2024年2月16日
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は内容的にはかなり専門的で、おそらく医学部の学生さんでもすぐ理解できない点も多いと思う。ただ、研究課題がユニークで面白いので、出来るだけ Wikipedia などを引用しながら多くの人にわかってもらえるように解説する。論文のタイトルは「Nuclear morphology is shaped by loopextrusion programs(核の形態はループ押し出しプログラムにより決められている)」で、2月14日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルにあるようにこの研究の課題は、細胞の核の形を決めるメカニズムの解明だ。特に注目しているのが、多型核白血球と呼ばれる細胞で、こんな形の核がどうして出来るのか、細胞は生きておられるのかなど、誰もが疑問を抱く核の形だ。百聞は一見にしかずで Wikipedia の写真をまず見て欲しい(https://en.wikipedia.org/wiki/Neutrophil#/media/File:Neutrophils.jpg )。私自身、医学部の学生時代から今まで50年以上この形態がどうして出来るのか、全く理解することなく過ごしてきた。
ただ、最近、核の中で染色体が一定のルールで折りたたまれることで核の形が決まることがわかってきた。これは Topologically Associative Domain(TAD) と呼ばれる染色体同士が形成する構造を解析する技術のおかげだ(https://aasj.jp/news/watch/3533 )。そして、この TAD を決めるのが Loop extrusion と呼ばれる染色体の折り畳みを決めるメカニズムで(Wikipedia参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3 ) CTCF分子結合部位を起点に集まる分子複合体の巧妙な仕掛けに基づいていることがわかってきた。
従って、多型核白血球の核の形の謎も、Loop extrusion のメカニズムの変化によることが想像されるが、不思議なことにこれまでこの可能性はチャレンジされてこなかった。
この研究では丸い核から多型核への分化が起こる実験系を用いてまず遺伝子発現を調べ、分化とともにTAD内での相互作用が低下し、さらに loop extrusion に関わる分子の発現が低下することを発見する。すなわち、loop extrusion を調節する分子が減ることで、特徴的な核の形が生まれる可能性が示唆された。
そこで、loop extrusion に関わる分子 NIPBL や MAU2分子を、細胞内で蛋白質分解させると、核の形態が多型角形に変化することを明らかにする。
ただ、この形態変化は決してランダムに起こるのではなく、白血球の機能を高率に維持するための形態変化であることも明らかにしている。具体的には、TAD内での相互作用が低下する。逆に、離れた領域間の相互作用が新たに生まれる。すなわち小さな領域での extrucion が低下し、大きなメガループ形成、さらには異なる染色体同士の相互作用が起こるようなコンパートメント化が起こっている。この構造変化は、エンハンサーとプロモーターの相互作用をリモデリングする。
ただ loop extrusion に関わる分子の発現が減るだけで、核の形だけでなく、転写も白血球型に変化することは驚きだ。すなわち、量の変化を質の変化に変える染色体側の準備が整っていることを示している。これについては、loop extrusion の変化が始まると強い発現が始まる PU1、Ikaros分子が、extrusion部位の CTCF に集まって、新しい loop extrusion を外祖するのではと説明しているが、今後の課題になる。
結果は以上で、loop extrusion に関わる分子の量の変化が、目的に応じた新しいコンパートメント化を誘導し、その結果、増殖を止め、さらに白血球の機能が発揮しやすいような遺伝子発現を安定的に保証していることがわかった。
初めて白血球を顕微鏡下で観察してから50年以上たって、形を理解できたことの喜びは大きい。
2024年2月15日
少し時間がたってしまったが、面白いのに紹介し忘れた論文を紹介する。
ゼノリシスについてはこのブログでも何度も紹介した。すなわち、老化した細胞を積極的に死に追いやって、元気な細胞による新陳代謝を促し、組織や個体を若返らせるという方法だ。特に薬剤を用いるゼノリシス誘導法の開発が加速している。実に様々なアイデアが提案されており、このブログでも4-5種類の方法を紹介したと思う。いつかまとめてジャーナルクラブを行いたいと思っている。
