2022年5月9日
PI3Kはインシュリンシグナルを始め様々な生命シグナルに関わっており、また分子構成やその組織発現は極めて多様で、個人的には全く苦手なシグナルの一つだ。現役の頃から、真面目に勉強することはやめて、わからないことはプロの竹縄さんに聞けばいいと思っていた。とはいえ、細胞の生存に重要なシグナルであるということは、ガン細胞にすればもっと重要であると考えられ、抗ガン剤として PI3K 阻害剤が開発されてきた。私たち現役の頃はワートマニンぐらいしか阻害剤はなかったが、現在では異なる活性サブユニットに対する薬剤が開発されている。現在まで、PI3Kα に対する阻害剤が乳ガン、δ に対する阻害剤が B 細胞腫瘍に対する薬剤として、治験が行われているが、それでも副作用の強さが大きな問題になってきた。
今日紹介する La Jolla 免疫研究所からの論文は、PI3Kδ に特異的な阻害剤の副作用を徹底的に検証して、阻害剤の新しい使用法の開発を試みた研究で、5月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent PI3Kδ inhibition sustains anti-tumour immunity and curbs irAEs (間欠的に PI3Kδ 阻害剤を投与するとガン免疫を維持したまま免疫関連副作用を回避できる)」だ。
この論文の結論がわかってしまうタイトルで、要するに PI3Kδ 阻害剤は日を置いて使えばよいという結論だ。前置きに述べたように、PI3Kδ 阻害剤の最大の問題は副作用で、腫瘍の増殖を抑えたり、あるいはガン免疫を高めたりする効果は臨床治験でも期待通り見られている。しかし副作用が強くほとんどの人は薬剤を続けることが難しい。そして何よりもその副作用は、irAE と呼ばれる免疫関連副作用だ。
irAE はチェックポイント治療が始まったときから問題になっている副作用で、免疫が持続するのを防ぐ治療を行えば、ガン免疫だけでなく、自己免疫も高まることを示している。ただ PI3Kδ 阻害剤の irAE はPD-1に対するチェックポイント治療とはかなり様相を異にしており、重症の腸炎が最も大きな問題になる。これまでの検討から、PI3Kδ 阻害剤が特に Treg 機能抑制を介して、エフェクター機能を高めるからであることが示されていた。
この研究では、ネオアジュバント治療(腫瘍はその後切除する)として PI3Kδ 阻害剤を使用した頭頸部ガンの患者さんの治験を利用して、irAE の詳しい解析を、腫瘍組織の RNA 発現解析と、single cell RNAseq などを用いて行っている。読んでみると、確かに副作用はひどく、通常用量では15人中9人が薬剤を中止せざるを得ないほど強い腸炎にかかっている。また用量を少し減らしたぐらいでは、同じ結果で終わっている。
このような患者さんの腫瘍組織では期待通り、抑制性Tregが減少し、逆にCD4,CD8エフェクターT細胞が増加していることが観察できる。即ち期待通りirAEはPI3Kδ阻害剤がTregを抑えることで起こる。ただ解析の過程で、Tregの現象は一過性で、時間がたつと正常化することを発見する。おそらくこの時点で、間欠的に投与することで、副作用が抑えられるのではと着想したと思う。
そこで、動物実験に戻り、PI3Kδ 阻害剤が IL-10 を分泌する強い制御活性のある Treg の組織内へのリクルートを選択的に抑えること、その結果腸組織で CD8T 細胞の数が上昇し、炎症を誘導することを明らかにしている。
次に、硫酸デキストランで腸を傷害して炎症を誘導するモデルを用いて PI3Kδ 阻害剤投与実験を行い、PI3Kδ 阻害剤により増強される腸炎、および腸炎を誘導する CD8T 細胞が、4日投与、3日休みというプロトコルでは、ほとんど起こらないことを発見する。
また、single cell RNAseq を用いた解析で、PI3Kδ 阻害剤投与で上昇する IL-17 分泌炎症細胞の条床を、4日投与/3日休みという間欠的プロトコルではほ抑えられることを示している。一方で、誘導されたCD8 キラー細胞などは影響を受ける、そのまま維持される。
以上が結果で、間欠的 PI3Kδ 阻害剤投与で、炎症型T細胞の増殖を抑え、キラー細胞は高めるという、理想的な投与法が開発されたことになる。
