2023年12月19日
昨日は腸内の溶菌ファージウイルスが喘息発症に関与している可能性についての研究を紹介したが、今日は腸内の原虫による複雑な自然免疫刺激について調べた、スタンフォード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Metabolic diversity in commensal protists regulates intestinal immunity and trans-kingdom competition(常在原虫の代謝多様性が腸内免疫と細菌叢との競合を調節する)」で、12月13日 Cell にオンライン掲載された。
原虫は単細胞動物と理解して貰えばいいが、アメーバ、トリパノゾーマ、そしてこの論文で研究されたトリコモナスなどを指している。元々原虫は原生動物の中の病原性を持つものを指すが、ここでは病原性に関わらず原虫という名称を使う。
この研究ではまず原虫DNAを選択的に増幅するプライマーを用いたPCRを用いて、マウスとヒトで腸内に存在する原虫の種類を特定し、マウスでも人間でも数は多くないが複数の常在原虫の種類が存在すること、また都会化にしたがって種類が減ることをまず明らかにしている。
あとは、マウスに存在するメージャーな2種類、Trichomonas.casperi(Tc)とTrichomonas musculis(Tm)の2種類の原虫を人間の腸内も反映する代表として、腸内免疫および細菌叢への影響を調べている。
原虫の存在しないマウスに、Tm、Tcを移植し、腸内を調べると、どちらも大腸で増殖して、Th1 およびTh17型T細胞を誘導することを明らかにする。この増殖は細菌叢があっても影響されない。ところが小腸を調べると、Tmを移植したとき小腸Th2型T細胞が誘導されるのに対し、Tc移植では逆にTh2細胞の数が減ることを発見する。
なぜこの違いが発生するのか?これについては、小腸のタフト細胞が増加していることに注目し、原虫のコハク酸分泌能の差によるのではないかと仮説を立て(この辺は私の様な素人にはわかりにくい)、仮説通りTmだけがコハク酸を分泌するたことを確認する。すなわちTmはコハク酸によりタフト細胞を刺激し、その結果小腸でのTh2反応が誘導できると結論している。ただ、ゲノムレベルで比べると、コハク酸合成能の違いを明確には特定できていないが、原虫のTh2免疫誘導能を考えるとき、コハク酸合成能力は重要な要因であることがわかる。
次に、食事と原虫の腸内増殖について調べ、Th2免疫誘導能の高いTmの増殖は環境に存在する繊維成分に完全に依存している一方、Tcは全く依存性がないことを明らかにする。この結果、繊維成分の少ない食事を摂ると、Tmは粘液中のグリカンを消費してしまい、その結果細菌叢を大きく歪めてしまうことを発見している。
以上の結果から、同じTrichomonas科に属する原虫でも、栄養要求性、および代謝物分泌に関して大きな違いがあり、この結果腸内免疫環境および腸内細菌叢への影響が全く異なることが示された。この結果は全てマウスでの話だが、今後人間の腸内での影響を考えるとき、それぞれの原虫の代謝システムを理解することが重要であることを示している。
病原原虫はともかく、常在原虫などこれまでほとんど考えられていないと思うが、病原性がなくても一つの原虫でこれだけの効果があるとすると、今後原虫を用いたプロバイオによる免疫調節も、「免疫ケア」乳酸菌よりずっと面白いかもしれない。
2023年12月18日
喘息やアトピーなどの子供のアレルギー疾患と腸内細菌叢の発達の相関については多くの論文があり、腸内での免疫活性化機構についても理解が進んでいる。これに対し、ウイルスや真菌、あるいは原虫についてはあまり研究が進んでいない。たまたま先週、腸内のウイルスと原虫の免疫機構への影響についての研究が発表されていたので、今日から2回に分けて紹介する。
最初はウイルスと喘息の関係について研究したコペンハーゲン大学からの論文で12月15日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「The infant gut virome is associated with preschool asthma risk independently of bacteria(幼児の腸内ウイルス集団は細菌叢とは独立に就学前の喘息と関係している)」だ。
