2021年12月10日
昨日ピックアップした論文の中に、エクササイズについての面白い論文が2編発表されていたので、今日から2回に分けて紹介することにした。この2編にかかわらず、この頃エクササイズの効果を科学的に調べる論文が増えてきたように思える。様々なテクノロジーがそろってきて、これまで難しいと手がつけられなかった運動の科学が進んでいるのだと思う。我が国でも、東北大学の楠山さんは、なんと妊婦さんの運動が子供に及ぼす効果についての論文を発表している(Cell Metab. 2021 May 4;33(5):939-956.e8.)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は1ヶ月、ランニングホイールで運動させたマウスの血液が、全身の炎症を鎮め、脳細胞の増殖を高める因子を含んでいることを示した研究で12月8日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin(エクササイズ血清はClusterinを介して記憶を促進し、脳炎症を抑える)」だ。
エクササイズは、神経変性疾患の進行を抑え、記憶力を改善することが疫学的に示され、認知症の治療にも取り入れられている。運動はもちろん筋肉を中心とする身体の活動で、脳細胞も使ってはいるが、エクササイズの効果が脳に現れるためには、全身から何らかの因子が脳に指令を送ると考えられ、このような因子を特定し、治療に利用できないか研究が進んでいる。
昨年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループは、エクササイズで誘導され、老化でレベルが低下し、投与することで認知機能が改善するGpld1を発見している。これがトランスレーション可能か、高齢者の一人としては気になるところだが、今日紹介する論文も全く同じ方向の研究になる。
28日間、自由にランニングホイールで遊べる環境で過ごしたマウスの血清は、普通に飼育したマウスの血清と比べ、海馬の神経の増殖を促進し、コンテクスト記憶を高める働きがある。
この血清により脳細胞に起こる遺伝子発現の変化を見ると、炎症抑制に関わる因子が含まれることがわかったので、LPS投与による脳炎症にエクササイズ血清を投与すると、炎症を抑制する効果がある。また、この効果が凝固システムと補体への作用を介して発揮されていることを特定している。
エクササイズにより誘導される血中分子のトップ4を個別に検討する研究から、最終的にタイトルにあるclusterinがこの作用を媒介する一つの要因であることを示している。
結果は以上で、もう一度まとめると、エクササイズは凝固や補体に作用する因子の合成を高めることで、炎症を抑えるが、その中の補体カスケード抑制因子clusterinは脳血管内皮に働いて、脳炎症を鎮めることで、間接的に脳細胞の増殖や活動を高めているということになる。
最初の脳活動への影響を調べた結果は本当に驚くが、後は普通の論文といった印象だったが、一つでも運動効果のメカニズムが解明されることは重要だ。
2021年12月9日
オミクロン株の襲来で、ワクチンにより誘導された抗体や免疫反応が低下することがクローズアップされているが、免疫システムでは当然のことで、いつまでも免疫が続かないよう、一定の免疫反応の後、今度は免疫を抑えるチェックポイント機能が重要になる。ノーベル賞を授与された本庶先生のPD-1もこのような免疫抑制分子の一つだ。
とはいえ、今回のパンデミックのように免疫が持続して欲しいケースは数多い。なかでも、ガンに対する受容体を導入したキラーT細胞、CAR Tは治療に何千万円もかかっており、できるだけ長く持続して欲しい。しかし、この人工的キラー細胞も、抗原の刺激を持続的に受けると活性が低下することが知られている。当然、この低下を抑える方法の開発が続けられている。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、CAR-Tの活性を消耗させる試験管内の実験と、患者さんのデータベースを比べながら、CAR Tの消耗メカニズムを明らかにし、消耗を防ぐ方法のヒントを示した研究で、12月2日Cellオンライン版に掲載された。タイトルは「An NK-like CAR T cell transition in CAR T cell dysfunction (CAR T細胞の機能不全ではNK様細胞への転換が起きる)」だ。
固形ガン治療に向けたCAR Tの開発は、この分野の喫緊の課題になっているが、白血病に対するCAR Tと比べるとT細胞の消耗が激しい。そこで、膵臓ガンの発現するメゾセリンに対して開発されたCARTを試験管内でガンと共培養して消耗させる実験系を構築し、消耗に関わる分子機構の特定を試みている。
