2013年10月22日
元の記事については以下のURLを参照して下さい。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20131021-OYT1T00786.htm
糖尿病の合併症で一番問題になるのは血管障害だ。その結果、糖尿病性網膜症になると失明の危険があり、糖尿病性腎症になると、腎不全に陥る。糖尿病予備軍の数を考えると、今後更に日本での透析患者さんが増えるのではと心配だ。今日、読売新聞が紹介したのは、慶応大学内科からの研究で、血中グルコースが上昇する事により、尿に蛋白が漏れでてくるメカニズムを研究している。論文を見ると、責任著者は脇野さんになっている。論文を読んでみると、脇野さん達のグループは、今回研究対象になったSIRT1遺伝子を尿細管で発現させると、急性腎症が軽減される事を報告している。さらにこの分子の機能を追跡する中で、今回の研究につながったようだ。SIRT1とは様々な蛋白の脱アセチル化に関わる分子で、当然多くの分子がその作用を受ける。そのため、この分子が特定の病理変化を来すメカニズムを特定する事は難しい事が多い。そのためか、今回の仕事の量は膨大だ。今回脇田さん達が提案しているシナリオは次の様な物だ。まずSIRT1によって脱アセチル化されるヒストンは、クローディン1と名付けられた細胞間接着に関わる分子の発現を抑制する。実際にはDNA自体のメチル化まで進んでいるので、かなり安定なパターンを形成するようだ。さて、糖尿病性腎症では、SIRT1の発現が低下するため、結果糸球体で血液から尿への物質の出入りを調節している、ポドサイトと呼ばれる細胞のクローディン1と呼ばれる分子の発現が上がる。このクローディン1は普通、細胞間の接着を強める働きがあるが、ポドサイトで発現すると細胞接着を持たない細胞へと変換させる活性があり、この結果分子の出入りの調節が狂い、蛋白尿がでる。また、SIRT1の変化はポドサイトに高血糖が直接働く事で起こるのではなく、まず近位尿細管に作用し、この細胞からのニコチンアミド・モノヌクレチドがポドサイトに働きかけてSIRT1の発現が低下し、蛋白尿と言う症状がでると言う複雑な回路を形成しているようだ。結果が複雑なだけ、仕事も大変だったろうと推察する。論文にも書いてあるが、今回提案されているシナリオは、高血糖から蛋白尿に至る因果関係で、腎臓機能とはあまり関係がなさそうだ。実際、SIRT1の発現と、他の腎機能との関係を見るとほとんど相関はない。ただ、これはあくまでも尿細管でのSIRT1との相関で、もし血糖の上昇が他の細胞でもSIRT1を誘導するとすると、更に面白い話になるかもしれない。
記事については、この複雑な回路に存在するキーになる細胞や分子を全て網羅し、苦労の跡が理解される。ただ、SIRT1の機能の紹介については、この論文で明らかにヒストン脱メチル化に焦点が当たっている事を考えると、多くの人が敬遠するエピジェネティックスの話にしても面白かった気がする。事実、食事やアルコールがエピジェネティックスの就職因子として重要である事など、生活習慣とエピジェネティックスは注目の領域だ。是非難しい課題にも今後はチャレンジして欲しい。見出しについては少し大げさな気がする。
2013年10月21日
元の記事については以下のURLを参照して下さい。http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20131019-OYT1T00426.htm
このホームページでもこれまで様々な進化研究を紹介して来たが。報道でも、一般の方の興味をひくのか、医学に次いで紹介される事が多い。今回も、ワシントン支局の中島さんが、10月18日号のサイエンスに掲載された(表紙になっている)、グルジアのDmanisiと言う場所で新しく見つかった化石についての論文を紹介している。論文は、この化石群は、欧州最古の原始人の化石が見つかる場所で、直立原人がアフリカからヨーロッパに入った最初の入り口として最も注目されている場所だ。グルジア国立博物館と、チューリッヒの人類学研究所・博物館の共同研究で、最も新しく見つかった、頭部が完全に保存された化石の観察と、同じ場所で見つかった他の不完全な化石との比較に基づいて、人類の進化を考察した研究だ。特にハイテクが使われている訳でもない。ただ、発見された頭部の化石が完全である事、また、同じ場所から見つかった他の4個の頭蓋化石と比べる事で、ここで発見された原始人の間に、大きな形態学的多様性がある事がわかった点が今回の主な発見だ。実際論文に掲載された写真を見ると、素人の私でも同じ種には見えない。では、この発見がなぜ人類の祖先の研究のために重要なのだろうか?
