10月21日 遺伝子治療薬の設計の難しさ(10月18日 Nature Medicine                         オンライン掲載論文)
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10月21日 遺伝子治療薬の設計の難しさ(10月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月21日
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現在我が国のワクチン接種率はほぼ70%になりつつあるが、アストラゼネカのアデノウイルスワクチンは言うに及ばず、ファイザー/ビオンテック、モデルナとも、一種の遺伝子治療を受けたとみてもいい。どちらのケースも、身体の中で高いタンパク質合成が得られる様に、様々な工夫が凝らされている。

このとき、必ずしも効果や副反応を完全に見越して遺伝子の設計ができるわけではないことが、まれではあってもアデノウイルスワクチンにより免疫性血栓性血小板減少症が誘導されたことからよくわかる。

今日紹介するフィラデルフィアにある子供病院からの研究は、脊髄小脳変性症の治療のために設計したアデノ随伴ウイルスベクターコンストラクトが、予想外の副反応がサルに誘導されたことについての報告と、その原因についての研究で、10月18日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Toxicity after AAV delivery of RNAi expression constructs into nonhuman primate brain(アデノ随伴ウイルスベクターによるRNAi発現コンストラクトのサルへの毒性)」だ。

1型脊髄小脳変性症はAtaxin-1と呼ばれる遺伝子のCAGリピートの数が増えて細胞が変性する病気で、メカニズムはハンチントン病と同じだ。CAGリピート由来のポリグルタミンが細胞変性の原因なので、当然遺伝子発現や翻訳を抑えて、病気発症を抑える遺伝子治療開発が試みられている。

この研究ではAtaxin1mRNAをRNA干渉でノックアウトするmiRNA型の遺伝子治療を開発し、ヒト・サル共通配列部分に対するmiRNAをアデノ随伴ウイルスでパッケージする方法を開発した。この効果や副作用については、これまでマウスを用いて確認が取れたので、人間に応用するステップとしてサルの小脳に注入する遺伝子治療を始めたところ、3ヶ月目から急に運動障害が発生したため、治療実験は中断、副作用の原因を調べている。

病理的にはMRIでも確認できるネクローシスを伴う神経細胞死が誘導されており、このコンストラクトを投与したことで起こることが確認された。ただ、他の病理症状についてはほとんど記載がないので、細胞死という結果しかわからない。ただ、病変カ所の遺伝子発現解析で、強い免疫反応が示唆されているので、もし浸潤はなくても、強い自然免疫反応で細胞変性が誘導されたのかもしれない。

そこで、今回設計した遺伝子コンストラクトを様々に改変して、この毒性の原因を探ったところ、ウイルスパッケージをガイドするコンストラクトの両端に存在するInverted Terminal Repeatが、コンストラクトの長さ調整に用いた遺伝子の影響でプロモーター活性を発揮してしまい、その結果発生したRNA、あるいはそれ由来ペプチドが、神経変性を誘導することを突き止めている。

これを確かめるため、miRNAはそのままで、他の領域を完全に置き換えると、毒性は完全ではないが、強く抑制できることを示している。

結果は以上で、細胞死が誘導されたメカニズムは、誘導された免疫反応の内容も含めて明らかにはなっていない。しかし、

  1. アデノ随伴ウイルスコンストラクトに用いるInverted Terminal Repeatも、間にコードされている遺伝子によっては、設計とは異なる遺伝子転写を誘導するプロモーター活性を持つこと、
  2. このような転写が起こると、おそらく自然免疫系を介して(これは勝手に私が解釈している)、神経細胞死が誘導されること、
  3. そして、マウスでは完全に安全性が確認されていても、動物が変わるとプロモーター活性が出てしまうこともある、

が、この研究で明らかになった。

メカニズムはクリアでないにせよ、脳への遺伝子治療が急速に増加することを考えると、心に留める必要がある研究だと思う。

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10月20日 ライム病に対する新しい抗生物質の開発(10月14日号 Cell 掲載論文)

2021年10月20日
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現在科学界の興味と優先性の高いCovid-19に関する論文がトップジャーナルにあふれているが、Covid-19にとどまらず様々な感染症についての論文の掲載数も上昇している様に思う。もちろん感染症に対する注目度が上がったこともあるが、もう一つ重要な要因として、分子生物学やゲノム科学の成果を生かしやすい領域であることも大きい。その結果、例えば結核に対する新しい抗生物質の開発の様に、これまでの薬剤とは異なる標的を阻害する薬剤の開発が進んできている。