簡単にまとめてしまうのが気が引けるぐらい、様々な方法を使って、まさに徹底的に消耗メカニズムを検討しているのだが、結果としては、
消耗度と密接に相関する遺伝子群を特定することが出来る。 これらの遺伝子は、試験管内の系だけでなく、ガン組織に浸潤しているT細胞の遺伝子発現データベースからも確認することができる。 すなわち、CAR Tも、ガン浸潤キラーT細胞も基本は同じで、しかも試験管内の過程は実際の組織内での過程を反映している。 Single cell RNA seqから、CAR T を抗原で刺激し続けると、キラー細胞もある程度維持されるが、それ以外の消耗遺伝子を発現する集団が、少なくとも2種類現れてくる。
通常はこのような比較で終わるのだが、この研究では新たに現れた消耗CAR T細胞がNK細胞のプログラムを高く発現していることに気づき、この点についてさらに追求し、
NK様細胞はCAR Tから分化してくること。 試験管内だけでなく、生体内の実験系でもCAR Tが消耗するとNK受容体を発現すること。 リンパ腫治療でNK受容体陽性のCAR Tが末梢血に観察されると、予後が悪いこと。
などを確認し、消耗プログラムとNKプログラムがオーバーラップしていることを示している。
そして、両方のプログラムに関わるマスター遺伝子として、ID3とSox4を特定し、それぞれの遺伝子をノックアウトすると、CAR T のNK化と消耗を防げることを示している。
徹底的に調べてなんとか臨床へ結びつく結論にたどり着いたという研究だが、ID3やSox4をノックアウトして消耗しないCAR T が実現するには、患者さんのT細胞ではなく、誰にも注射できるCAR Tを用意する必要がある。この方向での実用化研究も進んでいることを考えると、意外と膵臓ガンに対するCAR T実現も早いかもしれない。
しかし、この研究もフィラデルフィアからで、この街はCAR T 研究のメッカになっているようだ。
2021年12月8日
論文を頑張って読んでいても、専門に研究しているわけではないので見落としていることは多い。今日紹介するフランス・グルノーブル大学から発表された、ハンチントン病が発生初期から始まっていることを示す論文を読んで、自分の頭の中でもう一度この病気の病態を考え直す必要があることを思い知った。タイトルは「Developmental defects in Huntington’s disease show that axonal growth and microtubule reorganization require NUMA1(ハンチントン病の発生異常から軸索伸展と微小管再構成にNUMA1が関与することを明らかにした)」で、11月17日Neuronにオンライン掲載された。
繰り返すが、ハンチントン病はハンチンティン遺伝子(HTT)の中に存在するCAGリピートが神経細胞死を誘導して起こる進行性の運動、認知障害だが、発症は脳が完全に形成されてから起こると思っていた。事実、平均的な発症時期は30歳を超してからだ。
しかし、病理的な研究からハンチントン病(HD)患者さんでは、発生時期に形成される外側溝の非対称性が見られ、実際には発生異常も起こっているのではと考えられていたようだ。
この研究は、マウスモデルを用いHDの発生異常を探り、さらにその分子メカニズムを明らかにしようとするチャレンジングな研究で、まずHD病では発生時期の神経軸索伸展が抑制されているという仮説に基づき実験を始めている。
胎児期に片方の皮質神経をラベル、反対側への軸索伸展を計測すると、HDマウスでは明らかに伸びが鈍化している。同じ軸索伸展抑制は、試験管内でも再現できるが、細胞学的にしらべるとこの原因が軸索伸展部位での微小管の束が低下していることと相関することを発見する。すなわち、アクチンではなく微小管再構成の異常がHD遺伝子により誘導されていることを明らかにしている。
この研究のハイライトは、軸索伸展部位に集まる分子の中から、HDで発現が低下して微小管再構成異常に関わるNUMA1を特定したことだ。さらにこの分子は、マイクロRNA,miR-124の支配を受けており、HDでmRNAが低下するとともに、オートファジーによる分子分解過程が高まることでNUMA1タンパク質の発現量が低下していることまで明らかにしている。すなわち、これら2つの過程は創薬ターゲットになる。
最後に、NUMA1発現を低下させることで、HDの発生異常を再現できること、さらにNUMA1を発現させることで、HDマウスの発生異常を改善できることまで示し、この目的にmiR-124抑制する合成RNAを生後注射すること、あるいは微小管安定化抗ガン剤エポチロンを投与することで、HD発生異常を正常化できることまで示している。
以上、
