10月31日 ネズミの脳を少しでも人間に近づける実験(10月27日 Nature オンライン掲載論文)
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10月31日 ネズミの脳を少しでも人間に近づける実験(10月27日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月31日
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遺伝子の系統樹で見ると、ネズミは犬や猫などより遙かに人間やサルに近い。すなわち我々と同じ仲間と言っていい。最初からこの点を考えてマウスが実験動物として選ばれたとは思わないが、幸いにもマウスを用いた動物実験系が最も整っていることは、動物から人間への進化を、実験的に検証するためにも素晴らしい選択だったと思う。

今日紹介するニューヨーク・コロンビア大学からの論文は、人類特異的な遺伝子変化をマウス脳に導入したときに起こる変化を調べた研究で、人間脳の特性理解のための研究方向を代表している論文の一つと言える。タイトルは「A human-specific modifier of cortical connectivity and circuit function(皮質神経結合性を変化させ回路機能を変える人間特異的分子)」だ。

進化では小さな遺伝子変化の積み重ねも起こるが、新しい性質が生まれやすいのは、既存の遺伝子の数が増える遺伝子重複が起こったときではないかと考えられている。従って、脳進化を実験的に調べたいと考える研究者は、まず人類特異的に見られる重複遺伝子を特定し、新しく生まれた遺伝子を動物に導入したとき生まれる新しい機能を探している。

このHPでも、人類特異的に遺伝子重複で生まれたARHGAP11B遺伝子をマウスに導入すると、シワのないマウス脳にシワができるという論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3151)。

今日紹介する研究が注目しているのは、SRGAP2Cと呼ばれるGAP遺伝子で、これまでの研究では、脳に発現させると、重複の親遺伝子に当たるSRGAP2A遺伝子の機能を抑えることが知られていた。さらにマウス錐体神経にSRGAP2Cを導入する実験もすでに行われており、錐体神経へのシナプス結合が増加することが明らかにされていた。実際、マウスと人間の皮質錐体神経を比べると、人間の方がシナプス結合数は多い。

ただ、全ての錐体神経が人間特異的遺伝子を発現してしまうと、それぞれの神経に起こった変化を捉えにくい。そこでこの研究では、発生時期に少ない錐体細胞だけでSRGAP2C遺伝子がオンになる工夫を凝らした実験系を作成し、成長してからSRGAP2C発現神経に見られる変化を詳細に調べることに成功した。

面白い結果だ。まず、感覚野の錐体神経にSRGAP2Cを発現させても、この神経とシナプス結合する領域は全く変化しないが、結合する神経数は増加し、またシナプス形成を反映する場所でスパインの数も増加する。もちろん長距離神経結合も増加するが、特に目立つのが局所介在神経とのシナプス結合の増加で、解剖学的にも微細な調整が可能な構造ができ上がっている。

この可能性を、ヒゲを刺激したとき感覚野のSRGAP2C発現細胞で見られる興奮を、カルシウムイメージングを用いて調べている。結果は感覚刺激に対して、反応が高まるだけでなく、刺激時と非刺激時の差が明瞭になり、また刺激への反応時間も高まる。すなわち、感覚の特異性と感受性が高まっていることがわかる。

この神経細胞レベルの変化が、行動レベルにどう反映しているかを調べる目的で、マウスのヒゲにザラザラとした表面で刺激を加えたとき、この繊細なテクスチャーの差を感させる課題を設定し、SRGAP2Cを発現したマウスと通常マウスを比べている。この課題は簡単ではなく、何度も繰り返しながら学習するのだが、SRGAP2Cを発現したマウスは、学習が早いことが示された。

結果は以上で、人類特異的遺伝子SRGAP2Cを発現することで、微細な感覚を身につけることができたというのが結論だ。さて、今後どこまでマウスの脳機能を人間に近づけられるのか、ますます楽しみになってきた。

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10月30日 グリコーゲンの相分離が発ガンを促す(10月28日号 Cell 掲載論文)

2021年10月30日
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昨日紹介したNRLP6の相分離は、これまでの研究から考えてさもありなんと思ったが、今日紹介する中国・厦門大学からの論文は、グリコーゲンが蓄積して相分離を起こし、ガン増殖を促進するという研究で10月28日号のCellに掲載された。タイトルは「Glycogen accumulation and phase separation drives liver tumor initiation(グリコーゲンの蓄積と相分離は肝臓ガンの発ガンを誘導する)」だ。

