5月3日:ちょっと恐ろしい話?高脂肪食の脳への影響(5月5日号Cell掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

5月3日:ちょっと恐ろしい話?高脂肪食の脳への影響(5月5日号Cell掲載論文)

2016年5月3日
SNSシェア
  データが明確になるよう様々な条件を課した実験条件で行われた結果をみると、「え、こんなことが起こるのか!」と驚くことがよくある。特に、私たちの日常生活に潜む問題が、誇張されているとはいえ明確に示されると、背筋が寒くなることすらある。
   今日紹介するドイツ・ケルンのマックスプランク代謝研究所からの論文は高脂肪食を続けることにより脳に様々な急性変化が起こることを教えてくれるとともに、この変化を元に戻すための機構について理解させてくれる面白い研究で5月5日号のCellに掲載された。タイトルは「Myeloid-cell-derived VEGF maintains brain glucose uptake and limits cognitive impairment in obesity (肥満では顆粒球細胞に由来するVEGFによって脳へのブドウ糖の取り込みが維持され、これにより認知機能障害を防いでいる)」だ。
   高脂肪食が肝臓や脂肪組織に働きかけてインシュリン抵抗性を伴う代謝変化の原因になることは詳しく研究されているが、これまで研究が進んでいなかった脳への影響を調べるのがこの研究の目的だ。
  まず最初の驚きは高脂肪食に変えてすでに3日目で脳のグルコーストランスポーター遺伝子Slc2a1の発現が50%も低下することだ。しかもこの低下に呼応して脳内へのブドウ糖の取り込みが低下する。ステーキを食べると眠たくなるのはこのせいか、などと悠長な話ではない。片方の染色体でこの遺伝子が欠損するマウスでは、半数が脳活動が維持できず死亡することを考えると、高脂肪食は急性ではあっても深刻な脳の活動低下につながることがわかる。
   もちろんこのままだと、高脂肪食を続ければ、メタボになるより先に脳の活動異常で死亡することになる。幸い、この急性のブドウ糖の取り込み不全は徐々に回復に向かい、1ヶ月目ではほぼ正常化する。脳での代謝異常を察知してSlc2a1の発現を元に戻す仕組みがあるようだ。
   この研究では脳内のグルコーストランスポーターの発現の変化が脳血管関門に存在する血管内皮で起こっていることを突き止めて、血管内皮のSlc2a1を正常化するメカニズムについて調べている。
   第2の驚きは、トランスポーターの働きを調節しているのが血管内皮増殖因子(VEGF)で、これを全身投与することでトランスポーターの発現を元に戻すことができることだ。もしこれが正しいとすると、ガンの治療に用いられる抗VEGF抗体はガンの血管内皮増殖を止める代わりに、脳の代謝異常を引き起こす心配がある。この論文では、この治療の創始者であるFerraraが共著者に入っているためか、この問題については指摘がない。
  いずれにせよ、高脂肪食は脳血管関門にある血管内皮のSlc2a1発現を抑えて、グルコースの脳内取り込みを抑える。これを徐々にではあるが、血中で上昇するVEGFが元に戻すというシナリオだ。
   そして第3の驚きが、このVEGFを供給しているのが脳血管関門に多い、血液系の特殊なマクロファージであることだ。実際、血液細胞でVEGF遺伝子を欠損させると、Slc2a1の発現は元に戻らず、グルコースの取り込みは低いままになる。そして、この障害によってアルツハイマー型痴呆の発症が促進することも示している。
   話はこれだけだが、マクロファージや血管内皮がこれほど高脂肪食による代謝変化に関わるということは、高脂肪食が炎症を引き起こし、メタボ以外にも多くの異常につながっているということを理解させてくれる。少し誇張しすぎかと心配するが、面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 睡眠と覚醒の調節機構研究の新しい展開(4月29日号Science掲載論文)

2016年5月2日
SNSシェア
   このホームページでも睡眠と覚醒を調節している機構についての研究を何回か紹介してきた。研究は、眠りの様々な状態を維持するための神経サーキットについて研究する方向と(http://aasj.jp/news/watch/2210)、脳脊髄液内の物質の変化を追求する方向(http://aasj.jp/news/watch/608)、に大別できるようだ。それぞれの研究を読むと、門外漢の私などはすぐに説得されるが、よくよく考えてみると、どちらの方向からも、最初から最後までの因果関係を説明するシナリオは出ていない。しかし、素人に取っても面白い研究の多い分野であることは確かだ。
