電線のつながったヘルメットをかぶせて電磁波を通すイメージは、フランケンシュタイン以来、脳操作の定番の方法として私たちの頭の中に刷り込まれている。ただこれは決して荒唐無稽なイメージではない。薬剤治療が普及するまで重症の統合失調症に対する電気ショック治療は広く行われていた。この様な野蛮な方法ではないが、現在では磁場を操作して脳内に微小電流を発生させる刺激法も開発され、様々な神経症状に一定の効果を収めている。しかしなぜこの様な方法が効果を持つのかはよくわかっていない。今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文は、脳内の特定部位に電流を流すと神経細胞の器質的結合が強まり、記憶能力が高まることを示した研究で、8月29日号のScience誌に掲載された。タイトルは、「Targeted enhancement of cortical-hippocampal brain network and associative memory(皮質—海馬ネットワークと連想記憶を選択的に増強する)」だ。実は磁場脳の特定の場所に当てて微小電流を発生させると、脳内の神経結合が高まることが、既にMRIを使った脳内の神経結合性を調べる方法を用いて示されいる。この論文では記憶に焦点を当て、この方法で長期的に記憶を高められないか調べている。研究では、この反復経頭蓋磁気刺激を5日間毎日脳皮質後側頭部に照射し、照射部位と海馬の神経結合をMRIを用いて調べている。すると、照射野に対応した数ミリ程度の領域で海馬—皮質の結合性を上昇させられる。勿論離れた海馬だけではなく、照射野内の神経結合も上昇する。この結果から、磁場により脳内部に微小電流を発生させるとその場所の神経結合を非特異的に上昇させることは間違いない。ではこの変化が機能の変化に結びついているのか?これを確かめるために、海馬が深く関与している連合記憶検査を行っている。この研究では、様々な顔写真と単語を同時に覚えさせ、顔を見た時に対応する単語を思い出せるかテストを行って、連合記憶能力を検査している。期待通り、刺激を受けなかった場合と比べると、記憶能力の上昇が見られる。結果はこれだけだが、この方法の臨床応用が、従来の結果オーライといった手探りではなく、合理的な治療へと変わる可能性を秘めている。例えば、様々な疾患で海馬との神経結合が失われ記憶機能が低下した時、残っている神経結合を先ずMRIで確認し、次にこの結合を磁場照射で高めると言った治療が可能になるのではないかと期待する。電磁波での脳操作は医療だけでなく意外な拡がりを見せているようだ。実際この方法で視覚野を刺激すると光が見えることが確認されている。これを利用して、離れた所にいる人同士で脳内の情報交換が可能かを研究したバルセロナ大学とハーバード大学からの論文が最近PlosOneに掲載された(Plos One vol9, e105225, 2014)。詳しくは述べないがインドとフランスと地理的に離れている人間同士で、脳波をインターネットを介して伝達し、同じ体験を共有できないかと言う研究で、イエスと言う結果だ。まだまだ広く信じられてはいないようだが、私たちの子供時代に刷り込まれたイメージを追い続けている研究者がいるのだと実感する。