最初は人間の研究から始まっていても、最後の結果は動物実験の話で、人間に利用するには時間がかかるだろう。ただ、薬剤自体は FDA に認可されており、またネオアジュバント治験という、薬剤効果を調べるための理想的治験が進んでいることから、間欠的投与プロトコルを加えることは、以外とスムースに進むかもしれない。長年期待された PI3K 阻害剤によるガン治療も少しづつ完成に近づいている。特に、免疫治療の分野では、大きな期待が得られる予感がする。
2022年5月8日
何度も紹介したが、膵臓ガンの大きな特徴は間質細胞の増殖が著しく、おそらくこれがガン細胞の悪性化を誘導している点だ。また、ガンに対する免疫細胞の侵入を阻むことで、ガンを守っていることも知られている。このため Single cell RNA seq が可能になってから、膵臓ガン特異的な間質反応を調べる研究が続けられてきた。この中で scRNAseq の力を示した発見が、線維芽細胞の中にCD4T細胞へ抗原提示出来る Class II 組織適合性抗原(MHC)を発現する細胞の存在の発見で、これがガン免疫を変化させているのではと考えられている。
今日紹介するテキサス大学からの論文はこの抗原提示能を持つガンの間質細胞( apCAF )が、内臓を取り巻く中皮由来で、これが制御性 T細胞(Treg)を誘導しやすい環境を作っていることで膵臓ガンが守られていることを示した研究で5月5日 Cancer Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Mesothelial cell-derived antigen-presenting cancer-associated fibroblasts induce expansion of regulatory T cells in pancreatic cancer(中皮細胞由来の抗原提示ガン間質細胞が膵臓ガンで制御性T細胞を誘導する)」だ。
この研究ではまず、自分のデータを含む膵臓ガンの間質細胞(CAF)についての scRNAseq データを集め、class II を発現した apCAF が膵臓ガンが伸展するほど増加することを明らかにするとともに、ポドプラニンやカドヘリンの発現などから中皮細胞由来ではないかと着想する。
そこで、中皮をラベルした後、膵臓ガンの CAF を追跡すると、中皮細胞が確かに侵入し、線維芽細胞様に変化することを突き止める。そして、この変化が膵臓ガン中で誘導される組織損傷や炎症によって分泌される IL-1 と TGFβ の作用によることを、中皮細胞株を用いた誘導実験で示している。即ち、膵臓ガンの apCAF が中皮由来で、ガンの進行とともにガン組織に組み込まれ、局所で上皮間質転換を遂げて CAF として働いているという発見がこの研究の重要な柱だ。
そしてつぎの柱が、apCAF によって Treg が誘導されることの確認だ。即ち、中皮や apCAF と T細胞を共培養すると、Treg の特徴である CD25 が発現し、実際キラー細胞を抑制することを示している。通常の ClassII MHC 発現、抗原提示細胞では様々な免疫共刺激分子が存在し、その結果炎症性やヘルパーなどの CD4T 細胞が誘導されるが、apCAF は共刺激シグナルを発現していないため、Treg が優先的に誘導されると考えられる。
面白い結果だが、最後の柱として、中皮に発現するメゾセリンに対する抗体を用いることで、中皮から CAF への変換がブロックされ、その結果膵臓ガンに対する免疫抑制が外れ、ガン免疫が回復することを示している。
メソセリンの機能は完全にわかっているわけではないが、膵臓ガンを含む様々なガン細胞にも発現していることが知られ、これに対する抗体やCARTはガン免疫療法として研究され続けている。従って、この発見は、メゾセリンの抗体を用いることで、ガンだけでなく、間質自体を正常化できる可能性を示している。 いわれてみれば間質に中皮由来の間質が存在してもおかしくないのだが、考えたことはなかった。さらに、中皮そのものも Treg 誘導を起こす能力があるとすると、ガンに限らず様々な新しい研究が生まれる予感がする
2022年5月7日
この論文を読むまで、蚊が私たちによってくるのはもっぱら炭酸ガスのせいだと思っていた。ところが、ネッタイシマカ( Aedes aegypti )は他の動物には目もくれず人間を狙うらしい。とすると、炭酸ガスだけが蚊を引き寄せるというのは間違いで、人間特有の臭いを手がかりに我々を襲うと考えられる。
