11月22日 covid-19死亡の解剖所見(11月17日 ScienceTranslational Medicine 掲載論文)
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11月22日 covid-19死亡の解剖所見(11月17日 ScienceTranslational Medicine 掲載論文)

2021年11月22日
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全世界で400万人以上の人がCovid-19により亡くなっていることを考えると、当然解剖例が蓄積しているのではと思うが、感染症のためか、なかなかシステミックな解剖例の解析を読むことはなかった。今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、18人の、発症後様々な時期になくなった患者さんの解剖所見をまとめた研究で、何を今更という言う気もしないではないが、頭の中をまとめるという意味では、大変役に立つ研究だ。タイトルは「Lung epithelial and endothelial damage, loss of tissue repair, inhibition of fibrinolysis, and cellular senescence in fatal COVID-19(肺上皮と血管内皮の障害、修復欠損、フィブリン分解阻害、そして細胞老化がCovid-19の死亡例で見られる)」だ。

タイトルにリストされているように、この研究で確認された主要な異常は、肺上皮障害、血管内皮障害、修復異常、フィブリン分解異常、細胞老化で、これまでの報告と特に変わるところはない。ただ、死亡前後の血液検査所見、また剖検で十分な量の組織が得られることからウイルス感染細胞の特定、組織の遺伝子発現などが詳しく行われている点と、症状が出てからから死亡に至るまで、様々な期間(なんと3日から47日)の症例がまとめられている点で、おそらく多くの医師にとっては有用な情報になると思う。結局病理所見は、自分なりの疑問を持ってじっくり論文を読むことが重要なので、ここでは私が面白いと思った点だけを列挙する。

  1. 我が国でも問題になったが、症状が出てから入院する前になくなってしまう例が存在し、この研究でも2例入院前に死亡し、そのうち1例は症状が出てから3日で亡くなっている。このような症例に適切に対応するのは難しいと思う。
  2. 剖検で作成されたパラフィン標本からウイルスRNAがPCRで検出される。これはさらに大規模に剖検研究を行うためには朗報。さらに、治療にも関わらず、18例全例でウイルスが検出できる。また、早期死亡例ほどウイルス感染量が多い。
  3. こうして検出されたウイルスゲノムの解析から、全員で198種類もの変異株が見つかった。すなわち、死亡例一例一例が、変異株発生のインキュベーターになっている。
  4. すでに報告があるが、発症から死亡までの長さで、おおよそ3種類に分けることができる。急性例では、上皮障害による浮腫、浸潤による呼吸不全が中心だが、時間が経過するにつれ、上皮の増殖、そして線維化などが加わる。結局は、どの時点で呼吸不全が強まるかにより経過は決まるが、それぞれのステージ特異的な治療法を考えることは重要。
  5. 肺胞上皮、気道上皮への感染が観察されるが、AT2細胞への感染によりサーファクタント合成が低下することが急速な呼吸機能不全に寄与する。また、インフルエンザウイルスと異なり、再生修復に関わる基底細胞への感染が起こるため、肺胞上皮の修復が傷害される。その結果、肺の線維化が進んでしまう。個人的な印象だが、これは回復後に続く、long covid症状の原因になり得る。
  6. 血管内皮への障害による、肺胞への浸潤も特徴的で、この研究では細胞接着因子について詳しく調べている。特に短期死亡例では、肺胞のEカドヘリン発現とサーファクタントの低下が著しく、急速な呼吸不全の原因になる。また、血管側では、タイとジャンクションに関わるClaudin-5発現低下、基底膜の障害とそれに関わるコラーゲン4発現低下が見られる。このように、肺胞上皮と血管の異常が合わさると、血栓および肺胞内のフィブリン形成が進み、呼吸不全になる。
  7. サイトカインストームと呼ばれる状態が、中期以降では見られているが、個人的な印象としてリンパ球の関与より、圧倒的に好中球の浸潤と、ネットーシスが病気進行に関わっている。特に、白血球のPAI−1発現が目立っており、血管内皮とともに、血栓形成の重要な要因になっている。

以上雑然と気になったことを列挙したが、基本的にはこれまで示されてきた様々な現象が、うまく関連付けられて理解しやすくなった印象だ。Covid-19臨床に興味のある人は、一読の価値がある。

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11月21日 NKT細胞誘導を調節する腸内細菌と食事(11月10日 Nature オンライン掲載論文)

