2022年10月19日
ウイルスによる肝炎を除くと、肝臓病はアルコール性と非アルコール性肝臓病に分けられる。アルコール性の肝臓病は、代謝しきれなかったアセトアルデヒドにより幹細胞が傷害される。一方、非アルコール性肝臓病の場合、脂肪酸やコレステロールによるリポアポトーシス誘導と、炎症がその背景にあると考えられてきた。
今日紹介するアムステルダム大学を中心とする研究グループからの論文は、非アルコール性肝臓病も、実はアルコール性肝臓病かもしれないことを、これまで行われてこなかった門脈のアルコール濃度を測ることで示した研究で、10月号 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Microbiome-derived ethanol in nonalcoholic fatty liver disease(非アルコール性脂肪肝障害の細菌叢由来エタノール)」だ。
研究は実に単純だ。脂肪除去手術を行った37例の肥満患者さんで、手術時に門脈採血を行いアルコール濃度を測っている。すると、非アルコール性脂肪肝 (NFALD) や非アルコール性肝炎 (NASH) のない方では、門脈アルコール濃度は2.1mMでとどまっているのに、NFALD では21mM、NASH では実に241mMに上昇していることがわかった。
一方、末梢血で調べると、空腹時ではその差は2倍以下で、濃度も低い。食事の後では、確かに NFALD、NASHで上昇率が高い。
以上のことから、肝臓は予想外に高いアルコール濃度に晒されており、そのアルコールを完全に処理しているため、末梢血のアルコールは1/200近くに低下している。おそらく食後では、門脈アルコール度は極めて高いと考えられる。
これが腸内細菌叢由来のアルコールであることを調べる目的で、決まった食事をとった後、肝臓のアルコールデハイドロゲナーゼを抑制する実験を行っている。すると期待通り NASH の患者さんでは末梢血のアルコール濃度が2mMまで上昇する。一方、肝臓病がない場合はこの上昇は穏やかで、アルコール自体の供給がない。
最後に、NASH の患者さんで同じ実験を腸内細菌を抗生物質で除去した後行うと、全く上昇が見られなくなる。すなわち、このアルコールは全て細菌叢に由来する。
最後に、アルコール濃度と最も相関する細菌を探索すると、乳酸菌の量とアルコール量とが強く相関することを明らかにしている。
以上が結果で、アルコールを造る細菌叢が先か、肝臓病が先かという問題には明確に答えられないが、今後、動物実験などで確かめることになるだろう。しかし、非アルコール性と考えていても、そうは問屋が卸せないほど細菌叢は複雑だ。
しかも乳酸菌が原因と知って、ヨーグルトと NFALD について調べてみたが、ヨーグルトは病気を抑える方向に働くようで、少し安心した。
2022年10月18日
K-ras の変異は半分以上のガンのドライバーとして働いているのに、有効な阻害剤の開発は何十年にもわたって阻まれてきた。このあたりの事情については、2015年このブログでも紹介している(https://aasj.jp/news/watch/3288 )。しかし、科学は進む。K-ras変異のうち G12C変異を阻害する薬剤ソトラシブがアムジェンにより開発され、我が国でも認可された。この薬剤は、変異により生じたシステインと共有結合することで、K-rasを不活性化させる薬剤で、他の変異には全く効果がない。しかし、このような阻害剤が開発されることで、臨床応用だけでなく、rasの生化学的理解が新たに進歩した。その結果、GDP−GTPサイクリング分子構造の変化についての理解が進み、新しいras阻害剤の開発が進み始めてきた。
今日紹介する Mirati Therapeutics 社、及びファイザーの子会社 Array BioPharma からの論文は、Mirati 社により開発された新しい非共有結合型 K-rasG12D の阻害剤の生物学的効果を示した研究で、10月号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Anti-tumor efficacy of a potent and selective non-covalent KRAS G12D inhibitor( K-rasG12D変異に選択的に効果がある非共有結合型阻害剤の抗腫瘍効果)」だ。
