7月28日 卵子についての面白い研究2題:1,卵子が長期間息を潜められる理由(7月20日 Nature オンライン掲載論文)
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7月28日 卵子についての面白い研究2題:1,卵子が長期間息を潜められる理由(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月28日
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個人的だが、面白いと思ったヒトの卵子についての論文が Nature と Cell で見つけたので、今日、明日と紹介することにする。

今日紹介するスペイン・バルセロナ科学技術研究所からの論文はヒトの卵子が、発生後、時によっては50年近く息を潜めて待機していても、発生能力を持ち続けられる理由に迫った研究で、7月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Oocytes maintain ROS-free mitochondrial metabolism by suppressing complex I(卵子はコンプレックスIを抑えることで活性酸素の出ないミトコンドリア代謝を維持している)」だ。

言うまでもなく、老化の重要なトリガーの一つは活性酸素だが、ATP 合成酵素活性を維持するためにミトコンドリアが備えている電子伝達系により自然に発生してしまう。このため、多くの幹細胞では代謝を落とし活性酸素の発生を抑えるとともに、発生した活性酸素を除去する仕組みを備え、老化が進まないように出来ている。

この意味では、活性化されるまでジッと息を潜めて待っている卵子も、当然活性酸素を抑える仕組みがあるはずで、この研究はその仕組みを突き止めることだ。この研究では、アフリカツメガエルの卵子を参照において、手術で摘出された卵巣から取り出してきた卵子を使って、様々な実験を行っている。ただ、得られる卵子の数は多くないはずで、大変な実験だと思う。

まず、予想通り活性酸素がほとんど存在しないことを確認し、またカエルの卵子も同じ目的に使えることを確かめた上で、阻害剤を用いた研究から、活性化前の卵子では活性酸素の合成そのものが抑えられていることを発見する。

次に、ヒトとカエルでこれが予想通りミトコンドリア電子伝達系の活動低下であることを確認した後、阻害剤を用いたカエル卵子の実験から、complex I の活性が選択的に低下していることを発見する。そして、この原因がcomplex I に必要な蛋白質が集合せず、complex I 自体が初期卵には存在しないことを発見する。

また、卵子が活性化され成熟して行くにつれ、complex I が卵子内で形成されることも確認している。

結果は以上で、人間の卵子を使った実験は、卵子が活性化される前は活性酸素がが存在しないこと確認しただけで、後は全てカエルの実験なのだが、カエルであっても活性酸素発生と代謝のバランスを整える機能を、complex I 複合体の形成調節が担っているという発見は、重要だと思う。

今回確認されたわけではないが、おそらく人間でもcomplex I 複合体形成が同じように調節されている可能性は大きい。通常complex I が欠損しているなどまず思いつかないので、卵子だけでなく、多くの幹細胞システムでも調べてみる価値はある。一方、ガンのミトコンドリア代謝を押さえる目的でcomplex I 阻害剤を使うと、ガンを休止期に追い込んで、根治を困難にするかも知らない。今後 single cell 技術を使った研究が期待される。

しかし、この研究は卵子が活性化されるまで、文字通り「息を潜めている」ことを示して面白い。

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7月27日 草原のネズミが森に棲む様になるまでの進化(7月22日号 Science 掲載論文)

2022年7月27日
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ダーウィンの進化論により、科学に初めてアルゴリズムの概念が導入され、物理法則では説明できない生命現象の因果性として働くことが示された。ただ、アルゴリズムが生命の因果性として認められるには、このアルゴリズムを反映した変化が情報として解読され、示される必要があった。これには、やはり非物理的因果性について研究が進んだ20世紀の情報科学と、DNAの解読が必要で、これがそろったのが21世紀だ。その結果、今回のコロナ禍、DNAの変異とウイルス感染性の進化の大ドラマを、全世界の人が、科学をガイドに見ることが出来た。しかし、こうして提示されたドラマも、実際にはスパイクという一つの主人公から見たドラマで、大きな過程のほんの一部でしかない。しかし、ドラマはドラマで、進化研究の醍醐味は、隠れているこのドラマの脚本を見つけることといえる。この作業を米国の哲学者デネットはリバースエンジニアリングと呼んでいる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、米国に棲むシカシロアシマウス(シカマウスと呼ぶ)(https://www.britannica.com/animal/deer-mouse)が、森で生息できるようになったドラマの脚本についてのリバースエンジニアリングで、7月22日号 Science に掲載された。タイトルは「A chromosomal inversion contributes to divergence in multiple traits between deer mouse ecotypes(染色体逆位がシカマウスのエコタイプを決める複数の性質を決めている)」だ。

