12月29日 初期発生に伴う複製開始点の変化(12月20日 Nature オンライン掲載論文)
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12月29日 初期発生に伴う複製開始点の変化(12月20日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月29日
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生きている限り私たちの細胞はどこかで増殖して新しい細胞を供給する必要がある。この時DNA複製が行われるが、細胞の特徴に応じて決められる数万カ所の複製開始点から複製が行われる。この複製開始点はDNA配列だけで決まるのではなく、クロマチンの構造や、ゲノムの3次元構造、さらに転写の状態など様々な要因で決まるため、特定の細胞の複製開始点を決めるためには、常に開始点からの複製を調べる機能的アッセイが必須になる。

このためか、複製開始点を総合的に調べる研究にお目にかかる機会は少ないが、今日紹介するミュンヘン・ヘルムフォルツ研究所からの論文は、受精から胚盤胞が形成されるまでに複製開始点がどのように変化するかを調べた研究で、何でもトライすることの重要性を教えてくれる研究だ。タイトルは「Emergence of replication timing during early mammalian development(発生時における複製タイミング)」だ。

この研究では single cell level のDNA配列決定で、複製開始点では同じ配列が増加することを利用して複製開始点を決め、また複製された配列の長さから複製が開始したタイミングが早いか遅いかも決めている。

通常分化した細胞では、複製開始点やタイミングはほぼ決まっているが、発生初期にはかなり多様性がある。さらに、発生に伴って、早い複製開始点と遅い複製開始点は変化し、20%の開始点で複製タイミングが変わる。

この原因を探ることで、複製開始点を決める要因が明らかになる。最初、母親、父親由来の染色体で差があるかを調べているが、明確に開始点の差があるわけではない。そして、発生過程でこの変化を調べていくと、発生が進むとともに、開始点やその開始時期が決まっていくことが明らかになる。

この発生に伴う開始点活性決定の要因を探ると、8細胞期からヒストンの H3K36 のメチル化が関連することを明らかにする。おそらくこれは新しい発見で、恒常的遺伝子発現と開始点の関係が成立していくことを示している。

そのほか、転写との関係でも、胎児側の転写が始まるタイミングを捉えて、RNAポリメラーゼ自体が複製開始点決定や開始時機に影響することを示しており面白い。

さらに、LADと呼ばれる核内の転写を調節する構造と、複製開始点の開始タイミングを丹念に調べて、発生に伴い染色体の3次元構造が決まるのに伴い、開始点の活性も決められていくことを示している。

他にも様々な結果が示されているが、基本は転写のプログラムに合わせて、複製開始点が決められていく過程がよくわかる研究だと思う。いずれにせよ、開始点活性はダイナミックに決まっており、今後幹細胞やガン、そして老化を考える時、開始点についての理解が極めて重要であることがよくわかる。

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12月28日 Th2型アレルギーのアトピーと喘息の違いを決める神経支配(12月21日 Cell オンライン掲載論文)

2023年12月28日
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ステロイド剤や免疫抑制剤以外に治療法がなかった重症のアトピー性皮膚炎も Th2 型アレルギーに関わるサイトカインシグナルを標的にする JAK1 阻害剤や、IL4 / IL13 抗体が利用できるようになってからは、少なくとも症状レベルでは制御可能な病気になった。

今日紹介するマウントサイナイ医科大学からの論文は、早期からアトピーを発症する遺伝的アトピー患者さんが持つ JAK1 の活性化型変異(JAK-gof)マウスに導入した時、皮膚病変と比べると肺の Th2 型アレルギー喘息が全く起こらないことに気づき、この原因を突き止めた研究で、12月20日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Sensory neurons promote immune homeostasis in the lung(肺では感覚神経が免疫ホメオスターシスを維持している)」だ。

JAK1 分子の634番目のアラニンがアスパラギン酸に変異した患者さんでは、強いアトピー性皮膚炎や喘息、そして Th2vアレルギーに特徴的な好酸球増殖が現れる。この患者さんを詳しく調べると、皮膚症状に比して肺症状は軽いことに気づき、この原因を探るため同じ変異を導入したマウスを作成している。