   今日紹介するロチェスター大学からの論文は、細胞外のカリウム濃度が睡眠と覚醒のサイクルを反映しており、この濃度差が脳全体の興奮性を調節している主因であることを示した研究で、4月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Changes in the composition of brain interstitiall ions control the sleep-wake cycle(脳間質のイオン組成が眠りと覚醒のサイクルをコントロールする)」だ。
  これまでの研究で睡眠—覚醒サイクルに応じて脳脊髄液のカリウムを始めとする電解質の濃度が変化することが知られていた。ただ、この変化は脳細胞の活動性の結果が反映されていると解釈されていた。この研究では、脳のスライス培養をノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミン、オレキシン、ヒスタミンが混合されたカクテルで刺激すると、確かに細胞外のカリウム濃度が上昇することを示した上で、次に神経興奮を完全に抑えるテトロドトキシン存在下でもこのカリウム濃度上昇が起こることを発見した。すなわち、カリウムの上昇には神経細胞自体の興奮は関わっていないことが明らかになった。
   次に同じことが生きた動物の脳で言えるのか調べるため、まず脳内の細胞外液の様イオン組成を調べてみると、1)覚醒時にカリウムが上昇、カルシウムとマグネシウムが低下すること、2)麻酔剤イソフルランで睡眠を誘導すると、これに呼応してカリウムが低下、カルシウム、マグネシウムが上昇すること、3)麻酔剤に最も早く反応するのがカリウムで他のイオン変化は遅れること、を見出している。
  最後に、睡眠覚醒時の脳間質液のイオン組成の分析に基づいて、睡眠時と覚醒時に対応する間質液を人工的に作成し、例えば覚醒しているマウスの脳脊髄液を睡眠時のイオン組成に変化させると眠りを誘導できること、逆に睡眠時の脳を覚醒時のイオン濃度に晒すと覚醒することを発見した。これらの結果から、脳脊髄間質液のイオン組成が覚醒睡眠サイクルを決める重要な要因であることが初めてわかった。
   もちろん、この電解質濃度のシフトを調節するメカニズムの解明には、さらに研究が必要だ。とは言え、このようにまだ現象論的研究だが、おそらくイソフルラン麻酔剤による睡眠の誘導、その後の覚醒の二つの状態を、脳の細胞外液を変えることで得られるという発見は大きな前進に思える。
   例えば、昏睡状態で脳幹の活動が停止している人の脳脊髄液はどうなっているのか?また、覚醒型のイオン組成に変化させれば何が起こるのか、私の脳でも覚醒される。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日:多細胞への進化(4月22日号Nature Communication及び5月19日号Cell掲載予定論文)

2016年5月1日
SNSシェア
  最初誕生した単細胞生物から多細胞生物が誕生するまでにおよそ25-30億年かかっている。生命誕生を38億年前とすると、いかに多細胞体制を支える分子機構の進化に時間がかかったかが想像できる。逆に、生物学者にとってこの過程の解明はやりがいのある研究対象と言える。
  今日はこの課題に対して最近発表された2編の論文を紹介する。最初の論文はカンサス大学を中心にした国際チームからの論文で、2300万年前に単細胞(クラミドモナス)、細胞集合(ゴニウム)、そして体細胞が分化した多細胞体制(ボルボックス)異なる体制をとるように分化した3種類の緑藻類のゲノムを比べ、多細胞体制に伴う変化を調べた研究で4月22日号のNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Gonium pectorale genome demonstrates co-option of cell cycle regulation during evolution of multicellularity (Gonium pectoraleゲノムは多細胞体制の進化で細胞周期調節が始まったことを示す)」だ。