このグループは相分離と言うより、肝臓ガンの発生とグリコーゲンの関係を研究していたのだと思う。グリコーゲンはブドウ糖を蓄積するために我々が持っている重要な手段で、解糖系で使わずに余ったグルコースをグリコーゲンに変換し、肝臓や筋肉に蓄積する。グルコースの供給が絶たれると、この経路からG6Pや最終的にはグルコースまで合成して、エネルギーバランスを保つ。

ガンと糖代謝は現在重要なテーマになっており、研究方向は納得できる。この研究ではまずヒトの初期肝臓ガンを調べ、グリコーゲンが腫瘍と一致して蓄積していることを明らかにしている。

次に、より詳しい分子解析を進めるため、マウスの発ガンを用いてグリコーゲン蓄積の影響を調べている。まず、発ガン剤投与によりグリコーゲンを分解してグルコースへと変化させるG6pc酵素の低下が起こり、次にグリコーゲンの蓄積が始まり、その結果肝臓ガンのドライバーとして知られているHippo/Yapシグナル系の変化(詳細は省くが、Hippoシグナル低下、Yap/TAZ転写活性の恒常的上昇)が見られ、これが発ガンを原因になっていることを突き止める。

では、なぜグリコーゲンの蓄積によりHippoシグナルが低下するのかを調べる過程で、肝臓内でグリコーゲンが蓄積すると、相分離を起こして相分離液滴が形成され、なんとそこにHippo(MST1/MST2)が隔離されてしまう結果、Hippoにより抑えられていたYapの活性が高いまま持続することが明らかになった。

次の問題は、なぜMst1/Mst2がグリコーゲン相分離体に隔離されるかだが、Laforinと呼ばれるグリコーゲン脱リン酸化酵素が、相分離したグリコーゲンとHippoをつないでいることを発見する。実際、Laforinを肝臓細胞でノックアウトすると、Hippoはグリコーゲン相分離体に取り込まれず、Yap/Tazの活性を抑えることができる。

後は、G6pcを肝臓からノックアウトして、グリコーゲンをたまりやすくして、肝臓ガンの発ガン過程が高まることなども示しているが、割愛する。

相分離研究という点では、「グリコーゲンよおまえもか」で終わるが、LaforinからYap/Taz活性化までのプロセス解析は、なかなかのグランドストーリーだと感心する。この結果、新しいガン抑制経路が開発できるのではと期待する。

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10月29日 自然免疫と相分離(11月11日号 Cell 掲載論文)

2021年10月29日
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これまで何度も相分離の論文を紹介し、さらにYoutubeでの解説も行ってきたが、無数の分子の漂う細胞内で、特定の分子を集合させることで、特異的で効率の良い信号を発生できる素晴らしい物理法則だ。これまでの研究を見ていると、特異的高効率のタンパク質反応が起こる状況では、一度は相分離の可能性を疑った方がいいとすら言える。

そんな例が自然免疫で、様々な刺激に反応してNLRP分子がインフラマゾームと呼ばれる大きなコンプレックスがシグナル発生の中心になる。実際、これまで免疫シグナルに関わるいくつかの分子が相分離を起こすことが示されてきたが、インフラマゾームの主体NLRPについてはその証拠は見つかっていなかった。

今日紹介する中国科学技術大学とハーバード大学からの共同論文はNLRPの一つNLRP6が二重鎖RNAによる相分離により顆粒シグナル伝達の核を形成することを示した研究で11月11日号のCellに掲載された。タイトルは「Phase separation drives RNA virus-induced activation of the NLRP6 inflammasome(相分離がRNA ウイルスによるNLRP6インフラマゾームの活性化に関わる)」だ。

NLRP6は直接ウイルスなどのRNAと結合して活性化されることが知られているが、この研究ではNLRP6に結合するRNAの性状について詳しく検討し、NLRP6単独で二重鎖RNA(dRNA)に結合し、RNAの長さが長いほど結合活性が高いことを確認している。

