便の話が続いて申し訳ないと思うが、まさに腸内細菌叢分野は百花繚乱の相を示していて、多くの研究者が自由な発想で便と取り組んでいるのを見ると、どうしても紹介したくなる。今日は、人類の進化と腸内細菌叢の変化が相関するかどうか調べたテキサス大学からの研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Rapid changes in the gut microbiome during human evokution(人類進化過程で起こった腸内細菌叢の急速な変化)」だ。要するに、現存の人類、チンパンジー、ボノボ、ゴリラの腸内細菌叢を比べただけの仕事と言えるが、やってみようと思ったところが恐れ入る。もちろん動物園から便を調達するといった安直な研究ではない。チンパンジーとボノボの便はコンゴで、ゴリラの便はカメルーンで採取している。さらに人類代表として、アメリカ合衆国市民とともに、アフリカ・マラウィ共和国の田舎の住人(といっても想像はつかないが)、ベネゼラ熱帯林の原住民、ヨーロッパの都市住人、そしてアフリカ・タンザニアの狩猟民族から、それぞれ30−300人ずつの便を集めている。ともかくこの執念には感心する。結論から言うと、それぞれの腸内細菌叢を構成する細菌の種類は人からゴリラまで基本的には保存されている。違うのは、その構成比で、動物脂肪の多い食事をとると増えてくるBacterioidesが5倍以上になる。一方、食物繊維を処理する古細菌の種類は大きく減少する。詳細は割愛するが、同じように類人猿も、まずゴリラとボノボ・チンパンジーに分かれ、その後チンパンジーとボノボが分岐する系統樹を、腸内細菌からも書くことができる。この変化は全て食性の変化と片付けられてきたが、このような変化をプロットしてみると、実際にはゲノム系統樹から計算できる時間とよく相関している。ただ、人間の間の多様性は猿と比べると大きくなり始めており、これまでとは違うルールで多様化し始めているようだ。特に一人一人の個人の腸内細菌叢の種類を数えてみると、野生の類人猿の平均が85種類なのに対して、ベネゼラ熱帯雨林では70、マラウィの田舎では60、そしてアメリカ人では55というように、共存するバクテリアの数が低下の一途を辿っているようだ。話はこれだけだが、環境より進化の時間に細菌叢の構成が相関しているというのは驚きだ。しかし人間の腸内細菌叢はどうなっていくのだろう。これから様々な操作が行われるだろう。その結果が個人の腸内細菌叢の多様性を増大させる方向に行くのか、あるいは更に減る方向に進むのだろうか。ひょっとしたらゼロになった時がウンの尽きかもしれない。
11月10日:腸内細菌叢と種の進化の同調(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
11月9日:遺伝的体質が腸内細菌叢の組成に影響する:双生児を用いた研究(11月6日号Cell掲載論文)
腸内細菌叢の研究分野が急速に進展しているのを最近つくづく感じる。このホームページでも、多くの研究を紹介してきた。だだこの論文を読むまで、腸内細菌叢に私たち自身の遺伝的体質が大きな影響を及ぼす可能性は考えたこともなかった。なぜなら、これまでの研究で腸内細菌叢は生活環境に影響されることがわかっているし、その構成もちょっとしたきっかけで変化しやすい。また昨年の9月9日紹介した論文では、同じ家族で育った一卵性双生児の中に片方が肥満、片方は正常という稀な組み合わせを探し出して、遺伝的に同じホストからの細菌叢も大きく構成が変化しており、肥満防止効果も全く違っていることを示していた。今日紹介するコーネル大学からの論文も双生児を用いた研究だが、一卵性と、2卵性の双生児、及び双生児以外の間で腸内細菌叢を調べることにより、遺伝的体質が腸内細菌叢の構成に大きな役割を果たしていることを示す研究だ。タイトルは「Human Genetics shape the gut microbiome(ヒトの遺伝体質が腸内細菌叢の構成を方向付ける)」で、11月6日号のCellに掲載された。