シカマウスには森型と草原型が存在し、森型は長い尻尾を持ち、毛色が黒っぽい。相互に交雑可能な種なのに、森と草原で混合はほとんど見られない。この進化過程の脚本を特定するのがこの研究の目的で、このためにはまず起こった変化が記録されている情報を明らかにする必要がある。

おそらく現在なら、全ゲノムシークエンスでほぼ特定できると思うが、この研究ではもう少し古典的な方法、すなわち人間による森型と草原型の間の交雑実験を組みあわせ、F2世代についてゲノム解析することで、尾の長さ、毛色と相関するゲノム領域特定を容易にしている。

結果、15番染色体上の41Mb、すなわち極めて大きな領域での染色体逆位が森型だけで起こっていることを突き止める。そして、この逆位が起こった領域に、尾の長さと毛色を決める遺伝子が複数存在し、これが森型と草原型を決めていることを突き止める。

大事なことは、逆位が起こるとこの領域では、森型と草原型の間では組み換え変えが起こらないことで、組み換えによる変異の固定はが大幅に低下する。従って、森型と草原型の形質は分離したまま維持される。

これを確かめるために、森と草原の境でシカマウスを採取、その形質と遺伝子を調べると、まず森と草原で逆位の分布はほぼ100%になる。しかし森と草原の境界 50Km 内では、森型、草原型の両方が混在し、また尾の長さ、毛色ともに中間体が見られることがわかった。

以上の結果から、元々草原に棲んでいたシカマウスで、10万年から5万年前のいつかに15番染色体の大きな転座がおこり、それぞれの領域は混じり合うことなく独自の進化を遂げ始める。この時、逆位が起こった方に、毛色と尾の長さを決めるいくつかの変異が入ったマウスが現れ、これが徐々に森での生息に適した変異を重ねて、現在に至るというシナリオになる。

染色体逆位が、一種の種の分離効果を発揮してくれたこと、そして毛色が暗く尾の長いマウスの進化が、森に適応したという脚本が現れた。後は、脚本の詳細を調べることが残っているが、既に毛色では森型変異が暗い毛色を示すことも確認されているようなので、時間はかからないだろう。

最後に、では誰が脚本を書いたのか? 地球上に40億年前に現れた進化というアルゴリズムに他ならないが、「盲目の時計職人」と擬人化してしまうのは避けたい。

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7月26日 睡眠中どこまで聞こえているのか(7月11日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年7月26日
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寝ているときに何か音を聞いたという記憶があるかと問われれば、夢は別にして何も思い出せない。しかし、寝ている人を観察すると、音に反応して身動きするように見えることはしばしばだ。事実、動物の研究では、音の情報を最初に統合する領域が、寝てる間も音に強く反応することが知られている。

では人間でも同じか?簡単に解決できそうな問題だが、脳波計や機能的MRIでは様々な条件の問題で、この問いに答えられないことがわかっている。

今日紹介するテルアビブ大学からの論文は、これまで他の脳の反応を拾うために調べることが難しかった睡眠中の聴覚野の反応を、てんかん診断目的で脳内に挿入設置した電極を介して神経活動を直接計測し、確かに1次聴覚野が睡眠中もしっかり反応していることを示した研究で7月11日、Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Reduced neural feedback signaling despite robust neuron and gamma auditory responses during human sleep(睡眠中に強い聴覚野神経細胞反応とγ反応が見られるにもかかわらず、フィードバックシグナルが低下している)」だ。