その上で、蛍光標識したNLRP6にdRNAを加える実験から、NLRPがLRRドメインを介して相分離し、さらに相分離の形成にNLRP内に存在する天然変性タンパク質領域(IDR)が必須であることを明らかにする。

試験管内で相分離を確認した後は、細胞内や生体での機能の検討へ進んでいる。期待通り、蛍光標識したNLRP6を発現する細胞株に、二重鎖RNAを導入すると相分離した小さな液滴が形成される。そして、この形成にはIDRが必須であることも示している。

生体内での機能に関しては、相分離がモニターできるマウスを作成し、マウスのコロナウイルスを感染させたときにRNAとNLRP6が凝縮した液滴が形成され、またこの液滴が形成できない変異型NLRP6では、インフラマゾームに依存したウイルス抵抗性が強く抑制されることを示している。また、元々NLRP6の発現が高い小腸上皮でも、ロタウイルス感染によりNLRP6の相分離が誘導され、抵抗性に関わること、また時によって相分離体を通してNLRP9も巻き込み、高いウイルス検知を実現することまで示している。

ここまでは、相分離の新しい例が付け加わっただけだが、最後の実験は面白い。インフラマゾームは複合体を形成した後、様々な分子と反応して顆粒のシグナルを伝達する。当然これらの分子は、NLRP6の相分離体の中に引き込まれて活性化されると考えられる。

この研究では、NLRP6の下流シグナル分子としてASCとDHX15を取り上げている。ASCはカスパーゼ活性化を介してIL1やIL18誘導に関わり、DHX15はインターフェロン誘導に関わることが知られている。この研究では、それぞれの分子がNLRP6相分離体内に濃縮されているだけでなく、相互作用する分子により、相分離体の物理性質が変化することを示している。特に、ASCと相互作用することで、相分離体の流動性が低下し、より硬直した、あるいは安定な構造が形成されることを示し、NLRP6相分離体が多様な状態をとることで、それぞれのシグナルのファインチューニングが行われていることを示している。

相分離の広がりを感じさせる面白い論文だが、明日も同じ号のCellに掲載された、また新しい相分離の側面をのぞける論文を紹介することにする。

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10月28日 新しい脳内GPS研究(10月20日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月28日
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オキーフとモザー夫妻がノーベル賞を受賞し、外界に存在する現実の場所やグリッドに対応して脳内に地図が形成される過程が、脳内GPS として話題になったのは、2014年のことだ。一般の人はほとんど覚えておられないと思うが、この分野の研究は現在も盛んで、分野外の人間にもわかりやすく、面白い論文が多い。

ただ、外界の場所に対応する細胞は、サルや人間ではなかなか特定できず、場所を記憶するときのインプットの違いが、場所細胞が鮮明に現れるかどうかを決めるのではと考えられていた。

今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、視覚情報が完全にバーチャルリアリティ(VR)でコントロールされた条件で、顔の向きと動いた距離とだけで、目に見えないゴールを探す、一種水迷路と呼ばれる課題に近い課題を設定し、課題を繰り返すうちにゴール達成時間が短くなる学習過程での海馬の神経活動を調べた研究で10月20日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Linking hippocampal multiplexed tuning, Hebbian plasticity and navigation(海馬の複合的調整、ヘッブ可塑性、そしてナビゲーションの関係)」だ。

実際には4メーターほどの空間を視覚的VRで実現し、ラットは回転するボールの上で歩くと、外界がそれに合わせて変化するようになっている。基本的には水迷路課題を、スタート場所を変えて行わせる。水迷路と同じで、課題を繰り返すうちにストレートにゴールに到達するようになる。

このときの400個弱の神経活動を記録して、迷路を移動する時の何に神経が反応しているのかを調べる。詳細を省いて結果をまとめると、次のようになる。

  1. 外界から来る情報に基づく場所に対する反応は強くなく、これまでラットで行われてきた単純な迷路実験とは全く異なる。
  2. 場所に対応する細胞は、迷路のスタートポイントと、ゴール近くに集中している。
  3. 代わりに、歩いた距離、そして目指す方向性にリンクした細胞のクラスターがナビゲーションに大きな役割を果たしている。
  4. これまで、場所の特定は異なる神経細胞で表彰されていると考えていたが、この課題では、驚くことに一つの神経が外界からわかる場所、距離、そして目指す方向性の2つあるいは3つの情報を同時に含んでいる。
  5. 課題を繰り返すうち、確かに一個の細胞の興奮スパイク数も少しは上昇するが、興奮する細胞の増加の方がもっと著しい。