今日紹介するボストンのNortheastern大学からの論文は、このような流れを代表する研究で、最終的に見つかったのは新しい薬剤ではなかったが、抗生物質開発研究がどう行われるのかが覗える面白い研究だ。タイトルは「A selective antibiotic for Lyme disease(ライム病に選択的に効く抗生物質)」だ。

ライム病はスピロヘータが原因菌の代表的な感染症で、野生動物に寄生するマダニによりボレリアに感染することで起こる。我が国での報告は多くないが、例えば米国では50万人/年の報告がある様で、重要な感染症となっている。基本的には広域抗生物質で治療できるが、慢性化するとやっかいだ。また、Covid-19後遺症と良く似た感染後の後遺症が2割の人で見られる。

この研究では、耐性菌を発生させやすい広域抗生物質しか有効薬がなく、その結果体内の菌叢が破壊され、耐性常在菌が出現する。この問題を解決するため、ボレリア特異的薬剤を土壌菌の中から探索するという、オーソドックスなスクリーニングを行っている。

具体的には452種類の土壌菌の抽出液をボレリアと緑膿菌に加えて、ボレリア特異的に増殖を抑制する抽出液を特定し、その中の有効成分を生化学的に解析した結果、1953年にEli Lillyによって開発されていたハイグロマイシンAが、ボレリアを中心にスピロヘータに広く効果を持つが、他の細菌には効果がないことを突き止める。

ハイグロマイシンというと、現役の頃はプラスミド選択に使ったものだが、これはハイグロマイシンBのことで、ハイグロマイシンA(HA)はおそらくほとんど使われていないと思う。

すでに発見されていたにせよ、スピロヘータ特異的な抗生物質が特定できた。次は、なぜスピロヘータ特異的な効果が見られるのかについての解析が行われ、HAが23Sリボゾームに結合して翻訳開始を抑制し、タンパク質が全く作れなくなることを確認している。

ただ、このメカニズムだと、スピロヘータに高い特異性を示すのが説明できない。そこで、HAを細胞内に取り込む能力の差が、スピロヘータと他の細菌との差ではないかと、まずHAの取り込みを調べると、ボレリアでは1分もあればすぐに取り込まれることがわかる。すなわちトランスポーターの違いが、この差を決めていることが明らかになった。

次に、このトランスポータを特定するため、HAに耐性ボレリアを分離し、突然変異や遺伝子発現を調べた結果、最終的にbmpDと呼ばれるトランスポーターの存在が、ボレリアの感受性を決めていること、またbmpDを大腸菌に導入すると、今度はHAに対する感受性が高まることが明らかになった。bmpDはオリゴペプチドを細胞外で補足し、チャンネルに受け渡す役割をしている。

最後に、HAが治療に利用できるかを様々な角度から調べ、

  1. 耐性が出にくいこと、
  2. 腸内細菌叢など、他のバクテリアに作用して耐性菌を誘導する可能性が低いこと、
  3. トランスポーターがない動物細胞には毒性がない、
  4. マウスのライム病モデルで、1日2回、経口投与で完全にスピロヘータを除去できる。
  5. 梅毒の原因スピロヘータにも有効。

などを明らかにしている。

後は臨床治験が待っているだけだが、年間50万人の患者さんが発生する米国なら迅速に進むだろう。もちろん発生数は少ないとは言え、北海道を中心に我が国でも発生は続いているので、結果を期待したい。

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10月19日 ミトコンドリアの意外な機能:有事に役立つ寄生体(10月15日号 Science 掲載論文)

2021年10月19日
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ミトコンドリアは元々独立した細胞内寄生細菌由来なので、当然独自のゲノムとともに、翻訳システムを備え、独自にタンパク質合成を行っている。このミトコンドリア内での翻訳に関わる様々な遺伝子変異も知られており、脳、心臓、筋肉などミトコンドリア依存性の高い臓器に症状が出る。ただ、基本的にはミトコンドリアに必要なタンパク質の翻訳に限られると個人的には理解していた。

