1月24日 骨に存在するリンパ管の役割(1月19日号 Cell 掲載論文)
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1月24日 骨に存在するリンパ管の役割(1月19日号 Cell 掲載論文)

2023年1月24日
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現役時代は骨髄造血についても研究していたが、骨や骨髄にリンパ管が存在するかどうか考えたこともなかったが、その一因はそもそもリンパ管の様子を組織学的に調べるのが難しいためだ。その結果、脳内のリンパ管の存在が広く認められるようになったのはついこの前のことだ。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、骨のホールマウント染色を工夫して骨髄を含む骨全体のリンパ管を観察できるようにし、放射線照射後の骨リンパ管のダイナミックスやその役割について調べた研究で、1月19日号 Cell に掲載された。タイトルは「Lymphatic vessels in bone support regeneration after injury(骨のリンパ管が傷害後の再生を支持している)」だ。

なんと言ってもこの研究のハイライトは、マウスの骨を脱灰も含む様々な処理をして見えるように出来たことだ。その結果、骨の中でもリンパ管が血管の中に見事に染め上げられており、骨端に近づくにつれリンパ管の密度が上昇していることがよくわかる。

あとは、リンパ管のダイナミックスを見るため、放射線照射+骨髄細胞移植後の再生に焦点を絞り、リンパ管の変化を観察している。驚くことに、放射線照射により骨全体でリンパ管の密度は15日をピークに急速に上昇し、骨や骨髄の再生に何らかの役割を持つように見える。

そこで、リンパ管の増殖に必須の VEGFR3 に対する阻害剤、あるいはリンパ管特異的にジフテリアトキシンを発現させてリンパ管を除く方法を用いて、リンパ管の増殖を止めたときに、造血や骨再生が受ける影響について調べている。

結果は明瞭で、血液幹細胞の骨髄での維持や、骨の再生が強く阻害される。すなわち、放射線照射後の骨リンパ管の増殖が、骨髄造血や骨の再生に密接に関わることを示している。

このメカニズムを探ると、阪大の長沢さん達により示された骨髄造血細胞ニッチ分子、CXCL12 をリンパ管が分泌し、この分泌を遺伝的にノックアウトすると、造血幹細胞の骨髄での維持が著しく阻害される。

骨の再生で見ると、血管外皮由来の、いわゆる多能性を持つ間質幹細胞も CXCL12 の働きにより増加し、骨芽細胞に分化して骨の再生を促進する。事実、この細胞を特異的に除去する遺伝操作により、放射線障害時の骨の再生が低下する。さらに、同じ細胞は骨髄の造血細胞ニッチにも分化し、血液細胞の造血支持にも関わることを示している。最後に、老化とともにリンパ管内皮細胞の修復力が低下することも示している。

以上が結果で、これまで全く忘れ去られていたリンパ管を骨や骨髄再生に位置づけることで、全く新しいシナリオが生まれることを示している。特に造血を支えるニッチについては、骨に接する間質細胞、血管内皮など様々な可能性が追求されているが、リンパ管内皮が CSCL12 を発現することは、これまでのデータも新しい目で再検討する必要を示唆している。

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1月23日 TKB1 阻害によるガン免疫増強(1月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月23日
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以前、熊本大学の三浦さんから、ハダカデバネズミだけでなく多くの長生きでガンになりにくい哺乳動物で、ネクロプトーシスを調節する RIPK と MLKL がともに欠損していることを聞いて、驚いたことがある。現象としてはネクロプトーシスを抑えるとガン発生が抑えられることになる。直感的に考えると、ガンのネクロプトーシスが上昇する方がガンになりにくいと思うのだが、三浦さん達は発ガン実験を通して、ネクロプトーシスメカニズムが炎症を抑えることが、この現象の一因であると考えている。

ただ、炎症とガンの関係は極めて複雑で、一つの図式に押し込むことが難しい。今日紹介するハーバード大学からの論文は TBK1 と呼ばれる自然炎症や代謝調節のハブに存在する TBK1 分子が、ネクロプトーシスにも関わっていて、ガンの免疫治療を高めることを示した面白い研究で、1月19日 Nature にオンライン掲載された。