Mirati Therapeuticsは、G12C変異に対する共有結合型治療薬も開発しており、膵臓ガンを主な標的にして第三相の治験が進行しているか、終わっている段階にある。そして同じ会社が、それまでの研究蓄積を生かし、G12C変異より頻度が高い G12D変異に標的を絞り、昨年なんと分子構造から薬剤をデザインするという手法でナノMレベルのアフィニティーを持つ阻害剤 MRTX1133 を開発し、Journal of Medicinal Chemistryに発表している。
素人ながらにこの論文を見ると、構造を元に化合物ブロックを合わせる方法がここまで可能かと感心する。
こうして開発された MRTX1133 をそれ以上至適化することなくそのままの効果を確かめたのがこの研究だ。
まず構造のおさらいで、この分子が GDP-結合型の K-ras のスイッチⅡと呼ばれる部位に結合し、分子の大きな構造変化を誘導することで、下流の様々な分子と結合できなくなり、シグナルが伝わらなくなることを、生化学的に示している。
この下流シグナル分子の活性化抑制に合わせて、膵臓ガンや大腸ガンモデルで、30mg/kgであれば腫瘍の増殖を完全に抑制できることを示している。
ただ、G12C阻害剤の経験からわかるように、ras阻害剤単独でのガン征圧は難しい。また、ヒトのガンパネルで調べると、同じ突然変異を持っていても半数ぐらいでしか MRTX1133 での増殖抑制が達成できない。
そこで CRISPR/Cas による網羅的変異誘導などを介して、K-rasG12D の下流、及び協調している分子などを網羅的に探索し、例えばこれまで協同して働いていることが知られていなかった KEAP1 の発見など、将来薬剤抵抗性が生まれるときの分子メカニズムを前もってリストするとともに、K-rasG12D と協調する分子に対する薬剤との併用治療の可能性を追求し、EGF受容体阻害剤、及び PIK3CA阻害剤との併用が、高い併用効果を生むことを示している。
以上が結果で、既にベンチャーを超えた高い能力を示した会社に成長していることがわかる。ようやく ras が標的になりつつあることを実感できる研究だと思う。膵臓ガンへの効果を期待したい。
2022年10月17日
腸内には唐辛子成分カプサイシンを感知する TRPV1 を発現する神経端末が存在するが、その機能については明らかでないことが多い。当然、腸内の TRPV1 機能を阻害したときに何が起こるか調べようとするのは当然だ。実際、10月14日 Cell に同じ目的の論文が1編はハーバードから、もう1編はコーネル大学から発表された。
両方読んでみたが、同じ方向の研究なのにこれほど結果が違うのかと驚いた。研究としては、ハーバードからの最初の論文の方が質が高いことは間違いないが、実験とその解釈がいかに難しいかを知る意味でも、是非読み比べて欲しいと思う。
まずハーバードの論文からまとめる。
TRPV1 発現細胞は神経性痛みに関わるナトリウムチャンネル Nav1.8 を発現しているが、Nav1.8 を指標にして腸管での神経支配を調べると、粘液を分泌するゴブレット細胞近くに端末があり、この神経刺激により粘液の分泌が高まる。 Nav1.8 神経細胞はニューロペプチド CGRP を発現しており、一方ゴブレット細胞はその受容体Ramp1 を発現し、この刺激により粘液を分泌し、腸粘膜を保護する。TRPV1 を刺激する唐辛子成分を食べさせると、粘液が分泌されることから、TRPV1 刺激により CGRP 分泌が誘導される。(唐辛子は腸の保護には良さそうだ。!!!)。 TRPV1 が欠損すると、粘液保護が低下し、その結果 Turicibacter, Allobaculum などの菌種が拡大する。また、粘膜の方も、ストレスが高まることが転写解析からわかる。 この神経が欠損すると、硫酸デキストランで誘導される腸炎が悪化するが、これを CGRP 投与で治療できる。
以上、TRPV1 による粘液分泌の調節が、腸の細菌叢維持と健康に重要であるという結果だ。また唐辛子の効果も期待できる結果だ。
一方コーネル大学の論文は、TRPV1 をノックアウトしたり、あるいは刺激、刺激抑制を行い、最初から TRPV1 の硫酸デキストラン誘導腸炎への関与を調べている。まとめると以下のようになる。