HD発生異常が神経軸索伸展異常であること。 この異常が微小管再構成過程の異常であること。 微小管再構成にNUMA1が関わり、これがHDで低下していること。 そして、様々な方法でNUMA1を正常化、あるいは微小管再構成を安定化させることでHD発生異常を抑えることが出来ること。
と盛りだくさんの結果が集まった、力作だと思う。今後、成人後に発症する過程と、発生異常との関わりを明らかにすることが重要だと思うが、私のHDに対する理解を一新する面白い論文だと思う。
2021年12月7日
私たちが習った発生学では、発生している胚だけが対象になっていたが、現在では遺伝子や細胞は見ても、実際の胚と向き合うことがない研究者も数多くいるはずだ。例えば、私のようにマウスES細胞を用いて研究した場合、マウス胚は容易に手に入るので、胚と細胞を行ったり来たりできるが、ヒトES細胞を用いている研究者は、実際のヒト胚を使うことはないだろう。
しかし細胞や遺伝子だけを扱っていても、研究対象は発生する胚の話で、細胞しか扱わない研究者にとっても、胚発生について深い見識のある研究者から意見を聞くことが大変重要になる。しかし胚発生過程について最新の論文まで熟知し、しかも自分の観察経験を核に知見が整理されている研究者となるとそう多くない。
私自身は京大に移ってから、マウス胚とES細胞を用いて中胚葉から血液血管の発生を研究していたが、まさにこの過程はエピブラストから外胚葉、内胚葉、中胚葉が現れるGastrulationと呼ばれてきた発生では最も重要な段階に対応する。知識のない私は、Gastrulationについて深い見識を持つ、ある意味で発生学の思想家とも言える研究者を探すことになるが、幸いそんな思想家と直接出会い、学ぶことができた。Lewis Wolpert、 Claudio Stern、Patrick Tam、そしてJanet Rossantなどが印象に残る人たちだが、自分が研究している過程を広い視野で見直すという意味では、本当に習うことが多かった。
今日紹介する熊本大学Goujun Sheng、スペインPompeu Farba大学のAlfonso Martinez Arias、そしてバージニア大学のAnn Sutherlandによる論文は、発生過程を熟知した新しい世代の思想家が現れていることを示すレビューで12月3日のScienceに掲載されている。タイトルは「The primitive streak and cellular principles of building an amniote body through gastrulation(原腸陥入による有羊膜類発生過程での原条と細胞の原理)」だ。
この論文ではgastrulation期に鳥や哺乳類に見られるprimitive streakの意味について、多くの論文に基づき一つの考えが示されるレビューだ。そのため、何が結論かを紹介するのはなかなか難しいが、結論を簡単にまとめてしまうと以下のようになるだろう。
鳥類や哺乳類のgastrulationを研究するとき、様々なオーガナイザー分子を発現するノードから伸びるbrachyury分子を発現する原条が形態形成と細胞分化をコオーディネートすると考えることが多いが、原条自体は、増殖を続ける上皮構造から中胚葉、内胚葉が分化を誘導される過程が、胚という限られた体制の中で起こることの表現でしかなく、実際原条なしのgastrulationは他の種では当たり前のことだし、しかも形態的原条形成が見られない試験管内でも、胚と同じスケジュールで細胞分化が起こる。
詳しくは自分で原著を是非読んでほしいが、このレビューを読んで私は、Shengの先生、Claudio Sternが行った、ノードを除去すると原条形成を含む全ての形態形成がストップし、その後新しいノードが形成されるの伴い発生が進行するという論文を思い出した(Development 1996 Oct;122(10):3263-73)。実際、Shengも含めて、ニワトリ胚で原条を眺めていた発生学者は、このレビューと同じ結論を感じていたのだと思う。
ただ、3人の新しい思想家たちは、この感覚を新しい時代に脚色し直して示している点が現代的で素晴らしい。すなわち、多能性幹細胞の開発により可能になった試験管内での胎児発生と、実際の形態発生を統合する研究の重要性を強調するとともに、原条形成をヒトの誕生として、それ以上の培養を禁じる倫理規範について、新しく議論し直す必要性を強調する立て付けで、レビューを書き上げている。
このように、全体をまとめることができる思想家でないと、一般社会とのコミュニケーションは難しい。ES細胞培養がただ役に立つと言うだけでは、相互理解はできないのだ。しかし、彼らは思想家であっても政治家ではない。是非思想家からの問題提起を受け止めて、一般の発生学者にとっても難しいGastrulation過程を理解しながら、倫理規範を考える政治的が現れ、ヒト胚培養について深い議論が進むことを期待したい。