2021年11月21日
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NKT細胞は、私がまだ熊本大学に在籍していた頃、当時千葉大学の谷口さんたちによりVα14TcRとNK抗原を持つ不思議なT細胞として研究されていたのをよく覚えている。特に、キリンビールにより海綿から分離されたAgelasphinという物質が、CD1と結合してNKT細胞を増殖させるという発見と、それを注射することで抗腫瘍免疫が誘導されるという発見について、北海道の免疫学会で谷口先生から熱っぽく聞かされたのはよく記憶している。その後、私のほうが免疫学会から離れてしまったので、その後の経緯はフォローできていないが、現在でもNKT細胞を用いた腫瘍治療や、抑制性のNKT細胞を用いたアレルギー治療など、より臨床的な研究が進んでいるという印象がある。しかし、なぜこのような風変わりな細胞が誘導されて来るのかなど、わからないことは多い。

今日紹介するハーバード大学からの論文はNKT細胞を様々な程度に刺激できる多様なαgalactosylceramide(αGC)が腸内細菌の一つBacteroides fragilisによりアミノ酸を原料に合成され、利用されるアミノ酸によって合成されるαGCが変化し、結果NKT細胞の誘導のされ方が変わることを示した面白い研究で、11月10日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Host immunomodulatory lipids created by symbionts from dietary amino acids(腸内共生細菌により食事のアミノ酸から合成される免疫調節性脂肪)」だ。

全くフォローできていなかったが、B.fragilisがαGCを合成して腸内でNKT細胞を刺激したり、逆にキリンが発見したリガンドKRN7000の効果を抑えたりしていることはこれまでの研究で知られていたようだ。

この研究では、B.fragilisが合成するほぼ全てのαGCを特定し、また産生量の多いαGCを化学的に合成できるようにしている。

こうして特定されたαGCは、基本的にはsphinganinと脂肪酸アシルが組み合わさった構造を持っており、側鎖のある脂肪酸が組み合わさったαGCのみNKT刺激効果が観察される。面白いことに、どのタイプのαGCがB fragilisにより合成されるかは食事中のアミノ酸の種類により決まる。そして、側鎖型αGCが合成できなくなったB.fragilisだけが存在する腸内では、個人的予想に反してNKTが上昇しており、実際の腸内では、合成される側鎖型、非側鎖型のαGCの組み合わせで複雑なNKT細胞刺激が起こっていることを示している。

最後に、B.fragilisが合成する側鎖型αGC(SB2217)について、NKT刺激効果を調べている。キリンリガンドKRN7000と比べたとき、SB2217はIL-2誘導能力は十分持ちながら、しかしインターフェロンやIL-4の誘導は低い。すなわち同じT細胞受容体を用いているからと言っても、CD1とリガンドがあれば同じように刺激されるわけではなく、T細胞の反応が異なるという驚く結果だ。

この違いについて結晶化したcCD1+リガンドとT細胞受容体の構造を解析しているが、なぜこれほどの違いが発生するのかについては、KRNがCD1ポケットから飛び出す部分が多い以外に、明確な答えは示せてはいない。

以上が結果で、同じCD1とT細胞受容体の組みあわせでも、αGCの違いにより、ポジティブ、ネガティブとNKT細胞刺激様態が変化できること、そしてこの変化が、おそらく摂取している食事中のアミノ酸に影響されるという発見は、 NKTだけでなく、腸内細菌叢による免疫制御について、新しい方向性を開いたのではないかと思う。

しかし、発生初期のNKT誘導は、単純に刺激型リガンドが合成されるから起こるわけではないことなど、invariantT細胞といいながら、極めて複雑なシステムであることもよくわかった。

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11月20日 腹が減っても頭が働くわけ(11月5日 Neuron オンライン掲載論文)

2021年11月20日
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脳細胞は眠っているときにも働いており、働いていると言うことは常に細胞内外のイオン量が興奮により変化していることを意味する。当然そのままでは、神経興奮ができなくなるので、ATPエネルギーで駆動されるNa/K ATPaseを用いてイオン勾配を元に戻している。この結果、脳のエネルギー消費量は、身体全体の25−50%にも達しており、逆に言うと摂取エネルギーが低下すると、脳機能が維持できなくなる。

もちろん飢餓が続くと、脳の活動が低下するが、野生動物は常に短期的な飢餓を経験しながら生きている。従って、短期的な飢餓で脳の機能が低下しても、ハンティングができるだけの脳機能を維持する必要がある。