TRPV1 刺激を止めたり、TRPV1 細胞を腸管から除去すると、硫酸デキストランにより誘導される腸炎が悪化する。この原因を探っていくと、腸内細菌叢が変化が特定され、実際 TRPV1 が存在しない腸の細菌叢を移植することで、腸炎が悪化する。 この腸内で変化するとして注目されている細菌種はハーバードの論文とは全く異なる。ただ、抗生物質感受性や無菌マウスへの移植実験を介して、腸炎悪化に関わるバクテリアは Clostridium であると特定している。 TRPV1 刺激により神経ペプチド CGRP とともに Substance P が分泌されるが、SubstanceP のほうが腸内細菌叢の変化に関わる。事実、Substance P を投与すると、硫酸デキストラン誘導の腸炎を抑えることが出来る。また、人間の炎症性腸疾患でも Substance P の発現が変化している。
結果は以上で、同じような論文が並んで掲載されることは多いが、通常は大体同じような結果の場合が多い。しかし今回は同じ研究でもここまで結論が違うかと思うと、実験を安定させることがいかに難しいかわかる。ただ、整理整頓、論理性から見るとハーバードの方に軍配が上がる。
2022年10月16日
ダウン症の人はコロナの死亡リスクが10倍上昇していることが知られている。これは、これまで指摘されている獲得免疫系の低下を反映した結果だと考えられてきた。一方、自然免疫系についてみると、最も重要なインターフェロンシグナルを受ける受容体、IFNR1&2両方とも21番染色体に乗っており、原理的には遺伝子発現が1.5倍で、インターフェロンシグナルも強いと考えられる。従って、自然免疫ではウイルス感染抵抗性が強いはずだと考えられる。
今日紹介するマウントサイナイ医科大学からの論文は、ダウン症のインターフェロン反応性について調べ、初期の反応は正常人より高いものの、弱い刺激も強い刺激と解釈して、その後の反応性が強く抑えられることが、ウイルス感染感受性につながっていることを示した研究で、ダウン症のウイルス感染のための新しい診療プロトコル作成の必要性を示唆する研究だ。タイトルは「Excessive negative regulation of type I interferon disrupts viral control in individuals with Down syndrome(タイプ1インターフェロンの過剰な抑制調節機構がダウン症候群のウイルス抵抗性を傷害している)」だで、10月14日 Immunity にオンライン掲載された。
研究自体は淡々としたもので、古典的なシグナル研究と言っていいが、ダウン症の理解には重要な研究だ。まず、ダウン症ではインターフェロン受容体の発現が予想通り高いこと、またインターフェロンの刺激に対して正常より強い反応が起こることを、ダウン症のひとから分離した繊維芽細胞株を用いて確認している。
インターフェロンで刺激されると、強い炎症が引き起こされるので、通常それを抑える仕組みを細胞は備えている。次にそのインターフェロン反応を抑える分子を調べると、一度インターフェロン刺激を受けたダウン症の細胞では、抑制分子 USP18 が強く誘導され、その結果インターフェロンに反応できなくなっている。
また、遺伝子操作でインターフェロン受容体の量を変化させた細胞株を用いて同じ実験を行うと、最初受容体の発現が高い場合、最初の反応はより強く起こるが、その後無反応時期が長く続くことを明らかにしている。
そして、実際の患者さんの血液を使って、強いウイルス感染が起こったとき、最初は反応できても、その後の長い無反応期にウイルス感染が起こってしまうことを示している。また、試験管内の感染実験でも、ダウン症の細胞は最初は感染に対する強い反応を示すが、その後はほとんどウイルス感染に無防備であることを示している。
以上が結果で、ダウン症の子供でも、最初のインターフェロンの刺激が高くないと、不反応期に陥ることはないので、これを理解した上でコロナなどウイルス感染への治療方針を立てる必要がある。おそらく、抗ウイルス薬は必須で、間違ってもインターフェロンを投与しないことも重要になる。出来れば、インターフェロンの刺激を中程度で止める工夫が開発できればさらに優れたプロトコルが出来るように思う。その意味でこのような研究は重要だ。
2022年10月15日