最後に個人的なことになるが、Goujun Shengとは彼が神戸理研のチームリーダーになってから、長く付き合ってきた。当時の神戸理研には、思想家と呼べる研究者が多く在籍していたが、中でもShengの知識レベルは驚異的だった。実際、初期の卵黄嚢での血液発生に関する20世紀初頭の研究論文を探していたとき、Shengが全てコピーを持っていて提供してくれたのを覚えている。今後も日本で活躍してほしい研究者の一人だ。
2021年12月7日
二足歩行が、他の類人猿から分かれた人類がアフリカを出て世界に広がる最も大きなきっかけになったことは間違いない。この意味で、1976年Leakyにより発表の、タンザニアLaetoliで発見された366万年前の二足歩行の足跡についての論文は(論文1)、大きな反響を呼んだ。
論文1
ただ、その後でこの足跡が発見された場所(SiteA)に近いSite Gから、ほぼ完全な、しかも長い距離にわたる足跡が発見されたため(論文2)、歩行が不自然だったSiteAの足跡は、Leaky自身により小熊が二足歩行した結果ではないかと結論づけられ、忘れられていた。
論文2
今日紹介するオハイオ大学からの論文は、熊の足跡として忘れられたSiteAの足跡を再度分析し直した研究で、12月1日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Footprint evidence of early hominin locomotor diversity at Laetoli, Tanzania(タンザニアLaetoliに残る足跡は初期原人の歩行の多様性を示している)」だ。
現金なもので、SiteAの足跡はケアされずに放置されていたようだ。このグループは、同じ足跡をもう一度クリーンアップし、3D写真装置で計測し、現存の様々な動物の足跡、およびSiteGの足跡などとの比較を行っている。
まず、熊の二足歩行、チンパンジーの二足歩行との比較から、例えば爪の後がない頃、かかとが広いこと、などから原人の足跡と結論している。
その後で、足跡自体の計測結果を、ホモサピエンス、チンパンジー、SiteG, SiteSの足跡と比較し、原人と考えて良いが、SiteGやSiteSの足の持ち主、アウストラピテクス・アファレンシスとは異なる原人ではないかと結論している。
一つの実験で決定的に決められない課題については、何度も何度も、しかもプロの頭で繰り返し検討し直すことの重要性を示す論文だった。
今日は午後には、もう一つ発生学の最も重要な課題について考え抜いた熊本大学のShenさんの研究を紹介する予定でいる。
2021年12月6日
果糖の代謝など、小腸上皮は糖吸収に向けた様々なメカニズムを備えている。その一つがグルコシダーゼによる、二単糖から単糖類への分解で、これを抑えることでグルコースの吸収を抑えることが出来る。これに目をつけて、血糖の上昇を防ぎ、インシュリン分泌を抑える薬剤として放線菌から分離されたのがアカルボースで、我が国ではグルコバイとして売られている。
今日紹介するプリンストン大学からの論文は、このアカルボースの作用を不活化する酵素を、口内細菌や腸内細菌の一部が有しており、これがアカルボースの効果を減弱させるとともに、他のバクテリアの増殖にも影響し、アカルボースの副作用として知られている腸症状の原因になっている可能性を示す研究で11月24日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The human microbiome encodes resistance to the antidiabetic drug acarbose(ヒトの細菌叢は抗糖如薬アカルボースの抵抗性を備えている)」だ。
なぜ放線菌が単糖への分解を抑える必要があったかと考えると、周りの細菌を抑えて自分が優位に増殖するためだ。当然放線菌は、自分ではアカルボースの作用を受けない防御機構が出来ており、これがアカルボースを特異的にリン酸化する酵素AcbKだ。
この研究ではまず、同じようなアカルボースリン酸酵素が人間の細菌叢の中に存在するか、ゲノムデータベースを調べ82種類の同じ活性を持ってそうな酵素ファミリーMakを発見する。
Makの一部を生化学的に調べると、ほとんど同じ活性があり、また構造的にアカルボースとの結合を見ると、同じメカニズムでリン酸化していることがわかる。さらに、この酵素を発現したバクテリアはアカルボースに対して耐性を持ち、2単糖から単糖の分解が可能で、この結果アカルボースを投与された患者さんで他の細菌を押しのけて増殖できる確率が高くなる。
