1月10日 指紋の型を決める機構(1月6日号 Cell 掲載論文)
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1月10日 指紋の型を決める機構(1月6日号 Cell 掲載論文)

2022年1月10日
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個人の特定に現在利用されるのは、ゲノム、指紋、そして顔認証の3種類が中心だ。今でこそ監視カメラなどの顔認証技術が進んだおかげで、顔認証は法的にも利用されるようになったが、少し前まではゲノムと指紋が主流だった。ゲノムは当然として、なぜ指紋を顔認証に匹敵する個人認証に使えるのか、その成立の仕組みはよく分からなかった。

今日紹介する上海・復旦大学からの論文は、四肢形態形成に関わる遺伝子群が、指紋パターンの形成にも関わることを様々な角度から示した面白い論文で1月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Limb development genes underlie variation in human fingerprint patterns(四肢形成遺伝子が人間の指紋パターンの多様性に関わる)」だ。

個人を特定できる指紋といえども、完全にランダムに形成されるわけではない。この分野の研究者によると人間の指紋は大きく6種類にわけられる(例:https://www.researchgate.net/figure/Major-Fingerprint-Types-Whorl-Arc-Tent-Right-loop-Left-loop-and-Double-Loop_fig1_289246081)。この研究では、それぞれの指紋型を持つ人のゲノム解析を行い、それぞれの型に相関するSNPを探索している。

詳細は省くが、これまで知られていた毛根や汗腺の発生に関わるEDARの様な、皮膚上皮に発現する遺伝子領域だけでなく、四肢の発生に変わる様々な遺伝子領域のSNP(一塩基遺伝子多型)が特定された。これらSNPから想定される遺伝子ネットワークを調べると、SNPと相関している遺伝子の多くは、まさに四肢形成の中心を担う分子として研究されてきた、WntやSHH、さらにはNOTCHシグナルに関わる分子であることがわかった。すなわち、四肢発生過程の延長に指紋形成があり、逆に皮膚発生に関わる過程の分子の関与は少ないことが明らかになった。

このように、SNPリストはできても、指紋形成メカニズムをこのリストからだけで説明するのは難しい。この研究ではまず、両手の中指3本の指紋が良く似ていることに注目し、この共通のパターンと相関するSNPを詳しく解析し、骨髄性白血病の原因遺伝子として知られるEVI1の発現に関わるSNPを特定した後、今度はEVI1自体の指紋形成への関与について、一つのシナリオに到達している。

EVI1は完全欠損すると胎生致死に至る。そこで、Jumbo変異として知られる多肢形成が起こる変異をヘテロに持つマウスの発生を調べると、通常なら連続している指のシワが、断裂することを発見する。また、マウスや人間でEVI1発現を調べると、指紋が形成される前に、指の間質細胞で発現して、細胞の増殖に関わることが明らかになった。すなわち、四肢形成の過程で間質細胞に発現するEVI1の多様性が、間質細胞の分布パターンの多様性を誘導し、このパターンが指紋が維持されるための基盤になることを示している。

指の長さと、指紋のパターンを調べると、渦巻き型と強い相関が見られることから、発生時期の間質細胞の多様性が指紋形成だけでなく、手の形成全体に関わっており、指紋形成もその中の一つの変化として捉えられることを示唆している。

以上が結果で、間質細胞の増殖の仕方のムラによって、指紋の基礎が作られるという話は面白い。ただそれだけでなく、例えばEVI1発現を決めるSNPが指紋と相関することは、指紋から白血病リスクを予測したりする可能性すら示唆しており、さらには手相による占いの根拠にすら発展するかもしれない(?)。

