レントゲンや内視鏡など、それまで教師付で形成されてきた AI モデルが、急速に LLM モデルに移ってきているので、当然病理組織診断でも同じ動きがあるのは当然だ。ただ、病理組織の場合、画像としては複雑で、正確な診断レポートが LLM モデルから得られるようになるにはまだまだ時間がかかることを、このとき紹介した。
今日紹介するマイクロソフトとワシントン大学からの論文は、基本的には4月に紹介した論文と目的は完全に同じだ。ただ、病理レポートを書かせるという点は後回しにして、画像を読み込んだ LLM のポテンシャルを、もう少し簡単なアウトプットを基礎に評価し、読み込んだ画像で何ができるのかを調べるのを優先した研究で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A whole-slide foundation model for digital pathology from real-world data(実際のデータから形成した、スライドグラス全体を基盤にしたデジタル病理)」だ。
今日紹介するバーゼル大学からの論文は、骨髄移植をより安全に行うため、抗体に薬剤を結合させた細胞障害薬(ADC)を用いた方法の開発で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Selective haematological cancer eradication with preserved haematopoiesis(造血を維持してガンだけを選択的に除去する)」だ。
この研究では、骨髄移植で骨髄性白血病を治療するシチュエーションを想定して、白血病細胞だけを除去する方法の開発を目指している。例えばこれまでの抗ガン剤療法だと、ガンも血液幹細胞も傷害される。そこで、骨髄幹細胞を治療後に移入して造血だけ復活させるのが骨髄移植治療だ。この研究では、この過程をまず血液系特異的な障害に限定し、他の臓器への影響がほぼ出ない方法として、ガンも含めて全ての血液細胞が発現している CD45 分子に対する抗体に DNA をクロスリンクして強力な細胞障害性化合物 Pyrrolobenzodiazepine(PBD) を結合させた ADC を開発している。
今日紹介するドイツチュービンゲン大学からの論文は、カラスが示された数を理解し、それを鳴き声で表現するとき、実際には頭の中で何が起こっているのか、脳の活動を全く調べることなく、明らかにした研究で、5月24日 Science に掲載された。タイトルは「Crows “count” the number of self-generated vocalizations(カラスは自分が出す声の数を数えている)」だ。
普通ならカラスは賢いとおしまいにしてしまうのだが、このグループは、訓練しても一定の頻度で間違うことに興味を持った。間違いのほとんどは、「見た or 聞いた」数より少なく、あるいは多く発生してしまうためだ。また、表現する数が多いほど、間違いが多い。これは、この数え方の特徴で、3を数のシンボルとして理解するのではなく、イチ、二、サンと頭の中でカウントする刺激として理解しているからだ。
この研究のハイライトは、このカウントした結果を発声につなげるときに、「カー」という音自体と発声までの時間が、数字の大きさに対応するのではないかと着想し、数を「見た or 聞いた」ときの発声を記録し、最初の音のトーンでカラスが理解した数を予測できるか調べ、第一声までの時間とトーンで鳴き声の数を予測できることを見事に示している。
以上が結果で、極めて単純だがカラスの反応を、人工知能にインプットすることで、カラスの頭の中で起こっていることを解析するという、まさに AI 時代の脳研究を代表する研究のように思う。以前、言語の発声を子供の経験をニューラルネットにインプットすることで調べる画期的研究を紹介したが、おそらく数の認識、空間の認識、そして時間の認識なども、脳と AI を一対一で対応させることで、明らかにされる時代が来たように思える。
2022年1月に行われた10種類の遺伝子を操作したブタから摘出された心臓を人間に移植する臨床研究は、日本のメディアでも大きく取り上げられた。残念ながら移植後60日で患者さんはなくなったが、原因が特定できない心臓の毛細血管網の破壊が拒絶の原因になったことがわかり、この論文については HP でも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22458)。
