がん患者さんの末梢血の中にはガン細胞が流れていることが知られている。血管内を通って起こるがんの転移はこの細胞が遠隔組織に定着したものだ。今年5月18日にここで紹介したように、乳がんではかなり初期からガン細胞が見つかる。いわゆるステージ1と診断されていても30mlの血液の中に1〜数個のガン細胞が見つかることがある。ヒトの全血液を4500mlとすると、100〜数百のガン細胞が血液を流れていることになる。とは言えそれらが全て転移を起こすわけではない。いや、ほとんどが転移を起こさず血中で死んでしまう。今日紹介するハーバード大学からの論文は、転移を起こす血中ガン細胞は、他の細胞とどこが違うかを調べた研究で、8月28日号のCell誌に掲載された。タイトルは「Circulating tumor cell clusters are oligoclonal precursors of breast cancer metastasis(末梢血液中で細胞塊を形成している腫瘍細胞は乳がん転移を引き起こす)」だ。著者等は、末梢血中ガン細胞(CTC)のうち塊になって血中に存在している細胞が転移を起こすのではと疑った。この目的に最も適したCTC採取法を検討し、CTC-Chipとして手に入れることの出来る機器を、乳がんや前立腺がんを塊のまま血中から取り出すのに採用している。先ず動物実験で、1)細胞塊はがん組織の中で形成されそのまま血中に流れ出ること、2)塊を形成するとガン細胞が死ににくくなること、3)また様々な組織にトラップされ易くなることを確認した後、ヒトの乳がんと前立腺がんの解析へと進んでいる。患者さんの血液をCTC-Chipをつかって何回も検査し、塊を形成したガン細胞が見つかる頻度を数えている。予想通り、ガン細胞塊が3回以上見つかる乳がん患者さんでは1月位で転移が見つかるが、塊が見つかる頻度が低いほど転移までに時間がかかる。前立腺がんではもっとはっきりこの相関が見られる。最後に細胞塊を形成に関わる分子を同定するため、塊を形成するガン細胞と形成しないガン細胞を別々に採取して遺伝子発現パターンを比べ、塊を形成するがんでプラコグロビンの発現が上昇していることを見つけている。プラコグロビンは細胞間の接着に関わる分子と細胞質内で会合して、接着を調節することが知られている分子で、この現象に関与する可能性は十分ある。そこでがんの原発巣でのプラコグロビン発現と転移を調べると、やはりプラコグロピンの高いがんでは転移し易く、ガン細胞塊が血中に検出できる。最後に、プラコグロビン遺伝子発現を抑制して血中にガン細胞塊が流れてくるかを調べると、原発巣でがんの増大は変わらないものの、抹消血中のガン細胞塊の数は大きく減少する。以上の結果から、がんの原発巣の一部でプラコグロビン発現が上昇することが、転移し易いガン細胞塊が血中に流れ出す原因で、この結果ガン細胞は抹消血でも細胞死から守られ、また組織にトラップされ易いため転移を形成すると言うシナリオが示されている。もしがん組織でのこの分子の作用を押さえることが出来ると、転移を押さえられるかもしれない。確かに、ガン細胞がこんなに簡単に抹消血に流れ出すことは恐ろしいように思う。しかし逆から見ると、簡単にガン細胞を生きたまま採取することが出来ると言うことで、がんを知って戦うための格好の材料を提供してくれるのは間違いない。今後も注目して紹介を続ける。
9月2日:末梢血中の乳がん細胞塊(8月28日号Cell誌掲載論文)
2014年9月2日
カテゴリ:論文ウォッチ