今、病院で働いている人たちには信じれないだろうが、私が病院で働いていた1970年代では、ガンの告知を行うことは希だった。ではどうしていたのかというと、代わりの病名をでっち上げて本人には告げてきた。肺ガンの場合は、もっぱら真菌症という名前を利用していたが、「告知しない=欺す」ことなので、今から考えると医師と患者の関係がいかにゆがんでいたかがわかる。勿論、患者さんが治ってしまえば問題は起こらない。実際、私の義理の父親も、ファーター乳頭ガンを手術して、何も知らずに10年以上生きた。ただ、病気が悪化してくると、欺し続けることは簡単ではない。臨床をやめた後何年も、病室に行ったとき患者さんから本当の病名はと聞かれる夢や、病室に入るのをためらう夢を何度も見た。
そんな私に、ガンと真菌という一種の懐かしさを感じさせてくれたタイトルを持つ論文が、デューク大学から9月29日号の Cell に発表されていたので紹介することにした。タイトルは「A pan-cancer mycobiome analysis reveals fungal involvement in gastrointestinal and lung tumors(ガン横断的真菌解析はカビが消化管や肺がんの発生に関わる可能性を明らかにした)」だ。
研究では最初から真菌がガンの進展に関わる可能性があると当たりをつけて研究を始めている。膨大なガンゲノムデータベースには、ガン組織に存在する全ての DNA 配列が記録されており、当然ガンや周りの細胞の DNA だけでなく、ガンの中に侵入したバクテリアや真菌の DNA も混入している。この研究では、データベースの DNA 配列の中から、真菌 DNA の配列を抽出する情報処理方法を開発し、いくつかのガン組織内に実際に存在する真菌を特定することに成功している。
実際には、この目的のための情報処理がこの研究のハイライトで、様々な理由でデータベースに紛れ込んだ配列を除くことがいかに困難か論文に書かれている。事実消化管のガンの場合、真菌 DNA として判断された配列のうち、なんと97.3%が紛れ込み DNA として排除され、残るのは3%弱になる。ちょっと古代人ゲノムを調べるのと似ているが、古代人ゲノムをキャプチャーするポジティブセレクションではなく、全てネガティブセレクションになる。
こうしてガン組織特異的な真菌の存在を探ると、頭頸部ガンから大腸ガンにかけての消化管に発生するガン、肺ガン、乳ガンに、それぞれ特異的な真菌の存在が特定できる。
問題は、真菌の存在とガンの進展との関係になるが、これについては、頭頸部ガン、胃ガン、大腸ガンの遺伝子発現や、真菌との相関を調べ、
消化管のガンの場合、出芽酵母の量がスタンダードになり、これとの比で見たときの Candida の量でガンを分類できる。 頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、上皮の接着分子の低下、炎症分子の上昇、ガン抑制遺伝子の発現低下など、ガンの悪性化に関わる遺伝子が上昇する。 その結果、頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、予後不良の指標になる。 一方、大腸ガンでは Candida の量と、予後とはほとんど相関がない。また炎症性のサイトカインもCandida により上昇する傾向はない。
以上が主な結果で、ネガティブセレクションという大変な情報処理を行ったことは評価できるが、この相関が原因か結果かなどほとんどわかっておらず、ちょっと消化不良だ。しかし、ガンと真菌が相関していたことを知ると、医者時代に看取ったガン患者さんの顔が浮かんできた。何十年たっても、顔と名前は忘れない。
2022年10月14日
人間の骨髄造血を再現するのは今でも簡単でない。試験管内で再現できる微小環境は限定されているので、結局動物体内にヒト血液を移植する実験系が使われる。現在では、NOD にコモン γKO を掛け合わせた免疫不全マウスに直接ヒト骨髄細胞を移植する方法が用いられているが、造血因子などの共通性がないため完全ではない。そのため、マウスの造血関連遺伝子をヒト型に替えるヒト化マウス作成で問題を解決する努力が続けられている。
思い返してみると、一番最初にマウスでヒト造血を再現しようとしたのは Irv Weissman のグループで、胎児由来の骨と骨髄、及び人間の胸腺まで scid マウスに移植して実験を行っていた。ただ、あまりに大変な実験なので、Irv 自身も使わなくなり、既に忘れ去られた実験系と言っていい。しかし、論理的には最も正しい方法と言える。