研究ではまず、一卵性双生児171ペア、2卵生双生児245ペア、98人のコントロールペアの便を経時的に集め、腸内細菌叢の細菌構成を調べて、ペア同士で比較して類似性を計算している。結果は、血縁がないペアより双生児ペア、2卵生双生児ペアより、1卵生双生児ペアの細菌叢構成が類似している。もちろん類似しているのはペア同士間の話で、双生児だから特定のパターンになるわけではない。また、対象は23歳から86歳までのペアで、調べたほとんどのペアは別々に生活している。したがって、この類似性は遺伝的体質を反映している可能性が高い。遺伝的体質がすべての細菌に影響するとは考えにくいので、大きく影響される特定の細菌種があるはずだと狙いを定め、最終的にChristensenellaceaeと呼ばれる最近特定されたばかりの細菌種がもっとも遺伝的体質に影響されることを突き止めた。この細菌は短鎖脂肪酸を合成して、その結果体重上昇を防ぐことで現在注目されている。確かにこの細菌種が多いホストペアは、おそらく短鎖脂肪酸の合成によるのだろう、痩せる傾向がある。事実、この実験でもこの細菌種を多く含む細菌叢を腸内移植すると、無菌マウスの肥満を防止できる。最後に、Christensenellaceaeを含まない、移植により肥満を誘導する便にChristensenellacaeを加えると、マウスが痩せるようになるという驚くべき結果を示している。この結果から得られるシナリオは、1)遺伝体質はChristensenellaceaeの比率を決める、2)この細菌の比率により腸内細菌叢全体の構成が影響される、3)この細菌はおそらく短鎖脂肪酸の合成を通して肥満を防ぐ、ということになる。とすると、これまで体質と相関するとしてきた肥満の中には、直接脂肪代謝と関わるのではなく、細菌叢を変化させることによる間接効果も存在することになる。残念ながらこの研究ではChristensenellacaeの比率と相関する遺伝体質の特定には至っていない。ただ、後からChristensenellacaeを加えても肥満が抑えられるなら、この細菌をカプセルに入れたり、あるいはヨーグルトに入れて肥満を防ぐ日が来るかもしれない。
11月8日:最古の現代人ゲノム(10月23日号Nature掲載論文)
これまで旧石器時代人のゲノムというとネアンデルタール人研究を紹介してきたが、もちろん私たちの祖先の旧石器時代人の骨もゲノム研究の重要な対象として研究が行われている。特に、ネアンデルタール人のゲノムの断片がヨーロッパ、アジア、アメリカ人に発見され、我々の先祖とネアンデルタール人が交雑していたことが明らかになったことで、ネアンデルタール人が地球上に存在していた時期に生きていた私たちの祖先のゲノム情報を知ることの重要性が増していた。今日紹介するドイツからの論文は、ネアンデルタール人ゲノム解読の立役者ペーボさんたちが10月23日号のNatureに発表したもので、シベリアで見つかった45000年前の私たちの祖先の全ゲノムを解読した研究だ。タイトルは「Genome sequence of 45000-year-old modern human from western Siberia (西シベリアの45000年前の現代人のゲノム)」だ。おそらく、ペーボさんのところには多くの考古学者からの相談が来るのだろう。経験も豊富だからゲノム解読もスピードアップしているようだ。今回解析された骨は2008年に発見されているが、この骨からDNAが採取され、すでに全ゲノムを40回繰り返して解読できているのに驚く。また、DNAだけでなく、例えば骨のコラーゲンの分析や骨格の検討などかなり総合に行われており、45000年前の先祖が植物、肉、そして淡水魚を食していたことまで知ることができる。論文の書き方も、私たち素人の読者についても配慮がされており、以前より大変読みやすくなっている。若い研究者は関係ないと毛嫌いしないでぜひ読んで欲しいと思う。では、ゲノムからどんなことがわかるのだろう。