私たちの細胞は強い増殖シグナルが入っても自動的に増殖を止めるメカニズムを何重にも備えている。このおかげで、ガン遺伝子が活性化しても細胞は増殖を維持できず死んでしまう。逆にガンが発生するためにはこのメカニズムが壊れる事が必須で、事実ほぼ全てのガンでこの様なメカニズムが破壊されている。このメカニズムに関わる遺伝子は癌抑制遺伝子と呼ばれ、ガンゲノムの解析の結果、様々な癌抑制遺伝子の機能がほぼ全てのガンで破壊されている事が確認されている。中でもRB1は代表的癌抑制遺伝子の一つで、おそらく最初に発見された癌抑制遺伝子だ。これを発見したKnudsonさんは2004年第20回京都賞を受賞した。私は選考の際、専門委員会の委員長を務めたが、家族性の網膜芽細胞腫についての臨床データを元に論理を積み重ね、癌抑制遺伝子の概念へ至る創意に満ちた論文に感銘を受けた。今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、なんとこのKnudsonさんの結果を実験的に確かめた研究で、Natureオンライン版に紹介されている。タイトルは「RB suppresses human cone-precursor-derived retinoblastoma tumors(Rbはヒトの錐体細胞由来網膜芽細胞腫の発生を抑える)」だ。Knudsonさんの選考に関わったと言っても元々専門外で、網膜芽細胞腫研究についてはほとんどフォローしていなかった。あれから10年経って今この論文を読んでみると、Rb遺伝子の欠損が網膜芽細胞腫発生につながるのかと言うKnudson予測は実験的には証明されていなかったようだ。その理由の一つは、遺伝子改変が簡単な動物モデルでRb遺伝子を欠損させても網膜芽細胞腫は発生しないらしく、研究はそこで途絶えていたようだ。勿論Rb分子が様々なガンに関わっている事は多くの実験事実から皆が認める所だ。しかし1973年の最初の論文の予測が実際には確かめられていなかったことを知って驚愕した。このエピソードは、ヒトの組織でしか行なえない研究になると急に研究の進展が遅れる事を語っている。この様な逆境にも関わらず、おそらくこのグループはKnudosonさんの予測を実験的に検証する事に執念を燃やして来たのだろう。この研究ではヒト胎児の網膜組織を手に入れ、遺伝子変異の代わりにRbを抑制するshRNAをレトロビールスで導入する手法を用いて、Rb機能が抑制される事で本当に細胞増殖が上昇するか確かめている。幸い結果はKnudson予測を裏付けており、抑制した場合だけ、しかも未熟錐体細胞(色を感じる視細胞)だけで増殖上昇が見られることを突き止めた。この系を利用して、なぜ動物モデルでRbのガン抑制作用がはっきりしなかったのか、作用メカニズムはどうかについて明らかにしているが、詳細は割愛する。最後に、こうして得られるRb機能が欠損した細胞を数ヶ月観察し続け、ついに異常増殖がはじまり、網膜芽細胞腫に極めて類似した腫瘍が発生する事を示している。ついに執念が実り、40年を経てKnudsonさん達の予測が確認された。更に、Rb遺伝子抑制が効果があるのが錐体細胞発生時だけである事も新たに突き止められた。今後はiPSなども利用した発ガンのメカニズム解析が加速するはずだ。しかし当時Knudsonさんを選んだ専門委員会委員長としてはとてもうれしい論文だった。
9月26日:RB1、最初に発見された癌抑制遺伝子(Nature オンライン版掲載論文)
2014年9月26日
カテゴリ:論文ウォッチ