このマウスで皮膚と肺の組織を調べると、リンパ球の浸潤や組織の炎症性変化が肺ではほとんど見られないことが明らかになる。そこで、血液細胞移植を行いアレルギー反応を誘導すると、正常マウスで誘導する肺のアレルギー反応が、JAK1-gof を持つマウスに正常マウス血液を移植した場合全く起こらないことを発見する。すなわち、JAK1 が活性化されている肺では、免疫反応が抑えられている。

この肺特異的免疫抑制に関わる細胞を探索して、最終的に肺を支配する迷走感覚神経で TRPV1 発現細胞が JAK1 を発現し、免疫抑制に関わることを、神経細胞を除去する実験により発見する。

JAK1 は皮膚を支配する感覚神経にも発現しているが、かゆみの原因になると考えられ、JAK1 阻害は良い効果があると考えられているが、迷走神経で JAK1 を除去するとアレルギー症状が悪化するので、同じ JAK1 を発現する感覚神経でも皮膚と肺では機能が異なることを明らかにする。

最後に、肺の迷走感覚神経で免疫反応が抑えられるメカニズムを探り、CGRPβ などの神経ペプチドを介して Th2 アレルギー反応が抑制されることを明らかにしている。

結果は以上で、この研究は Th2 型アレルギーが皮膚と肺で異なるメカニズムに依っていることの一端を説明する重要な研究だと思う。実際、感覚神経が JAK1 を発現して、皮膚ではかゆみに関わり、肺では免疫を抑えるなど、まさに事実は小説より奇なりと言える。このようなメカニズムを抑えることで、完全な Th2 型アレルギーの治療が可能になるのかも知れない。

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12月27日 ミトコンドリア異常に起因する腸での脂肪吸収異常(12月20日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月27日
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水に溶けない脂肪を細胞から細胞へと運搬するためにはコンテナーに詰め込む必要があり、このコンテナーに入った脂肪が LDL とか HDL として一般に知られている。勿論、食べた脂肪を吸収するときも同じで、胆汁で水との相性を高めた上で、リパーゼにより自由脂肪酸、グリセロール、コレステロール、などに分解され、取り込まれた腸上皮の中でもう一度トリグリセライドと再合成され、大きなコンテナーに入ったカイロミクロンとして血中に供給される。食後血清が白濁するのはこのせいだ。

今日紹介するケルン大学遺伝学研究所からの論文は、腸上皮のカイロミクロン形成がミトコンドリア異常症で傷害されていることを明らかにした論文で、12月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mitochondrial dysfunction abrogates dietary lipid processing in enterocytes(ミトコンドリア異常症により腸上皮細胞での脂肪処理が傷害される)」だ。

実を言うと、私が臨床医としての生活をやめてドイツに留学した先がまさにケルン大学遺伝学研究所で、分子生物学創生記に活躍したデルブリュックのために設立された研究所だ。

さて、この研究ではミトコンドリア症の患者さんがしばしば消化器症状を訴えることに注目し、ミトコンドリア機能が低下の腸上皮機能への影響を調べている。

腸上皮特異的に、ミトコンドリアの酸化的リン酸化に必要な分子合成が傷害される変異を導入すると、小腸は短くなるし、腸上皮の合成がほとんど止まって、マウスは2-3週間で死亡する。ただ、その時の腸上皮を組織学的に調べると、細胞内に脂肪の貯まった小胞が形成され、脂肪細胞と同じように小胞にはペリリピンが結合していることを明らかにする。おそらく、細胞の増殖などの異常は、エネルギー代謝自体の大きな変化の問題だが、このような脂肪が貯まった小胞が出来ることがミトコンドリア症の消化器症状の原因になると想定して、研究を進めている。

そこで、マウスの成長後、酸化的リン酸化に関わる分子をノックアウトできるマウスを用いて調べると、処理後5日ぐらいでゴルジ体が断片化されるとともに、脂肪を含む小胞が細胞内に形成され、7日目には大きな脂肪貯留が出来ることを明らかにする。

次にエサの中にアイソトープラベルした脂肪酸を加えて追跡すると、通常はカイロミクロンとして全身に供給されるのに、ほとんど腸上皮内にとどまってしまうことがわかった。また、脂肪を含まない食事を与えると、この症状は改善されることも示している。

以上の結果から、ミトコンドリアの機能が最も影響するのは、ゴルジ体の維持、特に大量の脂肪を処理するための維持で、この維持に必要なエネルギーが低下すると、カイロミクロン形成が傷害されることになる。