  この3種類緑藻類は同じ共通祖先から分かれていることが明確で、従ってゲノムの違いは大きくない。この研究ではボルボックスへの進化の過程で、CyclinD1の遺伝子の数が増えること、及び細胞周期の調節分子の一つRB1の構造が、ゴニウム、ボルボックスになるとクラミドモナスから大きく変化することを発見する。そこで、クラミドモナスのRB1遺伝子変異株(細胞が小さくなる)に、ゴニウムのRB1を導入して、RB1遺伝子の変化が、多細胞体制への決定因子かどうか確かめている。結果は期待以上で、ゴニウムのRB1を導入されると、単細胞のクラミドモナスが集合して細胞塊を形成することを見出している。この研究のハイライトはまさにこの機能ゲノミックス実験で、多細胞体制に向けてG1サイクリンの多様化が進み、細胞ごとの細胞周期が用意されるとともに、調節様式が変化することが多細胞形成をガイドすることがわかる。この研究では、ゴニウムからボルボックスへの変化も追求し、細胞外マトリックスが多様化することの重要性を示しているが、まだ機能的研究には進んでいないので割愛する。
   もう一編のイスラエル・ワイズマン研究所とスペイン・ポンペウ・ファブラ大学からの論文は多細胞体制に最も近い単細胞生物Capsasporaを選んで、ヒストン修飾などの遺伝子調節機構を、多細胞動物と比べている。タイトルは「The dynamic regulatory genome of Capsaspora and origin of animal multicellularity (Capsasporaゲノムの動的な調節と多細胞動物の起源)」で、5月19日号のCellに掲載予定だ。
  Capsasporaは生活環境に応じて単細胞体制、細胞集合、そして嚢胞形成と3種類の形態をとることができ、状態に応じて遺伝子発現を変化させることが知られている。この遺伝子調節に関わるエピジェネティックスを含む遺伝子調節機構をゲノム全体に調べ、多細胞体制に向かうための遺伝子発現調節条件を調べたのが今回の仕事だ。転写調節に関わる様々な機構の変化が示されているが、結論を箇条書きにすると、
1) ヒストン修飾機構などは多細胞動物とほぼ同じ。
2) 高度な転写因子ネットワークが存在する。
3) long non-coding RNAが転写調節に関わっている
などの多細胞動物と共通の機構がすでに存在する一方、多細胞動物で見られる離れた場所から転写を調節する遠位エンハンサーがほとんど発達していないことを発見している。すなわち、転写開始部位のすぐ近くだけで転写調節が完成していることを意味する。従って、ゲノムの構造をより複雑にして、遠い場所から遺伝子調節を行得るようになることが複雑な多細胞体制進化に必須であったことがわかる。
  多くの生物のゲノム解読は、着実に進化過程の研究に寄与し続けていることを実感する論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日:ガラパゴスフィンチのくちばし(4月22日号Science掲載論文)

2016年4月30日
SNSシェア
    完全に隔離された島々からなるガラパゴス諸島での種の多様性についての観察は、ダーウィンが多様性の生成と自然選択を組み合わせた進化論を着想するのに大きく貢献したとされている。特に種によって食物の異なるフィンチが、食物に適応したくちばしの大きさや形態を持っていることは、自然選択が進む過程を直接観察できる可能性を秘めている。そのため、現在も多くの研究者がフィンチの研究を続けており、ゲノムについても解析が進んでいる。
   今日紹介するスウェーデン・ウメオ大学を中心とする国際チームからの論文は実際にくちばしの形を決める遺伝子が自然選択の対象になることを示した研究で4月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「A beak size locus in Darwin’s finches facilitated character displacement during a drought (ダーウィンフィンチのくちばしのサイズを決めている一つの遺伝子座が干ばつによる形質変化を促進する)」だ。
   この研究の目的は明快で、フィンチのくちばしの形を決める遺伝子座が自然条件により実際に選択されることを示すことだ。このため、ガラパゴス諸島の中でも小さな島の一つダフネ島に生息する陸上フィンチに焦点を当てて研究している。なぜダフネ島のフィンチが選ばれたのかだが、この島のフィンチのクチバシの形が干ばつにより選択の対象になることは、1970年代の研究で一度示されている。また、2004年から2005年にかけてダフネ島はもう一度大きな干ばつに見舞われ、この時の死亡した個体と、生き残った個体の資料が残っている。このため、この時保存された資料の遺伝子解析から、クチバシの形を決める遺伝子が本当に自然選択の対象になっていることを示すことができる。