この研究の参加者の中には、幸いにも1次聴覚野に電極を設置した患者さんがおられ、この機会を利用して睡眠中に、様々な音を聞かせながら、1次聴覚野の反応を調べている。この時、電極での神経活動とともに、局所の脳波を拾うことも出来る。

もし全く音の情報処理が行われていない場合、情報処理を行う1次聴覚野の神経活動は低下すると予想されるが、実際はノンレム睡眠で、ほんの少し反応強度が低下するものの、ほぼ通常の反応が起こっている。勿論ノンレム睡眠では全く覚醒時と変化はない。すなわち、耳から入った音は、1次聴覚野で処理されていることがわかる。

次に、覚醒時、音を聞くことで誘導される高波長のγ波反応を調べてみると、ノンレム睡眠中、レム睡眠中でも同じように反応が見られる。従って、睡眠中でも脳は音に反応して処理している。

では、何故睡眠中の活動を意識できていないのか?これを調べるため、処理された情報を記憶などに統合するときに観察される脳波上の特徴、α/βdesynchronization が睡眠中でも起こるのか調べてみると、今度はノンレム、レム睡眠を問わず、完全に抑制されている。これまでの動物での研究で、γ波は皮質の各層の間のフィードフォワード相互作用で、α/βdesynchronization は、フィードバック相互作用と考えられている。すなわち睡眠は、この層間のフィードバックを切ることで、一次聴覚野に上がってきた情報が、それ以上処理され、記憶などへと上昇するのを抑えていると結論できる。

単純な仕事だが、人間で確認出来た点が重要だ。しかし、脳内接地電極のパワーはすごい。

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7月25日 中耳の構造から恒温動物の進化がわかる(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月25日
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骨の成長速度や、アイソトープを用いた代謝率の測定法が発達したおかげで、恐竜を全て変温動物と考えることはなくなり、ティラノザウルスも恒温動物の仲間に入るようになっている。しかし代謝だけで見ていくと、消化管での発酵により熱を発生させるシステムと、内在的発熱システムの進化を区別することは難しく、恒温性というシステムの進化を系統的に追いかけるのは難しい。

これに対し、今日紹介するポルトガル・リスボン大学を中心とする国際チームの論文は、内耳の構造から恒温動物かどうかを特定できることを示し、恒温性が哺乳動物というシステムの進化とともに形成されたことを示す研究で、7月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Inner ear biomechanics reveals a Late Triassic origin for mammalian endothermy(内耳の生体力学が恒温哺乳動物が三畳紀後期に現れたことを明らかにした)」だ。

何故、内耳の構造が体温を教えてくれるのか?驚きの着想はこうだ。私たちの平衡感覚は、半円形の中空の輪が3つ集まった三半規管により発生するが、これは頭が動いたときに、半規管内のリンパ液の動きをメカノセンサーが捉えることで出来ている。ただ微妙な動きに対応するためには、リンパ液の粘度が問題になり、高すぎても低すぎてもダメで、微妙なバランスが必要になる。当然、体温が上昇すると、液体の粘度が変化するため、液体の組成が変えられない場合(リンパ液はそれに当たる)、半規管の構造を変化させてリンパ液の動きを調整すると考えられる。すなわち、恒温動物は、変温動物とは異なる半規管構造を持つはずだと着想した。

ただ、半規管自体は化石化出来ないので、それを納める内耳の構造を調べ、恒温動物では径が細く抵抗が高い構造をしていることを確認する。この構造から、thermo-motility index(TMI) という指標を計算する方法を編み出して、230種類の脊髄動物で TMI を調べると、現存の変温動物と恒温動物を TMI ではっきりと区別できることを確認している。

とはいえ、運動性など他にも半規管の感覚に影響する要因は多いので、この値だけでどちらと100%決めることは難しい。しかし、同じ分岐群であれば、TMI が極めて優れた指標であることを確認するとともに、アイソトープを用いて行われた恒温性の判断とも一致することを確認している。

この結果を基に、哺乳類の系統進化過程の化石を調べ、これまで哺乳類の共通祖先の発生時期として考えられてきたプロゾストロドン科の分岐時期に一致して、内耳の構造変化も起こっており、TMIから体温の大きな変化が起こっていることが推定された。面白いのは、一度分岐したプロゾストロドン科の中でも、Hadrocodiumは変温動物に適応し直していることも推定されている。