この研究はメラノーマのチェックポイント治療抵抗性を調べているとき、メラノーマから TAB1 を欠損させるのが最も効果的であることを発見する。TAB1 はもともと STING 分子を介して自然炎症を高めることが知られていたので、TAB1 欠損でガン免疫が高まることは不思議に思える。

そこで、リンパ球も含むガンオルガノイド培養系を構築し、TBK1 欠損はガン自体の増殖に影響はないが、チェックポイント治療に用いる PD1 抗体と組みあわせると強い腫瘍抑制効果を示すことを明らかにする。

動物実験系で、TBK1 阻害剤がチェックポイント治療を高めることを確認した後、single cell RNA 解析を用いて腫瘍組織の細胞の種類を調べると、特に CD8T 細胞が抗原刺激で疲弊しないこと、および白血球の数が高まっていることを発見する。

これで一件落着に見えるが、阻害剤を用いた実験は、様々な細胞の TBK1 機能を抑制する。事実、最近 STING 分子を T 細胞からノックアウトすると、記憶細胞への分化が促進されることが示されており、この結果も同じ現象を見ている可能性がある。

また、STING 分子、TBK1 分子と続くシグナルは 1 型インターフェロン産生に重要で、TBK1 阻害は炎症を抑えるように思ってしまうが、実際には TNFα や IL2 、そしてγインターフェロンなどの組織でのレベルは高まる。すなわち、TBK1 の阻害は、腫瘍免疫に関する限りトータルで良い効果が得られることはわかるが、腫瘍で TBK1 が抑制されたための効果とは思えない。

そこで、TBK1 欠損の腫瘍自体への影響を探索した結果、TBK1 が TNFα からのシグナル経路で活性化される ネクロプトーシスを抑える働きをしており、これが欠損するとガン細胞が死にやすくなることを発見している。実際、メラノーマの患者さんで見ると、チェックポイント治療に反応できなかった患者さんではγインターフェロンや TNFα が高いまま経過することがわかった。

以上が結果で、一つのシグナル分子が、ガンとガン免疫の複雑な関係を支えていることを見事に示している。面白いのは、TBK1 阻害によるガン細胞のネクロプトーシス亢進は、三浦さん達がガンになりにくいとして示した RIPK3 や MLKL を阻害すると、完全に消えることだ。すなわち、ガン細胞にとって、ネクロプトーシスの系は、文脈によってポジティブにもネガティブにも働けることがわかる。

これは私の勝手な想像だが、ガンになりにくさとネクロプトーシスの関係は、炎症だけでなく、ガン細胞や老化する細胞自体からも見直してみると面白いように感じた。

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1月22日 新しいエピジェネティック老化モデル(1月19日号 Cell 掲載論文)

2023年1月22日
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老化は様々な原因が合わさって進む過程だが、古くから知られた重要な要因は、DNA 損傷が繰り返されることだ。DNA 損傷は当然突然変異の原因になるので、DNA 損傷に様々な箇所に起こる突然変異による機能不全が、老化の一つの原因と考えられてきた。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの通説を覆し、DNA 損傷もエピジェネティックな再編成を通して老化を進めることを明らかにした重要な論文で、1月19日 Cell に掲載された。タイトルは「エピジェネティック情報の喪失が老化の原因である」だ。

これまで DNA 損傷誘導には、放射線照射や抗ガン剤、あるいは活性酸素などゲノム全体にランダムに起こる損傷を用いて研究が行われてきた。CRISPR/Cas 系が開発されてからは、部位特異的損傷も可能になったが、系が複雑なためか DNA 損傷手段としてはあまり使われていない。そもそも、DNA 損傷とその修復自体が老化のドライバーなどとは誰も考えていなかったと思う。

この研究は細胞内の DNA 損傷を、制限酵素 I-PpoI を細胞内で発現させることで誘導して、突然変異とは全く無関係の DNA 切断効果を調べることを可能にした。

もう少し詳しく説明すると、I-PpoI は CTCTCTTAA;GGTAGC という極めて長い配列を認識してカットするため、マウスゲノムには20カ所しか切断可能箇所がない。しかもそのうち19箇所はノンコーディングで、基本的には切断が突然変異につながらない。また変異が起こったかどうかを20箇所で調べるのは簡単だ。

