7月6日 ダイエットと腸内細菌叢(6月23日 Nature オンライン掲載論文)
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7月6日 ダイエットと腸内細菌叢(6月23日 Nature オンライン掲載論文)

2021年7月6日
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腸内細菌叢が、生活環境や食事により大きく変化することはよくわかっているが、コントロールされたダイエットの効果については、今まで論文を目にしたことがなかった。

今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ大学病院からの論文は、肥満の治療目的で、1日800kcalという、過酷な制限食(ネスレ社から販売されているOptifastを持ちいている)を2ヶ月続けた80人の更年期女性について、ダイエットの効果と共に、腸内細菌叢の変化を調べた研究で、6月23日のNatureにオンライン出版された。タイトルは「Caloric restriction disrupts the microbiota and colonization resistance(カロリー制限は腸内細菌叢を破壊し、細菌侵入抵抗性が低下する)」だ。

さて、このぐらい徹底してコントロールすると体重が13Kg近く低下し「(といっても対象者は90−100Kgの巨漢だが)、同時に体脂肪が低下、そしてグルコース代謝の改善が見られている。

これと並行して、腸内細菌叢の量と内容も大きく変化する。しかし、元の食事に戻ると、体重は維持されていても細菌叢は元に戻る。細菌叢の変化の原因を探るため、細菌叢全体が発現している遺伝子を調べると、利用したダイエット食品に合わせて、グリカンを代謝できるAkkermansiaが上昇し、植物性炭水化物を代謝する細菌が低下していることがわかる。また、メタゲノム解析でも、Akkermansiaだけでなく、グリカン代謝に関わる酵素が上昇、CAZymesと呼ばれる植物性炭水化物分解酵素が低下する。

通常の研究は、このような解析を繰り返して、なるほどという結論を出して終わるのだが、この研究ではさらに進んで、無菌動物への便移植を行い、細菌叢の変化がホストの代謝に影響するかを調べている。

  1. 体重減少率の高かった人のダイエット後の便を移植したマウスは、ダイエット前の便、あるいはコントロールの便を移植したマウスより体重が低くなる。
  2. これと並行してブドウ糖代謝能も高まり、体脂肪も低下する。
  3. 便移植による体重減少に関わる最も重要な要因は、病原性で知られたクロストリジウム菌で、他の菌とともにクロストリジウム菌を移植すると、体重の低下が強くなる。
  4. クロストリジウム菌といっても、このとき増加するのは病原性のトキシンの発現はなく、下痢などの症状は誘導しない。
  5. しかし、病気を誘導するところまではいかないが、クロストリジウム菌が持っているトキシンが、腸内での好中球浸潤を誘導し、体重減少に関わっている。
  6. クロストリジウム菌の現象は、単純の分泌低下と相関している。

他にもあるとは思うが、主な結果は以上のようにまとめていいだろう。独断を交えて解釈すると、厳しいカロリー制限によって腸内細菌叢が変化し、それが体重減少を助けることは間違いなさそうだが、この影響は単純な代謝だけを介するのではなく、病原性はないにせよ、クロストリジウム菌のトキシンを利用した変化で、炎症が起こることから、注意が必要だということになる。

この研究ではOptifastが用いられているが、例えば胆汁量を維持するための成分を加えるなど、まだまだ改良の余地があると思う。さらに、炎症が起こることを考えると、若い妊婦さんが間違ってもこのような方法を用いることがないよう周知も必要かと思った。

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7月5日 スプライシング阻害剤を用いてガン免疫を高める。(7月22日号 Cell 掲載論文)

2021年7月5日
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チェックポイント治療は、ガン免疫が成立するかどうかにかかっている。ガン細胞といえども、自己細胞由来であり、通常免疫トレランスがかかっている。幸い、ガン自体様々なストレスを跳ね返して増殖している結果、正常細胞にはない多くの突然変異が蓄積し、それが新しいガン抗原として働く。メラノーマや肺ガンでチェックポイント治療の効果が見られる人が多いのは、これらのガンでは紫外線やタバコなどにより、多くの突然変異が存在する確率が高いからだ。

とすると、ガン抗原として働く変異ペプチドをできるだけ多く作らせることができると、チェックポイント治療の確率を高めることができる。ゲノムレベルの変異以外で、これを可能にする方法として、当然スプライシングを阻害して、新しいペプチドを合成させることが考えられる。ただ、ガンでより依存性が高まっているとはいえ、スプライシングはガン特異性が期待できないことから、試みられてこなかったようだ。

今日紹介するスローンケッタリング ガン研究所からの論文は、ガンの免疫療法を高めるためのスプライシング阻害剤利用の可能性について詳しく検討した研究で7月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Pharmacologic modulation of RNA splicing enhances anti-tumor immunity (RNAスプライシングを薬理的に変化させることで抗腫瘍免疫を高める)」だ。