UKバイオバンクと並んで、デンマークのコホート研究は徹底して計画されており、データが蓄積されると様々な角度から研究し直すことが出来る。この研究では647人の1歳児を集め、長期観察した研究で、そのうち133人(21%)が就学前に喘息を発症しており、喘息の原因を様々な角度から調べることが出来る。
事実、同じポピュレーションを用いて、腸内細菌叢と喘息の相関が調べられ、論文として発表されている。今回は、これに加えて同じ便由来DNA配列解析データを、既に知られているウイルスデータと照らし合わせて、腸内ウイルスと喘息との相関を調べ直している。この研究でのウイルスとは、我々の細胞に感染する様々なウイルスではなく、腸内細菌叢をホストにするウイルスを指す。
これらのウイルスは caudovirs、microvirus、そして inovirus の3種類に大別でき、喘息との関係で言うと、microvirus の量が少ないと喘息になりにくい傾向が見つかるが、ウイルス自体の研究が進んでおらず、解析は難しい。
そこで、大きなグループの caudovirus に絞って喘息との関係を調べると、量が多いほど喘息の発生が高い。特に、様々な要因で誘導されバクテリアを溶菌する溶菌ファージの量と喘息とは明確な関係がある。
ただ、個々の系統と喘息との相関を調べると、不思議なことに相関がはっきりする19種類の溶菌ファージは、喘息発症と逆の相関を示す。おそらく、プロファージから溶菌ファージへと変換すること自体が免疫系に影響することから、溶菌ファージの量が喘息と相関するが、個々のウイルスレベルでは、それが存在しないことが影響するという複雑な関係になっている。
溶菌ファージはそれぞれ特定の細菌とセットになっており、細菌叢を変化させる可能性がある。ただ標的細菌と喘息との相関を調べても、ほとんど相関はない。従って、細菌叢と溶菌ウイルスは別々に喘息リスクに関わっている。
この研究では相関を詳しく検討して、ウイルスは特に一過性の喘息と相関している一方、細菌叢はより持続性の喘息と関係することを示している。また、ウイルス自体が原因であることを、ウイルスに対する自然免疫受容体TLR9 の一塩基変異が違うと、ウイルスと喘息との相関が見られなくなることから結論している。
結果は以上で、重要な結論としては子供の場合、細菌叢とウイルスデータを組みあわせると喘息リスクをさらに正確に診断できることで、残念ながら明確な介入方法示唆には至っていない。
ただ、このようなウイルス集団検索は、病気との相関だけでなく、今後の細菌叢操作にとっては極めて重要で、今後急速に発展する予感がしている。
2023年12月17日
2019年11月、早期にアルツハイマー病(AD)が発症するプレセニリン遺伝子変異を持っているにもかかわらず、さらに脳にはアミロイドプラークが蓄積しているにもかかわらず、ADを発症しない70歳の女性が発見され、ADが抑制される理由がAPOE3のChristchurch型変異にあることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/11677)。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、この変異をマウスに導入してAD抑制のメカニズムを詳しく検討した研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「APOE3ch alters microglial response and suppresses Ab-induced tau seeding and spread(APOE3chはミクログリアの反応を変化させAβにより誘導されるTauの播種と伝搬を抑制する)」だ。
マウスAPOE3にChristchurch型変異を導入し(APOE3ch)、Aβが沈着しやすいように遺伝子改変したマウスを掛け合わせると、人間のケースと同じようにAD発症を抑えることが出来る。すなわち、症例を再現することが出来る。そこで、このマウスを詳しく調べて、APOE3chの作用を解析したのがこの研究になる。論文はマウスでの現象を解析し、細胞レベルの異常へと落とし込むことでメカニズムを明らかにするというスタイルになっているが、最初から結論を知った方がわかりやすいので、結論から述べる。
結論だが以下のようにまとめられる。
ミクログリアはアミロイドβにより活性化される異常Tauを貪食するのだが、TauとAPOE3が同じ受容体を使っているので、正常マウスの場合Tau取り込みが抑制される。勿論Tau異常症が起こらなければ問題はないが、Tau沈殿が始まるとこの問題がはっきりする。しかし受容体と結合力が低い変異を持つAPOE3chの場合、ミクログリアはより強くTauと結合できるので、Tau処理が適切に行われ、AD発症が遅れる。