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1月9日 自閉症児に見られる感覚異常の原因を探る:自閉症の科学50(1月5日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年1月9日
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自閉症スペクトラム(ASD)の背景には、神経発生過程のちょっとした違いによる神経ネットワークの変化があることが想定されている。中でも、神経興奮を抑制するGABA作動性の神経活動の異常と、それによる感覚異常がASDに関わる可能性が示唆されている。このHPでも、脳内には到達しないGABAシナプス刺激剤を投与すると、感覚異常が改善され、ASD様症状が抑えられることを明らかにした論文(https://aasj.jp/news/autism-science/11245)や、細菌叢がASDの症状に関わるのもGABA作動性の抑制神経の活動が低下しているためである可能性を示す論文を紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/10310)。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は、Spatial Suppressionと呼ばれる感覚抑制で誘導される脳波記録と、プロトンMRSと呼ばれる脳内のGABA濃度を測定とを組み合わせて、ASDの感覚異常がGABA作動性神経の低下に起因する可能性を示した研究で、1月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「GABA B receptor modulation of viual sensory processing in adults with and without autism spectrum disorder(ASDおよび正常成人の視覚処理はGABA B受容体により変化させられる)」だ。

これまで、ASDの感覚異常の一つとして、Spatial suppuressionの低下が知られていた。これは、画面に現れる対象物(例えば縞模様)をコントラストを変えて提示し、同時に背景の方も視覚認識を邪魔するような模様を様々なコントラストで提示し、対象物を正確に認識できるかどうかを調べるテストだ。典型人での視覚認識では、対象物のコントラストが鈍っても、周りの邪魔するパターンが強くなっても、認識力は低下する。ところが、ASDの人では、このような低下があまり認められないことが知られていた。

この研究では典型人、ASDを3群に分け、1群は何もしない、2群は少ない量のGABAシナプス刺激剤、そして3群に多い量の刺激剤を服用してもらい、spatial suppressionテストを行ったときの脳波を記録、視覚認識が低下するかどうかを調べている。

結果は、刺激剤を投与していない場合、期待通り典型人ではspatial suppression テストで誘導される脳波の変化が強く表れるが、ASDではこの変化が見られない。すなわち、脳の反応としては周りの背景に邪魔されることが少ない。

ところが、GABAを刺激する薬剤を多く投与したグループでは、これが逆転し、ASDでは認識が邪魔されるのに、典型人では影響が少ない。この結果は、GABA刺激の量が、spatial suppression の程度を調節していることを強く示唆しておりASDでも典型人と同じレベルにGABA刺激を高めてやると、視覚の認識異常が正常化することがわかる。逆に、正常人で同じ量のGABA刺激剤を服用すると、spatial suppressionが見られなくなるのは、刺激が過剰になると回路がうまく働かないことを示している。

このようにGABAの量によりspatial suppressionが調節されていることを確認した後、プロトンMRSと呼ばれる技術を用いて、spatial suppression課題を行っているときの、視覚野でのGABA濃度を測定している。結果は完全に期待通りで、spatial suppressionによる脳波の変化と、GABA濃度の間には強い相関が見られる。そして、ASDでは、GABA濃度の上昇が見られない。

以上の結果から、少なくとも視覚については、GABA抑制性神経の活動の低下が感覚異常を誘導し、それが自閉症様症状にも寄与する可能性が示された。薬剤による症状改善も示されていることから、この過程を標的にした治療法の開発も期待できる、重要な貢献だと思う。

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1月8日 自閉症幼児はお母さん言葉への反応が低い:自閉症の科学49 (1月3日 Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2022年1月8日
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まだ言葉を理解できない幼児期にも、子供は様々な形で母親との密接なコミュニケーションを図っている。その中の重要な手段の一つがMothereseと呼ばれる、お母さんが幼児に向かってゆっくり、優しく、心を込めて話しかける言葉だ。これを聞くと、幼児でなくても心が暖かくなるのだが、他人とのコミュニケーションが苦手な自閉症スペクトラム(ASD)の子供では、Mothereseに対する反応も、典型児とは異なっている可能性がある。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は寝ている幼児のMothereseを含む様々な声に対する反応を、機能的MRI(fMRI)に用いて調べ、予想通りMothereseに対する反応が低下していることを明らかにした研究で、1月3日Nature Human Behaviourにオンライン掲載された。タイトルは「Neural responses to affective speechi, including motherese, map onto clinical and social eye tracking profiles in toddlers with ASD(Mothereseを含む気持ちのこもった言葉に対する神経反応は、自閉症幼児のアイトラッキングによる臨床的、社会的反応と対応させられる)」だ。