結果は以上で、

場所、距離、向きを総合して最終的に場所記憶が成立する状況がラットを用いて再現できること、それぞれの情報を統合して表象する細胞が存在すること、そして学習により、一つの状況に対応する神経細胞クラスター内の、シナプスの結合性の高まりを基盤とするネットワークされた細胞数が増加することで、熟練していくことが示された。最後のシナプス結合可塑性を通した細胞のリクルートのことが、タイトルにあるヘッブ可塑性になる。

以上、実験がVRになればなるほど、今後は創意に満ちた研究が可能になる例だと思う。例えば、東京から急にパリに飛んだらどうなるのかなど、面白い実験ができそうだ。

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10月27日 仲間を決める神経機構(10月22日 Science 掲載論文)

2021年10月27日
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専門外の人間の想像力をかき立ててくれる神経科学の研究は多いが、個人的印象の強かった論文の一つが2004年カルテックのグループが発表した論文だ。留置電極を設置したてんかん患者さんで個々のニューロン活動の記録を行うと、有名な俳優の名前を聞いたときに反応する単一神経細胞が、その人の写真を見たときも、あるいはその人が変装している写真を見たときも反応する。しかし、他の俳優の写真には反応しないという結果だった(NATURE|Vol 435|23 June 2005)。要するに、一人の人間に対して持つ脳活動の全てが、名前にシンボル化されているように、一つの神経細胞の興奮としてシンボル化されていることを知って、興奮した。

このように、私たちは特に他の人間の行動に気を配り、仲間か、他人か、敵かを常に判断して、行動に生かしている。このときの神経ネットワークを研究しようとしたのが今日紹介するハーバード大学からの論文で、3匹のサルを用いて、自分と仲間、そしてそれ以外を判断している脳回路を調べた研究で、10月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social agent identity cells in the prefrontal cortex of interacting groups of primates(相互に関係するサルの前頭前野に存在する相手の社会的位置を測る細胞)」だ。

この研究のハイライトは、3匹のサルの中に仲間とそれ以外が形成される過程を再現するタスク設計で、おそらく著者もそこに自信があったのだろう、タスクについてこれほどわかりやすく何回も本文で説明が行われた論文にはお目にかかったことがなかった。

この課題では、3頭のサルに2本のバナナを与えるのだが、テーブルを回して分配を決めるのをアクターと呼んでいる。サルは決して利他的ではないので、もちろん自分にバナナが来るようテーブルを回す。その結果、他のどちらかのサルがもう一方のバナナをもらえることになる。

次のラウンドで、このときアクターのおかげでバナナにありついたサルに同じようにテーブルを回させると、バナナをもらったことを覚えていて、以前バナナをくれたサルにバナナが行くようテーブルを回す。

逆に、バナナをもらい損ねたサルに同じ課題を行わせると、もらえなかったことを根に持っていて、最初のアクターにはバナナが行かないようにテーブルを回す。

実際には、これを基本としたタスクを繰り返させているが、バナナをもらう、もらわないの関係から、好きな相手と、嫌いな相手という関係が成立する。

このタスクを行う時、一頭のサルの自己と他の区別区別と言った高次機能に関わる背内側前頭前野に500本あまりの電極を備えたクラスター電極を設置し、自己や相手の行動に反応する神経を調べている。

詳細を省いて結果をまとめると、この領域の神経を、自分がバナナを得たという行為に反応する神経細胞群、自分以外のサルがバナナを得たという事実に反応する神経細胞群、そしてどちらか特定のサルがバナナを得たときに反応する神経群に分かれることを突き止めている。

すなわち、自己と他が区別され、さらに他のサルを過去の結果から、仲間(好きな方)かそうでないかを決める神経があって、その活動に基づいて次の反応が行われていることがわかる。

話はこれだけで、後はこのようにして記録した500神経細胞の興奮から、サルの次の行動が予測できるか調べ、7割以上の確率で次の行動が予想できることを示し、このネットワークモデルの妥当性を確かめている。