まず、ゲノムの主は男性で、ミトコンドリア、Y染色体からわかるタイプは、それぞれRハプログループ、Kハプログループと、現在ユーラシアに広く見られるタイプと同じで、確かに現代人の祖先だ。この体細胞ゲノムを、922人の様々な人種のゲノムと比べると、アフリカ人とはもっとも離れている。次に、現代ヨーロッパ人とアジア人で比べると、なんと東アジアの現代人に近く、現代のヨーロッパ人とは遠い。面白いことに、有名なアイスマンなど、8000年以上前のヨーロッパ人とはアジア人と同じぐらい近い。これらの結果から考えられるのは、このゲノムの祖先は、アフリカから北に中東を通ってヨーロッパ、アジアに広がったグループで、ヨーロッパに移動した同じグループはおそらく他の時代に北に移動したグループに征服されてしまったようだ。もちろん誰もがもっとも興味のあるネアンデルタール人との交雑についても調べている。これだけ古い骨だと、ネアンデルタールとの交雑はこのゲノムの持ち主が生きていた時代より後の出来事だったという可能性もある。実際には、現代人のゲノムの2%ほどがネアンデルタール人のゲノム由来である。とするとネアンデルタールとの交雑は45000年より前に起こっていたようだ。さらに、ネアンデルタール人から流入しているゲノムの割合は現代人とさほど変わらないが、ゲノムに残っているネアンデルタールのゲノムの断片の長さは我々現代人で見られる断片より2−4倍も長い。ここから計算すると、ネアンデルタールとの交雑はおそらく200世代遡って、6万年から5万年前に行われた可能性が高い。我々の先祖がアフリカ、中東をへて、西アジアに到達した時交雑が起こったと考えられる。新しいゲノム論文が出るたびに、私たちの先祖の行動が明らかになる。ゲノムがまさに歴史書としての役割を果たしている。しかし正直、こんなことを知る日が来るとは思わなかった。
11月7日:木を見て森を見ず(11月6日号Nature掲載論文)
乳ガンの増殖や転移を局所に起こる炎症が促進することが知られている。特に乳ガンの多くが、CCL2と呼ばれる炎症細胞を惹きつけるケモカインを分泌することが知られており、これが転移の多い原因ではないかと疑われている。この結果に基づいてCCL2に対する抗体治療が計画され、恐らくは治験にまで進んでいるのではと思われる。動物実験では、抗CCL2抗体が転移を抑制し、また血中に流れる乳ガン細胞を減らすことがわかっている。しかしこれはガンの周りを見たときの話で、体全体を見渡すとき違ったシナリオが見えてくることを示したのが今日紹介するバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文で11月6日号のNature に掲載された。タイトルは「Cessation of CCL2 inhibition accelerates breast cancer metastasis by promoting angiogenesis(CCL2抑制を中止すると血管新生が増強し乳ガン転移を促進する)」だ。研究の質としてはそれほどでもないが、意外性、緊急性の点から受理されたのだろう。このグループはおそらくCCL2抑制がどのように乳ガンの血中転移を抑えるかを調べていたのだろう。この研究を進めるうちに、抗体投与を2週間続けた後止めたマウスは、抗体投与を全く受けなかったマウスより予後が悪いことに気がついた。調べてみると、CCL2抑制中はガンの周りの炎症を止め、転移や血中ガン細胞を抑制する。ところが24日目の結果を見ると、抗体を投与をした後中途で止めたマウスの方が死亡率も高く、ガンの周りの炎症増強している。さらに、転移場所でも炎症が強く、その結果血管新生が増強して、ガンの増殖が促進している。CCL2は顔の周りへの細胞浸潤も抑制するが、骨髄からの血液のリクルートも抑制することがわかっている。ひょっとしたら抗CCL2抗体で骨髄に溜まっていた血液がどっと末梢に出てくるからではないかと考え、マクロファージの増殖を抑制すると、今度は血液の浸潤、血管新生、転移が抑制される。