スプライシングが失敗すると、イントロンが翻訳されたり、フレームの変わったペプチド断片が翻訳されたり、通常存在しないペプチドが細胞内で合成されることはわかっている。ただ、これが正常細胞の生存を脅かすと元も子もない。

この研究では、スプライシングに関わるRBM39を特異的に分解する薬剤や、スプライシング機能に必要なタンパク質のアルギニンメチル化を阻害する化合物を用いて、ガン細胞の試験管内の増殖には影響がないがガンを移植したときの免疫反応が高まる処理方法を探し、indisulam及びMD-023を特定している。

次に、免疫機能をはじめ、様々な生体機能が保持される濃度を決めたあと、ガンを移植したマウスをanti-PD1抗体で治療するとき、同時にそれぞれの薬剤を投与して、スプライシング阻害によりガン免疫を高められるか調べている。結果は期待通りで、いずれの薬剤も完全ではないが、明らかにPD1抗体治療の効果を高めることがわかった。

あとは、それぞれの薬剤が実際にスプライシングを変化させて、新しいガン抗原を誘導しているかどうかを、様々な方法を用いて調べ、

  • それぞれの薬剤は、イントロンをはずし損ねたり、あるいはエクソンを飛ばしてしまうというスプライシングの異常を誘導し、正常にはないペプチドを合成する。また、人間、マウスを問わず、共通の新しいペプチドが多く合成される。Indisulamはスプライシングの効率を下げることで前者の異常が多く、一方MS023は後者の異常が高まる。
  • こうして生成した異常ペプチドはMHCと結合できる能力があり、実際indisulam処理した細胞のMHC Iを免疫沈降して、結合しているペプチドを質量分析で調べると、スプライシングミスで生成したペプチドが多く同定される。例えばIndisulam 処理により、H-2D結合ペプチド518種類、H-2K結合ペプチド366種類発見している。
  • こうした発見したペプチドの中から、MHCとの結合性の高いペプチドを39種類選び、それぞれに対してT細胞免疫ができるか調べると、11種類がガン免疫を誘導することがわかった。
  • ペプチドとMHCのテトラマーを用いて抗原反応性T細胞を定量する方法を用いると、indisulam処理、あるいはindisulam+aPD1処理により、ガン抗原となるペプチド反応性のCD8T細胞が上昇する。

以上、様々な角度からスプライシング阻害剤を免疫チェックポイント治療と組み合わせると、効果が期待できることを示している。この2種類の薬剤は、少なくともマウスでは全身影響を許容できるようなので、チェックポイント治療の適用を高める意味でも、臨床治験の進展に期待したい。

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7月4日 線維筋痛症は自己抗体により誘発される(7月1日号 The Journal of Clinical Investigation 掲載論文)

2021年7月4日
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線維筋痛症(fibromyalgia: FM)は全身に痛みが生じる病気で、症状は激烈なのに、原因が全く特定されていないだけでなく、確定診断に必要な検査もないため、それが余計に患者さんの不安を増強させてしまう、医学に残された重要な課題の一つだ。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は、この難しい病気の解明と治療に大きな変革がもたらされるのではと期待される研究で7月1日号のThe Journal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは「Passive transfer of fibromyalgia symptoms from patients to mice (線維筋痛症の症状を患者さんからマウスに移行させる)」だ。

このHPでもFMについては既に2回紹介しているが(https://aasj.jp/news/watch/9681)(https://aasj.jp/news/watch/10184)、内容といえば「診断が難しいが、痛みの閾値が低下していることから、メトフォルミンなどでこれを上げることで改善できるかもしれない」といった、ある意味では慰め程度の論文しか紹介できなかった。

しかし今回紹介する研究は、これまでとはレベルが違う。研究は、FMの原因が神経端末に存在して興奮の閾値を決めている何らかの分子に対して抗体ができることで、この自己抗体が痛みの閾値を下げて、全身の痛みを誘導している、という仮説に基づいて計画されている。この仮説が正しければ、自己抗体を他の個体に投与すれば、当然同じ症状が起こることになる。ただ、もちろん他の人に患者さんの血清を投与することは許されない。代わりに、この研究では患者さんの血清からIgGを精製して、それをマウスに注射した。

すると、注射して次の日から、足の裏の刺激を用いたテストで見られる痛み感受性の上昇が見られるようになる。しかも、投与した全ての患者さんの血清で同じ症状を誘導できるが、健康な人の血清では何も起こらない。

痛みを誘導する方法を変化させて調べる実験で、様々な痛みに対する反応を調べ、痛み受容体が関わる興奮であれば、ほぼ全ての種類の痛みの感受性が高まることを明らかにした。さらに、この抗体を注射された個体では、活動性が低下するという点でもFMの患者さんに酷似している。そして、これがIgG、すなわち抗体によることも確認している。

どうして今までこの着想が生まれなかったか悔やまれるが、極めて古典的な方法で、FMが神経細胞膜に作用して痛みを増強させる生理学的抗体による免疫病であることを明らかにしたことになる。