  この研究では、まず体の大きさやクチバシの大きさの異なる6種類のフィンチのゲノムを10羽づつ解読し、HMGA2遺伝子の多型がクチバシの大きさと最も強く相関することを明らかにしている。次にこの遺伝子型を、2004−2005年にかけて起こった干ばつで生き残った個体と、死亡した個体について調べ、大きなくちばしと相関する多型を持った個体ほど、干ばつによって自然選択されていることを示している。具体的にデータを紹介すると、大きなくちばしと相関する遺伝型をL、小さい方をSとすると、LL型フィンチは死亡14、生存6、LS型は死亡15、生存17、そしてSS型は死亡5、生存14という結果だ。
   この一枚の表を作るために、60羽の異なるフィンチのゲノム解析を行ったという執念の仕事だ。おそらく著者らはこの結果を得て大興奮しただろう。環境条件が、形質だけでなく、その背景にある遺伝型を選択したことを目撃した記念すべき瞬間だ。    前回のガラパゴス旅行ではダフネ島を訪問できなかったが、次回は是非見に行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月29日:ゲノム編集方法が大変革するかもしれない(4月28日号Nature掲載論文)

2016年4月29日
SNSシェア
   最近ゲノム編集の倫理問題が我が国のメディアにも大きく取り上げられている。ただ、この議論に専門家の顔が見えない。というのも、ゲノム編集の基礎研究でも、技術開発でも我が国は大きく遅れをとっている。もちろん技術自体はキット化され、誰でも使える様になっているが、議論に参加する本当の専門家がいない。現役を退いてからこの分野を見てきたが、東大の濡木さんのCas9構造研究以外に、我が国からトップジャーナルに掲載された基礎的研究や、新たな技術についての研究を見たことがない(もし見落としていたら指摘してほしい)。だからと言って倫理問題を考えなくていいというわけではないが、倫理の専門家だけが盛り上がって、肝心の研究が低調のままでは本末転倒だと思う。
  そんな我が国の低空飛行をよそに、どんどん新しい可能性がゲノム編集にもたらされている。中でも今日紹介するCRISPR技術の開発者の一人Charpentierさんの研究所から4月28日号のNatureに発表された論文は、これまでの実験手法を大きく変える可能性を持っている研究に思えた。タイトルは「The CRISPR-associated DNA-cleaving enzyme Cpf1 also processes precursor CRISPR RNA(CRISPRに連合したDNA切断酵素Cpf1はCRISPR RNA前駆体の処理も行う)」だ。
   詳しく紹介する余裕はないが、CRISPR系が働くためには、侵入してきたウイルスなどのDNAやRNAの断片を切り出して宿主ゲノムのCRISPRアレーに挿入するシステム、転写されたCRISPR-RNAを処理してガイドRNAを生成するシステム、そして再度侵入してきた外来DNAを見分けて切断するシステムが必要で、それぞれに関わる分子は多様化している。事実、現在編集に最もよく使われているCAS9の見当たらないCRISPR系も存在する。そんな一つがFrancisella Novicidaと呼ばれるグラム陰性菌の持つシステムで、Cas9の代わりにCpf1と名付けられた分子が、ガイドRNAに導かれて外来DNA を切断することが明らかになっていた。
  この研究の鍵は、転写されたRNAからガイドRNAを生成するためのこれまで知られていた分子機構がFrancisella Novicidaに見つからないことに注目し、外来DNAを切断するCpf1がガイドRNA生成にも関わっているのではと着想したことだ。結果は期待通りで、精製したCpf1タンパク質はCRISPR反復配列内のヘアピン構造を認識してRNAを切断し、ガイドRNAを形成できることを明らかにした。すなわち、一つの分子が、ガイドRNA生成と外来DNAの切断の二役を演じていることを明らかにした。論文では、この2つの酵素活性についてさらに詳しく検討しているが、詳細は省いていいだろう。これまで、別の酵素が関わっている2つの重要過程を全部こなす一つの分子が発見されたことで、Cas9とガイドRNAを別々に調整して導入する現在の方法が、Cpf1遺伝子の下流に編集したい箇所の配列を反復配列と一緒に並べた遺伝子を導入するだけの方法で置き換えられる、極めてエキサイティングな可能性を示している。
   この論文は淡々と書かれたプロの仕事といった風で、決して上に述べた可能性を直接的に述べてはいない。しかし、間違いなくこの可能性は、さらに使いやすい遺伝子編集技術へと発展するだろう。さすがこの分野の開発の仕事だと納得する。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月28日:ゲノム研究とヒト多能性幹細胞研究の統合(Natureオンライン版掲載論文)