今日紹介する英国エジンバラ大学からの論文は短期の飢餓による消費エネルギー低下を脳細胞がいかに克服しているかを、オーソドックスな電気生理学的手法で調べた研究で、11月5日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Neocortex saves energy by reducing coding precision during food scarcity(新皮質は餌が少ないときコーディングの正確さを低下させてエネルギーを節約する)」だ。

この研究では、2-3週間で体重が15%程度減るような食事制限を行い(自分でやるとしたら大変だが)、基本的には視覚野のAMPA型グルタミン酸受容体の活動変化を電気生理学的に見ている。

この程度の食事制限を行って、脳のATP消費量を様々な方法で測ると、 3割程度ATP消費が落ち、その結果神経細胞の興奮電流は平均で低下する。驚くことに、このようにエネルギー利用に合わせて、脳細胞の興奮レベルは低下しているにもかかわらず、神経自体の興奮回数はほとんど低下しておらず、活動が保たれていることを発見した。

後は、この理由を皮質視覚野のAMPA型神経細胞の電気生理学を行って、この変化の生理学的基盤を探っている。実験は極めてオーソドックスな電気生理学で、神経細胞のチャンネルについても、生理学で習ったホジキンハックスレーモデルが出てきて、学生時代は生理学が苦手だったなと懐かしい気持ちで読んだ。

脱線してしまったが、詳細を省いて結果をまとめると、利用できるATPが減ると、神経細胞自体の何らかの変化により、シナプスに存在するAMPA型受容体チャンネルのコンダクタンス(イオンの通りやすさ)が低下する。これにより、神経細胞の興奮が抑えられるのだが、これと同時に、入力抵抗が上昇し、少ないシナプスからの刺激で興奮しやすくなると同時に、膜の脱分極レベルが高まり、これも小さな刺激で興奮を起こりやすくしている。

すなわち、AMPA受容体で、チャンネルの反応自体は低下していても、反応自体の閾値が変化し興奮が起こりやすくすることで、興奮回数が低下しないようにしている。その結果、行動学的に見ると、視覚認識の精度は低下するが、感覚レベルは維持できるという結果だ。たとえ話で言えば、どれが上等の獲物かの判断は鈍るが、餌にはアタックできるといった感じだ。

この研究では、この変化がAMPA受容体の数などの変化ではないこと以外、この変化のメカニズムについては調べていない。ただ、この変化が特定の代謝物の変化によるのではなく、食欲を抑えるレプチンが低下することに起因しており、レプチンを注射することで、このような神経変化が正常化することを示している。

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11月19日 ダニに刺されないmRNAワクチン(11月17日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年11月19日
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このHPで一度紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/14359)、阪大の仲野さんの大学院時代の先生に当たる北村幸彦先生は、マスト細胞研究をリードした研究者というだけでなく、創意工夫に満ちた実験を着想する力で傑出していた。これらの中で今でも印象に残っているのが、マスト細胞がダニ刺されから守ってくれることを証明した実験で、マスト細胞が皮膚に存在するとほとんど血を吸われることがないことを見事に証明していた。詳細は覚えていないが、このときマスト細胞を移植したホスト細胞の方に特に何か免疫反応を誘導されていたとは思えないので、ともかくマスト細胞が集まればダニから守ってくれるという話ではなかっただろうか(間違っていたら訂正してください)。

そんな北村先生を彷彿とさせる、ダニ刺されを防ぐワクチン開発について述べた論文がイエール大学より11月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「mRNA vaccination induces tick resistance and prevents transmission of the Lyme disease agent(mRNAワクチンはダニ刺されへの抵抗力を誘導し、ライム病感染を防ぐ)」だ。

マスト細胞だけでなく、ダニ刺されが繰り返されると、抵抗力が獲得されることは古くから知られていたようだ。また、ダニの唾液の中の分子に対する免疫により、ダニ刺されが減ることも知られていたようだ。とすると、ダニ刺されから守るワクチンも当然考えられる。この可能性を確かめたのがこの研究で、ダニの唾液に含まれるタンパク質19種類を選び、その遺伝子をmRNAとして調整、新型コロナワクチンと同じように、脂肪ナノ粒子にくるんで、ワクチンとして用いている。

