8月8日 腫瘍組織の白血球浸潤を誘導する意外な経路(8月4日 Science オンライン掲載論文)
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8月8日 腫瘍組織の白血球浸潤を誘導する意外な経路(8月4日 Science オンライン掲載論文)

2022年8月8日
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腫瘍組織に浸潤する白血球は、同じ場所へのリンパ球の浸潤を阻害するため、ガン免疫を抑えるため、チェックポイント治療をはじめとするガンの免疫療法の最大の問題と考えられている。このブログでも何回か紹介したが、白血球の浸潤を防ぐ様々な方法がこれまで開発されているが、ガン周囲組織のサイトカインや、ケモカインを標的にした治療が中心となっている。私がこれまで読んだ中では、骨髄造血レベルで白血球の浸潤を抑える方法は、c-Kitに対する抗体を用いて造血全体を抑える方法で、1-2相の臨床研究としてテキサス大学から発表されていた(Science Translational Medicine 14, eabm6420, 2022)。

今日紹介する中国科学技術大学からの論文は、ガン細胞は視床下部から松果体のホルモンシステムに働いて、そこから分泌されるメラノサイト刺激ホルモン(MSH)が、白血球の前駆細胞に直接働き、白血球を増加させて免疫を抑えるという、意表を突く研究で、この意外さがなければ到底 Science には掲載されないのではと思うが、臨床応用が可能なら重要な論文だと思う。タイトルは「Pituitary hormone α-MSH promotes tumor-induced myelopoiesis and immunosuppression(松果体ホルモン α-MSH は腫瘍による白血球増多を促進し免疫を抑える)」だ。

実に古典的かつ、シンプルな研究だ。まず腫瘍を移植したマウスでは MSH のレベルが上昇していることを発見する。次に、MSH の松果体での発現を shRNA を用いてノックダウンすると、腫瘍組織の白血球が減少し、代わりにリンパ球が増えて、PD1抗体によるチェックポイント治療の効果が高まる。すなわち、ガン組織の白血球浸潤の重要な原因は松果体の刺激による MSH であることを明らかにしている。

では、MSH は白血球浸潤をどのように誘導するのか。MSH受容体の発現を調べ、驚くことに造血幹細胞だけで MSH受容体の一つ Mc5r が強く発現し、Mc5r をノックアウトされたマウスでは、ガン組織への白血球浸潤が低下し、リンパ球の数が上昇し、結果ガンの増殖が抑えられることを明らかにする。

そして、Mc5r阻害剤が腫瘍の増殖を抑制し、さらにPD1抗体によるチェックポイント治療と組み合わせると、ガンの強い抑制効果があることを示している。

最後に、人間のガンでも同じことが言えることを示す目的で、非小細胞性肺ガンの患者さんを調べ、MSH の血中濃度が高いこと、血液幹細胞で Mc5r の発現レベルが高いこと、そして MSH濃度に比例して白血球数が上昇していることを示している。

結果は以上で、極めた単純な実験だが、もし本当なら、ガン患者さんで白血球数の高い人を選び、その中から MSH も上昇している人について、Mc5r阻害剤をチェックポイント治療と組み合わせる治験をやってみることは重要だ。意外な結果だが、臨床まで持ってきてほしいと思う。

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8月7日 虚血後細胞や臓器の機能はどこまで維持されているのか(8月3日 Nature オンライン掲載論文)

2022年8月7日
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心室細動がきて循環が止まると、10分以内にAEDで心臓の動きを回復させないと、細胞や臓器では虚血で不可逆的死のプロセスが始まるとされている。しかし、私たちの身体は心臓が止まった後、何時間は蘇生可能なのかの限界については、心臓が停止してしまった個体で調べることは出来ない。

この問題に、イェール大学のグループはチャレンジを続け、2019年 Nature に、脳であれば虚血後4時間までなら、細胞保存液の人工循環によって、回復させられることを明らかにした。今日紹介する同じグループからの論文は、2019年に脳回復のために開発したシステムを改良して、今度は循環完全停止1時間後に、大動脈、大静脈に全身の人工循環器を装着することで、細胞死のプロセスが始まった細胞や臓器の活性を回復させられるか調べた研究で、8月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cellular recovery after prolonged warm ischaemia of the whole body(全身の温虚血の後の細胞の回復)」だ。