あとは、神経細胞上のどの分子に結合して閾値を下げているのかが問題になる。この研究では、患者さんのIgGが、病的疼痛に関わると考えられている後根神経節のサテライトグリア細胞と神経細胞に結合していることまで確認しているが、残念ながら分子の同定にまでは至っていない。ただ、結合して直接神経興奮が誘導されるような分子ではない。また、炎症を介して閾値が下がっているということも否定している。

あと少し頑張って分子を特定すればホームランだったとは思うが、患者さんにとっては大きな朗報だと思う。全力をあげて、分子の特定を行うとともに、自己抗体を低下させる方法を確立して欲しい。まだまだ乱暴な検査だが、動物の後根神経節を患者さんの血清で染めるという方法も、確定診断法になる可能性が高い。大きな期待を抱かせる研究だと思う。

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7月3日 皮膚細菌叢による炎症には内因性のレトロウイルスが関わる?(7月8日号 Cell 掲載論文)

2021年7月3日
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昨年紹介したが、皮膚の難治性の炎症には内在性のウイルスの再活性化が関わることがある(https://aasj.jp/news/watch/12272)。日本語での総説がワンクリックして貰えばダウンロードされるので、是非私の友人の橋本・愛媛大名誉教授のDiHS(薬剤過敏症症候群)の総説を読んでいただきたいが 、皮膚の炎症が一つの原因だけで語るのを難しくしている。

今日紹介する米国衛生研究所からの論文は同じラインの研究で、皮膚のように細菌が繁殖しにくい環境でも、内在性のレトロウイルスが活性化され、自然免疫が誘導されると、強い炎症になることを示した研究で7月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Endogenous retroviruses promote homeostatic and inflammatory responses to the microbiota(内因性レトロウイルスが細菌叢に対する定常的・炎症性反応を促進する)」だ。

研究は比較的単純で、Cellによく採択されたなという印象はあるが、意外性のある結果なので、本当なら新しい視点が開ける。皮膚細菌の代表として表皮ブドウ球菌をマウス皮膚に移植したとき、炎症はそれほど強くないのに様々なT細胞の浸潤が起こることに注目し、皮膚ケラチノサイトの反応を調べている。すると、炎症反応は強くないのに、1型インターフェロンの強い反応が誘導され、結果抗ウイルスに関わる分子が強く誘導されている。

炎症の助けなしに強いT細胞反応が誘導できる理由をさらに探索すると、表皮ブドウ球菌により数種類の内在性のレトロウイルスが活性化され、これが逆転写されることで、途中で転写が止まった短いcDNAが細胞内で蓄積し、これがTLR2等の自然免疫シグナル系を介して、T細胞誘導性のサイトカイン分泌を誘導していることを突き止める。

また、逆転写されたcDNAが細胞浸潤を誘導していることを明らかにするため、逆転写酵素阻害剤を投与する実験も行い、これによりT細胞の浸潤が強く抑制されることも明らかにしている。加えて、この内在性レトロウイルス誘導に、細菌側のLPSとタイコ酸が関わることも明らかにしている。

この他にも、cDNAがSTING/GASにより感知されていることや、損傷治癒との関わり、さらには肥満による慢性炎症の影響まで、いろいろ実験が加わっているが、割愛してもいいだろう。

まとめ直すと、表皮ブドウ球菌の場合、LPS/タイコ酸刺激により、内在性のレトロウイルスが活性化されることで、特異的に抗ウイルスの主役、1型インターフェロンが誘導され、ある意味で今流行のサイトカインストームを抑えながらも、T細胞を主役とする細胞浸潤を誘導し、細菌に対する免疫が成立する、になるだろう。

ヘルペスウイルスのケースと比較すると、ウイルスの関与の仕方も様々で大変面白い結果だが、内因性レトロウイルスとなるとあらゆる細胞に、大量に存在すると考えられるので、皮膚だけの話か、あるいは肺や腸まで拡大できる話なのか、少し気になる。

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7月2日 新型コロナウイルスの抗体回避を網羅的に定量してmRNAワクチンに対する免疫を評価する(6月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月2日
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現在我が国でも急速にワクチン接種を受けた集団が増えている。そのほとんどが完全に同じpre-fusion formのスパイク抗原を安定に形成できるmRNAワクチンであることを考えると、日本人の免疫機能を調べるためのまたとない機会が、研究者の前にあることを示唆している。しかし、抗体反応は様々な抗原反応B細胞の集まりで形成され、その全体像を定性的、定量的に検出するのは簡単でない。

