4月23日:高齢者が頑固な理由?(4月20日号Neuron掲載論文)
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4月23日:高齢者が頑固な理由?(4月20日号Neuron掲載論文)

2016年4月23日
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   高齢者の脳と聞くと、すぐ認知症と答えが返ってくるほど、記憶の問題が高齢者の脳機能研究の中心だ。しかし、自分が年をとってわかるのは、脳の老化の影響は記憶の低下にとどまらないことだ。特に、一つの問題を新しい方向から考えるのが苦手になる。これまでに身についたパターンが新しいパターンの行動の邪魔をする。要するに変化についていくのが苦手になる。これを頑固と言うのだろうか?
   私自身、変化に適応する能力の低下をなんとか押し留めたいと思う気持ちで毎日多くの論文を読むのを日課にしている。もちろん比べる対照がないので、効果があるかどうかはわからない。
   今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文を読んで、まさにこの問題に迫ろうとしているグループのあるのを知って驚いた。論文のタイトルは「Aging-related dysfunction of striatal cholinergic interneurons produces conflict in action selection (高齢化による線条体コリン作動性介在ニューロンの機能不全により行動決定時の葛藤が起こる)」だ。
  この研究では好みの餌を得るための「レバー押し課題」を学習させた後、レバーの位置を逆さまに設定した新しい課題を行わせ、新しい状況への対応能力を調べている。この課題の場合、古い学習を抑えて新しい状況に対応することが要求されるが、老化マウスではこれがほとんどうまくいかない。なかなかうまく考えた課題だ。
   次に、この古い記憶を抑える機能がどの脳回路により媒介されているかを調べているが、最初からこの回路が視床の束傍核から線条体のコリン作動性介在ニューロンへの投射だと狙いをつけている。そして、老化によりこの回路の興奮性が低下すること、また老化すると、介在ニューロンの興奮が規則的なワンパターンの興奮になって、若い動物の不規則な興奮パターンが消えてしまうことを見つけている。
   次に、線条体でのコリン作動性神経を選択的に除去できる遺伝子改変マウスを用いて、若い動物でもこの回路が欠損すると、新しい状況に対応することが困難になることを示している。更に複雑な課題を設計してこの結論の妥当性を確認しているが、詳しく解説する必要はないだろう。
  要するに年をとると視床束傍核からの投射によって活性化される線条体介在ニューロンの機能が低下し、古い記憶を抑えることが困難になり、結果古い記憶が新しい学習を阻害するというシナリオだ(一般の方はこれら脳内の解剖学用語は気にしないでいい。要するにこの行動を媒介している回路が特定された)。
   初期の認知症治療に脳内アセチルコリンを上昇させるアリセプトが効果があるが、この研究でも介在ニューロンの興奮を高めて、新しい変化についていく能力が回復できるか調べているが、これはうまくいっていない。実際、老化マウスの介在ニューロンも興奮はしているが、パターンに変化がないのが高齢化による変化だ。従って、興奮を高めただけではうまくいかないのかもしれない。残念ながら、この研究からは新しい治療法は発見されなかった。しかし、頑固さ(?)に関わる回路は見つかったので、なんとかこの回路を若返らせる方法を発見してほしい。
   読んでみて一番印象に残ったのが、老化に伴って、介在ニューロンの興奮パターンが硬直した決まったパターンをとるようになることだ。逆に若いマウスの方は不規則で自由なパターンだ。これが老化による硬直かと理解して我が身を考えると妙に納得するとともに、寂しさがこみ上げた。
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4月22日:概日リズムとマグネシウム(4月21日号Nature掲載論文)

2016年4月22日
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    概日リズムは細胞の様々な活動が、地球の自転に従って24時間周期で変化する現象を指す。このリズムは私たちの体を構成する細胞一個一個に存在し、概日リズムに従うようにした蛍光標識の点滅を用いて細胞レベルでモニターすることも可能になっている。実際、多くの細胞で蛍光標識がリズムに従って点滅するのを見ると、誰もが驚嘆する。