今日紹介するスウェーデン・ルンド大学からの論文は、胎児骨の代わりに、骨や軟骨へ分化しやすいように遺伝子操作を加えた間葉系幹細胞 MOSD-B 細胞を用いて試験管内で試験管内でマトリックスとともに培養、骨や軟骨の塊を作成、それを免疫不全マウスに移植することで、高い効率で長期のヒト造血が再現できることを示した研究で、10月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Engineering human mini-bones for the standardized modeling of healthy hematopoiesis, leukemia, and solid tumor metastasis(ヒトのミニボーンを操作して造血、白血病、そして骨髄転移のモデルを作成する)」だ。
このグループは、テロメラーゼを導入して無限増殖できるヒト間葉系幹細胞株を作成し、この細胞に BMP-2 などをさらに導入して、コラーゲンマトリックス状で軟骨の塊や骨の塊を形成する方法を確立していた。
本来の目的は骨や軟骨の再生医学で、出来たミニボーンやミニ軟骨を移植しているうちに、血管に満ちた骨髄用の構造が出来ることに気がついた。そこで、ミニボーン移植後、放射線照射、人間の骨髄幹細胞を移植したら、この中で造血が再現出来るのではと、実験を行っている。
すると期待通り、ミニボーンやミニ軟骨を移植したマウスでは、ヒト由来血液がほとんどのマウスで形成できる。またこの造血は少なくとも20週間維持できることも明らかになった。
造血についてはこれ以上の解析は行われず、軟骨や骨だけでなく、この細胞株が骨髄ニッチを提供する細胞へ分化するプロセスを、single cell RNA sequencing を用いて調べ、同じ細胞株から少なくとも4種類以上の異なる間葉系細胞が分化し、造血を支えることを示している。
後は、同じ実験系を用いて、骨髄性白血病をマウス内で維持できるか、ミニボーンに直接白血病細胞を注射する方法で調べている。骨髄性白血病の場合、白血病により移植率は大きく振れるが、ミニボーンの方で圧倒的に増殖する。また、乳ガンの骨髄転移を再現する実験も行っている。
正直、白血病や転移ガンについては、何を見ようとするのかが明らかでないため、腫瘍が維持されるかどうかだけを問題にせざるを得ず、全て今後の問題だと思う。ただ、一つの間葉系細胞株のみでここまでのことが出来るので、遺伝子を導入したり、様々な操作を駆使することで、白血病や転移ガンの増殖条件を明らかに出来る面白い実験系になるような予感がする。
2022年10月13日
10月7日に紹介した膵臓ガンは、ガンに対する間質反応によりガンの微小環境が変化させられ、この反応によりガンの周りに集まった線維芽細胞から細胞外マトリックスやサイトカインが提供され、ガンの悪性度が増していくタイプだ。これに対し、最初に組織の線維化が起こり、これが発ガンを促進するタイプの代表例が肝臓ガンだ。勿論、発ガン後も間質との関係は続くが、発ガン前と後では、相互作用のあり方も異なる可能性がある。
今日紹介するコロンビア大学からの論文は、肝臓の線維化の鍵を握る細胞と考えられている Stellate Cell (星細胞、発見者の名前をとって伊東細胞とも呼ばれる)が肝臓ガン発生過程へ関与しいているメカニズムを明らかにした研究で、これまでほとんど知識が不足していた星細胞についてしっかりとしたイメージを形成することが出来た。タイトルは「Opposing roles of hepatic stellate cell subpopulations in hepatocarcinogenesis(肝臓星細胞は肝細胞ガン発生過程の細胞サブポピュレーションに相反する作用を示す)」で、10月5日 Nature にオンライン掲載された。
様々な組織特異的遺伝子改変法を駆使して、星細胞の活性を操作し、様々な方法で誘導する肝臓ガンに対する影響を詳しく調べた膨大な研究だ。
まず、星細胞特異的活性化シグナル、あるいは活性化抑制シグナルを遺伝子導入したマウスで、星細胞の活性化が発ガン過程を促進することを確認し、さらに星細胞自体を除去して、発ガンを促進しているのが星細胞自身であることを明らかにしている。
後は、星細胞が発ガンを促進するメカニズムを探索しており、結果をまとめると次のようになる。