2016年4月28日
SNSシェア
    試験管内で様々な細胞を誘導できるES細胞やiPS細胞は、個体レベルでの実験が困難なヒトの疾患メカニズムを研究するための切り札として順調に発展している。特に最近問題になったジカウイルス感染による小頭症の発症メカニズム研究は印象的で、立て続けにES/iPSを用いた論文がトップジャーナルに掲載された。我が国も負けじと山中さんの呼びかけで、様々な疾患を持つ患者さんから疾患iPSが樹立され、既に治療法の開発にも利用されている。
   たしかに疾患iPSの話は一般の方にiPSの重要性を理解してもらうためにはいい例だが、しかしES/iPSの本当の真価は、例えば遺伝子調節の小さな違いを細胞レベルで再現するといった、より困難な課題の研究で発揮される様に思っていた。特に、同じ様に国をあげて勧められた疾患ゲノムの解析から特定された様々なSNPのうち、イントロンに存在するSNPのメカニズム研究は手つかずのまま残っている。これらをES/iPSを用いて細胞レベルで調べることは、挑戦しがいのある課題だ。
  今日紹介する、リプログラミングと多能性幹細胞分野を常にリードしてきたイエニッシュの研究室からの論文は、ゲノム研究と幹細胞研究の統合のあり方を大御所が身をもって示したとも言える論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Parkinson-associated risk variant in distal enhancer of α-synuclein modulates target gene expression (αシヌクレイン遺伝子の遠位エンハンサーに見られる疾患リスク変異が遺伝子発現を変化させる)」だ。
  この研究ではヒトES細胞から神経細胞への分化実験系、CRISPR/Casを用いた遺伝子編集、エピゲノム解析を駆使して、パーキンソン病のリスクを高めるとして特定されていたSNPが、なぜパーキンソン病発症につながるのかという疑問に挑戦している。この時、このSNPを持つ患者さんからiPSを樹立するのではなく、正常のES細胞の遺伝子にCRISPR/Casを用いてSNPを導入し、形質の変化を調ベル方法を採用し、この方がより厳密な研究ができることを示している。また、こうして得られた試験管内のメカニズム研究の結果を、実際の患者さんの組織を使った確認や、SNP同士の関連を調べるゲノム研究といった個体レベルの研究へフィードバックするお手本の様な総合的研究だ。
  詳細を省いて結果だけをまとめておこう。
1) ES細胞のゲノムに様々なSNPを導入する実験を繰り返し、イントロンに存在する一つのSNPによりシヌクレインの発現が上昇することを突き止めている。
2) このSNPを持つ領域は、エンハンサーが高まっていることを示すヒストンが結合している。
3) 実際の発現上昇率は高くはないが、パーキンソンの発症を十分説明できるレベルで、この実験系には、この様な小さな変化でも捉え切れるポテンシャルがある。
4) このSNPの存在により、EMX2,NKX6-1転写因子のエンハンサーへの結合が低下している。このことから、これら転写因子は遺伝子発現を抑えるレプレッサートして働いていることがわかる。
5) すなわち、このSNPが存在すると、ブレーキ役の転写因子のエンハンサーへの結合が低下し、結果としてシヌクレインの産生が上昇し、結果としてパーキンソン病を発症するというシナリオが示された。
残念ながらこのメカニズムが治療法に直結するわけではないが、オーソドックスな疾患メカニズム解析ができている。論文の随所に、小さな変化も捉え切ろうとする厳密さへの欲求がみなぎる、さすが大御所の仕事だと思った。
   とはいえ、同じ様にiPSにゲノム研究を組み合わせて解析を進める若手はいる。私がディレクターを務めたさきがけプロジェクトの北畠くんもその一人だ。疾患メカニズムを明らかにしようとする多くの若手臨床研究家が続くことを期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月27日:北朝鮮・米国・英国・中国の共同研究(4月15日号Science Advances掲載論文)

2016年4月27日
SNSシェア
   毎日北朝鮮からのニュースが絶えることはないが、科学者から見ると、北朝鮮は最も遠い国の一つだろう。私自身何十年も科学者を続けるなかで、北朝鮮内に住む科学者と学会で一緒だった記憶はないし、論文を読まないまでも、目にしたことすら一度もなかった。