  このリズムは、高等動物に限らず、単細胞生物も含め広く真核細胞に見られる。すなわち現象自体は地球上の多くの真核生物で共有されているが、それを支える分子は多様で、例えば哺乳類の細胞ではこのリズムはBMAL1とCLOCKと呼ばれる分子からなる複合体で調節されているが、植物ではTOC1やCCA1など全く違った遺伝子が概日リズムを形成していることがわかっている。このような話から、私自身は、概日リズムのマスター遺伝子は進化の過程で大きく多様化したが、結局は下流で多くの遺伝子の転写調節を従わせることが、細胞の活動をシンクロナイズする唯一のメカニズムだと理解してきた。
   今日紹介する英国医学研究協会所属の分子生物学研究所からの論文は、概日リズムは種を超えて共有されている代謝レベルのメカニズムに収束されるはずという信念に基づいた研究で4月21日号の Natureに掲載された。タイトルは「Daily magnesium fluxes regulate cellular timekeeping and energy balance (毎日繰り返すマグネシウムの流入が細胞の時間とエネルギーバランスを調節する)」だ。
  読んでみると、この著者は最初からこの結果を予想して研究を進めていた印象がある。すなわち、真核生物共通のメカニズムは、イオンチャンネルの発現のリズムに収束すると予想し、ヒトの細胞と単細胞の藻類の細胞内イオン濃度を質量分析でまず調べ、カリウムやマグネシウム濃度が概日リズムを示すことを発見する。そして、その後の研究をマグネシウムに絞っている。最初からマグネシウムを選んだのは、マグネシウムがエネルギー代謝に関わることがわかっていること、細胞の生死への影響が比較的低いことなどが考えられるが、おそらく頭の中にマグネシウムがあったのだろう。
   Mg/ATP-依存性の蛍光分子を導入してリズムをモニターする実験系を利用して、細胞内のマグネシウム濃度が変化すると概日リズムが狂うこと、Mg濃度が低下するとATP濃度が上昇し細胞の蛋白合成が高まることなどを突き止めている。
  詳細を省いて結果をまとめると、概日リズムを形成するマスター分子は、あらゆる種でマグネシウムチャンネル分子の発現とリンクしており、転写レベルのリズムを、まず細胞内マグネシウム濃度の変化に、そして昼に高まるATPの濃度のリズムに変換している。このエネルギーのリズムのおかげで、エネルギーを必要とする細胞内過程は、概ね概日リズムの支配を受けるという結論だ。
  これまでリズム形成に偏っていた研究も、例えば2013年3月24日に紹介した京大の岡村さんの研究や(http://aasj.jp/news/watch/3111)、今回の研究のように、あらゆる種に共通するエフェクターレベルの研究に移ってきた感がある。今後このメカニズムが、どれだけのリズムに従う変化をカバーできるのか、期待してみていきたい。
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4月21日:認知症の発症率は低下している?(4月19日号Nature Communication掲載論文)

2016年4月21日
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我が国を始め多くの先進国では、私たち団塊の世代の高齢化に伴い、未曾有の高齢化社会に直面しつつある。例えば長期間同じ地域の疾病を調査している久山町コホート研究では2000年に入って認知症の有病率が1、5倍に増加したという結果が出されている。この急速な増加から、私たちはともすると高齢化だけでなく、認知症の発症率も時代とともに上昇しているのではと心配している。
  しかし、有病率について過去と現在を比べる時注意しなければならないことがある。すなわち医学の進歩で、診断技術が進んで、病気の診断率が上昇することだ。従って、過去と現在を本当に比べる際、同じ診断基準を適用する必要があるが、実際には簡単ではない。これを行ったのが今日紹介する英国医学研究会議の生物統計局で、4月19日号Nature Communicationに掲載された。タイトルは「A two decade dementia incidence comparison from cognitive function and ageing studies I and II (認知機能と高齢化研究I及びIIからわかる認知症の発症率の20年間の変化)」だ。
  研究は1990-1993年、及び2008-2011年にそれぞれ約5−6000人の65歳以上の高齢者を同じ基準で面接し認知症の発症率を調査している。このように過去に採用されたのと同じ方法で診断しているところがこの研究のミソだ。さらに、診断後2年間の経過観察を行い、認知症を発症していることを確認している。
