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11月1日:ビックリおもちゃ箱CRISPR:I(2編のNatureオンライン版掲載論文)

2014年11月1日
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優れた技術は多くの研究者の想像力をかき立て、更に新しい技術へと展開して行く。この点でCRISPR/Casシステムは、ゲノムを自由に編集したいと言う研究者の希望にヒットし、ヒットした研究者の想像力やエネルギーを吸収する事で、膨大な可能性を生み出し続けている。テクノロジーの観点から言えば、おそらくiPSに勝るとも劣らないだろう。実際メドラインでざっと数えてみると10月号の雑誌と言うフィルターをかけるとCRISPRで検索すると36編、iPSで検索すると43編だった(正確ではない)。しかし今週はNatureやCellにCRISPRを用いた新しい技術開発の仕事が4編も出ていたのでそれを2回に分けて紹介する。今日紹介する2編の論文はともにCRISPRを発ガンメカニズム解析に利用するための開発研究だ。一編はスローンケッタリング研究所からの論文でタイトルは「In vivo engineering of oncogenic chromosomal rearrangements with the CRISPR/Cas9 system(CRISPR/Cas9系を用いた発がん性染色体再構成を生体内でエンジニアする)」で、もう一編のマサチューセッツ工科大学からの論文のタイトルは「Rapid modeling of cooperating genetic events in cancer through somatic genome editing (体細胞ゲノム編集法を用いてガン遺伝子間の共同をモデリングする)」だ。

  幾つかのがんでは染色体転座によりキメラ遺伝子が出来る事がガンの駆動力になっている事が知られている。最も有名な例は、ほとんどの慢性骨髄性白血病に見られるBcl,Ablの2つの遺伝子が結合したキメラ遺伝子で、遺伝子変異が診断に使われて来た病気としては最古参に入る。最近では現東大の間野さんが見つけた肺ガンのドライバーになっているEml,Alkの結合したキメラ遺伝子がある。いずれも、キメラ分子に対する標的薬が開発され多くの患者さんを救って来た。勿論この転座だけではがんが起こらない事もわかっている。我が国の被爆者の方の調査から、被爆時に転座が起こったとすると、慢性骨髄性白血病の発症はそれから8年してピークになる事が知られている。ガンを知るためには、ドライバーだけでなく転座の起こる前後にどのような細胞の変化が必要かを解明する事が必要だ。特に成熟後に転座が起こるように設計した動物の開発は重要だ。これに答えたのが最初の論文で間野さん達の発見したAlk転座をマウスでCRISPRを使って誘導できないかに挑戦している。CRISPRで使われるCas9はDNA切断酵素で、ガイドRNAに導かれて正確に遺伝子を切断する。一方染色体転座が起こるときはやはり点座する2つの遺伝子に切断が入り、それが修復される時に転座が起こる。とすると、それぞれの遺伝子の特定部位で遺伝子をCRISPR系で人為的に切断できれば、転座の確率を上昇させる事が出来る。これを確かめるために、アデノビールスにCas9と転座を誘導した部位に相当する2種類のガイドRNAを組み込んだアデノビールスを作成し、気管から肺へ吸入させてガンの発生を待っている。結果は予想通りで、ヒトの肺腺癌に極めてよく似たガンを4−7週で誘導する事が出来ると言う結果だ。勿論このガン治療に用いられるクリゾチニブに良く反応する。このガンではほとんどの場合クリゾチニブが効かなくなる。このモデルを通して、耐性が生まれるメカニズムや、この点座を助ける細胞側の要因が急速に明らかにされる事を期待したい。ただ問題もある。今回の研究では同じ染色体上の遺伝子を選んで転座を誘導しており、遺伝子間の距離も近い。もっとダイナミックな転座を効率よく起こすためにはCas9を媒介に遺伝子を近づける様なテクノロジーの開発が必要だ。おそらくこれも時間の問題だと思う。

  もう一編の論文は逆に、ドライバー遺伝子と協調してガンの進展やガンのタイプを決める能力を持つ様々な遺伝子を早くスクリーニングするための実験系を作っている。これも肺ガンをモデルとしているが、遺伝的にRas突然変異と、p53欠損を誘導できるマウスの発ガンモデルで3番目の遺伝子をCRISPR系で欠損させそれぞれの分子が発ガン促進にどうか変わるかを検討している。この研究ではベクターにレンチビールスを用いており、増殖力の高い細胞を狙って遺伝子を導入している。この実験では、肺ガンでしばしば欠失が見られるNkx2-1,Pten,Apcを3番目の遺伝子選び、それぞれの調べており、これらの遺伝子が肺ガンの組織型を決めるのに大きな役割を持つ事を示している(例えばNkx2-1が欠損すると粘液を多く分泌するタイプになる)。ガンゲノム研究が加速し、一つのガンに幾つかの遺伝子変異が共存して特定の形質を作っている事がわかっている。その意味で動物の体内で発見された遺伝子の協調関係を研究できるようになった事は大きな意味がある。最初この酵素が発見されたのは我が国だ。その意味で、我が国の現状を知りたいと思っている。

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