   ところが先週号のNatureに、エディターの一人Alexandra Witzeが、北朝鮮と米国、英国の研究者が発表した論文について書いていた記事が目に止まり、興味を惹かれて読んでみた。論文は朝鮮人民共和国地震局、平壌新技術経済国際情報センター、米国地学調査局、英国ロンドン大学及びケンブリッジ大学、そして中国環境教育メディアプロジェクトの共同研究で、北朝鮮と中国の国境にまたがる白頭山(ペクトゥサン)の火山活動に関する論文だ。タイトルは「Evidence for partial melt in the curst beneath Mt Paektu(Changbaishan), Democratic People’s Republic of Korea and China (朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国にまたがる白頭山(長白山)直下の地殻が部分的に溶解している証拠)」だ。
   タイトルからわかる様に、火山学の研究で全く私の専門外だ。掲載されている図や表も評価する知識はない。とはいえどんな研究かはある程度理解できるので、紹介することにした。
  まずこの研究を主導しているのはロンドン大学のチームで、長い交渉の末2013の核実験後、2015年まで白頭山に6箇所の地震計を設置し、1年間観測を続けるとともに、中国側から人工地震を起こして波を記録し、その解析から地殻状態を推定している。データを全てすっ飛ばして結論を急ぐと、白頭山の直下に大きなマグマだまりが形成されており、それにより地殻が一部溶けているらしい。このマグマは、歴史的大噴火を起こしたマグマと同じ起源で、現在起こっている白頭山の様々な活動の原因であると結論づけている。要するにいつ大噴火が起こってもおかしくない様だ。
   この論文を読むまで私は全く知らなかったが、白頭山は946年、大噴火を起こしている活火山で、2002−2005年火山性地震が群発し注目された。もともとプレート活動と密接に関係している火山であるため、2011年東日本大震災後、破局的噴火が起こるのではないかと懸念される様になり、中国で観測が続いていた。ただ、北朝鮮側の研究が進んでおらず、今回初めて白頭山の現時点での地下活動が明らかになった。
  研究のためには政治交渉も厭わず観測を実現した研究者魂には脱帽だ。ただ核実験を計画している金正恩政権が、いくら重要な時期だと言っても地震計の設置を許すとは思えないが、粘り強い説得による観測しか被害を食い止める方法はないだろう。目が離せない。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月26日:宇宙飛行と脂肪肝(4月20日号Plos One掲載論文)

2016年4月26日
SNSシェア
    知識としてはあまり期待しないが、タイトルを見て「何々?」と論文に目をとめることがある。今日紹介するコロラド大学麻酔科からPlos Oneに発表された「Spaceflight activates lipotoxic pathways in mouse liver (宇宙飛行はマウス肝臓の脂肪毒性回路を活性化する)」という論文はそんな例だ。この論文の場合、宇宙飛行というタイトルに目が止まる。しかし、多くの場合論文としては不完全なものが多い。紹介する前に言うと、この論文も例に漏れない。
   コロラド大学と言ったが、かなり多くの機関から研究者が参加している。実験は極めて単純で、純系マウスを宇宙飛行に連れて行き、アトランティスで13日ほど滞在させて、地球に帰還後、肝臓に障害が出ていないか調べている。なぜこんなことをするのかというと、宇宙飛行で糖尿病様症状が出るからだという。しかし、人間が宇宙に行って何十年もになるのに、わざわざまたマウスで実験をする必要があるのか、もっと人間で詳しく調べる方が実用的でないか疑問だ。
  詳細は省くが、幸い(というのは不謹慎だが)宇宙に連れて行くと、肝臓の脂肪代謝に異常が認められ、組織学的にも肝臓に脂肪が蓄積する脂肪肝が誘導され、さらには細胞外マトリックスの産生が上昇する。大げさに言うと非アルコール性脂肪肝の危険性が高まるという結果だ。この症状に一致して肝臓内のレチノイン酸の濃度が低下し、また糖脂肪代謝に関わるPPARαの発現が大きく上昇することも突き止めている。