そして最後に、サルが好き嫌いに基づいて仲間かどうかを決め、バナナを回す行動時に、電極を通してで前頭前野への電気刺激を加えると、この行動が予測とは反対側にある程度触れることを示している。

神経科学としては少し単純すぎるかなと思うが、タスクは面白く、他にもいろいろ発展できそうな気がする。どうしてもマウスの社会性実験となると単純なタスクになるので、今後サルの研究はますます重要になると思う。

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10月26日 食道ガン発生率の地域差を突然変異で説明できるか?(10月18日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2021年10月26日
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奈良の茶がゆと食道ガンの発生が連動するという話は、食道ガン発生率の地域差に食文化の違いが強く関わっていると考えられてきた。これを認めるとして、次の問題は、この食生活が、直接ガン発生に関わる遺伝子突然変異の発生率を高めるのか、あるいはエピジェネティックな影響を通して関わっているのかだ。

今日紹介する英国サンガー研究所を中心とする国際チームの論文は、この問題を、食道ガン発生率の高い国(我が国も当然入っている)と低い国での食道ガンゲノムプロファイルから調べた研究で10月18日号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Mutational signatures in esophageal squamous cell carcinoma from eight countries with varying incidence(食道ガン発生比率が異なる8カ国の突然変異の特徴)」だ。

この研究ではガンと正常組織の全ゲノム解析ができている食道ガンを各国から集め、突然変異のパターンを調べている。ここでパターンというのは、点突然変異、欠損や重複、といった変異の種類ではなく、点突然変異部位でおこった塩基レベルの変化の出現頻度(例えばCからGへの変化、全部で6種類ある)を指す。もちろん一つのガンには、様々なタイプの変異が混在しており、それぞれのガンについて各変異の出現頻度をプロットすることができる。

これまでの研究で、それぞれのパターンのなかには、変異を誘導する原因との相関がはっきりとついている変異がある。例えばタバコなどのDNA障害性の要因に起因するパターンでは、CからAの変異が最も多く、それにいくつかの変異が集まってみられる。あるいはAPOBECデアミナーゼによる塩基転換によるパターンでは、CからGへの変異を中心に、CからA, CからTが少しずつ集まってみられる。当然、発生に地域差のある食道ガンを詳しく調べることで、これまで知られなかった原因と、変異パターンの相関を発見する可能性もある。

全体で552人のガン突然変異を調べ、それぞれの変異パターンを20種類に分けているが、これまで知られている以上のパターンは発見されていない。

当然、我が国は、中国東アフリカに並んで発生率の高い国だ。一方、英国では発生率が低く、ブラジル、イランと続いている。驚くことに、この変異パターンは、飲酒、タバコ、さらには麻薬なにより変化するが、発生率の地域性とほとんど相関していない。すなわち、文化や生活習慣の違いは、直接ゲノムに作用していないことがわかる。

この研究では、食道ガンでAPOBECによる変異が早い段階から存在することに注目しているが、最終的にこれが多い原因はわからない。基本的には、DNAが一本鎖になっている時間が長いことを示しているが、早い段階でゲノム不安定性が発生した結果、このタイプの変異が増えたと考えている。

一方で、ゲノムとの相関は高い。例えば日本人の食道ガンはほとんどでアルコールでハイドロゲナーゼの変異が見られる。日本人では、この上に飲酒が重なり、食道ガンが発生している。

主な結果は以上で、結局タバコや飲酒を別にすると、茶がゆの例で見られるような食文化の差は、ゲノムに直接作用せず、おそらく粘膜の損傷と修復の繰り返しを誘導したり、エピジェネティックは変化を誘導することで食道ガン発生を後押ししているようだ。

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10月25日 ガン増殖を抑制できる食事療法開発の難しさ(10月20日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月25日
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一般的に腫瘍は代謝的に正常細胞とは大きく異なることから、様々な抗ガン治療とともに、食事療法などでガン細胞の代謝のアキレス腱を狙って増殖を抑えることが可能であることはよくわかっていた。例えば、glycolysisへの依存性はガンのアキレス腱として最もよく知られている。とはいえ、ガンの食事療法は、治療としての煩雑さや、特に抗ガン療法による食欲不振なども重なり、普及は進んでいない。