今日紹介するプリンストン大学からの論文は、臭い刺激に対する蚊の脳の反応を調べることで、人間特有のにおいに反応する領域と、その反応特性を明らかにするとともに、蚊が手がかりにしている人間の匂いの成分まで特定しようとした力作で、5月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mosquito brains encode unique features of human odour to drive host seeking(蚊の脳は人間独自の匂いの特徴をコードしてホストを探す)」だ。
まず、メスのネッタイシマカが C02ではなく、人間から集めた匂いに最も反応することを確認した後、動物の匂いと人間の匂いを溶かした標準的匂いの元を設計し、これを蚊に嗅がせたときの脳の反応を調べている。と言っても、蚊が相手なので反応を調べるための仕組みを自分で組み込む必要がある。この研究では Orco と呼ばれる匂い受容体と共発現する遺伝子部位にカルシウムセンサー遺伝子を導入し、臭いに対する反応をモニターできるようにして、匂いを嗅がせながら蚊の脳を観察している。
実際には匂いを嗅がせるだけでも様々な工夫が行われている大変な実験を行った結果、人間と動物の匂いに対して、確かに嗅覚野の異なる場所が反応することを突き止める。感覚から行動までの神経回路については全く手つかずだし、また人間に特異的に反応する領域の反応を抑えると、人間へ向かう行動が消えるかどうかなど、マウスと異なり簡単には手がつかない点も多いが、人間特有の匂いを表象する脳の反応領域が突き止められたことだけでも素晴らしい。
さらに、この脳の反応パターンを手がかりに、人間の匂いのどの成分に蚊が反応しているのかについて、中に含まれる個々の、あるいは組み合わせ分子を用いて、人間の反応パターンを再現できるか調べている。その結果、動物と人間の匂い成分は、存在する分子種についてはほぼオーバーラップしているが、ブレンドの割合が違っており、特に人間の匂いには長鎖のアルデヒド種が多い。即ち、多い割合で長鎖アルデヒドが存在し、それが他の成分と混合した全体が、蚊の脳から見た人間特有の匂いであることを示している。
これを確かめるため、次に人工的に化合物を人の匂いに近いようにブレンドし、それが人間の匂いをある程度ミミックすることを確認した後、二酸化炭素とともに混合してメスの蚊に嗅がせると、人の匂いと同じような行動をとることを示している。
以上が結果で、蚊の脳の匂い成分に対する反応を見ることが出来るとは本当に驚きだ。蚊に刺されない方法の開発につながるなどと下世話な話も出来るとは思うが、そんな話を超えて、この研究にはポテンシャルを感じる。
2022年5月6日
キラーT細胞の細胞障害性にパーフォリンとグランザイムBが関わることは、広く知られているが、グランザイムがアポトーシスを誘導する一方、パーフォリンは細胞膜に穴を開けることで細胞を殺すことが、明らかになっている。つい先日紹介したように、私自身はグランザイムBも、細胞膜に穴を形成する分子だと勘違いしていた(https://aasj.jp/news/watch/19545)。おそらくこれは、順天堂の奥村先生の大学院生、新貝さんがパーフォリン遺伝子クローニングについて最初に発表していたのが鮮明な印象として残って、その後このイメージを変えることが出来なかったためだろう。
さて、このパーフォリンだが、では、穴が空けば細胞がすぐ死ぬのかについてはまだわかっていないことも多かったようだ。今日紹介する Genentic 社からの論文は、パーフォリンによって出来る穴を修復する細胞のいわば絆創膏に対応する分子の研究で4月22日号 Science に掲載された。タイトルは「ESCRT-mediated membrane repair protects tumor-derived cells against T cell attack( ESCRT を介した細胞膜の修復はT細胞の攻撃から腫瘍細胞を守る)」だ。
ESCRT ファミリー分子(以後 ESCRT )は、細胞膜が飛び出す budding や分裂などに際して、細胞膜の構造変化を調節する分子だが、細胞膜に空いた小さな穴の修復に関わることが知られていた。しかし、この論文を読むまで、細胞にもこのような修復機構が備わっていると考えたことはなかった。すなわち、可塑性は高くても、いったん穴が空けばネクローシスになると思っていた。