この問題に酵母の細胞膜にウイルスの受容体結合ドメインを発現させて、抗体との相互作用を網羅的に調べようとしたのが、昨年9月、フレッドハッチソン・ガン研究所からCellに発表された論文で、RBDに理論的に可能な点突然変異をあらかじめ網羅的に導入して、FACSを用いてACE2と変異RBDを発現した酵母との反応を解析し、ACE2結合性が上昇or 下降した変異を全て特定するのに成功した。それまでウイルスの変異は、forward geneticsで調べられていたのが、この方法のようにreverse geneticsを利用することで、変異体の出現を予測する方法に道を開いた点で画期的だ。

当然ウイルス変異で心配になるのは、ACE2との結合活性だけでなく、ウイルスに対する抗体を回避する変異だが、今年1月、このグループは、網羅的に変異を導入した酵母と、ウイルス感染後の抗体との反応を調べ、抗体回避変異は、患者さんの抗体というダーウィン選択圧存在下で現れることを明らかにした。

そして今回、私たちの最大の関心事であるワクチン接種により誘導される抗体から回避するウイルス変異について検討し、6月30日、ScienceTranslational Medicineに掲載した。タイトルは「Antibodies elicited by mRNA-1273 vaccination bind more broadly to the receptor binding domain than do those from SARS-CoV-2 infection (mRNA-1273(モデルナワクチン)により誘導された抗体は、ウイルス感染により誘導された抗体より広範囲に受容体結合ドメインと結合できる)」だ。

繰り返すが、この研究ではスパイクのRBD遺伝子をとりだし、それぞれのアミノ酸をあらかじめ可能な限り変異させ、最初の研究でACE2に結合性があることを確認した2034種類の変異体を作成し、全てを酵母の表面上に発現させたライブラリーを作成し、抗体との反応性を見ている。

このライブラリーを患者さんの血清と混合すると、RBDに対する抗体がある場合、酵母は抗体で染色されFACSで検出できるが、抗体との反応性が低い変異RBDを持った酵母は、染色性が低下する。すなわち、抗体回避変異体を、FACSで可視化し、それをソーティングすることができる。こうして回収した酵母のRBD配列をシークエンスすれば(バーコードでもできるようになるだろう)、どの変異が抗体回避するか予測できる。しかも定量性が高い。

ただ、この方法が抗原決定基を調べる方法でないことには注意が必要だ。抗原抗体反応の立体構造を見ると、抗体ごとに抗原と接触する範囲は異なる。したがって、抗原上に存在する抗体反応領域を単純に1個、2個と数えることができない。一方この方法だと、血清中に存在する抗体の総体がどの変異に対応しているのか、明確に定量できる。

これまでスパイクに対する抗体の研究から、中和活性の複雑性が議論されており、RBDの変異だけで全てを網羅できるかという問題はあるが、最初にRBDで血清を吸収する実験を行い、中和抗体の90%はRBDに対応していることを確認して、その後の研究の妥当性を示している。しかし驚くのは、感染により誘導された抗体はRBDだけで吸収しきれない点だ。すなわち、感染ではRBDだけでなく、多くのエピトープに対して抗体ができていることを示唆している。

さて、ワクチンによる免疫は変異体に対して抵抗性を持っているのか? 研究では14人のワクチン接種者(普通の量より2.5倍高い量を注射した第一相試験の参加者:ただ現在用いられている量を接種したグループでも同じ結果であることは確認されている)を、接種後1ヶ月、4ヶ月目で調べている。

既に述べたように、これまでの免疫学で考えるのとは全く異なる検査方法なので、結果をうまく表現するのは難しい。しかも、抗体回避性と言っても、そのまま変異体が拡大することを意味するわけではない。言ってみれば、抗体総体の反応性が少しでも低下する抗原表面上の変異が、FACSソートされる頻度で表現されている。それをあえてわかりやすく翻訳し直すと、結果は次のようにまとめられる。

  1. ワクチン接種を受けると、できてきた抗体の総和は、多くのRBD変異に影響を受けるが、特に強く影響される変異があるわけではなく、様々な変異が低いレベルで抗体結合性を低下させる。
  2. しかし、4ヶ月になると、その中でいくつかの変異が特に強く抗体回避能を獲得するようになる。これが反応クローン数とどう関係するか分からないので、結論はできないが、免疫が成熟すると、一定エピトープに対するクローンが増えるという状況になるのかもしれない。
  3. 一方、感染によって誘導された抗体の場合、最初から抗体回避を強く起こす特定の変異体が優勢になる。多くの患者さんで同じようなパターンが見られるので、おそらく以前紹介したように、中和抗体の場合、最初から生まれついて持っている抗体遺伝子が対応しているのかもしれない。(https://aasj.jp/news/watch/13476
  4. 以上の結果、少なくともモデルナワクチンを接種した場合は、様々な変異をうまくカバーして抵抗力のある抗体が誘導される。

先に述べたように、これまでの免疫学的方法を頭に、この結果を読むと間違うと思う。しかし、reverse geneticsを用いて、全く違う視点で眺めたことで、新しいものが見えてきている。今後、これまでの免疫学での結果(例えば反応抗体クローン数)などと対応させることで、表裏が揃った素晴らしい検査に発展すること必至だ。もっと予測性をあげたいなら、スパイク全体をしかもpre-fusion formで発現させ、網羅的変異を導入することも可能だ。