この研究ではまず、2歳前後の典型児およびASD児が睡眠中に、1)比較的淡々とした話しかけ、2)少し心を込めた話しかけ、そして3)Mothereseを聞かせ、そのときの脳の反応を記録し、それぞれの話しかけ方に対する反応の違い、およびASD児と典型児の反応の違いを比べている。

それぞれの話しかけ方については、前もって成人に聞いてもらって、Mothereseが最も気持ちがこもって聞こえることを確認している。また面白いことに、典型児と成人でそれぞれの言葉を聞いたときのfMRIの反応にも大きな違いはない。Mothereseに私たちが抱く気持ちは一生続くようだ。

次に、ASD児と典型児の反応を比較すると、典型児で見られる左右の言語野の反応が低下している。この結果がこの論文のハイライトになるが、ただ論文ではあまり議論されていない気になるポイントがいくつかあった。まず、典型児でそれぞれの話し方に対する反応の違いを見ると、それほど大きな差はない点だ。例えば語りかけが聞こえる方向への視線の固定など、行動ベースではmothereseに強い興味を示すという点で差があるのに、fMRIの反応自体はそれをあまり反映していない様に思える。一方、ASD児の言語野での反応は典型児と比べると低下しているが、言語野に隣接する左後側頭部に、特にMothereseを聞いたときに強い反応が見られており、ASD児でMothereseに対しては強い反応が見られるのではと興味を惹いた。一方、同じ後部側頭葉でも右側では、Mothereseに対する反応が低下している。今後は是非このあたりをもう少し議論してほしいように思う。

ただ、典型児、ASD児の反応のばらつきは大きい。そこで、他の行動異常と相関させる工夫を行っている。例えば、各児の社会性のスコアをfMRIでの変化とプロットすると、左脳言語野の反応との相関がはっきり見られる。

そこで、similarity network fusionと呼ばれる手法で、脳fMRI反応や行動などをベースに、各児をクラスターに分けると、cluster 1(典型児)からcluster 4(ASD児)まではっきりとわけることができ、話しかけが聞こえる方に視線を固定するテストでは、クラスター4の反応が図抜けて落ちている、すなわち話しかけに対する反応が落ちていることがわかった。また、クラスター4では先に述べたfMRIによる右脳後部側頭葉のmothereseに対する反応がはっきり低下していることも示している。

結果は以上で、脳のmothereseに対する反応という点では、まだ解析は深まっていないように感じた。すなわち、脳の機能と症状の相関の原因を追及することはまだまだ難しい。しかし、言語野の反応や、それに隣接する後部側頭領域の反応では、mothereseに対する反応ははっきりと違っているようなので、2歳児という早い段階での脳を調べる意味で、期待している。

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1月7日 妊娠中の異常を血液中のRNAを用いて予測する検査法の開発(1月5日号 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月7日
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現在、胎児の発達と異常の診断のほとんどは、超音波検査に頼っているのではないだろうか。ただ、子癇としても知られる妊娠高血圧腎症と呼ばれる異常の診断的中率は高くない。この診断率を母親の血液のバイオマーカーを用いて高めるための試みが様々な方法を用いて進められている。

今日紹介する米国企業Mirvieを中心とする国際チームからの論文は、母親の血液に流れている微量な母親および胎児由来のRNAを用いた妊娠の進行状態とともに、妊娠高血圧腎症を高い確率で予測する方法の開発で、1月5日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「RNA profiles reveal signatures of future health and disease in pregnancy(RNAプロファイルにより妊娠中の健康と病気を予測する)」だ。

この研究は、すでに開発されたAIを用いた診断法の検証になる。この分野は全くフォローしていなかったが、AIやcell free RNAなどを用いた診断法開発が流行っている現在、このような論文がNatureに掲載されたのは逆に驚く。この分野はほとんどフォローしていないが、かなり画期的なことなのかもしれない。

検査自体は、母親の末梢血0.2-1mlからRNAを抽出、そこからcDNAライブラリーを作成し、遺伝子配列を決定した上で、その中から妊娠時期と相関する約700種類の遺伝子を選び出し、そのリード数と妊娠時期との相関を機械学習させたモデルを作成している。