この結果から、CCL2自体は白血球の動きだけを変化させるので、抗体を投与しているうちはガンの近くの炎症が治まり効果があるように思えるが、抗体を止めたとたん、今度はより多くの炎症細胞がガンに惹きつけられ、何もしないより予後が悪くなる、というシナリオが考えられた。これを確認する意味で、炎症自体を抑える抗IL-6抗体や、血管新生を抑える抗VEGF抗体を抗CCL2に続いて投与しておくと、増悪を止めることができる。結果はこれだけで、実験自体は特に目新しいことはないが、おそらく臨床応用まじかということで、掲載されたのだろう。しかし、本当にガン治療は難しいということを思い知らされる論文だ。木を見て森を見ずという警句は誰でもが知っている。しかし、全体に気をくばることは本当に難しい。
FDAで稀少難病薬指定を受けたALS治療薬(候補化合物)
FDAの「稀少病薬リスト (指定と承認)」( http://www.accessdata.fda.gov/scripts/opdlisting/oopd/ )で、ALS治療薬(候補化合物)について検索して、開発の現状をテーブルにしました。
本表に掲載したALS治療薬には、FDAでこれまでに稀少難病薬指定を受けた薬物(化合物)が全て含まれていますので、既に研究開発を中止した化合物や、製造承認を受け現在唯一のALS治療薬として販売中のriluzole (RILUTEK: Sanofi社)も入っています。
当ホームページの「稀少難病ナビ席」に「ALSの進行を心臓薬ジゴキシンで遅らせる」として10月30日に掲載したジゴキシンについては、
古くから狭心症や心房細動など心臓病薬として広く使われており、また子癇(しかん:周産期に妊婦または褥婦が異常な高血圧と共に痙攣または意識喪失、視野障害を起こした状態)の治療薬としてFDAの稀少難病薬の指定を受け臨床試験中ですが、ALS治療薬としては未指定です。
通常プロトコールができIND(治験届)後に稀少難病薬指定の申請がなされるようですので、ALS治療薬としてのジゴキシンの臨床研究は、投与量や投与方法による心臓への副作用回避対策ができてからになると思われます。 (田中邦大)
11月6日:試験管内でヒトの胃の組織を再現する(Natureオンライン版掲載論文)
ESやiPSなどの多能性幹細胞(PSC)が記事になるとき、「様々な組織の元になる」と枕ことばがつく。もちろんそうだが、この様々な組織を作らせることが実は最も難しい。故笹井さんは様々な神経組織を作るという点では世界をリードしていたし、10月9日紹介したメルトンさんは膵臓のベータ細胞を作ることについては誰もが一目置いていた。これは、様々な組織ができるためには、何段階もの細胞の分化を経る必要があり、これを人為的に調節するためには深い発生学の知識が必要になるからだ。したがって、論文を読めばそのグループの発生学の実力が大体わかる。その意味で、消化管ならこのグループという研究室が登場したようだ。今日紹介するシンシナティ大学からの論文は、ヒトPSCから胃組織を試験管内で作らせることに成功した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは、「Modelling human development and disease in pluripotent stem-cell-derived gastric organoids (多能性幹細胞から胃器官を作成してヒト発生と病気のモデルとする)」だ。おそらく研究の詳細は一般の方にはわかりにくいと思うが、この仕事の本質はそこにある。まずあらゆる内胚葉組織になる未熟内胚葉細胞、次に前腸と呼ばれる胎児腸管の後方部細胞、そして前庭部の上皮細胞、最後に様々な細胞を含む胃組織と、4段階に分けてどのシグナルをどの程度の時間加えるのか、培養のための基質は何がいいのかなどを一つ一つ明らかにしている。このためこの論文では珍しく方法が詳しく書かれている。この結果、長期間試験管内で維持できる胃の幽門から前庭部の組織を作ることができている。まだ、胃の基底部を作るところまではできていないが、おそらく時間の問題だろう。論文を読むと、ゴールにたどり着くための試行錯誤を行うこと自体が発生学になっているのもよくわかる。