当然同じ細菌は、アカルボースを不活化することで、高糖尿病薬としての活性を抑える可能性がある。これを調べるために、アカルボースを投与されたグループを含むコホート研究で調べられている便の細菌叢を調べ、Mak陽性細菌を持つ患者さんでは、Mak陽性細菌が存在しない患者さんと比べHbA1cのレベルが高く、さらに耐糖能も改善しにくいこと確認している。すなわち、Mak陽性細菌がアカルボースの効果を落とす危険があることを示している。
さらに面白いのは、Mak陽性細菌の多くが、いわゆる歯周病菌としてプラーク形成に関わる細菌である点だ。腸内細菌叢と比べても、陽性比率が際立って高い。ということは、歯周プラークを形成する細菌の中に、アカルボースと同じようなグリコシダーゼ阻害分子を形成するものが存在し、それに対する防御のためにプラーク形成菌ではMak耐性獲得に至ったのではないかと着想している。
これを証明するため、口内細菌叢ゲノムデータベースから、アカルボースに相当するグリコシダーゼ阻害分子合成経路を特定し、これらがプラーク内に存在するアクチノマイセスにより合成されていることを発見する。すなわち、歯周プラーク形成能の進化で、多くの菌が Mak遺伝子を獲得することで、アカルボース様分子を合成する菌と協力できるようになり、やっかいなプラーク形成が可能になったと考えられる。
臨床的にも重要だが、細菌叢内での競争と協調を考える意味で重要な研究だと思う。
2021年12月5日
Covid-19に対する様々なワクチンが開発され、またその効果も明らかになってきているが、背景にある科学を調べてみると、結局はその成功は科学的研究力の差であることがよくわかる。
今回のパンデミックでは、脂肪ナノ粒子に封入したmRNAワクチンが最も輝かしい成功を収めたが、これはmRNAの持つアジュバント活性を、修飾した核酸で至適に調節できたこと、利用された脂肪粒子がリンパ節に速やかに移行し、樹状細胞に取り込まれてそこで抗原が合成されたことが大きな要因ではないかと思う。例えばウイルスベクターでは、このような性質を調節することは無理とは言わないまでも、簡単ではないだろう。
一方で、自然免疫系をコントロールし、強い免疫反応を誘導するためのテクノロジーはかなり進んでいる。これを利用して、スパイクなどのタンパク質抗原を用いたワクチンがノババックスのワクチンだと思う。このワクチンの構成を見て欲しいが(https://www.allfunctionalhealth.com/blog/vaccine-update-and-novavax )、スパイクに変異を導入した安定化させた抗原が、サポニンをベースとするケージ様の粒子Matrix-Mにまとめられている。 これは初めて認可されたサポニンベースのワクチンのようだ。
一方、パンデミックが始まったばかりの時期に中国から発表された組み替えタンパク質ワクチンが利用していたのは英国GSKの開発したTLR4を刺激するMPLAと呼ばれるアジュバントだったと記憶している(これは成功しなかったようだが)。
今日紹介するMITからの論文は、ノババックスと同様のサポニンベースのナノケージとGSKが開発した MPLAを合体させたSMNPが、これまでのアジュバントと比べると強い免疫誘導効果があること、そしてそのメカニズムについて調べた研究で12月3日Science Immunologyに掲載された。タイトルは「A particulate saponin/TLR agonist vaccine adjuvant alters lymph flow and modulates adaptive immunity (粒子状サポニン/TLRアゴニストワクチンアジュバントはリンパ流を変化させ獲得免疫を高める)」だ。
結果を箇条書きにすると、
1)自然免疫刺激能力は、MPLAをサポニン粒子に合体させたSMNPが一番高い。
2)さらに、IgG1 抗体産生能も、サポニン粒子だけ、あるいはGSKのMPLA単独より10倍高い誘導能力がある。
3)濾胞T細胞の強い活性化を誘導する。
4)リンパ節に直接SMNPを注射する実験から、このアジュバント構造がマクロファージ数を減少させることで、タンパク抗原がそのままB細胞にアクセスすることを可能にし、早いB細胞反応が起こる。
5)このようにマクロファージ数が低下した状況でもT細胞刺激に必要な抗原処理細胞は必要十分量存在し、SMNPでは強くIL21が誘導されることと合わさって、より強い濾胞T細胞刺激が可能になっている。
6)SMNPを皮下注射すると、マスト細胞を刺激し、おそらく遊離されるヒスタミンなどでリンパ流が上昇し、その結果SMNP ワクチンのほとんどが、所属リンパ組織に取り込まれ、注射部位には残らない。