このモデルと妊娠時期との相関はほぼパーフェクトで、誤差は2週間以内と、超音波診断による妊娠時期推定と合致する。この高い相関に寄与する遺伝子を調べると、母親側、胎児側双方から放出されるRNAが存在し、例えば母親側のホルモン産生に関わる分子、また胎盤の発達に関わる遺伝子、さらには胎児側の心臓の発達に関わる分子のRNAが、高い相関に寄与していることがわかる。

次に、こうして得られた正常妊娠のモデルから逸脱する例として、妊娠高血圧腎症を発症した例を集めて、正常からの逸脱がRNAライブラリーにも見られるかどうかを調べている。すると、着床に関わるタイトジャンクション分子クローディン7をはじめいくつかの分子の発現が妊娠高血圧腎症患者さんでは上昇し、これらの相関を合わせて診断すると、AUCと呼ばれるスコアで0.83とまあまあの予測精度が得られ、陽性的中率では32%と、これまでの方法と比べ臨床的にはかなり満足いく結果が得られることが明らかになった。

結果は以上で、この結果がどの程度画期的なのか、産科の先生に聞いた方が良さそうだが、発症予測が難しい妊娠高血圧腎症を胎盤発達に関わる分子の残影から予測するというのは説得力がある。検査にかかる費用など、まだまだ解決すべき課題は多いと思うが、期待したい。

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1月6日 染色体リモデリングを標的にする抗がん剤の開発(12月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月6日
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多くのガンで、エンハンサーとプロモーターの相互作用をリモデリングして転写活性を高める仕組み、すなわちスーパーエンハンサー形成によりガンドライバー分子の発現を高める仕組みが働いている。これまで転写因子を標的にした薬剤の開発は、正常細胞の転写にも影響するため難しいとされてきたが、高いエンハンサー活性への依存性が高まっているガンについては十分可能性があると考えられるようになり、アセチル化ヒストン結合因子BRD4の阻害剤の開発などを皮切りに、開発が進んできた。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、転写の本家本元とも言えるSWI/SNF複合体を標的にした薬剤開発の話で、12月22日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Targeting SWI/SNF ATPases in enhancer-addicted prostate cancer(エンハンサー中毒の前立腺ガンでSWI/SNF ATPaseを標的にする)」だ。

多くの分子が集まったSWI/SNF複合体(SSC)はATP 依存的にクロマチンをオープンに保って、転写因子が遺伝子にアクセスできるようにする重要な機構で、当然この複合体が形成できないと、染色体は閉じて、スーパーエンハンサーは崩壊する。この可能性を狙って、SSCの中のATPase(SMARCA2,SMARCA4など)を抑制する阻害剤の開発が行われている。この研究では、ATPase活性を標的にするのではなく、ATPaseのブロモドメインに結合して、そこにVHLプロテアーゼをリクルートして、ATPase分子そのものを分解する薬剤AU-15330を開発している。タンパク分解により転写因子を壊す薬剤として、骨髄腫治療に用いられるサリドマイド、レナリドマイドがあるが、AU-15330も同じ原理だ。

当然二つの分子に結合できる複雑な化合物で、薬剤として使うのは難しそうに見えるが、エンハンサー依存性が高い腫瘍の多く、特にアンドロゲン依存性の前立腺ガンの増殖を抑えることが分かった。

あとは、

  1. AU-15330処理により速やかに3万以上の場所でクロマチンが閉じる。
  2. その結果前立腺ガン増殖に必要なアンドロゲン受容体や、FOXA1の標的遺伝子への結合が抑制される。
  3. スーパーエンハンサー形成が抑えられ、エンハンサーとプロモーターの結合が消失する。

など、期待通りの効果が得られる一方、ガン増殖を抑制する濃度では、正常細胞にはほとんど影響がないことを確認している。

そして最後に、前立腺ガン細胞をマウスに移植する実験系で、AU-15330治療実験を行い、単独ではガン抑制効果は少ないが、アンドロゲン受容体阻害剤と組みあわせると、ガンの増殖をしっかり抑えることを示している。