   結果は完全に予想に反し、20年後同じ基準で判定すると、65歳からのあらゆる年齢層で認知症の発症は低下しており、調べた全体でみるとほぼ20%の低下がみられ、特に80歳以上の男性では40%と著しく低下している。一方、女性では全年齢層で低下の程度は5%程度という結果だ。80-85歳の女性のように上昇した群も確かに存在するが、結論的には20年して、認知症の発症率は着実に低下していると言ってよさそうだ。もちろん、これに人口の増加率を加味すると、認知症の絶対数は上昇しているということになるが、過去の統計をそのまま拡大して途方にくれる必要はなさそうだ。
  もちろんわが国で同じことが言えるかどうかわからない。ただ、発症率を計算する時、できるだけ漏れのないよう医学の進歩に合わせた診断法を用いて統計を取ることで、過去との比較が難しくなることは心する必要がある。高血圧でも、糖尿病でも、現在の統計とともに、過去の診断基準での発症率を調べて、長期間の傾向を調べることは今後重要な課題になるように思う。
  この研究には、同じ地域での比較ではないなど幾つかの問題がある。従って、同じ調査を各国でやり直してみることは重要だ。その上で低下が観察されたら、この20年の時代の変化が、間違いなく男性の認知症の発症率を抑えることに寄与したことになり、その要因を明らかにすることで、有効な認知症対策を発見できることになる。古い診断基準をそのままつかうとは、目からウロコの研究だった。
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4月20日:ガンからわかる突然変異の起こり方(4月14日号Nature掲載論文)

2016年4月20日
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   一部の例外を除いて発ガンにはゲノムに何らかの変異が必要だ。これまでの研究では、コストやデータ処理のしやすさなどから、ガンの突然変異の研究は、タンパク質に翻訳されるゲノム部分の核酸配列、エクソームに限られてきた。しかし、ガンについて全ゲノムの核酸配列データも着実に蓄積されていた。ただ、エクソームと異なり、翻訳されない部分の変異については解釈が難しい。これを打破するため、ENCODEと呼ばれる遺伝子発現、エピゲノム、染色体構造を全ゲノムレベルで調べる研究が進み、データが蓄積してくると、少しづつ非翻訳部分の突然変異の意味を想像することが可能になってきた。
   今日紹介するオーストラリア・プリンスオブウェールズガンセンターからの論文も、ガンの全ゲノム配列から発がん過程に関わる情報を引き出そうとする研究の一つで、4月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Differential DNA repair underlies mutation hotspots at active promoters in cancer genome (ガンゲノムに見られる突然変異の多発部位の背景にはDNA修復の部位による差が存在する)」だ。
   これまでガンの突然変異の起こり方の解析から、ほとんどのガンでDNA複製時のエラーを修復する際に、最も突然変異が誘導されることがわかっていた。この研究は全部で1161のガンについて蓄積されてきた全ゲノム解析を分析し、プロモーター領域に突然変異が集中する一群のガンが存在することを見つけている。この群にはメラノーマ、アストロサイトーマ、肺がん、卵巣がん、食道癌が含まれる。一方、修復機構の異常からはじまる大腸癌ではこの傾向はない。
  次に、どのプロモーターに変異が集中しているのか調べると、染色体が開いており、活発に転写されている遺伝子の転写開始点の少し上流に突然変異が集中していることが明らかになった。もともと、転写因子などの分子がDNA上に乗っていると、修復機構が働きにくいことが知られているので、DNA合成時の修復の起こる場所と突然変異の起こる場所との関係を調べ、突然変異の多い場所には修復酵素がアクセスしにくいことも明らかにしている。他にも、紫外線による突然変異を修復する酵素欠損の患者についても調べ、他の修復異常が存在すると、全く異なる突然変異の分布が起こることも示している。
   これだけなら私でも予想がつく話だが、気になるのがメラノーマや肺がんのように環境からの発がん因子が関与するガンで特にこの傾向が強い点だ。このことは、紫外線やタバコによる突然変異の修復も、ほぼ同じ機構を使っているため、転写因子が集まっているプロモーターで特に修復が起こりにくいことを示すのだろう。いずれにせよ、なぜタバコや紫外線が危険かということがはっきりわかる。実際ガンあたりの全突然変異の数を調べると、肺がんが46000箇所、メラノーマが66800箇所と群を抜いている。
   この結果からわかるのは、最も必要とされている遺伝子のプロモーターに突然変異が蓄積することだ。進化を考えると、変異が使っている遺伝子に起こる点はなかなか面白い。しかし、これほど突然変異が蓄積しても、遺伝子発現は思いの外安定に維持されている。私たちのゲノムは小さな変化には抵抗性があるようだ。このようにこの論文の結果は、ガンだけでなく進化一般を考えるためには役にたつと思う。