この結論を頭に置いて、モデルマウスを見てみよう。まず、患者さんと同じで血中コレステロール異常が見られ、vLDLが上昇している。これは脂肪キャリアーを形成するAPOE3chが白血球のLDL受容体との結合力が低いため、コレステロールが血中からクリアされにくいからと説明できる。
次に、ヒト異常TauをAβ変異マウスの脳内に注射してTau異常症を誘導する実験を行うと、AβもTauもともに蓄積を強く抑制することが出来る。これはミクログリアの異常蛋白質処理能力の上昇で説明できる。実際、APOE3chマウスではアミロイドの周りのミクログリアの数が増え、活性化マーカーが発現している。
ただ、完全に説明できないのが、Aβ異常の存在するときだけ、異常Tauへの反応が高まっている点で、もしAPOE3chのLDL受容体への結合力低下だけなら、Tauだけでも処理して良いはずだ。おそらく、アミロイドによりミクログリアが活性化されることが異常Tau処理を活性化するからと考えられる。
事実、異常Tau貪食は骨髄白血球でも観察でき、またこの貪食はAPOE3を加えると抑制できる。すなわち、異常Tauの白血球への結合はAPOE3と同じレセプターを使っている。そして、APOE3の阻害活性はAPOEchでは強く低下しており、ミクログリア、APOE3、そして異常Tauの関係を再現できる。面白いのは、骨髄白血球のTau取り込みもアミロイドβの存在により活性化される。
また、アミロイドβで活性化された白血球の細胞内でのTau処理能力は強く、その結果、処理できずに遊離された異常Tauが病気を拡大させる危険性も減じる。
以上が結果で、ADではアミロイド、Tau、そしてAPOEが複雑に絡み合って発症することがよくわかる研究だ。いずれにせよ、ミクログリアを活性化し、Tauとの結合力を上昇させることで、AD発症を抑えることが出来ることが示されたことは新しい治療へとつながる。
2023年12月16日
脳内に数百もの皮質電極を置いて電気活動を記録し、行動と対応させることで、例えば私が脳内でアルファベットを書く様子を再現すると、それを実際の文字へと転換することが出来るので、将来全く話せなくなったALSの患者さんとのコミュニケーションが可能になることは間違いない。
しかし、このようなデコーディングで思い浮かべたアルファベットを特定することと、意味のある単語をデコーディングすることとは全く別の話で、おそらく言語野に電極を置いて頭に浮かんだ一つのセンテンスをデコードするためには、まだまだ長い時間がかかると思う。ただ、GPTなどのモデルを介在させることで、解読は出来そうになってきたが、それでも回路レベルで音から一つの単語が分離され、その意味が前後の音の並びから理解される過程を理解するのは簡単でない。
このためには、言語の理解に関わるあらゆる領域での単一神経の記録からネットワークを再構成することが必要で、言語が人間特有の活動であることを考えると、実験的にも困難だ。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、顔の表情を読み取ったり、聞き言葉の解読に深く関わることが知られている上側頭回 (STG) に400近い単一神経活動を記録する電極を挿入して、言葉を聞いたときの反応を調べ、STGでの言語処理について迫ろうとした研究で、12月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Large-scale single-neuron speech sound encoding across the depth of human cortex(ヒト脳皮質の各層で話し言葉に反応する大規模単一神経記録)」だ。
これに利用された電極は、面をカバーするのではなく、一本の針に複数の電極が設置され皮質の各層から単一神経興奮を拾うことが出来る電極で、10人の患者さんのてんかん手術の際に、文章を聞かせながら記録を行っている。おそらく複数の箇所に電極を挿入して記録していると思うが、トータル記録時間は15分までに制限している。
一回の測定で150神経細胞の活動を記録できているが、同じ神経セットは同じ文章に対してはほぼ同一の反応を示すことをまず確認している。