研究では、ブタで人為的に心室細動を誘導して、1時間放置する。当然これまでの常識では、回復は不可能だが、実験では1時間後に通常のエクモ、あるいはこのグループが開発している対岸循環装置OrganEXを装着、その後7時間までの臓器や細胞の機能を、様々な方法を動員して評価している。

重要なポイントは、末梢の血管から循環を維持するエクモと違い、開腹して大同静脈から体外循環へと誘導し、全身の循環量が維持できるようにしている点と、透析液をベースに、抗凝固剤だけでなく、様々な細胞保護剤を加えた対外循環液を開発した点で、これがこの研究のハイライトになる。最終的には、酸化された対外循環液で置き換わり、7時間循環が維持される。

さて結果だが、まず末梢までの循環の維持という面では、ほぼ完全に維持が出来ている。すなわち、循環停止後1時間であれば、血管系はほぼ完全に機能を回復する。

後は、組織学的、代謝学的、神経科学的、細胞学的に徹底的に変化を検索している。結論的には、細胞レベルでは、虚血がなかったレベルまでほぼ回復が可能になっている。一方、エクモは全く役に立たない。ただ機能で見ると、7時間では様々な異常が残っている。例えば心筋の収縮力で言うと、全体の拍動は回復し、代謝も正常化するが、細胞レベルの収縮は浅い。また、組織的には完全に戻っていても、尿は7時間では生成されていない。

Single cell RNA解析でみると、虚血がなかった場合と比べると、様々な細胞死プログラムが7時間たっても発現している。細胞死の進行で見ると、アポトーシス、ピロトーシス、ネクローシスなどを阻害できているが、スイッチはオンのままなのかもしれない。

以上が結果で、まとめると細胞レベルではほとんどの細胞で、いったん入りかけた細胞死を止めることに成功している。すなわち、虚血1時間では確実に細胞死のスイッチは入るのだが、幸いそれ以上の進行を止められる可能性があると言うことだ。

ただ、体外循環液を正常の血液に置き換え、最終的に個体として蘇生できるかは全く別の話だ。もちろんこの研究は臨床的様々な問題を解決するために行われているのだが、個体というシステムを全く違った側面から研究するのにも面白い方法かもしれない。

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8月6日 細胞分裂時のメカニカルストレスに対する染色体の安定性維持機構(8月3日 Nature オンライン掲載論文)

2022年8月6日
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昨日に続いて、染色体を引っ張ったり押したりする力についての研究を紹介する。と言っても、昨日のように人為的に染色体を引っ張るのではなく、この引っ張られる過程が自然に起こっている過程、即ち細胞分裂過程で、引っ張ったり押したりする力にどのように染色体が自己の構造を守るのかについて調べた研究だ。しかし、昨日の論文と同じで、一個一個の細胞についてここまでいろんな操作ができるのかと、細胞生物学のプロの世界に感心してしまった。

オーストリア分子細胞テクノロジー研究所からの論文で、8月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A mitotic chromatin phase transition prevents perforation by microtubules(分裂時の染色体の相転換により微小管が染色体に侵入するのが防がれる)」だ。

繰り返すが細胞生物学のプロの世界だ。細胞生物学を習った人は知っているはずだが、分裂時、染色体は凝縮し、セントロメアにあるキネトコアと結合した微小管に引っ張られることで、両方の細胞に平等に染色体が分配される。とはいっても、この引張り力にDNAが耐えるためには、染色体は凝縮した構造をとる必要がある。このために、DNAをループ状にまとめて凝縮させるコンデンシンという分子と、ヒストンの脱アセチル化によるクロマチンの凝縮が重要であることがわかっている。

この研究では、まずコンデンシンを分裂時に除去する実験系で、コンデンシンがないと染色体全体が分裂糸の形成されている領域から完全に排除されてしまうことを示している。実際、分裂糸は見事に形成されているにもかかわらず、染色体がその外側にかたまっているのがわかる。しかし、クロマチンの凝縮は維持されている。