このワクチンを1ヶ月間隔で3回注射し、その後でそれぞれの分子に対して抗体価を調べると、抗体が誘導されやすい分子と、誘導が少ない分子に別れるが、T細胞反応も考え、19種類を全部抗原として用いる方法を続けてその後のワクチン効果についての研究を行っている。

このように免役したモルモットの皮膚にダニを置いて血液を吸わせると、免役した群では18時間ぐらいから紅斑が現れてくる。時間経過から考えると、抗体による2型アレルギーより、細胞性免疫による反応が強いように思える。

ただ、紅斑が出るだけではない。血液が吸えるとダニは何日も皮膚に居続けるが、免役したモルモットでは皮膚から早く離れてしまう。

圧巻はダニが媒介するライム病菌の感染実験で、感染ダニを3匹皮膚において、3週間目のライム病菌の感染を調べると、コントロールでは60%が感染しているのに、免役した方では0%という結果だった。

メカニズムに関しては、ダニ刺され局所での炎症反応が高まっていることが示されただけなので、さらに実用化を目指すとすると、ダニ刺されだけでなく、ライム病感染防御も含めた詳しいメカニズムを詰めた上で、さらに有効な抗原を選んだワクチンに仕上がる必要があるように思う。

しかし、免疫により虫刺されを防ぎ、昆虫を媒介とする感染症を防げるという可能性の検証としては面白いチャレンジだと思う。

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11月18日 今明らかにされたシナプス形成過程の調節機構(11月24日号 Cell 掲載論文)

2021年11月18日
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私たちの脳の神経回路形成には、特異的なシナプス形成制御が必須で、特に間違った神経同士でシナプスが形成されないように調節が行われる。例えばニューロリギンやそのリガンドニューレキシンなどはシナプス形成のオーガナイザーとして有名だが、ノックアウトマウスの解析から、このような単純な図式はもはや受け入れられない。もう一つ重要なオーガナイザーがRTN4RのようなRNoGoシグナルに関わる分子で、神経の軸索伸展を抑制して正しい神経結合に必須と考えられている。逆に、脊髄損傷研究分野では、このNoGoシグナルを外して軸索を再生させられないか研究が行われてきた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、極めてオーソドックスな実験研究を重ねて、NoGoシグナル受容体RTN4RがBAI-Adhesion GPCRと結合し、軸索伸展、樹状突起、を抑制しつつ、シナプス形成に関わることを明らかにした、この分野では重要な研究で 11月24日号のCellに掲載された。タイトルは「RTN4/NoGo-receptor binding to BAI adhesionGPCRs regulates neuronal development(RTN4/NoGo受容体はBAI adhesion GPCRと結合して神経発生を調節している)」だ。

この研究は、これまでシナプス形成に関わることが知られているBAI-adhesion GPCR(BAI)と結合する相手側の分子の探索から始まっている。極めてオーソドックスな方法でBAI結合分子を特定すると、なんとNoGo受容体RTN4Rと同じファミリーのRTN4RL1が結合分子トップにリストされてきた。これは驚きで、RTN4Rはこれまで全く異なる分子と結合して働いているとされてきた。

そこで、BAIとRTN4RおよびRTN4RL1の結合を生化学的、細胞学的に検討し、

  1. BAIとRTN4Rがナノモルレベルの親和性で結合する。
  2. RTN4RはBAIのTSR3領域と結合するが、結合面にフコース、マンノースの糖鎖修飾が必要

を明らかにし、この2つの分子がセットで、NoGoシグナルを担っている可能性を確認している。

次に、RTN4R遺伝子をノックアウトしたヒトES細胞から神経を誘導、試験管内での神経間相互作用を調べる実験から、電気生理学的にも、細胞学的にも、RTN4RとBAI結合がシナプス形成に必須であることを証明している。

最後に、神経細胞やグリア細胞ごとにBAI発現を調節する実験系を用いて、

  1. グリア細胞のBAIと神経細胞のRTN4Rとの相互作用により、神経軸索の伸展が抑制される。
  2. 神経細胞が発現するBAIにより相手神経細胞の樹状突起形成が抑制される。

ことを明らかにしている。

この結果をまとめると、BAIとRTN4Rは、神経伸展を抑制し、次に樹状突起形成を抑えることで、神経を限られた特定の神経に誘導し、特異的なシナプス形成を促すオーガナイザーの働きをしていることが明らかになった。

遺伝子がクローニングされ、ノックアウト動物が作成されても、詳しいメカニズムを解明するためには、地道なオーソドックスな努力の必要性を教えてくれる重要な研究だと思う。