星細胞は肝臓細胞増殖因子HGF を発現するサイトカイン型(cHSC)と、1型コラーゲンを発現する筋繊維型(myHSC)に分けることが出来る。 cHSC は HSC を通して正常肝細胞を守る一方、myHSC はコラーゲンを分泌して、組織の硬度を高め、肝細胞で TAZ の核内移行を促進し、増殖を誘導する。 脂肪肝など様々な変化により、星細胞の cHSC/myHCSバランスが変化することで、発ガン前の肝細胞の増殖が促進され、これを繰り返して発ガンする。 肝臓ガンの場合、発ガン後、myHSCはガン細胞の中に浸潤することは少ない。逆に、胆管ガンなどでは myHSC がガンの中に浸潤する。10月7日に紹介した、切断されたコラーゲンによるガンの増殖機構と同じ機構が肝臓ガンでも働いており、メタロプロテアーゼの発現が高いガンの予後は悪い。しかし、切断されたコラーゲンとその受容体DDR1 は、成立後のガン細胞に効果があり、発ガン過程にはほとんど関与しない。 以上の結果から、肝臓ガンの発ガン過程は、脂肪肝などにより、cHSC/myHSCバランスが崩れ myHSC 優位の環境が出来ると、コラーゲンが分泌され、これが Hippoシグナル系を介して、TAZの核内移行を促し、増殖にスイッチを入れ、発ガンを促進する。発ガンが完成すると、今度はメタロプロテアーゼによりコラーゲンが分解され、DDR1シグナルを介して、ガン細胞の増殖をさらに促進する。一方、完成したガン細胞では TAZ の核内移行が見られないため、組織の硬化を感知する Hippo経路は動いていない。
以上が結果で、星細胞の機能を、発ガン過程からガン成立後までにわたって、よく理解できる結果だ。さらに、正常状態では HGF が肝臓の増殖より、肝臓を守る働きをしていることも見事に示されており、大変勉強になった。肝臓ガンに興味のある人には一読を勧める。
2022年10月12日
アルツハイマー病 (AD) の発症率は女性の方が約1.7倍高い。最近の Tau 分子の蓄積を調べる PET 検査では、臨床症状のない女性でも、Tau の蓄積が男性より強いことがわかっており、女性の方が Tau が蓄積しやすいことがわかっているが、このメカニズムについては明らかでない。
今日紹介するクリーブランドの Case Western Reserve 大学からの論文は、Tau 分解の印としてつけられたユビキチンを除去する脱ユビキチン化酵素活性が高いと、Tau が蓄積しやすくなり、AD のリスクを高めること、そしてこの分子こそが女性で AD が発症しやすい原因であることを示した研究で、10月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「X-linked ubiquitin-specific peptidase 11 increases tauopathy vulnerability in women(X染色体上のユビキチン特異的ペプチターゼ11は女性のTau蓄積症発症リスクを高める)」だ。
細胞内での蛋白質分解にはまず分解する蛋白質にユビキチンの印がつけられるが、同時にこの印を外す酵素も存在し、細胞内での蛋白質分解過程のバランスが保たれている。AD に関わる Tau も、リン酸化されて重合が始まると、ユビキチン化され、プロテアゾームやオートファジー経路を通って、分解して、蓄積を抑えられている。この時、ユビキチンを外す酵素があると、当然分解が起こらなくなり、AD のリスク要因になる。
この研究では、神経系で発現しユビキチン化された Tau から、ユビキチンを外すペプチターゼをスクリーニングし、X 染色体上に存在する USP11 が、Tau 特異的にほとんどのユビキチンを除去する作用を持つことを突き止める。また、その結果、Tau の凝集も促進されることを示している。
では USP11 がユビキチンを外すだけでなく、何故より安定な Tau 凝集を促進するのかメカニズムを探索し、一度ユビキチン化された281番目のリジンのユビキチンを外す過程で、281番目と274番目のリジンがアセチル化され、その結果ユビキチンによる分解経路から隔離されることが、その原因であることを明らかにしている。
以上のことから、USP11 の発現が高いと、AD リスクが高まることは明らかになったので、次にこれが AD 発症の男女差の要因になるかを調べている。
まず AD では USP11 発現レベルが高い。そして、女性の場合 USP11 と Tau の蓄積はより強く相関しており、AD 発症していない個体の脳を比べると、USP11 が女性で高い。すなわち、人間で女性が AD 発症が高いのは、USP11 の発現が高いためである可能性が高い。