この方法を着想したことで、純粋に DNA 切断と修復自体が老化に及ぼす影響を調べることが出来る。実験は、生後2−6ヶ月目に3週間だけ I-PpoI を全身で発現させ、老化の程度を観察している。勿論ゲノム配列を徹底的に調べ、これによる突然変異は起こらないことを示し、切断が起こり、きれいに修復されるという過程が3週間繰り返したことがわかる。

このマウスの観察を続けると、3週間しか処理しなかったのに、あらゆる臓器で老化が促進する。例えば認知機能を調べると、著明な記憶障害が起こるとともに、脳ではアストロサイトやミクログリアが活性化し、いわゆる神経炎症状態になっている。筋肉も同様で、筋肉機能や筋肉量が低下する。

この原因を調べると、3週間という短い期間の処理で、しかも正確に修復が行われているにもかかわらず、H3K27 ヒストンのアセチル化で見たときのエピジェネティックス状態が、クロマチンがオープンなところでは閉じる方向に、閉じたところではオープンになっていることがわかる。さらには、染色体の 3D 構造にも変化が起こり、エンハンサーとプロモーターの位置がずれて相互作用が起こらなくなっていることがわかる。

すなわち、全ゲノムでたった20カ所しか切れていないのに、それを修復する過程により、ゲノム全体でクロマチン構造が大きく変化し、その結果老化が進むことを明らかにしている。実際、これにより例えば筋肉で免疫系の遺伝子が発現したりする異常な状態が出来ている。

ただ、これはあくまでもエピジェネティックな変化で、山中4因子を導入することで完全にリプログラムできる。

以上が結果で、老化領域では極めて重要な貢献だと思う。切断と修復の箇所が限定されているため、今後修復によりエピジェネティックを支える分子がどう変化していくかの詳しい過程が明らかになるだろう。例えば本当にサーチュイン分子活性化で老化を抑えられるのかなど、重要な問題の理解が進むように思う。期待したい。

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1月21日 レット症候群のMECP2遺伝子再活性化治療法に向けた開発(1月18日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年1月21日
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この HP で何度も紹介してきたように、レット症候群は X染色体上の MECP2 遺伝子に、生殖細胞の発生過程で突然変異が入った女児に起こる病気で、発達異常や運動障害など様々な神経症状が特徴になる。従って、病気の根本的治療は、遺伝子から突然変異を除いて正常化することだが、X 染色体遺伝子の場合、もう一つの方法がある。

一般に X 染色体は発生過程で片方が遺伝子発現できないようにエピジェネティックな抑制が起こるため、一つの細胞で働くのはどちらか片方の X 染色体になっている。従ってレット症候群の場合、細胞の半分は正常の MECP2 遺伝子が発現し、もう半分で遺伝子欠損が起こった状態になっている。すなわち、レット症候群の異常は、正常細胞の中に MECP2 が欠損した細胞が混じっていることで起こる。そこで浮上するのが、MECP2 変異 X 染色体を発現した細胞で、不活化されている方の X 染色体上の MECP2 遺伝子を活性化して、細胞レベルで MECP2 発現を正常化するという治療法だ。幸い、X 染色体不活化のメカニズムは詳しく解析されており、標的は明瞭だ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、レット症候群からの iPS 細胞を用いて、不活化された方の遺伝子を CRISPR/Cas を用いた再活性化する方法の開発で1月18日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Multiplex epigenome editing of MECP2 to rescue Rett syndrome neurons(レット症候群の神経を正常化するための複合的エピゲノム編集)」だ。

X 染色体不活化の最終結果は、遺伝子発現に必要な領域がメチル化により完全に不活性になることだ。従って MECP2 遺伝子領域の DNA からメチル基を除いて、使えるようにするというアイデアはおそらく多くの研究グループが行っていると思う。この研究でもまず、メチル化を除去する働きのあるTET遺伝子を遺伝子切断活性を除いた Cas9 と結合させ、ガイドとともに細胞へ導入することで、基本的には不活化された方の X 染色体だけで遺伝子発現の活性化が起こることを明らかにしている。

個々で問題になるのは効率と特異性で、他の遺伝子領域を活性化したりすると大変なことになる。幸い、この研究で調べられた限りでは、操作により変化するのはほぼ MECP2 だけで、全くないとは言えないが、非特異的な作用による危険性はほとんど認められないと結論している。