次に、聞いた言葉の様々な要素と各神経の反応を対応させている。我々が一つの単語を単語として認識するのに約400−500msかかることが知られているが、STGで記録される活動はそれよりずっと早い、まさに一次聴覚野からすぐ入ってきた音に対する反応で100ms程度のラグで起こる。
最も重要な発見は、個々の神経反応は多様な要素それぞれに対応している点で、
- 文章の始まりに反応する神経細胞、
- 文章の後半抱けに反応する神経細胞
- 鼻音に強く反応する神経細胞
- 破裂音に反応する神経細胞
- 前母音に反応する神経細胞
- 抗母音に反応する神経細胞
などが同定される。
さらに、それぞれの神経は反応する要素に応じてSTG各領域にクラスターを形成しているが、決して一つの要素だけで固まっているのではなく、特に層別に各要素に対する神経が集まっていることが確認される。そして、同じ層の神経ほど神経結合による同期が強く見られることから、我々はまず言葉であることを認識して注意のスイッチが入ると、反応した領域内の回路で、統合が行われていることが想像される。さらにニューラルネットモデルでの解析も行っているが省略する。
結論としては、おそらく皮質中間層が最も最初におそらく視床からの刺激に反応し、その後他の層との回路で統合することで、各層への様々なインプットを統合しながら500ms程度の時間をかけて、単語の意味を再構成すると考えられる。
このように、STGでは上位のインプットと参照しながら音を単語へと転換する作業が行われている。おそらく、この反応とGPTなどのモデルを組みあわせる実験により、STGで処理された情報がどこまでLLMの単語に近いところまで到達しているのか今後わかるような気がする。いずれにせよ、単一神経活動から見ると、本当に複雑な処理が行われていることを実感する。
2023年12月15日
つわりについては妊娠に伴うホルモンが上昇し、脳の嘔吐中枢などを刺激すると説明されているが、なぜつわりのない人がいるのかなど、実際にはよくわかっていない。ただ、最近になって、身体のストレスによって誘導され、脳幹に働いて食欲を抑え、炎症を抑える効果があるGDF15が妊娠中に増加し、これがつわりの原因ではないかと考えられるようになった。
今日紹介する南カリフォルニア大学からの論文は、GDF15とつわりの関係について様々な角度から検討し、GDF15がつわりの原因であることを明らかにした研究で1、2月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy(GDF15は妊娠中の悪心と嘔吐に連結できる)」だ。
これまでの研究でGDF15は妊娠中に上昇しつわりを起こすと考えられるのに、GDF15の機能喪失変異ではつわりがひどくなるという、矛盾する結果を説明できていなかった。
この研究ではまず、妊娠中に母親の血中GDF15が上昇すること、さらにこのほとんどが胎児由来であることを明らかにする。また、これまでつわりの強さと関わるGDF15では変異の結果GDF15が細胞外へ分泌できないことも確認している。
とすると、GDF15の元々低い母親が、GDF15を正常に分泌する子供を妊娠したときにつわりがひどくなる可能性が示唆される。これを確かめるため、母親だけが変異を持っている場合、そして母親も胎児も変異を持っている場合でつわりを比べると、母親だけが変異を持つ場合は100%つわりが発生するのに対し、子供も変異を持つとつわりの発生頻度が6割程度に低下することを確認する。
さらに、つわりと相関するコーディング領域以外の一塩基変異について調べると、おそらく調節領域の変異で、正常時のGDF15レベルが低下していることを確認する。
以上の結果から、GDF15が元々低い母親が妊娠する場合、胎児からのGDF15の影響が強く表れることを示している。
最後にこの可能性を確認するため、マウスにGDF15を注射して一定期間経過後、もう一度GDF15を投与する実験を行い、一度GDF15を経験すると、次からのGDF15の影響が軽減することを確認する。
以上、GDF15に対する反応は、おそらく受容体の適応により刺激後低下すると考えられる。このため、GDF15機能が低下した変異を持つ母親では、受容体の適応が起こらず、GDF15に対する高い感受性が維持されている。そこに妊娠により胎児からのGDF15が入ってくると、強い反応が起こるというわけだ。
この仮説を逆から確かめるため、GDF15レベルが高いことがわかっているタラセミアの妊婦さんを集めると、期待通りつわりがほとんど発生していないことがわかった。