この分岐が起こったのはカーニアン多雨事象と呼ばれる気象不順が起こった時期で、おそらくこの環境への適応として恒温性が、他の哺乳類の性質とともに発生したと想像される。

以上が結果で、アイソトープなどの現代テクノロジーとは無縁だが、膨大な計測と、計算、そして何よりも着想に感服した。

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7月24日 血中に遊離されたガン DNA を解析し尽くす(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月24日
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血中に遊離されたガン細胞からのDNAを分析する方法は、ガン組織を繰り返し検査できないという問題をカバーして、ガンの経過や治療効果を調べる方法として期待されている。ただ、現在の方法では、特定の遺伝子に注目して検査を行うため、ガンの存在をモニターするなどの目的に限定されていた。しかし、特定の遺伝子が血中に遊離されていると言うことは、体内のガン細胞ゲノム全体が遊離されており、ガン細胞についてのほぼ無限とも言える情報が得られる可能性がある。

今日紹介するカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は、転移ガン患者さんの血液に含まれるフリーの DNA を全て集めて、塩基配列を読むことで、ガン細胞についての情報をどこまで深く解析できるかを調べた研究で、Ultima Genomics をはじめとする新しい企業によりヒトゲノム配列解読が100ドルになったことを考えると、がん検査の将来を示す重要な研究だと感じた。タイトルは「Deep whole-genome ctDNA chronology of treatment-resistant prostate cancer(血中の腫瘍 DNA の全ゲノム解析から、治療抵抗性前立腺ガンの時間経過を明らかにする)」で、7月26日 Nature にオンライン掲載された。

研究は単純で、血液から全 DNA を抽出し、ライブラリー化して配列を決めること、患者さんによっては転移組織のバイオプシーを行い、血中 DNA のデータと比べ、血中 DNA のポテンシャルを探っている。

おそらくこの研究の最大の成功要因は、アンドロゲン受容体依存性が高く、またそれに対する治療が行われた前立腺ガンに絞ったことで、これにより臨床経過による遺伝子変化の解析の有効性が一段とよくわかるようになっている。

結果は膨大なので、独断でまとめてしまうと次のようになる。

  1. まず想像以上に、多くのゲノム領域が解析できていることに驚く。なんと1Mbあたり1.8個の変異を特定できている。
  2. 一番大きな発見は、バイオプシー標本と比べたとき、遙かに多様な変異を血中 DNA で見つけることが出来ることだ。すなわち、一つの転移巣はクローン増殖だが、身体全体にはこれを遙かに超える多様なガン細胞が存在することを示しており、治療の難しさを物語っている。
  3. ガンのドライバーなどは、時間による変化はほとんど見られない(前立腺ガンの場合だが)。しかし、一つ一つの変異、特にゲノム重複など、大きな染色体の変化を追いかけることで、ガンの多様化の過程を血中 DNA から詳しく捉えることが出来る。
  4. 前立腺ガンの場合、特にアンドロゲン受容体のコピー数の変化をはじめとする変異が、経過とともに大きく変化するのが特定できる。そして、これと病気の進展が密接に関連する。すなわち、AR遺伝子状態を詳しくモニターすることで治療方針を立てる可能性がある。
  5. 遺伝子のクロマチン構造がオープンな場合、血中 DNA が検出できる確率は低下する。これを利用して、ガンのクロマチン状態を推定することも可能。

などで、転移性前立腺ガンに限れば、これ以上ないと言うぐらいのデータを血中 DNA から得ることが出来る。まさに、100ドルゲノム時代の、新しい診断ツールになってきた印象がある。このようなスピードに我が国医学会がついて行くためにはどうすればいいのか、教育も含めて真剣に考える必要がある。

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7月23日 膵臓ガンが分泌する異常なコラーゲン(7月21日 Cancer Cell オンライン掲載論文)