この研究では、同じ ESCRT が、T細胞がガン細胞を傷害するとき起こるパーフォリンによる細胞膜の穴を塞げるどうかを調べることを目的としている。勿論、ESCRT 遺伝子をノックアウトしておくと、ガン細胞がキラー細胞によって殺されやすくなるといった機能的実験も示しているが、この研究の圧巻はキラーにより穴が空いて、それを ESCRT が塞ぐ過程を全て細胞学的に可視化しようとした点にある。
まず蛍光ラベルした ESCRT を導入したガン細胞にキラーT細胞を加えて ESCRT の局在をビデオで調べると、キラー細胞がコンタクトしている細胞膜に ESCRT がリクルートされることを確認する。
次に電子顕微鏡でガン細胞がキラー細胞により傷害されているところを撮影し、3次元再構成を行い、キラー細胞から細胞溶解性の小胞がガンへと移行していく様子、そしてガン細胞が傷害される様子がイメージ化されている。ただ、このような変化が見られても、膜にパーフォリンの穴が空いているという現場は捉えることが難しいようだ。
そこでさらに高い解像度でラベルされた分子を観察するため、以前紹介した cryo-SIM/FIB-SIM と呼ばれる方法を用いて(https://aasj.jp/news/watch/15502)、細胞障害現場での ESCRT の局在を調べ、ガン細胞膜がキラー細胞の中に吸い込まれるように飛び出している場所に ESCRT が濃縮していることを示している。すなわち、細胞傷害が起こる場所で、穴が空いた膜を budding で切り出すような感じで修復しているのがわかった。
以上が結果で、機能的にはノックアウト実験ですむところを、目で見えるようにするという細胞生物学の執念が結実した結果だと思う。形を見れば、おそらく様々な分子過程が想像されるはずで、今後 ESCRT だけでなく、キラー細胞の活性を高めるための方法がここから明らかにされることも期待できる。
2022年5月5日
SLE 患者さんの7割に皮膚の発疹が見られる。Lupus と呼ばれるように、発疹は両側だが局所的に見られる、特徴的なのは蝶形紅斑とよばれる顔の紅斑だろう。これを見たとき、紅斑部と正常部に皮膚を分けて、病変が紅斑部に限局していると考えてしまう。
今日紹介するミシガン大学からの論文は皮膚 Lupus を示す SLE 患者さんの様々な場所からのバイオプシー標本から分離した細胞を single cell RNA seq で調べ、SLE では健常部で既に炎症が始まっていることを示した研究で4月27日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Nonlesional lupus skin contributes to inflammatory education of myeloid cells and primes for cutaneous inflammation(非病変部の皮膚も顆粒球系細胞の炎症へのeducationを通して皮膚炎症を誘導する)」だ。
研究は単純で、明らかに紅斑が見られる皮膚と外部からは異常が認められない皮膚バイオプシー標本から細胞を集め、single cell RNA seq で解析し、炎症が病変部に限局しているのかどうかをまず調べている。
様々な実験が行われてはいるが、結論は単純で、ケラチノサイト、ファイブロブラスト、リンパ球、白血球の全てで、病変部のみならず、正常に見える部位でも1型インターフェロン上昇とその影響が見られるという結果になっている。
正直結果はこれだけなのだが、ケラチノサイトの方は全てのタイプのケラチノサイトで IFN が上昇している。そして、他の細胞はすべてこの IFN 刺激により誘導される分子発現で特徴付けられ、受動的反応と言える。例えば、T 細胞で見ると、キラーや炎症細胞だけでなく、抑制性 T 細胞も IFN の影響を受けている。
これらの中でも著者らが最も注目しているのが CD16 陽性の樹状細胞で、健常部が IFN を発現することで、血液から細胞が移動し、ここで活性化型の樹状細胞に分化し、その後の皮膚病変の核になると考えている。