そんな中、今日紹介する英国医学研究評議会研究所からの論文は、ゴルジ体と小胞体との小胞輸送を標的にすることでゼノリシスを促進することが出来ること、またそのための薬剤の可能性について示した研究で、12月号の Nature Cell Biology に掲載された。タイトルは「COPI vesicle formation and N-myristoylation are targetable vulnerabilities of senescent cells(COPI小胞形成と N-myristoylation 過程は老化細胞の弱点として標的に出来る)」だ。
この研究では、RASで誘導される細胞老化実験系に、5000種類のノックダウンsiRNAライブラリーを発現させ、そのうちの127種類の siRNA が老化細胞の細胞死を誘導する分子として特定している。
この中からゴルジ体と小胞体間の輸送に関わる小胞形成過程の抑制が老化細胞特異的に Caspase3/7 依存性の細胞死を誘導することを発見する。実際、COPI 形成を阻害するブレフェルディンAなどの薬剤を加えると、細胞老化が始まった細胞では60分の1の濃度で細胞死を誘導できる。
次に、この過程に関わる COPB2遺伝子をノックダウンしてゼノリシスのメカニズムを調べると、RAS発現で細胞老化が始まるとゴルジ体が拡がるが、この時 COPB2 がノックダウンされるとゴルジ体が分散してしまう。細胞老化でゴルジ体が拡がるのは、折り畳みがうまくいかない蛋白質が蓄積に備えるためで、事実 COPI 形成を抑えると、異常蛋白質の蓄積に反応する分子の発現が上昇し、最後はオートファジー異常に至って細胞死が誘導されることを確認する。
次は COPI 形成阻害を臨床的に利用できるかだが、老化を誘導できる線維芽細胞を移植する実験系で、ガン組織で周りの線維芽細胞が老化するとガン増殖を助けるという実験系で、及び肺の線維化を抑える実験を行っている。少し凝り過ぎと言える実験系を使わざるを得なかった理由は、COPI 阻害に使える薬剤のほとんどが成体に投与できる代物でないためで、実験を進めるには投与可能な化合物を見つける必要がある。
この研究では、COPI 形成に必須分子 ARF が機能するにはミリストイル化が必須であることを突き止め、この阻害剤を用いて COPI 形成を阻害して、ゼノリシスを誘導できることを明らかにする。
そしてミリストイル化阻害剤を用いて、非アルコール性肝炎での炎症や線維化を抑制できるか調べ、老化した細胞を除去し、線維化を抑えられることを示している。
以上が結果で、原理から考えると納得のゼノリシス誘導法だと思う。ただ、FDAに認可され臨床に使われているミリストイル化阻害剤はおそらく存在せず、またミリストイル化が起こる分子の数は多いことを考えると、そのまま抗老化の治療薬へと発展する可能性は少し低い気がする。
2024年2月14日
ALS に限らず、神経変性が起こる場所ではグルタミン酸がシナプス活動を越えて神経細胞死を誘導する可能性が指摘されてきた。通常、グルタミン酸がシナプス外に漏れ出てもアストロサイトに再吸収されるのだが、低酸素状態になるとアストロサイトの再吸収が低下し、逆にグルタミン酸分泌が高まることで、シナプス外のグルタミン酸濃度が高まり、神経細胞死を誘導する。
この考えにもとづいていくつかの薬剤が開発され、現在リルゾールが ALS に、メマンチンがアルツハイマー病などに用いられている。今日紹介するハイデルベルグ大学からの論文は、グルタミン酸による細胞死誘導が、シナプス外で発現されている受容体(eNMDAR)特異的に起こることを明らかにし、eNMDAR を標的にした薬剤開発を続けているグループにより新しく特定された eNMDAR 特異的阻害剤開発研究で、2月7日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「TwinF interface inhibitor FP802 stops loss of motor neurons and mitigates disease progression in a mouse model of ALS(TwinF インターフェース阻害剤 FP802 はマウス ALS モデルで運動神経変性と病気の進行を抑える)」だ。
このグループは TRPM4 と呼ばれるチャンネルが eNMDAR と結合することがシナプス外で NMDAR が細胞死を誘導する原因であると考え、両者の結合を阻害する化合物 Compound8 を開発してきた。この研究では、この化合物の問題点を解決し、より効果を高めた FP802 を開発し、この薬剤が想定通り、ALSの進行を遅らせることが出来るか調べている。