今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、ミトコンドリアがホスト細胞の事情に合わせて、必要ならミトコンドリアとは無関係のタンパク質の翻訳に手を貸してくれるという面白い研究で、10月15日号Scienceに掲載された。タイトルは「Mitochondrial translation is required for sustained killing by cytotoxic T cells(ミトコンドリア内の翻訳は細胞障害性T細胞が持続的に機能するのに必要)」だ。

マウスに網羅的に突然変異を導入して免疫機能を調べるプロジェクトが進んでいるが、その中で発見された遺伝子がUsp30で、これが欠損するとキラー活性が低下することが知られていた。

Usp30はミトコンドリアの膜上で、ミトコンドリアのオートファジーが起こりすぎない様に調節しているタンパク質で、これが欠損するとミトコンドリアの分解が上昇する。ただノックアウトされたマウスも正常に発生し、見た目正常に成長するので、この変異はキラー活性特異的なミトコンドリア依存性が存在することを示している。

この研究ではこの謎解きを、まずキラー活性を誘導したときのCD8T細胞のミトコンドリアについて、ノックアウトマウスを正常マウスと比べている。すると、キラー活性を誘導して5日目で、Usp30欠損細胞では、ミトコンドリアの多くが失われ、なんと60%で正常ミトコンドリアが消失してしまっている。

驚くことに、これほどミトコンドリアが減少しても、T細胞はグリコリシス経路を用いてエネルギーを調達して、しっかり生存している。しかし、キラー活性を調べると、全く消失はしていないが、活性自体が強く抑制され、細胞障害に時間と多くの細胞が必要になる。

ところがこの機能異常が、ミトコンドリアのエネルギー産生機能にあるのではと考えて調べてみても、ATP合成は変化しておらず、おそらくグリコリシスでまかなえていることがわかる。すなわち、単純なエネルギーバランスだけでは説明がつかない。

一方、細胞障害機能に必要な、細胞障害顆粒の大きさが小さくなっており、おそらく障害に必要な分子の合成がうまくいっていないことが想像された。そこで、細胞内で合成されているタンパク質を網羅的に調べると、ミトコンドリア機能に関わるタンパク質とともに、細胞障害性に関わる様々なタンパク質、例えばグラインザイムやパーフォリン、あるいは炎症性サイトカインなどを含む、500種類ほどのタンパク質の合成が低下していることがわかった。

結果は以上で、キラー細胞の様に急速に機能分子の合成が必要な状況では、ミトコンドリアの翻訳系が、場所を貸すことでエネルギー効率の高いタンパク質合成を可能にし、キラー活性に必要な分子合成に手を貸していることがわかった。望ましい共生関係がこんなところにも見られるという例だと思う。ただ、これを可能にするメカニズムについては、さらに研究が必要だろう。また、ミトコンドリア病についても、単純にエネルギー代謝だけでなく、翻訳の手助けまで考えて理解する必要があることがわかった。新しいことが学べた面白い論文だった。

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10月18日 かなり風変わりな免疫学(10月13日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月18日
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腸内細菌の研究の中でも、多くの情報は腸内細菌全体の変化を追いかける研究よりも、無菌動物を用いて個々の細菌とホストの関係を個別に調べる方法を用いる研究が、これまで多くの成果を上げているように思う。とはいえ、個別の細菌に対する免疫反応を調べるという研究はこれまで目にしたことはなかった(実際には多く発表されているのかもしれないが)。

今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文は、大腸菌を無菌マウス腸管に移植し、誘導されるIgAの機能を、その抗体をもう一度感染マウスに投与して調べる研究で、ある意味でただの腸管免疫学といってしまえばそれだけだが、大変な手間のかかった研究といえるが、読後感は大いに不満の残った研究だった。タイトルは「Parallelism of intestinal secretory IgA shapes functional microbial fitness(腸内に分泌される多種類のIgAが機能的細菌の適応を決める)」だ。

研究は単純だ。すなわち無菌マウス腸管に栄養要求性のある大腸菌を移植すると、個々の マウスで様々なV遺伝子レパートリーを持った抗体が合成される。これまでの研究で、21日目では突然変異が蓄積するタイプのアフィニティー成熟は起こらないことが確認されている。