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11月17日 新型コロナウイルスプロテアーゼが血管炎を誘導する (10月21日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2021年11月17日
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新型コロナウイルスについては、ウイルス自体だけでなく、ウイルスの作用を通して様々な生命現象を学ぶことができた。たった30Kbの小さなしかし精巧なゲノムに実に多様な作用がコードされている。

今日紹介するドイツ・リューベック大学からの論文は、ウイルスゲノムが細胞内で働くために最初に必要とされる、メインプロテアーゼ(Mpro)が、NFkbシグナル経路のスキャフォールドとして機能しているNEMOを直接分解して血管炎を誘導する可能性を示した研究で、10月21日号Nature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「The SARS-CoV-2 main protease M pro causes microvascular brain pathology by cleaving NEMO in brain endothelial cells(SARS-CoV2のメインプロテアーゼは脳血管のNEMOを分解して脳の微小血管病変を誘導する)」だ。

この研究は、なぜcovid-19で脳症状が発生するのかの原因を突き止めたいと始められたようだが、分析的なアプローチをとるのではなく、血管内皮のNFkBシグナル活性化に必須のスキャフォールドNEMOがMproにより破壊されて病気が起こるという仮説を最初から設定して、この仮説を確かめるための実験を行っている。

神経細胞に直接新型コロナウイルス(CoV2)が感染する可能性を示唆する人もいるが、血管炎がウイルス感染により起こることを示すため、covid-19患者さんでは脳血管の細胞死が高まっていること、またマウスへの感染実験でも、再現できることを示し、血管内皮が脳病変の場になる可能性を示している。

次に、患者さんの脳血管、および試験管内でCoV2を感染させた細胞では、NEMOが分解されていること、また感染細胞では5カ所のグルタミンサイトで切断が起こっていることを確認している。

この結果、NFkBシグナルが抑制されると予測されるが、期待通りMproを発現している血管内皮では、NFkB下流のIL1βの発現が低下している。また、NFkBはカスパーゼシグナルを押さえる役割を持っているが、これが破壊されているため、TNFなどによる細胞死が強く促進されていることを示している。すなわち、脳血管内皮の細胞死は、ウイルスのMproによるNEMO破壊の結果である可能性が支持された。

そこで最後に、生体内でこの回路が働いているか確認するため、まずアデノ随伴ウイルスでMproを脳血管に導入すると、微小血管の内皮の細胞死が誘導された。また、最初からNEMOが血管内皮で欠損したマウスを調べると、同じような血管病変が起こることを確認している。また、このNEMO欠損による細胞死シグナルにはRIPK1/3シグナルが関わることを突き止め、RIPK1阻害剤で血管病変を抑えられることを示している。

結果は以上で、ホストの脳血管病変を誘導するほうがウイルス進化にとって都合が良かったとはまず思えないが、偶然にしても面白い結果だ、というのも、この結果が正しく、しかも後遺症の原因にもなる脳血管異常にMpro活性が効いているとすると、現在認可を待っているファイザーや塩野義のMpro阻害剤が、ウイルス増殖抑制だけでなく、血管病変抑制にも効く可能性が出てきたことになる。感染初期だけでなく、できれば、血管炎が発症したケースにも試してみたら面白いかもしれない。

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11月16日 レビー小体認知症やパーキンソン病に自己免疫性炎症が関わる?(11月12日号 Science 掲載論文)

2021年11月16日
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レビー小体認知症(LBD)やパーキンソン病(PD)で神経変性の引き金を引くのは、αシヌクレインの蓄積であることはこれまで何度も紹介してきたが、これに加えて多くの神経変性疾患では、免疫性の炎症が起こっていることが示唆されている。

今日紹介するシカゴ、ノースウェスタン大学からの論文は、ここからさらに進んで、これらのシヌクレイン症では、シヌクレイン自体に対する特異的T細胞が関わっている可能性を示した研究で、11月12日号Scienceに掲載された。タイトルは「CD4 + T cells contribute to neurodegeneration in Lewy body dementia(CD4陽性T 細胞がレビー小体認知症の神経変性に貢献している)」だ。