試験管内でマウス神経細胞をグルタミン酸に晒したとき神経細胞死を予防する効果を調べると、FP802は 8.7µM と有効濃度は少し高いが、グルタミン酸による神経細胞死を抑えることが出来る。さらに、期待通り eNMDAR と TRPM4分子同士の結合を阻害する。
次いで SOD1 遺伝子に変異を持つ ALSマウスモデルで、症状が出た後から FP802を40mg/kg/dayになるようミニポンプで連続皮下投与を行っている。
さて結果だが、間違いなく病気の進行を遅らせ、さらに生存期間も延びる。勿論 ALS の細胞死の大きな部分は神経細胞自体の変化に基づいており、グルタミン酸毒性を抑えても、完全に治ることはない。それでも、組織学的にも明らかに運動神経が保護され、結果として病気が抑えられるという結果は重要だ。
最後に患者さん由来の iPS から誘導した神経細胞オルガノイドを用いて、グルタミン酸暴露による神経細胞死が抑制できることを示し、患者さんに利用できる可能性を示している。
以上が結果で、まだまだ薬剤として至適化することが必要だとは思うが、TwinF interface 阻害という新しいメカニズムで、ALS の進行を抑えられる可能性が示されたと評価できる。
2024年2月13日
現在ほとんどの病気で血液検査が行われる。脳血液関門で独立した脳の病気でも、何かの痕跡が血液に流れてくる可能性があり、同時に身体をモニターするという意味でも、精神疾患でも血液検査が行われる。しかしこれらは血液検査と言っても血清中の様々な分子の話で、脳神経疾患の変化が直接血液細胞にも反映しているとは思わない。
ところが今日紹介するシカゴの Northwestern 大学からの論文は、アルツハイマー病(AD)の血液細胞を徹底的に調べれば AD と相関する変化が見られるという研究で、2月9日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Epigenetic dysregulation in Alzheimer’s disease peripheral immunity(アルツハイマー病の末梢免疫で見られるエピジェネティック調節異常)」だ。
研究では健常人26人、AD29人を、さらに AD リスク遺伝子の筆頭 APOE のサブタイプに分け、それぞれの血液細胞のエピジェネティックスを徹底的に調べている。しかも、各細胞系譜に分けて調べるため、単一細胞レベルでクロマチン状態を ATACseq 、転写を RNAsequencing で調べている。膨大なデータなので、様々な情報処理法を駆使して、1)AD でエピジェネティックスが変化する血液細胞は存在するか、2)どの遺伝子が変化しやすいか、3)APOE タイプと相関するエピジェネティック変化はあるか、などを調べている。
一昔前、AD を血液細胞で調べるなどと言うと、的外れで「トンデモ論文」と思ったが、ここまで徹底的にやると形になってくる。
まず、AD で特異的にクロマチンが変化する領域は存在し、特に CD8T細胞で多くの変化が検出できるが、他の細胞でも再現性のある変化が検出できる。
まず単球についてクロマチン構造が変化し、それに応じて遺伝子発現も変わる遺伝子を調べていくと、NFκB2遺伝子のイントロン RELA 結合サイトに明確なクロマチン変化が見られ、その結果下流の炎症遺伝子の発現が高まっている。
次に CD8T細胞を調べると、様々な遺伝子のプロモーター領域でクロマチン変化が起きているが、特にケモカイン受容体 CXCR3 プロモーターの変化に着目している。というのも、CXCR3 遺伝子は AD リスク遺伝子として特定されているためで、組織学的に調べるとAD脳のミクログリアとと、脳軟硬膜のCD8T細胞で発現の上昇を確かめている。
次にこれまでの結果を APOE タイプと相関させると、AD で起こるクロマチン変化が、リスクの上昇とともに全ての細胞で変化が大きくなる。特に単球ではこれまで AD のミクログリアで見られるケモカインなど炎症に関わる遺伝子のクロマチン変化がはっきりと見られることから、単球とミクログリアが体内の局在を問わず AD と APOE の影響下でエピジェネティックな変化が誘導されるのがわかる。
CD8T細胞で APOE リスクを相関させると、今度はやはり AD リスク遺伝子として知られる BIN1 と呼ばれる遺伝子調節領域でクロマチン変化が起こり、発現が高まることがわかった。
最後に、これらのエピジェネティック変化が T細胞機能に影響するかどうかを調べるため、抗原受容体遺伝子の解析からクローン増殖を行った細胞を特定して解析すると、APOE リスクと相関する遺伝子変化により、T細胞の増殖が高まっていることを確認している。