今でも遅くないから、この方法を導入して日本人でも調べてほしい。

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7月1日 MECP2とうつ病がつながった (6月28日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2021年7月1日
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6月26日、「MECP2研究の新時代が来た」と題して、これまでメチル化されたCG(シトシン、グアニン)結合タンパクとされてきたMECP2が、実際には(全てでないにしても)メチル化されたCA(シトシン、アデニン)に結合して、DNAがヒストンによりヌクレオソームにまとまるのを阻害する役割があること示したフランスストラスブール大学からの研究を紹介した。

内容的にはおそらく医学部大学院生でも難しい論文なので、説明がよくわからないとお叱りを受けた。そこで、7月13日火曜日 朝11時から、MECP2重複症患者家族会の方に参加していただいて、この論文の意義について納得してもらうまで説明しようと考えている。もし平日の朝でも、参加可能な人は、連絡していただければ、zoom アカウントを送ります。

このとき、もう一つ紹介したい論文が、今日紹介するテキサス、バンダービルド大学から発表された論文で、うつ病治療に使われるケタミンやスコポラミンの作用がMECP2を介している可能性を示唆した研究だ。タイトルは「Sustained effects of rapidly acting antidepressants require BDNF-dependent MeCP2 phosphorylation(一過性作用しか持たない抗うつ剤が長期効果を持つにはBDNF依存性のMeCP2リン酸化が必要)」で、6月28日号Nature Neuroscienceに掲載された。

現在うつ病の治療として使われている薬剤の中に、NMDA受容体阻害剤ケタミンがあるが、ケタミンは麻酔剤として知られるように、受容体抑制効果は一過性でしかない。なのに、ケタミンを一回投与しただけで、抗うつ作用が1週間以上続くことから、より持続的な細胞変化が関わることが想定され、ケタミンで誘導される神経細胞過程が徐々に明らかにされてきている(https://aasj.jp/news/watch/14546)(https://aasj.jp/news/watch/3687)。

このケタミンはうつ病だけでなく、なんと介在神経の活動を抑える目的でレット症候群への治験が進む薬剤として期待が持たれている。

そのケタミンがMECP2の機能調節に直接関わっていることを示したのがこの研究で、まずケタミンを注射すると、海馬で神経増殖因子BDNFが一過性に上昇し、その後1週間目にリン酸化されたMECP2が上昇することを発見している。

この上昇がケタミンの抗うつ作用に直接関わることを示すために、MECP2遺伝子を操作して、リン酸化を受けられないようにしたマウスを用いて、泳ぎを強要することで誘導されるうつ状態をケタミンで治療する実験を行うと、リン酸化できないMECP2では、ケタミンの効果がないことがわかった。

すなわち、ケタミンにより一過性にNMDA受容体が抑制されると、細胞内のシグナル変化でBDNFが誘導され、途中まだはっきりしない細胞内過程を経て、MECP2がリン酸化され、その結果うつ症状に関わる細胞変化を長期間維持することができることを示している。

他にも、ムスカリン受容体の阻害剤スコポラミンでも、抗うつ剤として長期効果が知られている薬剤は、同じようにBDNFを介してMECP2リン酸化へと収束すること、また同じ刺激は、前シナプスだけでなく、後シナプスレベルのリプログラミングも誘導できることを示しているが、割愛していいだろう。

要するに、MECP2がリン酸化され、その機能が高まることで、うつ病に関わる遺伝子群の発現の変化を誘導できることをはっきり示したことが重要だ。この研究では、どの分子が変化したのかについては探索すらしていない。しかし、これらの分子が明らかになり、それをMECP2についての新しい視点、すなわちヌクレオゾームの調節から見直すことで、新しい可能性が開けるのではないかと期待する。

これについても7月13日(火)11時より、とことん解説してみたい。

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6月30日 新型コロナウイルスを発見するマスク(6月28日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2021年6月30日
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ちょうど1年前、中谷医工計測技術振興財団の理事会で、我が国の新型コロナ研究の緊急助成を提案したら、承認いただき、最終的に45人の研究者に200万円−600万円の助成を行うことができた。最初、本当に応募する研究者がいるのかについても心配したが、短い公募期間にもかかわらず多くの方に応募いただいた。

このようなテーマが決まった助成審査の場合、一番ワクワクするのは申請書を読むときだ。どれだけ常識を超えた、ぶっ飛んだ申請が出てくるのかと期待して読み始める。特に今回は世界が苦しんでいる感染症だ。しかし、期待は裏切られ、読み終わったとき、正直完全にガッカリしてしまった。すなわち、1人でも常識外れの研究者が出ればと期待した今回の努力も、残念ながら普通の研究助成に終わってしまったことを実感した。