以上が結果で、特に6番目の結果は驚く。すなわち、皮下注射でもほとんどのワクチンを所属リンパ節に届けることが出来、リンパ節ではマクロファージの数を減らすことで、T細胞に対するペプチド処理は残したまま、抗原特異的B細胞を高率に直接刺激できるという優れものだ。
コロナに限らず、今後様々なワクチンが必要とされるとき、より免疫を自由にコントロールするという意味では、このような技術の開発は重要だ。我が国も新しいワクチン研究に投資をするようだが、投資側も必要な科学を見極めて研究を選ぶ必要がある。今のAMEDにその能力があるのか、お手並み拝見と言うところだ。
2021年12月4日
私が全ての公職を辞したのは2013年で、当時プログラムディレクターを務めていた再生医療実現プロジェクト、特にiPSを臨床に使うという道筋がついたことで、安心してやめる気持ちになれた。有効かどうかは別として、その後黄斑変性を皮切りに、パーキンソン病、心不全、角膜など期待通り臨床応用が実現しているのは、予想以上だったと思っている。
実現化プロジェクトを文科省の石井さんと始めたのは、iPSから分化した細胞を作るという基礎研究と、臨床応用の間には、臨床応用に必要な工夫、安全性、倫理など大きな壁が立ちはだかっており、分化した細胞の純度や機能などの優劣を競うだけの研究、すなわち研究のための研究だけではらちが明かないと考えたからだ。従って、最初選んだ研究者たちには、論文業績は問わないから、臨床研究までのハードルを全てクリアーするために力を注いで欲しいとお願いした。
これらの成功を見ていると、やはり臨床に向けての様々な連携がないと、この分野で高い競争力を維持することが難しいことがわかる。この点から言うと、私がやめる前後はまだいい線をいっていた膵臓β細胞を多能性幹細胞(PSC)から調整する研究は、現在、低迷しているように思う。やめた後、日本IDDMネットワークとのお付き合いが増えて、研究助成申請書も見る機会があるが、はっきり言って細胞移植治療推進という観点からは研究のための研究で終わっているように思う。
そんな折、今日紹介するカナダ、アルバータ大学やブリティッシュコロンビア大学とViaCyte社から発表されたPSC由来細胞を用いた1型糖尿病の治療治験についての2編の論文は、β細胞治療もここまで来たかという感慨が深い論文であるとともに、我が国での研究は、よほどの大発見があるか、あるいは臨床中心に再編しない限り、世界からますます遅れていくという印象を深くした。Cell Stem Cell に発表された論文は2編あるが、ここでは2編目の論文のみ紹介する。タイトルは「Implanted pluripotent stem-cell-derived pancreatic endoderm cells secrete glucose-responsive Cpeptide in patients with type 1 diabetes (移植した多能性幹細胞由来膵臓内胚葉細胞はブドウ糖に反応してCペプチドを一型糖尿病患者さんで分泌する)」だ。
まずこの分野を歴史的に見ておこう。ES細胞から膵臓細胞培養法というと、D’Amourたちの2005年の仕事が際だっており、この仕事を知ったとき、細胞の大量生産とコストを考えながら研究することの重要性を思い知った。この時点で、我が国の研究は大きく遅れをとってしまった。
一刻も早く臨床へと言う彼らの意図がわかるのは、このプロトコルからβ細胞は作れるが、効率とコストを考え、あえてβ細胞にこだわらず、身体の中でβ細胞へ分化したら良いと割り切り、実際の臨床応用には途中段階のPancreatic endoderm(PE)を使うよう方向転換したことだ。
この結果ViaCyteというベンチャー企業がPE細胞をカプセルの中に詰め込んで治験を行い、C-ペプチドの分泌を確認したのが2018年だ。ただ、この方法は完全に移植細胞をホストから守ろうとして、逆に異物反応を誘導しうまくいかなかったようだ(というのも2018年学会発表以降論文が出ていない)。
これに対し、ViaCyteは、完全に細胞を隔離するのではなく、ホスト側の血管も入ってこれるカプセルを開発した。この論文では、このカプセルに2-5億個のPE細胞を詰め込み、この治験では15人に移植している。その後、C-ペプチドの分泌を中心に、様々なパラメータを調べるとともに、最後はカプセルの一部または全部を取り出し、組織学的に検討している。
結果だが、