形態だけから分類する時一番問題になるのが、一つの種内での多様性なのか、あるいは種の多様性なのかを決める事だ。実際、現代の人類全体を見渡しても、大きな多様性が認められる。一方、これまでアフリカで出土した原始人の化石の多様性は、種の多様性と考える傾向が強かった。そのため、初期の原始人には様々な名前がついている。(Habilis, Ergaster, Georgicus, Erectusなどなど)。今回の研究は、同じ場所からの原始人の化石にこれほどの多様性が認められるなら、アフリカで見つかっている化石の多様性も全て種内の多様性と考えたらどうかと言う提案だ(今回発見された完全な頭部化石は、私が見てもサルに近い)。私たちは小学校で北京原人やジャワ原人しか習わなかった世代だが、人類の起源は多くの人の関心事である事を思うと、重要な仕事だ。
さて、記事の方だが、全体としては正確で、短く今回の発見の要点をまとめてあるが、問題もある。まず一番重要な問題は、この仕事をグルジア国立博物館とハーバード大学の共同研究にしている点だ。しかしこの論文の責任著者は、グルジア国立博物館のLordkipanidze博士と、チューリッヒ人類学博物館のZollikofer博士だ。これはオリジナル論文を見れば、明確に書かれており、それを違う組み合わせで記事にするのは報道の大きな間違いと言える。ノーベル賞でもそうだが、誰にクレジットがあるのかは科学界では最も重要な点だ。日本のほとんどのメディアはこの点については、感覚が麻痺しているようで、今回の報道もその例になってしまった。もう一つ指摘したいのは、この論文が新説を提出している訳ではない事だ。ましてや、これまでのドグマを見直すと言うほどの問題ではない。元々、種内の多様性か、種の多様性はこれまでも議論されて来た。そして、様々な可能性がしっかり議論されて来た。今回の研究の意義は、人類の起源を最も単純に考える方が良いと言うデータを示した点だ。どうしてもジャーナリスティックに書きたいのはわかるが、新説という部分を削除しても十分訴える所は多いのではないだろうか。また、見直しなどと見出しを書く場合は、これまでの考えについてある程度まとめるぐらいの事はして欲しい。
ただ、形態だけでは最終的にわからない事も多く、その意味で遺伝子が回収できると研究は進むだろう。しかし、このぐらい古い化石からはそれも困難だろう。とすると、この様な議論はまだまだ続く様な気がする。
2013年10月19日
え?と驚いてしまった。眠りはなぜ必要かについては、長い間議論されているが、はっきりとした答えがないらしい。睡眠を完全に抑制すると、実験動物は死ぬらしいから、眠りは生命に必須の機能だ。さて、今日紹介するのは、Rochester Medical Centerのグループがscience紙に掲載した”Sleep drives metablite clearance from the adult brain (睡眠は大人の脳からの代謝産物の除去を行っている)“という論文だ。睡眠は脳の中の老廃物を脳外へ運び出すのに重要だという極めて単純な結果だ。実験は、くも膜下に留置したカニューレを通して蛍光物質を脳脊髄液に注入し、生きたマウスの脳内でどう拡がるかを2光子共焦点顕微鏡という、生体内での出来事を見ることが出来る顕微鏡で調べた研究だ。どうしてこのような単純な研究が行われていなかったのかは驚きだが、結果は明瞭だ。起きているときは脳脊髄液内での対流は全くないが、寝ると急速に上昇し、老廃物が除去されるという話だ。この対流の上昇は、細胞外領域が睡眠時に拡張することに起因しており、自然睡眠だろうと、麻酔で寝ようと、あるいはアドレナリン受容体抑制で寝ようと、結果はまったく同じで、ともかく寝ることが重要らしい。結論としては、寝ることで、脳内の細胞外領域が広がり、対流が盛んになる結果、老廃物が脳内から除去されるという極めてわかりやすい話だ。本当に、この対流で老廃物が除去されるのか、眠りの程度との関係など、細部については検討を要するだろう。しかし、この解釈が正しいとすると、よく寝ることは重要だ。おそらく、報道する意味のある面白い仕事だ。最近眠りの量が減った私にとっては少し心配になる論文だった。
2013年10月17日
元の記事は以下のURLを参照して下さい。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20131016-OYT1T00576.htm