一方、ヒストン脱アセチル化を抑制すると、やはり染色体は分裂糸からはじかれるが、この場合染色体の凝縮は完全に崩壊してしまって、染色体が細胞全体に広がっている。実際の細胞の写真を見せられると、素人の私も、この2つのメカニズムが異なる役割を演じることで、染色体が壊れることなく、分裂糸により分配されるのだとよくわかる。

以上を確認した後、この研究では、コンデンシンが除去されたとき、クロマチンの凝縮は維持されたまま、微小管を避けるかのように、分裂糸の形成面から染色体が排除されていること、そしてこの凝縮をヒストンの脱アセチル化が調節していることに注目し、凝集したクロマチンが微小管を受け付けないメカニズムをさらに探っている。

繰り返すがプロの仕事で、クロマチンの凝集維持にDNAの連続性が必要ないことを証明するため、なんと細胞内にDNAを切る制限酵素を注入し、細胞が死ぬ前に細胞の様子を観察するといった離れ業を行って、DNAが断片化しても、染色体凝縮は維持されることを示している。

後は、特に微小管と凝集した染色体の関係を調べ、ヒストン脱アセチル化により凝集した染色体が微小管を排除するのは、脱アセチル化したヒストンにより染色体全体が大きな相分離体へと転換し、可溶性のチュブリンだけでなく、重合した微小管の侵入を拒絶する構造へと変化することを突き止めている。

圧巻の実験は、ノコダゾールで分裂糸の形成を抑え、さらに染色体凝集を維持したままDNAを断片化した分裂期の細胞を作成し、急にノコダゾールを洗い流して分裂糸のを誘導すると、見事に凝集した染色体がセントロメアから伸びる微小管によってはじかれる像を示し、相分離により凝集した染色体こそが、チュブリンによる排除の原因であることを示している。

私の文章力では、到底伝えることが出来ない驚くべき細胞の像が次から次に示されている論文で、自由自在に細胞操作を行い、計画通りの結果を画像とし示す美しい研究だ。

2日間、細胞生物学の真髄とも言える仕事を紹介したが、おそらく一般の人には超難しいと思う。自分だけ興奮して、結局うまく伝えられずにごめんなさい。

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8月5日 核内で染色体を局所的に引っ張ってみたら?(7月29日 Science 掲載論文)

2022年8月5日
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昨日紹介したJacob Hannaの研究もそうだが、普通考えない目標を設定してマニアックなチャレンジを繰り返す人たちがいる。現役の頃、いわゆる1分子の挙動を追いかけていた研究者の話を聞いたときも同じような印象を持った。

今日紹介するフランス・キュリー研究所からの論文を読んで、1分子の研究もこんなところまで来ているのかと驚いた。タイトルは「Live-cell micromanipulation of a genomic locus reveals interphase chromatin mechanics(生きた細胞のゲノム上の一つの場所を操作することで間期の染色体の力学がわかる)」で、7月29日号 Science に掲載された。

テトラサイクリン(tet)により遺伝子発現をon/offする仕組みがあるが、この研究では細胞のゲノムに、tetによる調節遺伝子配列が約2万個並んだトランスジーンを導入し(従って決して1分子の研究ではない)、この領域に結合するTetR分子とGFPに対するナノボディー(ラクダなどのH鎖抗体で、細胞内で働く)を結合させた分子を、やはりトランスジーンとして発現させる。この結果、tetO領域にaGFPナノボディーが結合した細胞が出来るが、この細胞に鉄を結合するフェリチンにGFPを結合させた分子をマイクロインジェクションすると、tetOの並んだ領域がGFPで可視化されるとともに、鉄が結合した状態が出来る。

ここに磁場をかけて鉄を引っ張ると、核内でこの領域が一方向に引っ張られる。その後で、磁場を止めると、今度はストレスにより核内に生じた力で、この領域が動くと予想される。

はっきり言って、研究は引っ張ったら何が起こるかということだけに集中しており、DNAが切れるか?とか、転写が変わるか?などは全く気にしていない。しかし、核内の中央部にある領域が、核膜直下まで引っ張り上げられ、その後少し戻るのだが、完全には戻らないことを写真で見せられると、今後様々な実験に使えるなという実感を持つ。