さらに、ガン=glycolysisといった単純なスキームで食事療法の効果を語るのは、一般の人向けにはわかりやすいが、実際には複雑な代謝ネットワークの中で捉えていく必要がある。

今日紹介するMIT、コッホ研究所からの論文は実験モデルでの食事療法の効果のメカニズムを特定することがいかに難しいかを理解させてくれる研究で、10月20日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Low glycaemic diets alter lipid metabolism to influence tumour growth (低血糖誘導ダイエットは脂肪代謝を介して腫瘍増殖に影響する)」だ。

この研究の出だしは簡単で面白い。遺伝子導入で誘導したマウスの膵臓ガンの増殖に対する食事療法の影響を調べるのだが、このとき、糖質を制限したカロリーダイエット(CR)と、糖質をほとんど抑えて、脂肪で置き換えたケトン食(KD)を比較すると、カロリー制限食では効果が見られるのに、ケトン食では全く効果が見られない現象を説明しようと試みている。

KDでは糖質を強く制限しているため、血中グルコースやインシュリン濃度は低いことから、glycolysisで説明してしまうことはできない。当然、CRとKDの大きな違い、すなわち脂肪代謝に着目することになるが、ほとんどのタイプの血中脂肪がKDでは上昇し、CRでは低下している。

そこで、試験管内でガン細胞を脂肪欠如状態で培養して、細胞の脂肪代謝を調べると、Stearoyl-CoA desaturase (SCD)により脂肪酸を不飽和化する酵素により生成される、mono-unsaturated fatty acid(MUFA)のレベルが高まっていることを発見している。

後は、様々な条件でSCDとMUFAレベルを調べているが、結果は極めてわかりにくく、不飽和脂肪酸の有り無しというより、飽和/不飽和の割合が、CRにより影響されたSCDレベルにより変化することでガンの増殖が抑えられるという結果になる。従って、単純にSCD阻害剤を抗がん剤とともに投与しても効果が見られず、あくまでもカロリー制限食が重要であるという結果だ。

以上、ガンの食事療法の難しさを理解させてくれる論文だが、結論は極めてわかりにくい。代謝とはそれほど複雑だ。

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10月24日 アフリカ象の悲しい進化(退化) (10月20日号 Science 掲載論文)

2021年10月24日
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何回か紹介したように、野生、あるいは野生化した動物の進化を調べる息の長い研究が行われているが、そのためには何代もの研究者が続けて集団を見続けることが必要になる。ただ、蝶々の翅など、昆虫の多様性の進化のように、進化により選択された遺伝子を特定することは簡単ではない。

今日紹介するプリンストン大学の論文は、15年にわたる人間の戦争と、その間に大規模に行われた象牙採取のための密猟という強い選択圧にさらされたモザンビークのアフリカ象で、牙なしの雌象が増えたという現象に着目し、実際にそこで遺伝子レベルの選択が起こったのかどうか調べた研究で、10月20日号Scienceに掲載された。タイトルは「Ivory poaching and the rapid evolution of tusklessness in African elephants(象牙密猟をきっかけにアフリカ象に急速に進化した牙の喪失)」だ。

1977年から1992年にわたって続いた内戦の結果、牙を失ったメス象が急速に増加したことを聞きつけて、これは通常ならなかなか見られない哺乳動物のゲノム進化を見ることができるのではと着想し、研究が始まったと想像する。

まずモザンビーク・ゴロンゴーザ自然公園のゾウの記録と現状を調べると、2000年には牙のないメス象の割合が18.5%から51%に増加している。一方、オスでは牙なしゾウは出現していない。次に、牙なしゾウと子供の形質を比較すると、X染色体での優性遺伝をとる遺伝子変異が強く疑われ、また牙なしゾウから生まれてくるオスゾウの比率が低いことから、おそらく同じ変異は、X染色体が一本しか存在しないオスでは致死的に働くのではと仮説を立て、11頭の牙なし、7頭の正常メスゾウの血液を採取、全ゲノム解析から、この領域の特定を試みている。

基本的には、牙なしゾウが選択されることで、個体間の多様性が著しく変化している領域を持つ多型をリストし、その中から、期待されるメス象特異的な牙の喪失、およびオスでの致死性に関わる遺伝子とリンクする領域を探し、100kbの領域に重なって存在している5種類の多型領域を特定する。