   この結果自体に文句を言う気はないが、実験としてはあまりにもひどい研究だと思う。まず、微小重力の影響を調べたいのか、宇宙飛行全過程の影響を調べたいのかがはっきりしない。宇宙飛行だと、最初打ち上げで強い重力を感じ、その後微小重力で過ごした後、地球帰還という3種類のストレスが存在する。人間なら打ち上げと帰還のストレスについては認識できるが、マウスにとっては何が何かわからないだろう。もし本当の目的が微小重力の影響なら、マウスは宇宙空間で屠殺するべきだ。それでも打ち上げのストレスは除外できない。要するに、この変化の引き金を特定できない様に実験が計画されている。いくら簡単にできない実験だからといって、やはり実験として健全なものでないと論文発表しても意味がないと思う。
  わざわざこの論文を選んで文句を言っているのは、この研究には、興味より先に公共事業的助成金があるという匂いがするからだ。おそらく、宇宙飛行の影響について予算が組まれており、とりあえず論文を出せばお金をもらえるという構造ができているのだろう。だからといって、いい加減な研究をしていいわけではない。重要なのは研究者がそれに甘えないという意志だろう。予算が先にある研究は研究者にとっても本当はありがたい。ただ、それに甘えてしまうと、予算のための公共事業と同じで、科学者としては劣化していくだろう。    しかし、競争の国アメリカでも、予算消化のための研究があることがわかる論文だった。今日を例外として、これからも紹介して意味のある論文を選んでいこうと改めて決意した。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月25日:ガン標的治療のBreakthroughになるか:小銃から機関銃へ(4月21日号Cell掲載論文)

2016年4月25日
SNSシェア
 このホームページでなんども繰り返しているように、今、最も待望されている薬剤は、突然変異型のRas分子の阻害剤だろう。例えば現在も手術以外に有効な治療法のない膵臓癌のほとんどはRas分子の変異が引き金になっている。またガンゲノム解析からわかったのは実に2−3割のガンがRas変異を持っているという事実だ。当然、アカデミアも企業も30年以上にわたって活性型Ras阻害剤の開発にしのぎを削ってきたが、現在もなお切り札となる阻害剤は見つかっていない。このあたりの話についてはちょうど1年前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3288)。
   今日紹介するマウントサイナイ医学部からの論文は、ひょっとしたらこの閉塞状況を変えてくれるのではと期待を持たされる研究だ。タイトルは 「A small molecule RAS-mimetic disrupts RAS association with effector proteins to block signaling (Rasとエフェクター分子の会合を阻害するRas分子を模倣する化合物はRasシグナルを抑制する)」で、4月21日号のCellに掲載された。
  この研究の最初の目的は現在骨髄異形成症候群の臨床治験が進んでおり、わが国でもシンバイオ製薬が展開している薬剤リゴサチブの作用機序を明らかにすることだったようだ。まずリゴサチブに結合する分子の解析から、RASと結合する様々なシグナル分子がリゴサチブに結合することを発見する。磁気共鳴を用いた構造解析から、リゴサチブがRas下流のシグナルを媒介するRAF分子のRAS結合領域に結合し、RAFの活性化を阻害することを明らかにしている。すなわち、リゴサチブがRasを模倣する分子として働き、活性化Rasにシグナル伝達分子が結合するのを競争的に阻害することがわかった。後は、この阻害により、伝統的なRas-Raf-Mapkの伝達経路を遮断できること、またPLK,Ral,Pi3Kなどの他のRas結合分子からのシグナルも同様に抑制することを明らかにしている。最後に、活性化Rasによる発がんを抑制できるか、また活性化Rasによりガン化した細胞の増殖を抑制できるかを様々な系で調べ、期待通り効果があることを示している。
   もともとRasの下流で多くのシグナル分子が活性化されており、その一つ一つを標的にしてきた薬剤と異なり、機関銃での掃射のように多くのシグナルを一度に遮断する可能性のある治療法だ。ただ示されたデータを見ると、まだ完全に腫瘍が消失したという結果ではない。私見だが、このようなメカニズムの場合、rasに結合する分子の量など様々な生化学要因が影響するはずで、用量の選択など今後さらに研究が必要だろう。しかし、リゴサチブ投与でがん細胞内の様々な分子のリン酸化が阻害されており、今後大いに期待が持てると思う。例えば膵臓癌などはすぐ試したいところだろう。幸い、この薬剤は骨髄異形成症候群の治療薬としてすでに第3相まできており、副作用が少ないこともわかっている。したがって、臨床研究へのハードルは低い。さらに、Rasではなく、シグナル分子が活性化Rasに結合する部分を標的にするアイデアは、他のシグナルにも使えるだろう。また、同じメカニズムのさらに強力な分子も開発されるように思える。