次の問題は効率で、分化した神経細胞をCas-Tetで処理してもメチル化が外れるスピードは遅く、またたかだか2割程度の細胞でMECP2の発現が復活し、神経活動が元に戻るだけだ。

そこで、さらにこの部位が不活化されるときのエピジェネティック過程を精査し、再活性化がうまくいった場合MECP2遺伝子領域でCTCFと呼ばれる分子が結合していることを発見する。そこで、Cas-Tetだけでなく、MECP2領域にガイドできるCpf1(Cas9と同じような物と考えてもらったらいい)にCTCFを結合させた遺伝子ベクターを開発し、Cas-Tetとともに細胞に導入すると6割のX染色体で再活性化が起こることを明らかにしている。

以上が結果で、臨床応用までは長い道のりがあるとは思うが、メチル化された DNA だけでなく、CTCF 結合まで因数分解が出来ることで、この治療法開発のためにやるべきことはかなり整理することができた。しかしまだ4割以上の細胞がそのまま操作できずに残っているので、さらに改良が進むことを期待したい。

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1月20日 細菌叢伝搬ルール(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月20日
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最初、細菌叢のメタゲノム解析はリボゾーム領域の配列を用いて行われていたが、細菌系統レベルの解析は難しいため、母親と子供で細菌叢が共有されていることを本当に証明することは出来ず、大体そうだろうと言った結論で終わっていた。しかし、ショットガンやさらにはロングリード配列決定などが行われ、またインフォーマティックスパワーが進歩することで、存在する細菌のゲノムを再構成することが出来るようになってきた。

今日紹介するトレノ大学からの論文は、世界中から細菌叢の全ゲノム解析を集め、独自に開発した情報処理方法を用いて、細菌叢の個人から個人への伝搬について詳しく調べた研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The person-to-person transmission landscape of the gut and oral microbiomes(腸内及び口内細菌叢のヒトからヒトへの伝搬)」だ。

まず驚くのが、親子から双子の兄弟まで、これほど多くの細菌叢全ゲノムデータが、研究者に利用できる形で存在していることだ。さらに、個々のデータセットに関しては論文も出ているだろうが、全体を新しい視点で見直すことで、この論文の様な重要な貢献が出来ることだ。我が国の若者からも、このような論文が多く発表されることを期待している。

系統レベルで細菌を特定することが出来ることから、例えば母親から子供にどの細菌が伝わったのかを特定することが出来る。特に、系統レベルでは区別がつかない、例えば食事などを通して摂取した環境経由の細菌系統を、人から人へ伝わった細菌系統と区別できる。

結果はこれまで示されてきたことと特に変わりはないが、しかし解析パワーのおかげで、読んだインパクトは大きい。主な内容をまとめると、次のようになる。

  1. 腸内細菌叢の伝搬は母親から子供への伝搬が最も大きく、後は家族内、同じ村、と共有細菌種はどんどん低下する。これまで種レベルでは明確ではなかったが、全く共通の系統を共有していないという個体が5%近く存在することで、全ゲノムレベルの検討の必要性を痛感する。
  2. 生後すぐの母親と子供の共通性が平均50%という数字を考えると、まず我々の細菌叢は母親から来ると結論できる。また、この高い共通性は1歳前後まで維持されるが、その後急速に低下するが、20%近くはそのままほぼ死ぬまで維持される。すなわち、外界とのコンタクトが増えると家族内、村落内の社会的コンタクトに応じて細菌叢が変化するが、系統レベルで生まれてからずっと維持される細菌叢も存在している。
  3. 母親から子供以外で、家族内全体で共有される細菌系統が大体20%ほど存在し、また同じ村落内で共有される細菌系統も10%前後存在する。すなわち、結局細菌叢の多くは、人間同士の関係で形成される。
  4. 口内細菌についても調べており、この場合は母親の役割は強くない。例えば夫婦間の共有と比べると、母親と子供の共有系統は少ない。面白いのは、共有細菌種は子供の年齢とともに増えることで、基本的にはスキンシップをベースに形成される。
  5. どの細菌が共有されやすいかを調べると、グラム陰性で、好気環境に耐性のある菌系統が伝わりやすい。

以上が結果で、繰り返すが特に目新しさはないが、しかしデータのインパクトは高い。というのも、こうして整理された伝わり方と伝わりやすさは、これからの細菌叢操作を考える上で極めて重要になる。このような研究が進むと、薄っぺらいデータだけで訴える世間の細菌叢議論も、いつか淘汰されるだろうと期待している。