この研究で最も注目すべきデータは、これら single cell RNAseq データを組織レベルに移すため、この HP でも紹介した組織標本を用いて各部位の RNA seq を行う方法が使われていることで、既にキット化されて臨床研究にも利用できるところまで来ているのかと感慨が深い。この方法を組みあわせた結果、ケラチノサイトが他の細胞の変化を組織化していることがよくわかる。
以上が結果で、病変が現れる前から炎症がケラチノサイトの変化をベースに始まっていることは確かに重要で納得できるのだが、では蝶形紅斑のように、いつも同じ場所に病変が現れる要因や、炎症が始まっていても正常に見える部分 の皮膚病変とは何なのか、もう少し突っ込んだ議論が欲しいと思う。
2022年5月4日
ヒトES細胞から分化細胞を誘導できるようになった後、その機能を確かめるために、マウスに移植して細胞機能を調べる実験が数多く行われた。免疫不全マウスを使うのは当然だが、さらに NK 細胞などの機能を抑制する必要があり、これに適したマウスが開発された。ただ、ヒト細胞とマウス環境とのマッチングがどこまで自然なのかについては疑問が多い。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、自閉症スペクトラム(ASD)の方から樹立した iPS 細胞から誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して、ASD で見られる反復行動などが誘導できないかを調べた研究で、面白いのだが解釈は慎重にすべき研究で、4月1日 Molecular Psychiatry にオンライン掲載された。タイトルは「Astrocytes derived from ASD individuals alter behavior and destabilize neuronal activity through aberrant Ca 2+ signaling(ASD の方に由来するアストロサイトは Caシグナル異常を介して行動を変化させ、神経活動を不安定化させる)」だ。
おそらくこのグループは、ASD 由来の iPS 細胞から様々な神経系細胞を誘導し、異常がないか調べていたのだと思う。その過程で、アストロサイトを誘導すると、プロテオーム解析で、Ca シグナルに関わる分子の発現が ASD アストロサイトでは大きく変化しており、生理学的に調べると、ATP を加えたときのCa 活性が ASD で高まっていることを発見する。
これまで ASD 研究は、抑制性神経を中心に回ってきたので、アストロサイトが質的変化を示すという結果は面白い。ただ、試験管内でこの変化の帰結を調べるのは簡単でない。そこで「是非に及ばず」と、誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して見ると、意外にも脳内を移動して広く分布し、神経細胞とも接触することを確認する。
さらに、同じアストロサイトを生まれたばかりのマウス脳に注射、60日待って組織になじました後、カルシウムイメージングでアストロサイトの活動を見ると、ASD 由来アストロサイトだけ Ca 反応が高まっていることが確認された。
そして最後に、このマウスについて行動学的検査を行うと、ASD 由来アストロサイトを移植されたマウスでは、同じ行動を反復する行動が現れ、同時に様々な記憶テストで低下が見られ、また海馬の長期増強が低下することを確認している。すなわち、アストロサイト移植で行動や記憶障害を移行させることが出来る。
また、試験管内の今日培養系で、ASD 由来アストロサイトを加えた海馬では、スパインの形成が低下していることまで調べている。
最後に遺伝子ノックダウンで Ca の活動を低下させ、これを移植すると、Ca 反応性の低下とともに、行動異常や記憶が一部改善することから、ASD でアストロサイトの Ca 反応性が高まっていることが、ASD の行動を作る重要な原因だと結論している。
無論、コントロールアストロサイトではこのような変化は誘導できず、また Ca 反応性を低下させる実験で、なかなか文句のつけようがないのだが、それもこの結論をどこまで支持するか、ちょっと躊躇するのも事実だ。
2022年5月3日
薬剤を用いる病気の治療と比べると、代謝障害などの特殊なケースを除くと、食や栄養管理で病気に対抗する科学的方法の開発は遅れている。一方、憶測や限られた経験をベースに病気に効くと称している方法は、例えば本屋に溢れているから、もし科学的エビデンスが示されたら、その方法は普及するように感じる。