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8月19日:細胞なしに抗原刺激を再現する(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年4月19日
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  今、ガン特異的抗原に対する抗体と、抗原に反応して活性化されるキラーT細胞のシグナル分子を合体させたキメラ遺伝子を導入したCART治療が、結果の予想が可能な論理的ガンの根治療法として注目を集めている。この技術は、私がまだ免疫学と関わりがあった30年前に、抗原刺激によるT細胞の活性化に関わるシグナル伝達経路の解明に取り組んだわが国を含む多くの研究者達の成果だと言える。しかし少し目を離している間に、T細胞抗原受容体(TcR)からのシグナル経路を、完全に細胞が存在しない試験管内の実験系に移せるようになっていたとは思いもかけなかった。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校の論文は、細胞膜上のTcRによって活性化されるシグナルを、人工膜上で再構成できることを示した研究でScienceオンライン版に発表された。タイトルは「Phase separation of signaling molecules promotes T cell receptor signal transduction(シグナル分子の位相を分離することでシグナル伝達を促進する)」だ。
  これまでシグナル分子の再構成実験というと、生きた細胞にシグナル分子をコードする遺伝子を導入して、シグナル分子の動態や細胞の反応を調べるのが普通だった。この研究ではTcRから細胞骨格の重合反応まで全部で12種類のシグナル分子を人工膜上で再構成し、全く生きた細胞を使わないでシグナル分子の相互作用を研究している。この時、LATと呼ばれる、TcRからのシグナルでリン酸化され、それ以降のシグナルの仲立ちをする分子を中継点としてシグナルを再構成している。例えば、LATは人工膜上を単独で行動しており、蛍光標識しても顕微鏡で見ることはできないが、TcR受容体(CD3)、LcK、Zap70とLATより上流のシグナルをつないでくると、LATが膜上で集まり顕微鏡で見えるクラスターを作る。その時、脱リン酸化酵素の作用が強いと、このクラスターは消失する。このように、 TcR刺激から始まるLATの集合離散をダイナミックに可視化することに成功している。この時脱リン酸化作用を持つCD45は、Zap70がTcRに集まるとLATのクラスターから排除されることも、分子の実際の行動として見ることができる。
   更に、LATがリン酸化された後のシグナルも、活性化型LATが下流のリン酸化酵素Nckのクラスター化を促進し、それによってアクチンの重合が誘導されることまで可視化することに成功している。
   シグナル研究という点では、示されたシナリオは、これまで知られていたことの確認だが、それを全く生きた細胞を使わず再構成したことには驚かされる。もちろん知らなかったのは私だけかもしれないが、これまで抽象的に理解していた過程が、具象的に現れるのを見ると感動する。勿論研究面でも、本当の生化学が可能になるだろう。21世紀、無生物と生物の橋渡しが確実に進む実感が湧いてくる。
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4月18日:神経性食思不振症のマウスモデル( Translational Psychiatryオンライン版掲載論文)

2016年4月18日
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    Yahooのサイトで、こうあるべきだと強い思い込みに導かれて、追試ができない論文が書かれてしまう話を紹介した(http://www.psych.uic.edu/download/Broste_thesis_1981.pdf)。 例えば、小説「ジュラシックパーク」が発表されてから、琥珀の中の昆虫や植物のDNA解析の論文が相次いだが、今から見ると全て混入したDNAを見ているだけだった。とは言っても、この思い込みが科学研究を進める大きな要因として貢献していることも確かだ。実際、実現可能かどうか分からない段階で得た信念を成し遂げるというのは科学分野でも美談だ。また、論文を読む側も、ただ現象が羅列されている論文より、著者の気持ちや思い込みがひしひしと伝わってくる論文は面白い。