以上のことから、胎児への影響がないという前提で、GDF15を標的にしたつわりの治療は可能になった。
2023年12月14日
Covid-19に関わる科学を代表する技術といえばmRNAワクチンだろう。そして、これを支える技術が昨年ノーベル賞を受賞したカリコさん達の修飾RNAといっていい。私もこのワクチンの開発スピードと効果について何度も紹介した。
シュードウリジンはmRNAに対する自然免疫反応を抑える目的で使われるが、私だけでなく、これまでそれを取り込んだmRNAは翻訳の鋳型としては問題がないと考えてきた。しかし、今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、シュードウリジンを取り込んだmRNAには、フレームがずれたペプチドを翻訳してしまうと言う思わぬ落とし穴があることを示し、今後シュードウリジンを取り込んだmRNAを使うために必要な塩基配列デザイン法まで示唆した重要な研究で、12月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「N 1 -methylpseudouridylation of mRNA causes +1 ribosomal frameshifting(シュードウリジンmRNAはリボゾームで一塩基のフレームシフトを誘導する)」だ。
驚くことに、N1 がメチル化されたシュードウリジン(メチルΨ)を用いたmRNAの翻訳効率についてはほとんど研究がなかったようだ。要するにこれほど普及しているにもかかわらず、非修飾mRNAと同じように翻訳されると思い込んでいたことは、科学として猛烈に反省が必要だろう。そのことに気づいたこの研究グループは、フレームがずれると初めて機能的蛋白質が出来るmRNAをデザインし、メチルΨと非修飾mRNAとで比べ、メチルΨを用いたときだけ、フレームがずれた酵素活性を持った蛋白質が作られることを確認する。
そこで、ビオンテックのRNAワクチンに使われたメチルΨを試験管内で翻訳させると3種類のフレームがずれたペプチドが合成される。そして、このワクチンで免疫したマウスは、正常スパイクだけでなく、フレームがずれて出来たペプチドに対してもT細胞反応が起こる。
次にワクチン接種を受けた人間でもスパイク以外のペプチドに免疫が誘導されていないか、アデノウイルスワクチンとmRNAワクチン接種を受けた人について調べると、ビオンテックのmRNAワクチン接種を受けた人の2割ぐらいに、フレームがずれたペプチドに対する反応を確認することが出来る。
幸い、Covid-19スパイクに対するワクチンの場合、フレームがずれて出来たペプチドに交叉する例えば自己蛋白質などがなかったため、問題は発生しなかったが、今後メチルΨを他の抗原を標的として使うとき、想定外の抗原に対する反応が副作用として発生する可能性がある。
そこで、まずフレームがずれる翻訳が起こる原因を調べていくと、アミノ酸と結合したアミノアシルtRNAとの結合力が変化したため、リボゾーム上での翻訳が止まってしまい、これを動かすためにスリップして他のtRNA と結合する結果であることを突き止める。
リボゾーム上での翻訳が停止させやすいコドン配列は特定できるので、アミノ酸はそのままでコドンだけを変異させると、メチルΨを用いてもフレームのずれを抑えることに成功している。すなわちこの問題をかなり解決することが可能であることを示している。
以上が結果で、今後メチルΨを用いる場合は慎重に翻訳反応を検討し、フレームがずれない配列に設計し直すことが重要であることがよくわかる。今後mRNAを様々な目的に使って行くためには大変重要な貢献をした研究だ。
モデルナやビオンテックのmRNAワクチンが発表されたとき、既に蓄積されていたSARSワクチンの経験から、自然の塩基配列でなく、わざわざ突然変異を導入してスパイク構造を安定化させたデザイン配列を使っているのに驚いた。すなわち、知識にもとづいてデザインすることの重要性だが、今後はフレームシフトを防ぐデザインが必須になる。反省と対策を繰り返す科学の健全性についてもよくわかる論文だと思う。
2023年12月13日