この研究は全て患者さんの脳組織や脳脊髄液、末梢血を用いた仕事で、最終的に病因を実験的に確かめることはできない。従って、現象を積み重ねるスタイルの研究だ。

まず、亡くなった患者さんの黒質を免疫組織的に調べ、PDやLBDの患者さんでは、T 細胞の浸潤が何倍も多いこと、またこれらのT細胞はシヌクレインが沈殿したレビー小体と接して存在していることを確認している。

次に、正常およびPD、DLB患者さんの脳脊髄液から血液細胞を集め、single cell RNAseqを用いて脳に浸潤している血液細胞の遺伝子発現を調べると、他の細胞腫と比べて、CD4T細胞の転写が活性型に変化し、特にCXCR4やCD69の発現が高まっていることがわかる。一方、末梢血CD4T細胞のsingle cell RNAseqでは同じような変化は認められない。

CXCR4はT細胞浸潤を誘導する可能性があるので、黒質血管のCXCL12の発現、および脳脊髄液中のCXCL12を調べ。それぞれ上昇が見られることを示している。また、認知症の進行具合との相関も調べており、認知症の進行と弱い相関があることも確認しているが、示されたデータの差は大きくない。

この研究で最も大事なのは、患者さんのT細胞がシヌクレインに対して反応するかどうかだが、末梢血T細胞のシヌクレイン由来ペプチドに対する反応を調べると、

  1. 元々患者さんのT細胞は抗原なしでも活性が高い、
  2. ペプチドプールに対して患者さんT細胞は増殖反応を示す。
  3. 患者さんにより異なるが、特に強い反応を示すペプチドが存在する。
  4. 刺激によりCXCR4が上昇するとともに、炎症性サイトカインIL-17が誘導される。

を示している。すなわち、シヌクレインに対するT細胞が、患者さん末梢血、そしておそらく脳内にも存在しており、炎症の原因になっている可能性を示唆している。

もし本当なら、現象としては恐ろしいことだが、逆にPDやLBDを、免疫抑制やケモカイン阻害により治療する手立てがあることも示している。そこまで研究が進めないと、論文のための論文で終わってしまう。

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11月15日 道具使用の構想と言語の統語に共通する脳回路(11月12日 Science 掲載論文)

2021年11月15日
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少し内容が古くなったかもしれないが、このHPに言語誕生についての研究をまとめた覚え書きを掲載している(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)。チョムスキーの最新研究から始めた後、言語を使うときの統語と、道具を使って仕事をするときの頭の中でのプランニングに関わる脳回路が共通している可能性についてもまとめておいた。この記事で、この可能性を示す証拠として挙げたのは、1)1年ぐらいでようやく意味のわかる単語の並びを話すようになるのと同じで、生後18ヶ月まで、道具とおもちゃの区別はできないこと。2)脳卒中で失語症が発症してしまう患者さんの中には、同時に道具の使い方がわからなくなる「失行症」を併発することがあること。の2点だった。

クシの使い方がわからなくなった失行症の患者さん(Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/Apraxia#/media/File:Apraxia_001.jpg)

ただ、これらの研究は実際の脳回路特定までには至っていなかった。

今日紹介するフランス、リヨン神経科学研究センターからの論文は、機能MRI(fMRI)を用いて言語と道具使用の共通性に迫った面白い研究で、11月12日号Scienceに掲載された。タイトルは「Tool use and language share syntactic processes and neural patterns in the basal ganglia(道具使用と言語は統語プロセスと基底核の神経活動パターンを共有している)」だ。

この研究では、道具と言語について、2つの複雑な課題を設定している。まず言語だが、複雑な内容を単純な構文を組みあわせるだけ(CC)、主語の説明に関係代名詞を使う構文(SRC)、そして主語を目的格として説明するため関係代名詞を使う構文(ORC)を作っている。英語の例が出ているので引用すると「The writer admires the poet and writes the paper」(CC), 「The writer that admires poet writes the paper」(SRV)、「The writer that the poet admires writes the paper」(ORC)。これらの構文が正しく理解されるか調べると、少なくともフランス語の場合ORCが最も難しく、判断に時間がかかり、また失敗率も高い。

次に道具使用だが、長いピンセットを使ってボードに指してあるピンを抜いて、他の決められた場所に移動させるという課題を行っている。

この2種類の課題を行っているときに、機能的MRI(fMRI)で脳の活動を比べると、言語の統語を処理しているときと、道具を使うプランを構想しているときの基底核、特に淡蒼球の脳の活動パターンが類似していることを明らかにしている。さらに面白いことに、道具使用プランの際の脳活動と最も一致するのが、理解が難しいORC構文を処理しているときであることも示している。