結果は以上で、的外れに思える研究でも徹底的に調べると、AD を誘導する様々な要因との相関が見られるという結果だ。元々 AD のリスクファクターとして炎症は指摘されており、APOE も関わることから、その範囲で解釈できるが、ひょっとしたら最も面白いことが的外れな研究から生まれるかも知れない。
2024年2月12日
肺ガンほど多様なガンはない。短い臨床医の経験でも、扁平上皮ガン、腺ガン、小細胞ガン、大細胞ガン全てを経験することが出来た。この多様性については、現在ガンが発生する細胞の違いを反映していると考えられているが、ガンのドライバー変異から見てもそれぞれ特徴がある。例えばEGFR変異は腺ガン、Myc 変異は小細胞性未分化ガン、FAM135B は大細胞ガン、扁平上皮ガンは PIK3CA などだ。これは元の細胞とドライバー変異の相性を反映しているが、なかなかそれ以上のことはわかっていない。
このガン遺伝子と細胞の相性を研究するのに最適のシステムがガンの組織転化と呼ばれる現象で、EGFR変異をドライバーにする腺ガンの標的治療抵抗性が発生する過程で、かなりのケースで小細胞肺ガンへと組織転化する現象だ。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、変異型EGFR と Myc の細胞特異的発現を操作できるようにして、腺ガンと小細胞ガンを誘導できるようにしたマウスを用い、変異EGFRを発現して腺ガンになった肺胞細胞(AT2)が、EGFRドライバーを失ったときに起る組織転化を調べている。
期待通り、このマウスでは何もしないと Myc の発現のために小細胞ガンが発生するが、変異型EGFR を発現させると悪性の腺ガンが発生する。そこで、腺ガン発生後のガン末期段階で変異型EGFR のスイッチを切る、あるいは標的薬を投与すると、一度ガンが縮小した後、小細胞ガンが発生することがわかった。しかも、ガンのドライバーが変異EGFR から Myc へと変化していた。すなわち、期待通り組織転化が起こった。
そこで組織転化過程を詳しく調べると、変異型EGFRの阻害により、増殖出来ない段階が続き、その間に Myc の発現の上昇が始まることがわかった。しかし、Myc が上昇してきてもすぐに増殖へのスイッチが起こらない。すなわち、Myc は元の肺胞細胞との相性が悪いため、組織転化へと進むためのボトルネック状態が生じる。実際、気管上皮に Myc を発現させるとすぐに小細胞ガンが発生するが、肺胞細胞に発現しても全くガンは出来ず、Myc が強く発現すると逆に増殖できないことがわかった。
すなわち組織転化では、まず肺胞細胞自体が持つ Myc発現との相性の悪さを解消する必要がある。そこで、いくつかの候補シグナルを検討した結果、PTENをノックアウトして PI3K経路を高めると、Myc への拒否反応が低下し、EGFR の代わりに Myc を使って増殖が始まることがわかった。さらに、この間にガン抑制遺伝子Rb1 の変異が重なることで、転化がさらに促進されることも明らかにしている。
以上が結果で、エピジェネティックランドスケープと呼ばれる分化の袋小路を越えることが簡単でないことを示している。しかし、この障害も結局ガンの方が新しい細胞へと変身して乗り越えるわけで、まさにやっかいな話だ。しかし、標的薬を組みあわせたり、転化までのボトルネックを標的にすることで、一網打尽にすることで、これまでの標的薬の問題を解決できることも期待できる。
2024年2月11日
石坂先生によって発見された IgE によるアレルギー反応は詳しい解析が積み重なっており、IgE を分泌するB細胞から見ると、抗原により誘導された記憶B細胞が IgE へのスイッチを促す IL-4 により強く引っ張られた結果だと考えられている。
今日紹介するカナダ・McMaster大学からの論文は、この IL-4 によって強く IgE 分泌へと引っ張られた細胞集団を、ヒトアレルギー患者さんで特定し、この誘導についてマウスモデルで解析した研究で、2月7日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Type 2–polarized memory B cells hold allergen-specific IgE memory(2型に分極した記憶B細胞がアレルゲン特異的IgE記憶を荷なってる)」だ。
T細胞は周りの環境により Type1 及び Type2 細胞へと分化する(勿論他にも様々なタイプのT細胞が定義されている)が、B細胞の IgE 分泌を誘導する IL-4 は Type2 T細胞が分泌する。この研究では白樺シーズンに、白樺アレルギー患者さんの末梢血から記憶B細胞を分離、その中で Type2 細胞の作用を強く受け IgE 分泌へと分極化した細胞を探し、いくつかの表面マーカーで定義でき、IL-4 受容体を強く発現し、スウィッチ前の生殖細胞型 IgE 転写が検出できる細胞を特定している。
