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9月13日:真打ち登場(9月11日号Cell誌掲載論文)

2014年9月13日
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今日は各紙高橋さんのiPS由来細胞を用いた加齢黄斑変性症治療の話で持ち切りだ。実は感覚器の再生医療は、再生医療として最初に重点助成対象に取り上げられた分野だ。これは神戸理研が出来るより更に前の話で、自民党の水島議員の発案だったと覚えている。提案を受けた時、最も難しいテーマから再生医学を始めるのは大変だと思ったが、今から考えると案ずる必要はなかったようだ。その後、ミレニアムプロジェクトとしてES細胞を初め様々な細胞を用いた再生医学助成へと対象が拡がり、今に至っている。高橋さんは最初からずっと見守って来たので、一区切りと言う感じだ。しかしメディアの報道では紋切り型のように安全性の問題が指摘されている。事実、国の委員会でもiPS技術自体の安全性を厳しく追及されたようだ。現役時代言い続けて来た事だが、培養細胞を使う限り100%安全と言う細胞はあり得ない。実際、誰が自分は100%ガンにならないと言い切れるだろうか。腫瘍発生に関する安全性試験は当然行う必要があるが、重要なのは不幸にして腫瘍が発生してもすぐに対処できる事を患者さんに納得してもらう事だ。私がディレクターを務めていたときはその方針で進めており、網膜色素細胞シートからパーキンソン病までは、不幸にして腫瘍が発生してもそれに対応して患者さんの命を危険にさらさないための検討は十分出来ていると思っている。とは言え、私たちの身体の細胞は今使われているiPSよりは安定している。これは細胞のおかれた環境から最適なシグナルが提供されるためで、それぞれの細胞に至適な環境がある。一方培養するとなると、本来の環境を完全に再現する事は出来ないのが普通だ。私たちの細胞の発生、成長、老化などのほとんどのプロセスはこのような環境との関わりで決められる染色体構造の変化に他ならない。従って、臨床的には一定のリスクを許容できるにしても、エピジェネティックな状態を安定に整える方法の開発をおろそかにしてはならない。しかしこれまで紹介して来たように、iPS大国日本では、この分野が極めておろそかになっており、気がついたら日本の技術がガラパゴス化していた事になるかもしれない。今日紹介するケンブリッジの幹細胞研究センターからの論文はヒトiPSを最も未熟な安定状態に保つための培養法の開発についての研究で、昨日のCell誌に掲載された。タイトルは「Resetting transcription factor control circuitry toward ground-state pluripotency in human(ヒト多能性の転写調節ネットワークをground stateにリセットする)」だ。断っておくが、私自身昨年12月までこの研究所のアドバイザリーメンバーで、またこの論文の筆頭著者高島君は私の研究室に在籍していた。また、高島君からの情報や、アドバイザリー会議での議論から、この仕事が続けられた5年間の紆余曲折を良く知っている。しかしだから紹介するわけではなく、マウス多能性幹細胞についてground stateという概念を提出したSmithがヒト多能性幹細胞(PSC)についても、ついに真打ちとしてこの開発競争のとりを務め、この分野の方向性をしめしたと思ったので紹介する。事実7月29日、ここでもう一人の真打ちJaenisch研究室から発表されたPSCのground stateに関する論文を紹介した。その時、かなりマウスground stateに近い状態が達成できている事を紹介したが、驚く事に高島君達はこれとはまた違う条件を使い、違ったground stateを達成している。最も大きな違いはPKC阻害剤を用いる点で、これによりJaenisch達より単純な培養システムが可能になっている。最初PKCの話を聞いた時、高島君が卒業した神戸大学・西塚先生により発見された分子がこの成功の鍵になったのは何かの因縁ではないかと思ったが、この研究ではなぜこの阻害剤が効くかもしっかり答えを出している。詳しい事は全て省いて、新しい方法ではLIF+ERK阻害剤+GSK阻害剤+PKC阻害剤とフィーダー細胞があると、安定で増殖力の高いヒトPSCを維持できると言う結果だ。細胞の接着を維持する目的でフィーダー細胞を使っているが、故笹井さんの開発したRock阻害剤とマトリックスを使えばフィーダーも必要ないようだ。重要なのは、Jaenisch研の方法によるPSCとは少し違った状態を反映していることで、培養条件により、多能性の様々な状態を作りうる事が示され、将来の基礎研究課題としても面白い。論文では、これがマウスground stateに対応する状態に近い事を示すための多くの検証が行われている。淡々とした、わかり易いいい論文だと思う。ground stateからの分化誘導についてのデータなどから見ても、Smith法であれ、Jaenisch法であれ、PSC培養は最終的にはこのようなground stateで維持する方法に変わって行くだろう。まさに真打ち登場と言う感がある。しかし、真打ちがとりをとるのは寄席の話だ。是非我が国の若手から、あっと言う新しい状態の提案や、培養方法が提案されるのを待っている。

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