ゲノムの任意の場所にCas9を局在させる技術、CRISPR/Cas9は今人々の想像力をかきたてているようだ。このホームページでも11月2日にこの技術を使って任意の遺伝子の発現を誘導したり、抑えたりする技術を紹介した。今日紹介する論文も任意の遺伝子を誘導する方法開発についての研究だが、以前紹介したカリフォルニア大学からの研究とは幾つかの点で違っている。同じ目的を実現するため、様々な方法が競い合う技術の成熟段階に入ってきたことを実感する。と言っても、もちろんまだまだ様々なアイデアが出てくることは間違いない。ハーバード大ブロード研究所からの論文で、JSTさきがけの西増、東大の濡木さんも共著者になっており、Natureオンライン版に掲載されたばかりだ。タイトルは「Genome-scale transcriptional activation by an engineered CRISPR-Cas9 complex(改変したCRISPR/Cas9複合体による全ゲノムレベルの遺伝子発現誘導)」だ。11月2日に紹介した研究ではCas9のみ改変して(短いペプチド片を加えて)、それに対する抗体に遺伝子活性化分子VP64を融合させて特定の遺伝子を活性化する方法を開発していた。これと比べると、今日紹介する研究はCas9だけでなく、それが結合するガイドRNAも改変するのがポイントだ。今年発表された西増さんたちのCas9構造解析を詳細に検討して、ガイドRNAの一部がCas9から飛び出しているのに気づき、この飛び出している部分を改変できないか思いつく。この研究ではタンパクと結合するアプタマーと呼ばれるRNAを設計、飛び出している部分に加えることでアプタマーの結合するタンパク質をこの部分に引き寄せてくることに成功している。ここでは私たちの遺伝子には存在しないファージビールスのカプセルタンパクMS2をアプタマーと他のタンパクを結合する橋渡しに使っている。これによって、ガイドRNAの結合する遺伝子部位に自由に様々な分子をリクルートする事が可能になった。最初はMS2に遺伝子を活性化させるVP64を結合させる方法を試したが、さらに効率の良い方法として、Cas9にVP64、ガイドRNAにはNFκB転写因子の一部p65を結合させたMS2をリクルートさせる方法に辿り着いている。いずれにせよ、ガイドRNAにタンパクをリクルートさせるというアイデアがこの論文の全てだろう。この方法の優位性を示すために、1)複数の遺伝子を同時にオンにできるか、2)新しい技術を実際の創薬に生かせるか、について結果を示している。10種類の遺伝子を同時に発現させられるか試みられているが、実際には個々の遺伝子を活性化するより効率が落ちてくる。ただ、これは方法の限界ではなく、細胞自体の許容力の問題であることが確認されているため、様々な分子を同時に発現させる標準的な方法に発展するだろう。創薬については、悪性黒色腫の分子標的治療の際に問題になる薬剤耐性の原因となる分子の探索を行い、興味ある遺伝子リストを作成している。このように、この論文では実際の有用性を具体的に示した点でも意味は大きいと思う。おそらく次は、遺伝子の発現量を自由に調節するための方法開発が目指されていることだろう。しかしクリスパーの技術開発を見ていると、最初我が国で発見された分子を元に、外国で技術が開発され、今度は我が国で行われた構造解析を元に、新しい技術がまた外国で開発されるといったサイクルになっているのが気になる。我が国が素材を提供して、アップルがアイデアを提供する産業で見られるのと同じサイクルが多くの分野で進んでいるように思える。21世紀、多くのアイデアを軽々とまとめるような若者が我が国から生まれるような施策も大事だと思う。
12月13日:クリスパーを改造して全遺伝子の発現スウィッチを自在に操る(Natureオンライン版掲載論文)
2014年12月13日
カテゴリ:論文ウォッチ