そして白樺アレルゲンに結合するB細胞を探すと、ほとんどがこのMBC2集団と一致することから、まさしくアレルギーシーズンに活発に活動してbIgEb分泌を行うのが、MBC2であると結論している
次にMBC2と呼ぶ IgE への分化バイアスがかかった細胞をマウスでも探索し、卵白アレルゲンを用いるアレルギーも出るで、Type2 反応が誘導できるアジュバントを用いたときだけ、ヒトMBC2と同様の細胞が出現することを特定する。
その上で、この細胞の誘導条件を調べ、完全に IL-4 依存的に誘導されること、しかし従来示唆されていた血中 IgE の存在は必要ないことを明らかにしている。さらに面白いのは、この過程に胚中心が関わっていないことで、抗原から記憶B細胞までの過程と、IgE へ誘導する過程は全く別であることが示された。
最後に、白樺アレルギーのアレルゲンを舌下で暴露するSLIT治療の患者さんを選び、アレルゲンにより IgG1 を表面に発現する記憶B細胞が IgE 分泌細胞へと分化することを示している。
結果は以上で、抗原で刺激され形成された一般的記憶B細胞が、Type2型T細胞とともに抗原でチャレンジされると、スイッチ前の IgE の転写が高まり、これが IgE へのスイッチを促すというシナリオで、IgE 型のアレルギーについて頭を整理することが出来た。
この論文に続いて、同じグループはピーナツアレルギーの子供を対象に、アレルゲン結合記憶B細胞を調べ、確認した論文を同じ Science Translational Medicine に掲載しているので、合わせて読んで欲しい。
2024年2月10日
単一細胞レベルの RNA sequencing と、CRISPR/Cas によるノックアウトを組みあわせて遺伝子の機能を予測する Perturb-seq については以前 HP で紹介(https://aasj.jp/news/watch/19994 )、さらにその重要性から YouTube で解説も行った(https://www.youtube.com/watch?v=-Yddv5xuPC8 )。 そして予想通り、昨年5月にはこの方法が血液臨床研究に用いられているのを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22036 )。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、この技術を用いて冠状動脈疾患のゲノム解析データを細胞の機能へのマッピングを試みた重要な研究で、2月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Convergence of coronary artery disease genes onto endothelial cell programs(冠状動脈震撼遺伝子を内皮細胞プログラムに集約する)」だ。
Perturb-seq が最も力を発揮する領域への応用だ。これまで狭心症や心筋梗塞など、冠状動脈疾患と相関するリスクゲノム領域は300以上特定されている。その中の多くは、動脈硬化に関わる脂肪代謝遺伝子とオーバーラップすするが、それ以外の領域についてはほとんどわかっていない。
この研究では冠状動脈疾患の多くは血管内皮に問題があると考え、まずリスク領域とリンクした血管内皮特異的エンハンサーにより調節を受けている遺伝子を254種類リストしている。そして、血管内皮株でこれらの遺伝子を Perturb-seq によりノックアウトし、血管内皮特異的なプログラムに関わる遺伝子を最終的に41種類特定している。
これらの遺伝子は血管特異的なプログラムのうちの、血管新生、浸透圧、細胞接着、細胞遊走、血栓などに関わる5つのプログラムに集約しており、しかも多くはこれまで解析が進んでいない遺伝子で、新しい動脈硬化治療標的として研究がのぞまれる。
この研究では、41種類の遺伝子の中で、5つのプログラムのほとんど全てに関わっていた2種類の遺伝子に注目して、さらに研究を進めている。
一つは CCM2遺伝子で、元々脳海綿上奇形の責任遺伝子と知られている。もう一つはこれまでアクチン結合分子以外の機能がよくわかっていない TLNRD1 で、いずれもノックアウトすると、冠状動脈疾患のリスクを高める遺伝子発現を抑え、逆に血管を守る遺伝子を発現させることがわかった。