この実験系は、普通なら死亡に至る強い変異を誘導しているので、一般のミトコンドリア病に当てはまるかどうかはわからないが、ミトコンドリア病の消化管症状をこの視点で見直すことは重要だと思う。

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12月26日 進む人間特異的神経調節因子の探索(12月21日 Cell オンライン掲載論文)

2023年12月26日
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神経ネットワークの形成は地球上に全く新しい情報を可能にする大きなイベントだった。最近の大規模言語モデルの成功を見ていると、ニューラルネットワークの可能性は全て規模の問題ではないかと思ってしまう。これをそのまま当てはめると、人間とサルの違いは、ニューラルネットの規模の問題と言うことになる。これは一面正しいのだが、規模を大きくするとき電力をいくらでも使える人工知能と違い、使えるエネルギーが限られている我々では、ニューラルネットを大規模にする過程でエネルギー節約のための様々な分子機構を進化させる必要がある。この進化過程を明らかにするため、人間やホモサピエンス特異的な神経活動調節分子の探索が行われており、このHPでも面白い研究は必ず取り上げることにしている。

今日紹介するベルギーのVIB-KULeuven脳研究所からの論文は、人間だけで興奮神経軸索起始部にだけ発現する分子を特定し、これが神経興奮を抑える役割があることを示した面白い論文で、12月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「LRRC37B is a human modifier of voltage-gated sodium channels and axon excitability in cortical neurons(LRRC37B分子は電位依存性ナトリウムチャンネルの調節因子で皮質ニューロンの興奮性を抑える)」だ。

この研究では哺乳動物から現れ、サル、人間へと進化する過程で遺伝子重複で新たな遺伝子が発生し、人間と類人猿のみに存在する LRRC37B分子に着目し研究を始めている。そして、人間とチンパンジーの配列の違いにより、人間だけで皮質神経軸索起始部で発現し、神経興奮を抑えることを明らかにしている。

この抑制メカニズムを続いて解析し、2種類の機構で神経のナトリウムチャンネルの機能を抑制することを示している。

  1. 興奮神経やシャンデリア細胞から分泌されるFGF13Aと結合して、FGF13Aの神経軸索起始部での濃度を高め、FGF13Aが本来持っているNav1.6電位依存性ナトリウムチャンネルを抑える。
  2. 電位依存性ナトリウムチャンネルを調節するSCN1Bの結合して、おそらく活動を抑制する。

ことを明らかにしてる。

そして最後に生理学的に人間皮質ニューロンの興奮を、LRRC37B陽性、及び陰性神経で比較し、LRRC37Bを発現することで興奮性が低下していることを明らかにしている。

以上が結果で、勝手な想像だが、ひょっとしたらこのような機構により、シナプスの結合性をニューラルネットで変化させると同時に、神経興奮を抑えることで、電気代を節約しているかも知れない。このような研究の先に、おそらく人工知能のエネルギー消費を抑えた新しいニューラルネットが可能になるのだろう。

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12月25日 FOXP3機能不全患者さんからわかること(12月20日 Science Translational Medicine オンライン掲載論文)

2023年12月25日
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人間での免疫トレランスが、胸腺での自己反応性リンパ球の除去と、制御T細胞(Treg)による自己免疫抑制により維持されていることは、これらの過程が傷害される2種類の突然変異の存在から明らかになっている。一つは胸腺での自己抗原の提示がうまくいかない(すなわち胸腺動物園が出来ない)AIRE遺伝子の変異で、もう一つは Treg の機能が傷害される FoxP3遺伝子の突然変異だ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、 FoxP3 の突然変異による immunodysregulation polyendocrinopathy enteropathy X linked syndrome (IPEX) と言う極めて長い名前の病気の患者さんの詳しい解析を通して、ノックアウトマウスの解析からも明らかにならなかった FoxP3 の機能を明らかにした研究で12月20日 Science Translational Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Identification of unstable regulatory and autoreactive effector T cells that are expanded in patients with FOXP3 mutations( FoxP3変異を持つ患者さんで、制御及び自己反応性エフェクターへの分化が不安定な集団が増加している)」だ。