この結論をさらに確かめるため、USP11 遺伝子のノックアウトマウスを作成してみると、蓄積が促進される変異型 Tau マウスの海馬のシナプス可塑性が、USP11 ノックアウトで正常化すること、さらに認知機能も改善することから、USP11 が女性の AD 発症リスクに直結していることを強く示唆している。
最後に、ではなぜ女性で USP11 が高いのかについて検討している。X 染色体上の遺伝子ではあるが、染色体不活化を通して男女で発現差がないはずだが、いくつかの傍証から、X 染色体不活化が USP11 では不完全であること、またエストロジェンにより USP 発現が高まることが、女性で USP11 が上昇している原因であろうと結論している。
以上が結果で、脱ユビキチン化酵素のレベルが女性の AD リスクを決めているという意外な結果で、面白い。それでも、新しい何故は生まれる。特に、脱ユビキチン化酵素は100以上あるのに、どうしてわざわざ X 染色体上の USP11 を Tau 脱ユビキチン化に使うようになったのか? アルツハイマー以上に、面白い問題が隠れているかもしれない。
2022年10月11日
通常T細胞は上皮内には進入できない。というのも上皮は adherence junction 及び tight junction で組織化されており、他の細胞を寄せ付けない。この構造に進入する方策として、上皮以外の細胞は特別のメカニズムを発達させている。例えば色素細胞の場合、上皮と同じ E-cadherin を発現して上皮に進入する。一方、IEL と呼ばれる上皮に存在するT細胞は、E-cadherin 自体ではなく、E-cadherin と結合するインテグリンを発現して侵入を実現している。
では、IEL は何をしているのか。上皮という最前線で免疫防御を担っていると考えていいと思うが、今日紹介するニューヨーク大学からの論文は驚くことに、抗菌分子を産生する Paneth細胞を守る役割を IEL の一部が担っていることを示した論文で、10月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The γδ IEL effector API5 masks genetic susceptibility to Paneth cell death( γδIEL のエフェクター分子 API5 は Paneth細胞の遺伝的死にやすさをマスクする)」だ。
少しややこしい論文で、経緯から説明する必要がある。このグループは、元々オートファジーや小胞体輸送に関わる分子の一つ ATG16L遺伝子変異がクローン病のリスクとして働いていることを研究しており、クローン病による炎症で、αβIEL は増加するにもかかわらず、γδIEL が減少し、これと平行して Paneth細胞が著減少していることに着目して、γδIEL と Paneth細胞の現象との関係を調べ始めている。
ATG16L変異を持つマウス小腸にウイルスが感染した後、オルガノイド培養を用いて調べると、Paneth細胞の減少を再現できるが、この系にγδIELを戻してやると、Paneth 細胞の減少を食い止められることをまず発見する。
次に、同じ実験系を用いて γδIEL 由来の Paneth細胞保護因子を探索し、ついに Apotosis Inhibitor 5(API5) が分泌されることで、Paneth細胞及び腸管上皮の細胞死が防がれることを明らかにしている。
しかし、慶応の佐藤さんが開発した腸管のオルガノイド培養がここまで複雑な実験を再現することにただただ驚く。
Paneth細胞保護作用は、ウイルスや細菌感染時だけでなく、T細胞受容体を欠損させIELを減少させたマウスでは、自然に Paneth細胞が減少するので、少なくともアポトーシスが誘導された細胞を守る働きがIELに存在することがわかる。また、上皮を硫酸デキストランで傷害する系でも、API5 の効果を確認している。
最後に、人のオルガノイド培養を用いて ATG16L の変異がある場合は、γδIEL や分泌される API5 が Paneth細胞保護効果を認められることを示し、人のクローン病の新たな治療の方向性になることを示している。
この論文では ATG16L が変異しない正常人での結果が全くないので、あくまでもこの変異を持つ人の話と考えられる。ただ、この変異は比較的多くの正常人でも認められるそうなので、下痢しやすいといった症状を持つ人は、クローン病でなくても、一度遺伝子を調べると役に立つかもしれない。