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1月9日 ストップコドンをアミノ酸コードとして使うためには?(1月11日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月19日
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今日の話は少し専門的すぎるかも知れないが、しかし生命にとっては最も根源的な翻訳におけるストップコドンの話だ。生命が地球上に誕生するとき、物理法則しかないところに、物理法則とは異なるコドンとアミノ酸との関係が生まれる過程はおそらく生物学にとっての最も重要な謎で、tRNA がその鍵を握っている。

ちょっと脱線したが、私たちは64のコード表を習うが、そのうちの UAA、UAG、UGA という3つのコードはストップコドンで、ここには tRNA のかわりに RF1 or RF2 が結合して翻訳が終わる。しかし、このストップコドンとペアできる tRNA が様々な種で存在することがわかっていた。

今日紹介するチェコ共和国科学アカデミー研究所からの論文は、全てのストップコドンに対する tRNA を持った原虫を材料に、ストップコドンがアミノ酸コードとして使われる進化の必要条件について調べた研究で、1月11日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Short tRNA anticodon stem and mutant eRF1 allow stop codon reassignment(短いアンチコドンステムループを持つ tRNA と eRF1 変異がストップコドンをアミノ酸コードへと変換する)」だ。

この研究はチェコの昆虫から発見された原虫のゲノムを調べるうち、この原虫では GC 配列が低下していて、おそらく GC が AT へと変化するイベントが起こった結果、3種類のストップコドンに対して、UGA に対してはトリプトファン、それ以外に対してはグルタミン酸の tRNA が対応してしまったことを明らかにする。

しかし、こんなことが起こると蛋白合成は大きな変化を起こしてしまって、生物は増殖できないのではと調べていくと、この動物では UGA はトリプトファンとともに、ストップコドンとして使われること。そして、確率論的に tRNA が結合してトリプトファンとして読まれたり、あるいはストップしたり、競争が起こること、そして合成の高い蛋白質では特にトリプトファンとして読まれる確率が高いことを明らかにする。

では、なぜこのような使い回しが起こったのか。長い話を短くしてまとめると次のようになる。

まず、ストップコドンに対応した tRNA だけが、アンチコドンの周りにあるステムループと言われる RNA のペアリングの長さが 4bp しかないことを発見する。実際同じことが起こっている他の生物でも同じことが観察されることから、この変異が起こることでアミノ酸にも使い回しが可能になる。

ではなぜこのようなことが起こるのかと考えると、外来の侵入者の RNA も同じコドンルールを使っていることから、これから逃れるメカニズムとして発達したと考えられる。ただ、トリプトファンの tRNA のアンチコドンループが短くなると当然翻訳もおかしくなるはずだが、この時短いループの tRNA をリボゾーム上でうまく利用するために、リボゾーム上での蛋白合成を進める役目のある eEF1 に変異が起こっていることも発見する。

この2種類の変異を酵母に導入すると、原虫と同じことを再現できることから、ループが短くなり、eEF1 の変異が起こることで、翻訳がストップコドンを超えて続く現象が確率論的に起こるようになることを明らかにしている。

結果は以上で、生命の根幹とも言えるコドンと翻訳も、一部の分子が変化するだけで、違う可能性が生まれることを示す面白い結果だ。これからも、一種例外に見えるが生命のルールが厳守される例が多く見つかっていくと期待している。

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1月18日 マウス T 細胞特異的 AAV ベクターの開発(1月12日 Cell オンライン掲載論文)

2023年1月18日
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今日のタイトルを見て、「エッ?マウスのAAVベクター?今更なぜ?」と、思った読者も多かったのではと思う。実際、ヒト遺伝子治療を究極の目的とした効率のいい AAV ベクターが既に開発されており、CRISPR/Cas を用いた遺伝子ノックインが可能になりつつある。

しかし、新しい技術の効果を確かめるためには、どうしても動物実験モデルが必要で、特に免疫反応のような複雑なシステム解析にはマウス実験が重要になる。ところが AAV ベクターを使うとなると、ヒト特異的に効率化されているため、マウスには使い勝手が悪く、特に CRISPR/Cas のような遺伝子導入効率が求められる実験には困難を伴う。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、このニーズに応えてマウス T 細胞に高い遺伝子導入効率を可能にするAAVベクターの開発と、それを用いたガンの免疫治療研究で、1月12日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An evolved AAV variant enables efficient genetic engineering of murine T cells(AAV変異体の進化形はマウスT細胞の高効率の遺伝子操作を可能にする)」だ。