FoxP3 はX染色体上にあり、ほとんどの IPEX患者さんは男性で、早い時期から全身の自己免疫反応が起こる。面白いのは、キャリアーの女性では、X染色体不活化から考えると FoxP3変異T細胞も存在するはずだが、免疫学的異常はほとんど見られない点だ。さらに、これまで Treg を特定するマーカーを使った測定では、Treg の減少が明確でないことも理解しがたい点だった。

この問題に、末梢血の解析だけで迫るのは簡単ではない。この研究では、これまで明らかになっていた患者さんの解析結果から、FoxP3 により Treg の分化が障害されるのではなく、刺激を受けた後の Tregの機能分化が不安定化しているのではと当たりをつけて研究を進めている。

すると、Treg に特徴的な DNA のメチル化が Treg だけでなく、 エフェクターT細胞(Teff)にも見られることを発見する。そして、single cell RNAsequencing を用いて、Treg から抗原刺激により分化した記憶Treg の抑制機能が失われたのが、IPEXで見られる Treg のメチル化パターンを持つ Teff であることを確認する。

繰り返すと、FoxP3機能がないと、Treg が刺激されメモリーへと分化するとき、Treg の機能を発揮するサイトカインを安定的に維持できず、代わりに IL13 や IL17 と言った炎症サイトカインを分泌する Teff に分化してしまうことがわかった。

これ確認するために、IPEX患者さんの Treg とTreg由来と考えられる Teff の抗原受容体を調べると、同じクローンから由来して、自己免疫反応性の抗原受容体の発現が高まっていることが明らかになった。

一方で、FoxP3 が欠損した Treg が存在すると考えられる母親で全く症状が認められないことから、正常の Treg が存在すれば、由来を問わず自己免疫性 Teff を抑えることができることを示している。

以上、FoxP3 が Treg のアイデンティティーを守っている重要な転写因子であることが明らかになり、ますます Treg の重要性が認識される研究だと思う。

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12月24日 自閉症スペクトラムへのロイテリ菌の効果(12月18日 Cell Host & Microbiome オンライン掲載論文)

2023年12月24日
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自閉症スペクトラム(ASD)の症状発生に腸内細菌叢が関与していることは、いくつかの細菌叢移植治験から示されているが、安全に子供の細菌叢移植を行える施設は限られている。代わりに期待されるのがプロバイオで、特にマウスのASDモデル実験から、有名なロイテリ菌がASDの社会性を回復させることが示されてきた。

今日紹介するイタリアのローマ大学とスタンフォード大学の共同論文は、100人のASDへのロイテリ菌タブレットの効果を調べた無作為化偽二重盲験治験の結果で、12月18日 Cell Host & Microbiome にオンライン掲載された。タイトルは「Precision microbial intervention improves social behavior but not autism severity: A pilot double-blind randomized placebo-controlled trial(細菌叢への厳密な介入は社会行動を改善するが自閉症の程度には影響しない:試験的無作為化二重盲験治験)」だ。

この研究では100人の平均6歳のASD児を集め、最終的に57名を無作為化して、2系統のロイテリ菌を含むタブレット、あるいは偽薬タブレットを6ヶ月服用させ、ASD症状や、免疫、細菌叢について調べている。

6ヶ月も服用するとしっかりロイテリ菌は腸内に居着くのではと思うが、便中のロイテリ菌の割合は多い人で0.02%で、ほとんどは検出が難しいレベルにとどまっている。プロバイオで投与する菌がホストで持続することの難しさがよくわかる。

それでも社会的コミュニケーション及び社会的モティベーションについては、治療効果が明確に現れていることが確認され、二重盲検治験でこれまで動物で観察されてきたことが人間にも当てはまることが確認された。

一方、ASDの症状からみる重症度指標や、免疫細胞、サイトカインなどにはロイテリ菌の影響は全くない。また、ASD児によく見られる消化器症状についても、ロイテリ菌でも改善できない。

実際、便中の細菌叢への影響を調べると、個々の被験者で細菌叢の変化が見られることもあるが、何か決まった方向への変化が見られると言うことはない。従って、これまで言われてきたようにロイテリ菌自体が持つ効果をこの治験では検出していると考えられる。

この治験に使われたタブレットは2種類のロイテリ菌が含まれているので、最後にそれぞれの菌についてマウスモデルを用いて調べると、PTA6475と呼ばれる菌だけに効果が見られた。おそらく、2系統の差を調べることで効果の原因を突き止めることが出来る可能性がある。

