーを使って調べている。もちろん血液といえども、母親の胎内の胎児から採取は不可能だ。この研究では、多胎妊娠の母親が一部の胎児だけを中絶する減数手術を行った時に中絶された胎児の末梢血を採取している。ただ、後期の中絶胎児については、明らかな遺伝的異常が認められたため中絶に至った場合が多く、完全な正常胎児を反映しているかどうかは明らかでない。こうして得られた末梢血からIG,TR遺伝子を調べるのだが、これらの遺伝子が再構成する時にできるゲノムから切り出された環状DNAと、再構成後ゲノムに残っているIG,TR遺伝子の両方を調べている。抗体やTCRは外界に無限に存在する多様な分子を認識するため、ゲノム内に数多く存在する抗原結合部位の遺伝子を再構成により選ぶ。環状DNAはその時ゲノムから切り出された側だ。また再構成時、組み合わせる各遺伝子(V—D—J)の結合部位にさらに小さな配列の挿入や欠損を発生させて、レパートリーを増やす。この過程を地道にヒト胎児で調べたのがこの研究だ。結果だが、一言で言うとこれまで動物でわかっていたことの再確認と言っていい。まず抗体の遺伝子再構成から始まり、その後少ししてTR遺伝子再構成が始まる。また、時間とともに個体中のIG,TR遺伝子の多様性は急速に増加する。実際これ以上詳しく結果を解説しても、退屈なだけだろう。強いて新しいと思う結果を探すとすると、胎児期から免疫グロブリンのクラススイッチが起こっており、多くはないがIgGだけでなく、IgAやIgE遺伝子の発現が見られる。これと並行して、普通抗原に刺激された時だけに進む体細胞突然変異がかなりの程度見られることだ。この結果は、低い確率でランダムに起こる遺伝子変化として済ますこともできるが、おそらく胎児期から抗原に反応してレパートリーを調整している可能性の方が高そうだ。とすると妊娠中期以降は、胎児も抗原に反応することをしっかり頭に入れて、妊娠と向き合う必要があるだろう。結果はこれだけで、わざわざヒト胎児で調べる必要はないと考える人たちもいるだろう。しかし、子供の育成という観点からは、今後も数を増やして、地道なトランスレーショナル研究が行われるべきだと思う。一方筆者にとっては、抗体のレパートリー形成は、臨床を辞めドイツで基礎研究を始めた時(30年前)最初に選んだテーマだったこともあり、今長い時間を経てトランスレーション研究が進んでいるという感慨が深い。

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