研究の目的の一つは、AAV ベクターの特異性や効率を進化させて目的に合ったベクターを開発できるかだ。このために、マウス T 細胞にはほとんど感染しない,

ヒト用に開発された AAV6 をスタートラインとして、このカプシドの一部をランダムなアミノ酸配列に置き換えたベクターをマウス T 細胞に吸着させ、T 細胞に侵入されやすい配列を特定する進化サイクルを3回繰り返し、最終的にマウス T 細胞に高い遺伝子導入効率を持つ Ark133 ベクターを完成させている。

AAV を進化させられることを示したのがこの研究のハイライトで、新しい Ark133 の感染に関わるホスト側の分子も探索して、これまで知られていた AAV 受容体に加えて、ほかにも4種類の分子が感染効率に関わることをしめし、AAV ベクターはまだまだ開発余地があることを示している。

あとは、正常の T 細胞の T 細胞受容体にガン特異的キメラ受容体を置き換えることに焦点を絞り、例えば CAS9 による遺伝子切断の毒性を修復のための鋳型を Cas9 と同時に導入する方法や、置き換える遺伝子にガイド RNA をつないで切断と相同組み換えを同時に行う遺伝子構成や、さらには相同組み換え以外の修復を抑える操作を加えるなど、様々な改良を加え、最終的に75%という高効率で遺伝子の置き換えに成功している。

またこうして作成した CAR-T 細胞は、通常のレトロウイルスを用いてキメラ受容体を導入する場合より高い抗ガン活性を示すことも示している。

最後に、同じベクターで2つの遺伝子を同時に置き換える可能性にもチャレンジし、低いとは言え7%という効率で両方の遺伝子を置き換えるのに成功している。

結果は以上で、この方法は CAR-T やその派生技術、特に今後予想される固形ガンに対する遺伝子導入 T 細胞治療の検証に重要であると同時に、マウス T 細胞の操作法として定着するように感じる。

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1月17日 1万年にわたるヨーロッパ人の進化を探る(1月13日号 Cell Genomics オンライン掲載論文)

2023年1月17日
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先日、ヨーロッパ中世、黒死病として猛威を振るったペスト菌により、流行前と後で、免疫系の遺伝子で見たとき、明確に遺伝子型の選択が起こっていた事を示すカナダマクマスター大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/2080)。実際このようなイベントを繰り返しながら、現在のゲノムが形成されているのだが、感染症ではこのようなスピードで自然選択が起こることを見事に証明している。

今日紹介するフランス人類進化研究所からの論文は、過去1万年を遡ってヨーロッパ人のゲノムの現在の形成に関わってきた自然選択要因を明らかにしようと、3000人近い古代ゲノムデータのゲノム解析から、選択されてきた多型をリストし、その意味を調べた研究で、1月13日 Cell Genomics にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic adaptation to pathogens and increased risk of inflammatory disorders in post-Neolithic Europe(新石器時代以降の病原体への遺伝的適応は炎症性疾患へのリスクを高める)」

この論文を読んで驚くのは、全ゲノム多型解析が可能な古代人のゲノム解析が3000もすでに存在することで、当然大きな時代区分でその時の各多型の時代ごとの頻度を算出できる。これに着目して、選択された痕跡がある多型をリストし、各時代ごとの頻度を調べたのがこの研究だ。

多型解析は別として、あとは全てこの目的に合わせたインフォーマティックス解析の結果なので、私には正確に評価できないが、最も大きな発見は、実に102もの部位が青銅器時代以降強く選択を受けていることで、そのうち89多型が免疫に関わる遺伝子座に存在すること、そしてその多くが遺伝子発現調節に関わる領域の多型である事を特定している。

これらの領域が実際に感染免疫に関わっている可能性を調べるため、エピジェネティックデータベースと対応させると、多くがクロマチンの開いた領域に存在することを突き止めている。すなわち免疫系機能を高める方向に進化した可能性を示唆している。以上のことから、進化した遺伝子多型の多くは感染症による選択圧の中で進化してきたことが示唆される。