結果は以上で、同じような研究は、今年3月に16人という少ない対象者ながら米国で行われており、やはり社会性の改善が確認されている。この時は、人数が少なすぎるので本当か少し心配だが、今回のように人数が増えてくると、ロイテリ菌は安全な自閉症治療の一つとして推奨されるようになるのではないだろうか。

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12月23日 K-Rasの徹底的解析(12月20日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月23日
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今日の4時からZoomで今年の生命科学を振り返ることにしている(https://aasj.jp/news/seminar/23522)。ただ各雑誌が選んだ内容を見てみると、今年はちょっと物足りないかなと思ったので、Nature、Scienceの記事を紹介した後は、私が読んだ中から今年の注目を紹介する予定にしている。

今年の創薬分野で私が注目したのは、新しいメカニズムのRas阻害剤が開発され始めたことだ。これについてはZoomで詳しく述べようと思っているが、今日紹介するスペイン・バルセロナ科学技術研究所からの論文は、K-ras分子に1-2アミノ酸変換が起こる変異を導入して、主にRaf蛋白質との結合を丁寧に調べ、Ras分子機能阻害や機能亢進に関わる部位と、その生物物理学的特性を調べた力作で、12月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The energetic and allosteric landscape for KRAS inhibition(K-ras阻害のエネルギー的、アロステリック的構造マッピング)」だ。

この研究ではRas遺伝子にランダムに切れ目を入れ作成した、26000種類以上の変異ライブラリーから合成されるRas蛋白質とRafの結合反応を protein fragment complement assay(RasとRafが結合すると機能的蛋白質が形成され、細胞が増殖したり蛍光を発することでRasとRafの結合定数が計算できる)定量している。

こうして2241種類のアミノ酸置換がRaf結合性の低下を示すが、この多くは変異によりRas蛋白質自体が3次元構造を取れず分解されてしまうためで、残りがRaf結合に影響する変異と特定できる。

こうして得られるRaf結合マップから、Rasの機能的構造を描いていくと、これまで構造解析だけではわからなかった新しいポケット構造、そしてRasの構造変異により遠隔部位の構造を変化させるアロステリック効果マップを作ることが出来る。また、Rafだけでなく、他のRas結合分子との結合定数の変化も一部の構造について計算し、Ras分子構造の機能的解剖マップを完成させている。

このマップから得られる結論をまとめると、

  1. K-Rasには多くの阻害的アロステリック変化を起こす部位が存在し、これらは新しい創薬ターゲットになる。
  2. ほとんどのアロステリック阻害部位は、Rafだけでなく他の分子との結合も阻害する。
  3. 他の分子との結合部以内にはより多くのアロステリック阻害部位が存在する。
  4. これら部位の変異の種類でK-Ras分子と他のパートナーの結合阻害の特異性が決まる。
  5. K-Rasには4種類のポケットを特定できるが、アロステリック阻害活性はアロステリックな効果が高い。

以上のことは、K-Ras分子標的薬の開発をもう一度新しい方向から見直すことが十分可能であることを示している。

この論文を読んで思い出すのは、紹介しなかったが今年10月中外製薬の研究所からJournal of American Chemical Societyに掲載された環状ペプチドを用いた創薬プラットフォームと、これを使った新しいK-Ras阻害剤の開発だ。

最終的に開発されたLUNA18は経口投与で2-4割が血中に入り、なんとサブナノモルレベルでほとんどの変異K-Rasを阻害する。これについては、今日の今年を振り返るで日本の可能性として是非取り上げたい。いずれにせよ、現在使われているRas阻害剤を越える薬剤が続々出てくる時代を迎えそうだ。

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12月22日 海馬嗅内野の生後発達はヒト特異的(12月20日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月22日
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海馬の嗅内野(EC)は、海馬に入る様々なインプットの入り口として働くだけでなく、海馬の神経細胞の供給基地としても記憶に重要な働きをしている。さらに、アルツハイマー病(AD)では最初に神経変性が明確になる部位とされており、実際 AD早期に興奮神経と抑制性神経のバランスが壊れて、EC でてんかん様発作が頻発することも知られている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、ヒト胎児の固定標本の丁寧な検討から、ECへの神経細胞の供給が人間だけで生後1年以上にわたって続くことを示した研究で、12月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Protracted neuronal recruitment in the temporal lobe of young children(幼児の側頭葉で見られる持続的神経供給)」だ。