このときぶっ飛んだ申請として頭に描いたのは、例えば全く新しい技術の開発といったものではない。短期間に仕上げる必要があることから、既存の技術をいかに新型コロナ向に仕上げるかというアイデアの競争になる。

あれから1年経ったが、今日紹介するMITからの論文は、ウイルス検出システムを組み込んだマスクの開発で、一見馬鹿げて聞こえるが、なんでもやってみるという意味では感心する研究だと思う。タイトルは「Wearable materials with embedded synthetic biology sensors for biomolecule detection(生体分子検出のための合成生物学的バイオセンサーを組み込んだ、ウエアラブル素材)」だ。

このグループの目的は試験管内用に設計された生体分子検出反応システムを、ウエアラブルにして、体内、体外からの分子を検出できるようにするユニバーサルなシステムの開発で、技術自体に目新しいものはない。

しかし、現在利用できる様々な技術についての広い知識と、実際の使用状況想定したシステム開発についてのアイデアが必要で、この研究では、

  1. 全ての反応液が凍結乾燥され、ウエアラブルのプラスティックレイヤーにはめ込んだ反応システムを用いて、チェンバーに入ってくる飛沫内の分子を検出するようにしている。
  2. 最も重要なのは、一旦反応が始まった後、多くの水分で薄まりすぎたり、逆に乾いてしまわない工夫で、最終的に1時間の乾燥により失われる水分が20%以下になるように設計している。
  3. 基本的には、反応が始まると、DNAが転写される過程、転写されたRNAが翻訳される過程を、様々な分子で調節可能にして、チェンバーに入ってきた標的分子を検出できるようにしている。
  4. これまでの研究で、Toehold法や、リボスイッチなどのRNA テクノロジーを用いて、タンパク質から核酸まで多くの標的を検査可能にしている。
  5. それぞれのチェンバーにオプティックファイバーを設置して、蛍光などの分子も検出できるようにしている。
  6. そして圧巻は、以前紹介したCas12などの1本鎖を切断するクリスパーシステムを用いたSHERLOCK((https://aasj.jp/news/watch/14464)を組み込んで、RNA調整から反応までの全てをマスクに組み込んで、体外からあるいは体内からの新型コロナウイルスを、高感度で検出できるシステムを作り上げている。おそらく、抗原検査も同じプラットフォームで可能なら、もっと簡便なウイルス検出システムも可能かもしれない。

以上が結果で、ジャケットからマスクまで、全て実際に完成品を仕上げている。またマスクにより100万粒子が検出できることを示して、現実性があることを強調しているが、個人的には、ぶっ飛んだとまではいかないが、マスクでウイルスを検出しようとしたことを評価したい。

このような話を紹介すると、費用はどうか、現行の方法が優れているとか、評価は慎重になどとアドバイスする、したり顔の専門家が必ず出てくる。しかし、馬鹿げていると思えることにチャレンジすることが重要で、意味があるかどうかなど後から議論すればいい。したり顔は、一般の人に対する説教にはいいが、若い研究者には似合わない。何でもやってみよう。

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6月29日 自己と他を区別する脳回路の操作(7月21日号 Neuron 掲載論文)

2021年6月29日
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通信や交通技術の進展で、個人にとって「他」の領域が急速に拡大した。例えば小さな集団で暮らしていたときは、協力するにも、競争するにも、数人の「他」に向き合うだけでよかった。しかし、今や自分自身と関わりのある「他」の数と多様性は想像を絶する。その結果か、現在はなるべく目立たないで、他人と同じ方がいいと考える同調社会化が進んでいるようだ。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、自分の評価と、他人の評価が影響し合う時の脳回路での左背内側前頭前野の役割を、人間の脳を頭蓋外から刺激する方法で調べた研究で7月21日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Causal manipulation of self-other mergence in the dorsomedial prefrontal cortex(左背内側前頭前野での自己と他の結合操作)」

この研究では、自分の成績と、他人の成績を評価する時、社会的コンテクストが入ってくると評価が変化する脳回路を研究している。わかりやすくいうと、例えば競争している時、自分の点数がいいと、他人の評価はより低く見積もってしまうが、逆に協力し合っているときは、同じパーフォーマンスでも、他人の評価を高く見積もる傾向がある。

この、自己・他人結合現象(Self-other mergence:SOM)に、左背内側前頭前野(dmPFC)が関わることが以前から知られていたようで、この研究では最初からSOMとdmPFC活動との因果関係を調べることに焦点を絞っている。

実験では、他人と一緒に同じミニゲームを繰り返し行ってもらい、ゲームの終わるたびに自分と他人の結果を15点評価でフィードバックしてもらって、それぞれの成績を頭に入れる。その上で、自分のパーフォーマンスと、他人のパーフォーマンスを評価するのだが、この時他と競争している状況では、期待どおり、自分の評価が高いと、他人の評価を低めに見積もる。一方、協力作業の場合は、他人の評価を高めに見積もる、すなわち頼ろうとする傾向が出る。要するに、社会的状況によって、自分と他人の区別が混乱することになる。(実際には個人差が大きく私には理解し難いところもあるが、言われてみると納得すると言った感じだ)。