研究では、引っ張った後磁場を止めて自由に運動させるときの動きから、核内の染色体はポリマーが液体の中を動くのと同じような法則(Rouse法則と言うらしい)に従い、これまで予想された居たようなガチガチのポリマーゲルの中にいるわけではないことを示している。すなわち、クロマチン全体は弱いゲル状構造を持っており、それ自体が一つの領域の移動を弱く制限しているが、この構造のおかげで染色体の離れた領域が会合し、そこで比較的安定な構造を維持することが出来る基盤があることがわかる。

結果は以上だが、今後遺伝子発現との関係や、染色体上での相分離などとの関わりを考えていくためには、面白いテクノロジーになるような気がする。直接の関係があるわけではないが、明日はクロマチンの相転換の研究を紹介することにする。

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8月4日 マウス個体を ES 細胞から試験管内で作成する(7月28日 Cell オンライン掲載論文)

2022年8月4日
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動物の個体発生で、原腸形成期は細胞の塊が個体へを変化する重要な段階で、高等動物の細胞がオーガナイズされ、Organism へと発生する過程と考えられている。従って、この段階を超える前後で個体性が発生したかどうかの境にしようとする宗教倫理もあるぐらいだ。科学的にもこの境は明瞭で、ウニですらこのステージを超えると、個体をバラバラにして細胞塊にしてしまうと、そこから個体を再構成することは難しい。

実際マウスES細胞を培養して、embryoid body を形成させて、その中で様々な細胞を分化させることは出来るが、現在行われている培養では、無秩序な細胞の塊という段階を超えることはない。これに対し、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所、Jacob Hanna 研究室からの論文は、ES 細胞からほぼ完全な8.5日胚ができたという実感を持つ研究ではないだろうか。タイトルは「Post-Gastrulation Synthetic Embryos Generated Ex Utero from Mouse Naïve ESCs(マウスナイーブ ES 細胞から誘導した原腸形成期を超えた合成胚)」で、7月28日 Cell にオンライン掲載された。

Hanna は個人的にも知っており、Jaenisch の研究室でも常に異色の存在だったが、出来ることは間違いないが、誰もが実現できなかったことをやり遂げるというスタイルの研究者だ。その Hanna がついに ES 細胞からほぼ完全な個体を作ることに成功したというのがこの論文だ。

このような実現のための努力は、ドラマにはなっても、解説は難しい。「ついに実現した、すばらしい」という以外にない。どうして Hanna のグループが成功したかと見てみると、

  1. 未分化な ES 細胞に加えて、Cdx2 の発現による栄養外胚葉細胞、そして Gata4 の発現による原始内胚葉細胞を別々に誘導し、それを混ぜた細胞塊を培養したこと、
  2. そして、注入するガスの量などを厳密にコントロールできる回転培養器を開発したこと、
  3. そして慣れた目で正常に発生した5日胚を選び、選択したこと、

などが挙げられるが、書くのがむなしいぐらいで本当は大変だろう。

その結果、神経形成、体節形成、Yolk sac や allantois まで備えたほぼ完全な8.5日胚が形成されている。Single cell RNAsequencingで調べて、栄養膜細胞由来の細胞以外完全に存在している。この方法では、一般の胚培養と異なり、どうしても8.5日胚で発生が止まるのは、おそらくこの欠損による可能性が高い。もう一つの課題は成功率で、5日目で1回選んだ後も、完全な胚まで進むのは2%に満たないようだ。

結果は以上で、これまでほとんど不可能と思っていたことが可能になるとともに、この方法の限界も正確に述べたさすがの仕事だと思う。オープンアクセスなので、是非論文にアクセスして、示された写真を見て欲しい。

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8月3日 有酸素運動は膵臓ガンを抑制する(7月11日号 Cancer Cell 掲載論文)