特に最近、ガン患者さんについては治験も行った方法が開発されつつあり、この HP でも紹介してきた(膵臓ガンとカロリー制限:https://aasj.jp/news/watch/18169 、乳ガンとファスティング:https://aasj.jp/news/watch/13544)。いずれも、カロリー制限もうまく行うと、ガンの進行を遅らせる効果があるという研究だった。
この膵臓ガンと栄養についての研究では、カロリー制限は効果があるが、ケトン食は効果がないという結果を示していた。一方、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は直腸ガンの増殖に、ケトン食が強い抑制効果を示すことを示し、そのメカニズムを解明した研究で4月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「β-Hydroxybutyrate suppresses colorectal cancer(β-Hydroxybutyrate は大腸直腸ガンを抑える)」だ。
ケトン食は基本的に炭水化物を減らし、脂肪を増やした食事をとることで、脂肪代謝を高め、そのときにケトン体が合成されることを期待する食事で、主にエピジェネティックなメカニズムを介して、インフラマゾーム活性化や IL-17 分泌を抑えて炎症を抑える効果とともに、ケトン体が直接作用して持久力上昇などの効果が知られている。
この研究では最初からケトン食によるガン抑制の可能性に絞って研究を行っている。まず、モデルとして遺伝子導入による直腸ガン発生モデルを用いて、炭水化物と脂肪の割合を変化させた食事を食べさせ、それぞれの食事のガン増殖抑制効果を調べ、脂肪の割合が高いほどガンの増殖が抑制されることを示している。
こうしてケトン食がガン増殖抑制効果を持つことを確認した上で、次にオルガノイド培養法を用いて、この効果がケトン体によるものかどうか、2種類のケトン体、acetoacetate(AcAc)、及びβhydroxybutyrate(BHB)を培養に添加して調べている。
まず驚くのが、BHB はガンだけでなく、大腸の幹細胞の増殖も抑制する。従ってケトン食を、他の目的で利用するとき、考慮が必要かもしれない。勿論、ガン細胞を用いたオルガノイドに対しても BHB は増殖抑制効果を示す。この効果はガンを発生したマウスにミニポンプで BHB を投与する実験からも確認できる。
すなわち、ケトン食は期待通りケトン体の一つ BHB を介して腫瘍に直接働いて増殖を抑える。
最後に、BHB の効果のメカニズムを様々な実験を組みあわせて検討し、ガン増殖抑制は、ガン抑制遺伝子の一つ Hopx をケトン体が誘導することで起こること、さらにこの誘導はヒストン脱アセチル酵素を介する経路ではなく、ケトン体に対する G 蛋白質共役型受容体 Hcar2 に直接働いて Hopx を誘導することを明らかにしている。
全体的印象としては、比較的地味な印象で、驚くといった感じはないが、ガンを少しでも抑えるための取り組みとしては極めて重要で、今後もガンの栄養研究が進むことを期待する。しかし、膵臓ガンではケトン体に効果が見られず、ガン遺伝子としてはほとんど同じ直腸ガンでは今回の論文のように効果があるとすると、まだまだ栄養指導に取り入れて行くには時間がかかりそうに思える。
2022年5月2日
自分の分野ではなかったが、現役時代パラダイムシフトを感じた一つが動脈硬化だった。一種の老化かななどと済ませていた変化を、動脈硬化は炎症であると新しいパラダイムを示したのが Peter Libby だった。初めて聞いたときはなるほどと納得しただけだが、これがきっかけになって、糖尿病から老化まで、あれよあれよという間に自然炎症の概念は拡大していった。
今日紹介するミュンヘン大学を中心とする26施設が共同で発表した論文は、動脈硬化=炎症というパラダイムの上に、動脈硬化の自律神経ネットワークへの統合が重なった研究で4月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neuroimmune cardiovascular interfaces control atherosclerosis(心臓血管と神経免疫インターフェースが動脈硬化を調節する)」だ。