2022年7月23日
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膵臓ガンでは多くの場合、強い間質反応を伴って、線維芽細胞の増殖とともにコラーゲンの多いマトリックスで囲まれており、これが膵臓ガンの治療を難しくしている元凶の一つではないかと考えられている。

今日紹介するテキサス・MDアンダーソン ガンセンターからの論文は、膵臓ガンが通常では存在しない α1 コラーゲンだけからで来ているコラーゲンを分泌することが膵臓ガンの悪性度を高めているという、予想外の可能性を示した研究で7月21日 Cancer Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Oncogenic collagen I homotrimers from cancer cells bind to a3b1 integrin and impact tumor microbiome and immunity to promote pancreatic cancer(ガン細胞が分泌する腫瘍誘導性コラーゲンα1ホモ3量体はインテグリン α3β1 と結合し膵臓ガンの腫瘍内細菌叢や免疫を変化させ膵臓ガンの増殖を助ける)」だ。

コラーゲンはその構成成分の違いから30種類近く同定されているが、最も多い1型コラーゲンは、Col1α 12本と、Col1α 21本がねじり合って出来ている。膵臓ガン組織では、コラーゲンは基本的に間質細胞により分泌され、このグループは、間質由来のコラーゲンの分泌が膵臓ガンの進展を遅らせてくれていることを示してきた。

おそらくその過程で、膵臓ガンによるコラーゲン分泌も調べることになり、Col1α2 の発現が、DNAメチル化により抑えられていることを見つける。すなわち、膵臓ガン細胞はコラーゲンを合成するが、正常組織には全く見られない Col1α1 のホモ3量体だけが合成されることがわかった。

そこで、遺伝子操作で膵臓ガンを発生させる系で、ガンの Col1α1 をノックアウトすると、膵臓ガンの発生が遅れ、マウスの生存期間も延長することがわかった。すなわち、膵臓ガンが分泌する、通常には存在しない Col1α1 ホモ3量体は、膵臓ガンの発生と増殖を促進していることがわかった。

まず試験管内で細胞を培養すると、ガン細胞そのものの増殖が Col1α1 で促進される。そこで、Col1α1 のシグナルを受けるメカニズムを調べると、Col1α1ホモ三量体が、コラーゲン受容体の一つDDR1と、インテグリン α3β1 を介して細胞内に持続的な増殖シグナルを誘導し、増殖が高まることを確認している。ただ、ノックダウンの実験から、最終的に Col1α1nと結合して増殖を高めているのはインテグリン α3β1 で有ることを確認している。

この結果が実際の膵臓ガンでも見られるのか、膵臓ガン組織が手に入るコホート研究で調べると、α3インテグリンの高いガンでは予後が著しく悪いことを突き止めている。

これに加えて、Col1α1ホモ三量体がガン自体の増殖に限らず、免疫を抑制してガンを助ける可能性についても調べ、Col1α1 が分泌されると、T細胞がガン組織に入りにくくなり、逆に顆粒球系の細胞がリクルートされ、ガン免疫が低下すること、そしてガンの細菌叢も変化して、インターフェロン1を誘導する細菌が抑えられる結果、Col1α1 分泌が膵臓ガンを抑えるという結果を示している。

結果は以上だが、いろんな実験結果を脈絡なく示されている点で少しわかりにくい。例えば DDR1 がリン酸化したと言っても、ノックダウンで機能がないとわかれば、軽く触れる程度でいいのに、結構詳しく述べていたり、主要内細菌叢についても、唐突に出てくると混乱してしまった。しかし、通常存在しない Col1α1ホモ3量体の機能を膵臓ガンに結びつけた点は大変面白い研究だと思う。

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7月22日 迷走神経刺激がリハビリテーション効果を高める理由(7月19日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年7月22日
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迷走神経刺激は現在様々な病気に使われている。特に難治性のてんかんについては効果が高く、刺激のための機械を設置するために手術が必要だが、重要な治療手段になりつつある。

さらに昨年、同じ迷走神経刺激が脳梗塞後のリハビリテーションの効果を高めるという重要な報告がThe Lancetに報告され(下図)、FDAでも認められた治療として登場した。