   私にとって、今日紹介するコロンビア大学からの論文もそんな論文の一つだった。タイトルは「BDNF-Val66Met variant and adolescent stresss interact to promote susceptibility to anorexia behavior in mice (BDNF遺伝子のVal66Met変異と成熟期のストレスは相互に作用しあってマウスの食思不振の感受性を高める)」だ。
  最初タイトルを見たとき、神経性食思不振症のマウスモデルを作ろうとしている研究者がいるのにまず驚いた。神経性食思不振は食事を取らないため、高い死亡率を示す人間特有の病気だ。ある意味で「食べるために生きている」ような動物が自分で食事を拒否することなどありえないと思っていた。この論文を読んでマウスも状況が揃えば、食事を取らずに死んでしまうこともあることを知り、私の先入観はふっとんだ。そして、論文の端々にマウスでも神経性食思不振は再現できるという著者の思いが伝わってくる。
   実際の研究は、これまで患者さんで蓄積されてきた知識をマウスに移す地道な努力の積み重ねであることがわかる。そして、遺伝的変異と、成長期のストレスを組み合わせてついに死に至る食思不全の再現に成功している。
   詳細を省いてどうすればマウスに食思不全が再現できたか結論だけを以下に述べる。
   まず遺伝的背景として、神経細胞増殖因子の一つBDNFの68番目のバリンがメチオニンに変化した変異マウスを用いている。この変異は、人間で特に強い不安神経症を示す患者さんで見つかったSNPだ。このマウスを生後5週目から他の動物から隔離する。すると、メスマウスの中には一定の割合で餌を食べなくなる個体が現れる。この条件で育てたマウスに7週目から、カロリーが2−3割減るような食事制限を課す。すると食思不全が現れる頻度はほぼ3倍に増えるという結果だ。この症状は7−9週の思春期で最も強く現れ、それ以降は3分の1に減る。そして、食思不全が強い個体では食べなくなって死に至る。ここまでよく再現ができたと感心する。
   もちろん「だからなんだ?」と問う人もいるだろう。私も「これで研究が大きく進展する」などと手放しで喜んでいるわけではない。しかし、この研究では、他の個体から隔離して育てるとき、1日一回ケージから出して変化を与えるだけで、食思不全の発症を抑えられることも示しており、様々な治療の思いつきをまずモデルマウスで調べるといった使い方はできる。また何よりも、脳内での変化などはモデル動物でないと調べられない。著者らのひたむきな気持ちにも感心するが、それだけでなく十分期待できるモデルマウスができたと思っている。
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4月17日:ウイルス感染の集団力学(4月13日号Nature掲載論文)

2016年4月17日
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    もともとCRISPR/Casは、バクテリアが、細胞内に侵入してくるファージウイルスなどの増殖を防ぐ免疫システムとして発達してきた。すなわち、あるウイルスが感染すると、増殖を始めたウイルスDNAを切り出して、自分のゲノムの中のクリスパーアレーの中にしまい込む。クリスパーアレーの中にスペーサーとしてしまいこまれたDNAが、次の侵入時にCas9を侵入者に導く役割を果たしている。しかし、ウイルスの方も突然変異によりバクテリアのスペーサーと対応しないように変化する。原理的には、一つのウイルスに対して多くのスペーサーを用意しておけば耐性はできないが、一つのバクテリアが一つのウイルスに対して用意できるスペーサーは限られている。
  このような状況で、バクテリアの集団がクリスパーシステムを多様化させ、ウイルス側の突然変異に対応しているのかを研究したのが今日紹介するエクセター大学からの論文で4月13日号のNatureに掲載された。タイトルは「The diversity generating benefits of prokaryotic adaptive immune system (原核生物の適応免疫系が多様性を持つことの利点)」だ。
  単一クローンレベルで見たとき、ウイルスとそれに対する防御機構の間で突然変異をベースにした競争が繰り返すことは誰もが知っていることだ。しかし著者らの興味はウイルスとホストの「いたちごっこ」でないことがわかる。よく読むとこの研究の目的は、集団が最初から多様化していることで耐性ウイルス発生を抑え込める可能性を示すことのようだ。この研究に使われたのは緑膿菌とそれに感染するDMS3ウイルスで、ウイルス感染させると5日でウイルスを完全に除去してしまうクリスパー系を持っている。もちろんCAS遺伝子をノックアウトしたバクテリアではウイルス感染は続く。