以上が結果で、多くの場合ガンの増殖を完全に抑制できないこと、また実際には正常のクロマチンにも影響が有ることから、正直臨床に持って行くには、まだまだ高いハードルがあるように思える。しかし、SWI/SNFのような本家本元のクロマチン調節の仕組みが治療標的になったと言うことだけで、大きな前進だと思う。

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1月5日 重症歯周病、フィブリン、NETosis :よく出来た3題噺 (12月24日 Science 掲載論文)

2022年1月5日
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今日は身近な病気の話を紹介する。米国・国立衛生研究所、歯学部門からの論文で、主に実験的だが、重症歯周病のメカニズムを明確にしたよくまとまった話だ。タイトルは「Fibrin is a critical regulator of neutrophil effector function at the oral mucosal barrier(フィブリンは口内粘膜バリアーでの白血球機能の重要な調節因子)」で、12月24日号のScienceに掲載された。

この研究はプラスミノーゲン遺伝子の機能異常は口内炎になるという遺伝疫学解析からスタートしている。プラスミノーゲンは活性化されプラスミンへと転換し、これによりフィブリンを分解する。従って、この遺伝解析結果は、口腔粘膜の炎症がフィブリンの分解と強くリンクしていることを示している。

これを確かめるため、この研究ではプラスミノーゲン遺伝子欠損マウスを調べると、確かに歯槽骨が吸収され、歯根が露出することを確認する。同じ症状は、活性化出来ないプラスミノーゲン遺伝子を持つマウスでも起こる。

一方、プラスミノーゲン欠損マウスでも、フィブリンが出来ないフィブリノーゲン欠損遺伝子を併せ持っていると、歯槽骨の吸収は見られない。すなわち、フィブリンの沈着が最終的な歯周病の引き金を引いていることが明らかになった。

ではフィブリン沈着がなぜ強い炎症に発展するのか?これを調べるために、フィブリンが沈着した歯周組織に集まってくる細胞の変化を調べると、浸潤細胞のほとんどが好中球で、免疫性の炎症と言うより、細菌感染による細胞浸潤に近い病理過程が起こっていることが分かる。事実、プラスミノーゲン欠損マウスでも無菌マウスでは歯槽骨の吸収がないことは、細菌感染により誘導される好中球浸潤が重要な役割を果たしていることが分かる。

こうして浸潤してきた好中球は、フィブリンと結合するインテグリンを発現しており、例えばインテグリンと結合できない変異を持つフィブリン遺伝子を持つマウスでは、細胞浸潤が強くても歯槽骨吸収は見られない。すなわち、好中球がインテグリンを介してフィブリンと結合することで、好中球が活性化され、炎症が起こる。

実際、試験管内の実験系で、好中球がフィブリンによって特殊な細胞死、NETosisに陥り、DNAを周りに吐き出して炎症サイトが形成されることも示している。

最後に、NETosisにより組織へ放出されるDNAをDNaseIで分解すると、炎症が抑えられること、あるいは好中球のえらスター背が欠損すると、炎症が抑えられることを示している。

以上のことから、凝固線溶系への介入、インテグリン阻害、そしてDNaseIやエラスターゼ阻害剤など、様々な治療可能性が明らかになった面白い論文だと思う。

これらは全てマウスの話だが、人間でもプラスミノーゲン遺伝子顆粒に歯周病リスクSNPが存在しており、重症歯周病については同じと考えていいのではと思う。

最も身近な炎症にも光が当たってきたようだ。

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1月4日 脳は「意味」でまとめられている(2021年11月号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年1月4日
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私たちは瞬間瞬間に膨大な量の情報インプットを感覚から得ているが、言葉があるおかげで、感覚から入ってくる事象をシンボル化して、整理された形で脳の中にしまっておくことが出来る。これは、感覚から直接得られる認識と、シンボル化し意味化した認識が、脳の中で連合できていることを示している。もう少しわかりやすく言うと、目で見たリンゴのイメージと、「リンゴ」という言葉の脳内表象が回路として結合していることを示している。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、脳内の視覚イメージと、視覚イメージに対応する言語表象が、脳の近接した領域で連合していることを示した研究で、11月号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Visual and linguistic semantic representations are aligned at the border of human visual cortex (視覚と言語的意味の表象は人間の視覚野の境界に並んでいる)」だ。