この研究では、こうして腸管に誘導された91個のIgA産生プラズマ細胞について、発現する免疫グロブリン遺伝子をクローニングし、細胞への遺伝子導入を用いて抗体分子を分泌させ、まずそれぞれの抗体の大腸菌への反応性を調べている。91個中、17種類が大腸菌と反応している。かなり確率は高いが、決して抗体産生細胞が増殖を続けた結果というのではなく、ほとんどV遺伝子の突然変異は見られておらず、大腸菌に対しては持って生まれたレパートリーで対応していると考えられる。

これらIgAのなかには、細菌細胞表面に結合するものと、そうでないものに分かれるが、この研究では慶応大学の個々の遺伝子を欠損させた大腸菌をライブラリーを用いて反応する分子の特定を行い、その上でそれぞれの抗体が、細菌感染防御力があるかどうか、IgAとして分泌させて調べている。

これまで細菌感染でも、特定の抗原決定基に反応する抗体がドミナントに誘導されるという報告が多かったが、この研究では無菌マウスは多様な抗原に反応し、IgA抗体を作ることができることを示している。こうしてできたIgA抗体は、様々な効果を発揮する。例えば抗体が結合するとファージウイルスが結合できなくなったり、イオントランスポートを阻害して、10%に及ぶ胃大腸菌の遺伝子発現変化が誘導されたりする。一方、大腸菌の転写に影響がほとんど見られないものもある。もっと驚くのは、細胞壁が抗体でコーティングされることで、胆汁の浸潤を守るという、バクテリアを助ける抗体まで存在するようだ。

それぞれの抗体を静脈に注射して、腸管に到達するか調べ、おそらく胆汁を介して腸管に到達し、腸内の大腸菌と結合することを確認している。ただ、個々の抗体により劇的に腸内大腸菌が減少することは見られていない。

以上が結果で、無菌状態でも複雑な抗原に対しては、持って生まれた様々なV遺伝子レパートリーが反応すること、多くの抗体はバクテリアに対して何らかの機能効果を持っていること、おそらくこれらの効果がが全部合わさってバクテリアとホストの共存が決められることなどが示されている。しかし、仕事の量は大変だが、最終的に何が言いたいのか明確な結論がほとんど示されていない曖昧な論文で、よく採択されたなというのが正直な印象だ。

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10月17日 局所への超音波照射による脳血管関門破壊による乳ガン脳転移抗体治療(10月13日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月17日
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2016年というと、ずいぶん昔になってしまったが、パリ公立病院のグループが、頭蓋内に埋め込んだ超音波発生器を通して、腫瘍局所に超音波を照射、同時にマイクロバブルを血管から投与することで、局所の脳血管関門を破壊して、グリオブラストーマの治療を試みた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/5411)。

その後あまりフォローをしていなかったが、ゆっくりではあるが治療器のプロトタイプも開発され、大規模治験にまでは行かないまでも少しづつ可能性が試されていることが、今日紹介するカナダ・トロントにあるSunnybrook研究所からの論文が教えてくれた。タイトルは「MR-guided focused ultrasound enhances delivery of trastuzumab to Her2-positive brain metastases (MRIにより設定した領域に超音波照射を行うことでHer2陽性乳ガンの脳転移への抗体デリバリーを促進できる)」で、10月13日号のScience Translational Medicineに掲載された。

現在乳ガンは、初期でも転移があることを想定して、手術前から化学療法を行うネオアジュバント治療が主流になっている。しかし、脳転移になると、特に抗体薬などは脳血管関門(BBB)に阻まれて、ガン局所に届けることが難しいため、他の部位の転移巣と比べると、叩くのが困難だと思われる。個人的な印象で根拠はないが、術前治療の広がりを考えると、その時叩ききれない脳内転移の問題は、重要な課題になる気がする。

実際、脳内転移巣で抗体治療可能なHer2陽性のケースでも、抗体が届きにくいことは知られており、この研究では抗体治療中の患者さんで、超音波照射を行うことで、抗体を腫瘍に届けて、ガンの増殖を抑制できないか調べており、重要な情報だと思う。

4人のHer2陽性乳ガン転移、そのうち3例は抗体治療を継続している患者さんの転移巣をMRIで正確に診断し、後は以前紹介した方法で、設定した照射場所に、アイソトープ標識した抗体薬が到達するかどうかをまず確認している。