   素人から見るとこれは当たり前に思えるが、ウイルスの変異能力から考えて5日という短期間でウイルスが完全に除去できることを著者らは疑問に思ったようだ。そして、一つのバクテリアが保有できるスペーサーの数は限られても、集団として保有するスペーサーが多様化することで、ウイルスがいくら突然変異を起こしても感染が広がらないのではないかと考えた。
   そして、すでに分離していた異なるスペーサーを持つ48種類の緑膿菌株を様々な割合で混合して、ウイルスを感染させるバクテリアの集団内のスペーサーの数を、1、6、12、24、48個と増やし、ウイルス感染実験を行っている。
  すると、集団で保有するスペーサーの数が増えると、ウイルスは即座に除去されてしまうことが明らかになった。
  ではウイルスの方はどうなっているのか、経時的にサンプリングして遺伝子配列を調べると、スペーサーの数が6個ぐらいまでだと、まだ耐性突然変異を起こしたウイルスが出現するが、集団がそれ以上のスペーサー多様性を持っていると、耐性ウイルス自体が出てこなくなるという結果だ。おそらく、耐性ウイルスはできるのだろうが、集団の抵抗力の多様性が高ため、結局他のバクテリアに拡大できず、集団からは消え去るようだ。   これだけの話だが、ガンの薬剤耐性、新興ウイルス流行など、細胞や個体の集団を考えるための面白い研究システムになるように思えた。もちろんウイルスも強敵で、実際にはクリスパー自体の作用を無毒化できる究極のウイルスまでできるようだ。ダーウィンに脱帽。
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4月16日:コレステロールも下げ方が大事(The British Journal of Medicine最新号掲載論文:doi: 10.1136/bmj.i1246)

2016年4月16日
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   4月4日号のThe New England Journal of Medicineに、55歳以上の男性、65歳以上の女性を対象に、毎日少量のスタチンを予防的に服用させたHOPE治験の結果が報告された。ロスバスタチン服用群はLDLコレステロールやアポリポプロテインが抑えられ、さらに経過観察中の心臓発作もコントロールで4.8%だったのが、3.7%に抑えられたという結果だ。同時に行われた、低用量の降圧剤を服用する治験の結果をはるかに上回る好成績で、低用量アスピリンと同じで、中年で少し太り気味なら、症状がなくてもスタチンを毎日飲み続ければいいという結果だ(実は私も服用している)。
   とはいえ、薬を飲むよりは飽和脂肪酸を減らし、生活の中で動脈硬化を予防するのが本道と考える人は多い。その結果、シャレにならないほど例えばリノール酸XXXと不飽和脂肪酸をうたった食品が街には飽和している。
   このブームのルートを辿ると1960年代、アメリカ心臓学会が、心臓発作の原因となる動脈硬化を防ぐため、飽和脂肪酸(動物性脂肪)を不飽和脂肪酸(植物性脂肪)で置き換えた食事に変えるよう提言を出したことに始まる。この提言を受けて、心疾患のある方の脂肪を植物性脂肪に置き換えるSydney Diet Heart Study(SDHS) と今日紹介するMinnesota Coronary Experiment(MCE)と呼ばれるコホート調査が行われ、植物性脂肪に置き換えることでコレステロールが確かに低下することが示された。
  ただ、コレステロールが下がったからといって心臓発作が減ったことにはならない。これを確かめるためSDHSの対象者について心臓発作の発症が再調査され、驚くべきことに植物性脂肪に置き換えた群の方が心臓発作の発症率が高いことが2013年のThe British Medical Journal (http://dx.doi.org/10.1136/bmj.e8707) に発表された。
  ただこの研究は心臓病を持つ方が対象で、一般の人で同じことが言えるかどうかはわからない。この問題をさらに掘り下げるため、SDHSに続いてMCEの対象者について調べたのが今日紹介するThe British Journal of Medicine: doi: 10.1136/bmj.i1246に掲載された論文で、タイトルは「Re-evaluation of the traditional diet-heart hypothesis: analysis of recovered data from Minnesota Coronary Experiment (1968-1973)(食事と心疾患に関する伝統的仮説の再検討:ミネソタ冠動脈研究からデータの再調査)」だ。