ただ、何故このような効果が得られるのかについてはよくわかっていない。コリン作動性の神経を高めることでリハビリテーションの効果を高められることがわかっているので、迷走神経がおそらくコリン作動性神経を活性化させるからだと説明されていた。

今日紹介するコロラド医科大学からの論文は、マウスを用いて迷走神経刺激が運動学習に及ぼす効果を調べた研究で、単純なリハビリ課題にせず、まず複雑な運動の習熟過程に焦点を当てて影響を調べることで、何故無関係と思われる迷走神経が運動の習熟を促進するかに一つの回答を与えている。タイトルは「Vagus nerve stimulation drives selective circuit modulation through cholinergic reinforcement(迷走神経刺激はコリン作動性強化を介して選択的に運動神経回路を変化させる)」で、7月19日 Neuronにオンライン掲載された。

既に述べたように、この研究ではマウスがケージの隙間から前足を使ってレバーを動かし、褒美を得るという、マウスにとっては結構難しい課題を練習して習熟する過程に焦点を当てている。

この時、手を伸ばす過程、あるは課題を成し遂げた後に、迷走神経刺激を行い、その効果を見ると、どちらの刺激でも習熟度を高めることが出来る。この迷走神経刺激で高められた能力は、大体1週間がピークだが、2週目でもまだ効果が見られる。また、詳しい行動学的解析から、迷走神経刺激がレバーに手を伸ばす過程が、最適の過程に収束させるのに働いていることを確認している。

この結果は、迷走神経が確かに運動過程に介入できることを示している。そこで、まず迷走神経が前脳基底部のコリン作動性神経を活性化するかどうか調べ、期待通り、前脳基底部のコリン作動性神経の半分が迷走神経刺激に反応することを特定している。

必要な行動を運動野に表象し、この表象に従って行動を行うことが習熟には必要になるが、迷走神経刺激は前脳基底部のコリン作動性神経を介して、運動皮質の興奮や興奮抑制に関われることを示している。すなわち、迷走神経、前脳基底部、そして運動皮質にサーキットが形成されている。そして、迷走神経刺激により、前足をレバーに伸ばして動かすための運動神経野の神経表象が特に強く刺激され、これによりこの神経表象パターンが現れやすくなることが、習熟の背景にあることを明らかにしている。

わかりやすくするため定性的に述べたが、実際には神経学的に詳しい実験が行われている。またここで示された回路の詳細については、今後の研究が必要だが、これまで考えられたように、皮質全体が無作為に活性化されるのではなく、課題に関わる運動表象に関わる限られた神経を高めるという発見は、ひょっとしたらリハビリのやり方にも役に立つかもしれない。

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7月21日 昆虫に見られる水平遺伝子伝搬(7月18日 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月21日
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以前顧問をしていたJT生命誌研究館でブログを連載していたが、2014年クリスパー手法を紹介するとき、生物が外来遺伝子流入と戦うだけでなく、それを積極的に利用してきたことを「水平遺伝子伝搬」というタイトルで書いた(https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2014/post_000009.php)。この時、例に挙げたのが、昆虫と共生するボルバッキアからの遺伝子伝搬の研究を紹介したが、希とは言え、何十億年もの進化が終わった後も、種を超えて遺伝子が伝搬し、使われるのを見ると、生命は DNAという情報メディアを介して親戚なのだとつくづく思う。

今日紹介する杭州・浙江大学からの論文は昆虫の種を超えて見られる水平遺伝子伝搬 (HGT) を、昆虫のゲノムデータベースを用いてカタログ化し、その進化と機能について調べた研究で、7月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HGT is widespread in insects and contributes to male courtship in lepidopterans(HGTは昆虫の間では広く見られ鱗翅類ではオスの求愛行動に関わる)」だ。

この論文もそうだが、生物情報の処理力で中国は高い能力をつけてきたと感じる。この研究では、218種類の昆虫ゲノムから得られる蛋白質のアミノ酸配列を昆虫相互とともに、細菌、カビ、ウイルスの配列と比べることで、1410種類の HGT と思われる遺伝子を特定している。