文献を見ると2011年には腸組織の誘導をNatureに発表しており、ヒト消化管発生のプロとして発展しているのだろう。ヒトの組織ができるということは、様々な病気の解析が可能になるということだ。この研究ではピロリ菌が前庭部の上皮の増殖を誘導し、これにc-MetやCagAが関わることを示している。このような組織は今後クリスパーなどの技術と組み合わさると、ヒトの細胞を使った様々な発ガン実験の可能性を開く。我が国の創薬企業も着目すべきグループだろう。シンシナティ大学は長くDevelopmentの編集長を務めたクリス・ワイリーが率いる幹細胞研究の盛んなところだ。発生学と幹細胞研究が統合されたいい伝統が育っていると感心した。
11月5日:血中がん細胞検出法を使った超早期診断(11月PlosOne掲載論文)
今日はまだ完全には信じていない論文を紹介する。血中に流れてくるがん細胞(CTC)を診断に利用できることはこれまで何回も紹介してきた。しかしCTCを早期診断に使う試みはこれまでほとんど見たことがなかった。今年5月18日にここで紹介した論文でも、手術の適応があった乳がんの患者さんの高々21%にしかCTCが検出できていない。したがって、まだ治療効果や、転移や経過の予測に使える程度の段階かと思っていた。しかし今日紹介するニース・パスツール病院からPlosOneに発表された論文は、CTで腫瘤が検出されない時期からCTCでがんの発生を予測できるという驚くべき結果だ。タイトルは「 “Sentinel” circulating tumor cells allow early diagnosis of lung cancer in patients with chronic obstructive pulmonary disease (末梢血のがん細胞は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんの肺がんを早期に検出する見張り役になる)」だ。研究では、168人の慢性閉塞性肺疾患の患者さん、77人の健康人にCT検査をして、通常の方法では肺がんが見つからないことを確認し、10mlの血液中のCTCを計測している。CTCの検出法は極めて簡単だ。パリにある会社が開発した方法で、ただ血液をフィルターで濾して8ミクロン以上のサイズの細胞を集めているだけだ。集めた細胞を、上皮性のがんには発現しているが、血液細胞には発現がみられないヴィメンチンに対する抗体で染めて、陽性細胞がフィルター上にあるかどうかを調べている。高価な機械は必要なさそうで、検診としては現実味がある。驚くことに、CT検査で腫瘤が見つからないCOPDの患者さんのうち5人(3%)にCTCが発見された。数的には10mlに20−70個見つかっている。ただ、見つかったと言ってもすぐ肺がんと決め付けるわけにはいかず、経過観察を続けていると、なんと5例全員が1−4年(平均3.2年)のうちにCTで検出できる肺がんを発症している。一方、がん細胞が発見されなかった例にはがんの発症は見られていない。即ち、CTで発見される3年も前からCTCで診断が可能だという結果だ。用心したおかげで、5人ともがんができても大きさは全て2cm以内で見つかり、手術が行われ、現在まで1−2年特に問題なく過ごしているということだ。わかりやすく言えば地震予知が1年前からできるようなことだ。残念ながら、同時に行った正常人の結果があまり示されていないので想像だが、早期にCTCが検出できるのはCOPDの患者さんに限るようだ。この結果から、炎症ががん細胞の転移を促すことがよくわかる。いずれにせよ、この結果が本当ならCOPDの患者さんはぜひ超早期診断を受ける価値はある。しかし、健常人でもインフルエンザになった時を狙ってCTC検査をするという手もある。なんとか一般の肺がんの超早期診断へと発展させて欲しいと期待する。
11月4日:RNAの自縄自縛をとく(Natureオンライン版掲載論文)