さらに調べると、両分子は相互に結合して機能し、あと2種類の分子と CCM複合体を形成して、MAPKシグナルを抑制する機能を持つことがわかった。さらに、これらの遺伝子に関わるリスク領域は、全てこれらの遺伝子の発現の調節領域で、疾患発生を抑えることが知られる多型は、TLNRD1 の発現抑制に関わることも突き止めている。
詳細は割愛して紹介したが、これまで疾患リスクとしてリストされていたゲノム多型を、見事に血管内皮を起点とする冠動脈疾患メカニズムへと昇華させており、Perturb-seq が最も有効に使われた素晴らしい研究だと思った。この中から、新しい冠状動脈疾患予防薬が開発されることを期待している。
2024年2月9日
現在白血病の治療として CAR-T は定着しており、しかもベンチャーというより大手の製薬会社により提供されている。おそらく、ガン免疫治療として、最初から最後までコントロールできる可能性が、この期待の大きな理由だろう。従って、現行の治療法を改良するため、様々な方法が開発され、おそらく次から次へと治験へ進んでいると思う。
そんな中で今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、CAR-T の改良という点では同じだが、改良法をT細胞白血病の変異から学ぼうとする点でユニークだ。タイトルは「Naturally occurring T cell mutations enhance engineered T cell therapies(自然発生したT細胞変異により遺伝子操作によるT細胞治療効果を高める)」で、2月7日 Nature にオンライン掲載された。
ともかく発想が面白い。T細胞白血病は変異を繰り返しながらホスト環境にフィットする。一方、正常T細胞は増殖分化の各段階それぞれで条件が変化することから、正常細胞にガン抗原に対するキメラ受容体を導入しても、フィットした細胞だけを用いることはできない。そこで、フィットしたガン細胞の遺伝子変異の中から CAR-T の能力を高める変異を探し出そうと発想している。
T細胞系白血病から集めた遺伝子変異71個の中から、最終的にT細胞の3種類のシグナル( NFkB、AP-1、MALT1 )を変化させる CARD11-PIK3R3 変異を特定し、試験管内、およびガンを移植したマウスへの細胞移入実験でその効果を確かめている。
詳細を全て省いて結果だけをまとめると、3つのシグナルを変化させることで、IL−2 や IL-5 などのサイトカインを発現する能力とともに、抗原刺激時により高い増殖能を示すようになる。
そして、担ガンマウスに CAED11-PIK3R3 を導入した CAR-T を移入すると、通常の CAR-T と比べ、ほとんど再発がない強い抑制効果を示す。
また、CAR-T に限らず、レトロウイルスで CAED11-PIK3R3 を正常CD8T細胞に導入すると、生体内で他の細胞より多く増殖し、さらに発ガンを抑える免疫機構が発達することを示している。
これほど効果があっても、CAR-T がこの遺伝子で腫瘍化してしまったのでは本末転倒になる。この危険性さまざまな方法で調べ、抗原刺激や IL-2 刺激がないと増殖は止まること、さらに移植後長期間フォローしても問題は起こらないことを示し、ガン化のリスクは高くないと結論している。
発想はユニークなので、これほどの効果があると、たとえば必要な時にこの遺伝子が発現できないようにして使ってみたくなるのはうなづけるが、臨床応用は慎重にならざるを得ないと思う。
2024年2月9日
今日はこの紹介の後に、もう一編論文を紹介する。というのも、これから紹介する催眠のかかりやすさに関する論文があまりに短いので、紹介した気にならないからで、貧乏性と言えばそれまでだ。
とはいえ、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、短くても面白く、今も催眠の医療応用の可能性が続けられていることがよくわかった。タイトルは「Stanford Hypnosis Integrated with Functional Connectivity-targeted Transcranial Stimulation (SHIFT): a preregistered randomized controlled trial(スタンフォード催眠術と機能的脳結合を標的にした経頭蓋脳刺激(SHIFT): 前もって登録した無作為対照試験)」だ。
つい先日、いつも世話になっている整体師さんに施術を行ってもらっているとき、整体師さんが「最近は催眠術の話をほとんど聞かないが、催眠術は利用されているのですか?」と聞かれ、答えに困った。何十年も前、テレビでも盛んに催眠術が紹介されていたように思うが、確かに最近はあまり耳にしないし、私が在籍した医学部で催眠術を利用しているのを見たこともなかった。