面白いことに、この領域には歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子AMELXとチトクローム合成に関わるHCCS遺伝子が近接して存在しており、実際人間でこの領域が欠損すると、女性ではエナメル質欠損をはじめとする顔の形成異常が発生し、一方男性では致死的であることがわかっている。まさにドンピシャの遺伝子領域に当たった。

これとは別の3種類の多型領域とそこに存在する遺伝子を特定しているが、これについてはほかの動物での変異の記載がなく、戦争により選択されたのかどうかはわからない。

この領域と相互作用する遺伝子についても調べており、この結果Meprinと呼ばれるメタロプロテアーゼ遺伝子を含む領域を特定している。

それぞれの遺伝子の象牙での発現は、meprinが象牙の周囲組織、象牙質、象牙の髄で発現が見られ、一方MELXはエナメル組織、セメント組織で発現が見られることから、両方の遺伝子が今回の選択の対象になったと考えられると結論している。

結果は以上で、元々20%近くのメス象で牙が存在しないこと、また2000年以降牙を持つメス象の割合は急速に回復していることを考えると、牙とオスの致死性に関わるX染色体の領域は、それ以前から何らかの理由で多様性が獲得されており、戦争に伴う密猟の拡大で、牙なしが強く選択されたという話だと思う。幸いにも人間で欠損が認められているドンピシャの領域が発見されたおかげで、起承転結のはっきりした結果にたどり着き、人の心を打つゾウの悲話ができあがった。

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10月23日 抗体でガンに対するキラー細胞を働かせる(10月20日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月23日
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1980年代中盤に繰り広げられたT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニング競争は、免疫学の歴史の中でもその時代を代表する大きなイベントだったが、このときT細胞受容体には、αβ型と、γδ型の2種類あることが明らかになった。その後現在まで、ワクチンであれガン免疫であれ、その主役はαβ型と考えられ、少なくとも私の頭の中でγδ型は、特異免疫と自然免疫が合わさった様な特殊なポピュレーションという以外、ほとんど登場することがなかった。

ただその中のVγ9Vδ2の組み合わせを持つT細胞の割合は、T細胞の1−5%と異常に高く、その後の研究でガン細胞やウイルス感染細胞など、ストレス細胞をチェックして殺す機能があることがわかってくると、体中にあふれるこの細胞をそのままガン細胞に向けられないか、様々な方法が模索された。

今日紹介するフランス・マルセーユにあるバイオベンチャーImCheck Therapeuticsからの論文は、Vγ9Vδ2T細胞が認識する抗原を誘導する抗体を作成し、これを用いた全く新しいガン免疫治療開発研究で10月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of ICT01, a first-in-class, anti-BTN3A antibody for activating Vγ9Vδ2 T cell–mediated antitumor immune response(Vγ9Vδ2T細胞による抗ガン免疫を活性化する、BTN3Aに対する新しい治療用抗体ICT10の開発)」だ。

私も全く知らなかったが、Vγ9Vδ2T細胞が認識するのは、細胞表面上のBTN3A抗原だが、それ自体ではなく細胞内のストレスで蓄積したリン酸化分子と結合して構造が変化した部分を認識する様だ。このことから、リン酸化分子を用いてBTN3Aを活性化して、Vγ9Vδ2T細胞をガンの方に向ける試みが行われてきたが、血中での安定性などでうまくいかなかった様だ。

この研究では、リン酸化分子に結合したのと同じ効果を発揮する、安定な抗体ICT10を開発し、これによりVγ9Vδ2T細胞をガンのキラー細胞として使う可能性を調べている。結果をまとめると以下の様になる。

  1. BTN3Aには3種類のアイソフォームがあるが、どの分子もICT10によりVγ9Vδ2Tキラー細胞と反応し、細胞障害とともに、Vγ9Vδ2T細胞のサイトカイン分泌を誘導する。
  2. ICT10依存性のVγ9Vδ2T細胞の認識は、リン酸化タンパク質の結合には全く依存しない。
  3. 13種類のガン細胞株のうち、12種類がICT10によりVγ9Vδ2T細胞により傷害される。
  4. ガンを移植したマウスに、Vγ9Vδ2T細胞を移植、それだけでは全く何も起こらないが、そこにICT10を注射すると、ガンの増殖を抑えることができる。
  5. サルを用いた安全性試験で、安全性とともに、ICT10はVγ9Vδ2T細胞を活性化し、末梢から組織への移動を促す。
  6. 以上の結果を踏まえて、化学療法を繰り返した6人の様々なガンの患者さんにICT10を投与する実験を行い、基本的にICT10は安全に投与可能で、投与後末梢血のVγ9Vδ2T細胞は急速に減少、代わりに腫瘍組織に浸潤する。