  もちろんぬか喜びかもしれないが、堅固なRas砦に穴が開いたのではと期待させる。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月24日:健やかな老化の秘密に迫れるか?( Cell5月5日号掲載予定論文)

2016年4月24日
SNSシェア
   まず英単語の勉強から始めよう。
Wellderly:今日紹介するスクリップス研究所からの論文を読むまで、聞いたことも見たこともなかった単語だ。私のPCにインストールされている英辞郎(古いバージョンだが)には収載されていなかったが、ウェッブで検索するWeblio辞書には収載されていた。「健やかに歳をとった」という意味で、Wellとelderlyを合体した単語だ。
  「死ぬ日まで元気で過ごす」という願いを背負った単語だろう。しかし、簡単には叶わぬ夢だ。実際には先進国では実に90%の人が、何らかの病気が原因で亡くなる。
  最近ドイツの医学誌Deutsch Aerztblatt Internationalに掲載された100歳以上のドイツ人112人の健康状態を調べた論文では、平均5種類の病気を抱えており、視力や聴力といった命に直接関わらない疾患に加え、7割が骨粗鬆症、半分以上が心疾患、関節炎、排尿障害、4割がどこかに慢性的な痛み、認知症を抱えていることが示されている(Jopp et al, Dtsch Arztebl Int 2016; 113: 203–10 )。健やかな100歳は確かに難しい。
  とはいえ80を超えても病気ひとつしたことがないという羨ましい高齢者は存在している。そんな高齢者のゲノムを調べてその秘密に迫ろうとしたのが今日紹介するCellに掲載予定の論文で、タイトルは「Whole-Genome sequencing of healthy aging cohort (健やかな老化コホート集団の全ゲノム解析)」だ。
  この研究ではガン、糖尿病、認知症、心筋梗塞、脳卒中、腎不全のいずれにも罹患していないWellderly600人の全ゲノム解析を行い、病気の罹患でフィルターをかけていない一般集団約1500人の全ゲノムと比較している。
  対象になった羨ましいWellderlyだが、1)男性が多く、2)少しだけ喫煙経験があり、3)スポーツを心がけ、4)平均よりは痩せており、5)教育程度が高い。また今回対象に選んだ人たちの兄弟姉妹の生存率をみると、寿命自体は変化しないが、いわゆる健康寿命が上がっていることがわかる。
  余談になるが、この研究のように1000人近くのゲノムをComplete Genomics社に外注して調べているのをみると、全ゲノム解析がますます安価な検査になりつつあることがわかる。
  しかし論文を読み進むと、これだけ多くのデータを多面的に解析するための方法がまだまだ不足しているのがわかる。はっきり言って、データを十分生かせていないのではという印象だ。そのせいかどうかはわからないが、結局健やかな老化をゲノムから予想することは難しいという結論だ。事実、論文の中で「健やかな老化に貢献する特別な因子は何も見つからなかった。」と、異例の文章で締めくくっている。
   要するに、結局はゲノムだけでなく生活習慣も含む多くの要因が絡んで健やかな老化が可能になるという結論だ。
   しかしこれではあまりそっけないので、論文で記載された幾つかのデータをまとめておこう。
1) これまでアンチエージングに関連するとされていた遺伝子とは相関が認められない。
2) コラーゲン21遺伝子の多型が、少数ではあるがWellderlyのみに見られた。コラーゲンの可溶性がアルツハイマーなどの防止になっているのかもしれない
3) Wellderlyでは認知症、心疾患のリスクと相関する多型の頻度が低いが、ガンのリスクでは相関があまり見られない。
4) 認知、カルニチン代謝と相関した領域にWellderly特有の多型が集積している
などだが、結論どおり、決め手がなかったという結論だ。
  個人ゲノムサービスが始まっているが、個々の疾患リスクを調べるだけではなく、年齢を加味した健やかな老化指数を総合的に計算できるようにして、健やかな老齢を目指した生活改善をはかるためのテクノロジー開発に挑戦する会社が出て欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
2024年5月
« 4月  
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031