  MCEの概要を読むと、1960年代だからできたと思われる研究だ。ダイエットの研究が難しいのは、同じ食事を対象者が取り続けることは不可能な点で、自己申告に基づいて介入ができたかどうか判断するしかない。一方この研究では精神的、身体的原因で長期間施設に入院している患者さんを無作為化して、動物性脂肪を使った通常食と、飽和脂肪酸を植物性脂肪で置き換え、その結果リノール酸を通常の2.8倍含んでいる食事に割り振り、3−4年間追跡している。おそらく無作為化した対象の食事制限を行ったという点では、ほぼ完全な研究で、もう2度とできないのではないだろうか。
 結果だが、実は1981年、この研究が(http://www.psych.uic.edu/download/Broste_thesis_1981.pdf) 最初発表された時から、動物性脂肪をリノール酸主体の脂肪に置き換えることにより血中コレステロールは確かに低下するが、死亡率では差が見られないか、逆に食事制限した方が死亡率が高いという結果を示していた。ただ、アメリカ心臓学会の提言が頭にあったのだろう。この問題がさらに追求されることはなかった。
   今回の研究では、この時のデータをもう一度掘り起こし、解剖所見を含む死亡例の詳しい検討をやり直し、死亡率に限って食事制限の効果を調べている。結果は、データが掘り起こせた全てのケースで、コレステロールは植物性脂肪に変えることで著明に低下する。しかし、死亡率で見ると通常食群の方が良好で、特に女性では大きな差になっているという結果だ。すなわち、飽和脂肪酸を単純に不飽和脂肪酸で置き換えた食事は、いくらコレステロールを下げても、死亡率を逆にあげることがあることを明確に示している。
  ただこの結果から、すぐにコレステロールを下げると体に良くないと結論するのは間違っている。HOPE治験が示すように、動脈硬化を抑えることで心臓発作を減らすことができる。要するに、動物性脂肪を植物性に置き換えればいいという単純思考が間違っている。間違っても食の一面だけを強調して、リノール酸XXXと宣伝している機能性食品や特保マークの付いた食品に惑わされないこと、これを今日紹介した論文は教えてくれている。
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4月15日:高齢出産と子供の成長(Population and Development Review 3月号掲載論文)

2016年4月15日
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   今日から2日に分けて、先入観を捨てて統計を見直すことの重要性を教えてくれる論文を紹介しよう。
  最初に高齢出産を取り上げる。
  女性の社会進出は結婚時期の高齢化と、それに伴う高齢出産の増加を伴う。例えば女性進出の先進国スウェーデンでは1/4の出産が35を過ぎてからだ。しかし、医者に限らず一般の人も高齢出産には様々な問題が付きまとうことを知っている。例えばダウン症の発症率、小児ガンの発症率、自閉症の発症率などは高齢出産で上昇することを示す論文が多く出されている。このため、これらの疾患統計をそのまま拡大して、高齢出産で生まれた子供は何らかの発達障害に見舞われることが多いという先入観が出来上がっている。しかし本当にそうだろうか?
  今日紹介する英国政治経済大学、人口統計学部門からの論文は、スウェーデンの人口調査を精査して高齢出産の成長への影響を調べた論文で、3月号のPopulation and Development Reviewに掲載された。タイトルは「Advanced maternal age and offspring outcomes: reproductive aging and counterbalancing period trends (母親の年齢と子供の成長:生殖年齢の高齢化とそれに対抗する時代の傾向)」だ。
  この研究が対象にしたのは、正常出産後の成長で、同じ家族に生まれた兄弟を比べる方法や、様々な社会的要因を補正して、できるだけ身体的高齢と子供の成長が比べられるように統計を取っている。従って、双生児を含む多胎出産だけでなく、一人っ子も全て統計から省いている。実際一人っ子で高齢出産になると、どうしても子供に多くの努力が注がれ、比較が難しくなる。また、高齢の方が経済的に豊かなことが多い。もちろんこの要因も加味して統計を取り直しているが、幸いスウェーデンは高福祉高負担の国で、教育は大学まで完全に無料だ。我が国と比べると、子供に貧富の格差が出ないように設計が行き届いた国で、両親の収入など影響は少なく統計が取りやすい。    このような条件で統計を取り直して明らかになったのは、正常に生まれ、成長した子供について調べれば、高齢出産だと身体能力や知能が劣るという思い込みは全く間違いであることがわかった。幾つかの結果を紹介しておく。