野生動物にとって睡眠は極めて危険な状態なのに、なぜ睡眠に依存するようになったのか、進化の謎だとよく言われる。しかし、ペンギンのうたた寝もそうだが、この危険を克服できる知恵を身につけた動物が生き残ることを考えると、睡眠が逆に脳の進化を促進している可能性もある。いずれにせよ、睡眠中は外界からの刺激に煩わされないことがぐっすり眠るための条件になる。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、ノンレム睡眠でぐっすり寝ているときに外界の刺激に煩わされないための神経回路を探った研究で、12月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Circuit mechanism for suppression of frontal cortical ignition during NREM sleep(ノンレム睡眠中の前頭皮質の興奮を抑える回路)」だ。
睡眠中に一次感覚野が正常に興奮することは知られているので、刺激に煩わされない理由は一次感覚野から先の神経興奮が抑制されるからと考えられる。そこで、この研究ではまず一次視覚野を光遺伝学的に刺激したとき起こる、他の脳領域への興奮伝搬について、睡眠中と覚醒時を比べている。
この実験にはまず脳全体の興奮を調べる必要があるが、この目的で使われた方法が変わっていて、私も初めて見た。実際、こんな方法があるのかと思ったのが、この論文を取り上げることにした決め手になった。脳内の神経伝搬により血流が変化することが知られており、機能的MRIの基盤だが、この研究では血液量の変化をなんと超音波で検出している。その結果、一次視覚野の興奮は、覚醒時には脳の様々な領域へ伝搬するが、ノンレム睡眠時には特に前帯状皮質への伝搬がつよく抑えられることを発見する。
超音波で本当に大丈夫かと思ってしまうが、伝搬が抑えられる領域が特定されると、今度は神経興奮を直接カルシウム検出で調べ直して、感度は落ちるが超音波でもかなり正確に脳内の神経伝搬を捉えることが出来ると結論している。
このように、一次視覚野から前帯状皮質への神経回路が抑制されることが明らかになると、後は特定の神経集団を標的にした遺伝子改変を行い、この抑制神経回路を形成する神経集団を特定していく。その結果、
- 視覚野から前帯状皮質へ興奮を伝えているのは、コリン作動性の神経回路。
- この回路を特異的に抑制するのが、PV陽性の抑制性神経。
- PV陽性抑制性神経を刺激すると覚醒中でも前帯状皮質への神経伝搬が低下する。
ことを明らかにし、ノンレム睡眠時に外界からの感覚刺激を皮質へと伝搬しない神経回路を明らかにしている。
結果は以上で、今後腹外側髄質から視交叉上核と続くノンレム睡眠誘導中枢と、PV陽性抑制神経との関係がわかれば回路は閉じることになると思う。わざわざこんな回路を持っていることからも、ぐっすり眠ることの重要性がわかる。
2023年12月12日
X染色体はオスでは1本、メスでは2本存在する。そのまま遺伝子発現が起こるとX染色体上の遺伝子の発現量はオスとメスで2倍の差が出るので、これを調節する必要がある。哺乳動物の場合、X染色体不活化と呼ばれる方法で、片方のX染色体からの遺伝子発現を完全に閉じることで遺伝子発現量をオスメスでそろえるのだが、ショウジョウバエではX染色体不活化は起こらない。代わりに、オスのX染色体遺伝子発現量を高めるメカニズムがあり、これに関わるのがMSL遺伝子だ。MSLとは male specific lethal の略で、この遺伝子が欠損するとオスのX染色体上遺伝子発現を倍加できないので、オスだけが死んでしまうのでこの名前がついている。MSLの機能は詳しく解析されており、MSL1、MSL2、MSL3、MOFからなる複合体により、特異的なヒストンアセチル化により遺伝子発現を高めることがわかっている。
以上の予備知識がないと、今日紹介するフライブルグ・マックスプランク免疫学エピジェネティック研究所からの論文は理解が難しいが、ショウジョウバエでX染色体遺伝子発現調節に関わるMSLコンプレックスの哺乳動物での機能を探った研究で、12月7日号 Nature に掲載された。タイトルは「MSL2 ensures biallelic gene expression in mammals(MSL2は哺乳動物でも両方の対立遺伝子空の発現を保証している)」だ。
MSL複合体が哺乳動物で働いていることは、ノックアウトマウスが致死的であることからわかるが、ショウジョウバエのように染色体での遺伝子発現量の調節に関わるかどうか明らかになっていなかった。
この研究ではまず、染色体ごとの遺伝子発現を調べられるように、異なる系統のマウスを掛け合わせたES細胞を作成、そこから分化した神経幹細胞(NPC)を準備し、MSL2遺伝子をノックアウトしたときの核染色体からの遺伝子発現の変化を調べている。