2022年8月3日
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最近は、代謝や免疫に対する運動の効果についての研究を目にする機会が増えたが、今日紹介するニューヨーク大学、グロスマン医科大学からの論文は、膵臓ガンに対する免疫を有酸素運動が高めるという話で、何でも思いついたら実験してみるのが良いという典型研究に思う。タイトルは「Exercise-induced engagement of the IL-15/IL-15Ra axis promotes anti-tumor immunity in pancreatic cancer(運動が IL-15/IL-15Rα シグナルを介して膵臓ガンに対する免疫を高める)」で、7月11日号 Cancer Cell に掲載された。

この研究の全てはマウスを用いて持続的な運動が膵臓ガンの増殖を抑えないか思いついたことだ。このようなアイデアは思いついてもなかなかやる気にならないのだが、このグループはマウスのトレッドミルをつくって、週5日、1日30分、15cm/秒の速度で走らせ、ガン遺伝子を発現させたマウスで膵臓ガンの発生や、移植した膵臓ガンの増殖を調べた。

結果は期待通りで、運動により膵臓ガンの自然発生は抑制され、また間質反応は抑えられ、膵臓ガンの病理型も腺房型を保つ。さらに、膵臓にガンを注射してから運動させてもガンの増殖を抑えることが出来る。勿論治すというより、抑制するだけだが正直ここまでの効果があるとは驚きだ。この差があれば、後はメカニズムを探索し、以下のシナリオに到達している。

腫瘍局所では、運動によりキラー CD8T 細胞が増加し、逆に免疫を抑える白血球の浸潤を抑えることが出来る。この変化の一部は、運動による交感神経興奮がノルアドレナリンを分泌を介して CD8T 細胞の循環と、局所への浸潤を促須子とで誘導される。

またシグナル経路は不明だが、運動により膵臓局所で IL-15 の分泌が高まり、CD8T 細胞の増殖や、機能維持を誘導し、キラー活性を高める。また、こうして誘導されるキラー活性はチェックポイント治療にも感受性で、PD1 に対する抗体と運動を合わせると、腫瘍局所の T 細胞は増加し、腫瘍抑制効果も高まる。

運動についての結果は以上で、全てが交感神経を介しているのかどうかはよくわからないが、ともかくガンの免疫に関して言えば、IL-15 を介して免疫を高める効果がある。

後は、運動でなくとも IL-15 と可溶性 IL-15 受容体を結合させ、γ 受容体刺激活性を強めたスーパーアゴニストと、PD1 抗体、そしてさらにジェムシタビンとパクリタクセルを組みあわせることで、根治ではないが生存期間を高められることを示している。

以上は全てマウスの話で、人間でも同じ効果があるのか気になる。実際に同じような実験が人間でも行われており、膵臓ガンの手術前に運動を続けさせ、切除後ガン組織を調べるコホート研究を利用して、運動により腫瘍組織の CD8T 細胞が上昇すること、またCD8の数が増えた患者さんでは予後が良いことを示している。

結局、現在治験が進行中の IL-15 スーパーアゴニストを組みあわせた免疫療法を膵臓ガンに使える可能性があることと同じ話になるのだが、運動に限らず少しでも、薬剤とは別のアプローチも真面目に考慮していくことの重要性を示す研究だと思う。

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8月2日 ネアンデルタール人の脳細胞は分裂時の失敗が多い(7月29日 Science Advances オンライン掲載論文)

2022年8月2日
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久しぶりにネアンデルタール人のゲノムを解読し、またそれまで明らかでなかった新しい古代人デニソーワ人の存在を証明したペーボさん論文を紹介する。ペーボさんは現在沖縄科学技術大学院大学にも所属されているので、OISTも研究場所に入っている。

前回紹介したペーボさんの論文はネアンデルタール人由来の遺伝子が新型コロナウイルスの重症化や、場合によっては抵抗力に関わることを示した論文だったが、今日の論文はペーボさんのライフワークになっている、現生人類と古代人類の脳の違い、特に言語の発生をゲノムから探る研究方向で、7月29日 Science Advances にオンライン掲載された。タイトルは「Longer metaphase and fewer chromosome segregation errors in modern human than Neanderthal brain development(現生人類の脳発生では、ネアンデルタール人より中期が延長してエラーが減少している)」だ。