詳細は省くが、このSOM課題を行なっているときに活動する脳の領域を特定しており、これまで社会性に関わることがわかっている領域が、自分と他人を比べるときに活性化される。ところが、被験者のdmPFCに50Hzのθ波を照射してこの領域の活動を抑えると、社会性に関わるネットワークの活動が低下する。これと同時に、他人の評価が自分の評価により影響されるようになり、SOM行動が高まる。

少しわかりにくかったかもしれないが、要するにdmPFCは自分と他人を正確に評価して、自己と他の区別を維持できるように働いているが、この領域の活動が低下すると、これが犯され、自分と他の区別がボケて、他人の評価が狂ってくるという話になる。

これまで論文を読んだことがなかった分野だが、人間で、このレベルの行動、脳活動記録、そして脳操作の研究が着々と進んでいることに感心した。現在、同調社会化が進み、自己主張が無くなっていると言われているが、dmPFCを刺激して、これがどう変化するのか是非知りたいと思った。

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6月28日 渡り鳥のコンパス分子:地磁気は目で感じる?(6月23日 Nature オンライン掲載論文)

2021年6月28日
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様々な生物が地磁気を感じて活動している現象は数多く知られている。ただ、バクテリアで発見されたマグネトソームの様な、私たちが磁石として思い描く地磁気を認識する構造が存在するのは例外で、これが感覚として認識する高等動物のシステムは解明が進んでいない。

今日紹介するオックスフォード大学とドイツオルデンブルグ大学から共同で発表された論文は、鳥の網膜に存在する青い光を感じる色素が、光に反応して+とーのラジカル対を形成して、これが地磁気により影響され、色素の活性を変化させることが磁覚のメカニズムである可能性を示した研究で6月23日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Magnetic sensitivity of cryptochrome 4 from a migratory songbird (渡鳥のcryptochrome4が示す磁気感受性)」だ。

+/―のラディカル対が形成されて、これが地磁気の方向性のセンサーとして利用されるという考えは、以前から提案されていた。ただ、これを可能にするには、まずラジカル対を形成する分子の特定、またラジカル対が地磁気に影響された結果を感知するセンサー分子が必要になる。

この研究では、渡り鳥の網膜に存在し、青い光に反応する光感受性タンパク質、クリプトクロームが、ラジカル対形成と、ラジカル対に対する地磁気を感知の両方に働くのではと着想し、あとは極めてプロフェッショナルな生物物理学的解析を進めている。私自身にとっても、こんな方法で実験するのかと、全て初めて知る方法で、感心するばかりだった。

まず大事なのは、クリプトクロームを大量に調整することだ。具体的には大腸菌の遺伝子発現系を用いて純粋な肉眼で黄色いクリプトクロームを調整している。そして、クリプトクローム中のトリプトファンが、光を感受したとき、分子内のトリプトファンからトリプトファンへと電子を伝達することで、ほんの一瞬だがラジカル対が形成されることを、磁気共鳴や分光光学的手法を用いて確認している(この辺りの技術について評価する知識はない)。また、分子内のトリプトファンを、フェニルアラニンに変化させる変異体を用いて、ラジカル対の形成がトリプトファン間の電子伝達で形成されることを確認している。

この電子伝達システムは最終的にフラビンアデニンディヌクレオチド(FAD)に受け渡されるが、FADのスペクトラム、およびクリプトクローム中のトリプトファンラジカルを分光工学的に測定することで、このラジカル対形成反応が時期により影響されるか調べ、この分子自体の光センサーとしての機能が、内在するラディカル対の影響で変化して、磁気センサーとしても使えることを明らかにしている。

そして、渡りの習性がないハトやニワトリからも、クリプトクロームを精製し同じ様に調べることで、ラジカル対を形成して磁気により機能が変化するという渡り鳥のクリプトクロームの性質が、ハトやニワトリには存在しないことを明らかにしている。すなわち、渡りが進化する過程で、クリプトクロームが磁気センサーとしても働く様に進化したことがうかがえる。

ただほとんどの実験が、強い磁気条件で行われていることから、実際にずっと低い磁気をこのシステムが感じることができるか、磁気の影響が高まった変異体の結果などを元に、理論的にその可能性を探っているが、詳細は割愛する。

以上、方法論などは別にして、地磁気を感じるシステムが、分子内に短時間だけ形成されるラジカル対を基盤に可能であることが私にも理解できた。もちろん、これは可能性の話で、

  • この分子を操作することで方向音痴になるか、
  • 時期の影響で現れる光センサーの機能変化が、感覚として受容されるか、
  • 受容されたとして、どう脳に伝えられるのか、