ほとんどの興奮神経細胞は脳の各領域で発生するが、抑制性の介在神経細胞は ganglionic eminence(GE)と呼ばれる基底核で分裂し、その後大脳各部位へと移動する。この時前頭葉への移動するのは L(lateral)GE、M(medial)GE で増殖する神経で、胎児発生でほぼ完成するが、後方への供給は C(caudal)GE から行われ、生後も続くとされてきた。

この研究では、生後の幼児で起こる CGE から海馬EC への神経供給がいつまで続くかに焦点を当てて調べている。ただ、神経解剖学の常で、様々な分子マーカーと、解剖学的部位の名前が次から次へと現れ、正確な知識がない私たちにはついていくのが難しい論文なので、最終結論だけをまとめる。

  1. まず、EC で見られる未熟細胞が移動している像は、人間では生後1年まで続く。しかし、アカゲザルでは生まれた後の EC には全く未熟細胞が存在せず、人間では神経発達が他の動物と比べ生後も続くという概念を支持している。
  2. 移動している細胞のほとんどは抑制性の介在神経細胞で、CGE で増殖した細胞が、増殖しながら EC へと移動する。
  3. この移動は、前方への移動と同じで脳室に近いゾーンを通る神経の流れを形成して行われる。このEC への経路形成には、人間で側頭葉が融合して脳室がなくなる過程が重要で、サルではこの経路形成が出来ないことが、生後の移動が見られない原因と考えられる。
  4. 一方、生後3ヶ月を過ぎると、EC 内での移動は単一細胞レベルの移動に限られるが、1年あるいはそれ以上続く。

以上が主な結果だが、組織学的実験だけでなく、固定標本から核を分離し、単一核レベルで RNAsequencing を行い、組織学的結果をバックアップし、また発展させるという作業を繰り返しいる。おそらくこれに組織上での RNAライブラリー形成などを加えると、組織学が急速に進化していることがわかる。

結論としては、海馬EC などの側頭葉介在神経の発生が生後も続くことがはっきりさせたことが最も重要な発見だ。今後この過程の可塑性を利用することで、子供の脳発達異常を少しでも軽減するための糸口を示す結果だと思う。

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12月21日 糖尿病でウイルス感染が重症化しやすい原因(12月13日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月21日
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Covid-19で一般にも知られるようになったことの一つは、糖尿病患者さんはウイルス感染が重症化しやすいことだった。抗ウイルス薬が使えるようになったときも、糖尿病患者さんは優先的対象に選ばれている。私もなぜかとしばしば問われたが、正確なメカニズムについては答えられなかった。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、秋田マウスと呼ばれる糖尿病マウスを主に用いてウイルス感染症が重症化する過程を解析し、古くから知られている問題に一つの回答を示した研究で、12月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「 Lung dendritic-cell metabolism underlies susceptibility to viral infection in diabetes(肺の樹状細胞の代謝異常が糖尿病でのウイルス感染重症化の背景にある)」だ。

秋田マウスは、秋田大学で開発され、Ins2遺伝子変異が特定された、いわゆるMODY(若年発症糖尿病)で、肥満を伴わない糖尿病のモデルとして使われる。この研究では、まず秋田マウスにインフルエンザウイルスを感染させ、重症化率が高いことを確認した後、免疫システムを調べると、インターフェロン上昇、ヘルパー及びキラーT細胞減少、B細胞減少、そして抑制性T細胞上昇と、ウイルスに対する免疫が低く、炎症が強いというプロフィルを示すことを明らかにする。秋田マウス以外にも他の糖尿病モデルでも同じ結果で、高血糖の影響によるウイルス抵抗性の低下は一般的現象であることも確認している。

次に、この変化に最も重要なインパクトを示す細胞について探索し、最終的にDC1と呼ばれる樹状細胞の増殖が強く抑えられ、また遺伝子発現プロファイルから、樹状細胞としての機能も低下していることが明らかになった。