読売新聞には、外国特派員からの科学記事がよく掲載される。今回の記事は、アメリカの自然史博物館からのカンブリア紀化石の研究を紹介した記事だ。この研究は、モンタナ州のカンブリア紀の地層から得られた蚊の化石の中に血液があるかどうかを調べた研究で、アメリカ科学アカデミー紀要オンライン版で発表された。4600万年前の蚊の化石から赤血球の痕跡を見つける事が出来ると言う結論だ。とは言っても、血液の形が見える訳ではない。鉄などの分子を調べるエネルギー分散型X線分光計と、田中耕一さんが最初に技術の可能性を開拓した、ToF-SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析法)という質量分析法を駆使して、鉄を含むヘモグロビン由来蛋白が存在している事を示している。それが本当に血液から由来するのかを確かめるため、蚊の腹部からのサンプルと、他の場所からのサンプルを比べ、血液が吸収される腹部だけにこのシグナルが検出できる事を示している。はっきり言うとそれだけの仕事だが、進化の研究に、ゲノムだけでなく、あらゆるハイテク機器が利用されている事を知る事が出来る。記事では、ジュラシックパークの事が書いてあったが、琥珀に閉じ込められると100年経たなくともDNAが完全に分解してしまっている事は既にこのホームページで紹介した。
同じ日に、日本経済新聞も、日中米共同で中国の雲南省出土の、カンブリア紀の節足動物の化石についての研究を紹介していた。(http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20131017&ng=DGKDASDG1605E_W3A011C1CR8000 )10月17日号のNatureに掲載された論文だ。最近中国から出土する化石から、続々と新しい事がわかって来ている。どの本で読んだのか忘れたが、中国で見つかる化石は、残った骨と言うより、生きていた時そのままの形がはっきりわかる化石が多く見つかるようだ。今回の仕事も、そのような化石を、新しい技術で解析し、脳の分節化が起こっているかどうか調べた研究だ。ここで使われた新しい技術も、X線分散型分光計による分子分析と、形態を調べるX線断層写真だ。ここで明らかになった形態進化が、現在とどうつながるのかについてはまだ良くわからない。
過去の出来事について実験をする事は不可能だ。従って、残された痕跡を如何に科学的に調べるか以外に研究の方法はない。この目的に、最新の方法を使った挑戦が進んでいる事を実感した。記者の目としても、本当はここに注目して欲しかった気がする。しかし、我が国の状況はどうなのだろう。少し心配している。
2013年10月17日
私は今年の3月まで、文科省の再生医療実現化ハイウェイプロジェクトのプログラムディレクターとして、幹細胞研究の中から臨床応用が可能なプロジェクトを選んで、一刻も早い実用化が可能になる様、支援して来た。今回Stem Cell ReportにCiRAの高橋さん達が発表した研究もその中で支援して来た研究だ。従って、私のコメントは、ある種の身内のコメントとして受け取ってもらっていい。高橋さん達は、自己iPSを使ってドーパミン産生細胞を誘導し、パーキンソン病を細胞移植で根治する事を目指している。ハイウェイでも、このプロジェクトの成否が、iPSの臨床応用が普及するかどうかの鍵になると位置づけていた。というのも、北欧を中心にパーキンソン病への胎児中脳細胞の移植治療が行われ、効果の見られた患者さんが報告されている。成功例の存在は、移植細胞が脳内で生存、機能することを示している。有効でなかった例も多いが、これは細胞の純度の問題とともに、一人の患者さんに何人もの胎児からの細胞が必要なため、炎症や免疫反応が避けられない事によると考えられて来た。その意味では、自己の細胞を使う事が出来るiPSは切り札になり得る。これに対し、脳の中では免疫反応は起こらないし、免疫抑制剤も使えるので、わざわざ自己の細胞は必要ないと言う研究者もいた。そんな中で、困難なサルを使った地道な研究を続けて、パーキンソン病の移植治療に予想される様々な問題を解決して来たのが高橋さん達のグループだ。
今回の研究も極めて単純だ。サルのiPSを樹立し、それから誘導した神経細胞を、同じサル及び他のサルに移植し(自家移植と他家移植)、免疫反応が起こるかどうか見る研究だ。結果は明確で、自分の細胞を移植しても免疫反応はほとんど検出されないが、他のサルに移植すると免疫反応が起こり、その結果移植された細胞の数が減ってしまうと言う結果だ。脳内への細胞移植にも出来る限り移植抗原を適合させておいた方がいいと言う結果だ。当然、自家が一番良い。