結果は期待通りで、照射したガン局所だけで標識抗体の濃縮が起こる。面白いのは、照射後4時間ではほとんどガン局所にアイソトープは見られないのに、48時間後には強いアイソトープの集積が見られる様になる点だ。すなわち、急に血管に穴が空いて抗体が漏れるというより、最初小さな変化が起こった血管を通してじわじわと抗体が到達していることがわかる。

以前この技術を「脳血管関門を爆破する」と紹介したが、この紹介の仕方は間違いだと思う。どうしてこのようにじわじわと集積が起こるのか、是非メカニズムを知りたいところだ。いずれにせよ、強い変化が誘導されるわけではないため、ほとんど副作用がなく、全員照射を受けた後すぐに帰宅している。

副作用がないことを調べるのが目的だが、効果についても示されており、CTで見る限り全例でガンの増殖を抑えることができたと言っていい様に思う。これならより大規模のテストに進んでいい様に思う。

結果は以上で、脳だけが標的でない場合、現在使っている抗体をガンの局所に届けるという意味で、重要なテクノロジーになる様に思う。次は、免疫チェックポイント治療にも使えるか是非知りたいところだ。

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10月16日 アストロサイトは長鎖脂肪酸を介して神経細胞のLipoapoptosisを誘導する(10月6日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月16日
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非アルコール性脂肪肝で肝細胞死を誘導する要因として研究されてきたメカニズムの一つがLipoapoptosisで、飽和脂肪酸により細胞内のERストレスが発生し、それにより細胞死が誘導されるメカニズムだ。このメカニズムによる細胞死は、様々な細胞へ拡大しているが、私の理解では血中の脂肪酸により誘導される過程で、ある細胞が他の細胞を殺すときに使うという可能性は考えたことがなかった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このメカニズムをアストロサイトが神経細胞死を誘導するために積極的に利用しているという面白い研究で10月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Neurotoxic reactive astrocytes induce cell death via saturated lipids(神経毒性を持つ活性化アストロサイトは飽和脂肪酸を介して細胞死を誘導する)」だ。

元々このグループは、脳損傷などで活性化されたアストロサイトが神経やオリゴデンドロサイトの細胞死を誘導する仕組みを研究し、ミクログリア由来のIL1a、TNF、そして補体成分などがアストロサイトを活性化し、何らかのタンパク成分を分泌させ、神経細胞死を誘導することを示してきている。

この研究では、活性化されたアストロサイトの培養上清に含まれる神経細胞死誘導分子を生化学的に検討し、これまで疑われていた補体成分やlipocalin-2などのタンパク質成分ではなく、APOEなどのリポプロテインと結合する脂肪酸、特に飽和長鎖脂肪酸およびvery long chain fatty acid(VLCPC)が細胞死を誘導していることを突き止める。

すなわちLipoapoptosisが起こっている可能性が示唆されたので、次に上記の脂肪鎖で処理した神経細胞で、確かにERストレスを介する細胞死経路が活性化されていること、そしてERストレスを媒介するPUMAやCHOPがノックアウトされた細胞ではアストロサイトによる神経死が防がれることを確認している。

そして最後に、本当にアストロサイトが積極的にこのような脂肪酸を合成分泌して神経細胞を殺すのか確認するため、このような脂肪酸を合成する酵素の一つEVOLV1をノックアウトしたアストロサイトを作成し、活性化による細胞死誘導が完全ではないが、かなり低下することを確認している。

結果は以上で、積極的に長鎖脂肪酸を分泌して近接する神経細胞を殺すという、キラーT細胞にも匹敵する能力がアストロサイトにあることを示した重要な貢献で、今後アルツハイマー病をはじめとする神経細胞死研究に新しい道を開くのではと期待する。特にAPOEとアルツハイマー病との関係はこの観点から見てみると面白い気がする。

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10月15日 G1-S 細胞周期進行に関する新しいモデル(10月14日号 Science 掲載論文)

2021年10月15日
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細胞周期のメカニズムについては、私が現役の頃急速に理解が進み、我が国の研究者も大きな貢献をした。そして、ノーベル賞が2001年ハントとナースに授与されている。もちろんトランスレーションに関しても進んでおり、乳ガンに対するCDK4阻害剤は重要な治療法になっている。すなわち、大きなフレームワークは完全に解明されたと言える、と思っていた。