そこで、DC1細胞に絞って高血糖の影響を詳しく調べると、高血糖であるにもかかわらず乳酸の合成が低下しており、代わりにTCAサイクルとピルビン酸をつなぐアセチルCoAが上昇していることを発見する。すなわち、ピルビン酸から乳酸へのルートが阻害され、アセチルCoA濃度が高まり、その多くはTCAサイクル・ルートへと流れるという、可能性を示唆する。実際、ピルビン酸キナーゼを阻害すると、同じようにDC1の機能異常が誘導されることから、高グルコースのDC1への影響は、ピルビン酸キナーゼの機能低下の要因が最も大きいことを示している。

以上の結果は、アセチルCoAが上昇すると、それ自体でヒストンアセチル化を高め、またTCAサイクルを通して合成されるαKGを介して脱メチル化反応を高めることが知られている。そこで、高グルコースに暴露されたDC1のエピジェネティック状態を調べると、ヒストンアセチル化が高まり、その結果クロマチンが変化し、DC機能の慢性的低下が誘導されることが示唆される。

そこでヒストンアセチル化阻害剤を高グルコース処理したDC1に加えると、機能を復活させられることを確認し、秋田マウスにインフルエンザを感染させ、ヒストンアセチル化阻害剤で処理すると、ウイルスの抵抗性を回復させ、キラーT細胞もある程度回復することを示している。

結果は以上で、代謝異常からエピジェネティック変化という、現在最もガン領域で注目のプロセスが糖尿病でも起こっていることを示し、これが全てではないにせよ、糖尿病でウイルス感染が重症化しやすい理由を説明できていると思う。

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12月20日 オキシトシンは交感神経でも発現して脂肪代謝を調節する(12月13日 Nature オンライン掲載論文)

2023年12月20日
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オキシトシンは視床下部で合成されるペプチドホルモンで、授乳行動に代表される個体の社会行動を調節するホルモンとして、自閉症の治療にも使えるのではと研究が続いている。ところが、オキシトシンを投与すると、脂肪代謝にも影響があることがわかってきた。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、オキシトシンの脂肪細胞への影響を調べる中で、オキシトシンが交感神経でも分泌され、脂肪細胞での脂肪分解を誘導していることを明らかにした研究で、12月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Control of lipolysis by a population of oxytocinergic sympathetic neurons(オキシトシン合成性の交感神経による脂肪分解の調節)」だ。

この研究では脂肪細胞でオキシトシン受容体が発現していること、さらにオキシトシン受容体を脂肪細胞特異的にノックアウトすると、肥満にはならないが、白色脂肪細胞が肥大し、刺激による脂肪分解が強く抑制されることを示し、確かに脂肪細胞にオキシトシンが作用していることを確認している。

次にオキシトシンによる脂肪分解のメカニズムを調べると、分解を調節するペリリピンやリパーゼへのオキシトシンシグナルの直接関与は少なく、代わりに脂肪分解刺激を誘導するカテコールアミンへの反応性を高めることを明らかにしている。

実験の詳細は省いてメカニズムをまとめると、オキシトシンにより脂肪細胞が刺激されると、ERKシグナル分子を介して交感神経のカテコールアミンへの反応性が高まり、この結果脂肪滴の周りに存在するペリリピンの脂肪滴への動因、リパーゼの活性化が誘導され、脂肪分解が始まるというシナリオだ。

そこで重要になるのが「ではオキシトシンはどこから来るのか?」で、血中オキシトシンの変動を調べた結果、脳からではなく局所、おそらく脂肪を支配している交感神経由来ではないかという結論に至る。

そこで、オキシトシンの発現を見ることが出来るレポーターマウスを用いて調べた結果、脂肪に接合している交感神経の一部にオキシトシンを分泌する細胞が存在することを確認する。あとは、光遺伝学的方法を用いて、交感神経刺激によりオキシトシンが合成され、脂肪分解が高まることを明らかにしている。

結果は以上で、オキシトシンが交感神経で発現し、脂肪代謝に機能していることは驚きだ。神経系の病気の場合、脳内にオキシトシンを到達させるために、全身投与は選択肢にないが、今後受容体のアゴニストなどを利用するようになる場合は、脂肪代謝への影響も考慮する必要があるだろう。しかし、ケトーシスなどを考えると、代謝的にも自閉症には良い影響を持つ可能性はある。

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