何か新しい事がわかった訳ではない。また、ここから新しい技術が生まれると言う訳でもない。しかし、移植を受ける患者さんの立場に立って、最適の治療戦略を確立し、患者さんの持つ懸念を解消する事は、臨床応用の最終段階で最も重要だ。この点から見ると、高橋さんは、1)自己の細胞の方が優れている事、また免疫抑制剤が必要ない事、2)自己細胞でも分化が誘導できておれば危険性のない事を、人間に近いサルのモデルで示した。一度はハイウェイに関わった人間として本当に良かったと思う。何よりも、高橋さんに期待している患者さんにとっても朗報だろう。プレス発表をしなかったのかも知れないが、是非報道して欲しい論文だった。
2013年10月16日
元の記事は以下のURLを参照して下さい。
http://mainichi.jp/select/news/20131015k0000e040045000c.html
これも毎日新聞にはよくある共同通信の記事の転載だ。この研究は、脳の研究としては一般の人にもわかりやすく、脳の発達は一般の関心も高い事を考えると、もう少し背景も含めて報道しても良いのではないかと思う。
この仕事は、金沢大学・河崎さんたちの仕事で、Developmental Cellの最新号に掲載された。河崎さんはアメリカ留学後ずっと、脳の感覚領域が再構成される過程を研究している。特殊な染色をすると、感覚器の体内の位置に対応する脳内の領域を組織学的に目で見ることが可能になる。特にマウスでは、髭の触覚に対応する脳内感覚領域についての研究が進んでおり、実際髭の並びに対応した脳内の区域がはっきりと見える(一本一本の髭に対応したバレルが出来ていると表現する)。このバレルが、外的な刺激に応じて出来るのか、あるいは内的な機構により刺激が無くとも出来るのかがこれまで議論されてきているが、髭のバレルは、今回実験でも示されているように、髭を抜いても形成されることから、外的刺激により形成される訳ではなさそうだ(多分この辺についてはいろいろ異論もあるかもしれない)。今回の仕事では、刺激でないとしたらどうしてバレルが生後に誘導されるのかを研究した。最初の発見は、プロゲステロンを抑制して早産させたマウスでは、バレル形成が早まる現象だ。この現象と関わる可能性のある原因を一つ一つ検討し、河崎さん達は、1)出産自体が必要十分な刺激であること、2)これには出産後すぐに起こるセロトニンの減少が原因になっている、と言う2点を完全に証明した。バレルがどう形成されるかについては更に研究が必要だが、何が引き金になるのかが決まったことは大きい。また、なぜセロトニンが減少するのかについても、ある程度のめどがついている。実際、セロトニンは脳の発達に重要であることが知られており、それがいったん下がることが重要であることを示すこの仕事は意外性があり面白い。この分野は結構競争が激しそうで、Journal of Neuroscienceの10月号にもフランスのグループが、遺伝子改変マウスを用いてセロトニンがバレル形成にどう関わるかを詳しく調べている。しかし、河崎さんの仕事は、生まれるという出来事がセロトニンの減少を通してシグナルを発することを示した点で、重要性が高く、今後も期待したい。
2013年10月15日
今週号のScienceと、オンライン版のScience expressにヨーロッパの石器時代の狩猟民と農耕民との関係を調べた論文が2報出ていた。
今週号の方は Ancient DNA Reveals Key Stages in the Formation of Central European Mitochondrial Genetic Diversity (古代DNAによって中央ヨーロッパのミトコンドリアゲノム多様性形成に関わる重要な段階が明らかになった)で, ザクセンーアンハルト州先史時代博物館が中心の論文だ。掲載を待つオンライン版は2000years of Parallel Societies in Stone Age Central Europe (2000年にわたって石器時代中央ヨーロッパでは異なる社会が併存していた)で、ドイツグーテンベルグ大学が中心の論文だ。
先ず地方の博物館からトップジャーナルに掲載される仕事が行われているのに感心した。調べてはいないが、日本ではどうだろう。特にドイツはネアンデルタール人のための研究所があるぐらいで、人類学に力を入れている。国の歴史を知る意味で、科学的人類学は最も重要な分野だ。