この論文を読むまで全く気づかなかったが、実際の臨床試験と並行して、なんと心疾患で脳死と判定された患者さんにブタの腎臓を移植して、移植に対する急性反応を調べる人体実験というのか死体実験というのか、我が国ではまず考えられない研究が、2022年の夏に2例行われ、まずその経過について2023年7月 Nature Medicine に報告されていた。結論的には、移植する心臓の大きさを正確に選ぶことが極めて重要で、小さい場合急速に機能低下を来す可能性が示された。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文はその続報で、この60時間の間に、血液や移植心臓の徹底的なオミックス解析を行い、その解析結果の報告で、5月17日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Integrative multi-omics profiling in human decedents receiving pig heart xenografts(ブタ心臓移植を受けた患者さんの統合的オミックスプロファイル)」だ。
今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、顔認識を3次元空間の平面として表象したとき、なじみの顔となじみのない顔の表象(これを Axis code とこのグループは定義している)の違いを調べた研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Temporal multiplexing of perception and memory codes in IT cortex (一時的な感覚と記憶の複合が下部側頭皮質をコードする)」だ。
分子標的薬の開発が進む現在でも、ガンの化学療法の主流は放射線や薬剤により DNA 障害を誘導する治療だ。これは我々の細胞が DNA 障害をうまく修復できないと細胞死に陥るようにできているからで、例えば修復酵素が欠損しているガンでは DNA ダメージを与える治療がよく効く。ただ、ガンもそのままやられっぱなしではなく、DNA ダメージでも生存し分裂を続けるための仕組みを開発する。その一つが有名な p53 で、これが欠損するとダメージに対する反応がなくなるとされてきたが、p53 欠損ガン細胞でも治療に反応するガンが多く存在することが知られている。
今日紹介するオランダガンセンターからの論文は、p53 が欠損していても DNA ダメージにより細胞死が誘導されるメカニズムを追求し、ダメージにより活性化される SLFN11 がリボゾームでの翻訳を止めることで、ストレス依存性の細胞死を誘導する鍵になる分子であることを明らかにした研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「DNA damage induces p53-independent apoptosis through ribosome stalling(DNAダメージは p53 非依存性の細胞死をリボゾームの翻訳を止めることで誘導する)」だ。
この研究ではエポトサイドなどの DNA ダメージ誘導因子でガンを処理したとき、リボゾーム上で起こる翻訳全体が停止する細胞が現れ、カスパーゼ3活性化による細胞死が翻訳が停止した細胞だけで起こることを発見する。また、この反応が p53 欠損した細胞でも起こることを確認し、p53 非依存性の DNA ダメージによる細胞死はリボゾーム上での翻訳停止によることを明らかにする。
以上が結果で、この経路が働いているかどうかが DNA ダメージを誘導する抗がん剤の効果を占う一つのバイオマーカーになること、そしてガン免疫系もこの治療により強く抑制される可能性が示された。これを実際の治療にどう生かすか、重要な課題になるが、少なくとも SFLN11 が欠損したガン患者さんで、一般的抗ガン剤や放射線療法を行っても、副作用だけ高まることになるので、現ゲノムを調べるときには注目すべき分子だ。
今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、すでに効果が確かめられているグループでの合唱練習を中心として、歌う努力を重ねるリハビリテーションの効果を、症状だけでなく、MRIを用いた様々な指標で神経学的に確かめて研究で、eNeuro 5月号に掲載された。タイトルは「Structural Neuroplasticity Effects of Singing in Chronic Aphasia(慢性的失語症で歌うことの構造的神経可塑性効果)」だ。
さて、道具の使用が人間の歴史を作ってきたと言っていいが、人間以外にも道具を使う動物は存在する。ラッコも道具を使う仲間で、石を使って貝殻を割る個体が多く観察されている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、カリフォルニアのラッコ196匹に追跡のための電波発信機を装着し、道具使用の必要性について調べた研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「Tool use increases mechanical foraging success and tooth health in southern sea otters (Enhydra lutris nereis)(カリフォルニアのラッコの道具使用は力の必要な食べ物にありつき歯の健康を守るために重要だ)」だ。