これまでと同じく、私たちホモサピエンス(HS)とネアンデルタール人のゲノムを比較して、HSが出始めて現れた変化を特定し、その機能の変化をもう一度ヒト細胞やマウス細胞を用いて検証する研究手法だ。

今回ペーボさん達が注目したのは、細胞分裂時のチェックポイントに関わる遺伝子で見られる、現生人類特異的変異だ。というのも、類人猿と人間のiPS由来脳オルガノイド培養での細胞分裂を比べると、細胞が二つに分かれる分裂期の中期で、人間の神経細胞の方が時間がかかることを発見していたからだ。時間がかかる方が効率が悪いと思ってしまうかもしれないが、中期は紡錘体微小管と染色体が正確に結合するまで分裂を待たせるチェックポイントの役割があり(spindle assembly checkpoint:SAC)、このチェックポイントがうまく働かないと分裂時のエラーが増え、染色体レベルの大きな変異が入りやすい。従って、この過程に関わる遺伝子の変化は、分裂時の大きなエラーにつながる可能性が高い。

この過程に関わる分子を HS とネアンデルタール人で比べると、KIF18a と KNL1 、そして SPAG5 で、類人猿とネアンデルタール人の間には変化がないが、HS だけで起こったアミノ酸変化が全部で6種類のアミノ酸置換を特定している。

面白いことに、マウスも類人猿、ネアンデルタール型なので、実験ではマウスのアミノ酸を人間型に置き換え、新皮質の神経細胞増殖を調べると、KIF1a、 KNL1 それぞれの置換により少しではあるが、中期の延長が見られる。そして、KIF1a,、KNL の変異が合わさると、はっきりと中期の延長が見られることが分かった。

逆に、ヒト iPS の KIF1a、KNL1 をネアンデルタール型に変化させ、脳のオルガノイドを形成させた後、神経細胞の分裂を観察すると、今度は中期が短縮している。すなわち、現生人類の脳神経細胞は、ネアンデルタール人より中期のチェックポイントに時間がかかることがはっきりした。

最後に、この差の細胞学的基盤を調べ、HS 型の分子が合わさると、キネトコアでの SAC の数が増え、染色体の分離時のエラーが起こりにくい、すなわちチェックポイントがより厳しくなることで安全性が高まっていることが明らかになった。

以上が結果で、せっかくマウスが出来ているので、マウスの脳機能を是非知りたいところだが何も言及がない。ひょっとしたら、賢いマウス生まれたという論文が近々発表されるのだろうか。期待したい。

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8月1日 ヒスタミンまで合成するやっかいな細菌(7月27日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年8月1日
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先日はオレンジの絞りかすに含まれるドーパミンを腸内細菌叢が遊離させるという話を紹介したが、細菌叢自体も様々な生理活性物質を合成できる。この能力を明らかにするには、細菌が持つ代謝経路を特定する方法が必要になるが、細菌叢の全ゲノム配列から、合成物を予測する方法の開発も進んでいる。この結果、現象論から離れられなかった細菌叢研究も、より因果性のはっきりした学問に変わっていくと期待される。

今日紹介するカナダ・クイーンズ大学からの論文は、細菌が合成するヒスタミンが、腸内のマスト細胞に働いて、炎症性腸疾患の腹痛の原因を作る可能性を示した研究で、7月27日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Histamine production by the gut microbiota induces visceral hyperalgesia through histamine 4 receptor signaling in mice(腸内細菌叢によるヒスタミン合成がヒスタミン4受容体を介して腹部の痛覚過敏症を引き起こす)」だ。

今回調べてみて初めて知ったが、ヒスタミンを含む魚を食べたり、あるいは発酵性の食品を食べたとき、含まれているヒスタミンが中毒を起こすことが知られていた。このグループは、炎症性腸疾患(IBD)の腹痛がヒスタミン中毒に当たるのではと、これまで発酵性の低い糖分からなる食品を開発し、ある程度の効果を得ていた。

この研究では、まず尿中のヒスタミンが上昇して腹痛を訴える IBD患者さんを選んで、この便を無菌マウスに移植すると、それだけでマウスの尿中ヒスタミン濃度が上昇し、さらに腹部症状が現れることを確認している。すなわち、細菌叢からヒスタミンが分泌されている。