1) 同じ兄弟で比べた時、高校での学力テストの成績では出産年齢が35−39歳の子供が一番高い成績で、15歳から30歳まで出産年齢に応じて成績も上昇している。さらに、45歳以上の場合でも、低下は大きくない。一方、人口全体を対象に調べた場合、出産時の年齢の影響はあまり認められない。
2) 身長で見ると、45歳以上の出産では確かに低下しているが、特に高齢で成長が遅れるわけではなく、兄弟内で比べた時は30−34歳時の子供が最も高い。
3) 体力は40まであまり変化がないが、25−29歳時の子供が一番高い体力を示していた。 以上の結果は、確かに遺伝的異常のリスクは高まるが、それ以外は高齢出産でも子供の成長に大きな問題がなく、逆に学力や身長は30歳以降の子供の方が優れているという傾向があるという結果だ。
結論的には、高齢出産を恐れず子供を生めば良いという結論だ。
  残念ながら、子供の教育や食に大きな格差が生まれている我が国では同じ研究を行うことは難しいだろう。今のところはスウェーデンのような高福祉高負担で格差を減らそうとする社会体制からしかデータを取ることは難しい。とはいえ、高齢でも安心して子供を育てることができることは確かだ。
   このような論文を読むと、結婚適齢期、出産適齢期の存在を常識として振りかざし、議会で女性議員に「早く結婚して子供を産め」などと卑劣な野次を飛ばす議員のいる我が国の後進性に心が痛む。
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4月14日:にわかに信じられない話(4月7日号Cell掲載論文)

2016年4月14日
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   昨年11月Yahoo個人サイトで幾つか紹介したが(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishikawashinichi/20151114-00051431/)、にわかに信じられないと思える論文でも、トップジャーナルは拒否せず掲載する。逆に言うと、そんな中からパラダイムを変える研究が生まれることをエディターも知っているから、信じられないというだけで論文掲載を拒否することがあってはならないと自らに言い聞かせているのだろう。一般相対性理論でも、量子力学のエンタングルメントでも、直感と全く反することを正しいと認め合えることが科学の革新性だ。
  Yahoo個人に紹介した論文と比べるとまだまだ大したことはないが、今日紹介するハーバード大学からの論文もにわかには信じがたいし、読んだ後もなぜそうなるか理解できなかった。タイトルは「Oncogenic role of fusion-circRNAs derived from cancer-associated chromosomal translocations (ガンに伴う染色体転座からできる環状融合RNA は発がんに寄与している)」だ。
  DNAは転写された後すぐイントロン部分がスプライシングにより除かれる。この除去されたRNAの断端がたまたま融合すると環状RNAとして細胞内に停留することが知られていた。特に最近、このプロセスが偶然の産物ではなく、様々な機能を持っていることも示されている。
   おそらくこの著者らは、染色体転座が起こって、正常にはない転写物ができる時も環状RNAが生成されるのか興味を持ったのだろう。染色体転座ががんの引き金になっている白血病や小児癌で、転座により2つの違った遺伝子が融合した部位が転写される時、この環状RNAができるかまず調べ、調べた全ての染色体転座から環状RNAができていることを発見する。
  では、こうして出来た環状RNAには機能があるのか、線維芽細胞へ導入して調べると、PML/RAR及びMLL/AF9転座から生成された環状RNAは細胞増殖を促進する。また、同じ環状RNAを転座によるガン遺伝子とともに導入すると、ガンや白血病の発生が促進し、また出来てきたガンは薬剤に抵抗性を示すという結果を示している。
  転座によるガン遺伝子に加えて、それができる過程で生まれるスプライス産物までがガン発生に関わっているとは、ちょっとキワモノの匂いがしてしまう。残念ながらメカニズムは全くわからず、融合部位がshRNAで分解されると機能が失われ、またその部位の塩基配列を変えると機能が失われることから、融合によって生まれる新しい塩基配列が重要なことはわかる。また、異なる転座部位からの環状RNAは異なる遺伝子の活動を誘導しているようで、ここも分かりにくい。
  いずれにせよ、信じられないことほど面白い。今後どう発展していくのか、期待して見ていきたい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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