血管が入ってくるカプセルなので、免疫細胞の浸潤も有り、免疫抑制剤を持続的に使う必要があるが、このカプセル自体の有害事象はほとんどなく、多くの患者さんが、1年以上カプセルを移植されたまま過ごせた。 一番重要なのは、移植前はCペプチド(プロインシュリンからインシュリンが切り出された残り)が存在しない患者さんで、移植後4ヶ月ぐらいから血中のCペプチドが検出されるようになっている点で、ばらつきは多いが、ともかく全例で見られている。すなわち、移植した細胞がβ細胞へ分化して働いた。 完全にインシュリンから離脱できた例は1例だけだが、必要なインシュリン量が2割減ると同時に、低血糖発作は劇的に低下、また低血糖の自覚が明瞭になってきた。 移植した細胞は食事に反応してCペプチドを分泌する。 末梢血での抑制性T細胞の数が増えてきている。 組織学的に、ホストの血管が侵入し、β細胞の分化がカプセル内で起こっている。 ただ、この方法ではβ細胞より、α細胞への分化が強く誘導されるので、今後の改善点になる。
が重要なものだろう。
いずれにせよ、多能性細胞から誘導した膵臓内胚葉移植で論文として現れたのはこれが最初だと思う。最初の論文には、エドモントンプロトコルで有名なアルバータ大学も入っており、21世紀に入って進んできた基礎研究が、材料工学、臨床医などの協力で一つにまとまった成果だと思っている。
私がプログラムディレクターをしていたときからすでに10年がたつが、現在もβ細胞分化プロジェクトに関わる我が国の研究者は、この総合性をいかにして日本で実現するのか具体的な提案をまず示すべきで、個別にこれまでの研究をただ続ければいいという話でないと思う。
2021年12月3日
木曜日から金曜日はNatureとScienceのウェッブサイトがアップデートされるので、今週はどんな話に出会えるかといつも楽しみだ。トップジャーナルにこだわるのはナンセンスとわかっていても、確かに面白いと思える論文に当たる確率は多い。名の通ったワイナリーにも裏切られることも多く、また名もないワイナリーにおいしいワインがあるのはわかっていても、高くても名の通ったワイナリーを買うと、高い確率で満足できるのと同じだろう。もちろん生産者(研究者)も、トップジャーナルなど気にしないよほどの実力者は別として(友人の月田さんがそうだったが)、なんとかトップジャーナルに論文を掲載したいと望んで、研究をしていると思う。かくいう私のラボでも、Natureなどのトップジャーナルにアクセプトされると上等のワインを開けた。
今日紹介するスローンケッタリング・ガンセンターからの論文も、トップジャーナルを読む期待を満足させてくれる論文の例で、1型糖尿病でβ細胞を傷害するキラーT細胞の細胞動態を解明し、自己免疫成立過程理解に新しい可能性を開いた面白い研究で、11月30日Natureにオンライン出版された。タイトルは「An autoimmune stem-like CD8 T cell population drives type 1 diabetes(自己免疫活性を持つ幹細胞様のCD8T細胞集団が1型糖尿病の原因)」だ。
極めて真面目な研究だ。誰もが利用している1型糖尿病モデルマウスNODで糖尿病が発症するまで、自己抗原として知られているIslet specific glucose-6-phosphatase catalytic subunit related protein:IGRP)由来ペプチド反応性のT細胞を、ペプチドとMHCが結合した抗原で染め、病気の進行とともに膵臓支配リンパ節と膵臓に現れる抗原特異的T細胞を丹念に追跡している。
驚くことに、病気が進むと特異的CD8T細胞の数はリンパ節内T細胞の2割にも及ぶようになる。そしてこの抗原特異的T細胞がTCF1と呼ばれるT細胞自己再生に関わる転写因子発現で、TCF-highと-lowに分けられること、リンパ節には両方存在するが、膵臓内にはTCF1-lowしか存在しないことを発見する。
Single cell RNA seqを用いた細胞分化過程の解析から、抗原特異的T細胞分化は、リンパ節のTCF1-highから、TCF1-lowへ、そして膵臓のTCF1-low細胞へと分化することを確認している。
面白いことに、同じ抗原をリステリア菌に発現させ、感染を模した実験系で誘導された抗原特異的T細胞では、同じようなリンパ組織のメモリー細胞を誘導できないことから、この現象は膵臓β細胞に対する自己免疫反応に特徴といえる(この辺の実験はかなりプロフェッショナルを感じさせる)。
Single cell転写解析から、一般的な幹細胞の自己再生に働くWntシグナルがTCF1-hig細胞でも強く効いていることから、血液幹細胞と同じように、TCF1-highから、分化したTCF1-lowへの階層性が確立しており、自己再生能力が分化に応じて低下すると考え、この可能性をそれぞれのポピュレーションの移植実験で調べている。
期待通りと言うべきか、細胞移植により糖尿病を誘導できるのはTCF1-highの幹細胞だけで、分化した細胞では一時的な細胞障害は起こっても長続きしない。さらに、このCD8T幹細胞は、血液幹細胞と同じで、1次ホスト、2次ホストと継代することが可能であることを明らかにしている。