細菌によるヒスタミン合成は、これまでヒスタミン中毒症の原因ではないかと研究されており、histidine decarboxylase(hdc) 分子の作用であることがわかっている。そこで、IBD 患者さんの便を探索すると、hdcを持つ Klebsiela aerogenes の割合が上昇しており、またこのバクテリアだけを移植しても同じ症状が誘導できることから、K.aerogenes の有無で、ヒスタミン中毒が起こるかどうかが決まると結論している。

これまで IBD の痛みを乳酸菌が抑えることが知られているが、面白いことに hdc 活性は環境が酸性に傾くと低下する。実際、乳酸菌と K.aerogenes を共培養してヒスタミンの合成を調べると、低下することも確認している。

後は K.aerogenes 由来のヒスタミン腸の痛みを誘導するメカニズムだが、ここからは少しわかりにくい。結局ヒスタミンが直接神経端末に働くのではなく、自らもヒスタミンを合成するマスト細胞を腸管に遊走させ、そこで様々なメディエーターを分泌することで、後根神経端末を刺激するとするシナリオを示している。すなわち、マスト細胞などに発現するヒスタミン受容体の一つ H4R にバクテリア由来ヒスタミンは高いアフィニティーを持っており、これによりマスト細胞の遊走とメディエーター分泌が刺激されるというシナリオになる。実際、H4R 阻害剤で K.aerogenes 由来ヒスタミンによる神経刺激を抑えることが出来る。

以上が結果で、あとは実際の臨床で使えるか、またヒスタミンの原料の由来の特定が重要になるだろう。しかし、バクテリア単独で生理活性物質が出来てしまうことは、やっかいな問題になると思う。

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7月31日 脳に見られる体細胞突然変異の徹底解析(7月29日号 Science 掲載論文)

2022年7月31日
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成熟してからの脳では増殖細胞は多くないので、これまであまり突然変異の解析はされてこなかった。しかし、DNAシークエンスパワーが高まって、頻度の低い変異を発見できるようになってからは、体細胞突然変異の探索が行われ、自閉症や統合失調症の発症に、新たに生じた(de novo)の変異が大きな役割を演じていることがわかってきた。

今日紹介する米国メイヨークリニックを中心とした多施設共同論文は、44例の神経学的健常人、19例のトゥーレット症候群(チックを主症状とする神経疾患)、9例の統合失調症、そして59例の自閉症スペクトラムの死後脳から、皮質、線条体、海馬組織を採取、これを200カバレージ以上繰り返し配列を読み、脳で起こる変異の包括的カタログ作成を目指した研究で、7月29日 Science に掲載された。タイトルは「Analysis of somatic mutations in 131 human brains reveals aging-associated hypermutability(131人の脳で見られる体細胞変異の解析により老化に伴う突然変異上昇が明らかになった)」だ。

131人で少なくとも3カ所の脳領域について徹底的にシークエンスを行った研究で、シークエンスパワーが飛躍的に上昇し、100ドルゲノムが実現した現在なら可能といえば可能なのだが、それでも元々頻度の高くない突然変異を特定するのは高いレベルの情報処理能力が必要とされる。このような基礎臨床一体となったチーム研究ができることがゲノム時代の研究力で、我が国でも点検が必要な分野だと思う

研究の詳細は省いて、結論だけを箇条書きにする。

  • このレベルの deep sequencing では、1−10%の頻度の体細胞突然変異を特定できる。こうして発見される変異は、一人の脳あたり、20−60個にのぼる。
  • この研究では、突然変異がシークエンスミスでないかを single cell RNA sequencing を用いて調べており、7−8割の変異が sing cell RNA sequencing で確認できている。
  • タイトルにもあるように、この研究の最大の発見は高齢者では、時に1000近くの変異が起こる可能性が示されたことだ。しかも、この変異の上昇は、変異を持った細胞のクローン増殖の結果であることが確認された。一つの可能性は、年齢とともに変性、グリア反応と言った変化が起こり、クローン増殖が起こる可能性だ。他にも、発生期に起こる変異の結果、突然変異率が高くなることも考えられる。血液のクローン増殖とエージングの関係が注目されているが、まさに同じことが脳でもわかっているのかもしれない。
  • 突然変異は皮質で最も多く検出される。
  • 自閉症スペクトラムや統合失調症でも、全体の変位数は、正常脳とほとんど同じだ。ただ、機能異常を起こすことが明瞭な体細胞変異は、自閉症スペクトラムで高い。また、染色体レベルの大きな変異も、自閉症スペクトラムで高い。また、自閉症スペクトラムの変異は、ホメオボックス分子の結合部委の多型型会頻度で見られる。