今日紹介するスクリプス研究所からの論文はかなりマニアックな話だが、進化が起こる前、即ち物質からどう生命が出来たのかに興味がある人達にはとても面白い話だ。通常情報は機能をになう分子や部品とは別に存在している。生命ではDNAがタンパク質の情報で、タンパク質が生命機能を担っている。ただ、全く性質の異なる情報と機能分子が対応するようになるためには、複雑な過程が必要で、生命発生前の原子生命ではもっと単純な情報と機能分子の関係が存在するのではと想像されていた。そんな時、RNAなら様々な立体構造をとって、酵素活性のある機能分子として働けると言う発見が報告され、RNAなら情報と機能を一つの分子で実現できると世界中沸き立った。ただ問題は、RNAが情報として自分の鋳型になり、自分を複製するための酵素になり得るとしても、新たに出来たRNAが自分自身に結合して2重鎖を作ると立体構造が壊れ酵素機能が消えてしまうという問題があった。DNAが情報としてだけ働けるのはまさにこの2重鎖を作る性質のおかげだが、情報と機能を同時に発揮しようとすると、情報部分が機能を抑制してしまうと言う自縄自縛に陥ってしまう。この問題を解く方法を見つけたのがこの論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「A cross-chiral RNA polymerase ribozyme (異性体を超えて働くRNAポリメラーゼリボザイム)」だ。答えはこのタイトル通りで、自縄自縛を光学異性体を使うことで乗り越えると言うアイデアだ。分子には鏡像をとる異性体が存在し、それぞれL型,D型と名付けている。私たちの身体はL型の分子だけを使っている。これは同じ型の分子同士でないと立体構造上正常機能が発揮できないからだ。逆に言うとL型のRNAはD型のRNAとは2重鎖を作れない。これに注目して、自分とは逆の異性体のRNA合成が出来るL型RNA酵素を膨大なライブラリーから選び出したと言うのがこの仕事のみそだ。この酵素はD型の自分自身のコピーを作れるが、D型であるため自分自身には結合しない。こうして出来たD型のRNA酵素は今度はL型のコピーを作る酵素として働く。そうすると、結局回り回って自分のコピーが完成し、サイクルを一定の確率で回すことが出来る。詳細は割愛するが、試験管内でこの反応が実際に起こることを初めて示したのがこの研究だ。これにより、初めて情報と機能が一つになったRNA酵素により、持続的複製を維持する可能性が示された。これが本当に生命が始まる前のどこかで起こっていたかはわからない。しかし、この酵素を手始めに、スープの中から生命を発生させようとする夢を抱いた研究者も出てくるかもしれない。19世紀、生命の自然発生を否定したのはパッスールだ。しかし、ではどうして生命が存在しているのか?この自縄自縛もこの研究から解けることを願っている。
11月3日:自閉症は突然変異病?(Natureオンライン版掲載論文)
自閉症はこのホームページでも何回か取り上げたが、間違いなくゲノム解析の重要な対象になっている。これまで自閉症の発症と関わるとされた遺伝子は千近くになる。おそらく自閉症の子供のご両親は、遺伝子が異常と言うだけで暗い気持ちになられるかもしれない。しかし、遺伝子異常と言っても、親から遺伝して来た異常もあるが、子供の世代で新しく起こった突然変異もある。自閉症の家族歴を調べると確かに遺伝傾向があるが、子供に選択的に発症するケースが多く、おそらく子供の代で起こって来た突然変異の寄与が大きいと予想されていた。この可能性を確かめるために、2千人規模で家族の全エクソーム解読を行ったアメリカの研究が2報Natureオンライン版に掲載された。アメリカ国内だけで競い合ってこれほどのゲノム研究が2つも進んでいるのを目の当たりにすると、ゲノムと人間の脳に対するアメリカの本気がわかる。結果は2報ともほぼ同じなので、ここでは私にとって読み易かった、Cold Spring Harbor研究所を中心とする多施設共同研究の方を紹介する。タイトルは「The contribution of de novo coding mutations to autism spectrum disorder (自閉症に新しく起こった突然変異が寄与している)」だ。