ところが今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、少なくともイーストに関しては、肝心なことが見落とされていたことを示す研究で、10月14日号Scienceに掲載された。タイトルは「G 1 cyclin–Cdk promotes cell cycle entry through localized phosphorylation of RNA polymerase II(G1サイクリンとCDKは局所的RNAポリメラーゼリン酸化を介して細胞周期のエントリーを促進する)」だ。

私たちは細胞周期の開始について、哺乳動物の場合CyclinD/CDK4が、E2Fによる転写を阻害しているRb1をリン酸化して抑制を外すことで、E2Fによる転写が誘導されると理解してきた。これは出芽酵母でも同じで、Cln3がCdk1と結合してWhi5をリン酸化してSBFの転写抑制を外し、細胞周期に必要な遺伝子が誘導されると考えられてきた。

しかし、早いG1期でCln3/cdk1がWhi5をリン酸化するという証拠はなく、Whi5を強くリン酸化するのはCln1/2/cdk1であることが確認された。一方、Cln3/Cdk1はG1期の進行には必須であることから、Whi5のリン酸化による転写抑制解除とは異なる経路で、Cln3/Cdk1が働いていることが示唆された。

そこでCln3/Cdk1が直接リン酸化する可能性がある分子を探索し、最終的に転写に直接関わるRNAポリメラーゼII(Pol II)のコンポーネントRpb1をリン酸化することを突き止める。

もともとPol IIのリン酸化は転写開始のスイッチとして知られており、酵母ではCcl1がその役割をすることが知られていた。しかし、Ccl1によるPolIIのリン酸化と細胞周期とはリンクしない。すなわち、SBFによる転写とは関係しない。

これらのことから、Cln3/Cdk1はSBFと結合し、その場所にリクルートされたPol IIを直接リン酸化し、転写を開始させるのではないかと仮説を立て、研究している。

例えば、本来のPol IIリン酸化酵素Ccl1をSBF結合サイトにリクルートできる様に操作すると、細胞周期とは無関係だったCcl1を、G1期進行のプロモーターとして利用することができる。

またCln3/Cdk1結合サイトは免疫沈降法で調べると、ほぼ完全にSBFの結合サイトと重なる。従って、Cln3/Cdk1にPol IIリン酸化による転写開始が可能であるという結果は、細胞周期に必要なSBF依存性転写開始が、これまで考えられてきたようにWhi5リン酸化を介して抑制を外すという時間のかかる方法ではなく、SBF結合サイトで直接Pol IIを活性化して、速やかに転写を誘導することで行われていることを強く示唆している。

以上が結果の要約で、細胞周期をわかったというのはまだまだ早いことを実感させる面白い仕事だと思う。哺乳動物でも同じことが言えるのかはまだわからないが、可能性は十分あると思う。

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10月14日 うつ病を電気刺激で治療する(10月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月14日
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今日はうつ病の意外な治療法について論文を2報紹介する。

まず最初はカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文で、てんかん患者さんに行われる、脳内留置電極を用いた脳活動の記録や、脳ネットワークに基づいた電気刺激パターンを開発し、ほとんどの治療法に反応しないうつ病を治療できたという一例報告で、10月4日、Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Closed-loop neuromodulation in an individual with treatment-resistant depression(治療抵抗性のうつ病患者さんに行ったクローズドループ神経操作)」だ。

今年9月、てんかんの予兆を察知して電気を流して発作を抑える治療法についての論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/17772)。この研究は、同じresponsive neuro stimulation法を、うつ病の発作抑制に使う可能性にチャレンジした研究だ。しかし、発作が始まる場所が特定できるてんかんと異なり、うつ病の場合、何を予兆として捉え、どこを刺激すれば良いのかを決めることが難しい。

この研究では、てんかん患者さんと同じように、まず脳の10カ所に留置電極を装着し、10日間それぞれの場所の神経活動を記録するとともに、毎日の気分やうつ病発作を記録し、うつ病発作に導く脳活動の兆候を決めている。最終的には、予想されていた様に扁桃体でのγ波のバースト出現と、うつ病症状が相関することを確認している。

そして、刺激をベースにした各領域の神経ネットワークを参考にしながら、最終的に右側の腹側内包/腹側線条体に刺激を加えることで、γ波バーストが抑えられ症状が改善されることを発見する。