この研究は最初から動脈硬化巣に自律神経が新しく結合して、中枢神経支配が成立するはずだという仮説に基づいて始めている。動脈硬化が促進される ApoE ノックアウトマウスの動脈硬化巣を組織学的に調べ、痛み受容体を発現している感覚神経と交感神経が動脈硬化巣のある血管外膜で増加していること、そしてこの増加は、動脈硬化の進行とともに新たに成立していく神経結合であることを明らかにしている。
次に、狂犬病ウイルスを用いる神経結合追跡法を用いて、感覚神経系は脊髄の黄昏神経核を介して傍小脳核や扁桃体へ投射し、一方自律神経の方は腹腔神経節を介して投射しており、端末部分がともに動脈硬化とともに何十倍にも投射が増えることを示している。さらに、神経投射部を調べると、T 細胞やB 細胞を含む強い炎症が起こっており、さらに第三次リンパ組織と呼ばれる構造化された炎症が起こっていることを示している。
このように、動脈硬化巣が新しい神経支配の再構成を誘導することが明らかになったが、神経支配が動脈硬化にとって持つ意味が次の問題になる。これを明らかにするため、外科的に動脈への迷走神経支配を遮断すると、生理的にはほとんど変化は起こらないが、T細胞やB細胞が急速に消失し、第三次リンパ組織様の構造が完全に消失することを観察している。
さらに、将来の治療可能性を考え、腹腔神経節を切除した後 ApoE ノックアウトマウスで動脈硬化の進展を調べると、コレステロール等の値はそのままで、動脈硬化へのリンパ球の浸潤と、それによる第三次リンパ組織の形成、動脈硬化プラーク形成、さらにプラークの不安定性が抑えられることを示している。
以上が結果で、どちらが結果でどちらが原因かというわけではなく、炎症が存在し、そこに免疫系が関わってくると、神経系も巻き込んだサイクルができあがってしまうことを示している。さらに、ひょっとしたら迷走神経系を標的にした動脈硬化治療も可能になるかもしれない。
この論文を読んで思い出したのが、2014年にこの HP で紹介したシロクマの進化だ(https://aasj.jp/news/watch/1531)。シロクマとヒグマのゲノムを比べ、なんと ApoB や LDL などコレステロール代謝に関わる分子が、動脈硬化型へと変化していることを示した論文だ。すなわち、私たちの敵である動脈硬化も、極寒の北極で生存するため、血管を温めるためにか積極的に利用している。しかし、私たちのように一方的に動脈硬化が悪くなるのでは困るから、温度などで調節して油をためたり、減らしたり出来る必要があるだろう。神経支配も、ここでは大活躍しているかもしれない。
2022年5月1日
歯周炎が全身の炎症に影響することはよく知られた事実で、動物実験レベルでは驚くことに、歯周炎とリウマチが相互に関係し合うことが報告されている。今日紹介するペンシルバニア大学とドレスデン大学からの共同論文は、両方の炎症性疾患を、炎症にプライムされた骨髄幹細胞が仲立ちするという研究で、5月1日号Cellに掲載された。タイトルは「Maladaptive innate immune training of myelopoiesis links inflammatory comorbidities(顆粒球造血へと適応した免疫トレーニングが異なる炎症疾患を仲立ちする)」だ。
これまでこのグループは、歯周炎やリウマチ関節炎のような慢性疾患をマウスに誘導すると、骨髄幹細胞がリプログラムされ、顆粒球増加が起こりやすくなる現象を研究しており、この研究では、このメカニズムが歯周炎によりリュウマチ、あるいはリウマチにより歯周炎を悪化させる可能性を追求している。
読んでいてまず感じるのは、single cell RNA seqやAtak-seqなどを用いている割には、古典的な印象の強い研究で、マウスに炎症を誘導した後、骨髄幹細胞を採取、それを移植されたマウスで次の炎症反応を見るという骨格になっている。
研究では、歯肉を糸で縛る方法で歯周炎を誘導したマウスの骨髄で、造血幹細胞や、少し分化した顆粒球系幹細胞の数が増加し、また遺伝子発現で見たとき顆粒球増殖と移動が起こりやすい方向への分化が進んでいることを示している。さらに、single cell Atak-seqを用いて、これらの変化がクロマチンの変化を伴うエピジェネティックな変化であることを明らかにし、炎症刺激が除去された後も、一定期間持続することを示している。