しかし調べてみると、最近では脳イメージや、脳操作を加えた研究が進んでおり、痛みの軽減や、リラクゼーションとして利用が模索されているようだ。
そんなときこの論文に出会った。この論文はスタンフォード大学で催眠を研究しているグループからの研究で、特に催眠のかかりやすさをスコア化し、催眠のかかりやすさが前帯状皮質と結合が強い左背外側前頭前野の活動と相関することを明らかにしていた。
そこで、前帯状皮質と結合の強い左背外側前頭前野をMRIで選んで、この領域にゆっくりしたθ波長で磁場による刺激を行い、この領域の活動を抑えることが催眠のかかりやすさに影響するかどうかを調べている。
結果だが、個人のバラつきは大きいものの、TMS処理後すぐに催眠のかかりやすさを調べると、多くの人でかかりやすさが上昇している。また、その効果は1時間で減少していくが、それでも傾向は残っていることがわかった。
結果はこれだけで、催眠を使うための努力が続けられていること、また脳イメージングを用いてこの研究が行われていること、そして催眠のかかりやすさの回路が明らかになったことなど、催眠研究の現状がよくわかった。次回の整体では是非この話をしたいと思っている。
(もう一編の論文も予定しています。)
2024年2月8日
SLE などの全身性自己免疫病は明らかに女性の方が多い。この原因について、これまで性ホルモンの関与や、X染色体不活化の不全などが指摘されているが、この結果として男女間の免疫反応調節が異なる結果だと考えられている。
これに対して今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、自己抗原の量と質の差がこの男女差の原因ではないかと着想し追求した研究で、2月1日号 Cell に掲載された。タイトルは「Xist ribonucleoproteins promote female sex-biased autoimmunity(Xistリボ核酸/蛋白質複合体は女性バイアスが高い自己免疫を高める)」だ。
女性では2本あるX染色体の片方を不活化するため Xist と呼ばれる long noncoding RNA を発現している。Xist はX染色体全体をエピジェネティックに変化させるため、様々な蛋白質と結合し、閉じたクロマチン構造を維持している。当然この Xist / 核蛋白質は女性特異的で、これが抗原として働くのではと着想した。
事実 SLE で検出される自己抗体にには RNA結合タンパク質に反応する抗体が多く、また XXY型男性では、ホルモン環境は男性であるにもかかわらず自己免疫発症頻度が高いことから、この着想は納得できる。
そこで、オスマウスに Xist を発現させて自己免疫発症がメスレベルになるか調べる実験を行っている。ただ、Xist をオスで発現させると、細胞には致死的になる。そこで、Xist のサイレンシングドメインと呼ばれる部位を欠損させた Xist を発現させ、様々な RNA結合タンパク質をくわえ込んだ Xist が自己抗体を誘導し、自己免疫病発症につながるかを調べている。
まず、自己免疫病の起こりにくいB6マウスでは Xist を発現させても自己免疫病は起こらない。一方、自己免疫が起こりやすい SJLマウスを用いると、病気発症や自己抗体レベルが、Xist を発現させたオスで、メスレベルに達する。従って、自己免疫が発症しやすい遺伝的バックグラウンドであれば、Xist の発現がオスとメスの違いを決めていることがわかる。
ただ、Atak-seq を用いたクロマチンテストで、記憶CD4T細胞が増えるので、免疫細胞自体のエピジェネティック変化を誘導する可能性がある。そこで Atak-seq や single cell RNA sequencing を用いて反応側の細胞レベルのエピジェネティックな変化を追求し、異常なB細胞の出現などを特定しているが、これが自己免疫反応の原因なのか、あるいは自己免疫反応の結果なのかははっきりさせていない。
しかし、人間の SLE の患者さん、SJLメス、及び Xist を発現させた SJLオス、それぞれで、共通の79種類のRNA結合タンパク質に反応する自己抗体が検出され、そのうちのなんと53種類が Xist 結合タンパク質であることを示して、Xist が自己抗原の供給源になっていると結論している。
自己に存在する蛋白質でも強いアジュバント効果を持つ RNA とともに提供されると、免疫反応を誘導する可能性は十分ある。従って、何らかの遺伝的バックグラウンドにより、細胞死が起こりやすくなると、当然強い抗原性をもつ自己抗原が排出され、自己抗体誘導が起こるというシナリオは、十分納得できる。
ただ、今回は説明できても、治療法が浮かんでくるわけではないのが残念だ。