この結果に基づきresponsive neuro-stimulationの電極NeuroPaceを扁桃体で兆候を検出、腹側内包/腹側線条体を刺激できる様設置、扁桃体のγ波を感知したところで6秒間1mA刺激を発生させる方法で経過を観察している。

結果は劇的で、うつ病の症状がほぼ消失するところまで改善し、論文準備中はこの状態が続いていることを報告している。

以上の結果は、てんかんと同じように、うつ病も何らかのきっかけで扁桃体のγ波活動に反映される神経興奮が引き金になる、反応性の病気だと言うことになる。もちろん、全てのケースに当てはまるかどうかはわからないが、今後この治療を受ける患者さんの解析で、うつ病の理解も進む可能性がある。

現在うつ病に対して、ケタミン注射や、頭蓋外磁気刺激など新しい治療法が開発されているが、これらの治療でも対応できないケースについては、期待できる治療法だと思う。

付録として紹介するペンシルバニア州立大学からの論文は、風変わりなタイトル「Mushroom intake and depression: A population-based study using data from the US National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES), 2005–2016(キノコの摂取とうつ病:米国、国民の健康と栄養に関する調査データを用いた集団調査研究)」に惹かれて読んでみた。論文はJournal of Affective Disorders11月号に掲載されている(294,p686)。

このコホートでアクセスできる24000人に、食事の内容を聞き取りし、そこからキノコの消費量を割り出すとともに、2005年から定期的に自分でアンケートに答える形で、うつ病の気分の有無を診断し、この結果からうつ病にかかっているかを決めている。

本当かと目を疑う結果で、キノコを食べている人ではうつ病にかかるオッズ比がなんと0.45で半減しているという結果になる。

結果はこれだけで、元々このような調査は正確さに欠けるところがあるので、もっと多くの調査で確かめられないと結論できないと思うが、面白い結果だ。ただ、この研究のきっかけになったのが、我が国の九州栄養福祉大学から2010年に発表された論文で、ヤマブシタケを摂取すると、うつ病気分が低下し、不眠や不安症がなくなることを示している。このような話から、新しい薬剤が抽出されるのかもしれない。

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10月13日 Covid-19感染に対する免疫記憶は主に肺と所属リンパ節で維持される(10月7日 Science Immunology オンライン掲載論文)

2021年10月13日
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以前紹介した、エール大学の岩崎さんの研究では、いくら全身レベルで抗体ができても、そのままでは抗体は膣内に分泌されることはなく、組織にリンパ球が浸潤して初めて、抗体も分泌されるようになることが示されていた(https://aasj.jp/news/watch/10382)。この結果は、対象となる組織内で免疫反応を調べることの重要性を示した重要な研究だと思っているが、当然同じことはCovid-19感染についても言える。ただ、死亡例はともかく、回復者の組織を調べることは通常不可能に近い。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、Covid-19に感染した経験がある方が、何らかの事故で脳死に陥り、臓器提供を行った時に、全身の様々な組織を採取して、Covid-19に対する免疫記憶の成立を調べた研究で、10月7日Science Immunologyにオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection generates tissue-localized immunological memory in humans(SARS-CoV2感染は人間の組織局在型免疫記憶を誘導する)」だ。

コロンビア大学のあるニューヨークの感染状況から考えると、ドナー登録した人々の中からSARS-CoV2(Cov2)に感染した後、ドナーになるケースが出てきても何ら不思議はない(といっても我が国では、まだまだ奇跡レベルの確立だと思う)。この研究ではそんな4人のドナーをキャッチし、臓器摘出手術時に、血液、骨髄、秘蔵、肺、肺所属リンパ節、腸管所属リンパ節を採取、それぞれの組織での、Cov2へのB細胞、CD4T細胞、 CD8T細胞の反応を調べている。

驚くのは、4人のうち2人が70歳以上の高齢者で、どの臓器が利用可能なのか興味がわくが、血中抗体などを調べると、確かに高齢者の抗体価は若いグループより低いのがわかる。

これらの組織から採取した血液細胞分画に、ウイルス分子のアミノ酸配列を元に網羅的に合成したペプチドを混ぜ合わせたペプチドプールを加え、活性化分子が発現するかどうかでT細胞の反応性を調べている。