予想通り、これらの HGT の8割はバクテリアから、13%がカビから、そして残りは植物やウイルスから来ている。また、蝶や蛾などの鱗翅目で最も多く見られている。このように、バクテリアと共生し、そこから遺伝子を取り込むのは昆虫の特徴かも知れない。

さて、こうしてカタログ化した HGT が信頼できることを検証した後、次に注目したのが、バクテリアの遺伝子には存在しないイントロンが HGT で昆虫に取り込まれると HGT 遺伝子に挿入され、特に繰り返し配列が多いイントロンが挿入される点だ。

ゲノムを比較して、まずイントロンが昆虫自体のゲノムから導入されることを確認した後、HGT 後イントロン挿入により、遺伝子は長く複雑な構造に変化していくことを明らかにするとともに、同じステージの遺伝子発現データベースから、イントロンの存在によって遺伝子発現レベルが上昇していること、すなわちホストに合わせた遺伝子調節システムが進化していることを明らかにする。

ここまではほとんどデータベースを用いた情報処理技術を駆使した研究だが、最後に、リステリア菌から由来して、現在ほとんどの蝶や蛾に存在する

HGT の一つを選び、この遺伝子を鱗翅目の一種コナガ(Plutella xylostella)でノックアウトし、その機能を探っている。長い話を短くすると、この遺伝子はアルコールデハイドロゲナーゼに属するのだが、ノックアウトされるとオスの求愛行動が低下し、その結果卵の孵化確率が低下することを明らかにしている。

残念ながら、何故この遺伝子が求愛行動に関わるかは明らかになっていないが、リステリアの、しかも代謝に関わる酵素なので、面白い課題が新たに生じたように思う。

いずれにせよ、はっきりと課題が設定できれば、インフォーマティックスでここまで出来るのかと言うことをつくづく感じる研究だ。

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7月20日 腎移植患者さんでもチェックポイント治療は可能(7月6日 The Lancet Oncology オンライン掲載論文)

2022年7月20日
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チェックポイント治療がガンの免役学的排除を目指すものなら、もともと免疫的排除を抑える必要がある臓器移植患者さんは、チェックポイント治療を受けられるかどうかは、臨床上重要な問題だ。この論文を読むまで、この問題を考えたことはなかったが、これまでの臨床例では予想通り高い確率で、チェックポイント治療開始早期に臓器の拒絶が起こることが報告されていたようだ。

今日紹介するニュージーランド・Central Northen Adelaide Renal and Transplantation Serviceからの論文は、腎移植を受けて免疫抑制剤を服用している患者さんがステージ4の腫瘍を併発した場合も、PD-1抗体によるチェックポイント治療を受けられる可能性を示した臨床治験で7月6日 The Lancet Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「Immune checkpoint inhibitors in kidney transplant recipients: a multicentre, single-arm, phase 1 study(腎移植患者さんでの免疫チェックポイント阻害治療:単群1相試験)」だ。

最終的に、チェックポイント治療効果が確認されているガンを併発した腎移植患者さん(平均69歳)をリクルートし、現在使用中の免疫抑制剤を利用したまま、通常量の PD-1 抗体治療を行って、移植腎の状態と、ガンへの治療効果を見た治験になる。

まずガンに対する治療効果だが、免疫抑制剤をそのまま使用しているにもかかわらず、24%で完全寛解が認められ、29%で部分寛解が認められている。このグループの現在までの平均生存期間は28週で、一般のガン患者さんでのデータとほとんど遜色はない。

チェックポイント治療中に起こる自己免疫症状をステロイドなどの免疫抑制剤で治療することがあるので、免疫抑制剤が必ずしもチェックポイント治療の障害になるわけではないことはわかっているが、移植で利用される多剤併用の免疫抑制でも PD-1 抗体が使えることは重要な情報だ。また、免疫学的にも今後詳しい解析が必要な面白い課題だと思う。

次に、チェックポイント治療により移植臓器拒絶が誘発されるかだが、結局2例の患者さんでしか起こらなかったことには驚く。そのうち1例は、抗体を除去する目的の血漿交換により拒絶を抑えることが出来ている。