これを「訓練」された骨髄細胞として、次にこの訓練細胞が、他の炎症刺激への反応への過敏性を媒介するか、骨髄移植モデルで調べ、訓練細胞を移植したマウスはコラーゲン注射で誘導される関節リウマチが悪化することを示している。
また、逆の実験も行っており、コラーゲン注射による関節炎を誘導した骨髄細胞を移植されたマウスは、同じ方法で誘導しても歯周炎が悪化することを示している。
そして、この訓練細胞誘導に、骨髄中でIL1βが上昇することに起因することを、IL1β受容体をノックアウトした骨髄を用いた移植実験で確かめている。
結局、新型コロナウイルスでも問題になった、trained immunityの問題で、歯周炎という、極めて頻度の高い病気を対象にした意外性でCellに掲載されたのだと思うが、それ以外は特に新しいことではない。いずれにせよ、できるだけ炎症の元を除去してInflammageingを抑えるのが長生きのコツであるのはよくわかる。
2022年4月30日
多能性やリプログラムに興味があって、ES細胞やiPS細胞、さらには山中4因子(Oct2, Sox2, Klf4, Myc)については学んでいても、Nanogについて知っているという学生さんは少ないのではと思う。ただ、現役の後半、この分野の研究に注目してきた私にとっては、思い出の深い分子だ。
Nanog遺伝子は Ian Chambers グループと、山中グループにより同時に2003年Cellに発表されるが、Chambersも山中さんも当時から親しくしていたので、どのように発表するのかCDBシンポジウムで2人が一緒に話していたのも覚えている。最終的に、山中さんが折れて、ケルト神話での「常若の国」Tir na nog から名前がついたようだ。
その後、若返りのシンボル山中4因子の中にNanogが含まれていなかったことにも驚いたが、その後、当時ストラスブールにいた宮成さんが、Nanogが初期胚では片方の染色体からだけ転写され、その後、ground stateと呼ばれる最も多能性の段階に移ると、両方の染色体から転写されることを示した論文にも驚いた。
そして今日紹介するテキサス大学からの論文では、Nanogにプリオンのような凝集を促す配列が存在し、これが離れた染色体上のNanog結合部位を集めて転写を高めるのに働いていることが示され、またまたその不思議に驚いた。タイトルは「NANOG prion-like assembly mediates DNA bridging to facilitate chromatin reorganization and activation of pluripotency (Nanogのもつプリオン様の集合はDNAの架橋を媒介して染色体の再構成を促進し、全能性を活性化する)」で、4月28日 Nature Cell Biology にオンライン掲載された。
蛋白質科学のプロの研究で、私も知らない測定方法が満載の研究だ。プロの目から見ると、NanogのDNA結合部位に続く、トリプトファンフィピーとを持つ、まさにプリオンのような構造を持つドメインが気になるようだ。実際、この部分だけを取り出すと水にほとんど溶けず、NMR解析でもこのドメインがプリオンのように凝集しやすいことを明らかにしている。
そこで、様々な方法を駆使して、本当にプリオンと同じような挙動を示すのか調べ、試験管内でも、細胞内でも、Nanogはプリオンのような凝集傾向を示すが、トリプトファンリピートを欠如させると、この性質が消失することを明らかにしている。
そして最後に凝集能を持たない変異Nanogと正常NanogをDNA結合や、クロマチンとの関係で調べ、
1)Nanogは凝集能が存在して初めて、Nanog結合サイトへの特異性を示すこと。
2)Nanogの凝集能によって、Nanog結合サイトを持つDNAは凝集させられる。
3)この性質により、細胞内ではNanog結合サイトを持つゲノム領域が核内で集合して、スーパーエンハンサーのように転写活性を高める。
ことを明らかにしている。読んだ後、内容にも驚くが、使われているテクノロジーの多様性に圧倒される。ここまで出来ないと、論文にならないとすると大変だろうと思う。
要するにスーパーエンハンサーは相分離だけではなく、プリオン型の分子でも可能なことを示しており、Nanog進化の謎がまた深まった気がする。