最初の論文では、ザクセンーアンハルト州で様々な時代の人骨を採取し、そのミトコンドリア遺伝子を調べ、その結果を同じ場所で発掘される陶器型のヨーロッパでの分布と比較して中央ヨーロッパの住人がどのように多様化してきたのか、またこの過程に何が重要であったかを調べている。面白いのは、最初農耕の始まりと共に、この地域からいったん狩猟民が消えることだ(6000年から4000年)。ただ、この間も東の民族との交流は盛んだったようだ。その後、北に移った狩猟民のうちの農耕民族化したグループとの交流が始まる(別に農耕化している必要はないかもしれない)。これが3000年ぐらい前までで、これにより、駆逐された狩猟民の遺伝子が中央ヨーロッパに戻ってくる。その後後期新石器時代になると、前ヨーロッパ規模の交流が始まり、更に多様化するという結果だ。この研究で文化の交流や広がりは陶器のタイプで代表させている。
もう一方の論文は少し違った角度から石器時代を調べている。この研究では、やはり中央ドイツに位置する、ブレッターヘーレと呼ばれる、死体を放り込むために使われていた穴から得られるDNAサンプルと、石器時代の人間の食物を、炭素、窒素、硫黄の同位元素を計る事で狩猟民か農耕民かを区別して、農耕民が実際に狩猟民を駆逐したのかどうかを調べている。結論は、2000年にわたって両者が同じ場所で共存していたというものだ。仲良くかどうかはわからないが、しかし共存したという事実は重要だ。このような研究が進むと、人間の道徳や宗教といった高次感情の起源を科学的に解明できる可能性が生まれる。実際2番目の論文では、全ゲノムが可能であったサンプルも報告している。言語も含めて人間とは何かを知るための研究が進む予感がする。しかし、いずれも5000年以上前ぐらいの遺伝子を解析する新しい技術がなければかなわなかった仕事だ。今大きく発展しようとしているこの分野の日本の研究レベルはどうだろう。少し心配だ。
2013年10月15日
元の記事については、http://www.asahi.com/tech_science/articles/TKY201310130097.html 参照
朝日にしては珍しい無記名の記事で、ネットワークから引っかかってきた情報を面白いと、転載したものだろう。ScienceNewsLineにも報告されていた。
もともと、生活習慣を身体的細胞学的なデータと関連させることは困難を伴う。一つは、長期に追跡が必要なこと、また生活習慣を科学的に数値化することが珍しいからだ。今回の論文は、The Lancet Oncology (vol14, 1112)に掲載されたカリフォルニア州立大の仕事で、生活習慣と白血球のテロメアの長さとの相関を調べている。論文を読んでの感想を正直に告白すると、全くいい印象を持てなかった。5年、25人についてテロメアを経時的に調べたことは評価する。ただ、何となく始めに結論ありきの、きわもの論文という印象がある。発表された結果が間違っているわけではないと思う。先ずなぜ対象が、バイオプシーで確定診断がついているものの、がんとしてのリスクの低い前立腺ガンの患者さんである必要があったのか。特に生活習慣との関係なら、明確な病気がない対象を調べるべきではなかったか?また、生活スタイルの介入を受けたグループは、ダイエットから運動に至るまで、あまりに多くの「身体によい」と思えることを続ける事を要求されている。しかし、今回のように相関が見いだせても、ではどの要素が最も効いたのかほとんどわからず、生活スタイルという曖昧な言葉で済まさざるを得ない。最後に、テロメアの長さと、何か機能的なデータ(例えば前立腺ガンの進行)との関連があるのかが全くわからない。そもそも、この研究で見つかったテロメアが長いことが、身体にいいのか悪いのかもわからない。年と共に白血球のテロメアが短くなるというこれまでの仕事だけを根拠にしている。また、白血球と言っても様々だ。どの白血球(リンパ球?幹細胞?)かに決めないでデータをとって意味があるのか。あまりにも多くの問題がありそうだ。わざわざテロメアなど調べないで、生活習慣は寿命にいいとか、ガンの発生を抑制するのかなどをストレートに調べた仕事のほうが評価できる。
記事については、細胞レベルで老化防止と本当に期待させていいのかについては気になったが、他は問題ない。
2013年10月11日
3月、H7N9型鳥インフルエンザのヒトへの感染が発見されて以来、このビールスは中国、日本を始め多くの国で徹底的な研究が行われている。130人の感染者のうち40人が死亡した事を考えると当然の事だ。この報道ウォッチでも以前日本の河岡グループの研究を取り上げた。病気が発生してから半年以内にいくつもの論文がトップジャーナルに掲載されるのは、世界が注目している事と、各国で研究体制の整備が進んでいる現れだろう。