おそらくこれまでの研究で、あるイメージを見たときに興奮する脳内の領域と、それに対応する言語(=意味)により興奮する脳内の領域が近接して存在する可能性が示唆されていたのだと思う。この研究では両者が近接して存在することを明らかにするため、ボランティアにサイレント映画を見せたときに、そこに登場する様々なイメージによって興奮する領域の記録と、同じボランティアが朗読された話のなかに登場する事物を聞いたときに反応する領域の記録を比較し、同じ意味を共有するイメージと言葉に対応して興奮する領域間の関係を調べている。

結果は予想通りで、少なくとも視覚イメージとして提供できるイメージに関して言うと、言葉に反応する意味の領域は、視覚イメージ領域前方に隣接して存在していることを示している。すなわち、イメージとそれに対応する意味は、一定の形式でおそらく神経的結合を形成していることを示している。

もちろん、この局所に形成されたイメージと意味の回路は、脳の他の場所に形成されている記憶の回路とも結合する必要があり、実際には脳の多くの場所とネットワークを形成しているのだが、個々のイメージと、それを言語的にシンボル化した意味の領域が、セットになってすぐに反応し合えるようにまとめられているのには感動する。

おそらく最近、言葉とイメージのリンクがギクシャクしてきた原因は、両者の回路がさび付いてきたからかもしれない。

同じような意味の領域と感覚領域との連合セットは、視覚以外の感覚でも存在するようだが、最初から抽象的な概念には存在しない。今後、そのような場合(例えば表象といった言葉)の言葉がどのように表象され、文明の進歩とともにどう変遷するのかなど、面白い研究へと発展できる可能性がある。

他にも、音楽と意味についても、同じ手法で研究できないだろうか。興味は尽きない。

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1月3日 ガン免疫を高めるにはヨーグルトをやめて、食物繊維を摂取した方がいい:ちょっと衝撃的論文(12月24日号 Science 掲載論文)

2022年1月3日
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アルコールを除いては、身体にいいと思えることは何でもしている方だ。朝は食前のウォーキングは欠かさないし、朝食は果物、ヨーグルト、whole grainと決めている。要するに、プロバイオと、繊維質の多いプレバイオを併用していることになる。

私の生活は、ガンの予防と言うより、代謝の方の改善を念頭に置いているが、「ヨーグルトが免疫を高める」という宣伝文句信じている人を心配にさせる、ちょっと衝撃的な論文がテキサス大学、MDアンダーソンガンセンターから、12月24日号のScienceに発表された。著者の中には、本庶先生とノーベル賞を受賞したAllisonも入っているし実際には世界から38研究機関が参加した大きな研究だ。タイトルは「Dietary fiber and probiotics influence the gut microbiome and melanoma immunotherapy response(食物繊維とプロバイオは腸内細菌叢を変化させメラノーマの免疫治療への反応性を変化させる)」だ。

研究では、ステージ4のメラノーマ患者さんで、PD-1に対するチェックポイント阻害治療(ICB)を受けている人の食生活を調べるとともに、腸内細菌叢を調べて、ICB治療の効果と、食生活や細菌叢との関係を調べている。また、患者さんの便移植を行ったマウスに、乳酸菌ビフィズス菌をベースにした、食品店で販売されているプロバイオ、あるいは食物繊維を摂取させ、ガンに対する抵抗力も調べている。

これまで多くの報告があるように、ICBに反応する人の多くは、Ruminococcaceaeの割合が上昇しているが、細菌叢全体の量や割合は大きく変化していない。

次に、ヨーグルトなどのプロバイオを日常摂取しているかどうかを聞き取りで調べている。このような調査の難しさは、プロバイオを摂取している人は同時に食物繊維など食事にも気をつけている人が多い点だ。そのため、様々な条件をそろえる必要があるが、驚くことに、プロバイオを摂取している方が、ガン免疫が抑えられているという傾向が得られている。

そこで、人の細菌叢を移植したマウスモデルを用いて、ビフィズス菌、あるいは乳酸菌をベースにしたプロバイオをマウスに摂取させ、ガンに対する免疫を調べると、どちらのプロバイオでも、摂取させた方がガン免疫が低下し、ガンの増殖が高まっている。