まだ効果が確かめられたわけではないし、マウスの実験でも一回投与では完全にガンを除去できるわけではないので、今後の治験を待つしかないが、これまで紹介してきたガン免疫とは発想がかなり違う点で、面白い。特に、PD1などに対するチェックポイント治療と組み合わせることで、ネオ抗原に加えて新たなガン抗原をリクルートできる点は期待できるのではないだろうか。

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10月22日 赤血球の新しい機能:自然免疫の増幅(10月20日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月22日
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実は赤血球の存在しない魚がいる。赤血球だけでなく、ヘモグロビンも欠損している。Ice Fishというスズキ科の魚で、低温でじっと暮らす様になった結果、血管を発達させて、液体に溶けた酸素をそのまま使う様になり、赤血球が必要なくなった。低温が先か、赤血球喪失が先か、難しい問題だが、Ice Fishが示すのは、酸素を運ぶ必要がなくなると、赤血球は必要ないという点だ。

だからといって、赤血球の機能を酸素を運ぶだけと考えるのは間違っていることを示す論文がペンシルバニア大学から10月20日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「DNA binding to TLR9 expressed by red blood cells promotes innate immune activation and anemia (赤血球表面のTLR9に結合したDNAは自然免疫を促進し貧血を誘導する)」だ。

このグループは感染した細菌やウイルスのDNAや分解途中のミトコンドリアDNAと結合して自然免疫を誘導する受容体TLR9が赤血球という意外な細胞に発現していることを発見しており、この発見の意味を問うたのがこの研究だ。実験は複雑ではないので、結論を箇条書きにすると次の様になる。

  1. 赤血球は通常状態でもTLR9を表面に発現しており、細菌感染などでその量は上昇する。またTLR9を介してCpGモチーフに富むDNAと結合することができる。
  2. 試験管内だけでなく、敗血症患者さん由来の赤血球は、DNAとの結合能が上昇している。以上のことは、細菌から放出されたDNAや細胞死に伴い放出されたミトコンドリアDNAは赤血球に結合して隔離されることも示している。
  3. TLR9とDNAの結合が高まると、メカニズムは定かではないが、赤血球表面が凸凹するとともに、赤血球の貪食を防ぐCD47の発現が低下する。
  4. その結果、脾臓などでの赤血球の貪食が高まり、結果貧血が誘導されるとともに、細胞内に運ばれたDNAにより強い全身性自然炎症が誘導される。
  5. TLR9ノックアウトを用いた実験で、TLR9欠損赤血球は、当然DNA結合が見られないのとともに、赤血球貪食は亢進せず、また自然免疫誘導も低下している。
  6. 赤血球だけでTLR9が欠損したマウスにCpGDNAを投与すると、サイトカイン分泌が低下する。このマウスで敗血症を誘導すると、正常マウスと比べ赤血球の貪食、炎症性サイトカインの分泌が期待通り低下する。
  7. 最後に、同じメカニズムがCovid-19感染でも見られないか調べ、入院が必要な患者さんでは赤血球上に結合したミトコンドリアDNAが上昇しており、重症化するほど赤血球上のDNA量が上昇する。
  8. 赤血球上のミトコンドリアDNA量と貧血とが相関する。

結果は以上で、赤血球がこれまで知られていなかった新しい機能、すなわち末梢での炎症を感知して、全身の自然免疫反応を誘導する役割を持つことが示された。

なぜこのような仕組みが進化したのか考えるのは面白い。この論文では、赤血球成熟過程でおこるミトコンドリアオートファジーのモニタリングのために進化した可能性を示唆しているが、納得できる。

またCovid-19でも示された様に、表面に発現したTLR9が全身性の自然免疫を誘導するなら、TLR9に対する抗体によりサイトカインストームを抑えるという治療法も示された。大変面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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