2022年10月10日
おそらく何らかの遺伝子解析を受けた人の数は1億人に近づいているのではないだろうか。もちろんほとんどは全ゲノム解析ではなく、遺伝子多型 SNPアレーを用いた解析だが、病気との相関が示されている多型の数は多く、どんな健康人でも何らかの疾患リスクが指摘される。ただ問題は、現在用いられている多型のほとんどが、なぜ疾患リスクとなるのかというメカニズムについてはほとんどわかっておらず、統計学的現象論に止まる点だ。というのも、発現分子の配列に関わる多型は少なく、また多くの多型はそれと関わる遺伝子すら特定されていない。そんなわけで、多型のメカニズムを探る研究にはいつも頭が下がる。
今日紹介するトロント・マウントサイナイ病院からの論文は、多型のメカニズム解析の中でもかなり難しい範疇の多型の機能を特定した力作で、10月7日号の Science に掲載された。タイトルは「A noncoding single-nucleotide polymorphism at 8q24 drives IDH1-mutant glioma formation(8q24 に存在するノンコーディング一塩基多型は EDH1 変異によるグリオーマ形成に関わる)」だ。
この研究は、IDH1 変異がメインドライバーになっている低悪性度グリオーマ(Low grade glioma:LGG)で高い頻度で見られる 8q24 に存在する多型rs55705857がグリオーマ形成を助けるメカニズムを解析している。とは言っても、10月1日に紹介したように、IDH1 の発ガンメカニズムも極めて複雑だ。その上に、近くの遺伝子の発現がほとんど相関が認められない多型の関わりを調べるなど、よほど難問好きなグループに思える。さて、この難問にどう立ち向かったのか。
まず、多型により変化する遺伝子を、A型とG型の LGG で比較している。すると、IDH変異による遺伝子発現の影響は大きいものの、リスク多型が存在しても小さな遺伝子発現の変化しかないことがわかる。すなわち、LGG発ガンの下支えとして機能し、決め手ではないことを意味する。また、近くの遺伝子の発現には全く影響ないので、この多型領域はトランスにガンにかかわる遺伝子発現を下支えすることがわかる。事実、Myc自体の発現には関わらないが、Mycの標的遺伝子の発現が上昇していることを発見する。
そこで、この領域を導入したトランスジェニックマウスを作成し、発生過程でのエンハンサー活性を(これはシスの系で行っている)調べると、脳細胞や色素細胞の発生過程で、エンハンサー活性が高まることが観察される。
そこで、この多型が独立で IDH 誘導グリオーマの発生を高めることを示すため、人間の LGG に近い遺伝子改変マウスを作成すると共に、マウスでヒトの rs55705857 に対応するマウス領域を特定し、この部位をA型と、G型の多型、欠損させたマウスを作成し、それぞれを掛け合わせて、IDH による発ガンに対するこの多型領域の役割を調べている。
結果は明瞭で、この領域がG型、および欠損マウスでは、IDHによる発ガンが強く促進される。すなわち、この部位がA型の場合、IDH発ガンを抑える働きがあることがわかる。
この部位の配列を眺めると、まさに Oct転写因子結合領域と言えるので、Oct2、Oct4などの結合を調べると、A型では結合が見られるのに、G型では結合が見られないことがわかった。さらに、Octが結合することで、Mycの発現を抑える働きがあることがわかった。一方、G型そのものは機能を持たない。
以上のことから、この多型領域は Oct と結合することで、遠くに存在する Myc のプロモーターの活性を抑える負の働きがあるが、G型になるとこの働きが消失することがわかった。
この結果は、発ガンにあたっては、G型の人ではMycの発現が高まることが重要であることを示している。とすると、発ガンした LGG で A型と G型で Myc の差がないのは腑に落ちないが、これは完全に悪性化したガンでは他の要因が重なって、Myc 発現がこの多型に依存していないためと説明している。しかし、Myc が発ガン過程で上昇したのと同じメカニズムで、Mycの標的遺伝子の転写が高まるため、全体としてガンの悪性度が高まるということになる。
以上が結果で、大変な研究だと改めて頭が下がる。しかし、一つ一つこのようにメカニズムを決める地道な努力が、ガン克服の近道であることも確かだ。