すると、約300種類の遺伝子が、正常では両方の染色体から正常に発現しているが、MSL2遺伝子が欠損すると片方の染色体だけで遺伝子発現が低下してしまうことを発見する。すなわち、片方の遺伝子発現量がMSLの働きで上昇していることがわかる。さらに、このような遺伝子の多くは、ハプロ不全、すなわち片方の遺伝子の変異が、もう片方で代償できない遺伝子であることも明らかにしている。すなわち、哺乳動物でもハプロ不全があると、それを代償すべくMSLによる遺伝子発現調節が行われることがわかる。
以上のように、MSLによるヒストンアセチル化が遺伝子発現に関わる遺伝子標的を特定した上で、
- MSLが欠損すると、発現が低下する方の遺伝子で、プロモーターとエンハンサーの結合が消失する。
- MSL依存的に遺伝子発現が上昇している遺伝子の発現調節領域にメチル化されるCGリピートが存在している。
- MSL が欠損すると、このCGリピートがメチル化される。
ことを明らかにしている。
以上の結果から、常染色体でも遺伝子発現調節配列の多様性の結果、片方の染色体の遺伝子発現が低下してしまう、ハプロ不全を示す遺伝子が存在する。この発現の差は、調節領域のCGリピートの違いに依存するが、この違いをMSLはヒストンアセチル化を通してCGリピートのメチル化を防ぐことで、プロモーターとエンハンサーの相互作用を維持して代償していることになる。
我々は、遺伝子の多様性を高めることで、種としての強さを保っているが、その副作用としてハプロ不全が起こる。これをショウジョウバエと同じ機構で調節することで、雑種としての強さを維持していることがよくわかった。
2023年12月11日
糖尿病は膵臓β細胞のインシュリン分泌能が低下する病気だが、2型糖尿病ではこの状態が発生する前、肥満などの代謝異常によりインシュリンが効きにくくなるインシュリン抵抗性が先行する。主に肥満や炎症などが最終的にインシュリンシグナル経路の蛋白質を変化させ、インシュリンによるシグナルが入りにくくなる状態で、糖尿病治療にとって重要な介入ポイントだが、最近の抗糖尿病剤の驚くべき進展と比べると、開発は遅い。
今日紹介するクリーブランド・ケースウェスタンリザーブ医科大学からの論文は、インシュリンシグナルの起点、インシュリンβ受容体とIRS分子複合体がSCAN分子によりニトロシル化されることがインシュリン抵抗性を誘導していることを明らかにした重要な研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An enzyme that selectively S-nitrosylates proteins to regulate insulin signaling(蛋白質を選択的にS-ニトロシル化する酵素がインシュリンシグナルを調節している)」だ。
ニトロシル化は活性窒素による蛋白質の修飾反応と考えられ、脱ニトロシル化酵素については発見されてきたが、蛋白質のニトロシル化に直接関わる酵素はこれまで特定できていなかった。
この研究は生化学のプロフェッショナルと言える研究で、まずニトロシル反応のコファクターとして働いていると考えられる SNO-CoA と結合する蛋白質を探索し、最終的にこれまでフラビン代謝に関わる以外に機能がよくわかっていなかった Biliverdin reducatase B(BLVRB) を特定する。さらに、この分子が欠損すると、50種類の蛋白質がニトロシル化されないことを確認し、この分子を SNO-CoA に補助されたニトロシル化酵素SCANと命名する。
次に、蛋白質のニトロシル化過程を調べ、まず SNO-CoA を用いた自己ニトロシル化反応がおこり、次に標的蛋白質と結合して特定のシステイン残基をニトロシル化することを明らかにする。極めて単純化して結論だけ述べたが、膨大な実験に基づく生化学研究のお手本だ。
そして、SCANによりニトロシル化される47種類の標的蛋白質の中から、インシュリンβ受容体(INSR)と IRS1 の複合体に焦点を絞り、ニトロシル化の機能を調べている。結果は極めて重要で、INSR/IRS1 がニトロ化されると、インシュリンシグナル伝達が低下する、すなわちインシュリン抵抗性が生じることを明らかにしている。また、ノックアウトマウスモデルを用い、遺伝的肥満や高脂肪食によりニトロシル化された SCAN が上昇し、その結果 INSR/IRS1 のニトロシル化が促進され、インシュリン抵抗性が生まれることを明らかにしている。