そして、転写解析から幹細胞がリンパ節内で自己再生しつつ分化すると、様々な細胞移動に関わる分子が発現し、膵臓に移行し細胞障害性を発揮することがわかる。
結果は以上で、幹細胞から分化、そして細胞移動、最後に細胞障害と美しいまでのキラーT細胞の階層性に裏付けられて、1型糖尿病が成立していることがよくわかった。
ここまで来ると、なぜリンパ節で自己再生が維持できるのかについて解明して欲しいと思う。これがわかると、幹細胞レベルで自己免疫の成立を抑えることが可能になる。さすがトップジャーナルと思わせる、納得満足の論文だった。今度1型糖尿病ネットワークの人たちと勉強会をするので、是非知らせてあげたい。
2021年12月2日
このHPでも自閉症スペクトラム(ASD)の症状に腸内細菌叢が関与していることを示唆する論文を何回も紹介している。もともとASDでは便通異常や食習慣の違いなどが指摘されていることから、ASDと腸内細菌叢に何らかの相関があってもいいとは思うが、例えば今年3月紹介したベーラー大学から発表された論文は、ASD児の便移植により同じ症状がマウスに移せるという驚くべき結果を報告し、細菌叢の変化自体がASD症状の原因であると結論している(https://aasj.jp/news/watch/15247 )。
こんな論文を見ると、細菌叢が原因かと考えてしまうが、この現象を生み出したあらゆる可能性を検討し直し、結論が正しいか調べ続けることが科学の責務で、特にASD児への便移植治療が行われていることを考えると(https://aasj.jp/news/watch/10036 )、細菌叢の変化が原因か結果か慎重に見極める必要がある。
今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、ASDと細菌叢といった単純な相関ではなく、細菌叢とASDの示す様々な症状データとの相関を突き詰めていくことで、細菌叢がASD症状の原因になっていることを否定した研究で、11月24日号Cellに掲載されている。タイトルは「Autism-related dietary preferences mediate autism-gut microbiome associations(自閉症に関連する食事の好みが自閉症と腸内細菌叢の相関を媒介している)」だ。
ゲノム研究もそうだが、ビッグデータを元に、病気を調べる手法はどうしても結果がばらつく傾向が出る。従って、これまで示されてきたASDと腸内細菌叢との相関は、新しい目で常に再検討していく必要がある。
この研究ではASD99人、その兄弟姉妹51人、そしてASDではない子供について、便の細菌叢を検査するとともに、体重などの身体データ、ゲノムなどのオミックスデータ、様々な行動、生活習慣データを全て集め、細菌叢がASDのどの性質と相関するかについて詳しく検討している。
さらに、細菌叢の検査も、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在するバクテリアの全ゲノム配列を調べるメタゲノム解析を行っている。この論文では、大変なメタゲノム解析データの一部しか利用されていないが(例えば代謝マップなどがわかる)、それでも定量的にもより正確な細菌叢データを用いていると言える。
こうして得られた様々なパラメータ間の相関を比べて、細菌叢とASDとの関わりを追求すると、
細菌叢の構成と相関を示すのは、正常、ASDを問わず、年齢やBMIだけで、ASD診断は全く相関が見られない。 個々の細菌種とASDとの相関を調べると、Romboutsia timonensisといくつかの細菌種がリストされるが、これまで報告されているPrevotella, Firmicutesなどは、全く相関が見られない。 メタゲノムから想定される、細菌叢ゲノムの示す様々な機能との相関も全く存在しない。 ASDでは、食事の多様性が強く見られる。この多様性と並行して、細菌叢の多様性が特定できる。すなわち、ASDの子供の中には、肉をあまり食べない、あるいは食が単調になるなどの性質が見られることが多く、このような習慣で細菌叢の多様性が決まる。従って、ASDと弱く相関する細菌叢も、基本的には食習慣や、便通異常の結果と考えられる。
結果は以上で、ASDを単純なグループとして考えてしまうと、行動や食習慣の違いを見落とし、間違った結論に陥る可能性を示唆している。そして、現在進む便移植治療については、より慎重になるよう促している。
外野としては、どちらが正しいのか混乱するが、多くのパラメーターを同時に検討することの重要性はよくわかった。細菌叢と自閉症、原因と結果についての議論はまだまだ続きそうだ。