普通の研究は、脳活動の共通性を特定できると、めでたしで終わるのだが、このグループの発想力はこれでとどまらない。もし同じ回路を使っているとしたら、道具を使う訓練によって、言葉の統語理解が高まる、あるいは逆もあるのではと、機能的実験を行っている。

ピンを決められたところに移すボードゲームを、ピンセットを使って、あるいは道具を使わず手を使って訓練し、先ほどのORC理解度を測定すると、期待通り、道具を使って訓練したときに最も言語構文の理解力が上がる。

また、ORC,SRCそれぞれの構文を何度も聞かせて、理解を早める訓練を行った後、道具を使ったピンを移すボードゲームを行わせると、ORCを理解するよう訓練したときのほうが、SRC理解の訓練より、ゲームのスコアが改善する。

結果は以上で、道具使用の構想過程と、言語の統語過程に同じ脳回路が利用されることを示しただけでなく、機能的にも両過程がオーバーラップしていることを示した、極めて面白い研究だと思う。

最後に一つだけ懸念するのは、私たちが道具を使うとき、言語能力に頼っている可能性がないかだ。ただ、この疑問はトートロジーになって答えるのが難しいので、気にしないでおく。

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11月14日 脳は末梢での炎症反応を記憶している(11月24日号 Cell 掲載論文)

2021年11月14日
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今年のノーベル医学生理学賞以来、心なしか痛みや体性感覚の論文が増えた気がするが、おそらくこれは違った目で論文を読むようになったからだろう。そんな目にとまったのが今日紹介するイスラエル工学研究所からの論文で、免疫反応を脳の島皮質神経が記憶するという話だ、タイトルは「Insular cortex neurons encode and retrieve specific immune responses(島皮質神経は免疫反応をエンコードしまたその記憶を読み出せる)」だ。

局所の炎症や免疫反応も体性感覚を誘導するから、脳に影響するのは当然で、何が面白いのかと読み始めた。ただ、イントロダクションを読むと、著者らは局所の免疫反応が脳神経に記憶され、この記憶がその後の炎症反応に影響するという大それた仮説を持っていることがわかった。

では、仮説をどう証明するかだが、興奮すると神経に一時的に発現するFos遺伝子を利用して、腸や腹腔での炎症時に興奮する神経をまず特定し、今度はFosを発現した同じ細胞を、これらの細胞だけ刺激したり、抑制したりすることができる、化学遺伝学的手法を用いて操作したとき、末梢で何が起こるかを調べる、という段取りで実験を行っている。

まず、腸に硫酸デキストランを投与して起こした炎症により興奮する神経を探すと、彼らが最初から狙っていた島皮質のグルタミン作動性錐体神経および一部のGABA作動性抑制神経がラベルされる。また、腸の神経をラベルして投射をたどると、炎症により興奮した細胞と一部オーバーラップするので、腸からの島皮質に神経投射があり、その結果神経興奮が見られることが確認されている。

ここまではなんの不思議もない。以前紹介したように炎症性サイトカインはTRPV を直接刺激することもあるから(https://aasj.jp/news/watch/18033)、興奮した神経が島皮質に投射しておれば当然の結果だ。

ただここから先、すなわち島皮質で興奮した同じ神経を興奮させると、局所の免疫細胞や炎症細胞が変化するということは、想像だにしなかった。この研究では、Fosを発現した細胞だけが人工的リガンドで刺激できる受容体を発現するようにし、腸からの刺激に反応した島皮質神経をもう一度CNOと呼ばれる人工リガンドの注射で興奮させられるように操作したマウスを用いて、これを実現している。

驚くことに、腸の炎症により興奮した島皮質神経を再度興奮させると、今度は腸特異的にほぼ同じような炎症状態を誘導することができている。これは、自然免疫に関わる細胞だけでなく、γδT細胞や、CD4T細胞の浸潤も伴う、驚くべき再現だ。一方、島皮質神経をランダムに刺激しただけではこのような局所炎症の再現は全く見られない。また、同じ現象は、腹腔刺激でも誘導でき、この系で呼び起こされる炎症は、腹腔組織特異的で、どこで炎症が起こったのか、脳がしっかり区別していることがわかる。

そして最も驚くべき実験は、腸管の炎症を記憶した細胞の興奮を、抑制性のリガンドで今度は抑えると、硫酸デキストラン投与による炎症の程度を軽減することが可能であるという結果だ。