これに対し、聞き取り調査で食物繊維摂取の多い人では、期待通りICB治療効果が高い。ただ、プロバイオと同じで、食物繊維を多く摂る人は、プロバイオも続けている場合が多い。そこで、食物繊維を多く摂る人をプロバイオ摂取群と、プロバイオ非摂取群に分けて調べると、驚くなかれ食物繊維をとってもプロバイオを摂取していない人は、両方摂取している人と比べると、5年生存率でほぼ2倍の差が見られることが分かった。

他にも、マウスモデルで遺伝子発現や浸潤細胞を調べているが、全て割愛する。

要するにプロバイオはガン免疫を抑えるという衝撃の結果が示されている。

まだまだ統計的に問題があるとか様々な問題を指摘することは出来る。しかし、本当だとすると、少なくともガンのチェックポイント治療を受けている人は、ヨーグルトなどプロバイオは摂取しない方が良いという結論になる。是非プロバイオを提供するメーカーは、出来れば同じような調査を徹底的に行って、この結果が正しいか検証して欲しいと思う。

一方私自身はこのままプロバイオを含めた食生活は続けるが、もし現時点でICB治療を受けるとすると、プロバイオは中止して、食物繊維中心の食事に変える。

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1月2日 モルフォーゲン勾配 (12月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月2日
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モルフォーゲン勾配は発生学の中でも重要な概念の一つで、一つの分子が特定の場所で分泌され、それによって生まれる分子の濃度勾配に応じて細胞へのシグナルが変化し、この結果場所に対応した細胞の分化決定が指示される仕組みだ。多くの動物でその存在が示されてきたが、なんと言ってもショウジョウバエを用いた研究がこの分野をリードしてきたことは間違いない。

この頃ショウジョウバエの論文を読むことが減ったので、今日紹介するジュネーブ大学からの研究が、この分野でどのような位置にあるのか判断できないが、dppと呼ばれる最もポピュラーな分子の濃度勾配の形成が、勾配ができる組織(この研究では将来羽になるイマジナルディスク)の大きさに応じてどう行われるのかを示した、私にとっては新鮮な研究で、12月22日Natureにオンライン掲載されている。タイトルは「Morphogen gradient scaling by recycling of intracellular Dpp(細胞内のDppをリサイクルすることでモルフォーゲン勾配の大きさが決められる)」だ。

モルフォーゲン勾配は、分子が分泌される場所が限定されれば、自然に発生すると考えてきた。しかしこの研究の対象になっているdppでは、dpp受容体と結合したあと、もう一度細胞外へ運ばれ、新しい細胞に利用される、すなわちリサイクルの可能性が指摘されていた。

この研究の目的は、様々な蛍光標識を結合させたdppを細胞に発現させ、dpp勾配を測定することで、一度細胞に取り込まれ、その後リサイクルされたdppがどの程度勾配形成に関わるかを明らかにすることだ。

シュミレーションも含めて様々な計測が行われているが、最初に細胞外のdppを全て洗い流した後、細胞内からリサイクルされたdppを追いかける方法で、リサイクルされたdppが細胞外のスペースに沿って濃度勾配を形成することを明らかにしている。

この結果が、この研究のハイライトだが、もちろんこれだけではリサイクルされた分子がどの程度勾配形成に関わるか決定することは難しい。そこで、拡散、受容体との離合、リサイクルの効率、細胞内での分解など、様々なパラメーターを調べ、分泌起点から異なる距離の地点で、リサイクリングがどの程度勾配維持に寄与しているのかを計算している。

結果は、勾配自体へのリサイクリングの寄与率は、起点から離れた場所では90%を超えており、長い距離にわたる勾配を維持するためには、高いレベルのリサイクリングが必要であることが分かる。一方、短い距離の勾配では、リサイクルされたdppの寄与は50%程度にとどまっている。

以上、結論的にはリサイクルされたdppが、特に長い距離の勾配形成には重要であることが明らかにされた。ただこの過程で、dppの受容体Tkvがリサイクルには関わらないことをTkv変異体を用いて実験で明らかにしており、リサイクルのために特別なメカニズムがあることも示されている。