もっと多くの結果が示されているのだが、個人的に面白いと思ったのは以上になる。脳の deep sequencing ではそれほど面白い結果は出ないと思いがちだが、本当は他の組織よりずっと面白いことがわかることがはっきりわかった。今後まだまだ分析される脳の数は上がっていく。楽しみが増えた。

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7月30日 ラクターゼ持続症の進化(7月27日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月30日
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進化過程の選択圧に、単純な環境だけでなく、種が持つゲノム自体を反映した能力が関わることを、それを指摘したボールドウィンの名前からボールドウィン効果と呼んでいる。この最適の例としていつも挙げられるのが、ミルク利用とラクターゼ持続症の関係で、通常離乳とともに低下する乳糖分解酵素ラクターゼの発現が、大人になっても持続する人間が新石器時代に現れたことを指す。

実際、ラクターゼが低下した後でミルクを飲むと、下痢など様々な症状を起こすことがあり、まさに家畜を飼うという高い人間の能力の進化が、身体機能に関わる遺伝子を選択した例として教科書的知識になっている。

ただ、乳糖への耐性がそれほど決定的な選択圧になるかは従来から議論されてきた。実際、ラクターゼを持たなくても、ミルクを毎日大量に消費する人たちはいる。

今日紹介する英国ブリストル大学を中心にした国際チームからの論文は、ミルク消費の歴史とラクターゼ持続症 (LP) の関係を詳しく調べ、ミルクや乳製品の消費自体が LP の選択圧として働いたわけではないことを示した、まさに先日紹介したリバースエンジニアリングの面白い研究で、7月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dairying, diseases and the evolution of lactase persistence in Europe(酪農、病気、そしてラクターゼ持続症のヨーロッパにおける進化)」だ。

酪農というと誤解があるかもしれないが、動物のミルクを重要な食物として利用したかどうかについて調べるために、出土した土器の脂肪成分を調べる方法が確立しており、これを元に、ヨーロッパ全土での酪農の盛衰を調べることが出来る。

この論文を読むまで、一度酪農が定着すると、ヨーロッパではコンスタントに維持されていたのかと思っていたが、これは思い違いで、紀元前4000年前に中央ヨーロッパに急速に普及した後、それぞれの地域で盛衰を繰り返している。この地図に、LP遺伝子多型を重ね合わせてみると、LP遺伝子多型と酪農は全く相関しないことがわかった。すなわち酪農のヨーロッパでの広がりがLPを選択したという考えは否定される。また、現代人でもラクターゼがないと言うことと、乳製品の消費とはあまり関係がないことを、UKバイオバンクの30万人の解析から確認している。

では、何故新石器時代に LP 遺伝子多型が誕生し、現在まで維持されているのか?この点については、LPと飢餓などによる人口構成の変化に着目したシミュレーションから、ヨーロッパで飢餓が起こったとき、LPが優勢に選択されたと結論している。すなわち、LPがない状態で、急速な飢餓時に乳製品を消費すると死につながる重篤な障害をうけることが知られているので、この厳しい状況でLPが乳製品で命をつなぐのに役立ったと考えている。

もう一つの要因としては、乳糖を分解することで腸内細菌叢が変化し、これにより家畜と生活することによる様々な感染症から人間を守る働きをLPがした可能性も指摘している。

以上、リバースエンジニアリングの常で、完全にクリアというわけではないが、次の講義からはボールドウィン効果も違った例で教えることにした。

カテゴリ:論文ウォッチ
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