最後に脂肪代謝異常とSCAN活性化の関係を調べ、iNOS、nNOS、eNOSの活性化によるNOの細胞内での上昇がニトロシル化SCANの細胞内濃度を上昇させ、これが INSR/IRS1機能を阻害することを示している。また、iNOSは主に脂肪代謝異常により活性化されるが、nNOS、eNOSはインシュリン下流のAKTによりリン酸化されることで活性化される、まさにインシュリンシグナルのフィードバック回路として機能していることを示している。
結果は以上で、おそらくこれまで全く知られなかった、しかし活性化に関わる条件から見ると極めて重要なインシュリン抵抗性発生機構が明らかになり、結果SCANニトロシル化が重要な創薬ターゲットになることを示したと思う。
この研究ではインシュリン受容体のニトロシル化に集中しているが、他にも多くの蛋白質が特定されているので、今後新しい知見が多く得られるのではと期待される。
2023年12月10日
免疫組織や腫瘍組織で起こっている免疫反応は、空間的階層性を持っていると考えられている。すなわち、抗原の存在場所を起点に、増殖や移動が調節される。その最たる物が、胚中心で濾胞樹状細胞の周りに大きなB細胞のクローン増殖と多様化が起こることが知られている。ただ、この空間的階層性はこれまで、組織の一部を切り出して、遺伝子発現を調べる方法を用いて行われ、組織で進行するB細胞抗原受容体(BcR)やT細胞抗原受容体(TcR)のクローン性や多様性を組織上でそのまま検出するのは難しかった。
今日紹介するスウェーデンカロリンスカ研究所からの論文は、スライドグラス上に異なるバーコードを持ったRNAトラップを敷きつめ、発現する遺伝子の空間的位置を特定できるようにした方法を用いてBcR、TcRのVDJ配列の組織上の分布を調べ、リンパ組織や腫瘍組織で起こっている免疫反応を捉えようとした研究で、12月8日号 Science に掲載された。タイトルは「Spatial transcriptomics of B cell and T cell receptors reveals lymphocyte clonal dynamics(B細胞とT細胞抗原受容体の空間的発現解析によりリンパ球クローンの動態が明らかになった)」だ。
2016年、この論文と同じ Frissen研から発表されたスライドグラスにバーコード付きのRNAトラップを敷き詰め、遺伝子発現分布を組織上に再構成する方法について紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/5490)、この研究では同じ方法を用いて、BcRやTcRの分布を明らかにし、局所での免疫反応を解析しようとしている。この方法に最も相応しい課題で、なぜもっと早くできなかったのかと思うが、読んでみると一つのバーコードで決められる場所に複数の細胞が入ってしまうため、TcRαとβ、あるいはBcRのH鎖とL鎖をペアリングすることが難しかった様だ。この研究では確率計算からペアリングを決める方法を開発しているが、完全に解決できているわけではなく、やはりバーコードの範囲をもっと絞って、単一細胞の遺伝子発現を特定できないと、どうしても曖昧さは残る。
この限界を理解した上で、それでも抗原受容体のレパートリーの分布を組織上にマッピングすることの重要性はよくわかる。
まずヒト扁桃組織で方法の特性、例えばB細胞のクローンの検出のしやすさやT細胞の分布様式を調べて、クローン増殖や移動を追跡できることを確認した後、乳ガン組織を調べ、B細胞のクローン増殖もみられるリンパ組織様のクラスターが腫瘍組織に検出できること、またT細胞は腫瘍と環境の境界領域でクローン増殖している可能性などを示している。今後αβの正確なペアリングが可能になれば、ガン抗原に対する反応を正確に追跡できる可能性がある。
そして、リンパ球の増殖と多様化が起こるリンパ濾胞について同じ検討を行っている。期待通り、濾胞内でB細胞はクローナルな増殖とともにBcR多様化を起こす。そして多様化した細胞が他の濾胞へと移動するのも検出できる。一方、多様化と共に起こると考えられるクラススイッチについては、まず濾胞外で起こった後、可変領域の多様化が起こることを示している。
結果は以上で、免疫反応を組織上で解析できる可能性が示されたことは大きいが、結果自体はこれまで知られていたことがほとんどだ。そしてB細胞の動態解析の方にこの方法が向いていることもよくわかった。したがって、今後は感染症やワクチン接種でのB細胞の動態解析にまず使っていくのが面白いと思う。