それぞれの多型の頻度を時代ごとにプロットすると、人口が上昇した青銅器時代に入って急速に選択が進んでいることがわかる。感染が人工の増加とともに広がる事を考えると、短い期間での進化に感染カタストロフが重要な要因になっていることがよく分かる。

これらの遺伝子多形の多くは、Covid-19 の感染や病態に関わる多型を含む様々な感染症に相関した多型とオーバーラップし、これも感染症=選択圧を裏付ける。一方で、こうしてリストされた多形の中には、炎症性大腸炎やリュウマチ性関節炎、SLE等の自己免疫性炎症疾患と相関する多型も含まれていることから、感染症に対する抵抗性を獲得する代わりに、自己免疫性炎症リスクが高まることもわかる。

一方で、抵抗力が上がる方向だけに進化しているわけではない。IL23受容体や、LPS結合タンパク質のように、実験的に免疫を落とす方向に選択が進む多型もみられる。重要なのは、このような多型の多くは文明が進んだ1千年前後に急速に始まっている点で、感染リスクの高まりを犠牲にしても対応すべき重要な選択圧が存在していた事をうかがわせる。

以上が結果で、すでに古代人ゲノムデータを人間の自然選択要因を調べられるところまで解析が進んでいることに感心した。

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1月16日 介在神経前駆細胞移植によるてんかん治療の可能性(1月9日 Neuron オンライン掲載論文)

2023年1月16日
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興奮神経細胞が何らかの理由で過興奮するのがてんかんで、様々な治療法が開発され、薬剤治療も広く行われているが、今の医学では全く対応できない多くのてんかん患者さんが存在する。これは、結局多くの場合で私たちが興奮と抑制のバランスが壊れる原因を理解できていないためだが、このバランス異常を元に戻す一つの方法が、抑制性介在神経の数を細胞移植により増やす方法だ。事実、動物モデルでGABA作動性介在神経細胞を移植する実験が行われ、一定の効果があることが報告され始めている。

今日紹介するニューヨーク医科大学からの論文は、ヒトES細胞から介在神経細胞を誘導し、これを側頭葉転換モデルマウスに移植すると、ほとんど副作用なしに、しかも介在神経そのものの機能を介しててんかん発作を抑えてくれることを示した、これまでの研究の総まとめのような研究で、1月9日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Human cortical interneurons optimized for grafting specifically integrate, abort seizures, and display prolonged efficacy without over-inhibition(移植に最適化したヒト皮質介在神経は、発作を抑え、過剰抑制なしに長期効果を発揮する)」だ。

このグループはこれまで、ヒトES細胞やiPS細胞を、様々な化合物を用いて介在神経ぜんく細胞を高率にに誘導する方法を開発していた。この細胞を、最後にCDK4/6阻害剤で処理することで、増殖を止め、ピロカルピン注射による側頭葉てんかんモデル(pTLE)あるいは海馬にカイニン酸を投与するてんかんモデル(kTLE)に対する長期効果、さらには効果のメカニズムを探っている。

ヒトの介在神経を免疫不全マウスに移植して、9ヶ月間様子を見ているが、異常増殖は全く見られないということで、これは他の多能性幹細胞由来神経細胞移植の結果と同じだ。一方、ヒトとマウスの差があるにも関わらず、海馬に移植した介在神経は移植部位から海馬、さらには皮質にまで移動し、2種類のGABA作動性神経へと分化することを示している。

組織学的な結果を先にまとめておくと、移植された細胞は少なくとも9か月マウス脳内で、興奮神経とシナプス結合を形成する。てんかんモデルマウスの海馬では、抑制性シナプス形成の密度が低下するが、細胞移植により密度は高められる。すなわち、移植した介在神経は完全にホストの脳ネットワークに組み込まれている。

この組織学的変化に呼応して、介在神経前駆細胞を移植したマウスでは、9か月にわたって発作の発生を1/4以下に抑えることに成功している。この実験では、介在神経前駆細胞を移植しただけの結果で、特に移植細胞の活性を操作しているわけではない。それでも、発作を大きく抑えることが出来るのは、介在神経がホストの神経ネットワークに組み込まれ、自発的に神経興奮を抑制していることを示唆している。事実、半数の移植介在神経が自発的興奮を示し、全体の興奮性を抑えていることがわかる。