他にも、Pentagone/Dallyのように、細胞膜外に形成されるマトリックスもこの勾配形成に関わっていることも知られており、イマジナルディスクという小さな分子勾配に、極めて複雑な分子間相互作用が存在していることが分かる。

モルフォーゲン勾配は決して懐かしい話ではない。

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1月1日 Covid-19重症化を理解し治療するための研究が今も続けられている(12月22日 Cell に掲載が採択されたばかりのプレプリント)

2022年1月1日
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元旦にCovid-19をキーワードにPubMedを検索すると、213337編の論文がヒットする。1年に10万編ペースは今も維持されているようだ。とはいえ、ウイルスにしても、病気の進行にしても、最初の1年に発表された論文から受けた興奮と比べると、驚きは減ってきた。

そんな中で最近発表された、年初にふさわしいCovid-19関連の論文を探していると、今、最も関心を集めているオミクロン株ではなく、重症化の要因を探索した、ドイツ・ベルリンにあるシャリテ大学病院からの論文が目を引いた。

統一前のドイツに留学し、東西ドイツが統一されたあと、シャリテをはじめとする東ベルリンの研究所が新しく生まれ変わり、世界レベルの研究を発表するようになる発展を、メルケル首相と重ね合わせて見てきた私の個人的なバイアスもあるだろうが、今も結局分かっていない重症化の問題に、新しい切り口を発見しているのに感心した。

タイトルは「Complement activation induces excessive T cell cytotoxicity in severe COVID-19(補体の活性化が重症のcovid-19でのT細胞の過剰な細胞障害性を誘導する)」で、12月22日Cellに採択決定されたばかりのフレッシュな論文だ。

Covid-19の病態を理解するための一つの鍵が補体の活性化であることはすでに何度も報告されている。またこの結果に基づき、補体を標的にする治験が進んでおり、重症化を抑える効果があることも分かってきた。その意味で、今後新たな変異株が出てきても、抗ウイルス治療薬で重症化を防ぎ、この前線が突破されたときには、サイトカインストーム抑制だけではなく、よりメカニズムに即した治療も可能になると期待できる。

しかし、補体活性化が最終的に重症肺障害や、全身血管炎、さらには長期に続く後遺症に至るメカニズムは分かっていない。

この研究では、Covid-19の中等症、重症それぞれの患者さんと、インフルエンザや肝炎患者さんの末梢血が発現している分子を、CyToFと呼ばれる同時に何種類もの分子の発現を単一細胞レベルで調べることが出来る機械を用いて詳しく比べている。

膨大な結果なので詳細は全て割愛してまとめると、CD16と呼ばれるFc受容体を発現したT細胞がCovid-19だけで上昇し、インフルエンザや肝炎では変化しないことを発見する。そして同じサンプルを、今度はsingle cell RNAseqを用いて遺伝子発現を調べると、CD16を発現している細胞が細胞障害に関わる様々な分子を発現していることを発見する。2年間、よってたかって調べてもまだまだ新しいことが分かる重要な例だと思う。

このCD16陽性T細胞は、

  1. ウイルス抗原刺激で活性化されるとともに、体内での補体活性が高まると、C3a等により活性化され、キラー活性を持った細胞へと分化する。
  2. Fc受容体を介してウイルス/抗体・免疫複合体によっても活性化され、細胞障害性を発揮し、肺上皮細胞や血管内皮細胞を傷害すること。
  3. CD16陽性T細胞の上昇は、重症化例ほど著明で、また老化によっても上昇して、重症化の基盤を作ること。
  4. 肺炎局所への浸潤が強いこと。
  5. 快復後も長期に体内で維持されること。

などを明らかにしている。実際には他のマーカーもセットで、いくつかの細胞集団を特定しているのだが、わかりやすいように全てを省略した。要するに、補体による活性化、ウイルス抗原による活性化、さらにはウイルス分子と抗体の免疫複合体による活性化など、様々な要因を結びつけ、さらに後遺症問題にまで広げた疾患理解の可能性を提案している。

まだそのまま受け入れるというわけには行かないが、それでも重要な可能性が提案された。是非メカニズム研究として発展して欲しいと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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