研究では両親と自閉症の子供のタンパク質に翻訳される全部分(エクソーム)を解読し、様々な情報処理法を駆使して比べ、子供にだけ見られる突然変異を特定している。この様な検査をすると、正常な子供でも7%−10%近くに親にないアミノ酸変化を伴う突然変異が起こっている。ただ、自閉症の子供ではこの確率が倍になる。更に病気の発生との相関を調べると、新たに突然変異が起こった遺伝子の方が、親から受け継いだ遺伝子より強く病気と相関しており、自閉症のかなりの部分を子供に起こる突然変異病として位置づけることが出来ることが確認された。同じ突然変異は勿論発生初期の分裂でも起こるが、卵子や精子が作られる過程でも起こる。この結果は、自閉症の確率が高齢出産で上昇すると言うこれまでの報告とも一致する。ではどのような遺伝子異常が起こっているのか。先ず、自閉症の子供では予想通り、これまで自閉症に関わるとされていた遺伝子に突然変異が見られる。その中で男の自閉症には脆弱X染色体症候群の原因遺伝子に突然変異を示す場合が多い。もともと脆弱X染色体症候群は原因遺伝子がはっきりとしたまれな知能障害を示す病気であることを考えると、自閉症をこの観点から診断し治療する意味は大きい。実際、この遺伝子に突然変異を持つ自閉症の子供には知能障害が見られることも両方の病気の共通性を示唆している。一人の患者さんに遺伝子異常がどの程度集まって病気になっているのかも調べられて、特に知能の低い子供では多くの自閉症関連遺伝子が集まっていることを示している。他の突然変異が見られた遺伝子には、染色体を調節する遺伝子、神経間の伝達に関わる分子、神経発生に関わる分子をコードする遺伝子に自閉症に関わる突然変異が新たに起こっていることが確認された。
詳細は割愛して、この論文から結論できることをまとめると以下のようになる。1)多くの自閉症の患者さんは親から傾向は引き継いでいるかもしれないが、新しい突然変異が引き金になって病気を発症している。2)ほぼ全ての突然変異は片方の遺伝子でだけ起こっている。3)新しい突然変異は精子や卵子の発生過程で起こることが多く、高齢出産も発症に寄与する。4)新しい突然変異の起こった遺伝子を調べることで、自閉症を更に詳しく分類できる。5)突然変異が引き金になっていても、多くの遺伝子が積み重なって発症する。6)IQの高いグループと低いグループでは発症に関わる遺伝子のタイプが違う。
これだけ聞いてしまうと、手の施しようがないように思えるが、ほぼ全ての患者さんではもう片方の遺伝子は正常だ。従って、自閉症は質の病気と言うより、量の病気と言っていい。今後残った遺伝子の機能を高めることで治療法が開発される可能性もある。その意味で、自閉症とひとくくりにしないで、遺伝子診断をして病気を知ることがいかに重要かを示す論文だと思う。
11月2日:クリスパーおもちゃ箱。II遺伝子制御(10月23日号Cell誌掲載2論文)
これまでCRISPR/Cas9の利用のほとんどは、Cas9のDNA切断能力を使った遺伝子編集だったが、ガイドRNAがあればCas9がゲノムの特定の場所に結合する性質を利用したそれ以外の様々な方法の開発が進んでいる。例えば、昨年12月26日、生きたまま細胞内の遺伝子を見る方法の開発について紹介した。しかし最も期待されるのが、特定の遺伝子の発現やエピジェネティックな状態を自由に調節するための利用だろう。今日紹介する10月23日号に掲載された2編の論文はカリフォルニア大学サンフランシスコ校の同じグループからの研究で一つのセットになっている。タイトルは「A protein-tagging system for signal amplification in gene expression and fluorescence imaging (蛋白標識システムを遺伝子発現と蛍光イメージングの増強に使う)」と「Genome-scale CRISPR-mediated control of gene repression and activation (CRISPRを全遺伝子レベルの発現抑制と活性化の調節に利用する)」だ。