さらに、移植介在神経に、あらかじめ光に反応して興奮したり、逆に興奮が抑えられる分子を組み込んでおいて、介在神経興奮をさらに人為的に誘導すると、介在神経興奮誘導で発作を完全に抑制でき、反対に興奮が抑制されると発作回数が上昇することを明らかにしている。この結果も、てんかん発作の抑制が、神経回路を介して行われていることを示し、将来遺伝子操作した介在神経移植までてんかん治療の視野に入る可能性を示している。

さらに重要なのは、てんかん発作だけでなく、不安神経症や、認知障害も正常化することで、てんかんと同時に様々な行動異常を伴う様々な神経疾患を考えると、この点は重要だ。そして何より、一般的てんかん治療薬に見られる強い鎮静作用などの、副作用が見られないことが重要だと思う。

結果は以上で、まだコントロールできていないてんかんが数多く存在することを考えると、介在神経移植は魅力的だ。

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1月15日 腸内細菌叢からの短鎖脂肪酸はアルツハイマー病を促進する(1月13日号 Science 掲載論文)

2023年1月15日
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どんな病気も詳しく調べてみれば、腸内細菌叢によって何らかの修飾を受けることが示されてきたが、アルツハイマー病も例外ではない。ただ、メカニズムについては、腸での変化が神経炎症を高めるといったレベル以上に明らかではなかった。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、Tau による神経変性が促進される突然変異が起こったヒトTau遺伝子と、アルツハイマー病(AD)のリスクを高める APOE4遺伝子を導入したマウスを用いて、腸内細菌叢が明らかにTau異常を促進することを示した研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「ApoE isoform– and microbiota-dependent progression of neurodegeneration in a mouse model of tauopathy(ApoEアイソフォームと細菌叢により Tau異常症モデルマウスの神経変性が進む)」だ。

この研究のハイライトは、変異型 Tau+ApoE4 という最強の組み合わせを持ったマウスの神経変性でも、無菌マウスでは完全ではないにしても、進行が遅れ、さらにこれと対応して、異常Tau の指標であるリン酸化Tau の量が低下することを示したことだ。さらに、無菌マウスでの神経変性改善効果は、マウスの細菌叢移植により元に戻る。以上の結果から、一般的なマウス細菌叢が Tau異常症を促進していることが明らかになった。実際、写真で示された海馬萎縮を抑える効果は絶大と言えるほどの効果だ。

次に、この効果が神経炎症促進の結果かどうかを調べ、アストロサイトやミクログリアの活性化が無菌化によりつよく抑えられることを示している。異常のことから、APOE4 は、例えば脳血管異常等を介して Tau異常症を促進するが、これに腸で細菌叢により変化した免疫システムが、脳内神経炎症を悪化させる原因として働く可能性を示している。ただ、腸内での免疫系の解析は詳しく行われていない。

無菌的に生きるというのは臨床的に難しいので、次に成長期に短期間抗生物質を投与し、腸内細菌叢を変化させたときに AD 進行を遅らせられないか調べている。結論的には無菌マウスと同じ効果はない。ただ、なぜカオスマウスでTau異常症を少し抑える効果は認められる。

とすると、より詳しく細菌叢を操作して、AD を抑える腸内細菌叢が実現できればいいことになる。その結果、腸内細菌叢の中で短鎖脂肪酸を合成する系統を抑えることで、AD の進行が抑えられることがわかった。これを確かめるために、3種類の短鎖脂肪酸をマウスに摂取させると、グリア増殖とリン酸化 Tau の増加による海馬の萎縮が進むことがわかった。

以上が結果で、腸内細菌叢が神経炎症を高めて Tau 異常症、AD を進行させるという話は、特に驚きはない。しかし、一般的に代謝の改善にいいとされ、多くの食品メーカーが良い菌叢の指標として宣伝している短鎖脂肪酸が、AD の進行を促進することになると、これは大変だ。もしこの結論が正しいとすると、短鎖脂肪酸の元になる食物繊維は危険という話になってしまう。

このように、細菌叢の研究は複雑で難しいことを知ると、間違っても「善玉菌」とか「悪玉菌」のような言葉を使うことを戒めていく必要があることを痛感する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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