ただ、チェックポイント治療のガンに対する効果と、拒絶反応は全く無関係ではなく、拒絶が起こった2例は、ガンに対する治療効果が認められていたグループで有ることを考えると、免疫を非特異的に高めることの問題も示唆している。

結果は以上で、小さな不可能をそのままにせず、注意深くチャレンジしていく臨床研究の重要性を感じるとともに、医師達の努力に脱帽。ガンの治療に占める免疫治療の重要性を考えると、この研究をきっかけに、もっと大きな不可能にもチャレンジが進むと思う。不適合の MHC に対する反応と、ガン抗原+自己 MHC に対するT細胞のレパートリーは大きく異なる可能性があるので、今後はより特異性の高い免疫療法を目指せば、移植とガンの免疫治療は間違いなく両立できるはずだ。

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7月19日 抗腫瘍自然免疫と IL12 : 臨床研究と動物実験をうまく組みあわせる(7月13日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年7月19日
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今回ワクチンの作用や副反応について広く知られるようになり、一般の人にも免疫成立に必要なアジュバント効果やそれを支える自然免疫の重要性が広く知られるようになったのではと期待している。ガンに対する免疫反応成立も当然同じことで、腫瘍局所での自然免疫の重要性が認識されている。

中でも、マクロファージや樹状細胞から分泌され、T細胞をヘルパーなどへと誘導する IL-12 とT細胞から分泌されるインターフェロンγ 経路は、ガンの自然免疫システムとして重視されており、コレラのサイトカインをガン免疫に応用できないか模索が続いている。しかし、IL12 を全身に投与してしまうと、強い副作用が必死で、効果は証明されていても臨床利用が難しい。そこで、アデノウイルスベクターを用いたワクチンと同じような局所投与が試みられていた。

今日紹介するバーゼル大学からの論文は、アデノウイルスベクターを用いた IL12 局所投与の臨床試験患者の解析から生まれた課題を、マウス実験で調べ直すサイクルをうまく組みあわせた研究で、IL12 治療の鍵を握るのが NK細胞であることを示した面白い研究で、7月13日号の Science Translational Medicine に敬愛された。タイトルは「NK cells with tissue-resident traits shape response to immunotherapy by inducing adaptive antitumor immunity(組織滞在型 NK細胞が抗腫瘍免疫治療の反応性を決める)」だ。

この研究では、アデノウイルスベクターに組み込んだ IL12(Ad-IL12)治療を行ったメラノーマ患者さんで、高い反応を示した患者さんの腫瘍組織でNK細胞が CD8T細胞と同時に増殖をしていることに着目し、マウスの実験系で、Ad-IL12投与時の NK細胞の役割をまず調べ、Ad-IL12 の効果には NK細胞が必須で有ることを証明している。

さらに、血管からの免疫細胞の遊走を阻害するフィンゴリモドを用いた実験で、IL12 により刺激された NK細胞が分泌するサイトカインにより、血液が腫瘍組織に集まることが重要で、やはり患者さんの組織の解析から CCL5 が NK細胞が分泌するケモカインであること、さらに、動物実験系で NK細胞がなくても、Ad-CCL5 を局所投与することで、抗腫瘍活性を高められることを明らかにしている。

同時に、CCL5 を分泌するNK細胞の解析から、元々組織内に常在するタイプのNK細胞であること突き止めた。さらに、患者さんのガン組織をそのまま培養してそこに Ad-IL12 を加える実験から、組織に常在するタイプの NK細胞が CCL5分泌細胞であること、そしてこの IL12-CCL5セットが、PD-L1抗体によるチェックポイント治療の成否を決める鍵になることを動物実験で確かめている。

以上の結果は、

  1. 全身投与は難しい IL12 を Ad-IL12 の形でガン局所に投与することで、全身のガン免疫を誘導できること、
  2. ガン組織の NK細胞の重要性、
  3. NK細胞が少ない場合は、Ad-CCL5 を加えることの重要性、

など、いくつかの臨床介入手段を示唆している。チェックポイント治療を、ワクチンレベルの確実な治療へと高めるための重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
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