最初の論文では細胞質内で働く抗体の開発と、それが結合する短いペプチドを使ったタンパク質標識方法(SunTag法)について紹介している。遺伝子改変によりタンパク質に蛍光蛋白を融合させる方法は最早ルーチンの方法だが、さらに蛍光シグナルが強くなればと誰もが感じている。一つの分子を複数の蛍光分子で標識出来ればいいのだが、巨大な分子になると追跡したい分子の正常な機能が維持できなくなる。この問題を解決するために、タンパク質の機能に影響のない短いペプチドの繰り返しSunTagで標識しておいて、そのTagを細胞内で発現させた蛍光標識抗体で検出すると言う方法を開発したのが最初の研究だ。原理は簡単だが、抗体を生きた細胞質内で機能させることはそう簡単ではない。試行錯誤を繰り返し、ついに細胞内で特異的にSunTagに結合する抗体標識システムを完成させ、生きた細胞の中で単一分子を追跡できる技術に仕上げている。この技術をCas9と合体させて、遺伝子転写を活性化させる方法が次に紹介されている。Cas9にSunTagをつけて、ガイドRNAと発現させると標的遺伝子の近くにSunTagを寄せてくることが出来る。これを今述べた細胞質内で働く抗体と組み合わせば特定の遺伝子の核内での位置を検出することが出来る。ただ、この論文では蛍光蛋白の代わりに転写の開始を促進するVP64蛋白と抗体を結合させて、目的の遺伝子の転写を活性化する方法を開発した。即ち、ガイドRNAでCas9-SunTagを特定の遺伝子転写開始点に結合させ、抗体に結合したVP64で転写を誘導する方法の開発だ。結果として、この方法が期待通り使えることを確認して、次の論文に示された研究へと進んでいる。この研究では、細胞内のあらゆる遺伝子の転写を調節する新しい方法の開発に挑戦している。これまで網羅的に遺伝子を不活性化する方法としてshRNAなどが使われていたが、特異性の問題、そして活性化の方には使えないと言う限界があった。この論文では、転写を活性化するSunTag, Cas9-VP64システムと、転写を抑制するCas9ーKRABシステムを組み合わせいる。KRABは転写抑制因子で、Cas9と結合させると特定の遺伝子のみ転写を抑制出来ることがわかっている。開発にとって最も重要なのは、Cas9をガイドするRNAの選択だ。実際には、49種類の遺伝子について転写開始点前後1万塩基対についてガイドRNAを合成し、活性、抑制それぞれについて最適な場所をスクリーニングし、抑制の場合は転写開始点を含む領域、活性化の場合は少し離れた上流でガイドRNAを選べば良いことを特定した。この成功でこの研究は峠を超えたと言える。次に、全ての遺伝子について抑制、活性2種類づつガイドRNAを設計し、レンチビールスベクターを用いて、それぞれのガイドRNAが発現する細胞ライブラリー作成して、標的過程に関わる遺伝子の機能を網羅的に特定できるようにしている。要するに特定の遺伝子の発現がon/offになっている細胞を全遺伝子分作ったと考えていただければいい。詳細は割愛するが、この様な細胞があると、例えばガンが増える時どの分子が必要か、あるいはどの分子がそれを抑制するのかなどしらみつぶしに調べることが出来る。実際、この研究ではモデル系として、コレラ毒素とジフテリア毒素に関わる分子を網羅的に調べ、まだ特定できていなかった新しい分子を発見している。膨大な仕事で、これ以上詳しく紹介することは差し控えるが、とても印象的な仕事だった。今後ガン細胞やiPSなどにも導入され、様々な細胞内プロセスに必要な分子の同定が行なわれるだろう。これまで、網羅的に遺伝子機能を調べる方法が数多く試みられて来たが、大きな成功を収めた方法はないと思う。その点で、この方法はポテンシャルが高そうだ。この様な網羅的技術は大学や研究所だけでなく、創薬企業に重要な技術だ。もしiPS研究が国策なら、iPSと組み合わせたこの様なシステムを簡単に企業が利用できるようにすることも、iPS研究で助成を受けている研究者の使命だと思う。