今日紹介するのは、広東省汕頭大学にあるインフルエンザ研究センターからの仕事で、人に感染したH7N9ビールスがどのように進化して来たのかを調べた研究だ。このために、グループは1300を超す鶏、鴨、ガチョウ、ハト、ヤマウズラ、ウズラからサンプルを集めると同時に、生きた鳥を扱うマーケットからも糞や水サンプルを集め、インフルエンザビールスの遺伝子を調べている。幸い、H7型のビールスは実際に病気が発症した温州市と日照市の、鳥市場でしか見つからなかったと言う事で、今の所、地方病でとどまり少し安心できる。勿論安心ばかりもしておられない。どっこいこのビールスは鶏や鴨の中で生きており、除去された訳ではない。幸い、この仕事によりビールスが発生する経路はかなりはっきりして来た。すなわち、H7型のビールスは、主に野生の水鳥の中で維持されている3種類の異なるビールスが混じり合って新しく生まれたビールスで、食用に飼育されている鴨やガチョウにH7N7,H7N9型の2種類のビールスとして保持されている。次に、2種類のH9N2型ビールスを持っている鶏にこのビールスが感染し、混じり合う事で今回ヒトに感染したH7N9ビールスが生まれ、鶏内で維持される。最後に、その鶏内でヒトへの感染性を獲得した変種が人間に感染したと言う一連の過程だ。今回の仕事で、まだヒトには感染していないH7N7という兄弟ビールスが存在する事、及びヒト感染性を獲得する過程に、水鳥のビールスが鶏に感染する最終ステップの重要性が明らかになった。ここからわかるのは、水鳥を扱うマーケットと鶏内のビールスを定期的に検査していけば、新しいビールスについての予測も可能になる事を示している。是非、中国の行政でもこの仕事を真剣に受け止めた対応を進めて欲しいと思った。
最近時間、Ezra VogelのDeng Xiaoping (鄧小平)を読んでいる。その中で印象に残ったのは、彼が失脚から回復を果たす度に、中国の科学研究の近代化を推進する部署で仕事をしたいと望んだ点だ。そして、その結果が今実を結びつつある事を感じさせる研究だった。
2013年10月10日
ノーベル賞ウィークは科学記者の方々も忙しそうで、科学記事はお休みになるようだ。そんな中でも時代は進んでいく。今日紹介したいのは、スクリプス研究所がオンライン版Natureに発表した「A regenerative approach to the treatment of multiple sclerosis (多発性硬化症の再生誘導的治療法)」と言う論文だ (http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12647.html)。日本からも、以前私と同じ研究所にいた北大の近藤さんも加わっている。この研究では、先ずオリゴデンドロサイト(OPC)と呼ばれる、神経軸索にミエリンを巻き付ける細胞の分化を高める分子を探索して、これまでもパーキンソン病に使われてきたベンズトロピンが高い活性を持つ事を突き止めた。マウス細胞を用いた細胞学的研究から、この薬剤の効果はM1/M3ムスカリン受容体を抑制することで起こっていることが示されている。さて、ミエリン形成に関わる細胞の分化が促進できるなら、ミエリンが脱落する病気である多発性硬化症に効き目があるかどうかが次に調べられた。期待通り、マウスの自己免疫性脳炎を協力に抑制する効果があった。以前私たちのホームページで、京大の藤多教授により開発された多発性硬化症フィンゴリモドを紹介したが、この研究ではフィンゴリモドとの併用効果も調べられ、はっきりと相乗効果が確認されている。
これまで多発性硬化症の薬剤は免疫抑制剤がほとんどだった。今回の研究は、ミエリン再生を標的とする新しい薬剤の可能性を示す物で、患者さんにとっては大きな朗報だ。とりわけ、このベンズトロピンが既に臨床で使われていることで、安全性などについてはほぼ臨床治験が終わっているとして扱うことが可能だ。このような薬を、repurposing(目的変更)と呼んでいるが、患者さんにとってはすぐに利用できること、薬剤の価格が低いという大きなメリットがある。すぐに人間についての研究が始まるだろう。
ただ、懸念もある。今回の研究は全てマウスで行われたものだ。実際に、人の細胞でも同じ事が言えるかは未だわからない。しかしiPSを利用してヒトOPCを作ることはそう難しい話ではないので、すぐにわかると期待できる。万が一、この薬剤は人に効かなかったにしても、薬剤による再生治療を抗免疫療法と組み合わせる可能性がはっきりしたことは大きい。今後多発性硬化症にとどまらず、多くの疾患でこの方向の挑戦が始まると期待できる。