以上が結果で、例えばワクチン注射した炎症反応は脳でしっかり記憶され、また起こるのではと変に心配していると、副反応が持続し、さらに2回目の接種で反応が高まるといった話になる。鎮痛剤だけではこの記憶を抑制できないことも示されており、体性感覚もここまで精巧になると、制御不能になる心配がある。

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11月13日 長寿遺伝子のデパート:メバル(11月12日号 Science掲載論文)

2021年11月13日
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メバルは100歳まで生きると何かで読んで驚いたことがある。以前紹介したキルフィッシュのように(https://aasj.jp/news/watch/4519)、寿命が5ヶ月ぐらいの短命の魚は観察するだけで寿命を特定しやすいが、長寿の魚となると、いくら耳石や鱗で年齢が推定できるとしても、サンプリングを繰り返して統計学的に調べる必要があり、地道な努力の積み重ねでわかってきたことだと思う。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、この長寿で有名なメバルの仲間、88種類のゲノムを解読し、長寿の秘密を探った研究で11月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Origins and evolution of extreme life span in Pacific Ocean rockfishes(太平洋のメバル属の驚くべき長寿の起源と進化)」だ。

100歳のメバルにも驚いていたが、この論文を読んで我が国でアラメヌケと呼ばれている魚に近いS.Aleutianusではなんと200歳を超える長寿を誇る。この研究では、メバル科88種類のゲノムを解読しているが、各種で寿命は大きく異なり11年から200年まで、驚くほど多様だ。しかし解読されたゲノムのおかげではっきりとした系統関係が描ける。面白いことに、系統関係と寿命はある程度相関しているが、一方向への進化ではなく、それぞれの属の中でも多様性はある。また、系統的に長寿の多い属と離れていても、独自に長寿を獲得している種も存在する。

そこで、寿命が100年以上の種と、20年以下の種を分けてゲノムを比べ、長寿とともに選択されてきた遺伝子をリストすると、長寿とともに選択された遺伝子だけでなんと800種類近く存在し、また選択された、遺伝子は種ごとに異なっている。実際、2種類以上の種でリストされる遺伝子はたかだか15%にとどまっている。すなわち、特定の遺伝子で長寿が達成されるのではなく、それぞれの種で独自に長寿をもたらす遺伝子の進化が起こっていることがわかる。

ではどのような遺伝子が選択されているのか調べると、多くの長寿種で必ず選択される最も効果がありそうなのはDNA2重鎖切断修復に関わる遺伝子群だ。また、これ以外の長寿により選択される遺伝子には、期待通りテロメア、除去修復などに関わる遺伝子がリストされている。これらは長寿との関わりが指摘されており、北極鯨やゾウガメで特定されている遺伝子も含まれている。

もちろん他にも、代謝や炎症に関わる遺伝子もある。そこで、これら長寿遺伝子としてリストされた遺伝子を、体のサイズや、生息深度など、他の進化と関わる遺伝子との関連を調べると、ほとんどはこれらの形質とも相関していることから、生息環境に適応し様々な形質を獲得する中で長寿が達成されていくことがわかる。とはいえ、インシュリンシグナルのように、長寿特異的に残っている遺伝子も10種類ほど特定できている。

こうした中で、寿命とともに遺伝子コピー数が増大する遺伝子も特定されている。免疫チェックポイントに関わるB7と同じファミリーに属するbutyrophilinで、遺伝子コピー数と寿命が見事に相関している。

遺伝子の多様性から計算される個体数や世代時間についても調べ、長寿とともに個体数は大きく低下し、世代時間も延びることを示している。すなわち、長寿のメバルを乱獲してしまうと、取り返しのつかないことになることがわかる。

結果は以上で、ざくっといってしまうと、遺伝子レベルで見ても、長寿は一つの要因で達成できるのではなく、様々な要因が集まった結果としてあることがわかる。今回示された、DNA修復、テロメア、butyrophilinなどの炎症、mTorなどの代謝、低酸素反応などの寿命との関わりは何度も指摘されてきた。しかし、同じファミリーの魚の多様性を利用して比べた結果を見たのは初めてで、機能の確認が全くなくても十分説得力が高い、面白い論文だった。私たちも、長寿遺伝子のデパート:メバルから学ぶことは多い。

カテゴリ:論文ウォッチ
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