これに加えて、限られたペプチドセットではあるが、MHC 分子と会合させた後、これに結合するT細胞を、抗原特異的T細胞として、他の分子の発現を調べてプロファイリングを行っている。

個人差があり、どうしても結果はばらつくが、この貴重な機会を捕まえた実験から見えてきたことをまとめると、

  • 全員で、調べた全組織で抗原特異的記憶T細胞を認めることができる。
  • 一般的に、CD4T細胞反応の方が、CD8T細胞反応より強い傾向がある。
  • 全身に記憶細胞は認められるが、肺組織とその所属リンパ節で、最も高い反応が見られ、またT細胞記憶の成立が確認できる。
  • 細胞を培養して分泌される50種類のサイトカインを調べると、同じ記憶T細胞でも組織特異的に調整されている。
  • 記憶B細胞はほぼ全身に分布しているが、肺組織自体が最も高い。
  • リンパ節では感染収束後も、濾胞形成反応が続いている。

詳細をかなり省いたが、以上が結論だ。

組織像の解析がないため、肺組織で維持されている記憶細胞がどのように存在しているのかはよくわからないが、ひょっとしたら浸潤が構造化されている可能性もある。また、感染収束後も何が肺に細胞を引き留めているのかにも興味がある。

いずれにせよ、末梢血だけを見ていてはわからない免疫系の複雑性を物語るし、気道を狙ったワクチン研究にも重要な情報になると思う。

おそらく次は、ワクチン接種者の様々な組織の反応が発表される予感がする。

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10月12日 インシュリンシグナルによる脂肪細胞の増殖(10月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月12日
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たしか肥満に伴って脂肪細胞の数が増えるとカロリンスカ研究所のグループが以前発表していたと思うが、今日紹介する同じカロリンスカ大学の論文は、成熟した脂肪細胞はまず増殖することはないという世間の常識にたって、しかし細胞周期プログラムが活性化されていることを示した研究で、正しければ肥満について新しい展開が開ける。タイトルは「Obesity and hyperinsulinemia drive adipocytes to activate a cell cycle program and senesce(肥満と高インシュリン血症により脂肪細胞の細胞周期プログラムが活性化され、細胞老化が誘導される)」で、10月4日Nature Medicineにオンライン掲載された。

脂肪細胞が増殖するかどうかを問うのはカロリンスカ研究所の伝統の様だが、この研究では痩せ型から高度肥満まで、13人の皮下脂肪組織を提供してもらって、遺伝子発現から調べ、成熟脂肪細胞でも様々な細胞周期プログラムの発現が見られ、肥満の人ほどG2期分子の転写が高いことを発見する。

ただ重要なことは、これまで観察されて来た様に、50万個の成熟脂肪細胞を観察しても、細胞分裂像は一個も見られない。すなわち、細胞周期に入るが分裂前のG2期で停止し、2倍のDNA量を持つ細胞が、特に肥満の人では増加していることがわかる。

このように、G2期のプログラムが発現している細胞の数は、血中のインシュリン濃度と相関するので、フレッシュな脂肪細胞を培養してインシュリンを加える実験を行うと、インシュリンシグナル経路の活性化と並行して、DNA合成細胞の数が増加、これとともに脂肪細胞の大きさが増大することを確認する。すなわち、分裂せずDNAが増大し、細胞が巨大化することを試験管内で再現できた。

このように、細胞周期プログラムが発現したまま、細胞分裂が進まないと、細胞にストレスがかかり、細胞老化が進むが、実際巨大化した脂肪細胞の多くは細胞老化マーカーを発現し、肥満で老化細胞が増加することがわかる。また、試験管内の実験系で、脂肪細胞がインシュリンの作用を持続的に受けると、細胞老化に陥り、様々な炎症性サイトカインを分泌することを明らかにしている。

結果は以上で、結局インシュリンの分泌が高まることが、脂肪細胞を分裂がない細胞周期へと導入し、その結果脂肪を多く蓄積することはできるが、細胞老化が進み、炎症性サイトカインにより、老化が全身に及ぶというのがこの研究の結論だ。

乳ガンに使われるCDK4阻害剤やメトフォルミンが、このような細胞分裂のない細胞周期進行を抑えることも示している。

いずれにせよ、なぜ脂肪細胞が巨大化できるのか、また老化や炎症の中心になるのかについて、面白い答えが出たと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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