など多くの問題が残っている。ロマンあふれた研究分野だが先は長い。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日 代謝を改善するファイバースナックの開発(6月23日 Nature オンライン掲載論文)

2021年6月27日
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「代謝を改善するファイバースナックの開発」などと書くと、世界中の食品メーカーが開発にしのぎを削っている話で、Natureに掲載される様な研究には当たらないのではないかと思ってしまう。しかし、一つの標的分子を狙う薬理学と異なり、様々な因子が長期間にわたって絡み合う栄養学は全く新しい手法が要求される、まさに21世紀の研究分野だと言える。そして、これを理解したトップジャーナルが、自ら新しい栄養学を育てるべきだと考え、新しい栄養学の論文を掲載し始めている。その一つの例が、先日紹介したScienceに掲載された乳児の炎症を抑えるビフィズス菌についての論文で、新しい栄養学での科学的因果性のレベルを示した研究だ。

今日紹介する腸内細菌叢と代謝についての研究の第一人者Jeffery Gordon研究室からの論文は、人間の代謝の変化を促す植物繊維プレバイオの研究とはどうあるべきかを世に問う研究で、6月23日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Evaluating microbiome-directed fibre snacks in gnotobiotic mice and humans(腸内細菌叢をターゲットにしたファイバースナックを、便移植された無菌マウスと人間で調べる)」だ。

Gordonさんの膨大な数の論文の中でも、2013年に発表された論文は、その徹底性に驚いた。研究は、肥満の一つの要因に細菌叢があることを示す目的で、肥満の人の便をマウスに移植する研究だが、なんと遺伝要因を一定にするため、一卵性双生児で片方だけが肥満というケースを選び出し、細菌叢の違いだけで説明できる肥満要因があることを見事に示した研究だ(https://aasj.jp/news/watch/424

その後この研究は発展して、肥満を誘導する食事で減少しているBacteroidesを中心とする細菌叢が増えることで肥満が防げること、植物繊維の投与で、高脂肪食でもBacteroidesを増加させられることがわかっていた。

この研究は、これまでの研究をさらに進めて、高脂肪食により維持されるヒト肥満型腸内細菌叢を、正常型細菌叢に変化させるための植物繊維スナックを、その効果を科学的に検証しながら開発しようとした前臨床研究、第1相治験と位置付けられる研究だ。

まず最初に、肥満の人由来の細菌叢を移植し、高脂肪食を与え続けた無菌マウスに、豆の胚乳部分、オレンジ、および麦ぬかから調整した植物繊維を投与し、細菌叢の変化、細菌叢による植物繊維代謝酵素の変化を調べ、それぞれの植物繊維により誘導されるBacteroidesの種類が異なり、その結果、細菌叢全体の植物繊維処理能力が変化することを明らかにしている。

この結果を受けて、ヒト便を移植したマウスで最も多くの変化を誘導できた豆の胚乳由来の繊維を高脂肪食とともに3週間摂取したボランティア(治験1)、最初に豆胚乳+イヌリン、その後、豆胚乳、オレンジ、そして麦ぬかの3種類の繊維とともに、イヌリンを加えた植物繊維を間隔を開けて摂取させ(治験2)、それぞれの植物繊維の効果を、細菌叢に認められる植物繊維処理酵素の変化、そして1000種類にお及ぶ血中タンパク質の変化で評価している。

これまで、この様な研究は細菌叢の変化を示して終わっていた。これに対し、この研究では細菌叢の変化が、様々な炭水化物処理酵素の誘導にどう関わっているのか、そしてそれが血中のサイトカインや代謝に関わる分子の変化にどうつながるのか、膨大なデータの中から相関を調べ、スナック効果の因果性を特定しようと努力している。

詳細を省いて結論と意義をまとめると以下の様になる。

  • それぞれの植物繊維は、異なる炭水化物処理酵素を誘導する。ただ、豆胚乳の繊維が最も効果が大きい。
  • 豆胚乳、オレンジ、麦ぬかを混合した場合は、さらに広い処理酵素を強く誘導することができる。
  • この程度の摂取期間では体重などの変化はない。
  • こうして誘導された炭水化物処理酵素と、血中タンパク質とは相関が認められる。例えば、アラビナーゼ活性をしめすGH43_3は、グルコース代謝に関わる様々な血中タンパク質と相関する。また、4種類混合を投与したとき強く誘導されるGH_3は免疫システムに関わる分子と相関することを示している。
  • また、ここの炭水化物代謝系との相関はなくても、例えば4種類混合植物繊維は、FGF2,

TYK2, CXCL1などの肥満に関わるサイトカインを誘導することも示している。

以上が結果で、まだ長期効果は示されていないため、最終判断はできないが、このレベルでテストされた食品が出てくると、宣伝だけで乗り切るという今の食品開発はほぼ壊滅する様な気がする。ぜひ21世紀の栄養学をリードできる人が日本でも出てほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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